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こんなもんなの~?

趣味の写真を添えて、日々の『戯言』を・・・

かんなみ仏の里 

『 里人の厚い信仰が守った、文化財の数々 』

廃仏毀釈の嵐に遭遇したのは、函南の寺や仏たちだけではなかったが、当地も御多分に漏れなかった。

厚き信仰の里人たちは、寺は隠せないが、せめて仏像だけでもと隠し持つ努力を惜しまなかった。

日本全土に根付いた仏教の力は、政治家たちが思うほどひ弱な信仰精神ではなかった。

一時期、寺から避難させられた仏たちも、後に陽の目を見て人前に出る事が出来るようになった。

函南の仏たちも手厚く扱われ、「かんなみ仏の里美術館」に収められ、人々の目を楽しませている。


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エントランスに書かれたサイン


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「かんなみ仏の里美術館」全景  四角錐の特徴ある屋根が美しい


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虚飾を排したシンプルな建物  緑の木々とのコントラストが美しい


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ボランティアによる、薬師如来の解説


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ボランティアによる、阿弥陀如来の説明


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慶派・實慶の手になる、「阿弥陀如来三尊像」
阿弥陀如来の四十八NO誓願と言い、十方世界を遍く照らし、極楽往生と来迎を立て、
”南無阿弥陀仏” を信じ唱える衆生を全て救い取ってくれる。
「観無量寿経」では、娑婆においては徳を修めよとも説き
戒律を守り、信仰心を持ち、施しをし、耐え忍び、努めて励んで、知恵を持て、ともね。
人が冥土に渡り三回忌が来れば、阿弥陀如来が観音菩薩と勢至菩薩を従え来迎し、
阿弥陀如来の極楽浄土へと連れて行ってくれると言う。



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美術館に隣接する「熊野神社」 
函南の村人たちから、”うぶすなさま” と親しまれ、
イザナギノミコト イザナミノミコト を祭神に祀っている。
本地垂迹で阿弥陀如来が神となって権化したのもである。



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神社前の記念碑 「江戸時代のくらしを伝える石像物」
(右)      塞の神(道祖神)村落の入り口に祀られ、外からの悪弊から村人を守ってくれる神
(右から二番目) 西国・秩父・坂東の100番霊場の巡礼供養塔
(左)      三猿WO刻んだ刻像塔
(左から二番目) 青面金剛明王


『 江戸幕府と明治政府の、大誤算!!』

鎖国政策をとっていた江戸時代の幕府は、非人道的なキリスト教徒絶滅政策を敢行、

明治政府は神道国教政策を提唱し、僧侶を始め寺院や仏像仏具を排斥破壊運動を敢行。

隠れキリシタンは命を代償に信仰を深め、仏教徒は寺院の破壊は免れないが、仏像などは隠し持った。

いずれの運動も、幕府と明治政府の大誤算と帰した。

「かんなみ仏の里美術館」で ”廃仏毀釈” を一考するって、「こんなもんなの〜?」





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category: 雑感

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空母に潜水艦 

『 最強の軍艦は、原子力空母に潜水艦? 』

”機能美” と言う言葉がある。軍用機器は ”機能美” の最たるものであろう.

子供の頃に見たMBジープが、記憶の中では一番の ”機能美” と今でも思っている。

横須賀で見た、空母やイージス艦も・・・戦闘機や戦車も ”機能美” だかこそファンが多いのであろう。

写真で見る原子力空母の甲板に、各種の戦闘機が並んでいる光景は美しい。

船上から眺める色々な戦艦は、それぞれが機能美の固まりであるが、

”美” の裏側には、とてつもない ”恐ろしさ” が秘められているのだが。


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原子力航空母艦 ”ドナルド レーガン” その余りにもの大きさに驚く


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正面から見れば、横幅の巨大な事


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ひょっとして、イージス艦なの?


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これは、フリゲート艦なの?


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役目は何? 補給艦かな


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掃海艇なの〜?


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海の忍者、潜水艦  島国の守りならお任せ!!


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特技は、隠密行動  この艦は少しばかりお年をめしてる?

『 欲しがりません、勝つまでは・・・』

”断・捨・離” なんて、洒落た言葉んてありゃ〜しない。

太平洋戦争では、軍部は大衆から、ダイヤモンドを始め鉄や銅などの金属を強制的に没収した。

”皇国の興廃、この一戦にあり” と嘯き、国民には、「欲しがりません、勝つまでは」と。

欲しがるも何もあったもんでは無い!! 食べるものにも不自由だったのだから。

国民は、無い物ねだりなんかするなんて微塵にも思っていなかった。

経済大国になった今、国民はどうであろうか?

”断・捨・離” なんて言葉が流行るほどに贅沢になった。

釈迦の教えに「求不得苦」 とあり、欲しがれば欲しがるほど、苦しみは増えると教える。

”欲しがりません” の時代には、苦しいとは思いもしなかったが、

あれも欲しいこれも欲しいと思う現代人に、苦しみが多いのは当然事である。

横須賀の軍艦を見ながら、”欲しがらない” 事の重要性を思うって、「こんなもんなの〜?」




category: 雑感

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横須賀 "ドブ板通り” 

『スカジャンで有名な、進次郎君ご愛用の店は?』

せっかく横須賀に来たので、あの有名な ”ドブ板通り” を歩いてみた。

小泉進次郎君が有名にした ”スカジャン” の店は? ”ドブ板通り” の由来は? と思ったが・・・

足早に歩いただけでは分からなかった。 平日と言うのに人出だけは多かった。

”横須賀カレー” の店の前だけはウエイティングがあり、並んでまでも食べる価値があるのかね〜?


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『 アメリカンテイストの街、横須賀 "ドブ板通り” 』

約300mの短な ”ドブ板通り” にはドブ川が流れていたが、戦後進駐軍からの意向で鉄板が敷かれたそうだ。

スカジャン発祥の地で有名だが、その名を一層知らしめたのは小泉進次郎氏であろう。

”横須賀カレー” に ”ハンバーグ&コーヒー” の店前には観光客も並ぶほどの活況を見せると言う。

生憎 ”横須賀カレー” も ”ハンバーグ” も食べはしなかったが、少しばかり異国情緒だけは味わった。

人気のある ”ドブ板通り” とは言え、時の流れには勝てなかったのであろうか?

廃屋とまではいかなくとも、廃業した店舗があちこちにみられ、寂れていく様相を呈していた。

進次郎君の一声で、も一度 ”ドブ板通り” が賑わいを見せれば良いのにと思うのは、私だけ?

少しばかり寂しさを感じながら ”ドブ板通り” を後にするって、「こんなもんなの〜?」



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無人島で・・・ 

『 無人島で、海水浴・BBQ 、そしてフィッシングを楽しむ 』

”猿島” 砲台跡の散策を楽しみ終え、島の入り口まで帰り、展望台の屋外テラスで一休み。

船底を思わせる木造の屋根が、別荘の雰囲気を漂わせている。

晴天に恵まれ、テラスでも休憩を楽し無家族づれが多く、砂浜での賑やかな声が小屋まで聞こえてくる。


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展望台を兼ねた無料休憩所  木の温もりが嬉しい


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持参の弁当や、売店で買った食べ物を・・・


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浜辺では、BBQに海水浴を


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客でごった返す売店

『 子供の頃泳いだ記憶は、白砂青松の浜辺だった 』

海で泳いだ記憶は50年以上前の大学生の時、鎌倉・江ノ島で妻と、

その後は、子供が生まれ家族で家の近くの海水浴場へ。

瀬戸内海の遠浅の海の浜辺には松林があり、正に ”白砂青松” の海水浴場と言える様な所だった。

BBQなどのハイカラな事は無かったが、バカ騒ぎする様な人もいなかった。

全てにおいて、昔はノンビリとしていたのでしょう。

青春は遠くになりにけり!!なんて、「こんなもんなの〜?」



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砲台跡 

『 此処も、兵どもが夢の跡なのか? 』

赤レンガのトンネルをしばらく歩くと、初めての砲台にお目にかかれるが・・・

オヤァ、と思うぐらい見る影もない見窄らしい砲台に少しばかり驚く。

とは言え、仕方ない事なんだがね。何と言っても過ぎ去った昔の事なんだから。

砲台が見るべき程でもないと思うのか? 海の彼方に目をやる人で賑わっていた。

人気のない砲台でしみじみと思う事は、”夢の跡” なんだよね〜と。


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『 竹槍と、原子爆弾とが戦えば・・・』

「皇国の興廃、此の一戦にあり」をスローガンに掲げ、国民を戦争に巻き込んだ、政治家と軍幹部連中。

いざという時には、己の命乞いはしても、国民の命は虫けら同様に扱って来た。

敗戦近くになると、婦女子までも竹槍で上陸した米兵と戦えと・・・

銃後の守りで竹槍と、米軍の投下した原子爆弾と、伍して戦えるとでも考えたのか?

戦中生まれで、戦後の食糧難には苦い思い出もあり、アメリカ軍の救援物資には感謝をすた。

今思えば、あの太平洋戦争は負けて良かった。 戦勝国になっていたらと思うとゾッとする。

日本がGDP世界第2位になれたのも、アメリカのお陰である。軍国主義から民主主義へと変革を果たした。

その底辺には日本人の勤勉さと労働意欲があり、素直に学んで来た事がある。

今、世界中でキナ臭い事件が起こり、国際協調性も希薄になった。

強国が軍事力と経済力でもって世界制覇なんて企む事はして欲しくない。

一方が勝てば、片方は負ける事となり、挙句の果ては此処 ”猿島” の砲台跡の様な惨めな事となる。

砲台跡に学び、思い知らされる事って、「こんなもんなの〜?」




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