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こんなもんなの~?

趣味の写真を添えて、日々の『戯言』を・・・

せめて、水でも・・・ 


『 水が飲みたい・・・』

2011-10-08 華2776
「上総掘り」によって掘られた公園の井戸

昨日から関東にも冷気が入り込み、少しは過ごし易いですが、

全国的に猛暑が続き、熱中症患者続出の日々が続いていました。

観測史上初の記録とか報道が有りましたが、地球温暖化もここまで来たのか?

熱中症寸前で、熱にやられた頭ではブログも書けなかったという事でしょうか?

昼の外出は愚か、夜の犬の散歩でも、思わず口を突いて出る言葉は、「せめて、水でも」だった。

『 上総掘り井戸 』

kazusabori01[1]
                  「上総掘り」の資料より転載

千葉県中央に位置する上総の国では、昔より高い山々が無かった。

飲み水の確保には格別の苦労もあったと言われる。

明治中期に確立された井戸堀りの技法で、竹や木材を使う為、道具の現地調達が比較的容易で、

少ない人力で深い井戸が掘れ、経済的負担も小さいため、この上総地方で急速に普及した。

「上総掘り」この方法は現在、水不足に悩むアジア・アフリカ地域にも広く取り入れられている。

これもひとえに青年海外協力隊や国際協力事業団などの活躍に負うところである。

『 朝顔に つるべとられて もらい水 』  加賀千代(句)

2011-10-08 華2777

「井戸に水を汲みに来てみれば、朝顔のつるが釣瓶に巻き付いている。

切るのは可哀そうだから、近所の井戸に水をもらいに行きましょう」 

此処、谷中には未だに井戸端があちこちで見受けられる。

昔はご婦人たちの朗らかな声が聞こえたものでしょうか?

井戸端会議は主婦たちのコミュニケーションの場だった。

『 井筒つの 井筒にかけし まろがたけ 過ぎにけらしな いもみざるまに 』 

2011-10-08 華2784

井戸の傍で遊んだ幼馴染の貴女よ もう私の背丈も井戸枠の高さを超えました。

貴女に逢わずにいるうちに・・・。

幼い日の恋人が忘れられない内に今日まで来てしまったことよ、切実に訴える求婚の歌。

『 井を掘りて 今一尺で出る水を 掘らずに出ぬと いう人ぞ憂き 』
                      手島堵庵(句)

2011-10-08 華2779

あと一尺掘れば水が出るのに、頑張って掘らないなんて、なんと勿体ない話なのか。

あぁ、もうだめだ!!と諦めるなんて、勿体ない事よの~。

此の句を読めば、己の努力不足が恥ずかしい。後悔・後悔。

『 都人 来ても折らなむ かわずなく 県の井戸の 山吹の花 』

2011-10-08 華2785

「都に住む愛しい貴方よ 私の邸に咲いている山吹の花を・・・」 橘 公平の娘が詠んだ歌。

直向きな恋心を優しく詠んだ歌。

花も綺麗に咲いているうちに・・・枯れてからでは、もう遅いですよ~。

『 井の中の蛙 大海を知らず 』…『 されど空の深さを知る 』 

中国「荘子」が詠んだ歌とか? 続きは誰が詠んだのか?

蛙が利口なのか? はたまた大亀が博学なのか?

”知ったかぶる”・・・世の凡人の習性なのか?

『 眠りえぬものに 夜はながく 疲れたるものに 五里の路はながし

  正法を知るなき おろか者に 生死の輪廻は ながからん 』
  真理の言葉「法句経」

人は誰でも、男女・貧富・美醜・賢愚・・・多くの縁を背負ってこの世に生まれる。

どんな境遇であれ、生まれてきた者なりに・・・

果たして井の中の蛙が良いのか? それとも大海の大亀なのか・・・

利口ぶっても所詮は小人、所詮は愚か者。

せめて、感謝と少しばかりの恩に生きるとしましょうか。

人の生きる道って、「こんなもんなの~?」




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category: 雑感

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梅雨も終わり・・・ 

初夏の雨 去り鬼灯の 艶ふかく


2011-10-08 華2769

           
          暑中お見舞い 申し上げます


織姫・彦星が逢瀬を楽しむ七夕も終わり、天帝の計らいで夫婦になりはしたが、

日々を遊び暮らした結果、二人は引き裂かれ天の川の両岸に暮らす羽目になったと言う。

アダムとイブも禁断の果実を食べたばっかりに・・・

私たちも、苦を避け楽を選んでばかりでは、その先の結果はどうなる事やら。

先日、天の川を見ようと思ってはいたが、この暑さではではね~。


ここ3・4日、暑さでバテバテ!! 熱中症手前でした。ブログも書けない程に・・・

折角コメント頂きましたが、返事も書けず大変失礼いたしました。

皆さま方に於かれましては、くれぐれもお体にはお気をつけあそばせ!!

またの再会を楽しみにしております。



category: 雑感

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美術館へ・・・ 


『 オランジュリー美術館へ 』

フランス・パリのセーヌ川に面した所に、国立オランジュリー美術館がある。

2011-10-08 華2772

印象派画家の作品を多く収集している美術館で、

クロード・モネの 「睡蓮」 は、其の中でも特に有名なものだ。

先日の事、モネの 「睡蓮」 が観たくて、オランジェリー美術館へ・・・行くのは無理なので、

せめてもと思い、千葉市の 「花の美術館」 に行った。此処には、モネの「睡蓮」の複製画がある。

『 モ ネ の 言 葉 』 説明板より

2011-10-08 華2773

私が睡蓮を植えたのは楽しみであり、これを描こうとなどとは思いもせず育ててきた。

そして突如として、私の池の妖精たちが私の眼前に現れ出た。

私はパレットを手に取った。この時以来、ほとんど私はモデルを使う事がなかった。

壁に沿って、間仕切り壁を一つのまとまりで包んでしまうと、切れ目のない・水平線のない、

また岸のない水のイリュージョンが生まれるかも知れない。

制作によって疲れ切った神経は、淀んだ水の寛いださまに従って解きほぐされ、

そこに住まう者に此の部屋は、花咲く水族館の真ん中に、快い瞑想の場を提供することになろうと思った。


私は自然の中により深く入って行こうという願いの他の望みは持たないし、

ゲーテの教訓にならって、自然の教えと調和して制作し、

生まれていくと言う運命以外のものを願いはしない。

自然は偉大で強大で不滅のものだが、それに比べたら人間が描き出したものなどは、

哀れなケシ粒の如きものに過ぎない。

『 光 の 精 神 性 』

2011-10-08 華2774

岸の柳や太鼓橋、夕暮れの空などを描きこんだ作品も多くあるが、

画面全体を池で描きこんだ作品は、あたかも自分が池の中に佇んでいるような錯覚に堕ち入る。

花や水を表す筆の走りや色彩は、強い感動を受ける。

数いる印象画家の中でも、モネは表現主義的で、その美しい神秘性には驚かされる。

モネは、妻や息子の相次ぐ死に打ちひしがれ、視力も衰える中、

大作 「睡蓮」 を最晩年まで描き続け、作品は美術館に寄贈する事を決めていた。

オランジュリー美術館は、モネの精神性を最大限に生かすべく、

「光」 をキーワードに空間が作られている。

『 芸術の必然性とは 』

フランスの作家 アナトール・フランス は、

「 時代と制限を離れた美は、どこにもない。

  制作場所と時代を知って、はじめて芸術作品を正当に愛し、理解できる 」 と・・・

全ての自然には必然性が有り、最も美しい。

形や色に心盗られては、ありふれた作品しか出来はしない。

自然を咀嚼し、抽象化し、自分の精神の色の確立をしなければ・・・

オランジュリー美術館所蔵の 「睡蓮 」の ”日没” と ”緑の反映” の原寸大のレプリカであるが、

心打たれ、感動の渦の中に居る心地よさは格別なものだった。

芸術が与える感動って、「こんなもんなの~?」


category: 雑感

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未来の子共たちへ 

『 船 橋 市 運 動 公 園 』

2011-10-08 華2767

スポーツ施設が集約された総合運動公園で、災害時の避難場所にも指定され、

ヘリコプターの着陸も可能であり、また農業用水として利用している地下水も豊富で、

有事の際の利用をも考慮して建設され、市民の憩いの広場も併設されている。

公園内にはゲンジボタルが生息し、5月下旬から6月初旬にかけて、

1000匹にも及ぶ蛍の幻想的な乱舞は見応えがある。

『 サッカーの 虜となるか 初夏の子ら 』 

2011-10-08 華2764

緑の木々に囲まれた広場にはサッカー場があり、子供らが掛け声も高らかにサッカーに興じていた。

招来はプロを目指して球を蹴るのか? はたまた夢を追い駆けているのか?

『 七色に 色を変え飛ぶ シャボン玉 』

2011-10-08 華2765

お父さんが作るシャボン玉はそよ風に流れる、色の七変化を見せながら。

小さな女の子が、楽しそうに追いかける姿がなんとも微笑ましい。

ちなみに ”シャボン” とは、ポルトガル語で石鹸の意味。

江戸時代には、「サボン売り」という商人もいたと言う。

最近では、結婚式などでライスシャワーの代わりに、シャボン玉を飛ばす事もあると言う。

『 花咲河童の ”かっちゃん” 像 』

2011-10-08 華2763

船橋市は、河童と縁が深いのか? 此の公園には「花咲河童」の銅像がある。

運動公園の傍を流れる海老川の河口付近の ”船橋橋” や ”海老川橋” の欄干度には、

河童の夫婦や子供の銅像が飾ってある。

昔から港町だった船橋と河童との関係は、私は詳しく知らが・・・

「 広げよう・花と緑の大きな輪 」

船橋には市民憩いの広場が多く有る。

私たちを取り巻く地域は勿論、地球規模で酸性雨・環境ホルモン・ダイオキシン・オゾンホール・

温暖化現象など等、人類の生存にも係る問題が次々と発生している。

振り返れば我が国は、古来より ”山紫水明” で、地球上で最も自然と調和のとれた素晴らしい国であった。

汚染された今日となっては、自然環境は勿論の事、生態系の保全と回復を願っている。

昔日のように、緑濃く水清くして、鳥獣は群れ遊び、

市民の健康を増進する憩いの広場になる様との願いから・・・この「花咲河童像」は建立された。

『 未 来 へ の 手 紙 』

2011-10-08 華2768

公園のプロムナードの一角に、「未来への手紙」記念石塔が建立されている。

1983年の子供達からの54年後の子供達への贈り物(?)として。

2037年、船橋市制100周年を迎える子供達に向けての、タイムカプセルなのだ。

子供達は其々の思いを胸に書き認めた手紙なのだが、その文は誰にも判らない。

果たして何が書いてあるのか? 興味をそそられる。


今日は「半夏生」だったのか?

そう云えば、田植も終わり、豊かに水を蓄えた田圃には、植え付けられた苗の緑が目に眩しい。

「半夏生」・・・違う意味での使われ方も耳にする。此の時期は天から毒気が降ると古老が言っていた。

異常気象のせいなのか、梅雨らしき雨は近年お目に掛った事が無い。

降れば ”どしゃ降り” の大雨、「半夏雨」とは良く言ったものだ。

地球全体に毒気が充満しているのではないか?

タイムカプセルには、毒気が入り込まない事を願うばかりだ。

明るく楽しい未来を築いてくれる、100年先の子供達の為にも・・・

色々考えながらの公園の散歩だった。万歩計は14000歩を指していた。

サッカーに興じ、シャボン玉の遊ぶ子らの未来の日本って、

一体全体、「どんなものなの~?」

今が良ければ、それで良い・・・大人の利己主義のお蔭で、

100年後の日本も、今と変わりはしないでしょ!! 「そんなもんよ~!!」





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