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こんなもんなの~?

趣味の写真を添えて、日々の『戯言』を・・・

男はつらいよ 

『 わたくし、生まれも育ちも東京葛飾柴又です。

  姓は車、名は虎次郎。人呼んでフーテンの寅と発します 』


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此の口上で始まる、映画 『男はつらいよ 』の主人公、”寅さん” の帽子とトランク。

葛飾柴又「帝釈天」の参道で ”くるまや” と言う団子屋を営む ”おいちゃんとおばちゃん” 夫婦。

主人公の寅次郎には母親の違う妹がいる。

毎度フーテンを決め込む寅次郎がたまたま故郷に帰ると、なぜか周りの人々を巻き込んでの騒動が始まる。

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「くるまや」の店先風景。ウトウトする寅さんが・・・

寅さんを取り巻く心暖かい隣人たちと人情豊かな下町の情緒だった。

実施に撮影に使用した「くるまや」のセットが、大船撮影所から移設されている。

寅さんの実家、団子屋「くるまや」。小さな庭付きの二階家で、下町の心が息づく場所。

優しさに満ち溢れた ”おいちゃん・おばちゃん” そして妹・ ”さくら” が居る。

フーテンの寅さんは、この家で心癒され、またフラ~っと旅に出る。

日本人の心のふるさとの一つかも知れない。

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「くるまや」の台所風景

寅さんの名言に、『それを言っちゃ~、おしめ~よ~』

        『いいって事よ~、いいって事よ~』 人柄が偲ばれるね~。

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壁の柱にはザルが。 食卓には番茶とリンゴ。 

私が育った実家も似たようなもので、懐かしくもありほのぼのとした気持ちが湧きあがる。

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二階への階段下にはハタキとホウキ。

映画の中では、寅さんの名言を沢山みることが出来る。

「そうよ~、人生は賭けよ」

己の人生の中での一番の賭けは、”結婚” だったと振り返るのは、果たして私だけだろうか?

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「くるまや」の裏手にある「朝日印刷所」。タコ社長が経営する活版印刷工場。

寅さんとタコ社長の掛け合いが大変面白かった。

数え上げればきりがない程の名セリフ。

「いいか~、人間、額に汗して、油に塗れ、地道に暮らさなきゃ~いけね~」

「お前と俺とは、別の人間なんだぞ~。早い話がだ、俺が芋喰って、お前の尻からプッと屁がでるか!!」

「若い時っていうのは、胸の中に炎が燃えている。そこへ恋という一文字を放り込むんだ、

 バァ~ッと燃え上がるぞ!!」  など等。

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この草履を履き、帽子を被り、トランクをぶら下げ、フラ~ッと見知らぬ土地へ・・・

鞄の中には道端での商売用の品々が・・・そして、面白い香具師の口上が多くの客を呼ぶ。

「結構毛だらけ、猫灰だらけ。見上げたもんだよ、屋根屋のフンドシ。見下げて掘らせる井戸屋の後家さん。

 上がっちゃ~いけない、お米の相場。下がっちゃ~いけない、柳のお化け。
                  ・
                  ・
 捨てる神ありゃ~拾わぬ神、月にスッポン提灯じゃ~釣鐘。

 買った買った、さぁ買った。カッタコト音がするのは若い夫婦のタンスの環だよ~」


『人情とは、家族とは』 そして『人の温もりとは』

寅さんがもたらしてくれた「人生論」。

心を豊かにし、愛のある人生を生き、人には好かれ、明日に希望を探し、人生を最高に活き活きと・・・

寅さんに学ぶ、人は如何に生きるべきか?って、「こんなもんなの~?」



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散歩のついでに 

『 命というものは、儚いからこそ、尊く、厳かに美しいものだ 』

ドイツのノーベル文学賞受賞小説家:トーマス・マン。文化に対する自問自答を続けた作家。

先日、北海道のブロ友より、ブログのUPが連続で忙しいですね~とのコメントを頂いた。

春先の体調変化か? 立ちくらみ・めまい・耳鳴りに煩わされ、思考能力低下をきたした。

昨日はブログのUPもする意欲が失せた。歳の所為なのか?

今日は気分転換で、久しぶりにチワワの ”らら” を連れて午前中に散歩に出かけた。

観桜シーズン真っただ中なので、近くの「さくら広場」まで午後車を走らせた。

”花見” は日本人の大好きな行事となっているが、果たして其の中に文化の薫りを嗅ぐ事が出来ようか?

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「さくら広場」は、安藤忠雄氏の設計によるものだ。

彼曰く、「桜は人の心をとらえる。なぜか?

     古来。わたしたちは自然を愛し、四季の変化に敏感に生活をしてきた。

     梅や桜の開花時期を心待ちにする国民性は他国にはない。

     気候異変が多発しているいま、地球環境を保全するために

     一人ひとりが考えなければならない時期にきている」 ・・・

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安藤氏は続けて問う、「この桜の公園を訪れた人々の感動が、地域から、そしてアジア、世界各地へと

           広がり、地球環境を大切にする思いにつながってほしい。」 と。

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「さくら広場」 は、総面積31,500㎡。ソメイヨシノ505本が整然と幾何学模様を描いて植栽されている。

四季折々の姿で私たちに語りかけてくれる桜に、花を想う先人の豊かな文化を継承し、

自然との対話を通じて、都会に住む安らぎを育み、心に語りかける場所として末永く利用を願って・・・

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北海道より、一足も二足も早く桜の満開を迎える関東。

残雪に交通の足を奪われ、侭ならぬ日常生活を送られる方々にはお気の毒の念を禁じ得ない。

昨年、角館に桜を観に行った折には、桜の花は何処にも観られなかった。

今年は来月末頃には見頃になりそう。再度角館にと考えている。

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ほぼ満開のサクラを楽しみに家族連れが多く、長閑な午後を楽しんでいた。

植栽された桜の木々をよく観ると、幹の上部は大きくならない様にとの思いからか? 切られている。

自然の観察から思うことは、

「どんな樹木でも、天まで届くほど大きく高く成らないように、創造主はつくったのであろう。

 物事には限度があるのだ。

 人間は何事につけ、より大きくなろう・立派に成ろうと願うものだ。

 前途には、大きな落とし穴が密かに牙を研いでいるという事を知らないで・・・」

『分相応』・『弁え』 と言う言葉がある。

自然に学ぶって、「こんなもんなの~?」



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自然に学ぶ 

『 人間の自然って、一体何なのだろうか? 』

喜怒哀楽など色々な感情、人情なども人間の自然なのである。

性的衝動に基づく感情もある。

動物と同じく、発情と言う性衝動をも起こし、異性を求めるなんて動物以外の何ものでもない。

世界最古の職業は売春であると言われる。

法律を掻い潜り、今日に至るまで永遠と行われ、衰退の兆しすら見えない。

人間の根幹をなす本性に根差しているからだ。

理性の動物と言われ、本性と対を成すものに「美の追求」と言う一面があるように思える。

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ある有名な盆栽家宅で見かけた高価な品なのであろうが、

如何にも大自然な中での経年の見事さ、姿の美しさを表現しているのだろう。

人間は、「知覚するもの」「推理されるもの」には、他の動物には無い異常な興味を抱くものだ。

その極致として、美の追求:芸術なるものが生まれたに違いない。

『 自然には、叶わない 』

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最近になって「盆栽」に興味を抱き、盆栽擬きと云えば良いのか? 草木に興味を持ち始めた。

昨年、”真柏” の盆栽を一鉢買い求めたのを契機に、安物だが何鉢か手元にある。

それ以来、時の流れを感じさせ、風格さえ感じさせる、「自然に育った大樹」が気にかかる。

樹の名前も知らないが、知る必要も無いのである。

ただ見ていて、”すごいな~” と思えるのである。

此の感情は、推理する人間本来の感情であろうか。

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私の独り言なんか無視して、今暫く古樹の見事さに見とれて欲しい。

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何と見事な幹であろうか!!

どうしてこんな幹が出来上がるのか? そして何年生き続けたのでしょうか?

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日本全国、何処に行っても見受けられる古樹達。

大自然の中で時空を超えて生きてきた古樹達、驚きの感情を抱いても不思議では無い。

「盆栽」は、この見事な古樹達を再現したいと言う、人間本来の衝動であったに違いない。

何度か盆栽屋を訪ねて、多くの盆栽を見させて頂いたが、そこはやはり「人口の美」でしかない。

本当の感動は、大自然な中で生き抜いた老木でしか味わえないものである。

『 ”老” には、本当の味わいがある 』

如何にも古樹の様子を再現する盆栽である。実際に幹は年月を経たものがあると言うが、

人工美は、自然美には遠く及ばないと思う。

有名な京都の庭園(中でも石庭)、禅(瞑想)と言う反人間的(本性において)意識で ”美” を追求したのであろうが、

その元となっているのは大自然であり、所詮は自然の再現にしか過ぎない。

其処には、「安らぎがある」とか、「物の本質を観る」とか言うが詭弁に過ぎないのだろうか。

何故って云えば、人は野や山へ、そして川などに癒されに行くではないか。

人工物より自然に、”美” を或いは ”安らぎ” を感じるのが人間本来の感情であろう。

過去から永遠として、森の文明を理想として日本人には、山・森・平野・海・川・・・等など、

大自然のなかで育ってきた、其の影響で「盆栽」なる「美の追求」も生まれたのであろう。

『 日本人は、本当に幸せなのか? 』

文明が発達し、科学の発達が富という豊かさをもたらしたと言うが、本当にそうだろうか?

大自然に囲まれ、決して経済的には豊かではないブータン國やチベット国であるが、

世界一の「幸福な國」と言われる所以を日本人は再考する必要があるのでは?

経済至上主義、拝金主義は、”老” と言う歳とともに薄れてきた。

お蔭で自然に目を向けるようになり、草花に愛おしさを感じるようにもなった。

「盆栽」から大自然の有難さを感じ、人間のほんとうの幸福を考えるこの頃だが、

「盆栽」の効用って、「こんなもんなの~?」



category: 雑感

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野菊の如く・・・ 

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『 うしないし 想いも深く 野菊かな 』

永禄年間、小田原北条氏と安房・里見氏などの房総諸将とが激突した国府台合戦で、

関東三大合戦の一つと言われる。 一説には、この合戦での両陣営の死者は五千人にも上ったと。

現在、此の地に 「史跡・永禄古戦場跡 正月七日 打死一千人 」と刻まれた木碑が立っている。

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古戦場の中でも一番熾烈を極めた激戦場だった此の坂道の途中に、

伊藤左千夫の 『野菊の墓』 の文学記念碑が建立されている。

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野菊の墓文学碑

其の碑文には、「村はずれの坂の降り口の大きな銀杏の樹の根で民子を待った。

        ここから見下ろすと少しの田圃がある。

        色よく黄ばんだ晩稲に露をおんでシットリと打ち伏した光景は、

        年のせいか殊に清々しく、胸のすくような眺めである」

小説 『野菊の墓』 の一説が刻まれている。

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此の記念碑広場は、寺の境内の一部に建っているのか? 寺との境の板塀に寄りかかり、

『 釜たぎる 湯気の煙のおぼろげに みかげ見ゆらく 吾が恋ふれかる 』

その横に、もう二句左千夫の詠んだ板碑があるが、書いてある文字は読めなった。

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文学碑の左横には、妹の光江が詠んだ句が刻まれていた。

『 野菊の如き きみなりき 絆に強く 永遠に姉妹 』

”姉・美恵に捧ぐ” とある。モデルとなった民子は、本名は美恵、光江という妹の姉だったのか。

時代と世間の噂に負けた母親の犠牲となった政夫と民子。

薄倖の恋の純愛物語の主人公は、著者・左千夫がモデルなのだろうか?

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記念碑のある此処から、”矢切の渡し” 迄の田圃の小道を、「野菊のこみち」と言う。

『 野 菊 の 墓 』

矢切村の旧家の息子・政夫は、家事手伝いに来ていた二歳年上の従姉の民子と親しくなる。

年頃の娘であり、周囲の人も心配したり妬みのした。政夫の母もまた気に掛けて二人に注意をする。

ある秋の日に、二人は家の用事で綿摘みに出掛け、二人だけの時間を過ごす。

帰りが随分と遅くなったので、怒った母は政夫を東京の学校の寄宿舎に早々に返し、

民子は自分の実家に送り返される事となる。

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矢切側の「野菊のこみち」の始まりに、一文を紹介した記念碑が建っている。

民子は強いられて他家に嫁がされて行き、流産で命を落とし、短い一生を終る事となる。

死んだ民子の左手には、紅絹の布きれに包んだ政夫の写真と手紙が硬く握られていた。

民子の墓の回りには、好きだった野菊の花が咲き茂っていた。


『 世間に負けた? 』

母親は犯した罪の深さに驚いた事でしょう。

時代も時代。男女の中には他人の目が。

旧家と言うプライドもあってか、周りの噂に気をもんだ事だろう。

「他人の口に、戸は立てられない」 と言う事なのでしょう。

最善の方法として、二人の仲を裂くより方法は無かったのでしょうが・・・


『・・・「野菊の墓」は名作です。自然で淡泊で、かわいそうで美しくて野趣があって結構です。

 あんな小説なら何遍読んでもよろしい』と、夏目漱石は激賞している。

儚い純愛物語とは言え、左千夫の小説は少々稚拙なところがあるようにも思われるが、

稚拙と云えば、現在の男女の仲。簡単にくっつき、いとも簡単に別れる。

経済的にも、子供の事をも、そして先をも考えずに、衝動的に・・・としか思えない。

何事においても、「節度が大切」と思うのだが、

男女の仲って、「こんなもんなの~?」


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安住の地なのか? 

『 良い結婚生活はあるけど、

不平不満の無い結婚生活は,めったにあるものではない 』



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先日、小田原の梅園に行った折、小さな古びたログハウス?を見た。

予てより、一線を引退した後は、片田舎に引っ越し小さな畑でも・・・と、夢を膨らませていた。

此のログハウスは20畳ばかりの大きさと思うが、手頃な大きさなので、いいな~と眺めていた。

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手作り風なログハウス。

古びた物への愛着と郷愁を感じ得ずにはおれなかった。

自分が歳を取ったせいなのか?新しい物へは興味も湧かないが、古いものはいいね~。

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そんな事を思っていると、なんと錆びついた風鈴(?)が軒先に。

使っていたものか? 失敗作なのか? 古い物がいいと云っても、これではね~。

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未完成の風鈴が竹棹に沢山架けられていた。

緑青の吹いた風鈴と、其の落ちた影とが面白く・・・

色々な思いを巡らしていていると、昔あるご婦人との会話を想い出した。

『 安住の地なんて、どこにあるの~ 』

そのご婦人は品の良い話しぶりだったが、不平不満を抱え込んでいる様だった。

「夫は、仕事に託け家を留守にしがち。ひょっとすると外に女性でもつくっているのでは?と、

 定年退職を間近に控えたある日、田舎に引っ越しお前の好きな花でも育て、のんびりとしようかと夫が」、

後の言葉が少々きつかった、「私は、夫の声を聞くのも、顔を見るのもゾッとして、鳥肌がたつ」と。

愛し愛された若い頃の日々も、何時までも続く訳でないのですね~。

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風鈴制作の型を取ったところ。

話は不満と共にエスカレートする。

「今は、息子夫婦と同居しています。

 ところが嫁ときたら、お話にならないので御座います。息子と孫が可哀そうで・・・」

退職金の半分を貰い、一人暮らしでもしましょうか?と、嘆き交じりの声で。

「女性の独り身暮らしとなると、歳に関係なく痴漢にも気を使い、人命などお構いなしに金品を狙いに・・・」

いやいや、その必要もありませんよ、貴方を狙う痴漢も泥棒もいや~しない・・・とも云えなかったが。

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見事に緑青が噴いた ”伊勢海老” 失敗作との事だったが。

其のご婦人との会話にも、私はロクな返事も出来ないまま、その場を離れたのだが・・・

人は誰でも、「自分、自分と、身勝手な事を考え、言う動物である」には違いないが、

心のどこかに許す気持ちが無ければ、結局は自分を締め付けるばかりで、生き難い人生となるだけだろうが。

「安らいで住める所」なんて、何処にも無い。

あの世の阿弥陀如来が住むという西方極楽浄土なら、いざ知らず、

此の世の何処に安住の地があるというのだろうか? 

仮にあるとすれば、それは私達、其々の心の中にだけ有るのだろう。

小さなログハウスを見ながら、”こんな庵があればな~” と,叶わぬ想いを馳せながら、

どうして人間は、不平不満ばかりを言う生き物なのか? と反省を込めて現状に満足する事とした。

貝原益軒先生は、

『 老人は一日をもって十日として 日々たのしむべきし。

  常に日を哀惜して 一日もあだに暮らすべからず 』
 

ハイハイ、仰せの通り日々を実りのあるように頑張ります。

人生の晩年の暮らし方って、「こんなもんなの~?」



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鎮守の森で・・・ 

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春彼岸も終わりを告げる昨日、お墓参りに・・・近くの神社にもお参りをした。

陽だまりの中、一人静かに時間を過ごしていると、昔の事が偲ばれる。

農民の生活は、朝日が昇ると同時に起き、野良に出向いて夕方、陽が沈むまで忙しく働いたものだ。

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静まり返った小さな小さな鎮守の森。

想いを馳せれば、笛や太鼓の音が聞こえて来そうな気がする。

『 村の鎮守の神様の 今日はめでたい御祭日

              ドンドンヒャララ ドンヒャララ 』
 小学唱歌

娯楽や楽しみの少なかった時代、豊作に成れば大人も子供も、この時ばかりは歓喜の声。

鎮守の森は深夜まで歓喜の声が絶えなく、深夜まで賑わったものだ。

駄菓子屋が夜店を出し、金魚すくいに子供は現をぬかし、時にはドサ周りのサーカスもあった。

『 年も豊年満作で 村は総出の大祭・・・夜まで賑わう宮の森 』

朝から聞こえる笛太鼓に、子供の心は此処に非ず。

豊作を神に感謝し、村の繁栄と子孫の幸福を願い祝ったものだった。

『 狛犬って、な~に? 』

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向かって右側の、口を開いた角なしの「阿形」で獅子

中国から招来されたもので、平安時代には「枕草子」等にも其の記述がある。

神社に奉納・設置された空想上の守護神で、

寺の山門を守る仁王像の阿吽の形式が取り入れられている。

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向かって左側の、口を閉じた角ありの「吽形」で狛犬

しかし、この形式が残っている事は少なくなった。右も左も獅子形が多く見受けられる。

『 牡? 雌?』

最も多いのは、右の獅子形は牡で、左の狛犬形は雌というのが本来で、

股間にくっきりと男根や女陰が刻まれたものが存在するが、はたして此処の獅子と狛犬は?

『 子連れの狛犬 』

子連れの狛犬は珍しいものか?

「子嗣昌盛」 子孫に亘って繁栄が続く事を願っているのであろう。

「獅子は子を千尋の谷底に突き落とし、這い上がってきた子だけを育てる」 も言われる。

立派な強い子供に育って欲しいとの願いからの、厳しい躾けなのであろうが、

こんな事を現代の若い夫婦に云えば、”そんな可哀そうな事は、デキナイ” とのお怒りの声が・・・

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灯篭には色々な模様が彫られていて、その中に鹿が刻まれていた。

鹿は ”神の使い” で、神聖な動物という事なのか。

彼岸の墓参りでは、死後、阿弥陀の浄土へと願い、活かされている事を、ご先祖に感謝するが、

神社では昔の事を思いだし、日本も発展したものだと思うのだが、

文化と経済では無く、犯罪ばかりが発展している様な気がしてならない。

罪の意識と自我の発達ばかりが目に付くのは、果たして私だけの事なのか?

神社で身を清め、罪の反省をし懺悔する。そして願うは明日の幸せなのか?

全国的に有名で大社と言われる社は多くあるが、片田舎にヒッソリと佇む鎮守の森に

心惹かれるって、「こんなもんなの~?」


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紅一点 

『 暑さ寒さも 彼岸まで 』

春彼岸も終わりに近づき、肌に心地よい風が吹いている。

日本では極楽浄土が西にあると信じられていた。(今も ”そう” であろうか?)

昔の農家は、この春分(お彼岸)を目安に農作物の種を蒔いた。

私も見習って、”種” を蒔くとしましょうか。

何の ”種” を? 素敵な芽が出る様にと「語り種(ぐさ)」と言う ”種” でも・・・

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寒く荒れた天候もやっと落ち着き始め、夏日を想い出させるような日がある。

気温18℃ 風も無い今日、久しぶりに近くの幕張海浜公園に愛犬 ”らら” を連れて散歩に出かけた。

千葉県で一番大きなヨット・ハーバー。人影も少ない穏やかな陽だまりである。

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今日の東京湾はべた凪だった。

ディンギーが何艇も練習に出掛けていたが、いかんせん風が無ければヨットは進まない。

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春になり気分も良いのか、沢山の ”いな” が海面を飛び跳ね賑わしていた。

浜辺から2mという近さで。

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何時もは近くの公園の芝生で駆け回る ”らら” も、

今日ばかりは無限に続く(小犬にとっては)砂浜、思う存分に駆け回れ息を弾ましていた。

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砂浜と芝生の公園を松林が遮っている。

所々に雑木林があり、木陰が涼風を肌に運んでくれる。

藪椿がこんもりとしており、落ちた真っ赤な椿の花が美しい。

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『 藪椿 寝て見る空の 広さかな 』

おやおや、是は是は、何処に堕ちているのか藪椿。

藪椿の小さな森に二体の彫刻が立っている。こちらは寝ているのだが・・・

同じ落ちるのなら、座り心地の良い場所が良いよね~、藪椿さん!!

思わずシャッターを押したくなる。

都内に住んで居た時は、千恵子ではないが、「東京には空がない」と感じたものだ。

船橋に引っ越し、空の広さに感動を覚えた事を想い出した。

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最近は盆栽の真似事みたいな事をしている。散歩のついでに苔を探す事もしばしばだ。

丁度いま、咲き終わった盆栽の植え替えをしているので、苔が欲しいところだが、

剥がして持ち帰る訳にもいかず、せめて写真だけでもと・・・

『 万緑の叢中 紅一点 人を動かすに 春色多くを用いず 』  

王安石は斯く言う。人が感動するって、「こんなもんなの~?」


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駆け落ちは・・・ 

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『 ただ人の世は情けあれ 朝顔の花の上なる 露の世に 』  閑吟集

此の世なんて、朝顔の花についた朝露の如く、ただただ儚いものだから

人は情け深くあれば良い。 情け深くね。 

思うに任せぬ此の世だから、厭世的になるのも致し方ないのか?

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千葉県松戸市の江戸川沿いに矢切という古い地区がある。

細川たかしが、歌謡曲「矢切の渡し」で有名にした東京唯一の渡しがある所だ。

『 何にうぞ くすんで 一期は夢よ ただ狂へ 』   閑吟集

真面目くさって生きてもしようがない。人の一生なんて儚い夢よ。ひたすら狂い遊ぶがよい!!

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歌の文句に誘われて、”矢切の渡し” で、駆け落ちの気分でも味わおうと思い、午後の一時を楽しんだ。

時代劇にでも出てくるワン・シーンが目に飛び込んでくるかと思いきや、

平日と言うのに、多くの観光客で賑わっていた。

『 川のほとりに レンギョ咲く 矢切の渡しで 手に手を取って 』

人には誰でも ”してみたい事” がある。 その一つに「駆け落ち」も入るのか?

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”つれて逃げてよ~” ”ついておいでよ~”
              ・
              ・
         恋に生きたい ふたりです  』
 

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目の前の現実は、甘く切ない ”駆け落ち” とは、全く縁のない情景があるのみだった。

一時間で5~6往復する程の賑わいを見せていた。

乗船料は、¥200 決して高いとは思わない料金だが、

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船頭さんの此の姿!!いただけないよね~。せめて法被姿が欲しいものだね。

櫓で漕いでいるが、この日は風が少しばかり吹いていた。

木造船で重く乗船客も多いので、思うに船は進まない。

風に逆らう時には、エンジンの助けを・・・

 揺れながら櫓が咽ぶ 矢切の渡し  』

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途中でカヌーで川のぼりを楽しんでいる数名の男女に出会った。

お互いに手を振り、声を掛け合っていた。

カヌーの進むスピードが、これほど速いとは思わなかった。

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松戸市側の乗船場

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柴又側の乗船場

息を殺して 身を寄せながら 明日へ漕ぎ出す 別れです

江戸時代、世間の冷たさに負けたのか。 恋は盲目と言われる如く、手に手を取って当てのない旅に・・・

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観光地となったのか、松戸市側にも柴又側にも、出店があり、飲み物や食べ物、そして土産物まで。

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観光客の上陸をよそ目に、年配の男性が水彩画を描いていた。

覗き見すれば、さらりとした画風の綺麗な絵だった。

古の渡しを想像しながらの時間は、ストレスの多い現実からの一時の逃避だったのか。

『 草枕 旅行く君を 人目多み 

           袖振らずして あまた悔しも 』
 万葉集 

万葉の時代には、女性は恋心を露わにし難かったのか?

「旅立つ貴方に 手を振ることが出来なかった。人目があるから只々見送るだけだった。

 あぁ~、心残りが私を責める」

忍ぶ恋も、思いの丈を正直に ”連れて行って!”、どちらも女心なのだが。

歌謡曲「矢切の渡し」ならぬ、此の世が、どうせ思うようにならないのなら、

駆け落ちがあっても良いのか? 情けに生きる極致ではないのか?

こんな事を思うのは、不甲斐ない男の哀しい夢なのか?ね。

男女の夢って、「こんなもんなの~?」


  

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蛍雪の功 

蛍の光 窓の雪 書読む月日 重ねつつ

小学を、中学を卒業する時には、必ず歌った「蛍の光」だった。

そして、小学校の校庭や中庭には、二宮金次郎の銅像が建っていた。

小学生の時、校舎の中庭に雪の降る日、此の金次郎の銅像が雪をかぶり、寒そうに佇んでいた事を想い出す。

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灯滲も無く、灯油も買えない苦学生が、

蛍を捕まえて、其の光を利用したり、窓から差し込む雪明りを利用して、夜を惜しまず勉学に励んだ。

中国の故事 『蛍雪の功』を元に日本で作られた話だが、二宮尊徳の功績を讃えたものだろう。

高校時代には、旺文社発行 「蛍雪時代」 という受験用雑誌をよく利用したものだった。

『 二宮金次郎 銅像 』

昭和3年、昭和天皇の即位御大礼記念として、神戸の中村直吉氏が寄進された物であり、

制作者は三代目・慶寺丹長氏が制作担当にあたった。

その後、此れと同じ像は、全国の小学校などに向けて約一千体ばかり制作されたが、

戦時中の金属など供出制度に遇い、現在残っているのは此の一体のみである。

尚、此の像は、当時のメートル法普及の意味を反映し、高さは1m

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早春の暖かい日差しを浴びながら、『報徳二宮神社』 を訪ねてみた。

『 報 徳 二 宮 神 社 』

二宮金次郎は、江戸時代に北条氏が栄華を築いた此の地・小田原に産声をあげた。

幼少の頃より数々の苦難を乗り越え、独学で学問を習得し、

後に「報徳社」を設立し、生涯を世の為、特に農村の救済や教化運動に尽力した。

その功績を讃え、『報徳二宮神社』が村人の手で建てられた。

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手水鉢で身を清め、本殿へと足を運んだ。

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僅かながらのお賽銭を投入し、何をお願いしてよいか判らないまま手を合わせた。

境内の駐車場の料金は¥600だった。無料でも良いのではと思ったが、

これもお賽銭の一部か?と・・・

『 小田原城小峯曲輪北掘 』

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神社の境内は、戦国時代 北条氏によって造成された古い曲輪にあたる。

空堀は、小峯曲輪を囲む堀の北側で、石垣を用いない土塁と空堀だけで、

戦国時代の城の原型をよく留めている。大変貴重な遺構である。

『 二宮尊徳翁 銅像 』

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『 経済なき道徳は 戯言であり、道徳なき経済は犯罪である 』

う~ん、考えさせられる言葉だね~。

「智慧無き者に、道徳無し。 道徳無き者に、経済無し」 と云っても良いだろう。

先進国として経済も発展し、人々の物欲もかなり満足した事だろう。

此れ以上に拝金主義が進めば、その先に待ち受けるのは奈落の底ではないか?

道徳心が近年薄れて来た。修身授業の再開の声さえ上がっている。

道徳心が薄れた事は、誰でもが認める事実でもあろう。

『 至誠と実行 』

尊徳翁のモットーであった。

この教えは、現在でも受け継がれ、子供達に教え継がれている。

一角の人物ならぬ、誰でもが心しなければならない教え、「至誠と実行」

人の道って、「こんなもんなの~?」


category: 雑感

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開花宣言 

ひ~らいた ひ~らいた なんの花がひ~らいた

昨晩、枝垂れ桜の蕾が大きくなり、明日には開花宣言が出来そうだ・・・と、思っていた。

今朝、ベランダに出てみれば、既に何輪もの小さな花を咲かせていた。

我が家の、開花宣言である。

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天気予報では、今日の気温は23℃にもなると・・・

午前中に用事を済ませ、昼前から犬の散歩に近くの公園まで出掛けた。

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2・3日前まで、未だ堅い蕾の様だった ”レンギョ” が、一斉に咲き始めていた。

”レンギョ” が咲き、”ミモザ” も咲き始めると、いよいよ春本番を感じるが、

今日の暖かさは尋常ではなかった。

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桜も可憐な花びらを付け始めていた。

何年か前、両側が桜並木の所を車で通過中、渋滞で身動きできない事があった。

はらはらと散る桜を車窓から眺めながら想う事があった。

『 人の世は 哀しく儚く夢の中、悟れ悟れと散る桜 』

”散る桜” は、潔さだけでなく、「生きる幸せ・死ぬ幸せ」を見つめ直せと諭しているかのようだった。

初夏の暑さを感じながらの散歩から帰り、昼食を摂っていると、インターホンがピン・ポンと、

横浜の友人がホワイトデーならぬ、チョコレートを届けてくれた。

『 糖尿病には、此のチョコレートを・・・』

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京都・西院 『菓子職人』の「ノンシュガー トリュフチョコレート ゼロシリーズ」

贈ってくれた友人も私と同じく糖尿病!! 甘い物が大好きらしい。

ある日、デパートで此のチョコレートを見つけ買った。

血糖値のどれ程影響するか?ひと箱全部食べたという。

その後、血糖値を計ったが、殆ど悪影響は無かったという。

そこで、私に此のチョコレートならと贈ってくれたものだった。

『 セカンド・ゼロ 』

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「 砂糖を一切使用せず、究極のトリュフチョコレートに仕上げました。

 センターの生チョコの口どけ、上質な甘み、風味豊かな味わい。

  にも係らず、糖質を気にしないで味わえる・・・そんな至福の甘味がご堪能いただけます 」と・・・

「 甘味・・・それは、人の心をも和ませてくれる、そんな大切な味わい。

  糖質に制限のある方にも、本格的はトリュフチョコレートを味わっていただきたい。

 そんな気持ちを込めてお作りしました 」

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”ナッツミルク” ”アールグレー” ”抹茶” ”ラムホワイト” ”カフェ”

五種類の味が楽しめるセット。

たまらない香ばしさ・キレのある風味・抹茶とコニャックナポレオンのハーモニー・

絶妙な甘味と香り・サントリー山崎12年ウイスキーの奥深い調和・・・

普段口にするチョコレートは、せいぜい「Kit Kat」。

咲き始めた枝垂れ桜を観ながら、コニャックを片手に傾けながら・・・

此のチョコレートを楽しめば、さぞかし至福の一時なのであろうが、

哀しいかな、悲しいかな、私は下戸なのです。

飲めない悲しさって、「こんなもんなの~?」




category: 雑感

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クレオパトラか?小野小町か? 

『 われも見つ 人にも告げむ葛飾の 真間の手児名(奈)が 奥津城 』 
                                          万葉集・山部赤人

絶世の美女:手児奈の墓が在ったという「手児奈霊神堂」を訪ねた。

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此の世に三人の絶世の美女がいると言われる。

クレオパトラに楊貴妃、そして我が国の代表である小野小町であるが、

何とそれ以前の奈良時代には ”手児奈”(てこな) と呼ばれる美女が居たと云う。

小野小町は、「歌にもある 小町は穴の無い女」 なんて・・・言われている女性だ。

どうみても、”手児奈” には適わない.

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『 片 葉 の 葦 』

「手児奈霊神堂」の傍には古池があり、

水を汲みに来る手児奈の手足を傷つけないようにと、此処の葦は片葉しか葉が生えないと言う。

今では葦も生えてなく、睡蓮が可憐な花を咲かせている。

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『 ふるさとの 山静かなる 師走かな 』   吉田冬葉(句)

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万葉集にも多くの句が残されている程の、絶世の美女 ”手児奈” である。

どうしてこの句碑が建立されているのか?少し不思議な気がした。

万葉集の中から一句、記念碑に刻めば良いのに。

『 かぐや姫も、真っ青!!か?』

此の地には、色々な伝説が伝わっているが、村に伝わる一説では、

「 昔・昔(奈良時代以前)、ここ真間の辺りはジメジメした低い土地で、菖蒲や葦が生い茂っていた。

真間山のすぐ下までうみは入り込んでいた。

井戸水は塩分を含み飲むに適してはいなかったが、只一つだけ「真間の井」と呼ばれる井戸があった。

綺麗で美味しい水がコンコンと湧き出ていて、人々が井戸端会議ならぬ賑やかな談話を楽しんでいた。

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手児奈が毎日水を汲みに来たという「亀井院」の井戸

此の井戸に水汲みに来る女性の中に、一際目立って美しい娘 ”手児奈” がいた。

青い襟のついた粗末な着物を着、髪もとかさず、下駄を履くでもないのに、

この上なく上品で、満月のように輝いた顔は、どんなに着飾ったお姫さまよりも清く美しかった。

『 勝鹿の 真間の井を見れば 立ち平し水汲ましけむ 手児奈し思ほゆ 』
                        万葉集・高橋忠麻呂(句) 手児奈橋に歌碑がある

手児奈の美しさは、たちまちに国中が知るこ事となり、言い寄る男性は後を絶たなかった。

あたかも、夏の夜の松明の明かりに、虫が集る如きであった。

手児奈はどんな申し込みも断り続けたが、それが原因で病気に成ったり、争い事が後を絶たない状態だった。

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手児奈の面影を偲んだのか?今では安産の神として祀られている。

『 足の音せず 行かむ駒もか葛飾の 継橋やまず通はむ 』 
                            万葉集・詠み人知らず

足音も立てず、この私を連れてってくれる馬がいれば、

真間の継橋を渡っても、手児奈に気付かれずに済むのに。なんとも小心な御仁ですな~。


「私の心は、いくらでも分け与える事が出来ますが、私の身体は一つしかありません。

 誰か一人と結婚すれば、他の人達を不幸にしてしまう。

 あぁ、私は一体どうすればいいの~?」  手児奈の嘆きは深刻を極めた。

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「どうせ長くない人生です。あの夕陽が海の向こうに沈んで行くように、

 私も海へ入って行きましょう・・・」 と、入水自殺をしてしまった。

翌日、浜に打ち上げられた手児奈の亡骸を、可哀そうにと思った村人たちが、

井戸の傍に手厚く葬ってやりました・・・と、さ。

日本中には多くの民話や説話が残されている。

民俗学なる学問が、「遠野物語」を祖として確立されたようだが、

「遠野物語」の民話や、「手児奈民話」は、現代小説よりも遥かに面白く興味を惹かれる。

古典文学などが面白いのも、「こんなもんなの~?」


category: 雑感

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これって、切り絵? 

『 意見はともかく あるは只々感心のみ 』

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百鬼丸:切り絵 『猿飛佐助』 等身大(北条五代展、出品作品の内の一枚)

『 北 条 五 代 展 』

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何も言う事ナシ!! ただただ感心して見惚れていました。

皆さんも、切り絵の凄さをご堪能ください。

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「問答無用」表紙・切り絵

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「問答無用」表紙・切り絵

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「問答無用 鬼は徒花」表紙・切り絵

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等身大・切り絵の下図(小下図より下図を興し、作品紙に張り付け切り込む)

『 切り絵師:百鬼丸 』

川越市在住 61歳  川越市にて「切り絵教室」主宰

1980年 JTB雑誌「旅」でプロデビュー

1980年代 文春文庫「おけい」で、初の書籍カバー画を担当

       現在、約700冊の単行本・雑誌・文庫本などのカバー表紙画を担当

日本文芸クラブ大賞 受賞。 スペイン・バルセロナにて個展開催など多方面に活躍。


『 おっぱいを 六つ並べて 客を引く 』

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日本手ぬぐい 「花魁ちゃま」

切り絵の迫力に見惚れたひと時でした。

帰り際に見つけた此の花魁の笑顔・笑い顔・そして泣き顔!! 緊張感もいっぺんに吹き飛んでしまった。

いかがでしたか? 本当に見事ですよね~!!

物語から想像し、イメージを膨らませ小下図を描く。

絵心が基本に成り、その上に切り込みの技術が要る ”切り絵作家”。

時の流れを忘れ、感心する一時って、「こんなもんなの~?」




category: 雑感

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「炎の匠」を訪ねて 

『 鋳物師は 鐘肌恋へり 花の寺 』 (故)小田原鋳物師:柏木 尭 氏の妻・陽子(句)

春の此の時期、お寺参りをすれば花々が香りも高く咲き乱れているが、

鋳物師は、梵鐘の鋳肌の出来具合が気にかかり、花よりも先ず梵鐘の出来具合を確かめたい。

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『 炎 の 匠 』 小田原鋳物  小田原伝統工芸鋳物研究会編纂

平成13年5月  著者:上島 国澄氏 よりお会いした折に頂いた本。

予てより鋳物には大変興味があり、是非一度工場を訪ねたいと思っていた。

麗らかな日に一日の時間が取れたので、小田原まで足を運び楽しい時間を持つ事が出来た。

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弥生時代の銅鐸で、国宝なのか? 国立千葉歴史博物館所蔵

『 我が国の鋳物の始まり 』

日本へ鋳物が伝来し生産され出したのは弥生時代。

技術は急速に発達し、作られた鋳物は銅剣・銅鉾・銅鏡・銅鐸などだった。

技術が定着してくるにつれ独自の優れたものが生み出される。中でも代表的な物が銅鐸だった。

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『 NPO法人 小田原鋳物研究所 』

東名高速道路・大井松田ICを降り、相模湾方面へ20分ほど車を走らせた長閑な田園風景の中にあった。

生憎、当日は作業がお休みなので、作業員の不在で鋳物の炉には火は入っていなかったが、

代表者の上島氏に連絡を取り急な訪問を伝えると、15分後には工場まで足を運ばれ、丁寧に説明をして頂いた。

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本来なら此の炉にはコークスで火が入り、高々と炎が立ち上がり、温度は1000℃を越しているのだが。

『 小田原鋳物の始まり 』

弥生時代に各地に分散された生産体制であったが、政治と文化の中心地でもあり、技術や材料の入手がし易い、

現・大阪府南河内郡が我が国の鋳物発祥の地として繁栄を見るようになった。

鎌倉時代より始まった相模鋳物は、関東ではもちろん全国的にも比較的早くその作品を見る事ができる。

鎌倉幕府の創立が鋳物技術と需要を呼び、14世紀には梵鐘生産で全国一になるほど隆盛を極める。

その後幕府の滅亡、鎌倉府の崩壊など戦国時代に至るまで、時代の大きなうねりと権力に揺り動き、

相模鋳物は衰退の道を歩み始めなければならない憂き目に遭う。

その後、北条早雲が小田原を支配するよになると、小田原を中心に鋳物需要の芽が吹くようになった。

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『 鋳 物 と は 』

生活用品の、鍋・釜 を始め、仏像や壺など芸術的にも品位の高い物。

機械部品として車のエンジンケースや工作機械本体、家々の門扉や街路灯。

鋳物で作られた物は実に幅広く数え上げれば限がない程多い。

鋳物は溶けた金属を目的の形に創り上げる為の、鋳型が必要となる。

方法としては、生型・真土型法などがあるが、小田原鋳物はシェルモールド法で制作される。

粘結性の全くない乾燥した砂を、1300℃に熱した金型の上に振り掛けると、

熱により溶けた砂が硬化し、形状に沿って固まり砂型が出来上がる。

この砂型に溶けた金属を流し込み鋳物を作る。鋳肌面も美しく寸法精度の高い鋳物が出来上がる。

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制作途中の小田原風鈴。 恰も18金かと見まがう程、ピカピカ光っているが、

此の後、化学処理(薬品の中に風鈴を入れる)を施し、色付けをする。

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薬品棚には多くの危険物指定の薬品が・・・

緑青の衣を纏った作品は、時代色がつき風格高い作品へと大変身をする事になる。

『 癒しの音色を求めて 』

人が心地よいと感じる音色は、

高い周波数と音が干渉し合ってできるゆらぎ音(1/f)が、癒される音色とされている。

研究所では、ゆらぎ音の発生波形・周波数・余韻などの長さを測定し、

人にとっての ”いやし音” を、金属材料の成分割合・熱処理などの分析・研究を日々研鑽している。

『 鈴の音や 花の向こうは 相模灘 』

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陽光の下、梅林で風鈴の涼しげな音色を聴き、長閑な相模の海を想う一日であった。

ゆらぎ音を求めてひたすら研鑽をつむ鋳物師。

1300℃の灼熱の下、陶芸・刀鍛冶・鋳物など炎に出来上がりを託す伝統って、

「こんなもんなの~?」


 

category: 雑感

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・・・擬き 

『 も ど き (擬き)』

”・・・もどき” って言う言葉、しばしば使う事があるが、”擬き” って一体何なの~?

そこで広辞苑で調べてみれば、

・・・の風采・風情に似たように作り立てられている意を表す。まがい。

元々は、日本の芸能で主役に絡んだり、真似をする事らしいが、日常よく使う言葉として、

「ガンモドキ(雁擬き)」 精進料理の一種で、肉類が不可なので其の代用品として考えられた料理で、

             雁の肉に味を似せた事からとされる。

「ウメモドキ(梅擬き)」 葉が長めの楕円形で縁にはなだらかなギザギザがあり、両面に短い毛が生えている。

             葉形や枝振りが梅に似ているので、この名が付いた。

「キリモドキ(桐擬き)」 アルゼンチン原産のメウゼンカズラ科・キリモドキ属。

             花の色と形が似ているところからの命名だが、樹形は桐とは似ても似つかない。

「アユモドキ(鮎擬き)」 形は鮎に似ているが、口元に6本の口ひげを生やしている。

             「どじょう擬き」と改名した方が、良く似合うのでは?

この他、「親子擬き」「尻擬き」など、数えれば限がない程 ”擬き” は多い。

『 似て非なる物、だがしかし本物に匹敵するもの 』 

 
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「LLADRO」擬き 「ROYAL LEO」

「リャドロ」・・・1950年初め、三兄弟がスペインの古都バレンシア近郊に、小さな窯を開く。

        「人生の歓びを描く」を創作理念に据え、今では世界的にも有名な人形制作窯となった。

「ロイヤル・レオ」・・・何処の窯元かも知らないが、「リャドロ擬き」に惹かれて買った逸品。

            いや一品である。 お値段は「リャドロ」の何分の一か? ¥3,150

遠目に見れば、「リャドロ」と錯覚をしそうな見栄えである。

出したお金に満足する人には縁は無いかも知れないが、私はお金より楽しめる方を選択しただけ。

此の花束を抱えた少女のようだった(?)女房(人生の歓びを教えてくれた女性)も、

今は歳老いて様子も少々変わってきたが、

そこで過去の記憶に戻る為ではないが、此の仄々とする少女を手元に置いときたくなった。

普段の生活の中で楽しめる代物って、文化財でもなく美術品でもなく、お手頃な価格の商品だよね。

「リャドロ」は買えなくても、「ロイヤル・レオ」なら・・・

「モドキ(擬き)」がこんな身近にあったなんて、よくよく見れば、身の回りは ”擬き” ばかりか?

心の糧としての ”擬き”、なにも本物だけが心を豊かにしてくれる訳でもないよね。

”擬き” の有難さって、「こんなもんなの~」


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心おとりか? 

『 うれしきもの まだ見ぬ物語の一を見て

     いみじうゆかしと思ふが のこり見でたる

        さて、心おとりするやうもありしかし 』


清少納言のお姉さんは、斯くのたまうが、此れが現実となる可能性は高い事が実証された。


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予てより或る人から観梅に誘われていた。

昨日、やっとの思いで時間が取れたので小田原の曽我梅林を訪ねてみた。

電話で見頃をお聴きしたところ、満開を少し過ぎた頃かと・・・

かの有名な曽我梅林だから、さぞかし見応えのある事だろうと、期待は現実を超える。

清少納言が云う様に、期待が裏切られることはしばしば 、「心おとりする」。

十日早く来ていれば、満開の梅林の間に根雪を被った富士山が望めただろうに。

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車を止め、梅林の方を見れば、乳牛が長閑な時間を楽しんでいるではないか。

何と、作り物のホルスタイン! 

聴けば、知人が事業を始めるので資金の一部を提供したが、廃業の憂き目に遭った。

其の”かた”に取り上げたが、置き場に困り此処に置いてくれとの事らしい。

レストランの店先より、此処の梅林に繋がれる方が、牛にとっても恐らく幸せな事だろうよ。

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梅林の奥へ目を遣れば、何と今度は山羊さんが草を食んでいるではないか。

二匹のヤギが食べてくれるので、下草を刈る手間が省けるとの事。

刈りたい草が生えている近くに山羊を繋いでおくのだろう。

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広い梅林の奥が少しばかり小高くなっていて、菜の花やブロッコリーなどの野菜が栽培されている。

こちらも既に借り入れの時期は過ぎていてが、折角だからとオーナーさんが言う。

暖かな日差しを浴びての菜摘も一興かと・・・少しばかり

この梅林は完全無農薬・有機肥料だけ使用との事で、収穫される梅の実は、

「減塩梅干し」「梅ジャム」「梅酢」 など等、商品開発に取り組んでいるらしい。

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『 良い友に三つある。一つには ”物をくれる人”

  二つには ”医者”、三つには ”智慧のある人” 』


兼好法師は一番初めに、”物をくれる人” と付き合えと。

帰り際に、オーナーさんから 「梅干し」と「梅ジャム」と「梅酢」、そして摘み取った葉の花とブロッコリー。

久し振りの休暇。往復230㎞程のドライブも、気分転換には最高の日和だった。

梅の時期を過ぎてはいたが、富士山を眺め、作り物の牛さんとも会えたし、山羊さんとも・・・

「心おとり」とは云え、身の回りに転がっている小さな幸せって、「こんなもんなの~?」



 

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春は、何処から 

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                    京都室町 「ZEN KASHOIN」

朝はどこから 来るかしら あの空超えて 雲超えて

三寒四温が待ち遠しい昨今であるが、今日も肌寒い日が続いている。

ベランダに並べた盆栽(と、云えるか?どうか?)を僅かな日差しの中で眺めていて、

歌詞を間違えて、「春はどこから 来るかしら・・・」 なんて、口ずさんでいた。

昨日、ある方から頂いた品物をお仏壇にお備えしてた事を思いだし、包を開けた。

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何と、開けてビックリ玉手箱ではないか!!

よく見れば、包装紙に 「本商品の籠は、天然の竹を用いた手作り加工品でございます」 と・・・

巻かれた和紙には、「弥生」の二文字が。 そして、「ZEN KASHOIN」 とローマ字が。

竹籠の中には、「弥生」。春の香りが一杯入っているのだろうと、紅色のゴム紐を解いた。

『 遠くて近きもの、極楽。舟の道。人の仲 』   枕草子

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京都の銘菓が、東京で・・・

人は、生きていくために、人と繋がるために、そして心を伝えるために、

言葉を生み出し、やがては心通う ”贈り物” を考え出したのであろう。

京の都の銘菓が、江戸で楽しめるなんて、本当に近きものとなった。

極楽も直ぐ身近な処に在り、人の仲も ”贈り物” が其の一端を担っている。

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菓匠・「然 花抄院」 『すぃーと ぽてと』

徳島の契約農場で獲れた「鳴門金時芋」100%使用。

さつまいもの上品な甘みと素朴な味わいの焼菓子。

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『栗入り銅羅焼 ほんわか丸』

国内産の小麦粉と十勝産の小豆餡。上質な材料を使用した上品な味わいのどら焼き。

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『幻 月』

さっくり焼いた堅焼きワッフルでヴァニラ風味のクリームをはさんだ和洋折衷の洋風煎餅。

『 心 一 杯 』

”たったの一杯” と云えば、ほんの少しというイメージだが、

少しの一杯が何倍にも重なれば、容器から溢れる状態になり、”いっぱい(一杯)” と云う事になる。

小さな気持ちの積み重ねが、大きな友情をも生む事となるかも。

心の限りを尽くし、「心一杯」の事をすれば、其のお互いの行為が良き人間関係を築き、

友情をも保つ秘訣となる事であろう。

真っ黒な竹籠に詰まった三種類の銘菓が、未だ寒い此の時期に、

小さな・小さな春の訪れをもたらしてくれる。

『 花ある心で、人々をもてなす 』

花は人々に生命、美、幸福を想起させ、それはこの世の美しいすべての象徴。

こんな思いを「然 花抄院」は思いに込めて・・・

伝わる人の心の温かさとは、「こんなもんなの~?」
                         カット写真の一部は「ZEN KASHOIN」のHPより拝借


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