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こんなもんなの~?

趣味の写真を添えて、日々の『戯言』を・・・

育てる楽しみ 

 こんにちは 赤ちゃん あなたの生命
           ・
           ・
       すこやかに美しく 育てといのる 
   梓みちよ(歌)

2011-10-08 華2617

先日、ある処の駐車場の垣の傍に、ひっそりと可愛い葉を付けた ”もみじ” を見つけた。

こんな事もあろうかと思い、車のトランクには大小二つのスコップが入れてある。

早速掘り起し持ち帰って、植え替えてやった。

『 賞を得んとすれば 先ず実生を買え 』

と言われる程だが、買うまでも無い!!自然に拾えば済む事である。

実生とは、種子から発芽し、生育した植物で芽生とも言われる。

手間のかからない繁殖法で、ゼロから盆栽として躾ける事が出来、根張りも好きな様に出来るのが利点。

どんなに育つのか?は不明だが、枯れなければ良いがと思っている。

『 視る楽しみ 』

2011-10-08 華2616

日本の伝統に、「視るたのしみ」 がある。

四季折々に変化する自然の美しさに、日本人は感動を覚えたものだ。

粋人は、季節の風情を純粋に愛でると同時に、

その変化を、恋人に喩え、恋の世界に重ね合せ詩をも詠んできた。

『 吉野川の花筏 浮かれて漕がれ候よの 浮かれて漕がれ候よの 』

浮かれ・浮かれとは、遊女をもじったもので、あちらこちらと各所に停泊する船上の ”あだ花”。

浮世の恋心を花筏にたとえた詩で、「閑吟集」には多く詠まれている。

2011-10-08 華2618

『 藤の棚 水なき空に 花筏 』  「時勢粧」

藤棚が木で組まれた筏に見立てられ、筏に藤の花房が挿されているようだ、と。


二枚目の ”もみじ” のカットは出猩猩。

春から紅色付き、夏には清々しい緑色に。 そして秋には再度紅く色付き、視る楽しみが。

掘り起こしてきて鉢植えした実生の ”もみじ” の品種は不明だが、

どのように成長してくれるのか? 不肖の息子ほど可愛いと言う、好きな様に大きくなってくれれば・・・

『 裏を見せ 表を見せて 散る紅葉 』 とは、良寛、辞世の句。

新緑を楽しみ、紅葉を愛でる楽しみ。

”もみじ” は春から晩秋まで室内を飾ってくれる。

真紅の葉は旺盛な人生を教え、散る葉は人生の儚さを教えるのか。

生と死・・・盆栽に人生哲学を学べる。

盆栽が好きになったと言う事は、「こんなもんなの~?」



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category: 雑感

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篠笛の響き 

『 篠笛の 一節切こそ音もよけれ 君と一夜は寝も足らぬ 』

歌謡「隆達節歌謡」の尺八を篠笛に書き換えてある。

篠笛の一節切(ひとよぎり)こそは、音色も美しく良いけど 君と過ごす一夜くりでは全く寝たりない。

篠笛の柔らかく暖かい木管の音色が、切なさを切々と歌った詩であろうか?

女が侭ならぬ恋に苦しみ、しみじみと篠笛をふいているのか。

篠笛の、遠くまで響き渡る綺麗な高音。祭囃子や神楽の印象。

    非常に澄んだ美しい音色は、篠笛の最大の魅力なのか。

    暖かく柔らかな音色は、竹という木管楽器の特徴であろう。

『 京の五条の橋の上・・・』

お馴染みの「牛若丸」はミディアム・テンポな4拍子で日本伝統曲である。

牛若丸が吹いていた篠笛は、”龍笛” と言われる、貴族が使用した超高級品。一般的な篠笛ではない。

2011-10-08 華2615

先日、城跡を散策していると、何処からともなく篠笛の心地よい音が聞こえてきた。

200mも離れたレストランでも、其の美しく勇ましい篠笛の音は届いていた。

城跡の礎石に腰を掛け、一人の若者が篠笛を・・・

大変上手で、はじめはスピーカーから祭囃子の篠笛の音を流しているのかと思った程。

聞けば、後日の祭囃子の練習中という事だった。

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参考までに、篠笛の楽譜。

数字の羅列みたいで、何やら暗号めいてもいる。

祭囃子で吹く篠笛は、最高音の「大甲(だいかん)」と言われる音で、

肺活量が必要になる吹き方で、女子には難しいと言われる。

其れだけに、上手に吹けば遠くまで澄んだ元気な音は響き渡る。

『 音色の魅力 』

篠笛の高音は、威勢の良さを感じさせるが、

低音は以外にも温もりとと同時に、聞き方によっては恨みに満ちた音、

或いは涙を誘う悲哀極まりないものを感じる。

恋人との別れを嘆いて泣き悲しむ、切ない澄んだ響き。

見慣れぬ旅の空で、思いやる哀しさを。

篠笛の儚く哀しい響きが、少しでも心を慰めてくれるのか。


木管笛に尺八がある。

尺八といえば思い出すのが、中国絶世の才覚美女「王昭君」であろうか。

『教訓抄』によれば、漢の元帝が王昭君の為に作った曲で、

馬上で俯せになって嘆き悲しむ王昭君は少し心が慰められたと言う。

『教訓抄』では、尺八を横笛に書き換えたという。尺八の旋律を、横笛で吹けるように・・・

そこで、書き出しの「尺八」を「篠笛」と書き換えたのである。

澄んだ清楚な響きをもたらす篠笛の音色は、

恋の苦しみの中で悶々とする心の慰みなのか?

愛欲の烈しい情念を恨みをもって伝えるのか?

或いは、諦めの心情を静かに切なく訴えるのか?

『 恋の篠笛な吹いそ 心すごいに 』   「田植草子」歌謡

恋の篠笛は吹いてくれるな、心侘しく寂しくなるから・・・孤独を謳い伝える篠笛の音。

時には、恋人の元へ忍んで通う合図に、篠笛を・・・逢瀬を導く篠笛の音。

城跡の礎石に腰を掛け、篠笛のあの甲高い澄んだ高音をしばし楽しんだ。

篠笛の音色の楽しみ方って、「こんなもんなの~?」


category: 雑感

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想いは、追憶の彼方 

『 底 な し 沼 』

最近テレビで西部劇を再放送している。

西部劇は荒野とか牧場とか、広く埃っぽい場所が舞台となる。

偶に「底なし沼」が出現もし、無性に印象が深かった想い出がある。

地面と見境がつかず、一旦落ち込むと其の粘性故、自力では二度と脱出できない。

底知れず深く一度堕ちれば、決して遺体が見つからない恐怖の沼なのである。

映画では、主人公が底なし沼に堕ちたが、愛馬の助けを借りて窮地から抜け出し、

悪党が落ちた時には、其処で最期を遂げた。

”助けてくれ!!” と叫びながら悪党は沼に飲み込まていく。

最後には、突き上げられた腕の先がタイタニックさながらに沈んでいく光景は、恐怖そのものであった。

『 汲み取り式、トイレ(便所)』

2011-10-08 華2613
ボットン式の汲み取り便所の、汲み取り口。

太平洋戦争時、私は戦火を避けて小高い丘の社宅に引っ越していた。

住んで居た街には油化という軍需工場があり、B29からの1トン爆弾や焼夷弾攻撃に晒され、

夜の空襲の折には、街の工場付近は、さながら花火大会の如く美しくも感じたものだった。

疎開先には、底なし沼は無いけれど、代わりに ”肥溜め” があった。

”肥溜め” には底なし沼が持つロマンチシズムに欠けるが、生活に密接した恐怖はよりリアルだった。

緩やかな坂道に沿って、二軒長屋の社宅は建ち並んでいた。どの家もボットン式の汲み取り便所だ。

ある日、遊びに耽りはしゃぎ回っていて、朽ちた汲み取り口の板を踏み外し、片足先を汚す羽目になった。

泣きながら(?)家に帰り、母に洗って貰った記憶がある。

小さい頃より田舎が嫌いな原因なのか? 大学は東京と決めていた。

今では、スーパーマーケットなどで、「有機栽培野菜」と銘打ってあるのを見ると、

あの肥溜めを思いだし、ある種の不安が頭を過る。

『 廊下の先に、汲み取り式便所 』

2011-10-08 華2611

終戦を迎え、一度は田舎に引っ越し農業に精をだすが、素人の哀しさで作物は採れず、

父は趣味を商売に生かそうと、市中の二軒長屋を買い取り引っ越す事となり、姉弟で住み分けていた。

其々の家の、廊下の突き当りの便所を境にしていて、廊下の前には猫の額ほどの小さな庭があった。

セメントで塗り固めた小さな池があり、数匹の鯉が泳いでいた。

土の庭は、釘で絵を描いたり、アルファベットの練習などをしたものだった。

『 三和土に設えた、カマド 』

2011-10-08 華2614

小学5年生の時、近くの一軒家に引っ越した。35坪とやはり狭い家だったが、嬉しかった想い出がある。

台所は三和土であり、セメントで造った洗い場と久土が並び、炊事の時などは煙で噎せたものだった。

『 屋内に井戸が 』

2011-10-08 華2609

三和土の台所の右隅に、井戸が掘ってあり、夏にはその水を汲み上げ、ラムネやスイカやウリなどを楽しんだ。

その内に氷で冷やす冷蔵庫なる物が手に入り、井戸には蓋が覆われ、冷蔵庫置き場と変わった。

野菜や肉の買い溜めが出来るようになったが、夏場のかき氷が今でも想い出深い。

『 灰 皿 』

2011-10-08 華2610

我が家には、朱塗りの丸い灰皿入れに銅製の灰皿が。

そして中には、刻みタバコの ”ききょう” と ”ゴールデンバット” が・・・

戦時中、タバコは配給制だったらしい。吸う人には毎月ある程度のタバコが配られたのか?

タバコを食料と交換して貰う為に、母もタバコを吸うと申告していた。父と母の二人分のタバコが手に入る。

どれほど食料と交換したのか? 判らないが、お蔭で母もタバコを吸っていた。

『 上り口にワラジ? 』

2011-10-08 華2612

我が家は父が商売店だったので、正式な玄関はなく出入りは引き戸を開け、三和土の台所からだった。

さすがにワラジは無かったが、常に何足かの下駄とズックが・・・


『 心あまりにも 疲れたるゆえに 』

煩瑣な日々を送り、精神的に疲れは貯まるものだ。

そんな時、俗に云う ”癒し” を求めて、人は旅をするのか?

先日、近くの武家屋敷を散策しながら、遠き過去の追憶に耽ったもの。

石川啄木は、「 ふるさとの山に向ひて 言うことなし。ふるさとの山はありがたきかな 」 と。

小林一茶は、「 古郷は 蠅すら人を さしにけり 」

      「 古郷は よるも障るも 茨の花 」
 と詠んでいる。

永いこと遠い異郷にあって、あの懐かしい故郷に是非帰って見たい。

そんな思いに駆られ何週間も歩き続け、やっとの思いで着いた故郷だったが、

虫けらの如く邪慳にされ、すれ違う人からは茨の如く罵られ、その日のうちに踵を返す事となった、一茶。

そうなんだよね~、故郷なんて所詮はそんなもの。

だから遠くで想いに耽るのが一番だよね~!! と、啄木は言う。

望郷の念って、「こんなもんなの~?」



category: 雑感

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名物に、美味い物・・・ 

『 瘋癲の・・・』

2011-10-08 華2604

『 瘋 癲 』・・・調べてみれば 「瘋癲」 って、精神状態が異常な事や人のこと。

昭和42年ごろ、新宿に集まる変な格好(長髪でラッパズボン)をし、定職にもつかずブラブラと無気力で、

社会生活からはみ出した若者集団を ”フーテン族” と呼んでいた。

「男はつらいよ」で人気を博した ”寅さん” は、的屋という定職があり、

盆・正月には一年分の稼ぎを得ていた事だろう。

ただ風に吹かれて転々とした人生では決してナイ。

気になるのは、異母兄妹の ”さくら” と似ても似つかなく、美女と野獣の組み合わせか?

このミスマッチがまた面白いと云えば、面白いのだが・・・

マドンナ役は、浅丘ルリ子・竹下景子・大原麗子・栗原小巻・松坂慶子・吉永白百合、など等、

美人の代表格といっても過言ではない麗しき女性ばかりである。

「吉野家」・・・柴又一の ”焼草だんご” の専門店。

2011-10-08 華2605

よもぎを沢山使っており、香り・色が大変濃く、甘さを控えた自家製の餡子を載せた、

無添加自然食品の ”草だんご” である。

「門前とらや」・・・柴又一の名店。

2011-10-08 華2606

明治20年創業。 映画 『男はつらいよ』 主役 ”寅さん” の実家で、

自室へ登る階段は、実際に映画で使用し今でも当時のまま残されている。

第一作目より、第四作目まで、撮影が行われた名代草だんごの店で、食事も摂る事が出来る。

「松屋の飴 総本舗」・・・参道唯一の飴の専門店。

2011-10-08 華2607

あんこ飴・きなこ飴も作っているが、何と云っても有名なのが、”セキトメ飴” だ。

ハサミによる飴切り実演の妙技には目を奪われる。

「日本の音風景百選」に選ばれ、「飴切り音頭」の実演を観る事が出来る。

明治元年、深川門前仲町で創業。昭和9年に此処柴又に移転。老舗の店である。

『 柴 又 帝 釈 天 』

2011-10-08 華2608

平日の参道も参拝客・観光客で賑わいを見せる。

「帝釈天」とは、釈尊の修行時代には種々姿を変えて、修行を試す神であったが、

成道後は、釈尊の守護神となった天部の仏。

世界の最高位である須弥山の頂上、喜見城の殊勝殿に住み四天王を従えて阿修羅を征服。

万民の善悪邪正を察知する威徳が、道教の庚申信仰と結びつき、

福徳神として、特に申の日に信仰される。

この申の日の縁日の人では行く手を遮られる程のごった返しで、歩くに侭ならない程だ。

「柴又帝釈天」には、日蓮宗の開祖・日蓮上人が自ら刻んだという ”板本尊” がある。

『 名物に、美味いものナシ 』

良く言われる言葉である。

名物と言われるものは沢山あるが、其の殆どは思う程美味いものでもないが現実だろう。

柴又帝釈天の ”草だんご” も、ご多分に漏れずか?と思いきや、どうしてどうして結構イケる名物だった。

甘い物が大好きな私は、おかげで糖尿病を患ったが、今だ甘い物が手放せない。

たまに頂く、伊勢の”赤福”。宮島の ”もみじ饅頭” などは大好物だ。

ショートケーキなど洋菓子も良いが、和菓子系の方が私には向いているのか。

何と云っても、そこは日本人。幼い頃に食べたくても口に入らなかった、和菓子に郷愁を覚えるのか?

寅さんの語りと精神は、日本人の心。 和菓子の甘味は、日本人の味覚なのだろうか?

なんやかんや言ってはいるけど、甘い物なら何でもイイ!!という私は、

只々、口が卑しいと言う事なのか?

「良薬は、口に苦し」と言うが、長年甘い物に目がなかったお蔭で、苦い薬を・・・

糖尿病になった其の原因は、「こんなもんなの~?」


category: 雑感

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自然に学ぶ 

『 紅 葉 狩 』

2011-10-08 華2599

謡曲 『紅葉狩』 は、武勇の士の心を奪う美女の、怪しく艶やかな舞曲だ。

悪鬼と化した女と武士の格闘。優美な女と荒々しい鬼を一人で演じ分けるシテが登場する場面は、

美しい ”山もみじ” が織りなす見事な情景がタマラナイ!!

白居易の詩に、「林間に酒を温めて紅葉を炊き、石上に詩を題して緑苔を掃う」とある。

華やかで鮮やかさを備え持つ紅葉も、散りゆく儚さ寂しさが、時の移ろいと共に、

人生の悲哀と始終を呼び起こすのか?

万葉の昔より謳い詠まれてきた紅葉。

春の ”もみじ” は、新緑のブナと共に、素敵なものである。

『 薫 の 将 』

2011-10-08 華2600

『源氏物語』第50巻は「東屋」である。 宇治十帖で登場する罪の子 ”薫の将” の物語。

表向きでは光源氏の子と言われているが、実は女三の宮と柏木の間に生を享けた子で、

匂の宮と浮舟への恋争いになるが、悲恋に終わる事となる。

平安時代の暗い愛の世界を切々と描きあげている。

『 ひさかたの 光のどけき春の日に しづ心なく花の散るらむ 』 紀 友則

2011-10-08 華2602

「赤い椿 白い椿と 落ちにけり」 と詠えども寂しい春の日である。

2011-10-08 華2601

『 東屋の くらきに落ちる 椿かな 』

庭園などに設けた四方の柱と屋根だけ、たまに簡単な壁を設えた寄棟造りの休憩所を、

「東屋」とか、「亭(ちん)」と呼んでいる。

景色を楽しむ休憩所であるが、庭園そのものに風雅趣を添えるものである。

落ちた一輪の椿が、寂しい東屋に僅かな温かみを添えていた。

2011-10-08 華2603

『 目に青葉 野に鶯 池に鯉 』

春の日を浴びて、爽やかに輝く青葉が目に眩しい。

近くの林から聞こえる鶯の声。

水面に浮かび来て餌をねだる緋鯉のマゴイ。

長閑な時間を楽しんでいると、自然に人生の侘しさと儚さを。

そして生かされている今を、真剣に生きる意味を学ぶ事が出来る。

智慧は自然が教えてくれるって、「こんなもんなの~?」

category: 雑感

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竹林の七賢 

『 佐倉 サムライの小径 ”ひよどり坂” 』

2011-10-08 華2598

”ひよどり” の名は、ヒヨドリの鳴き声が聴こえたとか、源平合戦一の坂の戦いで、

義経が急斜面を駆け下りた「鵯越の逆落とし」に因んだものと言われている。

京都・嵐山の竹林を参考に、城下町ならではの無骨な雰囲気を加えた坂道は、

関東最大級の武家屋敷群に隣接する、新たな散歩道として人気を呼んでいる。

2011-10-08 華2595

江戸時代中期の書物 『古今佐倉砂子』には、

「坂は、下に降りる途中で左へ曲がっており、坂の下の方は真竹の竹藪であった・・・」と。


『 今さらに なに生ひいづらむ竹の子の 

憂き節しげき 世とは知らずや 』

                              凡河内久躬恒(句)

2011-10-08 華2597

何事も無いかのようにスクスク育つ我が子は、

辛い事の多い此の世だとは知らないで・・・

崩れ落ちた坂道の土手に、立派な竹の子がのびのびと育っていた。

孰れは切り取られる事も知らないで・・・

2011-10-08 華2596

『 サムライ小径 ”ひよどり坂”』

坂の両側は竹藪が茂っており、汗ばむこの頃でもヒンヤリすうぐらい涼しく、

未舗装の暗くて静かな坂道は、落ち着いた雰囲気を漂わしている。

竹林のあちこちでは、今を盛りに竹の子が顔を出してる。

格子状に組み上げた「四ツ目垣」は、簡素で無骨な趣があり、

路は土道で、石畳を敷いてあり、如何にもサムライが往来した気配が感じられる。

2011-10-08 華2594

『 古の 七の賢しき人たちも 欲しせしものは 酒にしあるらし 』 大伴旅人(句)

中国晋代に、俗塵を離れて竹林に集まり、清談を楽しんだという七人の隠士・「竹林の七賢」と言われる。

当時は禁酒令が敷かれていたようだ。そうであらば清談を楽しんだのではなく、

大ぴらに飲酒は出来なかった筈だ。そこで竹林に隠れて飲酒を楽しんだ、

ただの、”七人の、飲んだくれ” と言うだけなのか?

賢人なんて、「こんなもんなの~?」


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桜・サクラ・さくら 

『 さまざまの 事想い出す 桜かな 』   松尾芭蕉


水温む春も過ぎ、初夏を迎えたかのような、暖かい陽が差し込む部屋の窓も全開。

ペットの ”らら” を連れて久し振りに公園を散歩した。

名残を惜しむかのように、葉桜となりながらも未だ花びらを撒き散らしていた。

2011-10-08 華2593

二本の寄せ植えの桜の盆栽。 名前が判らない種類。

一週間前より小さな蕾が咲き始め、今が見頃なのか?

三か所に五輪の可憐な花びらで、余りにもスッキリし過ぎのキライがあるが、この空間がタマラナイ程好き。

右側の木には、本当に小さな蕾が沢山付いているのだが、果たして何時咲いてくれるのやら・・・

『 ウワミズザクラ 』

2011-10-08 華2591

先日、佐倉市の城跡公園を散歩していて見つけたもの。

どう見ても、桜には見えないもので、初めて見たものだ。

白い五弁の小花を長さ10cmの穂に多数房状に付けている。

山野に自生し、花穂や未熟の実は、塩漬けにすれば食用になるらしい。

熟した実は、香りに優れ果実酒を作る事が出来るという。

「古事記」にも登場するが、吉凶を占う神事に用いたようだ。

一説によると、現在でも天皇即位に際して存続していると言われる。

『 しきしまの 大和心を人問はば 朝日に匂ふ 山桜花 』  本居宣長

2011-10-08 華2592

京都土産に、『 桜 も ち 』 が届いた。 伊勢名物の 『 赤 福 』 を添えて・・・

京都市下京句寺町通りの「仙太郎」と言う有名な和菓子屋謹製らしい。

包箱の中に、「和菓子歳時記」なる説明書が入っていて、当店の「桜もち」は、

道明寺製、中は漉し餡。二枚の葉に挟む。もち生地はよくある淡紅色ではなく生成の白。

葉を二枚で包んだのは、ピンク色に負けるその地味な生成の色をカモフラージュせんが為。

葉ごと食べるのが通人とか? 塩漬けにした葉っぱ故、いわば、おつけもの。

無論、召し上がっていただけるし、召し上がっていただきたい。

黒文字等でつつきまわさず、あっさり”パクリ” ”ムシャリ” と、是非手づかみで食べて頂きたい。

どのように食べようが本人次第!! 私は、あのショッパイ葉はどうも頂けない!!

甘味と塩味のコンビネーションと言わんばかり。

昔より、戦中戦後もそうだが、甘味を感じ易くするために塩を一振り、

よく精製した砂糖の甘味だけで結構だ、塩味を加えるなんて「いいかげんに、せ~」と・・・言いたい。

『 散る桜 のこる桜も 散る桜 』  良寛

『 裏を見せ 表を見せて 散る紅葉 』  良寛

禅僧の名僧・良寛の言葉は含蓄があり、単純だが奥深い意味が隠されている。

名の知らない、今を盛りとばかり咲いている我が家の ”桜” を眺めていてふと思い出すのは、

”花より 団子”

「桜もち」を頂いたからではないが・・・江戸いろは歌留多のこの言葉を。

観ていて美しいものより、役に立つ方がイイ。

風流より実益、外観より実質がイイ。 と言う意味だろうが、

眺めて美人より、手の届く女の方がイイ・・・とでも言えようか。

桜の花を楽しむも一興だが、それより茶店の ”桜もち” の方がイイという事だね。

” 香具師と「サクラ」 ”

昔はバナナのたたき売りでよく知られた、あの ”サクラ”。

香具師の子分を”サクラ”と呼んだ、其の発祥の意味は私は知らない。誰か知ってる~?

街頭や祭りなど、人出の多い場所で露店を張り、香具師が繰り広げる口上に乗り、

一番先に、「それ!買った」などと客の振りする偽客「サクラ」。

秋葉原駅広場で店を張り、時計や革製品、家庭用品などを口上巧みに客を誘う。

「サクラ」と知ってか?知らぬか? 一般客も釣られて声を掛ける「ください!!」と。

家に帰り、よくよく見れば、「な~んだ、これは」と、騙された事に気付く事となる。

「後の祭り」とは、此の事なのだが。

” 姥 桜 ”

「 所詮、私は ”姥桜”」 なんて言葉、貴女は一度や二度、使った事はありませんか?

本来の意味は、ヒガンサクラのように、葉が出るより先に花が咲く桜の事であるが、

「歯無し」に引っかけて、娘盛りを過ぎても、なお美しい色気が残っている女性を指す言葉なのだ。

一鉢¥1000の名も知らぬ桜の盆栽(?)を眺めながら、

頂いた『桜もち』に手を出せば、「さくら」という言葉が次から次へと浮かんでくる。

「花より、団子」なんて正しく、「こんなもんなの~?」



 

category: 雑感

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心の繋がり 

『 年老いて 貰うばかりの 贈り物 』

2011-10-08 華2589

『 青瓷如牡中壺套組 』

昨日、お付き合いのある男性から頂いた茶具。中国伝統の瓷器である。

このタイプの茶器は、蓋碗といって受け皿が無くて蓋がセットになっている物が多い。

西洋では6客分が一組で、日本では5客分が一組が一般的だが、

中国では4客分が普遍的な組み合わせなのだろう。尤も此の組み合わせで良いと思うのだが。

若い時には、各方面に「お歳暮」「お中元」としてしばしば贈ったものだが、

古希を迎えた此の歳になると、贈るより贈られ事の方が多くなった。

目上の人への贈り物・・・世界的な風習なのだろう。

そう云えば、プレゼントされた方は、未だ若く50歳前だろうか・・・


漢詩的に書かれているので、意味は良く分らないが、

「青瓷是中国傳統瓷器 以瓷質細膩 線條明快流暢 造型端荘渾撲 色澤純潔而班斕著称於世」

なんて、美辞麗句(?)が並んでいる。

2011-10-08 華2590

茶器に添えられ、「茉莉花茶」も一緒に頂いた。

ジャスミン茶の事で、普通のジャスミン茶とは違った、コロコロ・ジャスミン茶の缶入りだ。

茶葉がくるくる丸まっていて、良く見れば産毛の様なものが、

茶葉に白い産毛があるのは、葉の若い時に摘み取った証拠で、産毛は白毫(バイハオ)と呼ばれ、

最高級品の証と言う。繊細でやさしい味の秘密と言われる。


清香花楼のジャスミン茶は、茶葉が白茶の種類なので、

茶葉の甘味を味わうには、低温で淹れて長い時間待つのが良い。

香りを楽しむには高温が適していると言われる。

『 今を ありがたく思う 』

贈り物を頂いたから、「有難く思う」のでは決してない。

有る事難し・・・今この瞬間に在る事が、もともと難しい事なのだ!!

古稀を迎えることが出来るのは、正しく「有る事、難し」なのである。

若さにもよらず、強靭な体力にもよらず、思いがけないのが ”死の到来” である。

古稀を無事に迎えるまで、死を逃れて生き延びてきた事は、

一昔前までは、珍しく不思議な事であったろう。

『贈り物』、この心の通わせ方は、古来日本人が最も得意とする一つの習慣である。

永く生きていれば、色々な人との出会いがある。

贈り・贈られ・・・なんと素敵な習慣なのであろうか。

心と心の繋がりなんて、「こんなもんなの~?」


category: 雑感

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気分は、オランダへ 

『 回るも 廻らぬも 飾りの風車 』

好天に恵まれた今日、午前中は時間があったので、「佐倉ふるさと広場」にチューリップと風車を観に。

四枚の羽根には、なんと万国旗が飾られており、”あれ!風車は飾りなの?” と・・・

2011-10-08 華2583

風に砂塵が舞う駐車場(協賛金¥600)に車を停め、土埃の中を100mほど。

風車へと続く散歩道には、屋台がテントを並べ、さながらお祭り気分だった。

『 本格的 オランダ風車 《リーフデ》 』

「佐倉ふるさと広場」のランドマークとして、日蘭親善のシンボルとして建設されたもの。

風車は、本体機構の殆どをオランダで製作し、現地で組み立てられた。

国内初の本格的 ”水汲み風車” だ。

風車塔は、高さ15,6mの外壁煉瓦積み、鉄筋コンクリート造四階建て。

羽根の直径は27,5mの四枚羽で構成されている。

2011-10-08 華2582

『 水汲み風車の仕組み 』

翼帆軸に取り付けられた羽根は、風力によって回転し、

その力は、上部歯車から主軸に伝わり、下部の水車を回す力になる。

風車の操作は、先ず羽根を風上に向くように調節し、羽根に帆を張る。

帆は、風の強弱により前面に、あるいは部分的に張るが、強風の時は帆を張らずに回す事もある。

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係員がブレーキを外し、風車の向きを変えている。

四枚の羽根に帆を張り終わると、ブレーキ・レバーを操作しブレーキを外し、風車を回転させる。

色とりどりの満開のチューリップを楽しみ、来た方へと歩を進めれば、

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橋のたもとに、『祐子コース』と、聞いた事のある名前の案内板が。

マラソンランナーの金メダリスト:有森裕子が、練習で駆け抜けた道なのだろう。

案内板のすぐ横、一段低くなっている所に、文豪・吉川英治の記念碑が・・・

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記念の石版に刻まれた詩は字が読めない状態だったが、

なにやら、お母さんの想い出や有難さを詠った詩ではなかろうか?

『 飯 野 龍 神 橋 』

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印旛沼に流れ込む ”鹿島川” に懸る此の立派な石造りの橋の名は、「飯野龍神橋」。

橋の途中、三か所には下を流れる川面や、印旛沼の景色が楽しめるように、休憩広場が設えてある。

佐倉市は、マラソン・コーチで有名な小出監督のトレーニング・センターがあり、

往年の名選手(オリンピック・金メダリスト)高橋尚子の豪邸でも知られている。

「龍神橋」は、有森裕子のみならず、高橋尚子も千葉真子などが駆け抜けたのだろうか?

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「龍神橋」から印旛沼方面に目を向ければ、「佐倉ふるさと広場」の風車や、

橋の袂からの遊覧船が停泊しているのが望める。そして遥か彼方に印旛沼も望める。


桜前線が北上していると、日々テレビが報道している。東京は人足先に葉桜となってしまったが・・・

今日あたり、福島の ”三春の枝垂れ桜” が、見頃を迎えたらしい。

『青い鳥』で有名な劇作家・メーテルリンクは、

『 みんなが考えているより、ずっと沢山の幸福が世の中にはあるのに、

  たいていの人はそれを見つけられない 』
 と。

風車の下に、満開のチューリップ畑。橋の上からは、屋形船や印旛沼が望め、

かって、名ランナー達が駆け抜けた事に思いを馳せれば、小さな不満など、何処かへ吹っ飛んでしまう。

幸福は身の回りにこそ有る!! そんな思いをする長閑な半日だった。

人の幸せなんて、「こんなもんなの~?」


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60分の癒し 

『 刻(とき)の移ろいに寛ぎ、安らぎを愛でる 』    庭園パンフより

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昨日は免許センターへ書き換えの為、女房を送り届けた。

迎えの時間まで、90分ばかり時間がありそうなので、『見浜園』で一人休憩する事とした。


都市の喧騒からのがれ、しばし自分に還る刻(とき)

人は、自然とひとつになり語らいを始める。

そんな現代の人々に「寛ぎ」のひとときを提供する空間です。

自然が織りなす豊かな表情・・・

茶室や四阿(あずまや)といった建物の優美な姿・・・

様々な風景が人々に優しさ、安らぎを与えます。  パンフレットより。

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『 蹲(つくばい)』

和風の日本庭園・茶室などに入る際、客人が口と手を漱ぎ清める為に使用するもので、

”うずくまる” という意味。

仏教ではご本尊の前で、片膝を立てて座る事を、「蹲踞(そんこ)」と言う。

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『 床 の 間 』

正式には、『 床 』 と言う。

日本住宅の畳の部屋に見られる座敷飾りの一つの形式。

ハレの空間である客間の一角に設えられ、掛け軸や活け花など、或いは陶器などの置物を飾る。

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『 ”お薄”と ”練り切り ”』

タケノコを模した練り切りと、お抹茶のお薄。

上品な女性が立ててくれたお薄に、つかの間の安らぎを覚える。

ガラス張りの窓越しに、良く手入れされた日本庭園が望める。

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『 止 め 石 』

一服の茶を楽しんだ後、庭園を散策しようと歩けば、

「立ち入り禁止」の為の『止め石』に出くわした。

日本庭園や神社仏閣などで「立ち入り禁止」を表示する目的の為の置石。

丸い石に黒い棕櫚縄を十文字に掛けて用いる。

二股に別れた道の一方を塞ぐために用いたり、茶室などでは ”此処から先には入って欲しくない” と、

庭の持ち主が拒んでいる時に用いる。

客人も、此れより先へ進む事は避けなければならない。


60分という僅かな時間であったが、心身共に煩雑な現代人にとっては、心の疲れを癒すには充分だった。

入園料 ¥100 お茶とお菓子 ¥400 は十分納得できる金額だが、

駐車料が、なんと¥600 には・・・¥300でイイのでは?と思った事だった。

人工的な建物に、料金を払ってまで癒しを求めに行くって、

ストレス社会っていう事は、「こんなもんなの~?」



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天邪鬼? 

『 春きては 心のまつにかゝりつる 藤の初花 さきそめにけり 』 源 俊頼

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今年一月に、一鉢¥800で買った ”藤” の花木.

プラスチックの鉢に植えてあったが、此の綺麗な釉薬の懸った鉢に植え替えた。

少々グロテスクな幹だけだった ”藤” であったが、数日前から咲き始め、

今日はほぼ満開の状態になり、可憐で綺麗な紫色の房を楽しめるようになった。

『 家 紋 』

日本には、古来より出自と云って、自らの家系・血統・家柄・地位、等を表す為に ”家紋” が用いられた。

藤の家紋は、日本五大家紋の一つであって、

藤は、長寿で繁殖力が旺盛で、お目出度い植物として讃えられた。

家紋は、その藤の花をデザイン化したもので、代表格は藤原家であろうか。

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『下がり藤』の家紋。

最も代表的な家紋であるが、

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『上がり藤』の家紋。

上がり藤の家紋は、下がり藤の家紋を、上下反転しただけではない。

よく観れば、中央の葉の位置こそ違うが、両とも上向きなのである。

恐らく下がり藤の家紋が最初であろう。其のうちに「反対の上がり藤でもイイのでは?」と言う人が・・・

花房が上向きに咲いている藤の木なんて、私は観た事も無いが、果たして現実にあるとでも言うのか?

『 天邪鬼 』?『 へそ曲がり 』?『 偏屈者 』?

いつの世の中にも、この様に陰口を叩かれる人がいるものだ。

家紋の件でも、藤原家に反目だったのか? 藤の花の家紋は使いたいが、藤原がいるので自分は上がり藤にと。

天邪鬼・へそ曲がり・偏屈者・・・どの言葉にしても、他人との同調性に欠け、

ひねくれていて素直でない、心が捻じ曲がっていて性質や考えが、ひねくれて素直でない。

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『 正真正銘の天邪鬼 』

平安時代の真言宗の道場:東寺(京都)の五重塔を支える天邪鬼。

五重塔の内部、一階の屋根の庇の裏側、張り出した柱の上の四隅に天邪鬼が居る。

「天邪鬼」 は、本来は仏教で人間の煩悩を表す象徴であった。

四天王や執金剛神に踏み付けられている悪鬼であるが、その後転じて、

”人の心を見計らって、悪戯をしかける鬼” とか、

”他者の思想・言動を確認したうえで、敢えて此れに逆らう言動をする「ひねくれ者」「つむじ曲がり」” に。

「天邪鬼」 は、本心に素直になれず、周囲と反発する人・言動を指して言わるようになった。


『 藤の花 こき紫の色よりも をしむ心をたれかそめけん 』 清原元輔


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「花の命は短くて・・・」、何処かの女史が詠んだ有名な句であるが、

正しく花の命は短い!! 満開の紫を愛でられるのも数日の事である。

仄かな甘い香りを楽しませてくれる ”藤の花”。いや、楽しませてくれたが本当なのか?

奈良時代・平安時代には、一番高貴な色として珍重された紫色。

¥800 の藤の花に我が家のリビングも華やいだものだった。

一日の何度となく顔を近づけては花弁の形と色と香りに心地よさを楽しんだ。

その都度思う事があった。「どうして、下がり藤と上がり藤があるの?」と。

そうだキット太古の昔より、「へそ曲がり」や「天邪鬼」がいたのに違いないと。

愛でる気持ちに「ひねくれの心」は要らないと思う。

草花を楽しむ気持ちって、「こんなもんなの~?」

category: 雑感

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煤竹に風鈴 

『 煤竹に小田原風鈴 』

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三日月型にデザインされた懸け台に小田原風鈴。職人による煤竹の懸け台。

「煤 竹」 古い萱葺屋根民家の屋根裏や天井から取られる竹で、200年以上の永い年月をかけ、

     囲炉裏の煙で燻されて、自然についた独特の茶褐色に変色しているのが特徴だ。

デパートの即売会用に制作された物であるが、特別に頒けて頂いたもの。

煤竹と少しばかり緑青が吹いた風鈴がとても風情を感じさせる。

『 風鈴の伝来 』

風鈴は元来、中国で用いられ、「古風鐸」と言う吉凶を占うために使用された。

竹林に下げられ、風の向きや、音の鳴り具合によって皇帝が占ったと言われる。

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『 風 鐸 』

風鈴が日本に伝来したのは、仏教の伝来の時、経典や仏像と共にもたらされたと言われる。

主に用いられたのは、魔除けとして、寺院の屋根の四隅に吊り下げられた。

ガラン・ガランと重苦しい音で鳴るが、その音の届く範囲に住んで居る人々の為の厄除けだった。

古くは、正倉院の御物に見られるように、仏具・僧具などに多く用いられた。

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壁面に下げる為に制作された懸け台と、小田原風鈴。

小田原風鈴は、黒澤 明 監督の映画 「赤ひげ」 の中でも用いられた。

当時、殊の外 ”音” に拘った黒澤監督。「最高の風鈴をもってこい!!」とスタッフに。

指示を受けたスタッフが探し求めた結果、持ち込まれた風鈴は、特に念入りに制作された小田原風鈴だった。

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デパートへの出展前の懸け台に下げられた小田原風鈴。

『 夏の風物詩 』

音色の良し悪しは、材質に左右されるが、

日本人には涼しげな音と聞こえ、秋を知らせるスズムシの声とも似ている。

元来、日本人は風鈴の音色を聴くことに、涼しの風情を味わったものである。

『 砂張の風鈴 』

一般的な鉄や銅製の風鈴ではなく、”砂張” と言われる、銅に錫を20%以上混ぜたもの。

小田原風鈴は、銀を軽く燻したような砂張独特な上品な着色が施されている。

真鍮製の風鈴は時と共に、其の音色は徐々に悪くなるが、

砂張の風鈴は堅くて脆い性質で制作も難しいが、

「鳴り上がる」 と云って、音色は時と共に益々良くなると言われ、古来より珍重されてきた。

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欅の大黒柱に架けられた小田原風鈴

『 癒しの音色 』

1/f と言われ、癒しの音とも言われる。

人が心地よいと感じる音色は、高い周波数と音が干渉し合ってできる ”ゆらぎ” が、癒される良い音とされる。

”ゆらぎ” 音は異なったごく近い周波数が、ほぼ同時に発生した時に、

お互いの振動が重なり合ったり、打ち消したりして発生する。

小田原風鈴製作者は言う、「ゆらぎ音の発生波形・周波数・余韻など理想を求めて、

材料成分割合・熱処理など、常に分析研究を怠らない」と・・・


『 風は 嵐。三月ばかりの夕暮れに、ゆるく吹きたる雨風。』

清少納言は斯く言うが、

天気予報では、明日は強風が吹き荒れ、雨模様と報道されている。

今週は天候不順で「春に三日の晴れはなし」という事なのか。

我が家では、「煤竹に小田原風鈴」はサイド・ボードの上に置いてある。

雨風の鬱陶しい日には、爽やかな砂張風鈴の音色でも聴きながら過ごすとしましょうか。

風鈴の使い方って、「こんなもんなの~?」

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散る桜・・・ 

『 晴れて良し、雨もまた良し、路傍の花 』

此処の所、東京へ神奈川へと少々忙しくしていた。

出掛けるたびに雨に遭い、ふと此の言葉が頭を過った。

確かに雨の日の外出はうっとうしく、好まれる事は少ないであろうが、

日照り続きでは、草木も人も干上がってしまう。

晴れがあり、雨の日があるからこそ、全ての物は順調に育つのだが・・・

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『 浄土から やって来たのか彼岸の桜 』

神話では、神代の時代、「木之花咲耶姫」が富士山の頂から桜の種を蒔いて花を咲かせたと、

華やかなお話が語られている。

お彼岸の頃から咲き始める桜を、毎年眺めながら思う事は、

向こうの岸辺:悟りの世界(浄土)から、此の娑婆世界にやって来て咲いているのか?

四月に入るや、チラホラと散る桜も多くなった。優雅に眺め風情を味わうもの今一時なのか?

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三月二十日頃に、ほぼ満開を迎えた鉢植えの枝垂れ桜。

『 散る桜 咲く桜も散る桜 』

暖かな春の陽を浴びて、一気に咲き誇り潔く散る桜に、昔より人々は何を感じてきたのだろうか?

人々はどんなに桜の花が咲き乱れ、ハラハラと散りゆく風情を待ち焦がれた事だろうか。

さくら(桜)の ”ら” の字は、親愛の情や感動の表現に使われる。

優雅に桜を愛でる「桜人」。桜を訪ね歩く「桜狩り」。

「花見」となると、意味は大きく違ってくるようだ。

酒を飲み、ご馳走を食べ、賑やかに歌えや踊れやへと大変身。

傍から見れば、桜でなくても良いだろうにと思える始末だ。

哲学者や思想家が咲き誇る、或るはまた散る桜に寄せる気持ちは・・・

命の儚さや、この世の無常を散る桜に観たのであろう。

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雨上がりの今日、無残な姿を見せる散る桜花。

どんなに見事に咲き誇る桜でも、其の命は短くて直に散り始める。

日常を忙しく働き蜂や蟻の如く右往左往する現代人、

花に浮かれるのも一興かも知れぬが、散る桜に胸を打たれるのも一興ではないだろうか?

それとも、無常の世の中だから、せめて一時を楽しく・・・と云う事なのか?

『 生ける者 つひにも死ぬるものにあれば 

       この世なる間は 楽しくをあらな 』
大伴旅人

一見して刹那的な享楽を詠っているようだが、詩の底に流れるのは、

「盛者必滅・会者定離」の現世の憂いを声高に謳うのか?

日頃の憂さを散る桜に重ね合せたのか?

せめて一杯引っ掛けて、楽しくやりたいな~、と密かに心に思うのか?

人生の苦楽って、「こんなもんなの~?」



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