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こんなもんなの~?

趣味の写真を添えて、日々の『戯言』を・・・

お茶でもいかが? 

夏も近づく 八十八夜、野にも山にも 青葉が茂る

八十八夜は、茶畑で茜襷に菅の笠を被り、早乙女たちが新茶を摘む頃である。

二百十日は、夏の暑さも落ち着き、暴風雨をもたらす台風がやって来る頃となる。

あれに見えるは 茶摘みぢゃないか、茜襷に菅の笠

茜襷に菅の笠。 日本全国どこの茶畑でも近年、撮影会が催され長閑な風景とはとても言えない。

指先を怪我しやすい茶摘み作業である。

そこで考えられたのが、止血効果のある茜成分に目を付け、襷に塗り込んだものだ。

2011-10-08 華2805

「 大 紅 袍 」

福建省武夷山で獲れる茶で、茶王と言われる程の銘茶である。

武夷山の岩地に生える岩茶の中でも、特に優れたもので、

天心岩九龍巣、天遊岩にある樹齢300年を超える母樹はたったの四本しか残っていないと言う。

丁寧に製茶され、岩茶独特の醗酵度合である三紅七緑に醗酵した大紅袍は、

華やかな乳香で、岩韻を感じさせてくれる。

2011-10-08 華2808

『 茶葉は、すこし多めに・・・』

中国茶も緑茶・白茶・黄茶・青茶・黒茶・紅茶・花茶・工芸茶と、色々種類があるが、

「天紅袍」は、青茶(チンチャ)である。

青茶は日本では「烏龍茶」の名で知られている様であるが、

「天紅袍」の茶葉の色は暗緑色だが、茶葉を日に晒すと深い緑色に変わる事から青茶と呼ばれる。

美味しく頂くコツは、茶葉を少し多めに入れるのが良い。

※ 実は、此の茶器も「大紅袍」も、ある方からの頂き物なのでした。

『 喫 茶 去 』

2011-10-08 華2806
今一番美味しい時期にある、桃の絵付けされた茶器で・・・

「喫茶去」 ”去” の字は強張助辞であり、”去る” と言う意味はない。

禅語で有名な「喫茶去」であるが、心温まる言葉であり、

「お茶でも一杯、如何ですか?」 と言う程の意味である。

貴賤・男女など問わず、誰にでも分別心なく下心なく、無心に施す心の境地なのである。

「無」にも「空」にも通じる自由闊達な心の動きから出る言葉で、禅問答にも使われる禅語の一つ。

『 つべこべ言わず、飲んだら帰れ!!』

2011-10-08 華2807

「無」や「空」の境地なんて、縁の無い煩悩塗れな私には、禅語の意味なんて縁も無く、

「喫茶去」とは、

美味しく頂いた後には、つべこべ言わずにサッサと帰れ!!という意味にしか解釈できない。

茶席に呼ばれる事もない者の負け惜しみなのか?愚痴なのか?

茶席にお呼ばれ・・・さてさて、着物は何にしようか? お履物は?

茶室で一服の清涼なお抹茶を頂き、抹茶碗をしげしげ眺めながら、

「結構なお点前でした」とか「見事な御茶碗でした」とか、言うとか言わんとか・・・

そんな堅苦しい茶席なら、呼ばれても行きたくも無い!!

着る物・履く物・持ち物の品評会でもあるまいに・・・

「喫茶去」・・・飲んだら、つべこべ言わずにさっさと帰れ!!

あぁ、何と心の貧弱な私なのか。それより、氏より育ちなのか? 哀しいね~!!

四季折々の自然を楽しみ、心静かに、出される侭にお茶は頂けば良いのだろう。

そして頂いた後は、サッサと帰る。喫茶って、「こんなもんなの~?」

いやいや、少し違うよね~、楽しいお喋りを忘れてた~。



        
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category: 雑感

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夏の終わりに・・・ 

金 魚 ~ ェ、 金 魚 ~

2011-10-08 華2802

「江戸都うちわ 千鳥型」 群馬県在住作家(作)

『 夏の日の 金魚すくいに 袖ぬらし 』

金魚すくい・・・真夏の縁日に、小さな子供達が金魚すくいに熱中したのも、遠い昔の想い出となった。

江戸時代後期になると、ガラスの金魚鉢に水草などを入れ金魚を飼う事が広まった。

その可愛らしい姿と泳ぎに見入り、夏の日に一時の涼を求めたものだった。

遠くから金魚売の甲高い 「金魚~ェ、金魚~」と、金魚売の声が聞こえてくる。

夏の涼しい時間帯に、天秤棒に下げたタライの中には、赤・白・黒、色とりどりの金魚が泳ぎ回っていた。

金魚売は夏場だけの仕事で、冬になれば、扇の地紙などを売って街中を歩いていた。

頂いた「江戸都うちわ」を眺めながら、昔の事が走馬灯の如くに流れて行った。

『 サビはサビでも、寂びではなく ”錆び” である 』

2011-10-08 華2803

昨日の夕方は、殊のほか涼しく感じられた。

久し振りに近くの港までカメラをぶら下げて・・・

釣り人が三人ばかり、釣り糸を垂らしていたが、釣果はナイと寂しそうにしていた。

此の港には多くの直径1m程の鋼管が保管されている。

乗り捨てられたのか? 一時置いているのか?

赤錆びの鋼管の傍に、何とも寂しそうに置き去りにされた自転車が。

こんなモノトーンな光景を見ていると、夏の暑さも忘れ只ただ寂しさを覚える。

『 風鈴の 音も涼しく 送南風 』

2011-10-08 華2804

我が家の風鈴も、夏の終わりとなれば涼しくと言うより、寂しさを感じるこの頃。

暑い日の夕焼けにも、少しばかりの秋の雲が。

処暑も終わりを告げ、秋の気配が深まる時期だが、東京はまだまだ夏日が続きそうだ。

精霊送りも過ぎにし事となり、やがて二百十日の台風の到来となるだろう。

沖縄方面は大丈夫なのか? 他人事ながら気もなる。

叢に耳をそば立てれば、ツクツクボウシがもの悲しい声を。

九州では、「ツクツクボウシ」とは、「筑紫恋し」と啼く声で、

遠方で客死した筑紫の人が、「法師蝉」になって帰って来るという。こんな伝説が今でも聞かれる。

金魚売りの声も、ツクツクボウシの啼く声も、夏の風物詩であろう。

西に沈む夕日を眺めながら、秋の気配を感じると同時に、昔日の想い出が過る昨日だった。

記憶の彼方の想い出は、歳を重ねた人のみが味わえる楽しみなのか?

歳を取るって、「こんなもんなの~?」




category: 雑感

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お元気ですか? 

『 仰向けに 落ちて鳴きけり 秋の蝉 』  小林一茶(句)

2011-10-08 華2795


     残暑お見舞い 申し上げます

立秋もとっくに過ぎ、秋の気配を感じる繊細な感性の日本人ですが・・・

浴衣を着、打ち上げ花火に夕涼みをしても、

”とんでもない ” と言いたくなるような猛暑やゲリラ豪雨に見舞われる日々が続いている。

『 秋来ぬと 目にはさやかに見えねども 風のおとにぞおどろかれぬる 』

藤原敏行は、「古今集」で詠んだものだが、”秋立つ日よめる ” と添え書きしている。

今日は盂蘭盆会も終わり、土用波が立ち海水浴シーズンも終わりを告げる。

10日続きの猛暑・酷暑に体調を崩された方々も多いと耳に入る。

私は昨年・今年と夏場には和漢の生薬を飲み、何とか無事に此の猛暑を乗り切った。

日頃お付き合いをしているO氏のご自宅に初めてお伺いした。

『 かつしかの まゝの入江に打ちなびく 玉藻刈りけむ 手児奈おもほゆ 』
                    「万葉集」 山部赤人(詩)

2011-10-08 華2791
                     銘菓「手児奈」

O氏と暫くお会いしていなかったので電話をすれば、

「昨日、胆のうの手術をしたばかり・・・」と、電話の向こうで声がする。

退院されたので、お見舞いを兼ね一時間半ばかり雑談を楽しんだ。

帰り際に、手土産として此の銘菓 「手児奈の里」 と、豪華な中華料理を頂いた。

『 我も見つ 人にも告げむかつしかの まゝの手古奈がおくつきところ 』

2011-10-08 華2792
              同じく山部赤人が詠んだ詩である。

千葉県市川市に、「眞間山・弘法寺」という古刹がある。

此の銘菓「手児奈の里」は、此の寺の日興上人が、

縁結び・安産子育ての守護を祈るを由縁として名付けられ、

求肥にも似た柔らかく・キメの細やかさと風味の高雅とで誰をの舌を唸らせる。

『 手 児 奈 の 里 』・・・「眞間山・弘法寺」

2011-10-08 華2794

秋元逍塘の解説によれば、

その昔、このほとりに住む、松吹く風の春の日に、花はづかしの雪の肌、

ふるるばくづれる唇の、ほのかに夢見て心もとけん。

天性美貌の手古奈ありて、朝な夕なに眞間の井の清き泉を汲む向魚の躍る指先

ほゝえむ眉、すめる眼に魅せられて、数多の若人に愛慕はる。

この中に輝やく今宵の月かげに、二人の若人の真心は何れが光り劣るとも言い難きに、

なやむ末、遂に眞間に入江に入水し、あだし浪間に露と消ゆ。

2011-10-08 華2793

里人これを深く憫みて、入江のほとりに祠を建て、ねんごろに手向けしと侍ひらる。

現在、「手児奈霊神堂」 として人々の参詣をうけている。

『 けふ切りの 声を上げけり 夏の蝉 』
                        小林一茶(句)

この暑さも、”今日限りにしてくれ” と言いたくもなるような残暑続き。

爽やかな風に秋の気配を感じたくもなる。

地球温暖化がもたらす影響って、「こんなもんなの~?」



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