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こんなもんなの~?

趣味の写真を添えて、日々の『戯言』を・・・

法は破るために? 

『 ここにて この梅雨を過ごさん ここにて冬を

       かしこにて 夏をすごさん 』
   法句経286

人は誰でも、そして生きている限り、欲望は果てしなく続くものである。

自然と湧き出る欲望故、行動の夢、生活設計をする。

例え、どんな夢を抱き、美しい計画を立てても、夢は青写真と化す時もある。

人間が生きて行く上では、生活規範なるものも存在している。

誰でもが知っている生活規範に、「法律」なるものがある。

「法」は道徳、「律」は罰則とも解釈する事ができる。

2011-10-08 華2460

何時も散歩するコースに、海から干潟までの水路があり、

偶に釣り人が長閑に釣り糸を垂らしているのを見る。

多分、この人は ”あそこで、釣りがしたい” との思いから、この場にきているのであろう。

しかし、此の思いは、「立ち入り禁止」の立て看板に阻まれる筈なのだが・・・

『 法は、破るために? 』

2011-10-08 華2461

「入るべからず」を無視し、立ち入る事は大目に見るとしても、

金網を破る事は、経済的にも許されるものではナイ。金網設置にも税金が使われているのだ。

2011-10-08 華2459

恐らく、本人は ”誰にも迷惑は掛けていない” とでも考えているのだろうが・・・


今、富士山を自然遺産へと、登録運動をしている。

だが、ゴミの山「富士山」の登録にはユネスコが二の足を踏んでいるらしい。

私は写真撮影が好きである。撮影現場でよく目にする事がある。

三脚を無神経に立てたり、人の敷地に遠慮も無く立ち入る。

道端を歩いていると、いたる所で投げ捨てられたゴミを見受ける。

「しては、イケナイ」行為・・・道徳に反する行いである。

いたる所で、不法行為を目にするが、『法は、破るために』に有るのではナイ筈だ。

『 ゴルフは、緑のパチンコ 』

ゴルフ・・・此の高尚で優雅な遊び(?)は、紳士のスポーツであった。過去には・・・

ところが、パチンコ並に庶民化すると、守るべきマナーも守られなくなる。

72ホールを抱える有名なゴルフ場の支配人が嘆いていた。

「マナーが守れない、人として資格の無いゴルファーが増えすぎて・・・」と。

撮影していても、好きな構図にしたくて、木の枝を折ったり、

手前の物を避けたりした事は誰でも一度は経験した事があるであろう。

自然破壊の一因に、趣味人の行為がマナー違反を、そして法律違反を犯してはいないか?

最近の人々の行為を見ていて、己の行為の反省をする事、しきりである。

「法」とは、釈迦の規範。 「律」とは、法を犯した時の罰則なのだが、

”守らなくても、よいもの”、法律って、「こんなものなの~?」



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category: 雑感

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凡才のお遊び? 

『 物皆は 新しき良し ただしくも人は旧りにし 宜しかるべし 』 作者不明

物は新しいのが一番だ。 ただし人は古いのがイイ!!

盆栽(園芸か?)を初めて日が経たないので、見る物が全て欲しくなる。

人は歳老える方が、人生経験が豊富で良いという事なのか?

「亀の甲より年の功」と云う諺さえあるではないか。此れって年寄りの僻みなのかね~。

2011-10-08 華2456

先日、或る盆栽園にて ”花藤” の苗木を買ってきた。以前から藤の花の盆栽が欲しかったので。

ビニール・ポットに入った ”花藤” が何鉢かあり、一鉢分けてもらった。

その時、焼き物の鉢に植え替えてやっては・・・と、淡緑の鉢と鉢受けをオマケで頂いた。

今日は天気も良く、ベランダも風が無いので、植え替える事とした。

中程度の大きさと小さい赤玉の配合土と、化粧土。そして鉢穴を塞ぐ金網を買って、

2011-10-08 華2457

取り出して見れば、何と根張りの大きい事、此れには少々驚いた。

丁寧に土を取り払い、1/3程度まで根の部分を小さく鋏を入れた。

2011-10-08 華2458

曲がりなりにも、一見しただけでは素人の手入れとは思えない出来栄えに仕上がった。

此れを自画自賛と言わずして、何と云えば良いのか?

余りにも根を詰めた為、無事に咲いてくれるか? 気になるのだが・・・

『 楽しみは、お金ではナイ!!』

植え替えが上手くいけば、初夏には紫色の枝垂れ房が楽しめる事だろう。

購入価格は、¥900. 鉢と鉢受けが付いて。

盆栽と云えば高価なイメージがあるが、こんな価格でも何とか盆栽いじりが楽しめる。

『 凡才の、お遊び!!』

全くの素人で、盆栽の ”ぼ” の字も知らない者でも、¥1,000 も出せば、

盆栽いじりの真似事が出来るなんて、なんと素晴らしい事でしょうか。

人は歳を重ね経験豊かになり、若者に一言ぐらいは意見も出来るようになる。

凡才の私でも、此れから何年かすれば、何とか盆栽家の端くれぐらいには成れるかも。

そんな楽しみを抱きながら、暖かな陽だまりの中、植え替えを楽しんだ午後でした。

歳老いた貧乏人が盆栽を楽しむって、「こんなもんなの~?」



category: 雑感

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美の美? 用の美? 

『 ”美の美” ? それとも ”用の美” ? 』

春まだ浅き昨今だが、我が家のベランダでは木瓜が盛りを過ぎ、桜が小さな蕾を付け始めた。

一年の移ろいを自宅で味わい楽しむには、盆栽は ”もってこい” であろう。

”自然のままに” を活かしつつ、其の自然を超越した所に ”美” を求める精神が,

盆栽と云う小宇宙に品格を与えるのか?

はたして盆栽は、「美の美」なのか? 「用の美」なのか?

2011-10-08 華2453

黒松の中品盆栽。

松そのものの背丈は精々30cmであろうか。

幹の大きさを見ていると、年月を重ねて大切に育てられたのであろう。

小さいながらも風格と品格ある黒松の立派な盆栽である。

ゆくゆくは我が家にも、是ほどの黒松の盆栽が欲しいものである。

2011-10-08 華2452

『千葉県盆栽名品展』 が開催され最終日だった。

帰り道に会場が設定されていたので、訪ねてみた。

2011-10-08 華2454

山紅葉の盆栽、懸崖仕立て。

春先なので葉は未だ姿を見せないが、白く極太の幹には目を見張るものがある。

も少しすれば青葉が芽吹き、夏には涼しげな緑が目を楽しませる事であろう。

紅葉を待つまでも無く、その時その時の姿を味わうのが、盆栽の楽しみ方なのであろう。

『 盆栽をマスターする 』

完成された盆栽は高価すぎて手も足も出ない。

好きな苗木を買い求め、好きな盆栽鉢に植え替えるも、手始めとしては良いであろう。

将来の枝振りを想像し、無手勝流で針金掛けをしてみるのも一興なのか。

盆栽を育てるとは、子育てとも共通する楽しみなのか(いやいや、苦しみかもよ~)、

愛情すら湧いてくる。他の趣味では味わえない愛情がね・・・

● 枯らさず育てる楽しみ

● 季節・季節に、目の保養をさせてくれる

● 思い通りの姿形にアレンジする楽しみ

そして、好きな盆栽が見つかり、お金も有り、育てるのも面倒な時には、「お金を払って、買う!」

此れこそ、究極の楽しみ方かもね。

2011-10-08 華2455

桜の懸崖仕立て。

時代を感じる双幹には小さな空間がアクセントを付け、紅色の未央の花弁は見事である。

樹木そのものも当然の事ながら大切であるが、鉢と一体化した(そして花台ともだが)総合美は、

鑑賞するに重要な事であろう。

今回の名品展には多くの盆栽愛好家が丹精込め育てた盆栽が出展されていた。

浮世絵にしばしば見られる盆栽である。盆栽を屋内の床の間に置き、調和のとれた掛け軸を掛け、

折々の季節を楽しみ歓談する事は、昔より行われていた。

自然に寄り添い、自然と共にある日本人独特の自然観・人生観。

盆栽の中に小宇宙を創造し楽しんだのは、片一方では ”空” の世界を楽しみもしたのか?

盆栽の奥ゆかしい楽しみ方って、「こんなもんなの~?」


category: 雑感

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平和な文明 

『 真・善・美 』

「真」・・・偽りでない事、自然の侭である事、奥義を窮めた人。

「善」・・・正しく道理に適っている事、良心の理想とする完全な德。

「美」・・・美しい事、優れて立派な事。

広辞苑は斯く説明している。

哲学者・プラトンは、「人間の様々な真理の根源は、事実の内に在るのではなく、

             真・善・美 という価値的なものの存在本質の内に在る」 と・・・

2011-10-08 華2451

日本全国、何処の田舎に行っても見受けられる光景である。

最近の旅行ブームにより、多くの人が海外へ、そして世界遺産に指定された観光地へ、

そして、よりのんびりと懐かしい原風景でも訪ねるのか?名も知らぬ片田舎へと・・・

2011-10-08 華2449

私用で出かけた帰り道、”ふるさと農園” を訪ねてみた。

実は此処には昨年の今頃、一度訪ねた事があった。

この景色に心の安らぎを求めた訳でもないのだが、何となく心落ち着くのが不思議である。

 緑の森の彼方から 陽気な唄が聞えましょう

  あれは水車の廻る音 耳をすましてお聞きなさい 
並木路子(唄)

2011-10-08 華2450

少し離れた東屋で休息をとっていると、恰も水車の粉を引く軽快な音が聞こえてくるような錯覚を覚える。


日本人は元来、真・善・美の内、真や善を当たり前のように受け入れ、

それらを包み込む美の価値観を備えている。いわば「美の文明」の享受者であろう。

里山から流れ来る水が、美へ対する感受性を高めて呉れたのであろうか?

里の家の裏には程よい高さの里山があり、少し離れた所では海がある。

山から流れ込む栄養豊かな恵みを、漁師たちは利用出来る。

植林が進んだ現在では、各地に見られたブナの自然林も姿を消したが、

農耕民族の日本人は、太古の昔より、緑の森から里に注ぐ水を活用するために、

水路を引き、田圃に引く水を管理しなければならなかった。

森や海に惠を受けることにより、自然の機微に触れ心豊かな人格の形成はされてきたのだ。


強風が荒れ狂うような今日だったが、東屋での小休止にふとこんな事を考えた。

安倍総理はアメリカでオバマ大統領との会談を終え帰国した。

TPP問題などの多くの難問題を抱えている日本だが、

大自然である、森や水が与えてくれる「森と水の美の文明」だけは、忘れたくないものである。

此処に、「真・善・美」がやぢっているのであろう。

「真」・・・学問

「善」・・・道徳

「美」・・・芸術  といっても、何ら差し支えはないだろう。

昔、何処かで、『真・善・美』 と書かれた扁額を見た事がある。

豊かな人間性って、「こんなもんなの~?」


category: 雑感

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探してみるもんだ 

探しものは何ですか 見つけにくいものですか
          ・
          ・
     まだまだ探す気ですか
    井上陽水(詩・曲)

昨年末から盆栽に興味を覚え、ネットで盆栽園を調べたりして訪問していた。

立派な盆栽美術館が在ったり、一見して農家の自宅かな?と思える様な何とも貧弱な盆栽園であったり、

其れ以上に気になるのが、先行き付き合うには ”どうかな?” と思える程、親切心が無かったり、

大型盆栽が主であったり、掌サイズの物が多かったり、「帯に短し、襷に長し」と云う事なのか。

全くの素人が此れから先、教えを乞いながら付き合える盆栽園を探すのは、難しかったが、

今日は、東金市にある盆栽園を訪ねてみた。

『 探さなくても、イイかも? 』

2011-10-08 華2447

ネットで見つけた、盆栽の「東金園」。

関東自動車道を走る事45分の距離にある。

敷地は大谷石の塀で囲まれた、如何にも盆栽園という風情。

マンションの我が家のベランダで鑑賞する盆栽は、中品という程ヨイ大きさの盆栽だ。

秋を楽しむ紅葉の盆栽がネットで紹介されていた。そして何と云っても、価格が安いのが気に入っていた。

園主の人柄などを想像しながら園内を散策した。

私の希望に沿った人柄のようで、此れから先、求めたい品種の盆栽も多くあるようだった。

新しく盆栽園を探すのも疲れるものです。気に入る盆栽園が見つかるとも思えない。

ここらで、腰を据えてお付き合いが出来ればと思っている。 『もう、探さなくてもイイかも・・・』

2011-10-08 華2448

盆栽とまでは云えないかも知れないが・・・

桜の盆栽と、少し大きめの枝垂桜の盆栽と、藤の盆栽と、三点の盆栽を買って帰る事にした。

価格はネットの1/3以下. 他の盆栽園の1/2以下という程で、大変良心的な盆栽園と思う。

植え替え・施肥・針金掛け・剪定などの手ほどきは、平日でも園主がいれば何時でもお気軽にと云う事だった。

此れから咲くだろう桜と花藤が楽しみである。

思い立った時の衝動買いで買い求めた盆栽も、今では8点になった。

紫式部・真柏・野梅・木瓜・桜・枝垂桜・花藤、そして松竹梅の盆栽と・・・

少ない予算で楽しませてくれる此れ等の盆栽達、此れから先見事に育ってくれるか?心配もあるが、

盆栽に寄せる細やかな楽しみって、「こんなもんなの~?」



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値下がり? 


『 お 詫 び 』
長らくブログの更新が出来ませんでしたが、その間に訪問して頂いた方々には申し訳ありませんでした。

『 アベノミクス 』

昨年9月12日に、現安倍総理大臣が発言し、大いに話題を撒いた。(今でもそうだが)

財政出動・金融緩和・成長戦略を ”三本の矢” と名打ち、デフレ脱却・円高解消・所得増加等を、

声高に謳い上げ、人気を博しているが、その一方では物価高を懸念されている。

特にガソリンの高騰は庶民には敏感に響くらしい。

『 値下がり? 』

2011-10-08 華2446

昨年末には、1ℓ・133円だったレギュラー・ガソリンも、

若干の上がり下がりはあったものの、一週間前には145円だった。

今日、洗車を兼ねてガソリンを満タンにした。

報道では連続値上がりと云っていたが、1円値下がりし1ℓ・144円となっていた。

円安が響き輸入品の値上がりが叫ばれているが、1円と言えども値下がりであった。

安倍総理は今日、アメリカに向け飛び立ち、オバマ大統領との会談に臨むという。

TPP問題が国会では問題となり、大衆も感心を寄せている。

聖域を認めて欲しいと日本側は詰め寄ると言うが、果たして結果はどうなる事やら・・・

先日、お米の品質ランクが発表され、コシヒカリを抜き、九州・熊本の ”もりの熊さん” 日本一に。

最近は北海道のお米が有名になり、スーパーでも米穀店でも品切れ状態。

この度、大きな米の卸屋さんでも、”もりの熊さん” は、入荷が無いとの事。

「安い・不味い」は、消費者が背を向ける。

高価でも美味い食品が一般大衆にも歓迎される昨今だ。

TPPでは、此のコメ問題が一番の話題となる事だろうが、

世界中を眺めてみても、日本の食品ほど高品質はものはない。

”聖域なき” と目くじらを立てる程ではないと思うのだが・・・

現政権が表題としている、「三本の矢」効果は果たしてどんな風になるのか?

消費税の増税も来年から始まり、庶民の財布が軽くならなければ良いのだが。

政治家・官僚・学者などは、いつの世でも耳触りの良い事を云うが、

一般大衆の心配事に耳を貸す気はないのか?

福島の原発の事後処理も遅々として進まないのが現状だが、コンクリートへは大量の資金を出すらしい。

復興には目を背けるが、そして老朽化した建築物の修理もしないので事故は多発している。

「蜜に集る、悪道ども」 こんな言葉が当てはまる人種って、「どんな人種なの~?」


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・・・か? と思った 

一杯のコーヒーから 夢の花咲く こともある
              ・  
              ・
    一杯のコーヒーから 小鳥さえずる 春も来る


霧島 昇 ミス・コロンビア がデュエットで唄った、昭和の古き良き時代だった。

コーヒーにまつわる話は数えれば限がない程多い。

コーヒー・マニアの娘と、反コーヒー主義の父親との争いをコミカルに謳い上げた作品は、

かの有名なバッハ作曲の「コーヒー・カンタータ」がある。実はバッハも珈琲愛好家だったようだ。

2011-10-08 華2445

我が家のテレビの前両側には、コーヒーの木と、竹の鉢物が置いてある。

竹はすくすくと育っているが、コーヒーの木は幾分か葉が枯れ始めたようだ。

『 ・・・か?と思った 』

数日前、女房が枯れてきたので処分しようか、と言い出した。

コーヒーの栽培は、北回帰線と南回帰線との間の、所謂コーヒー・ベルトという熱帯で育つものだ。

室内だから枯れるのか?と思い、ベランダに出してみたものの、変わり映えしなかった。

3年程経つと実を付け始めるとも言うが、枯れたのではね~と、処分しようと引き抜いた。

なんと、根が立派に育っているではアリマセンカ。

処分するには、余りにも可哀そうと又元通りに戻して、今もテレビの脇で気兼ねしながら居座っている。

『・・・か?と思う』 事って、よくある事だよね。

男女の仲でも、良く耳にする。勘違いが事件にまで発展しない事を祈るだけだ。

『 取らぬ狸の 皮算用 』、こんな事だけは避けたいものだ。

”勘違い” と言う言葉がある。

「くしゃみが出る」・・・待ち人が来る

「眉がかゆい」・・・思っている相手に会える

「忘れ貝」・・・二枚貝を持っていると、恋の愁いが忘れられる

等など、ジンクスという思い違いだ。

『 ひさかたの 月夜を清み 梅の花

         心開けて わが思へる君 』
  万葉集:紀郎女

月光を浴び梅の花が開くように、心開いて貴方を待って居るのに・・・なんとも甘く妖艶な詩だが、

恋しい相手は来ても呉れないという、悲しくも儚い勘違い!!

「・・・か?と思う」 勘違いだが、してもみたい勘違いって、 「こんなもんなの~?」
 



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未央から真央へ・・・ 

『 大輪、花開く 』

先日、四大陸フィギュア選手権が大阪で開催された。

浅田真央(23歳)が、トリプル・アクセルを成功させ、見事に金メダルを獲得。

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「大輪、花開く」ではなく、清楚で可憐な水仙が花開いた瞬間であった。

『 花の命は短くて 苦しきことのみ多かりき 』   林 芙美子(詩)

永く辛い猛練習に耐えて初めて獲得される金色に輝くメダル。

花開けば、その時期も永くは続かないのだろうが、此の一舜に懸ける熱情は並大抵のものでは無い。

『 未央から真央へ 』

「未央」・・・未だ盛りとなる前の蕾の時期。

   どんな草花でも可憐な蕾を付け始めると、咲き誇る優美な姿は楽しみなものである。

「真央」・・・真っ盛りの時期を云う。

   浅田真央、当に「真央」だった。
 
   観衆の喝采を一身に浴びながらの演技は、ため息が出るほど美しい。

2011-10-08 華2442

先日買い求めた ”木瓜” の盆栽。

昼間は日差しを求め室外に。夜は寒さを防ぐために室内へ。

其の為か、蕾はみるみる大きくなり、今日は満開の状態だ。

白い花なのか? それとも真紅の花を咲かせるのか?

「育てる」楽しみは、スポーツ選手の監督・コーチに限らず、動植物にも云える事である。

花芯を僅かに赤く染める ”木瓜” の花弁は、あたかも頬を紅潮させた恥じらいの乙女の姿なのか?

『 花の色は うつりにけりな いたづらに

  わが身 世にふる ながめせしまに 』
     小野小町(古今集)

「未央」から「真央」へ。

未だ咲かない「未央」だった幼い頃の浅田真央も、ジュニア選手の頃からその実力を発揮し、

ここ数年間は全盛を極める「真央」の時代。

我が家の ”木瓜” の盆栽も、恰も今は「見て、見て、こんなに美しく咲いたのよ!!」と言わんばかり。

人生の中では、一度ならずとも「真央」の時は誰にでも有るのだろう。

しかし悲しいかな、その先には「死」という結末が待っている。

”木瓜” の花も、咲き誇る短い時期を迎え、やがては散って行く運命だが、

人の命と違い、また来年の春先には、美しい花を楽しませてくれる事だろう。

「真央」の侭で何時までも居たいと人は願うが、「生老病死」は世の常。

『 幸せは、弥生三月花の頃。 おまえ十九で、わしゃ二十歳。

 使っても減らぬ、金百両。 死んでも命が、あるように 』


無常の世にありながら、満足のいく良い状態だけが永続するを願うのは、いかに身勝手な事なのか。

人間の欲望って、「こんなもんなの~?」




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女の怨念 

『 闇の夜は 苦しきものをいつしかと 

         我が待つ月も 早も照らぬか 』
  万葉集

今夜の月齢は29.3日だった。

月と云えば切れ長の涼しいそうな眼にも似た三日月。煌々と大地を照らす満月だろうか。

冬空の闇夜ほど寂しい・侘しいものはないものか?

万葉集では、闇の夜は本当に寂しいものだ。早く出てくれと待って居る私なのに、月はいつ出てくれるのか。

月に心情を託した詩は数えれば限が無いほど多い。

此の詩も、愛する男が来てくれない事を闇夜に例え、

”我が待つ月”を恋人に見立てた切ない詩である。

2011-10-08 華2437

闇夜にストック写真を眺めていて、ふと月のカットが目に止まった。

月の歌で有名な明恵上人にしても、晩年の藤原定家にしても、多くの遺作を残している。

両人とも、天台摩訶止観(座禅・瞑想の基本中の基本)の教えに深く心寄せていたようだ。

明恵上人は、「くまもなき 心のうちの光こそ まことの月の影にありけめ」

藤原定家は、「きさらぎの なかばの空を形見にて 春の都を出でし月影」 と・・・

2011-10-08 華2438

平安の昔より、月は、釈迦牟尼仏や悟りに見立てられてきた。

満月は悟りの世界、月に掛った雲は煩悩の雲と見立てられ、月を眺めては瞑想に耽り、悟りの世界へと・・・

明恵上人はこうも詠んでいる。

「夢の世の うつつなりせばいかがせむ さめゆくほどを待てばこそあれ」と。

悟りの世界・満月を眺めながら、仏法の力によって目覚めたいとの深い信仰心と、夢への省察なのか。

2011-10-08 華2439

能で一番知られる面に、「小面」があるが、此の面は、「泥眼」。

純真無垢な乙女から、男性への恋心を経験し、何時しか恨みの世界へと誘われる女の心の変遷。

恰も満月がいつしか徐々に闇夜へと移り行くように・・・

オドロオドロシイ雲が女心を表しているのか? 実に女心の恐ろしさよ。

此の世は、男と女。 恋と恨みは付き物。

『 美女うち見れば 一本葛にもなりなばやとぞ思ふ 

     本より末まで縒らればや 切るとも刻むとも 

        離れがたきはわが宿世 』


男女和合を暗示し、被虐的なエロスの想念を掻き立てるほど。

男も女も、恋の行く末はどんな始末となる事か?

悟りの満月と、怨念の泥眼を見ながら、こんな妄想に耽っていた。

いつの世も、男と女って、「こんなもんなの~?」



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”しあわせ” と、”おもしろし” 

『 面白しと見るは 花なるべし 』  風姿花伝

”面白し” とは、目の前がパッと開け、明るい風景などが開ける事と言う。

さぞかし気分は晴れ晴れとする事だろう。

『竹取物語』では、「月のおもしろう出でたるをみて・・・」とあるように、煌々と輝く月が面白いとなる。

風姿花伝は言う、能で ”面白い” 事を ”花” と言うらしい。

シテなどが面白く振る舞うのではなく、観客が ”面白い” と思う事という。

客との動静・距離・調子などを合わせろと言う。

「秘すれば花なり、秘せずば花なるべからず」と、”面白さ” は、秘す事なりと・・・

2011-10-08 華2436

今日、初めて盆栽の針金掛けを試みた。

全くの我流なので、上手・下手は禁句!!

一番下の三本の枝打ちをし、スッキリしたところで針金掛けを。

秋にはバランスの良い姿を見せてくれる事を願いながら。

『 幸(さきは)ふ 』

成長の働きが頂点に達し、生命力が活発という意味らしい。

咲き誇った時期はとっくに過ぎ去ったが、秋には盛んに形よく花開いて欲しいと思いながら。

「雨の降りぬべきときなん、見わづらひ侍る。身さいはひあらば、この雨は降らじ」と、伊勢物語。

ずぶの素人である私が、勝手に枝を切り、針金を巻き付け枝を細工したけれど、

幸運に恵まれていれば、今年の秋には紫式部は清楚な花を見せてくれる事だろう。

枝打ちも針金掛けもし、スッキリと見通しが良くなり、一時間の無我の境地に浸った。

日常生活で、こんな些細な事にでも、”しあわせ” と” おもしろし” が持てる事に気が付いた。

『 今日は、しあはせよく侍りて 』 (鶴の翁)

”しあわせ” と ”おもしろし” なんて、「こんなもんなの~?」



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放春花 

『 紅色の 乙女の恋か 木瓜の花 』

散歩道の公園にも、この時期では桜も蕾すら見せないでいる。

小高い丘(高さ1m程か)の中腹に数本の木瓜の木が植えてある。

平安時代より鮮やかな紅色は、恋心の象徴として歌にもしばしば詠まれている。

反面、褪め易いと言う特徴もあったと言われるが、乙女の恋心も冷めやすいのか?


2011-10-08 華2434

『 春の訪れ 』

立春も過ぎ、春一番も吹き荒れた今日でした。

草木の芽も張る時期だから ”張る” が転じて ”春” なのか?

僅かに花芽を見せる公園の木瓜。

春の息吹を感じていたが、木瓜の盆栽 (と、言う程ではないが) を買ってきた。¥980也

安いな~と思っていたら、鉢がプラスチックでした。哀しいね~!!

貴方は何に ”春の訪れ” を感じますか?

中国では「厳寒の三友」と呼ばれる ”松竹梅”。 春告草といえば梅と云われる。

『 木より木へ かよへる風の 春浅き 』  臼田亜浪(句)

春一番で木の芽がゆるみ、春二番で花が咲き始めるとも云う。 本当に春を呼ぶ風だね~。

買ってきた木瓜は、新潟産のボケの花、品種名 「雲の峰」 と何とも風情ある名前だ。

梅は ”春告草” と呼ばれるが、此の木瓜の木は、「放春花」 と書いてある。

木瓜って、春の香りと暖かさを齎してくれるらしい。

乙女の恋にも似た ”木瓜の花” って、「こんなもんなの~?」



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風雅って? 

追いかけて 追いかけて すがりつきたいの
         ・
         ・
   初めから 結ばれない 約束の あなたと私


一世を風靡した、ザ・ピーナッツの「恋のフーガ」

先日、近くにある島村楽器の店頭での広告を見ながら、こんな歌を思い出した。

2011-10-08 華2430

楽器の一つでも・・・とは、誰でも一度は思った事だろう。

思い立ったが吉日とも言われる。 春を待たずに今日から始めよう!!

ところで ”フーガ” 何だろうと思い調べてみれば、

17世紀から18世紀までのバロック音楽に時代に、最も重要であった楽曲の形式と言う。

何の事かは解からないが、J.S.バッハの平均律クラビーア曲集など、有名な曲が沢山あるらしい。

繰り返して奏でる音楽を ”フーガ” と言うらしい。

そう云えば、追いかけて 追いかけて・・・繰り返しているよな~。

ところが、”ふ~が” って云えば、直ぐ思い出すのは、『NISSAN FUGA』 車の方だ。

「その美しさのミステリアスな魅力」 とか、「心惹きつけるフーガ」 とか、気になる文句が並ぶ。

2011-10-08 華2431

ピアノにヴァイオリン、サックスにフルート。

どんな楽器でもいいから弾けると楽しい事には間違いないだろうが、

全くの素人が練習を考えれば、何とか ”ものになる” までに到達するのは果たしてどうか?

それではてっとり早く『風雅』でも、楽しむとしましょうか、ね。

『 風 雅 』

風流だね~、とか風雅だね~、とか巷間しばしば使われる言葉だが、調べてみると、

「風」・・・民間に行われる歌謡、俗ではなく雅な事や人。

「雅」・・・朝廷でうたわれる雅正詞藻、とある。

下世話な人間にとっては、「風雅」と云えば、詫・寂というより、色方面に思いは馳せる。

『 柳の下のお稚児さま 吹く笛の麓に聞ゆ。あうそれも推した、

  忍び来いとの笛の音。裏道来いとの笛の音 』


稚児は横笛で、恋人の僧侶が尺八で、其々吹いて逢瀬の合図をしたものだ。

「ある山寺の稚児に恋慕して吹きし手也。さらば明日まゐらんと云う事あり」ともある。

これなど尺八に恋のメッセージを込めるなんて、現代人では及びもつかない事だろう。

女犯を禁止された僧侶は尺八で、女の身代わりと教えられた稚児は横笛で・・・

稚児と僧侶の恋と解釈するより、男同士の禁断の恋の世界なのか。

古来より日本人は風雅を好むが、”ふ~が” と言えば、「こんなもんなの~?」



category: 雑感

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