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こんなもんなの~?

趣味の写真を添えて、日々の『戯言』を・・・

はやぶさ 

photo[1]
                     このカットは借り物で転載したものです

「はやぶさ」・・・この言葉で直ぐ思い出すのは、

JAXA が七年前に打ち上げた小惑星探査機「はやぶさ」だろう。

七年間も宇宙を彷徨ったのか?一時は音信不通となり、「はやぶさ」は行方不明か?と気を揉んだ。

そこは日本の科学者の偉大なところ、「はやぶさ」は小惑星「イトカワ」から微粒子を持ち帰り。

世界中が湧いた事は、まだ記憶に新しい。


2011-10-08 華1286

私の住んで居る所から徒歩10分のところに、良くご存じの『ららぽーと・東京ベイ』がある。

最近大改装のため、多くの店舗が隣の『ビビット』に一時引っ越しをしている。

我が家のチワワの“らら”が幼少期を過ごした『犬ごころ』と云う店も只今移転中が。

いま、「はやぶさ」が居ると云うので、さっそくカメラ片手に行ってみた。


2011-10-08 華1287

猛禽類というので、おっかなびっくり見るのか?と思いきや、

意外や意外、小心者なので触らないでください!!と注意書きが・・・

まだ子供だと思うが、その端正で鋭い顔つきは、やはり猛禽類「はやぶさ」なのだ。

2011-10-08 華1288

何を考え、何を思うのか? 時々こんな顔つきをする。

小首を傾げる姿は何とも可愛く、出来れば飼いたいとも思う程である。

餌は、何を与えるのか? 生きたネズミ? それとも冷凍したネズミ?

あぁ~、ヤッパリ我が家で飼えるのは子犬ぐらいの事なのか・・・


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『はやぶさ』といえば、いつも此のカットを思い出す。

夜行特急列車「はやぶさ」が通過する時に、池に映った流れる光の線!!

田舎を離れ東京に出る時に乗った特急寝台列車「はやぶさ」

西鹿児島発 東京行 。 A寝台・B寝台とあったが、当然B寝台に上の切符だ。

2009年3月のダイヤ改正で廃止にはなったが、想い出は深ものが有る。

夜行列車なので、乗車すると既に寝台がセットされているが、

上京と云う興奮に眠れるものではない。

カーテンの隙間から見える通過駅の寂しいプラットホームの光景。

田んぼの中に立っている信号機が打ち出す鐘の、

あのチン~チン、チンチン、チ~ンと聞える寂しい音。

ガタゴト・ゴットンと線路の繋ぎ目を通過するの軋む重い音。

その全てが、今思えば旅だったのだ。

最近は新幹線という便利な乗り物となりはしたが、

「旅」という言葉とは新幹線からは受け取れない。


『はやぶさ』から、探査機「はやぶさ」、猛禽類の「はやぶさ」、夜行列車の「はやぶさ」

と思いを馳せる事が出来、「犬ごころ」に感謝。

昔は列車の旅といえば、歌にもあるが、赤いランプの終列車ならぬ夜行列車。

遠くへ恋人を送り出す、切ない別れのプラットホームにも夜行列車の雄姿を見る事が出来た。

そんな奥ゆかしい夜行列車に、何とも味気ない新幹線。

時代と共に変わっていく旅って、「こんなものなの~?」




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category: 雑感

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急がなくても・・・ 

『 出勤の みな足早に 鳥曇り 』

越冬した鳥たちが、北国に“足早に”帰るこの頃です。

強風が吹き荒んでいましたが、生温かく曇りがちな今朝。

早く目が覚めたので、散歩に出かけてみた。


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四月を明後日に迎えると云う今朝、肌寒いのかコートを羽織った人も多かった。

出勤の為、駅に向かう人々の足取りはとても速い。

駅入り口では、二人の男性が小さなパンフレットを配っているが、

見向きもせず、貰おうともしない。


2011-10-08 華1281

改札口へと急ぐ足取りを見ていて思った事がある。

日本人って、どうしてこんなにも急ぐのだろうか?と・・・

以前良く見かけたポスターに、「せまい日本 そんなに急いで どこ行くの?」

私は会社に・・・とは判るが、ばたばた急ぐより、少し早く家を出て、のんびり歩けばイイのに。

駆け足で一生を送らなくてもイイのに、と思うのは私だけなのか?


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団地を抜け駅までの道端に名も知らない花が咲いていた。

ゆっくり歩けば身の回りの草花を愛でながら行けるのに、ね。


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団地内の幼稚園にある花壇で見かけたピンクの花。

今朝のように寒い朝でも、こんな花々を楽しみながらのご出勤といきたいものですね。


2011-10-08 華1284

二・三日前までは固い蕾を付けた椿も、今朝見れば元気に咲き誇っていた。

花を愛でる・・・身の回りに目を遣れば、こんな情景に一瞬の幸せも見出せる。

『 春風に 赤き椿と 遊びけり 』

大きな幸せを望むから絶望に沈む。小さな幸せなら誰にでも・何処にでも探せる。

小さな幸せこそ、心を豊かにしてくれる第一歩!!


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駅を降り、会社まで公園内を通り抜けての自転車通勤。

最近、自転車のマナーの悪さが目につき、危険極まりない行為が目に余る。

自転車だけではなく、歩行者もマナーが悪い!!

携帯電話を片手に、耳にはイヤーホーン。 ぶつかっても“ごめんなさい”の一言も無い。

こんなに、せわしく・慌ただしい生活を送ったのでは、“心の余裕”は何処かに置き忘れ。

「お土産は 無事故でいいの お父さん」 と云う標語もあった。

スピードの出し過ぎ、わき見運転、いずれも“心の余裕”が無いが為の事故だろう。

現代人の心って、「こんなものなの~?」




category: 雑感

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極上の逸品 

『 洋の東西を問わず “信じる者こそ救われる”』と云う事でしょう


2011-10-08 華1267

此の茶器は「萩焼」です。

私は“お薄”を普段頂く事はありませんが、お抹茶は大好きです。

“萩焼”も、是ほどあるのか!!という種々雑多ですが、此の茶碗は大好きな“萩焼”です。

色といい、肌具合といい、形も大好きです。

明治神宮にある、神社本庁の理事さんからの頂き物で高価な品とは思いますが、

此の茶碗で頂く「お茶漬け」が、私の極上の逸品なのです。


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とは言え、手の込んだものではありません。

普段は、“永谷園のお茶漬けのもと”を夜食として頂いている。

たまに変わった物をと思い、“ふく茶漬け”や“のり茶漬け”などをいただく。


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食べたい逸品にフランス料理やイタリアン、懐石料理とよく耳にはするが、

毎日食べていると飽きもする。また体にも悪い。

「浦島太郎」の物語があり、亀に連れられて行った先が竜宮城。

鯛やヒラメが舞い踊り、今まで食べたこともないような豪華な料理に持て成され、

乙姫様の手酌でほろ酔い、天女が優しい手で疲れを揉み解してくれる。

お風呂に入れば背中を流してもくれ、えも知われぬ手厚いサービス満点。

此れを極楽と云わずして何と云おうか!!

でも、来る日も来る日もこの様な料理が続けば、逃げ出したくなるのが人情か。

一風呂浴びて、下着姿でお茶漬けが食べたくなるのではないでしょうか?

この時、口を突いて出る言葉は、「やぁ~、是こそ本当の極楽だ・・・」

本当に飽きのこない食べ物って、“お茶漬け”かも知れない。

人は往々にして不平不満をこぼす動物だ。

欲しい欲しいという欲望は限りなく続く。

今の現状を能々見直せば、誰にも“極上の逸品”はあるものだ。

今、自分は極楽にも等しい環境に居る、“極上の逸品”も持っていると、

思い信じられる人こそ、幸せなのです。

な~んだ!!私の極上の逸品って、「こんなものなの~?」

貴方の逸品とは、何ですか?


category: 雑感

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春うらら・・・ 

『 世の中に たえて桜の なかりせば 春の心は のどけからまし 』 
                                       在原業平(句)

桜の開花宣言が既に出始めた。

花見客が飲み歌い騒々しく騒ぐのなら、桜がなければ春はもっとのんびりしたものに・・・


暖かい好天に恵まれた今日、来客を迎えに東京駅まで車を走らせた。

時間に余裕があったので、久しぶりに丸の内を歩いてみた。

此処は、50年前の事、女房とよく歩いた想い出の場所だった。

今日一日で撮影した全カットを載せてみたい。(実は書く事が見当たらなかっただけの事)


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工事中の東京駅本館を見ながら、皇居方面に歩を進める。

皇居外苑を過ぎ、大手門までのんびりと歩いてみた。

昔は此の内堀には白鳥が浮かんでいたのだが、姿が見えないのが寂しさを呼ぶ。


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踵を返し、和田倉噴水公園に引き返した。

今日の暖かさには、噴水の水音が心地よく響く。


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テラスでは水煙立つのどけさの中、休憩をかね一服煙を吐き出す会社員の姿も・・・

今日の好天は、「春うらら」という言葉が似つかわしい。

本来、「麗」とは心の状態を表す言葉で、心に障りなく、爽やかな状態をいうのである。

心を開放し、麗らかな状態で日々を送りたいものだ。


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金子鷗亭の句碑が目に留まる。

『 いにしへの 人も守り来し日の本の 森の栄えを共に願はむ 』

鷗亭は、北海道松前町出身の書家。近代詩文書の提唱者であり、文化勲章受章だ。

いい言葉だね~。“森の栄えを共に願う”とは、

環境問題が騒がれている昨今、人は“森”をどう捉えようとしているのか?


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外苑の端に三本の椿の木が盛りを過ぎようとしていた。

『 古庭に 茶筅花さく 椿かな 』 与謝蕪村(句)

初めて見た、こんなにも大きな花びらを。

種類は知らないが、八重でもなく一重でもない、驚く程の大きさなのだ。


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こんなにも落花があるのに、花弁は殆ど傷んでいない。

此れから開く蕾もあり、今を盛りに咲いているのもあり、死に急いだのか?綺麗なままの落花もある。

人に一生も、また斯くの如しなのか?

見ていて思う事は、人も潔く散るのがベストと・・・

其れには、生きる意味・死ぬ意味“死ぬ大義”を常に心に置く事が大切なのでしょう。

椿も人も、死にいく事って、「こんなものなの~?」



category: 雑感

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「さんだらぼっち」って、な~に? 

東北自動車道で宇都宮の手前に、「都賀西方PA」がある。

トイレ休憩に立ち寄った時、トイレの脇に古墳を再現した小高い丘(?)があった。

立て看板を読んでみれば、七世紀頃の典型的な墳墓で、『西方山古墳』と名付けられている。


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発掘当時の大きさより少し縮小されて再現してあるそうだ。

直径18m 高さ3,4m の規模で、中央が横穴式石室が設えてある。

棺を守る石室の大きさは、長さ7,4m 幅1,2mでそれ程大きなものではなかったようだ。


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棺からは、金メッキが施された耳飾りや、鉄製の矢じり・刀剣などが出土したとの説明がある。


20分ばかり墳墓をみながら、日本人の昔からの“お墓”の事が想い出された。


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此れは二年前、青森県・三内丸山遺跡を訪ねた折のカット写真ですが・・・

この時は、未だブログなんて気にも留めていない頃なので、撮影したものが少なく掲載に困りました。

今から約5000年前の縄文時代の集落遺跡で、たまたまお墓の写真を撮していた。

素焼きの壺は、子供の屍を入れる物で、写真手前の穴に安置したそうだ。

埋設土器は住居の近くに埋葬していたらしい。


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土杭墓と呼ばれる楕円形に彫られた墓は、大人用の墓で完全な埋葬墓だ。

大人用は集落の東側の道路に沿って、両脇に二列に配置されていた。

大人は道路際に単純に土葬。 子供は土器に入れ手厚く葬られている。

この時代でも、“子供は国の宝”という考え方があったのかしら?


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今日の本題の「さんだらぼっち」。皆さん、ご存知でしたか?

私は初めて此の言葉を聞き、どんな意味なのか?解からなかった。

此処は今、墓地になっているが、江戸時代まで遡れば、ある豪農の土地で、

その一族の墓が立ち並んでいたと云う事だ。今は少々違いはするが・・・

墓地の一角に、観音菩薩を安置した建屋があり、昔はその前に相撲の土俵があったという。

其処に吊るしてある物を、「さんだらぼっち」と云う説明だった。

調べてみると、「さんだらぼっち」とは、漢字で「桟俵法師」と書く。

何を指すのか?と思いきや、「さんだらぼっち」とは、米俵の両端にある藁の蓋だった。

神座や神饌の容器として用いる物で、正月には年神様の幣束を刺したり、鏡餅を載せた。


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なるほど藁で造った蓋の格好をしている。飾る為に大きさは米俵の蓋とは違うが・・・

一般的には、疱瘡や疫病を祓う時に、御幣や赤飯・お神酒を載せて祈願した後、川に流したそうだ。

此の風習が後の、“流し雛”へと引き継がれたと云うから、面白い。

社には如意輪観音が祀ってある。

“観音菩薩”から受ける印象は、濃厚な女性の芳香と、農耕民族文化の土臭い香りが感じられる。

農耕は基本的には女性の仕事だった。農作物の豊穣はまた、女性の多産・子沢山にも繋がっている。

現在では、観音菩薩は安産や長寿にご利益があるとも言い、寶を恵んでくれるとも言う。

観音菩薩は、苦しい今の時代に生きる私達に望みを叶えてくれるかもね。

此処に安置されている如意輪観音は、

500年前頃より、特に女性を救う菩薩として民衆に受け入れられた。

豪農が如意輪観音を祭るのは、豊作を祈り、家督を継ぐ子孫の為だったのか?

時代と共に変わる、宗教心やお墓の考え方。

ご先祖達が信仰した神や仏、又死者の埋葬方法とは、「こんなものなの~?」





category: 雑感

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冴・妙・美 

どんどん ひゃらら~ どんひゃらら~ 

祭り太鼓に笛の音・・・

時代を超えて伝えられる 神と人との祭礼絵巻。

そこには“山車”という豪壮で豪華絢爛な出し物がある。


2011-10-08 華1254
  「屋台展示館」のガラスの間仕切りに彫られた“龍”

祭りに“山車”や“山鉾”は付き物だ。

栃木県・鹿沼市に「屋台のまち中央会館」で遊んだ時、

運よく小さな・小さな祭り“たぬまフェスティバル”を観た。


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娘やおばちゃま達が派手で豪華な衣装を纏い、楽しそうに踊っていた。

観光シーズンではないので、見物客も僅かしかいないが、

それでも子供達も楽しそうに立派に脇役を務めていた。


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一踊り済ませた子供達が、『掬翠園』慶雲郷の一部に設えられた神社の前で遊んでた。

何となく中国の衣装を彷彿とさせる。重厚な衣装に身を纏い・・・


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  「屋台展示館」の中には、三台の“山車”が飾ってある。

見よ!!此の絢爛豪華な“山車”を・・・

これぞ、彫刻の冴・彩色の妙・漆の美、其の物ではいか。

獅子座に登る二匹の金色の龍。

エジプトでは獅子は百獣の王・ライオンから生まれた空想の動物で、

権力や強さの象徴であり、守護神でもあった。スフィンクスも獅子の一種なのか?

中国から朝鮮の百済を経由して、聖徳太子の時代には既に日本にも伝わっていたようだ。

くろがねの獅子面がある事からも推し量れる。


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        上のカットの、琵琶板・前懸魚・前鬼板の部分

龍はやはり中国からの移入だ。

角は鹿・頭は駱駝・目は鬼・耳は牛・鱗は魚・爪は鷹・掌は虎からと云われる。

その後、蛇などと融合を繰り返し、空中・水中・陸上を自由に活動・・・

今では、水神・海神・龍神として、崇め奉られるようになった。

「鯉の滝昇り」は、鯉が滝を昇ると龍に変身すると云う中国の故事で、

『登竜門』と云われ、広く誰しもが知っている事だ。


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        「展示館」の大スクリーンに映し出された映像を撮影したもの

四龍と云い、青龍・赤龍・白龍・黒龍は有名だが、金龍・銀龍・黄龍と多くの龍がいる。

この様な多様な龍が輿の上に乗った“山車”が、鹿沼市には27台もあるようだ。

「鹿沼ぶっつけ秋祭り」には、此の山車が町内を練り歩くのだろう。

市民の生活から生まれ、市民の生活に根づき、市民の心を育てた祭り、だそうだ。


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「展示館」にある、幅1m 高さ6m ぐらいの獅子や龍を彫刻した巨大な一枚板

鹿沼の彫刻屋台の特徴は、全面が豪壮な彫り物で飾られ、骨組みには筋交い等が無い事だ。

此の地は、例幣使街道と日光西街道の宿場町だったので、

冬場に仕事の無い日光山の彫刻師が下山し、村方の依頼を請け制作に汗したと云う。

先人から受け継いだ確かな技術が齎す、豪華この上ない鹿沼の“山車”

全国いたる所、祭りはあり、“山車”もあるが、

何処の“山車”も、「こんなものなの~?」

category: 雑感

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深山幽谷の趣 

『 落つるまを 風の抱える 一葉かな 』    唯一(句)


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栃木県・鹿沼市は、サツキには最適な土、“鹿沼土”で名を馳せたところだ。

今日は、その昔鹿沼市の大地主で、“鹿沼土”の取れる山を沢山持っていた方の子孫と会った。

午後から時間があったので、「屋台のまち中央公園」に足を運んでみた。

『掬翠園』と呼ばれる、日本庭園がある。

此の扁額は、中村不折画伯の直筆になる物で、入り口の門に掛けてある。


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黒塀に紅梅がよく映え、美しいコントラストを見せる。

書き出しの句の作者・唯一は、鹿沼市屈指の麻商で、氏は長谷川、名は唯一郎。

大正初期にこの『掬翠園』を造営した。鹿沼市の三名園の一つだったが、残るのは此処の庭園だけとなる。


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『掬翠園』にある茶室「観涛居」。

数寄屋造りの建物で、四畳半本勝手の本格的茶室を持つ。

玄関の三和土には、刀の鍔が塗り込められている。

今は茶道・華道をはじめ様々な文化活動に利用されている。


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『観濤居』の路地と躙り口。

当時この建物の外板には、漁船に使われていた舟板だったが、今は一部に残されているだけ。

版画家の川上澄生、陶芸家の浜田庄司などの多くの文化人が此処を訪れている。


『 入あひのかねも きこえすはるのくれ 』  風来坊(句)

“風来坊”とは、松尾芭蕉の特別の俳号。

俳聖・芭蕉が「奥の細道」紀行の途中、鹿沼市に宿を取った折に詠んだ句。


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『慶雲郷』と呼ばれる和式会議室となっているが、

元々は客間などを備えた、亭主の別宅だったのではないだろうか?

庭園の木々の間から覗く雲に“幸福と繁栄”を願い命名した屋敷とも言われている。

『 田家にはるのくれをわふ 入あひのかねも きこへすはるのくれ 』

風来坊の句である。

碑銘は芭蕉真蹟詠草を所蔵する出光美術館の好意により模刻したもの。


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裏木戸のベンガラ塗りの門柱に刻まれた『掬翠園』の三文字。

写真にはないが、木戸には、一対の掬の浮彫がしてあった。


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駐車場から見た民家との境塀。

“侘び・寂び”は古き庭園とは良く似合うが、幾ら古きとはいえ、

枯れた蔦の葉と、今を盛りと咲く梅の花が、“憐れ”を誘う


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帰り際に目に飛び込んで来た“三椏”の黄色い花!!

天気予報では寒く強風が吹くと云っていたが、意外と暖かく上着を一枚脱ぐ始末。

天気予報よりは、下関の“ふく”の方が、良く当たる!!と・・・

綺麗な物を綺麗に、写せと昔云われた事があるが、

どうも古い物、キタナイ物に目がいき撮影したくなる。

私の美意識って、「こんなものなの~?」



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 『 たこたこあがれ 風よく受けて。 雲まであがれ 天まであがれ 』
                                    文部省・唱歌 作者不詳

春らしい光景だね~。

昔の子供達は、お正月が来るのを指折り数えて楽しみにしていた。

お正月には、凧揚げ・独楽回し・羽根つき・・・等などを楽しんだものだ。


暖かな春の陽光を浴びて、気持ちも浮かれ散歩へと出かけた。


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『 道端の 風に吹きすさぶ 野梅かな 』   高浜虚子(句)

初春を迎えて、初めて春の知らせを告げるのは、『 梅一輪 一輪ほどの暖かさ 』 だ。

弥生三月も中旬を過ぎると、梅の花も満開を迎え、綺麗と云うより豪華そのものだ。


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『 落ちざまに 水こぼれたり 花椿 』    松尾芭蕉(句)

近くの林では藪椿も満開。

能々見れば、刀の鍔に似た花弁。 なるほど刀鍔木と言われる筈だ。

いきなり花の首からポトリと落ちるので、嫌う人もいるが、

茶室の路地に咲く満開の椿の花、其の花を全て散らして、茶室の花器に一輪の椿。

亭主が客を迎える心遣い・・・なんと憎い御持て成しなのだろうか。


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少し歩いた所に、「航空博物館」があった。

展示場はこじんまりとした広さで、見るべき展示物は此の飛行機の模型ぐらいか?

豪華な博物館が各地に造られているので、子供でも“な~んだ、たったの是だけ!!”と云いそうだ。


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広場の遊具では、多くの子供達がわいわい・がやがや騒いでいた。

疲れるのは親の方か?手を挙げ、“戻ってコ~イ”とばかり一声。


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『 鳥がいる 鳥がいる 群れになった紙凧だ 』
                              中国・唐代の詩の一部分

日本では、凧は中国からの輸入品(?)

テレビでは中国の凧作りをしばしば紹介している。日本の比ではない!!

風は少ないものの、凧揚げには絶好の天気。

連凧は125連で揚がっているとの事だった。

全部で350連にもなる程の量というから驚きだ。


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『 糸が切れた後は あてもなく彷徨う身 東風に恨みを言うなかれ 』
                                       清代の詩の一部分

此方のドラえもんの連凧。只今150連で揚がっているそうだ。

右に丸く揚がっている凧は、“すずめ”凧と云う事だが、“すずめ”とはね~?

中国では春になると凧揚げが盛んに行われるそうだ。風向きは「東風」が最高という。

強い風に吹かれて、凧の糸が切れても、東風を恨むでないぞ!!との詩だろう。


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花を愛で、凧揚げを楽しみ、近くの松林を通り抜け浜辺まで足を延ばした。

2011-10-08 華1219

松の落ち葉が大嫌いなチワワの“らら”。 足の裏がチクチクするのだろう。

時間は過ぎ、今日は一万歩と思いきや、たったの3800歩。

歩いた・歩いたと思った散歩だが、「こんなものなの~?」


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雪・月・花 

日本人の自然への美意識に、『雪・月・花』がある。

雪に風、月に群雲、花に霞の眺め・・・なんと幽玄であり、妖艶美なのだろうか


『 うつろへば 人の心ぞあともなき 花のかたみは峯のしら雲 』


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晴天に恵まれた心地よい日、「千葉市花の美術館」に足を運んだ。


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平日なので鑑賞に来ている人数も少なく、ペット連れでも心行くまで春を満喫できる。

春とはいえ、まだ浅き故なのか、色に満たされている事だろう、との思いは裏切られたが・・・


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先ず、目に飛び込んで来た花は、「クリスマス・ローズ」だった。 濃紫の高貴で豪華な花である。

冬枯れの花壇には、雑草が生えているような殺風景な景色だ。


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此の花の名前は知らない。 一見するとガーベラのような花びらだった。

白と黒とのコントラストに魅せられて、ついつい一枚パチリと・・・


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寂し過ぎる庭を歩いていると、草叢に「白雪姫と七人の小人」が屯していた。


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此方の看板は「親指姫」。花の美術館・入り口前に立ててある。

アンデルセン童話に出てくる、チューリップから生まれた、親指程の大きさの「親指姫」。


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入り口には、又こんな看板も立ててあり、子供が嬉しそうに記念写真を撮っていた。

子供用の菊人形とでもいうところか?


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美術館の中は、ペット連れ“お断り”なので、一人で無料の所だけ入ってみた。

此処に咲いている花は、チューリップだけで、室内の日陰なので満開とは成っていなかった。

『 みめうつくしき女房の もの思ひたるが 

    物をもいはでゐたるに 歌をばたとへたるに 』
  正徹(歌)

七・八分咲きのチューリップ。花芯を見ていると、風雅というか?妖艶というか?

余りにも美しいので、上の様な和歌を思い出した。

「花の美術館」だから、美しい花々が咲き乱れていることと思いきや、意外にや意外だった。

長閑な陽を浴びて散策すれば、ストレスも解消された事でしょう。

其れだけでも、来て良かったと思えた時間が送れた。

「お彼岸」の期間、お墓参りをし、花を愛でる時間が持てた事に感謝・感謝!!

「みめ麗しき女房」か。どうかは判らない(私は、そう思っている)が、

(そう思っている方が、幸せなので)女房にも感謝・感謝。

チューリップを観ていて、そう思ったのは確か・・・

私の感謝の気持って、「こんなものなの~?」




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『 やわらかに 柳あをめる北上の 岸辺目に見ゆ 泣けとごとくに 』
                                    石川啄木 (歌集・一握の砂)



2011-10-08 華1225

天気予報では、今日は風も無く長閑な暖かい日と、報じていた。

曇天ではあるが、チワワの“らら”を連れて、「水元公園」に出かけた。

駐車場に車を止め、先ず目に飛び込んで来たのが、此の柳の木。

思わず啄木の歌が頭を過った。 早春の若葉が清々しく心地よさをもたらす。


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日差しは無いものの、サイクリングの御夫婦がベンチで一休み。

聞えはしないが、何を語っているのか?気にもなる。


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タバコをくゆらせ、のんびりと魚釣り。

白鷺までもがお付き合い・・・という事なのか。


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「 早春の 春風に吹かれて ネコヤナギ 」 


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『 待って居る 妻子もないか 通し鴨 』   小林一茶(句)

沢山の鴨たちが悠々と泳いでいるが、

夏になっても北国に帰らず、営巣して此処で雛を育てる、鴨なのか?


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『 叱られて 又疲れ鵜の 入りにけり 』    小林一茶(句) 

鵜飼用に飼われた鵜ではない。

自然の中でのびのびと暮らしているのだろうが、果たして餌は充分あるのか?


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「 春浅き 林に落ちる 枯木実 」

枯れたプラタナスの実が、侘しそうに見えた。

カサカサと足音を立てながら、“らら”は歩き難そうに。

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「 教えるものは 死生觀か 枯木立 」

メタセイコイアの並木。

冬枯れの木立を見ていると、春に芽を吹き、夏を精一杯に生き抜き・・・

輪廻転生を再考せよ!!と、諭されているような気持ちになる。


柳の花言葉は、“愛の悲しみ”“我が胸の悲しみ”という事だ。

春だというのに、“悲しみ”を実感する今日の散歩だった。

ネコヤナギに蜜を吸いに来る蜜蜂。

『 正直の門に 蜜蜂やどりけり 』      小林一茶(句)

人間、果たしてどれ程正直に生きて来た事だろうか?

また、此れから先、どれ程正直に生きて行ける事だろうか?

こんな事を感じながらの今日の散歩だった。

私の生き方って、「こんなものなの~?」


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色々な遊び 

『 居つづけの 夜着せ遊ばせて 桜哉 』  遊女・花柴の(川柳)

遊郭に遊びに来た客なのだが、三日三晩も帰らないのでは桜花も観られない・・・

早く帰って欲しいのに、と云う心境でも詠った川柳であろうか?


昨日、久しぶりの好天に恵まれ、近くの稲毛浜公園に散歩に行った。

ピクニック広場や日本庭園のある“海星庵”で、多くのコスプレに出会った。


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「コスプレ」・・・コスチューム・プレイの略らしい。

本来の意味は“時代物の芝居”という事らしいが、20年前ぐらいより“マンガの仮装”へと変貌し、

今では、アニメやゲームなどの登場人物のキャラクターに扮する事になったようだ。


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此の忍者と鎧兜の武者は、大多喜町・大多喜駅舎のホームに設えてある物だ。

此れこそ、本来の“コスプレ”ではなかろうか・・・


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純日本家屋と日本庭園のある「海星庵」の躙り口の前で、記念写真を撮っている若者達。

何とも不思議というか?滑稽と云うのか?面白い光景だった。

コスプレイヤーの着物が、それ程建物とアンマッチングでないところが・・・浪人姿なのか?


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広場のあちこちで、記念写真を写す光景が見受けられた。

コスプレ用の衣装代は2~3万円ぐらいらしい。

この金額で主人公になれ一日中楽しめる、罪無きお遊び・・・見ていても仄々とした思いだ。


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今、秋葉原で有名になった「お帰りなさいませ、ご主人様」

或いは、看護婦やセーラー服の御嬢さんが接待してくれる飲食店?

これ等も、やはりコスプレと云うのでしょうか?


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稲毛浜(100m先)に出て、記念写真を撮ったり、おふざけ遊びに興じる若者もいた。


『 都をば 花なき里となしにけり 吉野の死出の山にうつして 』

天下の名妓・吉野太夫の歌。

容姿がこの上なく美しく、高い教養と諸芸に優れ、その美しさは遠く中国にまで知れ渡った花魁・吉野太夫。

東京・吉原の郭は余りにも有名だが、半ば人身御供とでも云える遊女・・・

多くの遊女が腹を膨らませていたようだ。

女衒に買われ、行儀をしつけられ、“突出し”の行事となる。所謂“水揚げ”だ。

「浮世に見る江戸吉原」の模型では、肌脱ぎの姿で、だらしなく寝そべる遊女たち。

鍼で堕胎をする遊女・避妊の為に恥丘に灸をすえる遊女・・・等など

多くの遊女が、孕み大きな腹を曝け出している姿、さすがに恥部は布で覆われているが、

後は恥ずかしくもなく露わな姿なのだ。

“遊”女も居るが、また“遊び女”という名の芸妓もいる。

江戸時代には、大川(隅田川)で舟遊びをするのが、“お大尽”と呼ばれるお金持ち!!

小さな伝馬船で船べりまで行き、歌を唄い芸をする“遊び女”。

その多くは、ついには身を任せ金を稼ぐ女へとなる。船上の遊郭である。


“遊び”にも、遊女・遊び女・コスプレ・・・と色々あるようだ。

赤線は現在、法律で禁じられてはいるが、「恋愛は暗黒を好む」とコクトーが云うように、

深く静かに潜航しているようだ。

春の暖かな陽光を浴びて、公園でコスプレを楽しむ・・・

何と、清々しい観ていて感じのイイものなのだろうか。

陰湿な遊びを好む大人が多い中、若者たちの遊びって、「こんなものなの~?」



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極楽って、西にあるの? 

『 極楽は、西にもあれば、東にも。

     来た(北)道さがせ、皆身(南)にもある 』



今日三月二十日は「春彼岸」。

仏教哲学でいう彼岸とは、仏教の理想である涅槃に到達する境地を言い、

涅槃に没入するかのように、ただ只ひたすらに仏道に精進する事を旨とする。

インドでも中国でも彼岸の行事を行う事はなく今日に至る。


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真西に沈む太陽。此の先に極楽浄土が在ると先人達は考えた。

日本では早くから彼岸の特別な期間を設けていた。

此れは、天台宗・浄土門の信仰に起因するものである。

天台宗では『観無量寿経』を重視し、延暦寺が21カ寺に読義所を設け、説法や談義を行った。

以後、彼岸を暦に載せるようになり、年中行事として固定化される。

平安時代中期より比叡山で彼岸会が始まり、人々は齋戒沐浴し、清浄な衣を着、

精進料理を頂き、高僧の説法に耳を傾け、佛・菩薩に祈願するために延暦寺に集うのが慣いとなる。


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仏教教義からすれば、彼岸には念仏を唱え、

ひたすらに西方極楽浄土に生まれ変われる事を願う仏道精進なのですが、

余りにも哲学過ぎて一般大衆には難儀な事であった。

民衆が抱いていた浄土感は、現世の中の身近な処に経験出来る浄土を求めた。

其の為か、中世・近世になると、地獄・極楽絵図でもって、あの世とこの世を視覚的に訴えたり、

巫女に口寄をさせ、死者を蘇らす巫術などを行うようになった。


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天台宗の恵心僧都・源信の著した『往生要集』が極楽往生願望に火をつけた。

『 ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。

 よどみに浮かぶうたかたは、かつ消え、かつ結びて、

 久しくとどまりたる例なし。

 世の中にある、人と栖と、またかくのごとし。』
   

『方丈記』を著した、鴨長明の遁世思想。 粗末な草庵に暮らす長明の人生観。

宗教的自然観と知識人による処世術(現世否定)とも云える『方丈記』である。

鴨長明は、賀茂神社の神主の一族に生を享け、出世街道を歩む筈だったが、

父親の死後、後ろ盾を失い、生涯の歯車が狂いはじめ、後の草庵生活へとなる。

高貴な家庭に生まれた長明だが、彼岸には草庵の西の小窓から差し込む西日に、

極楽浄土を夢見る事を、唯一の楽しみとしたのであろうか?

“お彼岸”は、墓参りをする仏教行事ではない。

ひたすら死後の行先を極楽浄土へ願う仏教修行の一つなのだ。

勘違いしていたが、“お彼岸”って、「こんなものなの~?」



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可憐な花 “こぶし” 

『 白き小鳥 群がる如くこぶし咲く 』


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高さ20mにもなる大樹が、里山に純白の花を咲き誇っている景色を見る事もあるが、

此処は千葉県・関宿町の「関宿水辺公園」にある“こぶし”の大樹。

『日本一の“こぶし”の大樹』とも言われている。

今年の春は名ばかりで肌寒い日が続いているが、青空に純白の花を見るに、少々寂しそうにも思える。


『 来世とは まぶしきことば花こぶし 』  柴田白葉女(句)

“こぶし”(辛夷)の名前の由来は、蕾や果実の形が赤ちゃんの拳に似ているからとも言われる。

又、地方によっては、“こぶし”が咲き始めると田打ちの合図とも言われ、農家は忙しくなる季節に入る。

ある地方では、“田の神”の依代と考え、「“こぶし”の花が多いと豊作」との言い伝えがある。


狂言に『 花盗人 』がある。

『 この春は 花の下にて縄つきぬ 烏帽子桜と人はいふらん 』

桜の枝を折ろうとした人が捕えられ、木に縛られた時に詠んだ句だ。

あまりにも良い和歌だったので、罪を許される・・・と云う件だ。

「花盗人は風流のうち」「花盗人に悪人なし」 と云われるのは、此の狂言によるものだ。

「桜、折るバカ 梅、折らぬバカ」 と云う言葉もある。

此れから春たけなわになり、花見のシーズンに突入する。

毎年のように見受けられるのが、“桜、折るバカ”の多い事だ。


「花盗人」・・・木の枝を折る人の事を云うのではない。

人知れず、花の美しさを一人愛でる事を云うのである。

人知れず無言で咲き、無言で散って行く花!!

散りゆく花に、己の人生の潔さを感じて欲しいものだ。

花を愛でる事を知らず、ワイワイ・ガヤガヤ騒ぎ酒に酔う“酔っぱらい”。

貴方の気持ちって、「こんなものなの~?」


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欣求浄土 


『 盆も彼岸もあなうれし 別れた人も はれて此の世に会いに来る 』 


春・秋のこの季節は一年で最も気候の良い時である。

農耕民族にとっては一時的な農閑期で小休止できる時期だ。

仏教経典でも積極的には説かない“彼岸”なのだ。

春分・秋分を中心に七日間を彼岸会と云うのは、本来は暦の知識を借りたもので、

日本人が元来より行った行事では無い。言うなれば、「お節介な仏教行事」と云うところか。

仏教側で先祖供養を説かなくても、一般人が本家を中心に先祖祭りを行っていたのである。

彼岸にご先祖祭りを行うと云う思想は仏教側には無く、仏教伝来以前に既に一般的に行われていた。


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“お彼岸”は、『観無量寿経』に説く十六觀法の一つで日想観を意味する。

日没の方向に極楽浄土を想定し、浄土に生まれん事を願う観法なのだ。

比叡山の恵心僧都・源信たちが行った、「二十五三昧会」が事の始まりなのだ。


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二十五の菩薩を従えて、お迎えに山越しにやってくる来る、阿弥陀如来・来迎図

こんな事を真剣に願い、常行三昧堂で夢遊病者の如く一心に行に取り組んだのである。

“お彼岸”は、阿弥陀の極楽浄土を夢見て願うものであり、決してお墓詣りをするものではない。

中日を挟んで、前後三日間、併せて一週間の行事であるが、その六日間には六波羅蜜の行を行う。

布施・持戒・忍辱・禅定・精進・智慧・・・此の六つの行である。

“お墓詣り”なんて、何処にも出てはこない。


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お彼岸には、どうして“おはぎ”と“ぼた餅”なの~?

“おはぎ”も“ぼた餅”も、共に小豆を使った赤い色した、“ハレ”の食べ物である。

赤い色は呪力を持つと信じられ、先祖代々の霊魂に供える事により、

成仏していない怨霊を鎮めようとしたものである。

お墓に供えるのではなく、お仏壇に供えるのが正しい事なのだ。

この時期には、土手には土筆の姿も見られ、先端が丸坊主の柱状の土筆は、

童謡では“ツクシンボ”といわれ、別名は“彼岸坊主”と呼ばれた。

秋の彼岸には曼珠沙華が田の畔に現れ、毒々しい真紅の花をつけ、“彼岸花”と云われる。


『 彼岸過ぎての麦の肥やし 三十過ぎての男の意見 』

日の出に農業の神である太陽に豊作を祈り、沈む夕日に先祖の加護を願った、

素朴な農民の太陽崇拝と先祖崇拝の姿が、仏教と結びついた結果の“お彼岸”行事なのだ。


三十過ぎの男のお説教って、無駄なの? 本当に、「こんなのもなの~?」


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徒宅而忘其妻 

 
『 御代の春 世界の日本となりにけり 』     泉 鏡花


人は一角の人物になったり、潤沢な財産を築くと、他人が持っていない物が欲しくなるらしい。

其の最高の贅沢な物の一つが、「別荘」であろう。

神谷傳兵衛氏は“日本のワイン王”の異名を持つ、明治時代の実業家だ。

「神谷バー」、「電気ブラン」や「牛久シャトー」で其の名を馳せている。


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     「旧・神谷傳兵衛 稲毛別荘」二階への階段

「別荘」で有名な所と云えば、関西では大阪・堺市の“浜寺”と、

関東では千葉県・千葉市の“稲毛海岸”と云っても差し支えないかも・・・


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   二階の主客間  “葡萄の木の床柱”が大変珍しい

自宅の他に別に持つも一つの(二つでも、三つでも)宅を「別荘」と呼ぶ。

「宅」という字には色々な「宅」がある。

『火宅』・・・現世・娑婆世界という所で、火宅の人とか言われる。

『邸宅』・・・大きい住宅   『別宅』・・・自宅以外の二軒目からの宅。

『妾宅』・・・妾(囲い女)の宅。此の宅を持つ事が一番の憧れか?

『別荘』・・・避暑・避寒の為に過ごし易い温暖な所に建てる別宅。偶に“刑務所”をも言う。


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             畳敷きの周り廊下

観光で有名な京都・嵯峨野。

美しい山々に囲まれた静寂な秘境であった1500年前の頃、

皇室関係の別荘が次々に建てられた。この当時には権力者以外の者が「別荘」を持つ事はなかった。

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           続きの間。茶棚が設えてある

別荘の襖に、和歌の書かれた色紙を貼る事が盛んだった昔、傳兵衛氏も所望した事か?

白浜に緑の松が目に鮮やかなコントラストを見せ、遥か遠方に富士山を望ぬい事ができた稲毛海岸。

此の地に「別荘」を持つことは傳兵衛氏の念願でもあったのだろう。


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  欄間に彫刻された“鶴”この他にも“葡萄”“蜂”“蜻蛉”などの彫刻がある。

「別荘」を持てる人は、ほんの一握りの高額所得者であろう。

も一つ持ちたいのが「妾宅」ではないだろうか? 此れは妾を住まわす家で“別宅”とは云わない。

此の「宅」は、維持費の他に“お手当”なる高額な出費を覚悟する必要がある。

『 徒 宅 而 忘 其 妻 』

「転居して、その妻を忘れる」と云う意味だが、

“大切なものを忘れる”“愚者の例え”で使われる事もある。

別荘を持ち、仕事に精進し、人生を楽しむうちは良いのだが、

「妾宅」を持ち、妻の存在を忘れる事など、夢々しない事ですよ!!

“大切なもの”そう、それは貴方の奥様ですよ~。

妾は裏切るが、妻は裏切らない・・・エッ、これって本当かしら?


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玄関天井の中心飾り。真っ白な漆喰天井に、“葡萄”の彫刻。

「別宅」「邸宅」「妾宅」と色々あるが、

最後の最後に云う言葉は、「畳の上で死にたい」此の一言!!

どんなに質素で粗末な家でも、我が家が一番という事でしょう。

家族に見守られ静かに息を引き取りたいと皆思っているようだ。

死に際の望みって、「こんなものなの~?」





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山の信仰 

『 お山は晴天 懺悔・懺悔 六根清浄 』

晴天の元、山歩きをしながら歌う文句が有る。

お天道様も笑顔で迎えてくれ、過日の煩悩を懺悔すれば、心も晴れやか六根も清浄になる。

日本人は古来より、山・川・海などの大自然に抱かれて生活してきた。

我がご先祖達は、山を神格化し篤く敬ってきた。

子供がいない夫婦は近くの山に入り、丸い石を持ち帰れば、子宝に恵まれると。

また、人は死して、その霊魂は山に還ると・・・

練馬に居た時も浅間神社は在ったが、近くに稲毛浅間神社があるので参拝した。


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富士山信仰に基づいて、富士山を神格化した神社、「浅間神社」。

此処、稲毛浅間神社は、富士山・本宮「浅間大社」の御分霊を奉齋したものである。

主神は、“木花咲耶姫命”という女性の神様で、安産・子育ての神様だ。


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強い日差しの下、本殿へと続く石坂の陰影が、余りにも綺麗なコントラストを見せる。

日本人のコスモロジーは、「山ー山里ー海」という大自然の循環環境の中で育まれてきた。

また、太陽や満ち欠けする月のリズムにも神秘性を感じ取った事だろう。

そんな中、山の信仰も生まれ、山麓や山頂に神社を建立し祭祀を行ってきた。


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手水で口と手を清め、本殿へと向かう。

此処「稲毛浅間神社」では、年間を通して各種の行事が行われている。

初詣・成人祈祷・節分・七五三・・・等など、数十万人の人出で賑わうこの地方の大社なのだ。

昔は、此の神社から多くの信者が富士山目指して詣でた事だろう。

『富士講』が有ったか?無かったか?は確認していないが・・・多分。


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本殿前には、大きな“キティーちゃん”が据えられていた。

御爺ちゃんと午遊を楽しみに来ているのだろう。目を細めて見守る御爺ちゃんが近くに。


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受験生の絵馬が沢山懸けられていた。

「合格しますように!!」 “努力なしでは難しいよ”って云ってやりたい気持ち。

人はどうして“お願い”ばかりをする動物なのでしょうね。

釈迦最後の経に『涅槃経』がある。

その中で、「自灯明 法灯明」の教えが有る。

簡単に言えば、自分の信ずる生き方をせよ。行き詰ったら釈迦の教えに立ち返れと云う事だろう。

神仏に縋るより、己の道を信じて力強く生きる方が、まだマシかもね。


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「稲荷大明神」の真紅の幟旗が余りにも目に鮮やかだったので、思わず一枚パチリと・・・


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暖かい陽だまりの中に“鼻高”が脱がれていた。

境内の静けさと相まって、ポツンと脱がれた“鼻髙”が印象的だった。


江戸時代後期には「富士講」も盛んであったが、現在では殆ど消滅状態となった。

電車も車も無い江戸時代、人々は腰弁当一つで霊峰・富士山を目指して必ら歩んだ事だろう。

全国各地に「浅間神社」が建立されている事は、如何に「富士講」が盛んだった事の表れなのか。

昔のご先祖様達は、命を掛けずとも信仰心の強さで、山岳登山という難事を克服したのだろう。

現在では取り敢えず近くの神社へ、それも車で・・・100円玉一つ投げ入れて、“お願いいたします”と。

今の日本人の信仰心って、「こんなものなの~?」




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痺れるブランデー? 

『 一人にて 酒をのみ居れる憐れなる となりの男になにを思ふらん 』

萩原朔太郎の「神谷バー」での文章だ。

一人、しみじみと“電気ブラン”のグラスを傾ける寂しさか? 朔太郎は何を感じたのか?


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先日の事、あるご婦人から頂いた“電気ブラン”。

放送作家をしていた主人の大好物のお酒・“電気グラン”ですが、

今は亡き主人を偲び飲んで頂けませんか、と・・・

大学生時代に浅草に「神谷バー」なる有名な店があり、“電気ブラン”なる酒の事は知っていた。

なにしろ貧乏学生だから、そんな有名な店に行ける訳もない。

私は下戸なので、酒は普段は飲まない、いや飲めない。

「神谷バー」の創設者・神谷傳兵衛の洋酒作りに賭ける情熱により明治15年に“電気ブラン”は誕生。


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電気が珍しい明治の頃、目新しいものには「電気〇〇」と名付ける事が流行した。

心地よいピリリとした味わいも「電気」のイメージにぴったりだった。

此のお酒はハイカラな物の代表として、大衆に受け入れられ関心を集めた。

お酒をいただき、ダンスを楽しんでいる箱の絵・・・なんとも明治のロマンだね~!!



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千葉市稲毛に、「旧・神谷傳兵衛稲毛別荘」がある。

「電気ブラン」を折角頂いたのだから、創業者の此の館を訪ねて行った。

此の別荘は、千葉市で最も古い鉄筋コンクリート造りで、今は国登録有形文化財になっている。

関東大震災に遭うも、耐え抜いた程の建物で、石造りの階段を昇るとベランダ風の廊下がある。



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石造りのベランダに、真っ白な椅子とテーブル・・・コントラストが何とも美しい。

此処で。傳兵衛さんは「電気ブラン」を楽しんだのか?


芥川賞作家の三浦哲郎氏作「忍ぶ川」の中にも、此の「神谷バー」と「電気ブラン」は登場する。

「忍ぶ川」は映画化もされ、大きな反響と共に感動をも呼んだ。

「忍ぶ川」の一場面に、「映画を観て、神谷バーへ行って、私はブランデー・貴方は“電気ブラン”で、

私の為に乾杯してくださいね・・・」
と云うセリフがある。


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親交を温める人々が此のテーブルに座し、華やかな会話を楽しんだ事だろう。


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「電気ブラン」は、ブランデーをベースにし、ジン・ワイン・キュラソー・ハーブなどがブレンドされているが、

其の配合は未だ秘伝となっている。

“いい酒ほどよく”・・・小さめのグラスによく冷やした「電気ブラン」をストレートで注ぎ、

旧き良き文明開化の時代に思いを馳せながら、お楽しみ下さい、と書いてある。

アルコール度 40%・・・何と強い飲み物なのでしょうか。

酒に酔う、その気持ちは心浮き浮き、夢心地って言うところなのか。

私は酒を飲めば、心臓パクパク・頭はズキズキ・・・「何ンでこんなもの呑むの~」



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寒い朝 

“啓蟄”も過ぎ、春眠暁を覚えずの季節となり、

寝ぼけ眼を擦りながら、心軽やかに駅に向かう筈のこの頃だが、今朝の気温は2℃だった。

日の出を撮影しようか?と、カメラを携え家を出た。

出勤する人々の吐く息が白く、肩をすぼめて歩いていた。


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風も有り、乾燥した空気が肌を刺す。

風に揺らぐ「イケア」の幟旗が威勢よくはためく。


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天空に残る残月が寒さを誘う。


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朝6時半の公園。

早朝から犬の散歩をしている人にも出会った。

犬は尻尾を振り喜び勇んでいるが、飼い主は流石に寒いのか肩を丸める。


昼から近くの「千葉市民ギャラリー・いなげ」に写真展を見に行く。

『 ひとり 燈のもとに文をひろげて

    見ぬ世の人を友とするぞ こよなう慰むわざなる 』
  徒然草 


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見知らぬ人々の写真展。「SSM デジタル写真クラブ」31人の面々の作品。

デジカメの発展により一億総カメラマン時代の到来を感じさせる。

実は、隣の「神谷伝兵衛・稲毛別荘」を見に行った時、隣の会場で写真展が開かれており、

入り口で、会員の女性の案内で入館した。


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年配の男女が多く、見ていて実に楽しい写真だった。

気負いも無く、楽しんでシャッターを押しているのだろう。

見知らぬ人々と、この様な出会いが持てる事は、何と素敵な事だろうか。


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外では、梅が心地よい香りを運んできていた。

『 梅が香や 見ぬ世の人に 御意を得る 』

同じ写真愛好家として、見知らぬ人々と友になる。 和気藹々と楽しむのも可なりかな・・・


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帰り際に、入り口で此の銅像と出会った。

何を考え、何をしているのでしょうか?

今、私は此のクラブに加入し、皆さんと共に写真を楽しむ事としようか?どうか?考えている。

そうか!!此の銅像はロダンではないが、「考える人」なのか? それとも「悩める人」なのか?

今の私の心境を代弁しているのか?

メンバーに入るか?入らないか? 悩むって、「こんなものなの~?」



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溥傑と浩 


『 過ぎし世を顧みて千葉に来る 余齢を駆し旧宅を訪ぬれば

     哀れ往時の夢破れ ただ秋風の時ぞ偲ばる 』


愛新覚羅 溥傑氏が、千葉海岸旧宅にて詠んだ一首。


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麗らかな春の陽を浴びて、ラストエンペラー溥儀の弟・溥傑が一時期を過ごした旧宅を訪ねた。


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床の間には、溥傑と浩の結婚時の写真が飾ってあり、往時を偲ばせる。


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大映・映画「流転の王妃」で一世を風靡した王妃であるが、

其の数奇な運命は、時代に翻弄された悲劇の女性であった。


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公家・嵯峨侯爵家に生まれ、本来なら何不自由なく一生を終える筈の彼女だが、

激動の昭和史の中で生きた、時代の生き証人となった。


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満州国の興亡を体験し、敗戦後の満州での逃避行から、やっとの思いで本国へ辿り着く。

大変な辛苦を味わった後には、帰国後の意外な運命が待っていた。


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長女の天城山無理心中に遭遇し、悲嘆にくれる日々を送る羽目になる。


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此処、『愛新覚羅溥傑仮寓』は、今は「千葉市ゆかりの家・いなげ」という記念館になっている。

ラストエンペラー溥儀の弟・溥傑夫妻が昭和12年に半年ほど新婚生活を送った邸宅。

此処、稲毛は海岸線の松林を中心に、別荘や別邸が建てられた。

明治中期以後は、避暑地として文人墨客が多く訪れた。


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『 かの妻の微笑や今何処 庭にたたずみ胸の騒ぎを覚ゆ

   夫婦の契り昨日の如く 愛しき憶い出 老いの身に耐え難し 』


溥傑、即興作詞二首の内、一首

運命に弄ばれ、愛娘を失い、歴史に名を残す“溥傑”と“浩”夫妻。

運命の悪戯って、 「こんなものなの~?」



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めっ!! 

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今日は、何をホザイテ良いのか?判らない・・・

三日続きの激務(?)で、体も心も、“お疲れさま”状態です。

明日は、のんびりと心の保養に近くに出かけようと思っている。

以前、此の看板?ポスター? を見かけた。偶に車のドアなどに貼ってあった。

『 めっ!!』

誰に向かって、『 めっ!!』 と叱って欲しいのか? 叱って欲しい人が余りにも多いので困るのだよね~。

まぁ、誰でもイイから、手始めに政治家といきましょうか。

では二番目は、東京電力?それとも官僚?

いずれにしても、皆が皆、良くない(悪い)人ではないのだが、

ほんの一握りのワルがいるから国民が困るのだよね~。

何を言っているのか自分でも判らないから、今日はこの辺でハイごめんなさい!!

私の記事って、いつも、「こんなものなの~?」




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古思ほゆ 

 『 近江の湖 夕波千鳥汝が鳴けば 心もしぬに古思ほゆ 』


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何とも変哲ない写真ですが、此処は「真岡城跡」なのだ。

1189年、源 頼朝に従い奥州に出陣した折に、大変な手柄を立て、此処“五行川”沿いに築城された。

中央・上部に小さく見える建物は、真岡小学校だ。

大きな石がゴロゴロ転がっていて、少し変わった公園である。


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五行川は未だ肌寒く、川面に遊ぶカモも寒そうだった。

桜の木にある蕾は、固く閉じていた。

この川の左側が「真岡城跡」だが、余りにも公園化が進み、往時を訪ねる訳にもいかない。

柿本人麻呂ではないが、心の奥底に思う真の極まりは、表からでは判り難いものだ。

「真岡城主」の末裔たちの心の奥底は、いかばかりか?

城址を見ては、古を偲んでいるのだろうか?


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栃木県・真岡市を訪ねた。

先ず目に入って来るのが駅舎だ。 お見事だね~、此の駅舎。

真岡鉄道では、今は観光の為、C11 C12 の蒸気機関車を運転しているという事だ。

pm3:20に汽車が入線すると駅員は言うが、私も忙しい身(?)待つ時間が無い。


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駅舎の中に、昔の真岡鉄道の模型が飾ってある。何とも風情ある模型だ。

故意に作ってあるのか? 古思ほゆ・・・そのものだ!!


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駅前広場の一角に、「守鐡社」が祀ってある。

地方の活気は日に日に寂びれていく昨今だ。

社を建立し、「真岡鉄道」の繁栄発展を祈願しているのであろう。

増々寂びれていく事だけは、何としても避けたいものだ。


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少し五行川沿いを散策すれば、10分もすれば『海潮寺』にたどり着く。

曹洞宗の古刹で500年余り前に建立された建物だ。

一時は豊臣秀吉により所領が没収されるが、後に徳川家光により20石の寺領を頂く事になる。

此の寺のご本尊は、「十一面観音」だ。

観音菩薩は日本では昔より最も親しまれ信仰された仏さんの一つであろう。

「般若心経」の冒頭に出てくる仏で、あまりにも有名で身近だ。

ところで、観音様って、男なの? それとも女なの? 気になりませんか?・・・

仏教では、女性は罪深く其のままでは成仏出来ないと説く。

女人が成仏するには、一旦男性に性転換する必要が有るとノタマウ。

え~!!、2500年も前から、性転換ってあったの~?

観音は“マーラティー”という別名があり、「蕾・花・処女」を意味する。

とすれば、女性なのかね~。

「日本霊異記」にも度々顔を出す観音菩薩。一つ面白い話がある。

色々な所で、色々な人が、観音菩薩を抱いているのだ。

夢で観音を抱いたあくる朝、衣の裾に、白濁したネバネバが付いていたとか・・・

どうしても煩悩が災いして、男女の交わりから脱却できない僧侶に、

観音が“私を抱いてもいいよ”と言い、抱いた後、悟りを開いたとか?、開かなかったとか?

僧侶は剃髪・妻帯はしない・・・が基本なのだが、

いつの世も男って、女とは縁が切れないのだね~。

“お稚児さん”ってご存知でしょうが、是とて僧侶の手慰みだったのですよ~!!


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更に10分ほどで、「長蓮寺」という天台宗の名刹に出会う事ができる。

此の寺のご本尊は、「弁財天」だ。

此の天部に所属する仏「弁財天」は、実は既婚者なのだ。夫は「宇賀の神」なのだ。

江の島の「弁財天」は有名だが、若夫婦や恋人同士や同伴でお参りすると、

嫉妬するので、その折にはよそよそしく振る舞うのが良いとされる。

「弁財天」は、西洋の「ヴィーナス」とも繋がりがある奥深く面白い佛さんなのだ。


寺や僧侶は、昔は知識者として誰からも慕われていたが。

最近は寺と僧侶離れが一層加速しているのが現状のようだ。

だって、頭は髪を伸ばし、女房を持ち、挙句の果て“妾"までとくれば仕方ないよね。

最近の僧侶って、「こんなものなの~?」


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谷中漫歩 

『 萌出るも 枯るゝも同じ 野辺の草

               何れか秋に あはではつべき 』
  

一休禅師が、祇王が清盛の寵愛を失い 邸宅を去る時障子に泣く泣く綴った一首。

昔の時代が色濃く残っている谷中の町。

世の無常を恨むと云うより、今は想い出の中に生きてる人の事が偲ばれて、涙が出そうだ。


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谷中の古い町並を散策すると、タイムトリップしたような錯覚すら覚える。

近代建築のコンクリート・ジャングルに生活すると、人間味も薄れてくる。

戦後の長屋では、向こう隣り皆顔見知り。

助け合いながら懸命に生き抜いてきた時代でもあった。


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情報化社会でない時代の伝達方法に、回覧板があった。

 回してちょうだい回覧板 助けられたり 助けたり 

こんな歌も今では廃れ、誰も歌いはしないが、

「助けられたり 助けたり」・・・昨年の東日本大震災の折には、

此の助け合いが強い絆を作り、何とか復興の道へと続くのである。


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長閑な時間がゆっくりと流れる下町。猫の表情も本当に穏やかその物である。

此処は、ギスギスした都会の一角にある別天地なのだ。


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携帯電話を片手に持ち、右の手でマック・ハンバーガーを貪り食う現代の若者。

この街には、未だ井戸が何か所かに残っている。

震災の教訓で、井戸でも掘ろうかと考える人も出るのではないだろうか?

今ではあまり耳にしないが、昔は此の井戸の周りに多くの奥さん達が陣取り、

井戸端会議を楽しんだものだ。此処でも人のつながりを大切にする精神が養われた。


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この街には坂があり、階段を上り下りするお年寄りを目にする事がよくある。

エレベーターやエスカレーターを使わない昔の人の足腰は、本当にしっかりとしている。

先日も、ある所で私は階段を登ったが、何人かの若者はエレベーターへ・・・お気の毒だよね~。


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久し振りの麗らかな陽気に、上着も脱ぎ足音も軽やかだ。

何を急ぐのか?判らないが、最近の自転車に乗っている人の忙しい事・忙しい事!!

そんなに急ぐほどの人生でもあるまいに、と思うのだがね。

両党使いという言葉がある。ながら族とも云えるかも?

私は己の人生を確かなものにする為に、ゆっくりとした時間を噛みしめたい。

でも、何と人生を急ぐ人の多いことか、人生って、「こんなものなの~?」


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リアルだね~ 

『 雛棚や 花に顔出す 娵が君 』    小林一茶

鼠が雛壇の“右近の桜”“左近の橘”に、ちょこちょこ顔を覗かせるのを嫌ったのか?

一茶らしい、何とも可愛らしい句ではないか。


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はじめまして!! フェレット・パスバレーで、男の子(バタスコ)です。

名前は“ルイ”と申します。  

昨年10月20日生まれ、我が家に来た時は、体重400gでした。


今日は、我が家に居る三匹のペットをご紹介します。

犬も猫もフェレットも、いやいやネズミでもイタチでも、飼えば皆可愛いものです。


『 春風や 犬の寝そべる わたし舟 』   小林一茶

メキシコ原産なので、冬は苦手なのか?

最近は私の膝によく乗ってくるようになった。


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私の名前は、チワワの“らら”と申します。

2008年4月24日生まれで、6月9日に我が家に引き取られました。

6月20日には、次に控えし猫、“ポテト”に頭をガブリと噛まれました。

頭・耳・腹を怪我して、病院で治療。エリザベス・カラーには閉口しました。

完治は9月中旬まで罹りました。

怪我から立ち直ったと思うと、引き続き10月9日に右足を骨折。

今度は、ギブスを約三か月・・・何でこんな目に合わないといけないの~?


『 汚れ猫それでも妻は 持ちにけり 』   小林一茶

失礼な話だよね!“汚れ猫”って、好きで汚れた訳じゃ~ない。

捨てられたところを助けられ、そりゃ~感謝はしてますよ~!!


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最後に控えしは、野良猫だった“ポテト”です。

階段下の叢で、親と別れて捨てられていたのを拾われて、何とか今日まで元気に・・・

拾われた身なので、控えめに・控えめに大人しく過ごしてきましたが、

“らら”が余りにも煩いので、懲らしめようとガブリ・・・此れが思わぬ事態に発展。



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“ルイ”の古巣「ヘェレット・ワールド」の店先に掲げ或る生体図。

何ともリアルで気持ち悪いって、言わないでよ~。

フェレットでも、貴方でも皆、解剖すれば同じ事なのだから。

そうだよね~、人間だけが特別って事ないよね。


『 朝に紅顔花の如くなるも 夕には荒原に捨てられて空しく白骨となる

  哀しい哉“生者必滅・会者定離”の理・・・』
 


いくら若くして綺麗な私・・・と、思っていても、 死して捨てられれば、皆、同じ!!

頭の中身は解からないが、体の中身はフェレットと大した違いは無い。

私の体の中身も、「こんなものなの~?」


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自転車の想い出 

 みどりの風を さわやかに。握るハンドル 心も軽く

 サイクリング サイクリング ヤッホー ヤッホー ・・・



春だね~!! 薄着になり、心の重みも軽くなったこの頃。

ひとっ走りと自転車に跨りたいと思うけど、私には自転車がナ~イ。


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『 雪とけて 一漕ぎ 二漕ぎ 三漕ぎかな 』

春の陽気に誘われ、ちょっとそこまで一っ走り。

東京大学の構内で見かけた白い自転車。

赤レンガに映える自転車が、瞼にシッカリと焼き付いている。


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『 暖かき 春風の候 その先まで 』

そこまで一っ走りとペダルを漕ぐつもりが、ついその先までと・・・


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『 梅が香に ペダルも軽く 気も軽く 』

思えば遠くに来たもんだ!!

歌の文句じゃ~無いけれど・・・気が付けばいつの間にやらと。

こんな事にもなるほど、サイクリンが楽しめる季節になったもんだ。


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ママチャリだろうが、マウンテンバイクだろうが、はたまたロードバイクだろうが、

冬の寒さから運動不足の体を動かすには、サイクリングがベターだろう。


『 老いぬれど 花みるほどの心こそ むかしの春に かはらざりけり 』
                                               伴 蒿蹊

春先になると、必ず想い出す事だが、

歳老いた今も、花々が咲き乱れだすと思い出す。

若かりし頃に、花を見て心躍らせた事だが、今も昔と同じことだよ!!

そう云えば、初めて自転車に乗る練習をしたのは、幼稚園児の時だった。

大人用の自転車しかないので、横乗りから練習したもんだ。

乗れだした時の嬉しさは、今思い出しても笑みがこぼれる。

ついつい遠くまで漕いで行き、暗くなって帰ると、親が心配していた事を・・・

中学・高校と自転車通学だった。晴れの日も・雨の日も。

二年前に、ロードバイクが欲しくなり、自転車ショップに何度も見に行った。今でも・・・

歳を考えると、危険と背中合わせの様にも思えるし、果たして他人に迷惑を掛けずに済むかしら?

結局、今日まで自転車はナイ。 未練が無い訳ではナイ!!

街中で、歩道をスピードを出して通り過ぎる若者。

二人乗りはおろか、三人乗り、はたまたそれ以上。子供を載せたママチャリ。

歩道橋を歩行者迷惑も考えない、不届き者。

自転車に乗る人のマナーって、「こんなものなの~?」

スポーツマンらしくマナーを守り、サイクリングを楽しんでいる皆さん、ごめんなさい!!


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ほころびる・・・ 

久し振りに近くの公園を散歩した。

三寒四温の今日この頃だが、春一番の声も聞えそうな陽気だった。


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暖かい朝日を浴びての犬の散歩は、春の訪れを感じさせる。


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小学校の校庭では、夕日に照らされ子供達が縄跳びを楽しんでいた。

黄色い声が静まり返った校庭に響き渡る。


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朝の授業が始まる前に、枯れた芝生の丘で、先生と生徒が戯れていた。

春の陽気は、子供達がいち早く感じ取っているのだろう。

カメラを携え、1時間半の散歩だが、もう直ぐ其処まで“春の足音”を聞くことができる。


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『 御几帳の ほころびより見たまへば 心もとなきほどの燈影に

  御髪いとをかしげに はなやかに 削ぎて寄りゐたまへる…』


「ほころび」・・・辞書で引いてみると、縫い目がとける
               
                       蕾が開きそめる  とある。

平安時代の色恋物語「源氏物語」が使う“ほころび”、何とも色気タップリではないか。

縫い合わせしていない隙間から、覗き見する此の描写。 ピーピング・トムそのものだ!!


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椿の木も、今か今かと春の足音に聞き耳を欹てている。

赤く色づいた堅い蕾が“ほころび”るのも、この暖かさならもう時間の問題だろうか?

『 青柳の 糸よりかくる春しもぞ 乱れて花の“綻び”にける 』

古今和歌集に出てくる一部分。

「乱れて花の綻び」ですぞ~、昔の歌人は色気をよく知っているもんだ。


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『 いかならむ 折にかその御心ばへ “綻ぶ”べからむと 

        世人もおもけむ 疑ひけるを 』
 

「源氏物語」って、本当に色気を感じさせるね~!!


「ほころび」と言う言葉が今朝は大変気になった。

“木瓜”も“ツバキ”も“バラ”の花も、いち早く感じ取ったのか春の足音。

『 は~るよ来い は~やく来い・・・』

おんもに出たいとミヨちゃんが・・・と歌われるが、春を待つのは子供だけではない。

“ほころび”・・・春を待つ蕾の開花を待つのは誰にも待ち遠しいものだ。

“ほころび”・・・仲良かった二人の、心が離れ離れになるのも“ほころび”だ。

会うは別れの始まり。別れは出会いの始まり、と考えれば。

心が“ほころび”挙句の果て、別れても捨てたものでもない。

別れを待つ、男女の仲。心の“ほころび”って、「こんなものなの~?」


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月に兎はいるか? 

『 秋の夜の 月の光を見るごとに 心もしぬに 古へ思ほゆ 』

秋の夜は、済みきった月の光を見るたびに その昔、身を犠牲にして老人を救おうとした兎のことが、

しみじみと思われることよ・・・と、良寛は詠んだ。

兎のように愛情を持って行動すれば、世の中は本当に平和であろうに、

自分の欲望にまかせて行動すれば、争いが生じるのだ、と良寛は教える。


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『 あたら身を 翁が贄となしけりな 今の現に聞くがともしさ 』

翁のために身を呈した“ウサギ”。その行動の尊さは何と崇高な行いなのだ。


日本人は、月を見て兎が餅をついてると考えた。

中国では、兎が薬を作っていると考えた。薬研を転がしているのだろうか?

インドでは、兎が月に棲んでいると考えた。


月に兎が棲んでいると云う日本人の考え方は、

仏教説話「ジャータカ」が日本にもたらされた事に起因する。

その結果、「今昔物語」等に多く語られるようになる。


インドの神話に、兎が自分の身を、飢えた翁に与え救うために犠牲になって死んだ。

その兎の捨身の姿を見て、翁は元の身・帝釈天の姿に復して、兎の亡骸を抱えて

月の都に行って葬ったので、月の世界に“ウサギ”が居ると云うのである。

此処に出てくる「月の都」が、後の『竹取物語』に出てくる“月の都”なのだ。

“ウサギ”の捨身伝説は仏典の中に多く見ることが出来、

兎の捨て身の慈悲行を後世に伝えるものである。

平安時代に最も大切にされた仏“薬師如来”の脇侍に“月光菩薩”がある。

この菩薩の左手には、丸い球の中にウサギ:“伏兎”が描かれている。


『 うさぎ うさぎ なに見て跳ねる 十五夜お月さま 見て跳ねる 』

子供の頃、よく歌って貰った事のある歌だが、子供心にも作り話とは知っていた。

しかし、子供の夢を羽ばたかせるのに充分でもあった。

月旅行も夢ではなくなった現在、月に行った人間の事よりも、

光とクレーターが織りなす月の陰影に、色々な兎の姿に見えるのか?を想像する方が・・・

夢を壊す現代科学の智慧って、「こんなものなの~?」





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花のプレゼント 


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3月3日:「ひな祭り」の日に、頂いた花束。

“只、貴方一人の為に咲きました”と、花々が云っているようです。


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『 あかりをつけましょ ぼんぼりに~ 』

と、歌われる“ぼんぼり”、元々は雪洞(せっとう)と呼ばれ、お茶席で客人が居ない時、

炭を長持ちさせるために炉に被せておく“覆い”の事なのだ。

“ぼんぼり”は、「ぼんやり」とか「ほのか」という意味なので、

花の表情をマクロで、“淡く・ぼんやり”と撮影してみた。


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何となく、“ぼんぼり”に似て、中々艶めかしく春の風情を感じませんか?


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『 曲水の 詩や 盃に遅れたる 』   正岡子規(句)

3月3日には、曲水の宴という行事が各地で執り行われている。

奈良時代から平安時代にかけて、宮廷貴族の優雅な遊びの一つだった。

現在では、九州・大宰府で行われる“曲水の宴”は有名で、観光客も多いようです。

人形を川に流して穢を祓う此の行事が、後に“流しびな”や“ひな祭り”の行事へと発展した。


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いろいろな色が楽しめる花々の色

この“色”という文字は、元々は男女の交わりを表した象形文字だそうです。

そう云えば、“色事”とか“色情”“色好み”とかに、“色”という字は使われている。

『 花の色は うつりにけりな いたづらに・・・』 

小野小町が詠うように、“ほのか”に“ぼんやり”と云う程の風情ではなく、

“はかない”と云う意味で使われる方が多いようです。


色と香りで蜂と交わる花々、命を後の世に引き継ぐ為にも色が大切なのだ。

『 しのぶれど 色に出にけり我が恋は 』 とも詠われている“色”。

頂いた花束が、私に“色”で媚を売っているのか? それとも“香り”でか?

何はともあれ、嬉しい花束のプレゼント!!

“色”は本当に大切だよね。男女の仲も、「こんなものなの~?」



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風の前の塵なのか? 

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『 祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり

       沙羅双樹の花の色 盛者必滅の理をあらわす 』


平家物語で有名な書き出しの文。

盲目の琵琶法師「耳なし芳一」の弾き語りには、万民が涙したと云われている。


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参考にと思い、下関・赤間神宮にある「芳一堂」を転載する。

上の琵琶のカットは、“薩摩琵琶”です。

この様な琵琶を持ち、「平家物語」を芳一は朗々と歌い上げた事でしょう。

参考までに、此の琵琶のお値段は、〇百万円だそうです。

此の琵琶を大宰府の宮跡地で実際に奏でて貰った時は感動ものでした。



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昔は隆盛を謳歌した“サウナ”ですが、今は見る影も無く“廃墟”と化した様相を見せる。


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一時代の隆盛も見られず、“売り物件”の張り紙も時間と共に色褪せている。

とは云え、往時は此の扉の奥から、ホステスさんの嬌声も高らかに聴こえてきたことでしょうが・・・

ここは一つ、貴方がクラブのオーナーになって見ては如何ですか?

“お安くしときますよ~”って声が掛るでしょうよ!!


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此の豪華な料亭は、写真の左側に続く庭への門戸に、「競売物件」の張り紙が・・・

昔は、粋な芸奴さんが舞を舞い、芸者さんがチントンシャンと三味の音を響かせていた事でしょう。

今も昔も同じく、此処、高級料亭で地元の政治家と業者が、何事かを企んでいたのかしら?


『 おごれる人も久しからず ただ春の世の夢のごとし

      たけき者も遂には滅びぬ 偏に風の前の塵に同じ 』


一昔前には、この細い路地を肩で風切り歩くオカネモチや、酔いどれ天使が闊歩した事でしょう。

色っぽいお姉ちゃんの姿もすっかり見られなくなり、残るはうら寂しさだけなのか・・・


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一時は飲み屋街で鳴らした、此の路地裏にある民家。

兵たちは一時を謳歌し、其の挙句の衰退だからいいとしても、

名も無く・貧しく・美しく、細々と生活を送って来た方の民家でしょうが、

この荒れようには言葉も無く、只ただ“無常”を感じるのみだった。


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そんな殺伐とした此の飲み屋街(過去の事だけど)の近くのショー・ウィンドーの中に、

明るい未来を期待し、『 いきいき ほんき すてき やるきいっぱい 』 

世の中、経済も悪く、失業者も溢れ、年金も消失しそう、給料もダウン・・・本当にお寒い世の中。


産業革命で隆盛を見たイギリス、目覚ましい経済発展で富を得たアメリカ、

戦後の復興・経済の発展、その上のバブル期・・・見事な経済大国になった日本!!

そんな隆盛の時代は、「長くは続かないよ!」と、平家物語は教える。

全ては風の前の塵と同じ。此の事を政治家は知ってか?知らぬか? 何を考えているのか?

日本の将来を担う政治家の心ざしなんて、「こんなものなの~?」


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ひな祭り 

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 あかりをつけましょ ぼんぼりに。 お花をあげましょ 桃の花。

 五人ばやしの 笛太鼓。 今日はたのしい ひな祭り 

                                                 サトウ・ハチロウ 作詞

町のあちこちで聞こえてくる“うれしいひな祭り”の歌。

とは云え、近代建築のせいで、此の仄々とした歌声も聞こえて来ない昨今ですが、

今日は、栃木県・真岡市にある「真岡木綿会館」に行った。


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此の地もご多分に漏れず、昨年の3・11大震災の煽りを受け、街中でも其の影響を見ることが出来る。

此の「真岡木綿会館」に隣接する「岡部記念館・金鈴荘」も屋根や壁が被害を受け、只今見学中止だ。


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かっては「真岡」といえば、そのまま木綿の代名詞として通用した時期があった。

丈夫で質が良く、絹のような肌触りの真岡木綿は絶大な人気を得て、江戸時代の文化・文政・天保

の頃には、年間三十八万反を生産した。

当時、江戸の木綿問屋はこぞって真岡木綿を求め、仕入高の八割が真岡木綿であった。

戦後はほとんど途絶えていたが、真岡木綿の復興を図り、昔ながらの技術と伝統を今に伝える。


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開館入口に鎮座まします此の石像・・・何とも可愛いではありませんか。 思わず入りたくなる。


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館内・作業室に入ると、「真岡もめんの出来るまで」と画かれた看板が目に入る。

真岡木綿の特徴は何と言っても、“綿の種取り”から最終工程の“機織り”迄を、一人で行う事だ。


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機織り機は30台(?)ほど置いてあり、「機織り体験」も出来る。

会館には、染織工房・生産見学工房が用意され、手軽に機織り体験を楽しむ事ができる。


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綿の花が付いた木があたかも生け花のように差してある。

此の花から、“綿の種取り”“糸紡ぎ”“糸染め(染色)” “綜絖通し”“機織り”と、

全工程を一人の手で全て行われる。此処に真岡木綿の特徴が見られる。



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毎年、暮れのTVで放映される『忠臣蔵』の主役:大石内藏助良雄の討ち入り衣装。

此の着物も、実は真岡木綿で縫製された物のようだ。浅野家との交流が偲ばれる品だ。

期せずして、3月3日・・・ひな祭りの日に木綿会館に行った。

多くの雛を見てきているが、真岡木綿で拵えた“お雛様”の衣装は、上品この上ない物だ。


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十二単を纏ったお雛様・・・金糸銀糸が縫いこまれ、如何にも柔らかそうな着物に華やかさも放っている。

土曜日の午後というのに、街中でも観光客の姿は見えず、会館の見学者は私一人であった。

若い女性の案内で、30分も説明を聞いたり。機織り女性とも話を聞くことが出来た。

一反織り上げるのに、3~4か月もかかる作業のようで、ご多分に漏れず、後継者が少ないようだ。

或る女性が、「女に生まれ、子供の頃より当然のように機織りに従事してきたが、

後を引き継いでくれる若い人が育たなくてね~」 と。

案内をしてくれた女性も、機織りを5年ぐらいしているが、あと20年ぐらいすると、一人前に

成れるかな~と、笑いながら話してくれた。

丁寧な説明に、明るい笑顔の若い女性、ついつい長居をしてしまったようだ。

歳を重ねた男性が、若い女性と話が出来るって、本当に楽しいかぎりだ。

男心って、「こんなのもなの~?」



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仏性って? 

『 阿耨多羅三藐三菩提の仏たち わが立つ杣に冥加あらせたまえ 』

天台宗祖師・伝教大師最澄の句で、新古今和歌集にも収録されている。

我が家の玄関廊下の壁に掛けられている、高山辰雄の絵を見る度に想い出す詩である。


2011-10-08 華1057


(元)日本芸術院会員・文化勲章受章・日本美術院理事長であった高山辰雄画伯。

この絵の深淵とした心の描写が大好きで、何処かに“仏性”が潜んでいるようだ。

この静寂とした杣に「冥加あれ」とも言いたくなる。

そして思い出す事がある。伝教大師・最澄と、法相宗の碩学・徳一の論争だ。


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過日、訪れた名刹「勝常寺」・・・法相宗の徳一が開基と伝えられる。

南都六宗の古刹で、薬師堂は“会津中央薬師堂”と云われ国宝である。


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最澄と徳一の論争、『三一権実論争』とは、

最澄の主張は、「一切偕成」・・・全ての人が成仏できると主張。

徳一の主張は、「五性各別」・・・人間が成仏できるか?どうか?には、五段階がある。

成仏は果たして、生まれながらに“出来る人”と“出来ない人”とに分かれるのか?


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此の大きな草鞋を見ていると、草鞋を履いて修行の長旅にでも出掛けないと無理なのだろうか?

そうなれば、やはり私に悟りが訪れるって事ないよね・・・と思わざるを得ない。

貴方は今のままで、仏性が開けてくると、お思いですか? それとも草鞋を履きますか?

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「勝常寺」の講堂です。

この講堂で、最澄と徳一の談義が交わされたのなら、感慨深いものを覚えるが、果たしてどうなのか?

「三一権実論争」は、唐の時代より、中国の天台宗と法相宗とで、争われてきた論争なのだ。

この議論が日本にまで持ち込まれたの結果なのだが、最終的には最澄の「照権実鏡」の主張が、

後の世にまで残る事となった。


徳一は、三乗論のフォローを弘法大師・空海に託すも、

徳一が既に「真言宗未決」で即身成仏論を批判していたので、

空海は「十住心論」で解決済みと取り合わなかった。


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そんな最澄と徳一であるが、その昔、両者が比叡山に登った折に、

徳一上人が、大変喉が渇き“この山には、水がないのか”と云った。

最澄が手に印を結び真言を唱えると、たちどころに路傍の岩陰から水が音を立てて湧き出た。

この大変綺麗な水を「千手水」またの名を「弁慶水」と云い、

今でも比叡山で一番大切な湧き水であり、千日回峰行・行者にとっても重要な水なのだ。

この時点では、最澄と徳一も仲が良かったのではないだろうか?


高山辰雄の一枚の絵なのだが、大自然を斯くも清々しく幽玄にも見える所が大好きなのである。

伝教大師・最澄は又斯くのような句を残してもいる。

『 あきらけく 後の仏のみ世までも 光つたへよ法のともしび 』

「奉為法界平等利益」「奉為決定法成就」と最澄は願ったのだろう。

心の深淵に潜む『自分という意識』 『死に対する執着心』

これらが無くなる事が、仏性なの? 仏性って、「こんなものなの~?」  



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