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こんなもんなの~?

趣味の写真を添えて、日々の『戯言』を・・・

薬膳を召し上がれ 


『 病院へ 通う辛さよ 楽しさよ 』

一か月乃至二か月に一回、千葉大学医学部病院へ通っている。糖尿病と免疫増強とで・・・

外来予約の受付を済ませ、血液検査の為の採血室へ、そして各科の受付へ。

大学病院は街の医院よりは信頼性が高いと、経験からして感じている。

そんな訳でもう4年ほど外来通院しているが、困る事もある。

待ち時間が長い事だ。朝9時に家を出て、帰宅が夕方になる事もしばしば。

三遊亭若園歌師匠の小噺に、こんなのがある。

問診と診察を受けたお婆さん、

「右足が痛いんです。左足も。どっちも痛くてしょうがない」

家に帰ると、嫁さんが「どこが痛いのよ~」と。 するとお婆さんが云うには、

「右の脚も痛い、左の脚も痛い。 でも、アンタとだけは居たくない!」と・・・

待ち時間も使い方一つでは面白くもあり、楽しくもある。

『 医 食 同 源 』

2011-10-08 華2428

永い受診時間なので、昼食は病院内の食堂かレストランで摂るようになる。

和漢診療科長の先生が、和漢診療科とレストランとのコラボで「医食同源メニュー」なる料理を提供している。

豊富な食材で、身体のバランスUP! 『冬のおすすめ薬膳セット』623Kcal ¥980

ひじきと塩昆布のおにぎり  ブリ大根  白菜と豚ひき肉の重ね蒸し  スッポンのコンソメスープ

そして、アロエと大根のフルーツポンチ

2011-10-08 華2429

若くて量が足りない方には、アラカルトで仔牛すね肉のシチューでも召し上がれ。 ¥800

病気になりにくい身体づくりの一助にと、日頃の食事で病気を予防する食養生(薬膳)の考えをもとに・・・

『 医食同源 』 と 『 薬膳料理 』

中国では『薬食同源』と古くから言われていたが、日本ではNHKテレビ放送で初めて使われた造語と云うが、

現在では、中国でも『医食同源』の言葉は通用すると言う。

食の大切さは、字を見ても良く判る。”食” は ”人” と ”食” とから成り立っている。

とは言え、中国で言われているように、「肝臓を食べると肝臓に効く」「心臓を食べれば心臓に良い」

とは、私にはとても思えない。

『医食同源』 と 『薬膳料理』 とは、混同されているきらいがあるようだ。

『薬膳』 とは、五穀・五果・五畜・五菜をバランスよく摂取すれば、身体の精気を補う事が出来ると言う。

そして、漢方医学の生薬を加えたもので、健康維持の栄養食なのである。

稀代の大泥棒・石川五右衛門が云い残した名セリフがある。

『 石川や浜の真砂は尽きるとも 世に盗人の種は尽きまじ 』

浜の真砂が尽きるとも、病が此の世から尽きる事はあるまい。

ならば未病の内に薬膳料理でも頂いて、少しでも余生を伸ばす事といたしましょうか。

「転ばぬ先の杖」って言葉があるが、『薬膳』って、「こんなもんなの~?」



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野梅一輪 


『 色や香や いづれ劣らぬ 桃桜 』  梅宿(句)

色鮮やかに 香りは香しく、どちらも優劣つけがたい桃と桜。

いづれ劣らぬ桃・桜だが、淡く微かな香りと純白の花びらが清楚な野梅。

年明けに我が家にやって来た野梅(やばい)が、一輪の花を咲かせた。

2011-10-08 華2425


『 春は花 夏はほととぎす 秋は月

       冬雪さえて すずしかりけり 』
  道元禅師

美しい自然を大切にし、子々孫々まで未来永劫に自然と共に、

季節の移りゆく趣の深さに感動し、心の支えとして生きて行きたいものだ。

学ぶべき事の多い自然を、どうして人は無視し破壊するのだろうか?

2011-10-08 華2427

今日、咲き始めて四日目の野梅の花々。残る蕾はあと9個か?

『 限りとて 別るる道の悲しきに

        いかまほしきは 命なりけり 』
  源氏物語 「桐壷」

先ほど夜の散歩をしていると、雲一つない空に、煌々と冴えわたる満月に暫し足を止めた。

今朝ほどから、一番先に咲いた一輪の野梅の可憐な花が、

一弁一弁と散りゆく様に命の儚さを思い知らされる。

島倉千代子歌手の、「人生いろいろ、男も女もいろいろ・・・」と云う歌が大ヒットした。

自然に対する人の思いも色々なのだろうが、豊かな感受性の大切さを野梅に教えられる。

『心馬悪道に馳せ、放逸にして禁制し難し』 とも言われる。

人は自分や自分に関わる事には寛大で、優先的に可愛がる習性を持っている。

身勝手な振る舞いをするのは、其の所為だろう。

本当に自分が可愛く、自然の理を知りたければ、先ず足元にある草花から学べと云う事なのか。

太陽や月や雲、風や流れる水にさえも、学ぶべき事は沢山ある。

学校で学ぶ知識も大切だが・・・

大自然が教える智慧って、「こんなもんなの~?」



category: 雑感

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賜杯の行方 

『 日 々 是 精 進 』

『日々是好日』 と云い変えても差し支えないと思う。

大相撲初場所の13日目に行ったのは、優勝力士が想像つく頃だからという事もあった。

ガラスケース越しに優勝賜杯や多くのカップなどが展示されていた。

初場所に向けて正月返上で精進した力士たちと思うが、

誰の手に渡るのか?楽しみの一つでもあった。

2011-10-08 華2423

両横綱の名前が見えるが、どちらかの手に此の賜杯は渡るのだろう。

千秋楽を待つまでもなく、昨日 ”日馬富士” の優勝が決まり、今日全勝優勝とあいなった。

贔屓と言う言葉がある。

白鳳・日馬富士の両横綱がいるが、どちらかと云えば白鳳に優勝して欲しかった。

理由は至って簡単。

品格の問題である。そして白鳳は日本で暮らすだろうが、日馬富士は出稼ぎでしかない。

まぁ、誰が優勝しようが、私の生活には何ら影響はない事だから、どうでも良い事なのだが・・・

2011-10-08 華2424

『 横綱の土俵入り 』

「不知火型」と「雲龍型」とがあるが、日馬富士は「不知火型」という。

露払いと太刀持ちを従えての土俵入りは観ていても綺麗で格好は良い。 でもテレビの方がよく判るか。

そんな事より、日本人力士の不甲斐なさにはほとほと愛想が尽きる。

『 甘やかしの不幸 』

最近、学校でも虐めや教師などの暴力事件の発生が多発している。

相撲界でも以前、師匠の暴力事件が報道された。

スポーツ界では、この手の事件は珍しくもないのだろう。

桑田真澄投手がテレビで、「暴力では強くはならない」と言っていた。

昔から「ハッパを掛ける」と云って、技術の向上を図ったものだが、暴力では無かった。

こんな事件が蔓延る中で、困った事に「甘え」が蔓延る世の中になったものだ。

場所を選ばずスマートフォンに夢中になる若者(大人も同類だが)がやたら目に付く。

「良序公俗」と云う言葉はもはやこの世から消え失せたのか?

一部の若者だけでは済まされぬ。

親は放任主義へと、周囲の者は見て見ぬ振り、無責任が罷り通る時代となったものだ。

「言っても聞かない」のではなく、「言って聞かせて、手本を見せる」。

そして、「させなかった」事だけのことである。

暴力事件を耳にする度に、「甘えの意味するもの」を考えざるを得ない。

暴力と甘えさす事がもたらす結果は、多くの不幸を招くだけの事だろう。

暴力事件の被害者と、甘やかされた被害者。両極にあるのだろうが、

もたらす不幸って、「こんなもんなの~?」


category: 雑感

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大関、復帰ならず 

『 大 相 撲 初 場 所 』

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昨日、大相撲の見物に行った。

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中入りから見物したかったので、午後3時40分に館内に入ることにした。

JR「両国」駅を降りると、国技館へ向かう人で足がぶつかりそうになるほどの人・人の波。

2011-10-08 華2417

館内に入ると、思ったほどの多さではなく、”お茶屋さん” の通りも意外とのんびり。

席に着いてから、お茶・コーヒー、そしてお弁当を買いに・・・

1100円の「稀勢の里弁当」を買ったのはよいが、開けてビックリ玉手箱ならず、

開けてビックリ、「エッ、是で1100円?」 と思わず声が出る。

半分はご祝儀価格だろうと思うが、も少しマシでも良いのではと思う。

『 大関復帰ならず・・・』

13日目を観に行ったのは、大関陥落の関脇 ”把瑠都” の一番勝負と優勝の行方。

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館内が騒然とした。

前頭7枚目 二敗の ”高安” との好取組で、行事軍配が ”高安” に上がった瞬間だった。

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すくい投げで勝ったかに見えた ”把瑠都” だったが、左足が俵を割っていた。

行事の動体視力も大したもんだ。 観客の目は其れを見ていない!!

今日の勝負で大関復帰は露と消え、引き上げる ”把瑠都” の顔が悲しそうに見える。

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生まれて初めて、大相撲の観戦に行ったのだが、迫力はテレビで観ている方に軍配が上がる。

観客の声援や、力士の体を叩く音は、思った以上に迫力は有るが、取組み自体はテレビの方が・・・

弓取り式を終えて、館内を出る時の人の多さには閉口する。

夜風は思ったほど冷たくは無く、櫓から響く太鼓の音にしばし足を止めた。

見ると聞くとでは大違い・・・って言われるが、暫く味わっていなかった感動を胸に・・・

何事も、初体験って、「こんなもんなの~?」


category: 雑感

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女になるには? 


『 所有三千世界の男子の諸煩悩、合集して一人の女の業障と為る 』

2011-10-08 華2411

お釈迦様の最後の説法に「涅槃経」の中に出てくる一文。

釈迦は、人は修行によって悟りを開くことは出来るが、俗世間では多くの誘惑があるから無理であると。

男尊女卑を地で行き、女性の出家は許さなかった釈迦だが、母親の懇願に負け出家を許可したという。

『 女の魅力は魔物 』

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女の身には、なお五つの障りあり・・・と法華経でも言われる。

男は女の感覚的な魅力には勝てないと云う事だろう。

ところがである、僧侶と云えば男性とばかり思っているが、

日本で一番早く僧侶(女性の尼であるが)になったのは、

司馬達等の女善信尼が高麗僧・恵便について出家したのが最初である。

男より女の方が偉いのである。

厳しい戒律の下で修行したのであるが、綱紀の緩みとともに在家のまま髪を短くした ”そぎ尼”、

遊行念仏勧進する ”熊野比丘尼・善行寺比丘尼” が現れ、遂には遊芸民 ”歌比丘尼” が現れ、

ついには尼(比丘尼)は売笑婦の隠語と化すに至った。

「比丘尼の晴れ姿」とは、不似合いな事・必要ない事を云い、

「比丘尼にヒゲ出せ」「比丘尼に櫛出せ」と無理な事を指すようになり、

「比丘尼を裸にしたよう」とは、気の毒で見ていられない事を指すようにまで、尼の品格は堕落する。

『 名にめでて 折れるばかりぞ女郎花 われ落ちにきと人に語るな 』

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落馬した所に、女郎花が咲いていたと云う、何の変哲もない歌。

平安の歌人・僧正遍昭作。六歌仙の一人で「古今集」にある有名な句。

落ちた所に、女郎花・・・此処が問題なのだ。

僧侶の女犯を俗に ”坊主落ち”、古くは ”堕落” と言う。

落馬に引っかけ読まれる「口止めを綺麗にされる女郎花」とか「語るなと詠んだで落ちた事が知れ」とも・・・

『 女 に な る 』

2011-10-08 華2410

今も昔も、男と女。

先日 ”成人式” なるものが全国で開かれた。現代社会では成人は満20歳だ。

昔は平均寿命も短く、子孫を残す其の為に「元服」は12歳~15歳だった。

親から独立し、一人前の男性としてやっていける時期であった。肉体的にも精神的にも・・・

男性の元服は12~15であるが、では女性が一人前の女に成るには?

何年も掛りはしない、女に成るには「ひとつき」で良い。

男は12~15年 女は「ひとつき」。

成人に成れる年月って、「こんなもんなの~?」



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彫刻は何故 ”おんな” 

『 千 葉 城 』

千葉県の県名の元になっている、中世の武士団・千葉氏の本拠地が千葉城なのか?

この一帯は、亥鼻山と呼ばれる緩やかな丘陵地。

330年間にわたり居城した山城で、現在の千葉城は郷土博物館となっている。

「千葉城」と親しまれているが、実はこの城は千葉氏の築城ではなく、堀氏の築城とも言われる。

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新たに造られた城は、鉄筋コンクリートで ”山城” の面影は微塵も感じられない。

随分前の事だが、宮崎県綾町に行った事がある。

婦人生活社刊行の「木の街ウォッチング」カラー4ページの連載記事の取材であった。

日本一の照葉樹林で有名だが、碁盤・将棋盤・弓などの産業も有る。

この綾町に、なんとも言い表せない雰囲気の良い ”山城” があった事を想い出す。

白鷺を思わせると云う「姫路城」、難攻不落の城「熊本城」と、有名な城は数多あるが、

木造造りの小さな ”山城” は、記憶の彼方にあっても其の姿は瞼にすぐ浮かぶ。

『 女の色香に 男は迷いやすい? 』

千葉城跡には、何体かの彫刻がある。

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作家が男だからか、何処の美術館でも野外でも、「裸婦」の彫刻がやたら目に入る。

何時の時代でも異性に心惹かれるのは、犬猫ならずとも人間も然りなのであろう。

カラスが糞を引っかけたのか?どう見ても 「泣く女 」に見えてくるから面白い。

ピカソの絵 「泣く女」は、見方・感じ方では、性の悲しさにも見えるし、怒りに泣く女にも見える。

観ていて飽きないものだった。

『 間(あい)の女 』

2011-10-08 華2406

不穏な雲行きの中、此の彫刻を見ていると、背後から楽しそうな黄色い声が聞こえた。

5人の女学生(高校生か)が私の傍に立ち止り、モデルのポーズを真似ては燥ぎまわっていた。

ふと ”間の女 ” の事が頭に浮かんだ。

本来の意味は、茶屋の女でもなければ、遊女でもない。 どっちつかずの不思議な女と言う事か?

少し前に巷を騒がした言葉があった。「援助交際」だ。

未成年の女子が、小遣い稼ぎに行う売春とでも言えようか。

正しく現代版 ”間の女” と云える。

共に此の彫刻を観ている、この女子高生を横目にフト思った。

援助交際って、高校生が売春をするのではなく、売春婦が高校で勉強しているだけの話ではないか?

物の見方、考え方、捉え方を変えれば、深刻な事態も面白く感じる事が出来る。

右でもナイ、左でもナイ。中庸な見方って、「こんなもんなの~?」


category: 雑感

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変わる言葉の意味 

2011-10-08 華2405

『 横 綱 町 公 園 』

大相撲・初場所も今日で中日を迎え、白鵬は一敗、日馬富士は全勝。

人気低迷の中にあって、初場所は満員御礼も出るほどの盛況ぶりだ。

国技館の横には旧安田庭園があり、通り過ぎると「横綱町公園」が目の前に。

『 水 門 跡 』

江戸時代に、此の庭園が造成された。水門があった場所からはスカイツリーが良く見える。

隅田川から水を引き込み、潮の干満によって池の水位を上下させ、見え隠れする岩や護岸を、

また浮沈する島などの景観変化を楽しんだものだ。

「潮入」と呼ばれ、現在では浜離宮のみで楽しむ事が出来る。

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『 慰 霊 堂 』

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「東京大空襲犠牲者を追悼し、平和を祈願する」慰霊堂である。

総理大臣の靖国神社参拝に、イチャモンを付ける全く不思議な国がある。

戦争犠牲者を追悼して、どこが悪いのか? 戦争を始めるとでも云うのか?

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裏側に回れば、そこは三重塔が聳えている。納骨堂形式になっているのか?

記憶の彼方に消えそうだが、二十年前には神戸淡路大震災が発生し、此の度追悼記念式典が開かれた。

一昨年3月11日には、東日本大震災・原発爆発という被害甚大な事件は未だ記憶に新しい。

再来月11日には、三回忌追善法要が開かれる事だろう。

「災難は、忘れた頃にやってくる」とは昔より言われ続けているが、

「喉元過ぎれば、熱さを忘れる」とも言われる。

好むと好まざるとに、災難と死はやってくるものだ。

不幸にも災難や戦争などで、犠牲になった人々の霊魂を追悼する事は、人間として当然の事である。

『 鐘 楼 』

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「幽冥鐘」と呼ばれ、中国の仏教教団などから、贈られた鐘らしい。

『 置 い て け 堀 』

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この辺りは、幕府の資材置場で御竹蔵があり、周りは掘割が巡らされていたと云う。

ある日、この辺りの堀で魚釣りをし、沢山の魚が獲れたので、気を良くして帰ろうとすると、

”置いてけ~!” という怪しげな声がした。

逃げるように家に帰り、恐る恐る魚籠を覗くと、釣れた魚が一匹も入っていなかった。

本所七不思議の一つ、「置いてけ堀」と言われる所以だ。

『 因 業 と 果 報 』

苦楽の果報をもたらす善悪の行為を、”因業” と云う。

犠牲者の霊魂を追悼する善意の行為。

この場合は、死者の霊魂が成仏し蓮の台に昇る事を祈るのでしょう。

よもや、善行をしたのだから、何か良い事が自分に有るようにとの願いではあるまい。

「因業婆あ」 とか「因業爺い」 とか言う言葉がある。

陰口・悪口を云う時に使う言葉。

”因業” と言えば、悪の連想。”果報” と言えば、善の連想。

「果報者」と云えば、大変幸せな人となる。

”因業” と ”果報” に、元々善悪の意味は無いだろうに・・・

元の意味と、使われる言葉の意味の違いって、「こんなもんなの~?」



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カステラの想い出。 


カステラ一番 電話は二番 

    三時のおやつは、ホニャラ・ラ・ラ~


戦後間もない子供だった頃、普段の食事にも事欠いた時だった。

小学生一年の時、進駐軍のジープや戦車が学校の傍の国道を進んでくる音が、授業中の教室に響き渡る。

全員が教室を飛出し、アメリカ軍兵士が投げてくれる、ガムやチョコレートやクッキーなどを拾う為に・・・

甘い物といえば、砂糖をスプーンの中で溶かし固めた ”カルメラ” や ”ビスケット” ぐらい。

昼の ”おやつ” といえば、政府が配る食券を持って近くの米屋に。

堅くて美味しくないアイロンの形をしたパンや乾パンと引き換え、貪ったものだった。

偶に風邪等引き寝込むと、片栗粉をお湯で溶かし砂糖を少しばかり入れた、なんとも貧相な物を・・・

時代が少しばかり下ると、バナナや菓子類も手に入るようになるが、満足な物は未だなかった。

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先日ある方から、「カステラ」を頂いた。銀座文明堂製『五三加壽天羅』を・・・

桐箱の包装紙に、何やら解説書のような物が挟んである。 

カステラには、五味を含むと珍重され、江戸時代より大極上品として扱われていた、

五三(ごさん)カステラが御座いました、しかし其の製法の難しさ故に、いつしか幻の味となりました、と。

頂いたカステラの説明書を読み進んでいると、このカステラの製造監修は、森 幸四郎氏とある。

平成六年に、食の人間国宝・フードマイスター賞を受賞された方が昔の味を復元製造との事だ。

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桐箱は厳正に封がされ、森 幸四郎氏と製造責任者並びに検品責任者の印が押される程の丁寧さである。


戦後子供心に食べたかった物に、バナナとカステラがあった。

一つの物を頂くにも、兄弟仲良く同じ大きさ・・・これが度々問題を起こした。

俺の方が小さい、いや私の方が小さいと、同じ大きさに分ける事はまず無理なので、大きさに大小が生じる。

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此のカットは、撮影の為に一切れのカステラを二つに切った為に、見栄えは悪くなった。

そう云えば、最近のカステラの多くは、この様にカットされたものが多い様に思われる。

『 カットは、喧嘩をしない為か? 』

一斤のカステラが10片に切ってある。

切り分けてないカステラは、確かに食べ難い。ナイフで切ってもなかなか綺麗には切れないし、

底に張ってある紙に、一番おいしい部分が付いていて、育ちの悪い私などはナイフでこさいで食べる始末だ。

ふと思ったのであるが、10片に切り目が入れてあるのは、

大きい、小さいと、兄弟喧嘩をしないで済む為なのか?

それとも、盛り付けた時の美しさの為なのか?

いずれにしても、良いアイディアである。

こんな些細な所にも消費者を思う企業側の心配りなのか。

歳を取り、糖尿病の私には1片のカステラでも大き過ぎ、更に半分を頂くようにしている。

其れとも、戦後の食べる物が無かった事の想い出が、そうさせるのか?

こんな超高級カステラなんて、今まで食べた事も無い。

頂き物とは云え、こんな上品な物が口に入るとは、時代だね~。

長生きをするメリットとは、「こんなもんなの~?」



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嘘も方便? 


『 情 報 化 社 会 』

百年一日ではないが、流れの速い社会にあって飲み込まれ、取り残される不安に駆られるのは、

老人ばかりでは無い。

確固たる価値観も持たず、かと云って思考の身軽さをも持ち合わせてない若者達にとっても、

生き辛い世の中になったものだ。

『 嘘をついたら、閻魔さんに舌を抜かれるぞ 』

子供の頃に、親から嫌と言う程聞かされた言葉だ。「針千本、飲まされるぞ」とも・・・

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ポール・エクマンの著書に、『子供は、なぜ嘘をつくのか』という本がある。

体も無い子供の嘘は、自己防衛の手段の場合が多いが、親が採るべき手段としては難しい問題だ。

真実の嘘ならまだマシだが、世間話は 「嘘に嘘を重ねた、嘘の上塗り」 の場合が多い。

サービス精神でつく嘘には、騙される被害者も多くは無く、実害も少ないだろう。

罪を作る嘘の一つに、男と女の仲の嘘がある。結果は悲惨な結末を迎えることが多いようだ。

異性を手に入れる為の嘘も、何時かはバレルものなのだが・・・

『 人を見たら、嘘つきだと思え 』

どんな話も鵜呑みにするな!!という警告だろう。

胸に仕舞っておけない輩が多いのが世の常だから。身の回りには危険な嘘がいっぱいと云う事だろう。

『 嘘 も 方 便 』

嘘をつく人も、嘘を聴かされる人も、”嘘”と判ってはいるが、

その ”嘘” が、心に安堵感を齎す場合がある。

最近、有名人の逝去が報道される。

弔辞を聞いていると、それ程の気持ちがあったのなら、「何故、生前に・・・」とよく思う。

此の弔辞を始め、”嘘” のようには聞こえない ”嘘” もある。

”お世辞” という類の ”嘘” であろうか。

相手に良かれと思ってつく ”嘘” なんて、「こんなもんなの~?」



category: 雑感

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春よ来い 

『 秋 深 し 』

晩秋の大気も冷たさを日々増してくる頃となると、惜しみながらも

自然の移ろいを受け止め、ものの哀れを誘う。

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田畑の収穫も終わり閑散とした中に、真紅の唐辛子・朽ち果てたホウズキに、寂寥感も深まる。

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深まる秋の終焉を感じると、いよいよ冬の到来に、

時として心にぽっかりと穴が開いたような気持にさえなる。

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凍てつく朝に、微かでも温もりを感じた秋が懐かしく思われる。

春よ 遠き春よ まぶた閉じればそこに・・・

松任谷 由美 「春よ、来い」 ではないが、誰しも春の到来を心待ちにしている昨今だ。

まぶた閉じれば、春の足音は確実に聞こえて来そうなのだが、今年の冬の寒さでは其れも無理なのか?

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                                昨年撮影の山里風景

房総半島には一足先に春がやって来る。

春を心待ちにしているのだが、今年は春の到来も少々遅くなるのか。

『 三寒四温を 待てる 紅梅かな 』

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「這えば立て、立てば歩めの 親心」と、昔より親が子の成長を願う気持ちの表れだろう。

一年の自然の流れは、春から夏へ・夏から秋へ、

秋が来れば直に冬となり・また生き物が命を吹き返す春が来る。

四季折々の変化が楽しめる我が国土。

農耕民族の日本人は、此の四季の変化に感謝し、営みを延々と続けてきたのである。

銃の発砲事件が世間を騒がすアメリカ。狩猟民族唯一の悪癖なのか?

農耕民族の我が民は、「和」を最も重視する民族だ。

変化に富んだ季節の中で、農耕で歴史を繋いだ温厚な気性は培われたのだろう。

そんな民族でありながも、秋が過ぎ冬の訪れを経験すると、陽気な春を待ち焦がれる。

色んな意味で、人間って本当に身勝手な生き物ですね~。

季節の移ろいの中で、人間の本質の一部を垣間見たような気持ちになる。

心の深淵に潜む、人間の我儘って、「こんなもんなの~?」


category: 雑感

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願いは、叶うのか? 

『 柴 燈 護 摩 』

修験道独特の護摩。

山伏問答で始まる柴燈護摩で、燃え盛る護摩木は人間の骨の数と同じだと云い、

火箸作法により六根を浄化し、煽火の作法で煩悩を燃やし尽くすと云う。

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新年の柴燈護摩祈願が或るお寺で執り行われた。

一連の修法が終わると、「火渡りの行」が行われる。

修験道に伝わる色々な祈願法の中でも、特に良く知られるのが「火渡りの行」だろう。

行者は、願趣を祈念した護摩札を頭上に捧持し、熾火の中を渡るのであるが、

”不動の三昧”の境地にあると言われる。

『 護 摩 の 灰 』

護摩木の燃え残りや灰を用いて「お守り」にする風習・信仰があり、

高野山・奥の院で焚かれる護摩の残り灰が、最も有名であった。

高野聖の出立で、”弘法大師が焚かれた護摩の灰”と偽り、押し売りをして歩いた者が横行した。

変じて、騙して押し売りをする者を「護摩の灰」と呼ぶようになった。

戦後間もない頃に流行った押し売り者がいた。

其の切り出しセリフは、「先日、刑務所を出所したばかりです。生活費の為にゴム紐など売ってます。

人助けに何か買ってくれ」と・・・

その販売方法には、文字では伝わらない脅迫言動が潜んでいた。

気の良い正直者は迂闊にも買ってやるのだが、ゴム紐は一二度使うと緩むし切れる代物だった。

護摩は護摩でも、”護摩祈願” と ”護摩の灰” とでは大違い。

『 聞くと、見るとでは、大違い 』 って云うのも、「こんなもんなの~」



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凍てつく朝 

汽車を待つ君の横で僕は 時計を気にしてる

  季節外れのゆきが降っている

  東京で見る雪はこれが 最後ねと・・・

                        「なごり雪」 イルカ(唄)

最後のなごり雪ではないが、昨日は吹雪の中に舞い散る雪が人々を苦しめたようだ。

今朝7:00に目覚めたので、カメラを肩に近くの駅まで散歩に出かけた。

2011-10-08 華2389

7:25 快速「東京行」に乗るべく駅に急ぐのか?

昨日降り積もった雪も今朝の寒さのせいでシャーベット状になっている。

凍てつく今朝の通勤風景の一コマだが、”転ばないように!”と思わず言いたくなる。

2011-10-08 華2387

寒さなんかものともしない子供だと思うのだが、今朝の寒さは尋常ではなかったのか、

どの子も・どの子も、肩をすぼめ気を付けながら足早に学校へ・・・

2011-10-08 華2388

赤ちゃんを乳母車に載せ、先を急ぐ若いママだが、凸凹に凍り固まった歩道では思うように歩は進まない。

ガタガタ・バリバリ、氷を踏みしめる乳母車の音を聞くだけでも、今朝の寒さが身に滲みる。

2011-10-08 華2390

散歩を終え我が家に帰ってみれば、マンションの中庭では子供達の騒々しい声が響いていた。

マンション内にある保育所の前が、なだらかな丘になっている。

雪で全く姿を消した緑の芝生も、純白のゲレンデへと一変していた。

橇を楽しむ子供達の声である。

雪やこんこ あられやこんこ 降っても降っても まだ降りやまぬ

   犬は喜び庭かけまわり 猫はこたつで丸くなる
 

行き交う人々の中に、犬の散歩をしているお年寄りがいた。

こんなに足元の悪い中、今朝ぐらいは散歩をしなくても・・・と思うのだが。

文部省・唱歌「雪」、ふと思い出すよね~、こんな寒い朝では。

猫でなくても、出掛ける必要が無ければ、両手両足をコタツの中へ、

そして炬燵の上には、熱燗の一杯でもあれば、最高だよね~(私が下戸でダメだが)。

私も歳を取り、足元不如意になった昨今。

行き交う人々が転んで怪我でもしなければ良いが・・・此れを老婆心とでも云うのか?

凍てつく朝の散歩って楽しくも有り、面白くも有る。

散歩の効用って、「こんなもんなの~?」




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行きは良いよい、帰りは・・・ 


『 明日は小正月 』 とは言え、旧暦の話だが・・・

小寒を迎え、寒稽古の模様が報道される時期になった。

寒中水泳などの厳しい寒さの中での心身の鍛錬、この風習は未だに健在なのだ。

「セリ・ナズナ・御形・繁縷・仏座・スズナ・スズシロ、これぞ春の七草」

七草粥を食べ、一年の健康を祈ったのか?

萌え出たばかりの若草の芽を食す事で、新しい生命力が湧き出る事を願ったのでしょう。


2011-10-08 華2386

『 山の日は 鏡のごとし 寒桜 』  高浜 虚子

冷たい風の中に凛として咲く風情が楽しめる、「冬桜・寒桜」。

初冬に咲く淡く儚い冬桜。

濃い桃色の花を咲かせる寒緋桜。

冬に咲く花々には、寒さの中で仄かに暖かさが味わえるのだが、

今日の寒さは異常であった。

25㎞離れた所に私用があって出掛けなければならなかった。

『 行きは良いよい、帰りは恐い 』

午前10時に出掛ける時には雪もなく、想う程の悪天候では無かったので、約1時間

用件を済ませ帰路に就く午後0時20分。本格的に雪が舞い猛吹雪の様相を呈していた。

一面真っ白な世界に僅かに車の轍が見える。外気温度1℃とは初めての事か。

後輪駆動の車なので、果たしてスリップ無しで、無事に帰宅出来るのか不安が少々。

緩やかではあるが、上り坂も下り坂もある。途中でスタックしているトラックもいた。

大渋滞・通行止めを掻い潜り、なんとか我が家の車庫まで辿り着く事が出来たが、

25キロの道程に4時間10分とは、初めての経験か?

思わず口を突いて出て来る言葉は、「只今、無事に帰還しました」・・・

心配した妻がエレベーターまで足早にお迎えと相成った、今日のお出かけだった。

雪の日の交通マヒって、「こんなもんなの~?」



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趣味は・・・ 

『 雪寒み 咲きには咲かぬ 梅の花

     縦し この頃は さてもあるがね 』
  作者不詳

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                随分昔に撮影した梅の花

先日、我が家にやって来た野梅(やばい)の古木。

十六個の小さな小さな蕾を付けたまま、寒さの為か、ちっとも咲く様子を見せない。 

もう咲く・もう咲くと待ちわびているのに・・・

小田原鋳物の研究をしている方が、小田原に3000坪の梅園を持っている。

一昨年・昨年と訪ねたく思っていたが叶わなかったので、今年こそはと考えている。

お正月を松竹梅の盆栽で心穏やかな新年を迎えたが、その紅梅もここ数日で散り、寂しさばかり・・・

暫く好天気であるが例年になく寒さが厳しい日が続いていたが、

明日は、雨か雪へと変わり最高気温も6℃と天気予報が伝える。

『 うらさぶる 情さまねし ひさかたの 天のしぐれの 流らふ見れば 』

雨雪の鬱陶しさ思えば、心の底まで濡れるようだ。

初冬に降る小雨でも寒さがひたひたと心寂しくするものだが、

風が吹き荒び、雪ともなれば侘しさは一入であろう。

梅・桜・桃・藤・紅葉、と季節季節で美しい姿を見せる花木も良いが、其の美しさも一時か。

我が家の「真柏」は、盆栽展に飾った以後、針金賭けの為師匠の家へ。

2011-10-08 華2375

黒松の盆栽である。 樹齢も100年近い老木。

一年中緑で、姿も雄々しく見応えのある黒松の盆栽。

こんな美しい盆栽が我が家にやって来る日もあるのか?

2011-10-08 華2383

私の「何をするにも、先ず道具を揃えなければ・・・」と言う性分。

とは知りつつは、「此れまでの道具は要らないか? どうせ使い切れない腕なので」とも思う。

此れと言って、無駄使い(自分では思っている)はしないので、

妻も「性分だから仕方ないのか」と思っているのだろう、一言の文句も嫌みも云わない。

師匠は左の三つは使うが、右の二つが早く使えるようになるとイイがね~、と・・・

老後を元気に過ごすには、お金のかかる三つの趣味を持て!!とは、誰かの言。

一昨年前まではオーディオに、昨年はカメラに、そして今年は盆栽に・・・

前の二つには、此れからはお金は掛らない。

新しく始めた盆栽。 此れから先どれだけの負担が掛るのか? 空恐ろしさも感じる。年金生活だから。

女房は此れと言った趣味は持っていない。

敢えて言えば、「貴方の趣味が、私の趣味」と偶にはバカを云うが・・・

男の趣味ってお金が掛る。困ったものだが、「こんなもんなの~?」



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二番でも、三番でもいい 

『 スーパー・コンピュター 京 』

民主党政権の時、「二番じゃ~ダメなんですか?」 このセリフで一躍衆目の知る所となった 『京』 である。

先日NHKの放送で此のスパコン 『京』 が取り上げられいた。

数値風洞・地球シュミレーション・計算科学など等、学術・産業分野に威力を発揮するらしい。

計算能力は毎秒、1の後に0が16個もつく 『京』回のスピードを誇るという。

「二番じゃ、ダメなんですか?」 と言われたが、昨年計算能力は世界で三番に陥落した。

結果、「三番でも、イイじゃ~ないですか」に入れ変わろうとしている。


『 阿羅漢の 鉢の中より 雲雀かな 』

禅僧・小林一茶が、此処房総「日本寺」に立ち寄った折に詠んだ一句である。

2011-10-08 華2385

奈良時代、聖武天皇の勅詔と光明皇后の勅願によって、行基菩薩が開創した関東最古の古刹である。

法相宗~天台宗~真言宗~曹洞宗へと度重なる転宗をした。

かっては七堂、十二院、百坊を完備し、良弁僧正や慈覚大師・弘法大師なども此処で修行したという。


『 日本一の大仏(磨崖仏)』

2011-10-08 華2384

薬師瑠璃光如来であり、宇宙全体が蓮華藏世界たる浄土であって、世界平和・万世太平の大象徴として、

江戸時代に風雪に耐えかねで崩壊したものを、昭和44年の復元彫刻されたもおである。

奈良時代の磨崖仏で日本一なら、当然国宝に指定される筈だが、再現されたものだから残念ながら・・・


『 二番じゃ~、ダメなんですか? 』

好きなんだよね~、『日本一』 って言葉が。 二番でも、三番でも、イイと思うのだが・・・

双璧・両輪と言う言葉も有る。一番と二番が仲良くする事で成り立つ事も有る。

此処、「日本寺」 には、千五百羅漢・百尺観音・お願い地蔵尊・聖菩提樹など見るべき所は多くある。

「日本一の大仏」 を観ながら、ふとこんなセリフを思い出した。

『 一番は恋人、二番が女房 』

一番好きな女性は恋人にするのが良い。

妻にするには、二番目に好きな女性が良い。

何事も、一番が一番良いとは限らないのだろう。

『妻を娶らば才長けて、見目麗しき情けあり』

一番でも、二番でもナイ、妻を選ぶ条件って、「こんなもんなの~?」



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誰か、教えて~ 

『 臨 死 体 験 』

一昨日、82歳になるご婦人と話をしていると、「私、何年か前に臨死体験をしました。

極楽の入り口まで行って来ましたよ。其処は観た事もない程の美しいお花畑でした。

その時、父と母とが逢いに来てくれました。ただニコニコしているだけで、

何も話はしませんでしたが・・・」 と。まぁ、こんな内容の話でしたが。


2011-10-08 華2382

臨死を体験し、極楽(もしくは地獄なのか?)の入り口まで行った経験も無い私には、

「そう~でしたか」 と返事するより方法は無かった。

西方極楽教主・阿弥陀如来の仏典に、『阿弥陀経』なるものがある。

極楽がどんな処か紐解いてみた。

「極楽とは、周りが四寶で囲まれ、七つの宝の池があり、八つの功徳の水をたたえ、

 池底には金の砂が敷き詰められ、周りは金・銀・瑠璃・玻璃で取り巻かれ、

 其れはそれは綺麗な蓮華が咲き乱れ、絵にも描けない美しさ・・・」らしいです。

まぁ、そんな綺麗な極楽浄土に一歩手前とは云え、行って来たとの話だった。

そこで、フト思ったのであるが・・・

『 ど ち ら が、 年 上 ? 』

逝去した時の、父親の歳は66歳との事であった。母親は78歳で逝去という。

冥途では歳を取らないものと聞き及んでいるが、そうだとすれば、

極楽の入り口で逢った父と母は、66歳と78歳。

臨死体験し再会した時のご婦人の年齢が82歳・・・

歳老いた自分が、若い両親と極楽で再会すれば、親より子供の方が年上になるの~?

”まぁ、どうしてお前は、そんなに老けたの~?”と両親が訝しがるのでは?

極楽では、生前の歳と死後の歳との関係は、どうなるの?

何とも摩訶不思議な思いにさせられた日だった。

誰か、答えを教えて~!!

冥途での再会って、「こんなもんなの~?」



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コマーシャリズム 

『 コマーシャリズム 』

商業主義・営利主義と解釈される。

企業ブランドの構築、商品販促効果の増幅などに使われる事が多い。

最近のテレビ、特にBS放送はコマーシャルの為の放送のような体を成している。

有名人を起用する場合も多いが、最近特に目につくのが、モデルクラブの素人.

一般人が消費者の振りして、”私も愛用者です” と言わんばかりに。

映像を見て、セリフを聞いて、心地よいコマーシャルもあるが、

罪作りなコマーシャルのなんと多い事か・・・

騙す企業が悪いのか? 騙される消費者がバカなのか?


2011-10-08 華2381

『 壁があったら殴って壊す。 道がなければこの手でつくる 』

本田圭佑選手と、ミズノのサッカー・シューズ

暗に言わんとするところは、これほど良いシューズはありません。 貴方もスランプを乗り越えられる。

そんな事を伝えたいのであろうが、全く嫌みのないコピーである。


2011-10-08 華2380

『 大切なのは、好きな気持ちを 持ち続けること。工夫すること。

諦めないこと。チャンスが訪れるかどうかは、そういう日々の先にある 』
 

中村憲剛選手とミズノのサッカー・シューズ。

どちらも、ミズノの商品販促用のポスターだが、どこにも嫌みは感じられない。

コピーを読んで見れば、あたかも人生訓のようだ。

永い人生の中では、壁にもぶち当たる事がある。出口のない窮地に陥ったと錯覚する。

そうだ!! ”道がなければ、この手で切り開けばイイのだ”

一つの道を歩んでいても、挫ける事はままある。あぁ~、もうダメだと諦めたくもなる。

一度決めた事なら、とことんヤッテみる。成功は其の先にあるものだから・・・

ミズノのこれらのポスターを見ていると、今を一生懸命に生きろ!!と、教えられている様だ。

スポーツとコマーシャルは切っても切り離せないものとなっているのも事実だ。

オリンピックで金メダルを獲った選手が、

どんなシューズを履き、どんなウエアーを着て、どのうような道具を使っていたか・・・

メーカーは何も言わなくても、消費者は勝手に同じ商品を求めたくなる。

商品開発に何億円も投資してでも開発したいのだ。選手の為ではなく、企業利益の為に。

『コマーシャリズム』に踊らされる消費者にだけは成りたくナイと思うのだが。

何が本物で、何が自分に大切なのかを、見極める眼が必要なのであろう。

テレビ・コマーシャルを見ていると、「効能効果は、個人の感想です」と!!

見えもしない程の小さな文字、そして僅か1,2秒間。

嘘が罷り通る時代となったのか? 真贋を見極める眼がないのか? 現代人に・・・

コマーシャルの功罪って、「こんなもんなの~?」



category: 雑感

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見返り・・・ 

『 見 返 り 』

求めるより、与える事が幸せである。

見返りを求めない愛が、真実の愛である。

真っ先に思い出す言葉は、こんなもの。無償の愛って事なのか?

『見返り』 には、こんな意味もある。

担保・保証・代償のために差しだす物と・・・

変わった言い回しに、「見返り柳」吉原遊郭の女に後ろ髪を引かれ、別れに見返るという意味。

社会現象としての「見返り」とは、便宜を図り、悪い事とは知るつつも、金品を受け取る事。

政治家が、有名校に入学出来るように、また就職出来るように、また仕事の受注にと口利きをし、

       賄賂を受け取る事。

こんな嫌な言葉でも、”美人” という言葉を足し、「見返り美人」とすれば意味は全く違う。


2011-10-08 華2377

菱川師宣記念館に「見返り美人」を観に行った。生憎休館中だったが。

『 見返り美人 』

江戸時代の浮世絵師・菱川師宣の代表的肉筆画で世界的にも有名な浮世絵である。

鮮やかな緋色の着物に、豊かな緑の黒髪をたらし、歩みの途中で、ふと足を止め振り返った印象的な美人画。

顔は横を向き、視線も表情も判然としない構図だが、何とも色気を感じる不思議な美人画だ。

2011-10-08 華2376

師宣が見せてはくれない美人さんの顔も、銅像から計り知ることは出来そうだ。

ふっくらとした顔に、何か言いたそうな口元。日本女性の美しさが残すところなく再現されている。

『 夜目・遠目に、笠の内 』

女性が美しく見えるのは、薄暗い夜道と遠くに見かける時、そして笠を被りほんの少しだけ拝める顔が良い。

何とも失礼な言葉ではないか。

とは言え、「チラリズム」とも言われる如く、露わに見えるのは日本人には向かないらしい。

 髪の乱れに手をやれば 紅い蹴出しが風に舞う 
                                     美空ひばり唄 「みだれ髪」

風に吹かれ乱れる後れ毛、ひらりと捲れる蹴出し・・・

何とも色気たっぷりの風情ではありませんか。 これぞ「チラリズム」の真骨頂と言うべきか。

「見返り美人」でも、師宣の浮世絵の方が、「チラリズム」の効果をより表していて、

銅像のように表情が全て判る方が良いとは限らない。

2011-10-08 華2378

『 梵鐘の由来 』

師宣が元禄七年に故郷・保田の寺に寄進したものだが、

太平洋戦争最中、金属供出命令により供出されてしまった。

師宣記念館、開館を記念して、後裔 菱川岩吉・ヨシの両氏の拠出により再建造さたものだ。

”負ける戦争” と山本五十六は唱えるが、戦好きの軍人により天皇まで巻き込み、太平洋戦争へと。

多くの金属製品が憂き目に遭った戦争だったが、其れだけでは収まらなかった事もある。

供出品んの中には、莫大な数の貴金属やダイヤモンドなどが有った。

戦後、一部のお偉いさん(政治家・役人)達は、国民が知らない事をいいことに、

持ち帰り、売り払い、己の懐へと仕舞い込んだ。

こう言う行為は、「見返り」を通り越して、立派な略奪行為というべきであろう。

良きにつけ、悪しきにつけ、「見返り」には色々な意味が含まれている。

「見返り」、此の摩訶不思議な言葉って、「こんなもんなの~?」



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家へおいでよ・・・ 

『 野 梅 』(やばい)

盆栽作家・小林國雄氏の言葉を借りれば、

「野梅」は、寒気の中で凛と咲く花は、清楚で馥郁たる香りを放ち、幹肌の古色にふさわしい気品がある。

       未央咲きの花姿も奥ゆかしい・・・と。


家へおいでよ わたしのお家へ   江利チエミ(歌)

昨年末に「春花園」で、淋しそうに鎮座していた野梅の盆栽が目に留まっていた。

今年の3日~7日まで、「春花園」で新春盆栽展が開かれている。

我が家の盆栽・「真柏」も末席を飾るべく(いや、いや、飾りにはならないか?)出展されている。

時間がとれたので、盆栽展を観に行く事となったが、

先日お目に掛った「野梅」の盆栽が気にかかっていた。

『 震災の 面影残す 野梅かな 』
2011-10-08 華2373

一昨年の3・11の東日本大震災の折り、岩手県の盆栽業を営む家にあった物だが、

大震災で壊滅的被害を受け廃業となり、僅かに残った物の中の一つに此の盆栽「野梅」があったと言う。

複雑な幹は表現のしようもないが、何となく震災で生き残ったという風情が味わえる。

そんな事で、今日、我が家の一員となるべくやって来た。

『 今日降りし 雪に競ひて 我がやどの 冬木の梅は 花咲きにけり 』
                                         万葉集 大伴家持

蕾が一つも無い梅の木だが、降り積もった雪が、あたかも咲き誇る梅の様にも見える、との事か?

5年先の姿を想像しながら育てる楽しみがある。

よく観れば、小さな小さな蕾が10~15個ばかり寒空に凍えながらも蕾を付けている。

盆栽と聞けば、高価な物と思いがちだが、

どんな盆栽とでも巡り合わせと思いの大切さが楽しみの一つである。

人間社会でも、子供を産む事は容易いが、人として立派に育て上げる事は至難の業である。

盆栽も同じ事が云えるであろう。どう育てるのかが問題である。

ズブの素人である私の元へやって来た此の「野梅」の盆栽。

先行きどんな姿に育つのか? 盆栽入門って、「こんなもんなの~?」



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国宝とは? 


『 国 宝 』 とは、広辞苑では

国家の宝。重要文化財のうち、特に学術的価値が高いもの。美術的に優秀なもの。文化史的萎靡の深いもの。


先日、車を走らせていると、驚くべき磨崖仏に出くわした。

何と、大分県国東半島にある筈の、国宝・磨崖仏ではないか。

2011-10-08 華2372

国東の磨崖仏の本物は観たことが無いので、ある意味見られて良かったな~と感じ入ったものである。


日本の仏教母山 比叡山・延暦寺を創建した、天台宗開祖の伝教大師:最澄の言葉を思い出した。

『 国 宝 』 とは、

「国宝とは何物ぞ、国宝とは道心なり、道心ある人を名けて国宝となす。

 故に古人の言く、径寸十枚、是れ国宝に非ず、一隅を照らす、此れ則ち国宝なりと。」

金品財産に、権力・名誉に恵まれても、この人物は国宝では無い。

私利私欲を忘れ、どんな小さな事でも良い、他人の為に成る人を国宝と言う。

言葉は続いて、

「古哲又云く、能く言いて行ふこと能はざるは、国の師なり。

       能く行ひて言ふこと能はざるは国の用なり。

       能く行ひ能く能く言ふは国の宝なり。

       唯言ふこと能はず、行ふこと能はざるを、国の賊と為すと。」

結果論として、行いが一番大切で、言う事はその次に大切だ。

       言動一致の人こそ、国の宝なのだ。

       言いたい放題の事を嘯き、何もしない者を、国の賊と戒めている。

模造品ではあるが、「国宝」の磨崖仏を見ながら、最澄の言葉を思い出した。

一体全体、「国宝」とは如何なるものなのか?

人に喩えれば、誰が国宝に値するのか?

国宝とは、物質ではなく、精神性を問うているのか?

国宝って、「こんなもんなの~?」

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梅は咲いたか・・・ 

 梅は咲いたか 桜はまだかいな 柳なよなよ風次第

     山吹ゃ浮気で 色ばっかり しょんがいな~


お座敷ソングの江戸端唄って、本当に艶っぽいね~!!

粋な恋心や恋愛模様を短い曲の中に巧みに織り交ぜながら・・・

洒落や風刺を利かせた三味線唄、日本人の心の琴線を揺さぶるね~。


2011-10-08 華2371

昨年届いた、”松竹梅” の盆栽。

昨日から一輪また一輪と香りと共に美しい花を付け始めた。

『 梅一輪 一輪ほどの暖かさ 』 名句を思い出すね~。

それにしても、端唄の続きに、

あさり獲れたか 蛤まだかいな 鮑くよくよ片思い 

   さざえは悋気で角ばっかし しょんがいな~


意味深な台詞が次々へと繰り出される。

正月松の内では、こんな艶っぽい端唄が良く似合う。

 柳橋から小舟を急がせ 船はゆらゆら波次第

    船から上がって土手八丁 吉原へご案内~


下戸な私はお正月だからといっても、二日酔いもほろ酔いもありゃしないが、

何となく目出度いお正月。

三が日に咲き始めた梅の可憐な花を見ていると、

ついつい「梅は咲いたか~ 桜はまだかいな~」 と口を突いて出てくる艶話。

大晦日のNHK・紅白歌合戦を見ていても歌詞が全く分からない歌ばかり。

其れにひきかえ、昔の歌は良かったね~、何を唄っているのか良く判る。

そう云えば、紅白歌合戦はもう20年も観ていないかな? 面白くないので・・・

梅の開花を眺めていると、ふと思う事があった。

昔の端唄・小唄などは良かったね~、風流で・・・

歳のせいって、「こんなもんなの~?」



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夕日の向こう 


『 ぎんぎん ぎらぎら 夕日が沈む 』   童謡・葛原しげる(作詞)

2011-10-08 華2370

日が沈むころ 夕日の中を家路を急ぐ若者。 恋人なのか?夫婦なのか?

寒さの所為なのか、肩をすぼめた女性を遠くから眺めていると、

アーネスト・ヘミングウェイの小説 『日はまた昇る』 を思い出した。

戦傷で性不能に陥った男と、愛しながらも浮気心を起こす女の悲しい物語を・・・

濃密な情熱と燃えたぎる血の匂いに包まれて、虚無感に抗いながら、

新たな享楽を追い求める若き男と女の物語を。

一節の出てくる男女のセリフに、「あの事だけが 全てではない」

「結局はいつも そこに戻ってしまう」と・・・

失われた世代を描く小説だが、

いくら努力を積み重ねても、報われ安定的な日々を送ることが出来ない、若者たちの現状を反映しているのか?

或いは又、享楽的に暴力的にしか送れない、若者たちの日々の生活なのか?

思えば、日本の現状と共通する部分を内包しているのだろうか?


夕日の向こうに、明ける朝日に希望を託すのか?

政権が変わり、少なからず希望を感じ取っている人々もいる事だろう。

円高・デフレの解消、失業問題の解決、明日の原子力対策、少子化問題と、

山積する問題を果たして今の政権で可能なのか?

明日の希望を見失っている若者の現状を、夕日の中に見盗ったような気分が支配した散策だった。

夕日が沈み、日はまた昇る・・・

自然現象と現実とのギャップなんて、「こんなもんなの~?」



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初夢は? 

『 長き夜の 遠の眠りの 皆寝覚め 波乗り船の 音の良きかな 』

七福神の宝船の絵に此の文を書き、枕の下に敷いて眠るという風習が室町時代に流行った。

所謂、「初夢」の縁起占いである。

江戸時代の最も古い ”富士講” に駒込富士神社の富士講があり、

この付近には鷹匠の家が多くあり、駒込茄子が名産でもあった事から、

『 駒込は、一富士 二鷹 三茄子 』 と言われ出した。

江戸時代には又、家康に因んで云う様になった、言われは駿府の国で高い順番が

『 一富士 二愛鷹山 三茄子の初値 』 と云う様に変化した。


2011-10-08 華2369

『 初 夢 』

節分から立春の夜にかけて見る夢を「初夢」と言った。

明治の初めに、暦が旧暦から新暦に変わった。

元々は旧暦で日本は動いていたが、新暦になり元旦を新年の始まりと変わった。

此の為に、現在の大晦日から元旦の夜に見る夢を「初夢」と云うようになり、

江戸時代には、元旦から2日にかけて見る夢、或いは2日から3日にかけて見る夢を云う様に変化した。

2日の晩に行う行事でこう云うダジャレがある。

『 姫始めだと カカア殿が バカを言い 』

本来の意味とは違うが、江戸の人情の風流な一面が伺えて面白い。


2011-10-08 華2365

初夢も姫始めとも縁は無いが、鋸山の日本寺へと出かけてみたが・・・

足腰が思いのほか弱っているのか?上り下りの坂道がきつくて、途中で挫折する。

時間も時間だったので、近くの「食事処 ばんや」で昼食をとる事とした。

漁協直営で、安くて新鮮な事で有名な食事処なのだ。


2011-10-08 華2366

その日に水揚げされた鮮魚料理なので、献立もその日によって変わるらしい。

客が多いので、料理を注文すると係の者が座席へと案内される。最近は帰り際に精算するシステムだ。


2011-10-08 華2367

お品書きの中から、”朝獲り鮨” を注文。

新鮮この上ない鮨に舌鼓を打ち、心地よい満腹感に浸り席を後にした。


2011-10-08 華2368

スタッフは全員、漁協組合員で構成されているらしい。

”ばんや” と染め抜きされた法被が粋と威勢の良さを見せていた。

正月は毎年の事ながら、暇を弄ぶ事が多い。

旧年を後悔し、今年の一年に希望を探す年の始まりだが、

『 正月や 餅で押し出す 去年〇〇 』 とも、

『 角松は、目出度くもあり、目出度くもナシ 』 とも言われる。

 もう幾つ寝ると お正月・・・

子供頃には指折り数えたお正月だが、

大人の正月って、「こんなもんなの~?」



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元旦は、初茜 

『 福 聚 』


2011-10-08 華2363

松で植え、竹で育てて、梅で咲く。


2011-10-08 華2356

鬼が出るか? 蛇が出るか? 果たして今年の世の中は・・・

『 憂う世と 知らでや蛇の 出て歩く 』


旧年中は拙いブログを訪問して頂き、またコメントを頂き有難うございました。

皆さんも、先ほど正子の刻に除夜の鐘で108の煩悩を滅した事でしょう。

『 見るに煩悩 ・ 触るに煩悩 』 と云いますが、

一つの煩悩を取り去ると、新たに一つの幸せがやって来るとも言います。

108もの煩悩を取り去ったのだから、きっと108もの幸せが来る事でしょう。

鐘を撞き、新年の誓も叶うのか?

除夜の鐘の効用って、「こんなもんなの~?」



category: 雑感

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