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こんなもんなの~?

趣味の写真を添えて、日々の『戯言』を・・・

覗き見は・・・ 

『 覗き見は、楽しい 』


2011-10-08 華1626

何が在るのだろう? 昔話にも出てくるが、節穴から覗く楽しみがあった。わくわくする期待を込めて・・・

見ている人を見ると、自分も覗いて見たくなる行為が、「覗き見」だろう。


2011-10-08 華1624

フェンス越しに、若い奥さん方がなにやら見つめてる。 散歩の途中での一コマである。

最近の報道で、心痛める事が多い。 痴漢に盗撮、ストーカー事件。

犯人は昔から男に決まっているが、最近はストーカーに関しては女性も増えているとの事だ。

『 覗 き 見 』・・・この程度なら罪は無いよね~。

見えそうで、見えない事って、昔から誰もが興味を惹かれた事だったのです。

小学生の頃だったか、隣の子が成績表(通知表)を手で隠している。

其れを何とか見たくて・見たくて・・・そんな記憶ありませんか?

映画の「裏窓」でも、視てはいけないものを観る。 これがタマラナイのでしょう。


2011-10-08 華1622

金網越しに撮影・・・何となく雰囲気でてませんか?

幼稚園児の運動会の練習の様でした。


2011-10-08 華1625

お母さん方は我が子を探して、“覗き見”

少し表現を変えて、“盗み見” とすれば、何だか罪を感じる響きですね。

“覗き見” の常習犯が、やがては “盗み見” へとエスカレートし、事件を起こすのか?


2011-10-08 華1623

穏やかな日の午前、我が子の演習に笑みを浮かべながら “覗き見” を楽しんでいる光景。

其れを見ている私は、他所から見ればどんなに映るのか? 想像するのも楽しい。

『 目には青葉 山ほととぎす 初がつほ 』 山口素堂(句)

木々の緑が目に染みわたり、近くで鶯の声も何処からともなく聞こえ、

「女房を質に入れても食べたい・・・」程の鰹だったのでしょう。

江戸時代、江戸っ子たちは競って食べたがったようだが、高価なので思うようには手が出なかった。

こんな句もある。『 まな板に 小判一枚 初がつお 』 室井其角

“覗き見” を楽しみ、鳥の声に「初がつお」を思い出す長閑な午前の散歩だった。

日常の小さな幸せって、「こんなものなの~?」


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category: 雑感

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我慢って、な~に? 

『 我慢は 思い上がり 』

我慢は、忍耐や辛抱する意味に使われる。

今年も、やがて暑い暑い夏がやってくる。 今年の夏には我慢しなければならない事が、一つ増えた。


2011-10-08 華1610

何時も聞いている音楽(ジャズ)は、真空管アンプである。此れがものすごく電気を食うのである。

何処かの?誰やらの?お蔭?で、今年の夏は昨年以上の節電を呼びかけている。

呼びかけているだけなら、まだマシだが、電気料金まで上げると云う。

アンプが熱を発し、部屋の温度が上がるのでエアコンを・・・と云う事になる。

其れは困る(誰が?)というので、今年は秋まで音楽は此の機器では聴けない事と相成った。

そこで、今年は何かにつけて、我慢・我慢の夏になりそうだ。


2011-10-08 華1609

最近購入したCD7枚。 省エネの為、真空管アンプでは聴くに聴けないでいる。

仏教では、存在する一切のものは“空”だから、どこにも我は存在しないと説く。

この我に執らわれる事を我執、我を張ると言う。

我を恃んで驕る煩悩が、「我慢の原義」と言う。

だから、「我慢すると肩が凝り、 我慢を止めると解放される」 


2011-10-08 華1611

仕方なく、トランジスター・アンプに、ヘッド・フォンで聴く羽目になった。

インドでは、我は生命の根源であり魂であるとして「自我」の存在を強く主張したが、

仏教では、此れに対して、全ての存在は「無我」であると説いた。

生存する一切のものは色・受・想・行・識から成り立ち、

永久に変わらない我の存在は無いと説いた。

面白い事に、仏教では、キャ(空)・カ(風)・ラ(火)・バ(水)・ア(地)

此の五大から全ての物質は構成されるとも云う。

良くご存じの“卒塔婆”の上部に切り込みがあるのは、此の為である。

我々の身体・精神が健全であるのは、五大の中の四大が上手く融合しているからと考えた。

そうだ!!私が亡くなった時には、

『 四大不全につき 薬石効なく 逝去しました 』 と・・・

お前さんが亡くなれば、誰がこの文で知らせるのかって?

あ~、そうだ~、自分では無理なのか。 

では女房が、“てんくら” の妻:喪主 “ぼんくら” ってでも名乗るのかな?

私の死亡通知なんて、「こんなものなの~?」




category: 雑感

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風薫る 

『 薫 風 』

2011-10-08 華1605

『 今日のみと 春を思はぬ時だにも 立つことやすき花のかげかは 』
                                     古今和歌集 凡河内躬恒

惜春の思いも濃い詩だが、野には爽やかな初夏の風が心地よい。

右足首の捻挫が治るや否や、左足首の捻挫。久し振りに“らら”を連れて公園を散歩する。


2011-10-08 華1604

瑞々しく色調豊かな新緑が、日を追うごとに濃さを増し、

どちらを向いても青々と茂れる木葉から、生命の力強さが伝わってくる。

万緑の風に誘われ、心地よい散歩が楽しめた。


2011-10-08 華1606
                      “末摘花”姫 と “らら” は行く

昔、紅花から口紅や衣装の染料を作った。 (何処に、紅花が咲いてるの?と言わないで・・・)

色鮮やかな紅花が黄色から段々と赤くなり、咲き始めの花が染料に適している事から、外側から摘んだ。

源氏物語の「末摘花」姫の名前は、ここから取ったものだ。


2011-10-08 華1607

『 只今、夏安居中 』

陰暦4月16日~7月15日迄は、インドでは降雨期。

この三か月間は仏教僧団では、遊行に不便である・虫類を踏み殺す事を恐れて、

一定の場所に住して、もっぱら修養研鑽に努めた。

此の夏安居が終わると、自ら罪を犯したことの有無をお互いに問う作法があり、此れを『自恣』という。

本来の盂蘭盆供養は、此の厳粛に行われた『自恣』が終わった僧侶を多く招き、食事を振る舞い、

亡き人を供養するのだ。尚“お盆” には、施餓鬼供養をする事が一番功徳が大きいと云う。


2011-10-08 華1608

赤く熟れた実を付けた桜の木。 気持ち良さそうに風にゆらゆら・・・

『 風さそふ 花よりもなほ我はまた 春の名残りをいかんやせん 』

『忠臣蔵』で有名な、浅野内匠頭の句。

平々凡々と暮らし、可も無く・不可もなく道を歩んで来たような気がしている。

やがて来る「生の終わり」に、私の気持ちも、「こんなものなの~?」



category: 雑感

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莫迦になる・・・ 


『 愚の中の極愚 低下の最澄 』  天台宗祖・伝教大師 最澄

「 自分は愚人の中の最も愚人だ。どうしようもないほど、詰まらない人間なのだ 」

と、己を戒め、増上慢にならないようにと、心掛けておられた。

又、この様な事も云っておられる。

「 己を忘れて他を利するは、慈悲の極みなり 」 とも・・・

自分の事は後回しにして、何とか人々が幸せになれる事を考えて実践しよう、

それが、一番尊い事だから・・・と。

「自分は最低の者」と自覚する事により、己を忘れる事が出来、人が違うのも認められる。


2011-10-08 華1602

『 莫 迦 に な る 』

人間関係で葛藤の元になる原因に、“自分の考えが、一番だと思ってしまう事” でしょう。

考え方や価値観は、人が違えば違って当たり前なのですが、これも自分の尺度がいつも正しいもの、

また一番だと考えてしまう事だ。

此の世の中の事も、利口だと思う人ばかりの集まりでは、争いは絶えないが、

自分は愚かで何も解かりません、教えて下さい。という人の集まりなら全てが上手くいく。

仏教の修行は、「ばかになること」 とも言われる。

自分は利口だとか正しいとか偉いとか、そんな風に思っているのが普通なので、

バカになる事は口で言うほど簡単な事ではない。

自尊心とも無縁で、素直で勇気の要る事なのだ。

いつも、自分を表に出したがる人には無理な事です。


2011-10-08 華1603

宮沢賢治は『雨にもマケズ 風にもマケズ』の中でこう言っている。

「 ミンナニデクノボウトヨバレ ホメラレモセズ クニモサレズ 

  サウイフモノニ ワタシハナリタイ 」
 と・・・

さぁ、貴方は “そういう者に” 果たして成れますか? 私には無理なのですが。

最澄は又こうも言っている。

「国宝とは何物ぞ・・・一隅を照らす、此れ則ち国宝なりと」

暗き世の中、他人の為に燈をもって足元を照らしてあげろ!!ですって。

此れも私には無理のようだ。国の宝って、「こんなものなの~?」




category: 雑感

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幸せは・・・ 

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鯉の泳ぐ疎水・・・お判りでしょうか? 此処は山口県萩市。

明治維新発祥の地でもあり、高杉晋作出生の地でもありました。

『 面白き こともなき世に おもしろく 』 高杉晋作(句)


              『 すみなすものは 心なりけり 』 望東尼


下関市の功山寺に騎兵隊を結成し、新しい日本の夜明けの立役者でもあった。

晋作が喀血の病床に臥し、亡くなる前年に詠み、望東尼が其れに応えた詩。

晋作の墓所がある東行庵の歌碑にはこの詩が刻まれている。


幕末長州藩の活動資金“撫育金”でもって、公家達に賄賂をばら撒き、花街で豪遊し、

外国からは好きなだけ大量の武器を買い求めるなど、湯水の如くに使えた“撫育金”と、

思うが侭に生きた獅子達であった。

身に危険を感じれば、時を移さず亡命もした晋作を見るにつけ、その自由奔放な生き方に、

羨ましささえ覚えるようですが、その彼をして、「面白きこともなき世に おもしろく」 と言わせている。


後の句に詠んだ 「すみなすものは 心なりけり」 は、野村望東尼の句である。

望東尼が北九州の平尾山荘の庵に棲んで居た時、身の危険を感じた晋作が身を隠した処で、

二週間匿って貰った庵でした。 その五年後、望東尼は獄中の身となるが、晋作によって脱獄を果たす。


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           今は観光客も多く、人力車に人気があるようだ。

病床に臥した折には、望東尼が身の世話をし、臨終の前年に上の詩が詠まれたものです。

一見すれば自由奔放な人生を送ったかに見える高杉晋作をして、

「 面白い事なんか無いこの世を 面白く生きるには・・・」 と言わせている。

それに応えて、「 面白い、面白くないと云うが 其れはお前さんの心一つで決まるのですよ 」

と、晋作を諭しているのです。


此の世は四苦八苦の娑婆世界と仏教が云い続けて来た事です。

どんな好き勝手な生き方をしても、人は “苦” からは逃れられないのです。

その事実があるのなら、心の持ち方一つで何事においても、“面白い・面白い”

と思えるように努めた方が “楽に生きられる” のでしょう。

愚痴・悩み・苦しみ等は皆、心が作り出す仕業なのです。

自ら苦しみの中に身を置く事だけは避けたいものです。

“楽に生きる” その方法を見出す事が 「悟り」 ではないでしょうか?

功山寺で騎兵隊を決起した直前に、晋作は、『 死為忠義 愉快々々 』 と

書状にも認めております。

「忠義の為に死ねるこの身は、愉快・愉快」と云っている。

避けられない現実を精一杯生きる事だけを考えてみませんか。

其処にこそ “幸せ” は在るのかも。 人生って、「こんなものなの~?」




category: 雑感

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空への憧れ 

2011-10-08 華1570

昨日は、『伊藤塩田跡』 と 『日本野球発祥の地』 をUP.

今日は、谷津干潟の対岸にある、『谷津干潟公園・野鳥観察センター』 のUPです。

御影石造りの立派な観察センター。

館内は、観察、学習センターで構成されていて、

レクチャー・ルームではビデオ上映や野鳥の解説などを行っている。


2011-10-08 華1579

谷津干潟は、“ラムサール条約・登録湿地” で、館内に認定証が掲げてある。

“ラムサール条約”とは、水鳥を食物連鎖の頂点とする湿地の生態系を守る目的で設立とある。

谷津干潟は、シギ、チドリ、の飛来地として全国的に有名な湿地なのだ。


2011-10-08 華1576

当センターでは、固定式望遠鏡も沢山あるが、手持ち式双眼鏡の無料貸し出しを行っている。

観察道具は持たずに手ぶらで行っても、野鳥の観察を楽しむ事は充分出来るようになっている。


2011-10-08 華1573

この日は、小学生の団体さんが貸切バス4台で来ていた。

レクチャー・ルームでビデオを見、学芸員から水鳥の話を聞き、観察を楽しんだ事でしょう。


2011-10-08 華1591

館内のいたる所にデコイと云えば良いのか?バード・カービングが置いてある。

館内でノンビリしていると、こんな詩を思い出した。若山牧水の詩だ。

『 白鳥は 哀しからずや空の青 海のあをにも染まずただよふ 』

社会に馴染めず、孤高の人生を送る己の悲しさを詠ったものなのか?

此処、谷津湿地も東京湾の水の汚れの影響なのか?緑の藻が繁殖し水は汚れている。

『 水鳥は 悲しからずや 緑藻の潟 』 という所となったのか?


空を自由に羽ばたいている水鳥の模型。

人はいつ頃から大空を飛ぶことに憧れて来たのだろうか・

1903年、ライト兄弟が初めて飛行に成功し、100年足らずで月世界にも自由に行ける時代となった。

人はどうして空に憧れるのか? 暫く考えてみた。

現在、自分が居る場所は、本当は違うのでは?と疑問が湧きおこる。

何処か?遠くへ自分の場所はあるのではないか?

そうであれば、いっそ飛んで行きたいよ!!・・・と思っても不思議では無い。

子供の頃に、竹とんぼに空を飛ぶ夢を託したように・・・

古代エジプトのファラオ「ホルス神」は翼を持っていた。

人々は飛ぶことに対する憧れと畏敬の念から、神々に翼を与えたのか?


2011-10-08 華1585

鵜が二羽、ただ静かに枯れ杭に止まっていた。

『 鵜の真似をする鳥 』

姿が似ているからといって、カラスが鵜の真似をして魚を捕ろうとすれば、溺れるだけ。

“自分の能力を知れ!!”と言う事なのだが、果たして自分はどうかな?


2011-10-08 華1582

館内に近辺の模型が置いてあるが、少々古いのか?かなり変わっている。

左上、灰色の長い建物は、今は家具の「イケア」と我が家があるマンションとなっている。

その左が、船橋オートレース場で、右上が、船橋競馬場である。さらに右上が干潟だ。

『 磯の鵜の鳥ゃ~、日暮れにゃ~帰る 』 野口雨情(詩)

そんな歌を口ずさみながら帰路へと就いた。


2011-10-08 華1588

観察センターの前にあるモニュメントに彫った、カモメ?

自由に大空を羽ばたく鳥を見て、自由を謳歌しているようにも感じたのか?

そしてがんじがらめに絡まっている自分を、鳥たちの翼に託したのか?

大空に憧れるって、今も昔も、「こんなものなの~?」




category: 雑感

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知ってました? 

2011-10-08 華1561


2011-10-08 華1562

この風景を見て、アッ、「谷津干潟」だ~!!!と判る人は地元の人かな?

東京湾から流れ込む海水からなる干潟で、野鳥の楽園なのです。

ラムサール条約認証の干潟だが、大正時代までは “そう” では無かったのです。


2011-10-08 華1563

駐車場の端に、こんな立て看板がある。 それによると、此処は「塩田」だったのです。

『伊藤新田(塩田の古語)』 と言われ、伊藤氏が主となって行われたので、伊藤という字が・・・

看板の説明によれば、「明治時代の中頃から大正時代の間、此の地には塩を作る為の塩田があった。

入浜式塩田という種類で、堤防を築いて外部の海と区切り、海水を取り入れて砂浜に散布し、

天日で干して塩分を濃縮。更に釜に入れ煮詰めるという製塩方法だった。

大正6年の大暴風雨と高潮に襲われ、復興不可能となり閉鎖された。

後に、“谷津海岸遊園” を開設し昭和57年に閉園した。」 と・・・


尚、此の地は 『日本野球発祥の地』 でもある。


2011-10-08 華1564

昭和6年に第一回目のアメリカ野球チームの招聘、昭和9年に第二回目の招聘。

此の年に、全日本チームを母体とし、東京巨人軍が誕生、その後プロ球団が続々と誕生した。

日本野球界の発展、健全娯楽の育成の為、全アメリカ選手チームを招いたのだ。

ベーブ・ルースやルー・ゲーリック等の一流選手が名を連ねるアメリカ・チームは

日本中の歓喜をもって迎えられた。

日本軍選手は此の谷津の地に結集し、心魂を傾け策を練り技を磨いた。

それ以後、此の地を「日本野球発祥の地」また「巨人軍発祥の地」と云う事になった。

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現在は、『谷津干潟野鳥園』 『谷津バラ園』 とになっている。

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私事で申し訳ないが、50年前にある出来事があった。

此処 「谷津バラ園 は、女房と知り合って直ぐにデートした記念すべき場所なのだ。

今はすっかり其の面影は消え失せてはいるが・・・


2011-10-08 華1592

バラの写真は多くの方々がブログにUPされているので、此処では2カットを・・・

あたかも、黄色いバラの花の如くに、恋も淡かった。


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其のうち、赤々と燃える恋心に変わったのか?

では、今はどんな色のバラの花なのか?

くすんで、ほころび、今にも落ちそうな花びら・・・なんて言ってるのは誰?

過去を振り返へれば、恋も華やかに艶やかに想い出すって事なのか?

「バラ色の人生」って言われるが、果たして私の人生って、「こんなものだったの~?」

明日は、『谷津干潟野鳥園』(ラムサール条約加盟)をUPの予定です・・・




category: 雑感

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誘惑には弱い・・ 

「不犯の清僧」と名高い僧侶:明恵上人がいた。鎌倉時代だが・・・

不犯の僧は、或る時・ある場所で女性と交わった。

青き衣を纏った、ふっくらとした女性と。 夢の中での出来事だが。

『 覚時に好楽ところを 夢中にて試也 』

夢とは言え、かなり現実味を帯びた行為だったのではないか?

想い出すのは、『道成寺縁起』ではなかろうか。

平安時代中期に成立した 『法華験記』では、安珍は若き僧侶・清姫は寡婦となっている。

愛欲に狂い、化け物になり、滅びの道をまっしぐら。「観音様~、お助けを・・・」と。

色と慾と、誘惑には、昔より人間は弱い生き物なのだ。


2011-10-08 華1560

先日、同じマンションの「犬とサイクリング」の好きな方から “お土産” を頂いた.

長崎県佐世保市にある 「ぽると総本舗」 のお菓子を。


2011-10-08 華1558

“ぽると”の由来。

南蛮菓子「ぽると」は、太閤記に切支丹のことを記した中で、

「下戸には、かすていら、ぽうる、かるめら、ぽると、あるへい糖、こんぺい糖などをもてなし・・・」

と述べられているように、安土桃山時代にオランダ、ポルトガルより、此の地に伝えられた、とある。

上下クッキーにクリーム餡を挟んだ、とても美味しいお菓子(クッキー)だ。

糖尿病で血糖値コントロールを薬に依存している私。

普段は糖分摂取は控えめにしているが、糖尿病になるだけあって、甘い物には目がナイ。

哀しいかな、「誘惑には弱い」自分がそこにいる。

考えてみれば、人は誰でも「誘惑には弱い」動物なんだよね。

清僧と言われた明恵上人でも、やはり女性の「誘惑には弱かった」と云うではないか。


2011-10-08 華1559

此方の“みたらし団子”と “あん団子” は、

私も好きだが、女房が大好きなので何時もと云って良い程、買い置きがある。

どちらも、安い時には 1本 ¥30 で売っている。 値段を聞けば、貴方も欲しくなるのでは?

“ぽると” を食べ、“みたらし団子とあん団子”を食べれば、血糖値上昇は間違いなし。

それでも、好きな物には勝てない。「誘惑には弱い」私だから・・・


『 欲は 喉の渇き 』という格言がある。

人間には五欲があると言われる。満足を知らないという事でもあろうか?

『 登っても 峠を知らぬ 欲の道 』

気が付けば、甘い物でも程度を弁えれば、“まぁ、いいか~” と思う自分がそこにいる。

「誘惑には弱い」 自分なのだが、誰でも、「こんなものなの~?」



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無法者の敵? 

『 その帰路に 己れを焼きし“はやぶさ”の 光輝かに明かるかりしと 』

JAXAの小惑星探査機 “ハヤブサ” が、夢と希望を乗せて帰還した折に、

皇后陛下がお詠みになられた御歌に、「はやぶさ」がある。


我が家のペット、フェレットの “ルイ” の故郷でもあるペット・ショップ 「フェレット・ワールド」 に行った。

以前一度紹介した事もあったが、違う珍しい鳥が入っていた。


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ほ~ら、可愛いでしょう! 私は「コキンメ・フクロウ」と申します。

体長は15cmぐらいか? やっと赤ちゃんを卒業したぐらいです。

こんな目で見つめられるとね~、連れて帰りたくなるよね。

『 ふくろうは ふくろうで わたしは わたしで ねむれない 』

何とも “とぼけた” 句ではないか、さすが山頭火らしい。

ふくろうも眠れないかも知れないが、私もこんなに丸く開けた目では眠れないのも当然。


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「大変恐れな鳥です、触らないで・・・」と書いてある。

外敵に委縮すると、委んだ風船のように細長くなる。

“フクロウ”は、「知識の象徴」「森の賢者」とも言われるが、日本では江戸時代までは、

「凶兆の鳥」とも言われていたようだ。

『本朝食鑑』には、フクロウは不幸の兆しであり、父と母と人の爪を食べる悪禽だと記されている。

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首を180度後ろに回し、外敵か?どうか?確かめているようだ。

近年、繁華街でしばしば見受けられた夜警・・・「ふくろう部隊」を思い出す。

青少年の非行問題や袖引きなどの監視をしていたのだが、

夜警なら、「此の私に任せて」と・・・全方向の視野に、暗視カメラの如きお目眼、

可愛いだけではナイのだよ~、だってこんな事を書かれているんだよ、と・・・

『雨月物語』の中では、

高野山の霊廟に一夜を明かそうとしていたら、ブッポウソウが鳴いた。そこで詠んだ句が、

『 鳥の音も 秘密の山の 茂みかな 』

すると本当に幽霊が出てきたという、こわ~い話が書かれてる。

何とも怖くて不吉な“フクロウ”、これほど夜警に適した鳥もフクロウいがいには、あるまいに・・・


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此方に控えしは、「チゴ・ハヤブサ」でござる。

フクロウ以上に精悍な面構えである。

フクロウとハヤブサがタグを組んでの夜回り・・・鬼に金棒と云えはしないか。

ハヤブサはJAXAで有名になったが、一方では悲し出来事もあった。

出兵された方には、“特攻隊員たちへの、鎮魂歌”と受け取れるのでは?「ハヤブサ」其の名前は・・・


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何処から見ても精悍だね~、「触らないで・・・」とあるが、触る勇気も無分別も私にはナイ。


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店員さんのT-シャツ。バックシャンだけではないよ、美人さんだよ~!!


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夜警部隊なら、私にお任せと言わんばかりに、面球を右に左にキョロキョロと・・

体長10cmばかりの“カメレオン”。

脇目を振り振り、悪人探し・・・此れ、私の特技だよ~。

「監視カメラが設置してあります」

何処に行っても、右を見ても左を見ても、監視カメラだらけ。

何時も思う事がある。テレビはハイ・ビジョンでとても綺麗。

なのに、どうして監視カメラの映像は不鮮明なの~?

科学が発達した現在でも、自然の動植物に学ぶ事が多い。

フクロウやハヤブサやカメレオン達に学ぶ事って多いのではないだろうか?

人間の知識と智慧なんて、動物に比べれば、「こんなものなの~?」





category: 雑感

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緑雨 

『 緑 雨 』

夏日を思わせる日々が続いているこの頃だが、今日は久しぶりの雨となった。

肌寒い霧雨の中、未だ青い梅の実が仄かに赤味を帯びて、何だか恥ずかしそうに見えた。


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『 青梅も 心ほころぶ 緑雨かな 』


水の天体と言われる地球ではあるが、人口爆発を目前にして食糧問題は 将来どうなるのか?

食糧に対する飽くなき追求が、より多く・より美味しくを目指して今日まで急発展してきた。

此れは偏に科学者の功績に負う所ばかりだが、飽食の時代と言われる事だけは避けたいと思う。

地球上では特にアフリカあたりでは、飢餓に苦しみ餓死する子供が余りにも多い。

日本では食糧の20%をゴミとして捨てているのが現状だ。

ここらで一考を要する非常事態という事を反省し、あるべき食の正常性をと考える次第だ。

とか、何とか言いながら、我が家にも三つの“初物”が食卓を飾る事となった。


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ご存じの今話題の北海道の新種米、『ゆめぴりか』 である。

北海道の “夢”と、アイヌ語の “ピリカ”(美しい)の合成語だ。

程よいもちもち感と、甘味が特徴という。

日本人とコメの歴史は縄文時代にまで遡る事ができるが、

昔、カマドで炊いた、あのご飯の炊ける匂い。甘くて艶やかな光沢、

改良に改良を重ねる日本人の飽くなき追求心・・・解かるようですね~。

「特A級」で、日本一の米になった『ゆめぴりか』。白いご飯には一番だと云う。

今では、ANA国際線にも採用された最上級のお米となった。

そんなお米が我が家にやって来た。

此れが最初の最後となるのは寂しいが・・・何と言っても、高過ぎる!!5キロ ¥2800とは。


2011-10-08 華1555

次の初物は、茨城県産 のメロン 『オトメ』 だ。日本一の出荷量を誇るのが茨城県だ。

テレビ番組ではないが、“おかめ” ではないよ、“オトメ” だよ~。

初夏を思わせる爽やかで淡いグリーン。甘く上品ですっきりした味わい。

ネットは蜜にして、果肉は多汁。 我が家では毎朝の食卓に上る。

とは言っても、一玉 ¥399~¥498 と、誰でもお手軽に食する事ができる価格なのだ。

夕張メロンは絶望的な価格。マスクメロンも高価すぎる。

庶民の味方 「オトメ・メロン」 なのだ!!


2011-10-08 華1556

次に控えしは、宮崎県産・トウモロコシ 『味来』 の登場だ。

小ぶりな大きさだが、粒の皮が軟らかく、甘味の強いスィート・コーンだ。

あたかもフルーツかと思う程、糖度は高く、取り立てなら生食も出来る。

此れも、我が家では朝のお皿に出される。


緑雨の頃になると色々な食べ物が登場してくる。

手頃な金額で買う事が出来る現在、昔のようにエンゲル係数を気にしなくても良くなった。

此れも偏に団塊の世代の人の頑張りのお蔭でしょうか?

影では科学者が涙ぐましい努力をしてきたからでしょう。

だからと言って、やりたい放題、食べたい放題の飽食をこのまま続ければ、

食料の破綻は遠からず必ずやってくる。

高タンパク・高カロリー。そして結果は肥満。いつかは高脂血症・高血圧・心臓病に脳溢血。

美味しい食べ物が手軽に食べられる幸せ感、日本に生まれて本当に良かった・良かった。

でも、其の先にある成人病など等・・・

気を付けなければならない事って、「こんなものなの~?」



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嘘でしょう・・・ 

『 嘘でしょう 雲がいたずら するなんて!!』

今日、AM7:34 が船橋での金環日蝕の筈だった。

日蝕を撮影できる機材は持ち合わせていないが、取り敢えず撮影に出かけた。


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少し遅れて、僅かな雲の隙間から、かろうじて日蝕が顔を出した。


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この時間帯は、通勤客でホームは多くの人出。

携帯のカメラで撮影を試みるも、無情にも雲が邪魔をする。


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丁度、金環日蝕の時間には肉眼では想像は付くが、撮影は残念な思いだった。


日蝕の伝説は多く残っている。

日本最古の日蝕は、「日本書紀」にも次のような記載がある。『 日、蝕之盡きたること有り 』

病に臥した推古天皇は此の日蝕の7日後にその生涯を閉じた。

此の日蝕は女帝の波乱の生涯を象徴する出来事だったのである。

また、「日本略記」には、

『 卯辰の刻に皆欠く、星、色のごとくにて光なし 』 と。

この時は、朝廷は大慌てし、不吉な日蝕が起こった事により、死刑囚まで釈放したと記す。

奈良時代・平安時代には、日蝕や月蝕の時には僧侶を招き祈祷までしたと云う。


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雲の悪戯で金環日蝕は絶望的だった。

科学が発達した現在では、日蝕も天体ショーで楽しめるのだが、

邪馬台国の卑弥呼が亡くなった時にも日蝕が起き、此れが原因とでも言われたのかしら・

天照大神の“天岩戸”事件は神話によれば、日蝕を表しているとの見方も有るとか?無いとか?

いずれにしても、日蝕にまつわる話には事かかないようだ。

駅から少々道草をしながら帰った。

谷津干潟に流れ込む水路で、三人の男性が潮干狩り(?)を楽しんでいた。

今日の海水の流れは、珍しく濁り褐色の色を呈している。

こんな場所で採ったアサリが本当に食べられるのか?心配だ。


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団地の中を家路へと急いでいたが、バラが美しい姿を見せていたので足が止まる。

記念にと一枚写すが、強風が花を揺らしピントが合わずカメラもブレる。


日蝕風景が余りにも濁としていたので、バラの明るさが一際目立った。そんな今朝の散歩だった。

運が悪いって、「こんなものなの~?」

それとも、平生往生って言う事なのかしら・・・


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笑顔が一番・・・ 

先日まで、咲き誇っている姿に、思わず足を止め見入った “ツツジ” も終わりを告げ

今朝の散歩では、カラーの真っ白い花が清楚な姿を楽しませてくれた。

何か、忘れていた大切なものを想い出させてくれたような気持ちに・・・


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文化勲章受章・日本芸術院会員。東山魁夷画伯の言葉に

「私は生かされている。野の草と同じである。路傍の小石と同じである。

 生かされているという宿命の中で、精一杯生きたいと思っている」
と・・・

団地の片隅に雑草の中にひっそりと、一輪のカラーが咲いていた。

雑草もカラーも、そして私も “生かされている” のだった。


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『 まだあげ初めし前髪の 林檎のもとに見えしとき 』 島崎藤村

“生かされている” を考えながら、しばらく道端の左右を見ながら歩き、

サクラも散り、新緑が瑞々しい公園に出た。

小さな女の子がお父さんとシャボン玉遊びをしている光景が目に入る。

笑顔のとても可愛い女の子。ニコニコと愛嬌を振りまいてくれる其の姿を見ていて、

大きくなった時、どんな素敵な御嬢さんに成るのか? 想像をしながらシャッターを押した。

島崎藤村 『初恋』 の詩歌が頭を過り、

偶然の出会いだった、たった一度きりの心和らぐ一時、

淡い思いの嵐は、いつも突然にやってくる・・・あぁ、此れを「一期一会」とでも言うのか?と。


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近くの芝生のサクラの木陰に、コールマンのテントが一張、

子供にキャンプの楽しさを教えているのか? お昼の弁当を楽しみにか?

女の子に自転車の乗り方を父親が・・・

「パパ、持ってて~」 と女の子が、「大丈夫、漕いで・漕いで」 とお父さんの声が聞こえそう。


『 たまさかに わが見し人を如何ならむ 縁そもちてかまた一目見む 』
                                      柿本人麻呂 

明日の日に出かけてみても、逢えるか?どうか?

朝の散歩を因として、カメラを縁として・・・また逢えるかどうかも判らない此の一時。


二人の女の子に出会った偶然。

笑顔でシャボン玉を楽しむ女の子、 乗れる歓びに心震わす女の子。

『 笑顔の明るさ無き人生は 無意味である 』

人の行為って、自分を映す鏡である。人生って、「こんなものなの~?」


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女性の義務って、な~に? 

『 行く水に 数かくよりもはかなきは 思はぬ人を 思ふなりけり 』

人は誰の為に“美しく”在りたいのか? 自分の為?それともあの人の為?


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『 貴方は 何を美しいと思う?』

神の使いである“天使”、美しい女性(?)の代名詞と誰しも思うのか?

其れは果たして、外見上の事? 内面的心の問題?

“美への飽くなき追求”は過去より未来永劫に続く人類の大問題なのか?

あの若かった時の美しさは、もう二度と戻ってはこない、もう二度と。

内面的心の美しさは無理としても、見かけの美しさを取り戻したいと思うのは希望であり、

『 希望はいいものだ、多分最高のものだろう。決して滅びはしない 』


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此処に、“Caro Angela” Seper Moisture Essence  という美容液がある。

未だ市販されていないモニター用だ。知る人ぞ知る人の開発化粧品である。

『 科学は毒をも生み出すが 其れを使うなとは言ってくれない 』

市場に出回っている化粧品は、自然化粧品・天然化粧品と謳ってはいるものの、疑わしき物ばかりだ。

莫大な広告宣伝費を使い、ギャラの高い女優を使い、女性心をくすぐるような表現で売り出している。

先日、コマーシャルで超有名になった「洗顔石鹸」が副作用で問題となったばかりだ。

市場に出回る化粧品に副作用の無い物などナイのが現状だろうが、

女性が得られる知識なんてコマーシャルからぐらいだろう。

そんな現状に疑問を抱き開発されたのが、此の美容液なのだ。

◎ 肌の弾力性やハリの回復

◎ 美白やシミ

◎ アンチエイジング

◎ 抗菌・保湿


高価な純天然成分だけを使用し、化学薬品などは一切使用していなのだが、

肌質によっては違和感が出る事もあるので、必ずパッチ・テストを勧めている。

大変高価な“美容液”なのであろうが、

私はモニターという事で、取り敢えず一か月使用してみます。

エッ、お前は男だろうがって? そうだよ男の年寄りだよ~。

だからこそ、“美容液”を使ってみるの。シミ抜きの為に・・・


『 色見えで 移ろうものは世の中の 人の心の花ぞありける 』

小野小町も云ってるではないか、「色褪せるものは人の心」と・・・

かっては、自分の為・人の為にと“美の追求”に心砕いていたのに、

歳を重ねて面倒になったの?“美しくある事が”・・・

女性の義務は、いつまでも“美しく在ること”と私は昔より常々言ってきた。

女性の義務って、「美しく在る事なの~?」 

そうだよ~、其れが一番なのだよ~!!





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啄木と賢治 

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春まだ浅き盛岡を訪ねた折に、『 もりおか 啄木・賢治 青春館 』に入った。

『 中津川や 月に河鹿の鳴く夜なり 涼風追ゐぬ夢見る人と 』 (啄木)

中津川が北上川と合流する少し手前の「中の橋」の近くに、此の記念館は建っている。


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記念館内にある模型。

明治43年に竣工した旧第九十銀行(重要文化財指定)を保存活用して、

石川啄木と宮沢賢治が青春を育んだ盛岡の街と二人の青春時代を紹介している。


『 はたらけど はたらけど 猶わが生活楽にならざり ぢっと手を見る 』

「一握の砂」より。 誰もが一度や二度は口にした名文句だ。身に詰まされる思いがする。


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『 私は色々の希望を持ってゐる。金も欲しい、本も読みたい、

名声も得たい、旅もしたい、心に適った社会にも住みたい、

自分自身も改造したい、其の他、数限りなき希望はあるけれども、

然しそれ等も、この何にまれ一つの為事の中に没頭して、

あらゆる欲得を忘れた楽しみには代え難い 』


世の中、我が思いなど簡単には叶わないと云う事は、今も昔も同じことなのか?

欲を張らずに、淡々と生きろ!!と啄木は教える。


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『 馬鈴薯の 花の咲く頃となりけり 君もこの花を好きたまふらむ 』 啄木

最近、世の中の詩歌を見ていると、色気も風情も無い歌が多い。

Jーポップは本能丸出し。何を言ってるのか歌詞さえ聴き取れない。

やはり芸術的に「色に出にけり我が恋は・・・」で行って欲しい物である。

『 雪のごと 桜花散る日なりけり 君と手をとり山路ゆきしは 』 

いいね~!!この表現、人間なんたって控えめが一番だよ。

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石川啄木の銅像

『花は風が無くとも自然に萎む 琥珀色の麦酒も香が抜けて苦くなる

 恋は矢張り花だ、酒だ、萎ませぬ様にするには

 真空の硝子の箱に入れて置くに限る 』


若き啄木も恋もお酒も愛したのでしょう。

優しい表現に啄木の心情を見るような気がする。


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宮沢賢治の銅像

幼い頃、伯母に子守唄のように聞かされた「正信偈」や「白骨御文章」を暗唱していたと云う。

病気・入退院・将来の進路への不安などでノイローゼになる。

そんな時、「法華経」と出会い、強い衝撃を受け、後の一生を左右する契機となった。

「法華経」の教えは『銀河鉄道の夜』で見事に結実した文学作品である。


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館内ではモニターを使い、解説している。

花巻農学校で農民芸術という科目で教鞭を取り、自ら農民の中に入っていく。

『 おれたちは みな農民である ずゐぶん忙しく仕事もつらい

 もっと明るく生き生きと生活する道を見付けたい 』


農民の辛さ・苦しさを経験し、「法華経」に教えを乞い。

やがて賢治は“忘己利他”の精神に到達したのだろう。

『 アメニモマケズ カゼニモマケズ ・・・』


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近くの『もりおか歴史文化館』の前に立っている「教育の像」。

寒く厳しい雪国・盛岡に育まれた人間性。

「教育の像」に、人としての生き方を教えられる様な気がした。

啄木の純情、賢治の捨身精神、が教える人間性って、「こんなものなの~?」



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三島歌舞伎 

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爽やかな“薫風”に誘われ(いや、いや、招待券を頂いたので)「五月花形歌舞伎」を観に・・・

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5月15日、PM16:30 開演 演目『椿説弓張月』

原作:曲亭馬琴  作・演出:三島由紀夫  演出:織田紘二


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曲亭馬琴の原作に、三島由紀夫が構想を得て書き下ろし、自ら演出した渾身の長編大作。

忠誠を貫く英雄・源 為朝の活躍を、歌舞伎のあらゆる技巧を凝らし壮大に描いている。


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「上の巻」の場面図

崇徳上皇への忠誠を抱く源 為朝は、保元の乱に敗れ、伊豆国大嶋に配流されるが、

島民をまとめ再挙の時を窺っている。其処へ来襲した平家軍を見事撃退したものの、

妻・簓江を失い失意の為朝は、小舟で西へと向かう。


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「中の巻」の場面図

讃岐で現れた上皇の霊のお告げに従い、九州肥後へ向かった為朝は、妻と息子と再会する。

一向は平家討伐のため船出するが、大海原で暴風に見舞われる。

大勢が悲愴な最期を遂げ、妻は海神の怒りを鎮めるため、自ら身を投げ出し入水自殺。

為朝は上皇の霊が遣わした烏天狗に助けられ、琉球へと漂着する。


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「下の巻」の絵図

琉球国では巫女・阿公らが、寧王女の正当な王位継承を妨げている。

その危機を救った為朝は琉球国再興を誓い、阿公は遂には滅ぼされる。

平和を取り戻した琉球の島民は、新国王に為朝を推すが、此れを固辞する。

為朝は、引き留められる中、故国日本を目指して天馬で天駆けて行くのでした・・・


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以上の文は、解説書を抜粋したもの。

此処で少しばかり薀蓄を・・・(とは言え、受け売りだが)

“歌舞伎”は戦国時代から江戸時代にかけて、京や江戸で流行した。

派手な衣装や一風変わった異形を好んだり、常軌を逸した行動に走る事を指した言葉で、

そうした者を、「かぶき者」と言った。

出雲大社の巫女“出雲阿国”と言われる女性が斬新で派手な風俗を取り込んだ踊りで有名になり、

其の踊りが、「かぶき踊り」と呼ばれるようになる。


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                   新橋演舞場の内部(携帯で撮影)

その後、遊女が演じる「遊女歌舞伎」や、後の少年が演じる「若集歌舞伎」が、

どちらも売色をも兼ねる歌舞伎となり横行した事から、風紀を乱すとの理由で禁止となる。


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                      演舞場の売店(携帯で撮影)

その後、「野郎歌舞伎」へと変わり、男型も女形も男性役者が演じるようになる。

現在の姿に近くなり、独特の“美の世界”を形成するようになった。


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      幕間のお弁当に「寿司弁当」を、¥1,000(携帯で撮影)

踊りの要素を備えながらも演劇の色が濃くなる。

その後、江戸奉行所から「物真似狂言づくし」が義務付けられ、

演目の内容は史実や物語を題材とした「歌舞伎狂言」が流行するに至る。


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私は自宅でお留守番。カット写真は昼間スーパーで買ってきてもらった、「天丼」¥380也

妻と娘(住居は同じマンションの19階)は、優雅に歌舞伎見物へ

そして娘は¥1,000の「寿司弁当」 妻は¥1,000の「サンドウィッチ」

私は愛犬の“らら”と、大人しくお留守番。¥380の「天丼」で・・・

此れが家庭円満の秘訣なんですよ!!

歳を取り、疲れた男の出来る事って、 「こんなものなの~?」



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歴史の重み 

『 たはむれに母を背負ひて そのあまり

         軽きに泣きて 三歩あゆまず 』
  石川啄木


昨日は「母の日」であった。

思わず啄木の此の詩を想い出した。 そして先日、盛岡を訪ねた事を・・・


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盛岡市内には、今でも三本の美しい川と、四方を美しい山々に囲まれている。

街の所々には、江戸・明治・大正・昭和と随所に趣のある景観を視る事ができる。

「美しい追憶の都」なのである。

『 不来方の お城の草に寝ころびて 空に吸われし十五の心 』 啄木

「一握の砂」の中の短歌で、“不来方”の古名は全国へ知られるようになった。

啄木が眺めた、あの城跡には今、「もりおか歴史文化館」が建っている。

“歴史と文化の回廊”を巡ってみた。


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先ず驚いたのは、“二羽”の紋が描かれた幕を背に、此の豪華な鎧兜だった。

盛岡城・藩主が代々使用したのか、豪華な飾り兜鎧で、実践に使用した物では無いらしい。


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此れは珍しい“舟橋”。 新山河岸と仙北町を結ぶ舟の橋。

川に舟を並べて繋ぎ、その上を板を敷き人や馬が渡川できるようにした“浮橋”である。

北上川・舟運の起点で、諸国の人々の往来、物資の運搬流通が盛んな場所であった。

盛岡を象徴する情景として、多くの絵画にも描かれている、舟橋の模型だ。


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何も言う事なし!!“シャンシャン馬っこ”

只々、黙して観て欲しい。此の豪華さと馬に対する感謝の気持ち・・・


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盛岡山車だ。 再現された明治期の山車。高さは9mにも及ぶ。


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雪国できつい野良仕事に従事した人々が、祭りを盛り上げる為に、精一杯の力作なのか?

“しゃんしゃん馬っこ”にしても“盛岡山車”の飾りにしても、想像を絶する造作である。

観ていて、盛岡人の心意気を感ぜずにはおれない。


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南部家ゆかりの品々が展示されていた。

この地方には南部鉄器が有名だが、此れは南部鉄器ではない。

お嫁に嫁いだお姫さまの持参品の一つだろうか。


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沈金蒔絵の器も何点か展示されている。

庶民感覚とはかけ離れているが、歴史や伝統文化を後世に伝える意義、

必ずや将来を担う若者達へと、その技は受け継がれて行く事であろう。


昨日、5月13日は「母の日」だった事を想い出し、石川啄木のあの「母を背負いて・・・」を、

盛岡と私が育った故郷とは、余りにも歴史的価値はかけ離れている。

私の故郷は石炭が海の底から採れる、所謂「海底炭田」で、村からいきなり市になった所だ。

今は過疎化も進み、歴史的遺産などが無い街だった。

そんな片田舎の家で、私は手厚く育てられたようだ。誰に、母に・・・


盛岡の記憶を写真に求め、此のブログを書いているのだが、

盛岡と私の故郷・・・歴史の違いって、 「こんなものなの~?」


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優しいが一番 

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                JPA(日本写真作家協会)会員展出品


瘧を患った光源氏は北山の寺に、加持祈祷の為出かけて行った。

昼間見た小柴垣の家を覗くと、白い下着に山吹色の着物の他の子とは比べるべくもない美少女が居た。

大きくなったら、どんなに美しい姫君になるだろうと、源氏の君はしみじみと眺めていた。


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源氏の君は、祈祷を依頼した行者に、

「可哀そうな姫君を、私に世話させて欲しいと願う。私は結婚はしていますが妻との中はしっくりしない。

 それで一人暮らしをしてます。お小さいのは承知の上でのお願いです」 と・・・

光の君は、「この世の方とは思えない程美しい」と一目惚れ。

姫君も、人形遊びをして絵を描いても「これは源氏の君よ」と心動かす。


藤壺が病気で伏している時、この時ばかりにと計らいを得て無理やり会う事となった。

『 また会える夜もないなら夢の中に いっそ消えはて死にたいものを 』

と噎び泣き。


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人恋しい秋の夕暮れ、藤壺の姪にあたる幼い姫君を、無理にでも連れて行きたい強い気持ち。

『 早く手につんでみたいよ 紫の、縁につながる野辺の若草 』

藤壺と血の繋がる姫君だから一入恋い焦がれるのか。

その後、尼君がお亡くなりになり、源氏は姫君の元へとお見舞いに。

霰が音を立てて降り、風はゴーゴー鳴り、嵐の恐ろしい夜、

源氏は姫君を、父親の様に優しく抱き、一緒に休みました。

そして源氏は、姫君を二条の屋敷に連れ出す。


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源氏の屋敷は、庭の砂まで光り輝き、部屋は美しく飾られ、遊び相手の女の子も多く、

姫君は退屈する暇もありません。

源氏も、本当の父親の様に見守り、行儀や教育を始めた。

乳母が云う事に、『 女は心が素直で、優しいのが一番いいですよ 』 と。


「源氏物語」の一節を簡単に。

昔より多くの物語が受け継がれてきているが、所詮は物語と言えなくもないと思う節がある。

女御は、「女は心が素直で、優しいのが一番」という。

真に男性の代弁としか言いようのない褒め言葉か。

世の中、女権が強くなり、この言葉はそっくり男性へお返しします、と女性の声が高らかに。

今の世の中、どちらを向いても、不正に不倫・・・

そして、「男は度胸」で無くなったのなら、

『女は愛嬌、そして身持ちが悪いのが一番!!』では。

女に対する男の望みなんて、「こんなものなの~?」

藤棚のカットは、「足利フラワー・パーク」にて撮影。



 

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願わくば・・・ 

『 人は、なぜ嘘をつくのか?』


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佐倉市街地をぶらぶら当てもなく歩いていた。

廃墟に近い(とは言え、未だ住居として使用されているようだ)古民家の窓に、

黄色に赤い隈取を施したポスターを見た。歌舞伎の“にらみ”だね~!!

程度の差はあれ、良からぬ事への見張りなのか?警告なのか? 

見ていて思いついたのは、『 人は、なぜ嘘をつくのか?』 と・・・


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近くのショッピング・モール「VIVIT」にある、ペットショップ「フェレット・ワールド」で見かけた。

体長35cm程の“ふくろう”。詳しい名前は判らないが、夜行性で野ネズミ等を主食としているらしい。

此の世に“頭の黒いネズミ”は多く居る。この種のネズミを食べてくれればと、ふと思った。

動物の世界でも、「嘘をつく動物」って、人間だけだよな~との思いが頭を過る。


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良く知る仏教語に「嘘も方便」という言葉があるが、嘘に方便が在るのだろうか?

人が嘘をつくのは、年齢と共に変わりる。と言うより、年齢と共に其の能力がより発展する。

無害な嘘、社会的な嘘・・・時と場合によって、四六時中嘘は此の世で飛び交っている。

そもそも「方便」とは、“真実に至る巧妙な手段”と説かれる。

その人の素質や性格、また場と時など種々の事情を考慮して最も適切な方法で導く事とある。

「嘘も方便」とは、嘘を正当化する便利な言葉なのだ。

と言う事は、嘘は場合によっては、“ついても良い”と釈迦は教えているのか?。


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嘘をつく事は“悪い事”なのか?

嘘が人間関係を構築する上で重要な役を担う事もあるだろう。

困る嘘とは、策略に用いたり、欺瞞に満ちた嘘等であろう。


“ふくろう”は暗闇でも目が効く動物なのだから、

世の暗部で行われる悪事を、その目で探し出して欲しいものだ。

そして願わくば、隈取したポスターが不要な世の中になって欲しいと願うばかりだ

政治家が嘘をつくのは公約違反。 振り込め詐欺は詐欺罪で社会の敵だ。

なんや・かんや言っても、この世から嘘は永久に無くなりはしない。

せめて、「嘘も方便」ぐらいで堪忍してもらいたいが、

現実の世の中って、「こんなものなの~?」



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命は儚いもの 

『 そよそよ風が吹いてます 青い葉っぱが揺れてます

   葉っぱの陰から“さくらんぼ” 出たり引っ込んだりかくれんぼ 』

                                  登坂鹿立(作詞・作曲)


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葉桜も終わりを告げ、小さな小さな赤く熟れた “さくらんぼ” が一つ。

風に揺られて遊んでいた。


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夏日が続くこの頃だが、今日は晴天でそよ吹く風も肌に気持ちが良い。

近くの公園に、幼稚園児たちが “お弁当” を持って遊びに来ていた。

賑やかに響く黄色い声に、思わず幼少期の自分を振り返った。


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『 人の一生は 重荷を負いて遠き道をゆくが如し いそぐべからず

     不自由を常とおもえば不足なし・・・』
 
徳川家康・人生訓と言われてるが?

重荷を背負っているから、自転車で・・・と云う訳ではない。たまたま今朝撮したから。

今、この歳に成って初めて実感する人生訓だ。

自分は人生の道のりを確かなハンドリングで走りきったのだろうか?

思えば遠くて厳しい人生だったな~っと、振り返る懐かしさでしょうか?

子供達に、「頑張れよ~!!」っと、エールを送らずにはいられない。


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『 心に望みおこらば 困窮したる時を出すべし

         堪忍は無事長久の基 いかりは敵と思へ 』


ハイハイ判りました。辛抱・辛抱をしています。急がず慌てず怒りもしない。

最近の日本の、いや世界の現状を見ていると、果たして子供達に、こんなお説教が出来るのだろうか?

あんた達、大人が作った悪しき世の中、責任も取らずに次世代に引き継ぐの?と声がする。

神武景気だの何とか景気だの現を抜かし、足元見ればなべ底景気なのか?

上手にギヤーの切り替えが出来ない、政治家や官僚、そして企業家たち・・・

あの黄色い声で、「何やってんの~?」と言う叫びが聞こえて来そうだ。


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自転車にブレーキが何故有るのか?政治家たちは分かっているのか?

無謀で危険な走りを制御する為なのだが・・・

ノー・モア・ヒロシマではない、今目の前にあるのは、「ノー・モア・フクシマ」なのだ。

危険極まりない原発に、どうしてブレーキが掛けられないのか? 世界の七不思議の一つだろう。


『 命というものは 儚いからこそ、尊く、厳かに美しいのだ 』

トーマス・マンに言われるべくもなく、命の大切さは分かっているよね~!!

大人が子供達に伝えなければならない事は、生きる方法と、より良い人生の歩み方ではないのか?

そして肝心なのは、生きる“智慧”だろう。

残り少ない自分の人生を振り返り、何を残せるのか? 考える時が来たようだ。

はたして残せる私の物って、「こんなものなの~?」



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“察し”の文化 

2011-10-08 華1490

“察し”の文化と、“自己主張”

昔より日本人には “察し” の文化があった。

人と会った時には、先ず顔色を見る。今日はお元気なのだろうか? ご気分はイイのだろうか?

会話の途中でも、この人は「何が言いたいのだろうか?」「機嫌は良いのか?悪いのか?」・・・

言わず語らずその人の体調や言わんとする事を“察する”習慣を身に着けていた。


2011-10-08 華1492

近年になるまでは、日本人の生活様式は「大家族」であった。

当然ながら、“察する”気持ちが無ければ、家族と言えども仲良くやって行けなかった。

優しい気持ちは、大家族の中で培われた“察し”の文化の賜物なのだ。


2011-10-08 華1494

西洋文化の影響を受けてか? 近年の日本人・・・特別に若者とは限らず、大人さえ、

“察する”気持ちを何処かに起き忘れてきたように思う。

代わりに身に着けた習性が、“自己主張”と言う文化(?)だ。

“自己主張”の段階なら未だマシな方で、今や“自己中心”的言動が目に余る時代へと変化した。


2011-10-08 華1491

そんな“察しの文化”と“自己主張の文化”を考えていた時、NHKの「ためして、ガッテン」を視た。

漢方(和漢)の事を報道していて、私の主治医の和漢の先生が出演されていた。

大方の内容はこうだった。 “舌を視て” 病名を当てるものだった。

何人かの人の舌を視るのだが、どれも当たらない!!

私は長年、和漢のお蔭に与かっている身だから、和漢の事は100%信用している。

癌で末期の宣告をされた時にも、入院中漢方の煎じ薬を病室で飲んでいた。

癌を消滅させるのではなく、免疫力を高める為である。

2011-10-08 華1493

NHKの番組を視ていた人の大半は、和漢の信用を失墜させた事と思う。

NHKの取材陣が和漢(漢方)の事を熟知(多少なりとも)していない事が原因なのだが・・・

此の医師のもとにも何名かの方から電話があったようだ。

内容は、「先生、何故あんな番組に出演されたのですか?」と・・・

和漢(漢方)の医師に一番重要な事は、“察する”態度と知識(経験)なのだ!!

NHKの態度は、あたかも俺たちはNHKなのだ、間違いはないのだ、と

受け取られかねない“自己主張”と言うのか、“自己中心”主義なのだ。

番組編成時に、視聴者に間違って受け取られないように「編集し直し」ますと・・・

其れもされずの放映。間違った受け取られ方をした和漢(漢方)のようだ。

NHKも、罪の深さを反省し、和漢の正しい知識を再放送するように私は切望して止まない。


イギリスのBBCの番組を視るのが大好きな私だ、

NHKも、大衆に媚を売るような番組編成でなく、(視聴率稼ぎにお前もか?NHKよ)

視聴料を取るのだから、チャラチャラした番組編成はして欲しくない。

最近のNHKなんて、「こんなものなの~?」




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月が出た・・・ 

『 あかあかや あかあかあかや あかあかや 

         あかあかあかや あかあかや月 』
 明恵上人


2011-10-08 華1489
   マンションの上に出た、“スーパー・ムーン”



『 つきづきに つきみるつきはおおけれど 

         つきみるつきは このつきのつき 』
 詠み人知らず

一昨日は“スーパー・ムーン”だった。

妻が風呂上りにベランダで、「綺麗な明るい、大きな月が・・・」と私を呼んだ。

“スーパー・ムーン”とはつゆ知らず。まぁ、一枚とパチリ。


月が~出た出た 月が~出た~ (ヨイヨイ)

    三池炭鉱~の 上に~出た
  ご存じ炭坑節 


明恵上人の様に悟りを開いている訳でもないなので、“あか”を十二も連ねられても理解に苦しむ。

“つき”を八つも連ねたのは、陰暦8月15夜の月だからと言われている。

まぁ、私に似合う月の歌と云えば、

出た出た 月が まるいまるい まんまるい 

             盆のような月が~
  文部省唱歌「月」


改めて「月」の歌を思い起こせば、多くの歌が・・・

でも、「月」に関する私の知識って、「こんなものなの~?」



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春の夢遊 

『 立てば芍薬 座れば牡丹 歩く姿は百合の花 』

昔から美しい女性を花に喩えて、こんな風に言ったものです。

豪華絢爛に咲き誇る芍薬・牡丹・百合の花なのでしょうが、

足元に密かに咲く花々にも、心惹かれるものがあるようだ。


2011-10-08 華1485

『 恋ひ恋ひて 逢へる時だに愛しき 言尽くしてよ長くと思えば 』

麗らかな初夏の日差しを浴びて、近くを散歩した。

名も知らぬ小さな蕾が囁いた。

「 逢いたくて 逢いたくて やっとの思いで逢えたのだから、

 “いつまでも一緒だよ”と優しい言葉を聞かせてよ 」  と・・・


2011-10-08 華1484

『 梓弓 引かばまにまに依らめども 後の心を知りかてめかも 』

気を引くだけ引いて、私は多分貴方の言いなりに・・・

でも、貴方はその後、“どうするの?”

「釣った魚に 餌はやらない」と言うが、釣ったその場でリリース。

釣った釣り人が悪いのか? 釣られた魚が悪いのか?

か弱い女性を手玉に取らないで!! と、可憐な黄色い花がお願いを・・・


2011-10-08 華1486

貴方は“きれいだよ”と言う。

私は是ほど恋い焦がれているのに・・・

“きれいだよ”が、私の胸に空しく響く。


2011-10-08 華1488

日陰に身を隠すようにひっそりと咲く花。ただ救えるのは一条の日差しなのか?

ファインダー越しに眺めていると、吉原の遊女の事を想い出した。

結婚するか、遊女になるか、選択肢が無かった訳ではない。

否応なく遊女にされた身だから、好きな客に見受けされるのを心待ちにした事だろう。

所帯を持つ事が唯一の楽しみであり、心の支えだったに違いない。

遊女の身とは言え、「太夫」と呼ばれるスターも居た。

見知らぬ此の花は、太夫なのか? 只の白拍子なのか?


2011-10-08 華1483

『 思ひ知る 人ありあけの世なりせば つきせず身をば恨みざらまし 』

私は此処で咲いているのよ、わが恋が判ってくれるのなら、やがては枯れる此の身でさえ恨みはしない。

皐月の空の下、沢山の躑躅が咲き誇っている。

其の一隅に“此処よ、此処よ、私は” と声を上げている。

アァ、気付いてくれたのね~、ありがとう!!

もう、思い残す事もない。命の散るのも惜しくはない。躑躅の思いが私に届いた。

春の散歩の夢遊なんて、「こんなものなの~?」





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幸福の断片 

2011-10-08 華1473

太平洋戦争が終戦を告げた時、私は父と二人で取り敢えず、片田舎に引っ越しをした。

二軒長屋の片方に居を構えた。

其処は、裏側には小高い山が立ちはだかり、家の前には小さな小川が流れていた。

家の傍の傾斜地には大きな木が一本立っていて、枝にはブランコが作ってあった。

台所の擦りガラスの向こうには、食器類が滲んで見える。

何となく思い出してみるに、疎開先でもこんな情景が有ったような気がしてきた。

昔の記憶の原風景が今ここで見ている。こんな幸せも他にはないとの思いに駆られた。

過去の記憶に立ち返れる機会は、何処の街でも又いつの日でも出会える。

思えば、歳を重ねると云う事は、こんな幸せな一時に出会えるのだ。


2011-10-08 華1477

自分にとって意味ある事とは、全てのモノとの関わりの深浅の程度による事か?

人間にとって生活とは、モノの集合体の事に他ならない。

モノに拘らないと云う事は、ある意味生活に無関心と云えなくもないだろう。


2011-10-08 華1474

ポリシーとは、自分の生活の在り方についての考え方・思い方なのだ。

あれも・これも、掻き集める事は、ややもすると混沌の状態に引き込まれる。

ポリシーある人・・・其れは知的人間に他ならない。


2011-10-08 華1476

此処から暫くは、カットを自由に見て、自由に思いに耽って欲しい。

過ぎた時間が与えてくれる過去の想い出が、目を覚ませば私には無常の幸福が・・・


2011-10-08 華1475

欅の門戸。


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盛岡で見た古い土蔵。


2011-10-08 華1479

酒林を見れば、今年の新酒は未だのようだ。


2011-10-08 華1480

「園児募集」のポスター。

ベンチの上の棚に置かれたブリキ(?)の小物。 

何となく郷愁を覚えたので・・・


2011-10-08 華1481

昭和35年ぐらいのテレビと電話受話器だろうか?その横には冷蔵庫も・・・

店のショーウインドウに、何故こんな物が?

通りすがりの人の目に止まり、足を止めてくれる効果は如何程なのか?

過去の記憶に訴えかける商魂と云えばそれまでだが、何となく微笑ましい光景だ。


2011-10-08 華1482

盛岡城址の石垣。職人がなにやら手入れをしていた。

古い物を、綺麗な状態で保つ事の大切さ,難しさを見たような気がした。

前のカットの車、シトローエン2CV は新車かと見間違う程の手の入れようだ。

古い物が只好きと云うだけでは、この様な状態は維持できない。

此処にこの人の“ポリシー”を見せられた様な気がした。

桜の木の下で休んでいる車は、JEEPだ。

此の持ち主には、車を見ただけでは“ポリシー”は感じられない。

“ポリシー”とは、其処に生活の仕方が感じられなければならないからだ。

古いモノ・・・其れは過去の記憶の中に、小さくても良いから幸福感が感じられる事が必要だ。

そして私は、こんな幸福感を探して、他の街をさ迷い歩くのだ。

私の旅って、「こんなものなの~?」




category: 雑感

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人生は伝統工芸? 

『 伝 統 工 芸 』


2011-10-08 華1465

秋田県・角館に伝わる伝統工芸品に、「桜皮細工」がある。

天明年間に角館城主・佐竹侯の庇護の下、下級武士の手内職として生まれた。

250年の歴史と磨き上げられた伝統が今に息づいている。


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『たてつ家・外町資料館』では、桜皮細工の他にも、歴史を刻んだ多くの品々が展示してある。

高貴な女性なのか? 豪商の奥様方が着ていたのか? 豪華極まりない衣装だ。

2011-10-08 華1467

角館には、伝統工芸に指定されている織物は無い。

藩政末期から秋田でも養蚕と製糸産業が盛んであった。

此処、角館にも明治45年~大正7年まで、『角館製糸工場』があった。

秋田県の織物と云えば、ハマナスの根で染め上げる「秋田黄八丈」は、180年の歴史を持ち、

其の鮮やかな色調と、気品ある渋さとが見事な調和を見せる。

その他にも、「秋田蕗摺り」「秋田ぜんまい織」「浅舞絞り」等が有名だ。


2011-10-08 華1468

『桜皮細工』は、山桜の樹皮を使用。

山桜の皮は剥がしても、もう一度再生する。再生した皮は“二度皮”と呼ばれ細工に用いられる。

現在の暮らしに調和するようにと、デザインも時代に合わせて変化している。


2011-10-08 華1469

『桜皮細工』は、一般的には『樺細工』の名で通っている。

語源は、万葉集の中で、「かには」と表現されたものが、後に「かば」に転化したと言われている。


2011-10-08 華1471

豪商の家に伝わった茶器と湯沸かし器なのか。

銅器と云えば、『高岡銅器』『京都銅器』が有名だが、角館銅器の名は知らない。

日常生活の中で使用され、良く手入れされてきたのだろう鈍く渋い輝きを見せる。


2011-10-08 華1470

此れも“桜皮細工”の盆。

象嵌手法が取り入れられているのか?見事な出来栄えである。


「伝統工芸品」とは、主として日常生活で使うもの。 製造過程の全てが手作り。

伝統的な技術または技法によって製造。 伝統的に使用されてきた原材料を使用。

当該、伝統工芸品の製造される地域で産地を形成・・・となっている。


永く培われた技術を今に生かしながら受け継ぐ「伝統工芸品」。

古き良きものを、其の侭受け継ぐのではなく、常に技術の進歩とデザインの先進性を要求される。

今回のカット写真は、全ての品々がガラス・ケースの中に展示されていた。

反射して見苦しいのですが、ご勘弁を・・・

長い時間を掛けて受け継ぐ、伝統的“技と美意識” そして大切な事は辛抱と努力。

父母より頂いた此の命を大切にし、次の命へと受け渡す。

そして肝心な事は、一歩前進して・・・

人の一生も、伝統工芸も、「こんなものなの~?」



category: 雑感

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春まだ浅き 

暮の春、莟膨らむ角館に、心膨らませ訪ねれど、“春の心はのどけからまし” とはいかなかった。


2011-10-08 華1457

『 国境のトンネルを抜けると雪国であった。

    夜の底が白くなった。信号所に汽車が止まった 』
 

日本で最初にノーベル文学賞を受賞した文豪・川端康成 『雪国』 の書き出し部分だ。

角館出身で新潮社の創業者を記念して、「新潮社記念文学館」が建っている。

その前には、川端康成 『雪国』 の功績を讃え、記念碑が建立されている。


2011-10-08 華1464

此の記念碑も同所に建てられている。

杉田玄白 『解体新書』 を讃えてのものである。

厳密に云えば杉田玄白ではなく、角館出身で画家の小田屋直樹画伯を記念して。

オランダ医学書 『解体新書』 を杉田玄白が翻訳し、図解は平賀源内に師事した小田屋直樹画伯のもの。


街中を散策するうちに、思いはあらぬ方向へと巡る。


2011-10-08 華1458

角館の豪商「西宮家」の厳かな佇まい。

夕べには寝て、朝には起きる。

忙しそうにするのは何故なのか?

生命の続く事を願い、あくなき利益の追求留まる事を知らず。

閑静の中に無我を求めてのたりのたり、

静かに流れる時の中に、人生の楽を求めては・・・と思いに耽る一時。


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時代の流れに飲み込まれる危険。

格差が生む、取り残される不安。

時代と共に移りゆく社会情勢に、果たして現代の若者達は付いていけるのか?


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名も知らぬ民家のくぐり門。

静かなるを望みとし、愁い無きを楽しみとす。

苔生した檜皮葺に憐れを覚え、また思えば“あなおかし”


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重厚な日本屋敷には、どこか郷愁すら覚える。


2011-10-08 華1463

下級武士の民家。 茅葺・檜皮葺の屋根。豪雪なのか?強風なのか?石が屋根を抑えている。

『 軒に朽ち葉深く 土居に苔むせり 』 と云うところか。


2011-10-08 華1459

新潮社記念文学館の近くに、場違いの様な建物が。何となんと「ピンクの館」

一昨年か? ある有名人が覚せい剤を使う為に、千葉の海岸に構えた隠れ屋「ピンクの館」を思い出した。

看板には『かくのだて華館』とある。見れば袋物・小物を扱う商店らしい。

サクラの開花には早過ぎたが、館の薄紅色に春を告げる初花“サクラ”の代わりを見るのか。

静かな街に咲いた此の館。初々しい色・ピンクからして、

想像が膨らむのは“新”。 新妻なのか? 新枕なのか? 色気があるね~!!


2011-10-08 華1456

お寺の屋根越しに「観世音菩薩立像」が遠目にも見えてきた。『松庵寺』境内に在る。

何となく違和感を覚えるのは私だけなのか? 少々場違いのようにも思えた。

『 三十三に御身を変え、色で導き情けで教え、

 恋を菩提の橋となし、渡して救う観世音 誓は妙に有り難し 』


近松門左衛門は観音菩薩を斯く褒め称える。

“色”“情””恋”・・・なんと艶やかな褒め言葉なのか。

サクラ色が見られなかった角館。せめて観音の色恋でも見るとしようか・・・

でも、経典で言う所の観音菩薩って、ヒョットすると私なの?

貴方が観音だよ! 悩み・苦しむ人を助けてあげなさい!!と云っている。

果たして、私に人助けが出来るのだろうか?

観世音菩薩の教えって、「こんなものなの~?」

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“たつこ姫”と“国鱒” 

2011-10-08 華1450

田沢湖の朝。

約2000万年前に誕生した、カルデラ湖 『田沢湖』

湖としては日本一の深さで、透明度も30mを誇る。

此の湖には、「たつこ姫」伝説と、最近話題になった「国鱒」の話がある。


『たつこ姫』伝説の粗筋は、

稀に見る美しい娘「辰子」は、その美しさを未来永遠に保ちたいと願い、密かに大蔵観音にお百度参りをした。

満願の夜、“北に湧く泉の水を飲め”とお告げがあった。

北方の苔生す岩間に清水湧く泉を探し当てる。

手に掬い取り飲むと喉が渇く。また湖の黒い魚を食べると喉が渇く。

魚を食べ、水を飲むと又喉が渇く。そしてとうとう湖の水が枯れるまで飲み続けると、

辰子は大きな龍になって、遂には湖底深く沈んで行った。

此の伝説を後世に残すべく湖畔の向こう岸に、「たつこ姫」の金色の像を建立した。

「たつこ姫」が食べた“黒い魚”とは、実は“国鱒”ではないか?と言われる。

田沢湖が「たつこ姫」と「国鱒」とで、結びついているとは一興だと思いませんか?

「たつこ姫」の像は湖の向こう岸のため、カット写真は無い。


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湖畔に建立されている「飲水思源」像がある。

陽光と空気と、水・・・この三つは人類生存の三大条件という事から、

中国との姉妹都市締結を記念して建立されたようだ。

此の大切な 『 水を忘れない事!!』 を、肝に銘じろとの教えだ。


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田沢湖を後にし、盛岡に向かう為タクシーを走らす。

途中、運転手が「ミズバショウの群生地があるので、案内しましょう」と・・・

田沢湖・刺巻湿原『ミズバショウ群生地』に立ち寄る。


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雪国に春を告げるミズバショウ、ザゼンソウの群生地だ。

ハンノキ林の中に、60000本のミズバショウ!!

大変珍しく、学術上でも貴重な群生地と云われる。


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木道が整備され観察もゆっくりと出来る。

ミズバショウと云えば、思い出すのは尾瀬沼だろう。

私も52年前に一度だが尾瀬沼にハイキングし、ミズバショウを楽しんだ。

群生しているのは尾瀬沼以上で、車で行けば歩く必要もない。大変便利な場所にある。


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車で10分程の田沢湖駅に着き、時間が有るのでのんびりしていると、三枚のポスターが目に入る。


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「国鱒」の発見者は“おさかな君”と思っていたが、是には訳があるという。

クニマス研究者・川村教授から、「ちょっと、これ見て」と、“おさかな君”に持ち込まれた話で、

最終的に“クニマス”と判断を下したのも教授だった。

“おさかな君”も、このプロジェクトに参加していたので、マスコミが“おさかな君”を取り上げた。

“おさかな君”も一役かった事には違いない。この絵も″おさかな君”に直筆になるものだ。


2011-10-08 華1453

誰もが知っている、“おさかな君”が画いたものだ。

西湖で発見され、報道で知った「国鱒」の絵が描いてある。

今まで、「国鱒」は“おさかな君”が発見したと思っていたが、少々違うようだ。

大正14年、カーネギー博物館報告書に此のニュースが掲載され、

学名は発見者である、京大の川村教授の名を冠して「オンリンカス・ネルカ・カワムラ」と命名された。

では、何故「国鱒」は絶滅したのか?

太平洋戦争を機に、水量確保の為、上流の水を引き入れた。

ところが其の水は、製錬所からのもので、大量の鉱毒を含んだ水であった。

此の汚水の為に「国鱒」は絶滅の悲劇に見舞われたのであった。

政府の暴挙の為に犠牲になった、 悲劇の魚、『国鱒』なのだ。


今日、原子力発電の再稼働をめぐり、国民の目は政府に向いている。

原発の再稼働。 田沢湖の「国鱒」の絶滅。 いずれも政府の暴挙と云えはしないか?

政府のやる事って、今も昔も、「こんなものなの~?」


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“東北の京都” 杜陵散策 

2011-10-08 華1429

田沢湖畔の宿、「かたくりの花」を早朝出立し、

新幹線「こまち」号にて、盛岡に向かう。


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駅の下りエスカレーターの壁面に、大きな歓迎ポスターが・・・


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駅・観光案内所で聞き、「でんでんむし」という名の市内巡回バスを教えられる。


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市内均一料金 ¥100 は確かに安い。


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「岩手」の県名の起源と云われる、『三ツ石神社』 


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此処 『三ツ石神社』には、「鬼の手形」という奇妙で面白い伝説が伝わる。

この付近には羅刹と呼ばれる鬼が棲んでいた。住民や旅人に悪行を重ねていた。

村民は『三ツ石神社』に願をかけ、羅刹を捕縛し神社の境内にある“三ツ石”に縛り付けた。

羅刹は、再び悪行を犯さない事、この地域に近寄らない事を誓い、

証文として、この“三ツ石”に手形を押した。それ以後、羅刹の姿は見られなくなった。

岩に手形を押した事から、此の地を「岩手」と呼ぶようになったとか?ならないとか?

又、鬼の退治を喜んだ村民たちは、“三ツ石”の周りを「さんさ・さんさ」と言って踊りまくったのが、

「さんさ踊り」の起源となった。


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『光䑓寺』 浄土宗の古刹。「むかで姫の墓」で有名。

久しぶりに見る、満開のソメイヨシノ。思わず足を止める。


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「むかで姫の墓」にお参り。

昔、於武(おたけ)の方は、先祖がむかで退治に使った“矢の根”を持って嫁いできた。

於武の方が亡くなった時、遺体の下の変色した部分が、

大きなむかでが這い回る姿に似ていた事から、村人達は“矢の根”の怨念に違いないと驚き恐れた。

むかでは水を嫌う事から、堀を巡らした土手の上に、石垣で囲まれた墓を建立するも、

墓に架けられた橋が一夜のうちに壊され、何度架け替えてもむかでが出て壊してしまう。

於武の墓には、大小のむかでが無数に出て石垣の間から這い回るので、

鉛を流し込んで防いだと云われる。

“矢の根”にまつわる、むかでの怨念のせいだと噂し、

“むかで姫”、墓を“むかで姫の墓”と云うようになった。 という伝説が伝わる。


2011-10-08 華1439

『報恩寺』 

広大な座禅堂と五百羅漢で藩政時代より有名な禅宗の古刹。

見たことも無い程の立派な三門。

その前の大木の幹に寄せ掛けられた“がんぜき”が、静寂な空気によく似合う、さすが禅寺の境内。


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2011-10-08 華1441

山門で邪の侵入を防ぐ、阿吽の仁王像。

石川啄木は中学生だった頃、この一帯の風光をこよなく愛した。

級友ともしばしば散策を楽しんだという。 詩集「あこがれ」で『報恩寺』を詠んでいる。

また、宮沢賢治は、『報恩寺』の座禅堂に参禅し、瞑想に耽ったとも言われる。


2011-10-08 華1442

『 岩手山  秋はふもとの三方の野に満つる 蟲を何と聴くらむ 』

啄木は言う、一日の中では夜。天候では雨。四季の中では秋である。

「雨の降る秋の夜が一番好い事になるが、然しそれでは完全に過ぎて、余り淋しすぎる」と・・・


2011-10-08 華1443

「中の橋」の欄干には、江戸時代に造られた“擬宝珠”があり、現存する擬宝珠の中で最も古い物だ。

河鹿鳴く中津川の浅瀬に跨り、古色滴る上の橋の“擬宝珠” と、啄木は「葬列」の中で・・・


2011-10-08 華1444

『盛岡信用金庫』

昭和二年に建てられた建造物。花崗岩を貼った直線的な外壁で、アクセントに石彫の装飾を施してある。

正面の太い列柱はモダンなデザインであるが、どこかイタリアの神殿を彷彿とさせる。


2011-10-08 華1445

『岩手銀行』 盛岡のランドマークなのか?

赤レンガ造りの古色紛々とした誠に雰囲気のある建物、何も言う事ナシ!!


2011-10-08 華1446

『盛岡城址公園』の一角に立つ「ガス燈」

蘭医で舎蜜家であった 島 立甫 が、コールタールの製造の副産物として発生するガスより、

又、近代製鉄の父と云われる 大島惣左衛門 が、石炭からコークスを作る副産物として出るガスより、

ガス燈を作る事を発明。

明治5年、横浜の外人居留地にガス燈が灯された年より、17年も前の事だった。

「ガス燈は、盛岡から」全国へ広まったのだ。


本日は、だらだらと取り止めなく書いたブログになりました。

お付き合い、誠に有難う御座いました。

それにしても、美しい追憶の都「盛岡」のブログなのに、 「こんなものなの~?」

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捻挫は甘くない!! 

「捻挫」・・・関節を捻じり挫く事とある (広辞苑)

昨日、僅かな段差を踏み外し、捻挫をした。

『 もはや いかなる権威にも倚りかかりたくない

 じぶんの耳目 自分の二本の足のみで立っていて

 なに不都合のことやある 』
 
    茨木のり子(倚りかからず)より。

自分の二本足でしっかりと立てる事を“自立”とでも言うのか?

捻挫をして“自立”はおろか、ハイハイしか出来ない憂き目に遭った。


2011-10-08 華1413
                          足底反射区チャート

毎月一回、整体師に来てもらい治療を受けている。

「整体」とは、手などの力で骨格のゆがみを矯正し、身体の均整をとる事により、

健康増進・体質改善などをはかる事。 (大辞林) 

月一回の治療(指圧と灸)を受けると、確かに体が軽くなるような気がする。


2011-10-08 華1415

捻挫をすると、皮下出血を起こしたり、酷い時には靭帯裂傷・断絶をも起こす事がある。

取り敢えず自分で出来る処置としては、アイシングとテーピングなのだが、

まぁ、其のうちに治るだろうと考えていた。

『 捻挫を 甘く見るな!!』

転倒後には脂汗は出るは、痛くて立とうにも立てず、ただ恥ずかしさが有るのみ。

女房が車で迎えに来るまで、しゃがんで待つより方法は無い。

捻挫は、甘くないよね~!! 


2011-10-08 華1416

夜、整体師の先生に自宅まで足を運んでもらう事となった。

一時間に及ぶ治療を受け、テーピングをしてもらい、何とか楽に成ったような気がした。

『 骨粗く なりたる心地 春愁の胸 』 と云う事なのか。


2011-10-08 華1414

肩甲骨・背骨・腸骨の人体図。

つい一週間ぐらい前の事、書店で「人体解剖図大辞典」なる本を見た。

勉強と興味半々で、買おうかと思ったが、価格がね~、少々お高いので諦めた。


歳を取るという事は、メリットもあればデメリットも・・・

メリット・・・物事に慎重になる

デメリット・・・運動神経も反射神経も鈍り、頭もボケる と、云う事なのか?

転んで骨を折り、寝たきりになる話はよく耳にする。

石段を踏み外し、捻挫した私も歳を取ったせいなのか?

歳を取るって、「こんなものなの~?」

category: 雑感

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