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こんなもんなの~?

趣味の写真を添えて、日々の『戯言』を・・・

元旦って・・・ 

『 元 旦 って、い つ ~ ? 』

どの辞書を調べてみても、「元旦」 は一月一日、または其の朝・・・とある。

2011-10-08 華2358

年賀状には、必ずといって良い程 「元旦」 と書いてある。

明日、新しい年を迎え、気持ちも新たに初春を歓び、知古旧友やお世話になった人々に

旧年のお礼と新年の挨拶を込めて 「年賀状 」を書く事にしている。

ところがである、元旦の朝にもう年賀状が届く。

元旦に認めるからこそ 『年賀状』 なのであろうが、事もあろうに元旦に届く。


『 賀状は、瞬間移動するの~ 』


2011-10-08 華2362

元旦に書いた年賀状が、元旦の日に届くって、どういう事なの~?

まさか、年賀状が瞬間移動する訳でもあるまいに。

日本の習慣に、「お義理」 と言う何とも不思議なものがある。

昨年頂いたから、今年は賀状を出さなくてはね!!と思っているのか?

それとも、元旦は飲んで食べて疲れるから、賀状なんて書く暇もない、とでも言うのか?


2011-10-08 華2359

とは言え、「目出度い」のだから、義理でも何でも良いのか。義理チョコっていう義理もあるのだから・・・

そう云う事で、私が出した年賀状は3日を過ぎてから届く事と思う。

義理と人情と云えば、聞えは良いが、義理でもいいから賀状はやはり元旦に書いて欲しものですね。

元旦に届く「年賀状」、此の不思議に、変わる日本の習慣の一端を見るようでもある。

年賀状の遣り取りって、「こんなもんなの~?」


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category: 雑感

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芸術なのか? 

『 芸 術 』 を、広辞苑で引けば、

一定の材料・技巧・様式などによる美の創造・表現とある。

ヒポクラテスの言によれば、”芸術作品は永遠の生命を保つ”と言われる。


2011-10-08 華2354

秋口に東京海浜病院に言った折、近くの公園を散策した。

散歩道の脇に石の塚があり、二匹のカニが岩を登ろうとしている。

全身が真っ白な体では、如何にも死したカニのように見える。

先日、検査の為病院を訪ねた時、再び公園に足を運んだ。


2011-10-08 華2355

何と左側のカニが赤いペンキで塗られていた。右側のカニの足にも少しばかりペンキが付いている。

『 芸術と悪戯の境目は・・・』

誰がどんな意思を持ってした事か? は判らないが、いや推し量ることが出来ないのだが、

ふと思う事があった。 ”悪戯” と ”芸術” の違いとは、何処で線を引けばよいのか?

街を歩けば、店舗のシャッターをはじめ、壁や柱など、いたる所に所謂 ”落書き” を見ることが出来る。

一般的には、”落書き” は "悪戯” と見做されている様だが、

此の ”落書き” をした人物が、後々に芸術家に育っている事もまま見受けられる。

そうだとすれば、”悪戯” も一概には ”落書き” とも云えないのか?

カニに赤いペンキを塗った(施した)人物も、此れは立派な芸術なのだ!!と思っていたのか?

それにしては、雑にペンキを撒き散らしているようにしか見えないのだが。

近代絵画や彫刻の展覧会に行っても、到底芸術とは思えない代物が並んでいる。

抽象と云う綺麗な言葉で誤魔化していると思えるが・・・

反面、写実主義の絵画や彫刻は、其の驚く程の巧みな技巧に目を見張るものだ。

有りの侭の如く表現するのが芸術なのか? 抽象は ”悪戯” に過ぎないのか?

私には判断の付かない、「悪戯と芸術の間」を考えながら一時をすごした散歩だった。

芸術とは、何だか頭を捻り思考錯誤しながら眺める技巧なのであろうか?

それとも、好きか? 嫌いか? が、”悪戯” と ”芸術” の境なのか?の

所詮、芸術って、「こんなもんなの~?」


category: 雑感

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大掃除のご利益 

諸~行~無~常~の鐘の聲  静~かに煙~る・・・

『平家物語』の書き出しでは無い。 ご詠歌の一種である。

師走 29日は、”九餅は搗くな” と昔より言われているので、今日はお仏壇の煤払いをした。

諸~行~無~常~の~・・・と、口ずさみながら。

そして想い出したのが、耳なし芳一で有名な盲僧琵琶の弾き語りである。

”盲僧琵琶” の弾き手で蝉丸は有名だが、”盲僧琵琶” は後に、”薩摩盲僧” と” 筑前盲僧” へと続く。


2011-10-08 華0750
              カット写真の琵琶は、「薩摩琵琶」

琵琶法師で有名なのは、”耳なし芳一” であろう。

その昔、下関市の赤間神宮に ”耳なし芳一” の取材に行った事があった。

此処は芳一が居を許された神社で、「芳一堂」なる物が建立され、芳一を偲んでいる。

禰宜さんのご協力で、実際に芳一が使っていた琵琶(絃は無いが)を抱え弾き語りの真似を楽しんだ。

写真の琵琶は、「薩摩琵琶」である。 男性的な此の琵琶は、武士階級に愛好され、

旋律も合戦の場面など激しいものが多く、語りかけるところは詩吟にも通じる。

「平家琵琶」は平曲で仏教の声明の平調に類似している。


カット写真の「薩摩琵琶」はある有名な琵琶製作者の作品だが、価格は1000万円にも近い琵琶らしい。

此の琵琶を持って、大宰府天満宮近くの公園で実際に弾き語りをして貰った。

小泉八雲の「耳なし芳一」 を、語りはもの悲しく、力強く弾かれる琵琶の音に心打たれたものだった。

『 祇園精舎の鐘の聲 沙羅双樹の花の下 諸行無常の響きあり・・・』

お仏壇の掃除。 ご本尊の煤を祓い、私と妻の家の仏さんのお位牌の埃を払うと、何となく心落ち着く。

新年を迎える支度も整い、綺麗になったお仏壇を眺めていると、

つい口を突いて出てくるのは 『祇園精舎の鐘の聲・・・』

「宗教性」と「幻想性」・・・幽玄体の内蔵する耽美的な退廃性が、耳に心地よい響きとなるのか?

ご先祖に感謝し、お仏壇の大掃除!! 思い出すのは琵琶の響きなのか?

大掃除のご利益って、「こんなもんなの~?」


category: 雑感

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金の切れ目が・・・ 

『 ほど狭しといえども、夜臥す床あり、昼居る座あり。

  一身を宿すに不足なし。寄居は小さき貝を好む。鶚は荒磯に居る 』
 

鴨 長明 『方丈記』 の一節である。諦めや慰めをもって日々を送る、心の揺らぎと悟りの世界なのか?


『 杜 子 春 』
中国古典 鄭 還古の作品である。

大金持ちの家庭に生を享けたものの、財産は使い果たし二度・三度となく大富豪を享受し、

挙句の果ては乞食同然でホームレス生活を余儀なくされる。

金持ちの内はチヤホヤされるが、無一文になると手のひらを返したように冷たくあしらわれる。

そんな内容の物語を、芥川龍之介は『杜子春』という童謡化した短編小説で発表した。


2011-10-08 華2352

先日、街歩きをしていると、「芥川龍之介 文学碑」 に出くわした。

近代日本を代表する文豪に、芥川龍之介の人生観を学び、氏の文才を偲ぶものとして建立されている。


辰年・辰の日・辰の刻、に生まれたのに因んで、”龍之介” と命名された。

生みの母親の急死により、江戸時代の名家であった芥川家の養子となる。

芥川家は、教養趣味が深く、文学・美術を好み、俳句や盆栽に親しみ、南画をも嗜んだ。

また歌舞伎を見物するなど江戸趣味豊かな家庭で、龍之介も多大な影響を受けた事だろう。


『杜子春』の一文と、『方丈記』の一文とに、人生の有るべき姿を見たような気持ちになった。

『杜子春』の中で、こんな一文が目に留まる。

『 金の切れ目が、縁の切れ目 』

「・・・お前はもう仙人になりたいと云う望みももっていまい。

 大金持になることは、元より愛想がつきた筈だ。ではお前はこれから後、何になったら好いと思うな」

「何になっても、人間らしい、正直な暮らしをするつもりです」

杜子春の聲には今までにない、晴れ晴れした調子が單っていた・・・


金や物に目がくらみ、名誉や利権を貪りたがり、己の事には固執し、他人には目も呉れない・・・

そんな人生に、人間は本当の幸せを味わう事が出来るのだろうか?

宮沢賢治も、

「ミンナニデクノボウトヨバレ ホメラレモセズ クニモサレズ サウイウモノニ ワタシハナリタイ」と。

身に詰まされる想いを味わされた日の散歩だった。

「名も無く・貧しく・美しく」生きる事って、『こんなもんなの~?』
 

category: 雑感

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妻を娶らば・・・ 

『 妻を娶らば才長けて・・・』

与謝野鉄幹 「人を恋うる歌」 の出だしである。みめ美わしく 情けある・・・と詩は続く。

そして内助の功あれば更に良し。

『内助の功』 と云えば、見性院で知られた山之内一豊の妻・千代と決まっている。

嫁入りの持参金で、また貯め込んだ臍繰りで名馬を買い与え、信長を喜ばせた功により、

『内助の功』 の代名詞となっているが、

実は、関ケ原の合戦を前に、石田三成の旗揚げを夫を通していち早く、

家康に知らせた事が一番の 『内助の功』 だろう。

千代の名はこんな形でも後世に残る事となった。

端切れの布を繋いで小袖に仕立てたところから、「千代紙」の名の元となったのだ。


『 妻を娶らば、こんな女性がいい!! 』

2011-10-08 華2347

夕方、窓辺から西の空を眺めれば、茜色に染まる綺麗な夕空が望めた。

早速カメラを担いで近くの港まで出掛けてみた。

これぞと云って撮影するような景色も見当たらなかったが、

KUBOTA とブランド名がプリントされた、大きな鋼管が積み上げてあった。

重ねられた鋼管の一部分が光り輝いているのが目に染みた。

何となく眺めていると、遠い昔に買った真珠の指輪を思い出した。

『 繋がり紡いだ、赤い糸(結婚指輪)』

大学四年の時、実家からの仕送りだったのか? 或いは質屋からの借りたのか?

15,000円を持って、銀座の日本堂に彼女と行き、婚約指輪として渡したものだった。

その後、結婚をし事業に手を染める事となた。

紆余曲折の挙句の果てに、生活費にも困る状態に陥った。

その時に、妻が言った言葉だが、「結婚指輪を売りましょう!」と。

『 想い出の姿と知りつつ 涙を堪え・・・』

他人の手に渡った結婚指輪のお蔭で、何日かは食事にありつけた事だった。

『結婚指輪』・・・結婚の証なのだろうが、

「衣食足りて礼節を知る」とも言われる。何は無くとも、先ず食事が大切。

山之内一豊の妻は、隠し持っていた臍繰りで名馬を買い与えた。

我が妻は、記念の指輪を売り払い一家の食事と成した。

臍繰りを持たずとも、何とかやり繰り出来る智慧(と云うのかな?)ある妻が私には良く似合う。

今日まで感謝・感謝の妻である。

私にとって 『内助の功』 って、 『こんなもんなの~?」


category: 雑感

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一隅を・・・ 

『 福莫福於小事 禍莫禍於多心・・・』   洪 自誠(菜根譚)

「人よく菜根を咬みえば、則ち百事なすべし」・・・

堅くて筋が多い菜根も、噛みしめてこそ物の真の味わいがある。

其の『 菜 根 譚 』に出てくる一文である。

人生に於ける幸いは、何事も無い事ほど幸いな事はない。

禍は、何よりも気が多い事ほど禍な事はない。

平穏無事という言葉があるが、此の事こそ幸いな事であり、

心を冷静に保つ者のみが、気が多いと禍を招く事を知っている。


2011-10-08 華2344

駅まで500m程の所での出逢った中学生か。

右足を骨折したのか痛々しく、松葉杖も不器用に見えた。

10歩進んでは休憩し、又10歩歩んでは小休止。

転ばなければ良いがと思いつつ、駅まで後ろを着いて行った。

私は今年の春に右足首を捻挫し、治ったかと思ったら続いて左足首を捻挫した事を思い出した。

整体師に手当を受け、二か月半後には完治したので、今は気を付けて歩くようになった。

『菜根譚』の、何事も無く平穏無事こそが一番だ!!と云う言葉を思い出した今朝の散歩だった。


『 一 隅 を 照 ら す 』

2011-10-08 華2343

公園を一回りし、「イケア」の前を通り過ぎる時、小さな立て看板に目が留まる。

ぬいぐるみの人形を一体買うと、「子供の教育プロジェクトに、1ユーロ寄付」とある。

よく観れば左下に、”unicef" のマークが描いてある。

アフリカでは乳幼児の餓死が続いており、医薬品も不足していると言われている。

アフリカの小さな命と言えども、縁を以てこの世に生を享けたのである。

虫けらの如くに捨てられ忘れられて良い筈はないだろう。

ただ思うのは、産児制限の普及も大切な事と思うのだが・・・

”unicef” から毎月の様に封書が送られてくる。

僅かな気持ち程度の寄付でも、子供の命を救えるのです・・・と。

雀の涙ほどの国民年金生活者にとっては、気持ちは有っても出来ない事もある。

とは言っても、子供の命を見過ごすには忍びないとの念から、度々寄付をしている。

戦中・戦後の食生活では大根の葉・芋の茎すら満足に口に入らない生活を経験してきた。

空腹の悲しさ・辛さを ”unicef" が想い出させてくれる。

『菜根譚』は、何事も無い事が一番と云う。但し、食料が無い事が一番とは決して言っていない。

比叡山に登れば、「一隅を照らす」と大きな石碑が建っている。

食糧廃棄率は世界一、無い物はナイ程経済が発達した日本にあって、拝金主義者ばかりが目に付く。

アフリカの困窮から目を背ける事が出来ないのが人情であろう。

細やかな寄付かも知れないが、此れも「一隅を照らす」行為の一つかと思っている。

小さな力でも、全世界の人が手を携えれば困窮からの救済も可能となる。

「一隅を照らす」って、『こんなもんなの~?」



category: 雑感

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恋は売りもの? 


『 むしぶすま 柔やが下に臥せれども 

         妹とし寝ねば 肌し寒しも 』
   藤原麻呂(句)

からむしの柔らかなベッドに寝ていても、一人寝の心は凍えたままで何とも侘しいよ。


2011-10-08 華2342

スエーデン家具で名高い「イケア」の正面にこんなコピーが掲げてある。

家具は売っていても、恋は売っていないのが玉にきずと云うところか?

最近の傾向なのか、早婚と晩婚が極端になったように思う。

早ければ十代半ばで子供を持ち、挙句の果てにシングル・ママ。

遅ければ三十代・四十代、いやいや老いらくの恋もある。

『 恋は売りもの 』 ではないだろうが・・・「 売れ残り 」 なる言葉がある。

生鮮食品じゃあるまいし、売れ残ったっていいじゃないの!!

果物は腐る前が一番美味しいと誰でも知っている。


2011-10-08 華2341

『 釣 書 』 なる物がある。

昔はしばしば目にした事があるが、最近でも書くのだろうか?

魚釣りでもあるまいに、女性を或るは男性を恰も魚釣りに喩えるなんて、

何とも昔の人はウィットがあったのですね~。独身者がお相手探しに使う身上書なのだが。

どんな理由から今日まで独身でいたのか?は知らないが、

この寒さでは、一人寝の侘しさも身に染みる事でしょう。

もう、この辺で身を固めなくちゃと思い立つのだが、こればかりは思うようにはならない。

そこで、釣書なるものが必要になり、誰かキューピッドになってくれる人に頼む事となる。

戦時中は産めよ増やせよと大騒ぎ。現在では少子化が進み過ぎ大騒ぎ。

子供を持つ方が良いのか? それとも子供が居ない方が良いのか? 答えは難しそう。

ここまで独身で来たのだから、最後まで独身で通そうか・・・なんてね。

北海道では-28℃を記録したという。一人寝の寒さも一入でしょう。

触れ合う肌の温もりを知らずに一生を終るのも寂しいものが有るよね。

如何なる暖房より、寄り添う人が隣で寝て呉れる事には適わない。

そこで取る手段が「釣書」なるものなのでしょう。

「釣書」に託す望みって、「こんなもんなの~?」





category: 雑感

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良薬は・・・ 

 『 冬籠り 七曜めぐる こと早し 』  日野 草城(句)

今年の年末も残すところ一週間となりました。

千葉では雪も降る訳でもないが、寒暖を繰り返す日々が続いている。

寒さに思わず家に籠る人も多い事でしょうか?

ヒートテックなる薄くて暖かい下着もあり、ダウンのジャケットも普及した現在では、

ウインター・スポーツを楽しむにも事欠かないのが現状だが、やはり暖かい日が懐かしい。

ブログの更新も早や二十日間の時間が流れましたが、気を取り戻し再出発しようと思っている。

『 良薬は、口に苦し 』

2011-10-08 華2338

免疫力を高める為に千葉大医学部・和漢科を訪ねて久しくなる。

驚いたのは、私が立派な冷え症患者と言われた事だ。

女性特有の病気と思っていたので、思わず ‟うそ~” と声が出そうになったのも二年前の事。

今年の夏にはバテないようにと生薬を煎じて飲んでいたが、これが苦くて渋くて飲みにくい代物だった。

お蔭で今年の夏は夏バテもなく体重も思ってた程は減少しなかった。

漢方様々だと思っていたが、二か月前からは手足のしびれ解消と目眩・立ちくらみ解消用に、

煎じ薬を中止、顆粒の新しい漢方に変更した。

『 漢方に、副作用は無い 』?

2011-10-08 華2339

あの苦くて渋い、とっても飲みにくい煎じ生薬から解放され、やれやれと思っていた。

顆粒の漢方を始めて半月ほど経った頃からか、首の回りや腕の中ほどが痒くなり赤味を帯びだした。

乾燥肌になったのか?と思い、乳液を擦り込めばなんとなく症状が軽くなるようにも思えた。

昼間はそれほど感じないのだが、夜ベッドに横に成ると顔のあちこちに痒みを覚える。

一週間前に再診に行った折、医師が「痒みはありませんか?」と・・・「副作用ですね~」と。

昔は漢方には副作用が無いと言っていたが、最近では漢方にも副作用は立派に有る事は知っていた。

まさか~と思ったが、どうやら本当に副作用ではないかと思い、昨日から顆粒も止めている。

今は、首と腕の痒みと赤味は少なくなったが、依然として顔には痒みが残っている。

更に悪い事に、瞼の上下が痒く少々赤く腫れている。顔全体が痒い症状も残っている。

『 それでも、漢方は止められない程有難い 』

胃癌の手術で胃の3/4を除去し、術後から二週に一度抗がん剤投与と医者から言われたが、

実行せず漢方の服用で今日まで元気に過ごさせて頂いている。

当然、病名発覚後から手術の日まで、入院中も家で煎じた漢方を服用していたのは当然だが・・・

「風邪は万病の元」なら、「漢方は万病の薬」と私は思っている。いや信じているのか?

漢方薬の効能効果って、「こんなもんなの~?」

ただし、そこいらにある漢方薬店や漢方薬剤師は信じていないのだが、ね。

何事も信じるに足る専門家を見つける事が先決問題でしょうか・・・


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死ぬ幸福 

『 年の瀬や 水の流れと 人の身は 』

両国橋で其角は、煤払いの笹竹売りに変装した源吾と、バッタリ出逢う。

その姿の変わり様に驚き詠んだ句だ。

『 あしたまたるる その宝船 』

討ち入りの事を知らない其角は、変わり果てた姿を見て、驚き詠んだ句だが、

源吾は、明日の討ち入りの事を知っていたので、希望に満ち「宝船」と返句している。

歌舞伎で有名な一場面の台詞として使われている。


HokusaiChushingura[1]
                        葛飾北斎(画) 討ち入りの図

今年も早や師走となった。

毎年恒例の年末のテレビ番組では「忠臣蔵」が放映される。

『仮名手本忠臣蔵』を元に脚色したもので、毎回、浅野匠守か大石内蔵助が中心人物で、

台本はいつも、吉良上野介を悪役として捉えている。

『 あらたのし 思いは晴るる 身は捨てる

         浮世の月に かかる雲なし 』
  大石内蔵助(辞世の句)

君主の敵討ちを果たした内蔵助の心境は、此の句からしても理解できるが、

果たして理不尽な討ち入り(吉良側では、きっとそう感じている)を喰った吉良邸では、

辞世の句も読む暇さえない上野介の無念さは、いかばかりのものであっただろうか?


2011-10-08 華2331

そんな思いを抱きながら、本所松坂辺りを散策した。

赤穂義士遺跡『吉良上野介義央の上屋敷跡』を訪ねてみた。

吉良邸は、8400㎡を占めるほどの広大な屋敷だったが、

時代が下るとともに一般民家が建ち並び、其の面影は完全に消え失せた。


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昭和9年、地元の有志が遺跡を後世に残し伝えようと、旧吉良邸の一画を購入。

現在は史跡公園として広く一般人に開放しているが、その狭さには少々驚く。


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左側には稲荷神社が祀ってあり、この祠は吉良家・家臣二十士の菩提を弔っている。

その右側に少し見えるのは古井戸で、『首洗いの井戸』と言われ、上野介の首を洗った井戸である。


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吉良上野介の彫刻が誇らしげに祀ってある。


家臣は主君の為にだけ尽くし、忠義を誓うからこそ割腹を見据えた ‟仇討” も出来た。

「忠臣蔵」では武士の美学として仇討を捉えているが、余りにも一方的な見方ではないだろうか?

現代人の人生の歩み方をみていて、いつも腑に落ちない思いがあった。

『死ぬ幸福』を考えないし、知ろうともしない事だ。

結果、『生きる幸福』さえ失っているように思えてならない。

大石内蔵助・辞世の句を読むにつけ、潔さと未練を再考する気持ちにもなる。

何はさておき、『死ぬ幸福』の為の目的と目標があれば、『生きる幸福』は手の内に・・・

人の一生の生き方なんて、「こんなもんなの~?」

category: 雑感

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教師は辛いよ 

『 初しぐれ 猿も蓑を ほしげ也 』    松尾芭蕉(句)

伊勢神宮参拝を済ませ、生まれ故郷の伊賀への帰り道。峠の茶屋で詠んだ句。

‟猿蓑塚”に芭蕉の句碑として残っている。


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茶店「いのはな亭」

千葉都市モノレール・県庁前駅から7分も歩けば亥鼻公園があり、その一角に茶店がある。

少々歩き疲れたので「おやすみ処」で、糖分補給に ‟おしるこ” を一杯ご馳走になった。

『 茶 屋 』    茶店と同義語で使われているようだ。

主に旅人の客にお茶を出して休憩させる茶店の事で、「峠の茶屋」の名前で親しみがある。

『 天草の 後ろに寒き 夕日かな 』

「おい、と声をかけたが返事がない」

野出峠と鳥越峠の茶店を舞台に書かれた 夏目漱石の小説 『草枕』 の有名な一節。その折の句である。


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茶店「いのはな亭」の庭園。

左の建物は6畳と8畳の和室が設えてある。庭園を眺めながらの茶会・句会・歌会・ご会食に如何ですか?


ちょっと変わった名前の茶屋  『 色 茶 屋 』

オーソドックスな水茶屋が増えると共に、茶屋に偽装し、遊女を置いていた売春茶屋が出現する。

京阪神地方で発達し、大阪の堀江・曽根崎が知られている。


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茶店「いのはな亭」の坪庭。 赤く色づいた南天の実が初春を迎える準備を見せる。


もっと変わった名前の茶屋 『 陰 間 茶 屋 』

元禄時代の中の頃、陰間が売春するお茶屋が出現する。

陰間・・・歌舞伎における女形を修行中の男の子。

料金は非常に高額であり、武家・商人・女色を禁じられた僧侶・お金持ちの後家、

など等、裕福な特殊階級御用達であり、一般庶民などが手を出せる代物ではなかった。

江戸では本郷・日本橋、 京都では宮川 そして大阪では道頓堀がその名を馳せた処だ。


2011-10-08 華2325

おやすみ処 「いのはな亭」 から50mの所に、少女の銅像が見える。

少し頭を持ち上げ、目は伏し目がちで、お行儀の良い、何とも可愛い少女である。

秋の終わりの落ち葉が、もの寂しさを増幅させる。


『 教師とは 悲しきものか 老いつつも 

  ひとりひとり 児ら忘られず 』



2011-10-08 華2326

少女の銅像の傍に建つ、「教師とは」 の記念碑。

その昔、良く言われた言葉に、「でもしか教師」と・・・

何も取り得が無いから、教師にでもなるか。

何も出来ないから、教師にしかなれないか。

時代が変われば変わるもので、就職は公務員希望者が一番多く、教師も人気が高い。

志の無い人間が、公務員や教師に成るから、ロクな事にならない。

此の碑の句を読みながら、中学生の時の教師の事を想い出した。

入学式が終わり教室に入ると、教壇そこには一升瓶と竹刀が・・・

生徒の後ろには父兄が建ち並んでおり、皆が皆、一同に驚いた事だった。

三年間の学生時代が終わり、当時は「お礼参り」と云い、卒業式後、憎き教師を痛めつける習わしがあった。

此の担当教師は、生徒の誰からも慕われ、当然ながら私も一番好きな教師だった。


少女の銅像と記念碑を眺めながら、つい昔の事が懐かしく思われた。

教師の変わり様って、「こんなもんなの~?」



category: 雑感

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江戸の人々 

『 火事と喧嘩は、江戸の華 』

2011-10-08 華2317

纏いを振りかざし、威勢よく駆けつけるは ‟め組” の火消組なのか?

喧嘩にしても、火事にしても、自分に被害が及ばなければ、大きい程面白いものだろう。

周りの野次馬に囃されて、一段と男心に火もついた事だろう。

2011-10-08 華2324

男は祭りをそうさ かついで生きてきた
         ・
 男は祭りでそうさ 男をみがくんだ
         ・
 燃えろよ涙と汗こそ 男のロマン

                     北島三郎 歌「まつり」

江戸の華は、”火事” と ”喧嘩” と, そして ”祭り” なのだろう。

祭りに山車と山鉾は付き物だ。神輿もそうだが・・・

此処は神が降りてきて宿る場所なのだ。神が乗り移り鎮座する清浄な場所なのだ。

最近の祭りを観ていると、屋根の上に人が載り、時として騒ぎまわっている事さえある。

何時の時代から、此の勘違い行動が始まったのか?


2011-10-08 華2318

江戸時代の大工の家の内部が再現されている。

その昔は、小工・中工を束ね指示指導するのが大工であった。

東大寺や法隆寺を造った大工は、途方もない人数の職人を束ね指図をしていたものだ。

現代の大工は、一流の宮大工を除けば皆、技術も無く小工と化している。

せめて棟梁との呼び名で充分だろうか? 木造建築の職人の頭に過ぎないのだから・・・


2011-10-08 華2321

浮世絵師が食い扶持を稼ぐために、筆を執っている情景だが、

面白いのは、オカミサンの訝しげな顔つきだ。

「そんな描き方で、売れるのかね~?」と言わんばかり。

それにしてもキセルを持つ手が、おっかないオカミサンを良く表している。

いつの世も、亭主は辛いもんなのだね~!!


2011-10-08 華2319

自宅で出産の情景模型。

少子化が叫ばれて久しくなる。老老介護の問題も何とかしなくては・・・

産婦人科病院なんて無い時代は、何処の奥さんでも自宅で出産が一般的だった。

‟産婆さん” が自宅に訪ねて来、家族がお湯を沸かしお産の手助けをしたものだ。

‟助産婦” さんと云うハイカラな呼び名も無い時代だった。

お産を済ました奥さんの安堵した表情は良いとしても、主人と息子の顔の表情は何とも物足りないね~。


2011-10-08 華2323

歌舞伎の出し物は「助六由縁江戸桜」。

歌舞伎が庶民の娯楽の一つだったとは思えないのだが。

現在の歌舞伎座の客を見ていると、高尚な趣味人の娯楽としか思えない節があるが・・・

出雲の阿国が歌舞伎の始まりと一般的に言われているが、それ以前から歌舞伎の土台はあった。

女歌舞伎が元で、時代が下り男歌舞伎が流行り出した。

女歌舞伎の時代には、歌舞を舞うだけではなく、身を売る女性さえ現れだした。

「河原乞食」なんて言葉が生まれることにもなった。

世襲制を引いた現代の歌舞伎は、技術的にも完成されているが、

何か新しい物をという風潮はいつの世でも変わらぬものなのか?

「観劇」と言う言葉があるが、映画ほど大衆化してもなく、「能」と同じく余りにも高尚な見世物となった。

助六の名場面であるが、豪華絢爛な衣装の花魁に目が行く。

八文字を踏んでの場面なのかは知らないが、花魁なんて所詮は・・・

江戸博物館で見かけた江戸の人々の暮らしぶり模型。

IT社会になり、WEBにスマートフォン。

現代人の娯楽の変わり様って、「こんなもんなの~?」





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ささやかな願い 

2011-10-08 華2310

『 殻を一度取収るを 一年とは云なり 』

本居宣長は『古事記伝』の中でこの様に記している。

伝統的に、自然の移り変わりを捉える暦が農耕儀礼と重なって、人々の生活を律してきた。

お祭り好きな国民性を持っている日本人は、春には生産を予祝し、夏には悪霊を追放し、

秋祭りでは収穫を歓び、冬祭りでは火災を防ぎ、四季折々で森羅万象の‟ハレ”を祈願する。


2011-10-08 華2311

古い仕来りや原始的祭りの残っている村々を訪ね歩くと、不思議な祭りの残骸に出くわす事がある。

塵が積もった祠の中では、藁で作った牛や馬。そして真っ白な狐の絵馬が見える。

豊富な畑作の野菜が収穫される季節になれば、牛や馬に感謝をし、

農業の神であるお狐様の絵馬を奉納し、五穀豊穣に感謝の念を表したのであろう。


2011-10-08 華2312

「死者の霊魂は、丸い物に宿る」 と我々のご先祖は考えていた。

その昔、現代の様な五輪の塔を模したお墓の存在は無かった。

亡骸を山裾に捨て行く事を ‟荼毘に伏す” と言い、土饅頭の上には一つの丸い石を置いた。

其の死者の霊魂が返って来る処が、此の丸い石と考えたのであろう。

沢山の石が置いてあるが、何軒かの死者の霊魂の宿る所という事か。

それにしても四本の枝柱で囲い、素朴な藁の屋根を掛けるだけの祠?余りにも素朴である。

此れは以前ペットとして飼っていた動物の霊魂の為なのか?


2011-10-08 華2313

雨に打たれ、風に吹かれ傷んでいるが、此れは動物の亡骸でも埋葬した墓所なのか?

土饅頭には、字は読めないが卒塔婆の様な物が差してある。

懇ろに葬った後に、簡単ではあるが祠を設えたと云う事なのか。


『 現代に生きるアニミズムの世界 』

自然科学の発達と共に、無神論者が増えたと指摘もされている。

神・仏を信じなくとも、依然として神社仏閣に詣でる風習は廃れてはいない。

神社仏閣に縁はナイと言う人々でも、先祖の為のお墓は建立する。

根底に流れる霊魂に対する信仰は厳然としてこの世に存在してる。

2011-10-08 華2314

此の残骸は、恐らく村人のお墓であったに違いない。

誰の物かも判別は付かないが雑に扱う訳のもいかず、外部から魔が入り込まない様にと魔除けが建ててある。

未開社会に顕著であった、宗教文化の原初的形態であると、アニミズムを馬鹿にする者も居るには居るが、

そして、霊魂の存在すら認めようとしないが、果たして、そんな人は如何なる信仰も認めないのであろうか?

アニミズム・・・人間は、霊魂の他に周辺にある動植物や自然に対して、霊魂の存在を認めようとする。

        超自然的は神霊、生霊・死霊をはじめ動植物の霊魂までを精霊崇拝・アニミズムと云う。

村の路傍でよく見かける道祖神や祠、辻辻に祀られる六地蔵尊など、

社会や文化のあり方を垣間見る事は多い。

其処には、必ず 「ささやかな願い」 が込められている。

亡き霊魂をはじめ、地震や風水害・火事・疫病など等、

そして清らかな村中に外敵(魔)が入り込まない様に・・・

現世利益と云えば現世利益を求めるものであろうが、「己の為に」 という意思は其処には無い。

純粋素朴なご先祖さま達の 「ささやかな願い」 なのである。


今年も年末ジャンボ宝くじが一等賞金・前後賞合わせて4億円!!

最先端な時代に生きる現代人は ‟自分だけ良ければ、其れで良い” とばかりに ‟我” を大切にする。

天下安泰・無病息災・五穀豊穣・万民豊楽の願いは何処に消えたのか?

我々の願いって、 「こんなもんなの~?」



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