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こんなもんなの~?

趣味の写真を添えて、日々の『戯言』を・・・

ご婦人の親切・・・ 

『 路の辺の 壱師の花のいちしろく 人皆知りぬ わが恋妻は 』

2011-10-08 華2855

柿本人麻呂(詩) 奈良時代の万葉集に有る和歌。初出典の曼珠沙華の詩。

先日、ある小さな町を散策していた。

白き車が目の前で止まったので、道を避け待機していると、車庫入れが終わったご婦人が話しかけてきた。

「建物ばかり写しているのですか?」と、続いて「お花は嫌いですか? 彼岸花が一杯咲いていますよ」と。

「古い町並みが好きで、今日はこの街を歩いています。彼岸花も写したいですね~」と答えると、

「この道を真っ直ぐ行くと、丁字路に出ます。其処を左に折れ、しばらく行くと三差路があり、

 其処を右に折れ・・・」と延々と道順の説明は続いた。

この街『久留里』は、房総上総掘りで有名な自然湧出水があり、あちこちに井戸がある。

街中の井戸を撮影し、次に上総掘りの様子が再現されている場所に、そして城に早く行きたかったが、

ご婦人の人柄なのか?あれこれ話が出てきて、暫く足止めをくらった。

『 上 総 掘 り 』

2011-10-08 華2853

井戸掘り技法には、単なる「掘り井戸」から、鉄棒を使う「付き彫り井戸」まであるが、

『上総掘り井戸』は、竹を利用した技術の井戸掘り工法。

竹ひごを利用した工法で、深さは200間(約360m)以上も掘削が出来ると言われる。

『 井戸掘りの つき損ないは 水の泡 』

2011-10-08 華2854

この川柳の如く、

江戸時代の井戸掘りは、たとえどんなに深く掘っても、水が出なければ賃料は貰えなかったと言う。

先ほどのご婦人が、満開の彼岸花が咲き誇る場所とは、恐らく此処を指していたいたのであろうか?

一面の彼岸花畑の一角に、目指す「上総掘り井戸」の展示があった。

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『 彼岸花は、”悲願花” なのか? 』

喩え ”悲願花” であったとしても、

悲願を、”悲しい願い” と考えるのは間違いである。

”慈” とは、人々に楽を与える事で、”父の愛”。

”悲” とは、人々の苦を除く事で、”母の愛”。

お彼岸の季節に咲く彼岸花は、父母の愛情の悲願花なのである。

子を思う親心を詠った歌に、

「彼岸過ぎて麦の肥やし、三十過ぎての男の意見」 とい言う戯言がある。

”何の効き目も無く、役に立たない ”喩え”。

『 天は曼荼羅華、摩訶曼荼羅華。 曼珠沙華、摩訶曼珠沙華を雨(ふら)して、

  佛の上、及び諸々の大衆に散ず 』
法華経にある。

彼岸花は別名、曼珠沙華とも曼荼羅華とも呼ばれる。

梵語のマンダラーラバ花の当て字で、天妙とか悦楽の意味なのである。

色美妙にして、見る者の心を喜ばしめる ”天の花” の事である。

又、此の花は多くの寺院の境内に咲くので、死人花・天蓋花・幽霊花とも言われるが、

天人が降らす花で、芳香を放ち、見る者は悪業を離れて悦楽を感ずると言う。

『 つきぬけて 天上の紺 曼珠沙華 』  山口誓子(詩)

2011-10-08 華2856

晴天に恵まれ、群青色の空に、曼珠沙華は咲き誇る。 正しく詩のような景色。

見上げれば、先の山腹に真っ白な久留里城が・・・

街中でも少し歩き回りたい時に、ご婦人が話しかけてきた。

散策の、そして旅の楽しさ・面白さは、見知らぬ土地の人々との会話である。

覚えきれない道順でも、教えてくれるのは親切心から。

聞いた曼珠沙華の咲き誇る場所、行きたいと思っていた場所が、期せずして同じ場所だった。

街歩きの楽しさ・面白さって、「こんなもんなの~」



     
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category: 雑感

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風雅な色の数々・・・ 

『 ちはやふる 神世もきかず竜田川 から紅に 水くゝるとは 』 
                             藤原業平(詩)
                                    
2011-10-08 華2852

昔の機織りが、博物館に展示されていた。

茜色の絹布が織られていた。

日本の秋を彩る色と云えば、真っ先に思い浮かぶのが「茜色」だ。

竜田川は、古より紅葉の名所として名高い。

川面一面がから紅に染まる竜田川は、古の和歌の詠み人には、たまらない景色だったのだろう。

”から紅色” の絹布を眺めていて、山口県・下関市長府の武家屋敷の土塀を思い出した。

『 大地が生み出す、渋い色 』

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全国の土塀の色は多種多様な変化を見せ、私は此の土の色の渋みが大好きだ。

”生壁色” ”灰汁色” ”根岸色”、いわゆる江戸っ子好みの色とでも云えようか。

下関市長府の武家屋敷:菅家・練塀は、城下町の雰囲気を良く伝えている。

鉄分の多い茶褐色の土塀ともうじき色付く紅葉とが、素晴らしいコントラストを見せる。

『 武者の好むもの 紺よ紅山吹 濃き蘇芳 茜寄生樹の摺り 』
                                     「梁塵秘抄」

2011-10-08 華2850

「紫苑色」 清少納言は、「紫苑の衣」を、”めでたし” ”なまめかし” ”あでやか” と表現している。

      旧暦6~9月のかけて用いられる秋の色。

「牡丹色」 鮮やかな牡丹の花のような薄赤紫色。

      襲(かさね)の色目は、淡蘇芳色となり、平安時代の女性は特に好んだようだ。

「海松(みる)色」 浅海の磯の岩に付着する海藻の一種で、四季通用の色目として用いられた。

「女郎花色」 表地と裏地、重ねる衣の色の組み合わせと変化を、襲(かさね)と言うが、

       濃淡の女郎花色は、襲として平安時代より好んで用いられた。

『 青丹によし 寧楽の京師は咲く花の 薫ふがごとく 今盛りなり 』
                          「万葉集」太宰少貮小野老(詩)

2011-10-08 華2851

岩緑青の古名 「青丹」、中国伝来の顔料であるが、奈良産出の土と言われてきた。

「緑色」は、古来より色々な物を飾ってきた色で、中国の唐三彩をはじめ、

奈良三彩・正倉院三彩など、古代の焼き物も沢山見受けられる。

古代色の縦糸を眺めていて、王朝人の洗練された感性に驚愕を覚える。

『 とくゆかしきもの、巻染、むら濃、くくり物など染めたる・・・』

清少納言は、「早く結果(織り上げる布)が知りたいもの」 としてこう詠んでいる。

化学染料が普及し、草や木、土、などから染めなくても、手軽に染色できるようになった現在だが、

色に四季の変化を楽しみ、染色文化の華やぎ、”粋” と言われる心意気、

古代人の色に対する欲望を、展示された機織りから察する楽しみを心行くまで楽しんだ。

博物館での楽しみって、「こんなもんなの~?」


category: 雑感

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この紋所が目に入らぬか~ 

『 控え、控え~い、この紋所が目に入らぬか!!』

2011-10-08 華2846

イヤァ~、こんなに大きな葵の紋が、お寺の山門に・・・

角さんに言われなくても目に入るよね。

『 天上天下、唯我独尊 』

2011-10-08 華2848

本堂の前庭広場に、お釈迦様の誕生佛が置かれている。

釈迦がルンビニー園で生まれた時、北方に七歩あゆみ四方を向いて、私は佛になると宣言したと言う伝説。

その時の姿を刻んだ誕生佛で、右手は天を・左手は地を差し、「天上天下、唯我独尊」と宣言した。

此の花御堂は、4月8日の灌仏会に用いられ、子供達が甘茶を頭から注ぎ楽しんだものだ。

花御堂は本金箔押極彩色仕上げで、右横に置いてある半鐘までも金色仕上げで、真に美しいものだ。

落語でお目に掛る「宗論」では、釈迦が摩耶夫人の右脇から生まれた直後、「天上天下、唯我独尊」と

生意気な事を言ったので、この糞ガキだとばかり、皆で釈迦の頭をポカポカ殴ったので、

それ以来、釈迦の頭はあの様にコブだらけになったというのは、此の故事に由来している。

『 誕生の指は、カツオとホトトギス 』

4月8日は初夏に入り、「天を指してはホトトギス、地を指しては初鰹」 と言う江戸っ子の駄洒落がある。

そして、京の都はカツオが無い土地柄などと嘲笑い、江戸っ子が言うには、

『 天はよし、地へ無駄指の京の釈迦 』 などと馬鹿にした。

2011-10-08 華2849

本堂の前庭の観世音菩薩立像。 何となんと、全身金色の立ち姿である。

マァ、その昔より、仏像と云えば金箔を全身に纏った姿だったのだらか、是で良いのか。

『 麗 水 観 音 』

寺の説明によれば、水は「生死の海」の水を意味する。

即ち私たちの迷いの日常を泥海に喩えたもの。

「南無観世音菩薩」と唱えて救いを求める時、「善星皆来、悪星退散」の

極妙楽の世界が開け、「生きる力」を与えてくれる・・・と。

2011-10-08 華2847

『 金銅(きんづくり)大梵鐘 』

朱塗りの鐘楼に、眩いばかりの金色の梵鐘が。

厄除け元三慈恵大師一千年御忌記念事業として昭和59年に建立される。

人間国宝・香取正彦氏により謹製された、日本一大きな金色の梵鐘である。

直径・1,15m 重量約2t。

黒塗りの切妻造りの鐘楼は、日光の国宝修理の権威者、文化財建築の第一人者である中里氏の手による。

一切衆生の願望を満たし、苦しみを救ってくれる如意輪観音が・・・

その片面には、如意輪観音の種字キリークが浮き彫りに。

撞座の左右には、男女の童形合掌像が配置されている。


此の寺の本堂は、錺金具をはじめ彫刻彩色部分までも金箔押しの豪華絢爛な設えである。

紋・梵鐘、半鐘・觀音菩薩像・誕生佛も、全て金色に輝いていた。

『 信は、荘厳より・・・』

人が仏教を信じるのは、”寺を荘厳せよ”、という事らしい。

厳かにする事が、果たして金色で埋める事なのか? 恐らく ”そう” なのであろう。

京都の金閣寺、中尊寺の金色堂。いづれも眩い光を放っている。

西国浄土・極楽も恐らく浄土全体が金色に輝いているのであろうか。

「金」・・・金満家、成金、金の亡者、あまり良い響きの言葉ではないが、

人は昔より、金の魅力に平伏して来たのであろう、多分。

金に目が眩み、我を見失うと昔より言うではないか。

金色に見とれて、観なければイケナイ仏の教えを忘れた一日だった。

金は人を迷わすって、「こんなもんなの~?」


category: 雑感

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政治家の資質 

『 世をいとひ そしりをいミて 何かせん

        身をすてゝこそ たのしかりけれ 』
田中 正造(詩)

2011-10-08 華2842
                   佐野市郷土博物館

明治時代の政治家:田中正造の記念館に足を運んでみた。

記念碑の詩を観て、異色政治家だったのだな~、と思った。

政治家が肝に銘じなければならない言葉を、彼は云う。

『 真の文明は、山を荒らさず、川を荒らさず、村を破らず、人を殺さざるべし 』

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記念館の前庭に建立された、田中正造の銅像。

天保12年(1841年)にこの世に生を享け、大正2年、享年73歳で病に倒れ逝去。

31歳の時、上役暗殺の疑いを受け、2年9か月の入獄するも疑いは晴れる。

38歳で地方議員に選ばれ、政治に一身を捧げる事を誓う。

44歳の時、加波山事件に関係したとして入獄3か月。

県議会議長を経て、衆議院議員になり以後6期連続選出される。

「足尾銅山鉱毒」に心痛め、帝国議会に質問状提出。

明治29年の渡良瀬川大洪水で、鉱毒水が広がり被害民が多数。議会で政府に噛みつく。

議員歳費値上げ案に反対し、自らは歳費を辞退する。

「川俣事件」が起き、憲政本党を辞職し、明治34年、61歳で衆議院議員を辞職。

『 鉱毒事件を天皇に直訴 』

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足尾銅山鉱毒被害による、渡良瀬川沿岸の農民たちが受けた窮状を・・・

明治天皇に直訴状を提出した折の様子が、レリーフで残されている。

正造の心情を察し、心苦しく思った石川啄木は、

『 夕川に 葦は枯れたり 血にまとう民の叫びの など哀しきや 』 と詠んで、

正造が今も眠る惣宗寺墓所の前に、記念碑として建てられている。

2011-10-08 華2841

異色の大政治家・田中正造の葬儀には、遺徳を忍んで一万人の参列者が列をなしたと言う。

遺骨は、惣宗寺をはじめ八か所に分骨され埋葬されている。

枕辺に遺された遺品は、菅笠と信玄袋で、袋の中には河川調査の草稿と新約聖書・鼻紙数枚・採取した川海苔、

帝国憲法とマタイ伝、そして3個の小石だった。 此れ正造の全遺産なのだった。

家屋や田畑は、全て生前に農業の振興と精神の教育の役立てて欲しいと寄贈されていた。

『 海空をつつめるほどの心せば 富士ヒマラヤも ふところの餅、

  天空の上から見れば面白や 富士も美人も雪のだるまも、

  満州遼東戦 酬なる秋 』
   正造戯れに書す。

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記念館所蔵の、非戦主義を唱える扇面。

自然を尊び、人を愛し、争いを厭う、異色の政治家・田中正造だった。

菅 直人・・・民主党総理総裁、平成23年3月11日、東日本大震災・東電福島原発大爆発。

安倍信三・・・自民党総理総裁、アべノミクスで経済復興。

       1920年東京オリンピック開催決定(汚染水はブロックされている!!と)

両・総理大臣の出身地は、山口県。 総理大臣経験者9人。

山口県人気質とは・・・

保守的で男尊女卑の傾向が未だに色濃く残っている。

金銭に大まかで、体裁を気に掛け、目立ちがり屋。プライド高く、おだてに乗り易い。

「 三度の飯より、政治と政治家の話が好き。

  威勢もよくホラも吹くが、責任は取らないのが、山口県人の性格 」
らしい・・・

こんな県民気質の総理大臣に、本当に日本の将来を任せても良いのか? どうなのか?

田中正造の爪の垢でも煎じて飲んで欲しいと思うのは、私だけだろうか?

坂本竜馬は、懐に右手を隠していた。

現代の政治家は、おおぴっらに ”ピーナッツ、三つ”

男と女の秘め事も、隠れてするからスリルも味わえるが、今では浮気も大っぴら。

「政治と恋愛は暗黒を好む」 って言うが、政治家って、「こんなもんなの~?」




category: 雑感

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仲秋の名月 

『 男は、月を拝さず 』

「走月亮」として知られている女性の夜歩き。

綺麗な衣装に身を包み、尼庵にお参りしたりして、” 鶏が時を告げても、なお月夜を徘徊し楽しむ ”

月と女性は古より、固い約束事で結ばれており、月を礼拝する儀式も行われた。

2011-10-08 華2840

仲秋節と男性はあまり関係は無かった事だが、

昨日は、満天の空に名月が煌々として地上を照らしていた。

我が家のベランダからも、美しい満月を楽しむ事が出来た。

『 仲秋の名月を、一口お楽しみ下さい 』

2011-10-08 華2826

仲秋節といえば、すぐ思い出すのが月餅である。

月餅を食べる風習は元の時代に始まったという。

仲秋節には欠かせない月餅に、粋な一言を添えて、横浜の友人が月餅を贈ってくれた。

「蓮香楼」 の月餅である。

本場・中国でも「蓮香楼」の月餅は、高級月餅の老舗として名を馳せ、仲秋節には欠かせない菓子だ。

『 雲が仲秋の月を掩えば、雨が上元の燈を打つ 』

今年の仲秋は好天に恵まれ、雨・雲に名月が遮られる事もなく、多くの人が楽しんだ事だろう。

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満月に見立てたアヒルの卵を包んだ、「蓮香楼」の月餅。

優しく程よい甘さが、懐かしい味のハス餡。

塩タマゴの嫋やかな風味とコクの見事なハーモニー。

ススキの穂越しに名月を眺める訳にはいかなかったが、

そして杵を持つウサギに月餅を捧げる事も叶わなかったが、年に一度の月餅を美味しく頂く事が出来た。

『 月見れば ちぢに物こそ 悲しけれ わが身ひとつの 秋にはあらねど 』 
                               「古今集」大江千草(詩)

2011-10-08 華2820

月と太陽、陰と陽。たがいに比べられる対語。

清澄な満月を眺め楽しむのが仲秋の名月鑑賞であろうが、

観る人其々に思う事は必ずしも一致とはいかない。

大江千種は、思いは際限なく広がり、あれこれと哀しい事だ。人其々の秋の月なのに・・・と。

仲秋節は、上元と並んで満月を祝う大イベントである。

日本では9世紀から10世紀初めに此の風習が広まったという。

中国では、8月15日(旧暦)の観月の習わしは唐代の 「翫月」 からで、

19世紀になり、仲秋の行事は様々な形に整えられ、

中元(盂蘭盆・7月15日)が7月半、仲秋は8月半と対応して、此の二つが連続した民族となったと言う。

『 音やい、良い月夜ぢゃねいかよ 』 泉 鏡花 「月夜遊女」

月夜に魚を運ぶ、音と吉。

鮟鱇の肝をこそりと頂戴しようとする音。

暗い夜道が苦手な吉、恐れをなして一目散に・・・

鮟鱇をさばき始める音、其処へ一人の美女が・・・

2011-10-08 華2839

薄色衣の腰細う、頸、耳元、頬のあたり真白に俤に立つたる美女。

撫肩のありや、なしや。袖を両脇に掻垂れたが、爾時、ほろほろと衣紋が解けて、雪の乳房の漏れたと見ゆる。

胸のあたりで美しい、つゝましげな両の手首を開くと、鳩尾かけて姿を斜めに、裳を寛くはらりと捌いた、

褄をこぼれて、袂のからんで、月にも燃ゆる緋縮緬。

頸を傾け、月に向へる、玉の顔、眉を開いて、恍惚と目を眠ったまゝ、今ほころびた花かとばかり、

得ならぬ薫はツと散って、ホと小さく、さも寛いだらしく仲をした。


月夜が舞台の怪異譚。そして其の結末は? 繊細で優雅な鏡花の文体。

仲秋の夜空に描く幻想を・・・

月の不思議、月と女性、月とバイオリズム、月と生殖、月と死、月とタブー、

そして月と祭り。

名月を眺め楽しみながら馳せる思いは、「こんなもんなの~?」



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枯れる・・・ 

『 虚空尽き、衆生尽き、涅槃尽きなば・・・』 弘法大師:空海

2011-10-08 華2835

盛りを過ぎれば、全ての物は枯れ果てる。

だが、果ててしまったと思われても、また春が来れば青葉は茂り花も咲く。

輪廻転生とは、此の事なのか?

先日、友人の家に招かれた。

青々とした芝生の庭の一隅に、枯れ果てた紫陽花が目に入った。

こんな大きな枯れた花の房を見たのは、初めてだった。

名を聞けば、「カシワバ・アジサイ」という種類の紫陽花との事。聞き覚えに間違いが無ければだが・・・

『 枯れる・・・』

水気がなくなって、機能が低下し弱り、やがては死ぬという事。

若さ・豊かさ・潤いが無くなるとも辞書には書いてあった。

「枯れる」の反対語ではないが、「蒼い」と言う言葉が有る。

 『 目の前の 枝よりいづる風の音 かれにし物と 思ほゆるかな 』 宇津保物語

長い経験の結果、派手さは消え、かえって奥深い味を醸し出す。

老練・円熟なる,いわゆる ”かれた藝” なのだ。

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                             萩往還の竹林を散策するペアソン氏

我が家に、果物や料理を一度も盛り付けたことが無い、真新しい大皿がある。

作者は萩焼作家・ベアティル・ペアソンなるスウェーデン人だ。

氏は、スウェーデン・マルメ市に生まれる。

スコンスカ美術学校を卒業後、ロイヤル・コペンハーゲン社に就職。

同社は、日本の古伊万里染付の影響を受け、手書きによるコバルト・ブルーの絵柄が特徴。

中でも、フローラ・ダニカは、世界一豪華なディナー・セットとして不朽の名作。

そのフローラ・ダニカの専門職人として活躍。

1969年 同社より、海外研修生として来日。

      信楽・京都・松江・萩と陶芸の里を駆け巡る。

その後、退社し萩市内に「南明窯」を構える。

益子焼の浜田庄司の作風に共鳴する。自由奔放で力強い作風が彼を捉えて離さなかったと述懐する。

『 蒼 い ・・・』

この言葉を思い出すと共に、ペアソン氏の事を想い出した。

目立たぬ色という意味を指す。

未熟なものが青い事から、人柄や成す事・作品などが未熟であると言う意味だ。

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作品の裏側に、BP96 とサインがある。 ペアソン氏の作品の中でも、最初期の大皿だ。

彼の経歴と作品の経歴を知る上で、大変貴重な大皿だと思うが、

見るにつけ、”蒼いね~!!” と思う。

蒼いのが良いか? 枯れたのが良いか? その判断は付かないまでも、

萩の土に、大胆な模様、そして金箔と金泥を使った作品は、

心動かされた浜田庄司のイメージが心から離れて無いだからだろう。

最近の氏の作品は、かなり手馴れて来てもいるし、熟練の域に入りかけている。

萩に移り住んだ理由の一つに、生まれ育った故郷にも似た風景があるという。

身近にある四季折々の草花が、萩の土に可愛く絵付けされた小皿は、観ていても楽しい作品だ。

『 うれたきや 醜ほととぎす 今こそは 声のかるがに来鳴きとよめめ 』 万葉集

「声が枯れる」

私も ”歳を取ったものだ” とつくづく思う時がある。

声はかすれ、耳はつまり、息も長続きしなくなった。

枯れて来たな~!!と我が人生を振り返る事もしばしば・・・

長かった人生の着地点に何を残そうかとも、思う事がある。

そんな時、山上憶良の詩を想い出し、”いやいや、まだまだ” と反省もする。

『 ひさかたの 天道は遠し なほなほに 家に帰りて業を為さまに 』

つべこべ言わずに、今しなければならない事を、一所懸命に頑張れ!!という事かな?

もうここらで、蒼い年は過ぎたので、人間、枯れた余生を送れればとも思うのだが、

思うようにならないのが、この世の常!!

青息・吐息ばかりが出てくる現状を、どう克服しようか?

299px-鉄拐仙人図(模本)_野口幽谷[1]

東京博物館所蔵 「鉄拐仙人図」 野口幽谷筆

『 仙 人 』

八仙人の一人で、足の病気に霊験があると言われている仙人で、歌舞伎や浄瑠璃でもしばしば取り上げられる。

俗界を離れて山中に棲み、無為自然の道を説く思想家で、

不老不死をイメージする神秘的存在で、道教で理想とされる。

お釈迦様は悟りを拓き仏となった人。

仙人は、悟りまでは拓いていないが、一歩手前の人で、霞を喰って生きていると言う。

では、凡人の我々は、どうして生きて行けば良いのやら?

そんな馬鹿な事を考えずに、現実を生きろ!!という事なのか?

枯れたカシワバ・アジサイの教えは、今を全うに行き、人生を燃え尽きろ!!なのか?

此の世に生を享けたからには、蒼く、そして枯れ、死ぬ。

人生って、「こんなもんなの~?」



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記憶の断片 

『 失恋中 気休めに 御籤ひく 』

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栃木県佐野市にある、佐野厄除大師(関東三大師)で見た御神籤。

こんなに色彩豊かな御神籤は初めてお目に掛った。

此の寺では、「元三大師」で ”御神籤” を引くことが出来る。

『 記 憶 の 断 片 』

昔の記憶は断片として脳裏に焼き付けられる事が多いようだ。

その昔、大津・比叡山の根本中堂の脇にとてつもなく大きな石碑が建っていた。

「一隅を照らす」・・・身の回りのほんの一隅であれば、照らす事も出来るのかな~?と。

京都・東寺に行った時、観光客が ”アッ、あそこに食道がある。お昼ご飯を食べよう~” っと、

あの大な建物は一般客が入る食道(しょくどう)ではなく、修行僧たちが食事する食道(じきどう)である。

福井県の曹洞宗の総本山・永平寺では、修行僧がタオルで頭を覆い、タスキがけで大掃除、

小僧のする掃除に手抜きが有ったのか? 年配僧が注意を促す。

”天井の隅に蜘蛛の巣が残っている、セニョール!!” っと。 何と ”セニョール” だよ。

有名な寺院を訪ねても、其の全てが記憶に残ると言うよりは、断片としての方が多い。

『 気だるさの中、遠い記憶の断片か? 』

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佐野薬師では、手水鉢はガラス皿で一服の涼を味わう事が出来る。

訪ねた時は、外気温も30℃越えだったのか?この季節にしては、暑さは異常だった。

こんな折、ブルー・ガラスの手水鉢をみれば、思わず口と手を清めたくもなる。

初めて見る、ガラスの手水鉢。 恐らく記憶に残る事だろう。

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山門の柱に巻き付けた金物は、真鍮製なのか?金色に輝いていた。

佐野薬師は、本堂を始め、観音像といい、鐘楼といい、全てが真鍮製か金メッキで光り輝いていた。

此の寺は、その昔は信者も少なく、観光客の訪れも少なく、衰退の一途をたどる運命にあったらしい。

聞く所によれば、住職が思わぬ行動に出た。

一億円(?)を投資し、再興を計ったという。

その時に、智慧を貸したのが日本一の広告代理店「電通」との事だ。

関東三大師・佐野薬師を、コマーシャルで広く知らしめ、人気を博し集客につながり、今に至る、と。

『 元 三 大 師 』

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山門には、「鎮護国家」と彫刻した扁額が掲げられている。

天台宗の佐野薬師。天皇安穏・五穀豊穣・万民豊楽・天下泰平、を謳う宗派である。

「元三大師」・・・「角大師」とも呼ばれる。

お札の絵に描かれた角を生やした鬼、正月三日に生まれた慈慧大師・良源で、

鬼は大師が変化した姿で、別名・鬼大師とも言われる。

”御神籤”・・・実は、この元三大師のお札が御神籤の始まり・元祖なのだ。

『 魔除けの護符・角大師 』

戸口に貼れば、このお札のある処には厄神は入らず、災厄からも逃れられる。

余りの効果覿面なので、「角大師」として広まり、魔除けの習俗となった。

2011-10-08 華2831

本堂横の朱塗りの柱に、下駄が立て掛けられていた。

焼き杉の下駄の真っ白な鼻緒。朱色とのコントラストが余りにも美しく映った。

『 記憶の底に残るのは・・・』

大きく立派な本堂伽藍や仏像、鐘楼や記念碑・・・色々あるが、

私の記憶として残るのは、それら豪華絢爛な伽藍などではなく、小さな小さな人目に付かない物ばかりだろう。

一風変わった御神籤。鋳物では無くガラスの手水鉢。山門の梁に貼られたお札(千社札ではない)などが・・・

トラウマと呼ばれる一種の記憶もある。

異常な体験や、酷いショックを受けたり、忘れたいが忘れられない記憶・トラウマ。

私の場合、何時忘れても不思議では無い、其れはそれは小さな事ばかり。

そんな記憶が、年の経過を経て「記憶の断片」として、デ・ジャ・ヴューとして蘇る。

記憶なんて、「こんなもんなの~?」


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一文字ちがえば・・・ 

『 ふしの根は はれゆく空にあらわれて すそのにくだる 夕立のくも 』

2011-10-08 華2829

先日、佐野市郷土博物館に立ち寄った。

この博物館は、郷土出身の政治家・田中正造ゆかりの博物館だった。

観覧するうちに、ふとした思いが足を立ちとめる事となった。

尺八寸の掛け軸を見入ると、”たらしこみ画法” で、今話題の富士山が描かれていた。

観れば、烏丸大納言(自筆画) 大炊大納言(自筆賛)との事。

日本美術の代表的画法に、”たらしこみ” がある。

『むらむらの陰影』 は、”滲み” の効果

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           国宝 「風神・雷神図」 俵屋宗達(画)

”たらしこみ” 画法

琳派の画家になる、墨を滲ませた画法の一つである。

この画法が、風神・雷神の足許に見てとる事ができる。

俵屋宗達が考案した滲みの効果が、心地よい効果を出しリズミカルに表現されている。

陰影の無い日本画であるが、此の ”むらむら効果 ”が、立体感と装飾性を感じさせる。

『 一字ちがえば・・・』

”たらしこみ” と、”たらしこむ”・・・一字の違いで、

”たらしこむ”・・・甘い言葉や色仕掛けで上手に女性を騙したり、浮いた言葉で誘惑し弄んだり、

特に女性に性質の悪い男性を、「女たらし」と表現する。

『 夕暮れは 雲のはてたに物ぞ思ふ あまつそらなる人を恋ふとて 』

男が詠んだのか?それとも女の詩なのか?

淡き恋心を夕暮れの雲の彼方に歌うとは・・・色に出にけり我が恋は、ですね~。

『 恋ひしきに 命をかふるものならば 死にはやすくぞ あるべかりける 』

貴方が恋しくてたまらない。死んで願いが叶うものならば・・・

いやはや、ここまで恋心が募れば、現代ではストーカーと言われたり。

何れの歌も 「古今集」 にある詩であるが、昔の恋歌には上品さと風情が漂う。

”たらしこみ” と ”たらしこむ” と、一字ちがえば、其の意味は大違い。

恋心も、内に秘めたると表に出すとでは、其の意味は此れ又大違い。

ましてや、”たらしこむ” 気持ちで女性を泣かすとは・・・

”たらしこみ画法” の掛け軸を観ながら、”たらしこむ” 男心を思い出すなんて・・・

不謹慎な男心って、「こんなもんなの~?」



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五感の芸術 

『 手のひらの中、大切に育てられた 翠玉の一粒 』

2011-10-08 華2823

昨晩、友人からディナーのお誘いがあり、二時間半の談笑を楽しんだ。

帰り際に、手土産として宗家「源 吉兆庵」の和菓子を頂いた。

岡山県産マスカット オブ アレキサンドリアを和菓子に仕立てたものだ。

宝石のような一粒をお口にすると、お砂糖をまとった薄い求肥の中からあふれだすマスカットの瑞々しい果汁。

柔らかな求肥、お砂糖の舌ざわり、果汁の皮がはじける食感と爽やかな味わい。

そのすべてが絶妙に調和するこだわりの一粒・・・

『 五感の芸術・・・和菓子 』

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季節を映す和菓子。ほのかな香りは美女の移り香なのか?

爽やかな甘さの中に広がる、マスカットの清々しさ。

夏の終わりに頂くこの味と食感は、秋へと移りゆく季節の香り。

思わず、”美味しそう” から ”ごちそうさま” と・・・

江戸時代に完成されたという練り切りを代表に、和菓子はお茶席には欠かせない逸品だ。

マスカットを用いた和菓子「陸の宝珠」は、現代人の心を癒す創意工夫された和菓子だ。

『 美味き和菓子は、萩焼の煎茶で・・・』

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上品な和菓子には、萩焼がよく映る。

手元にあった十二代窯元・田原陶兵衛の煎茶碗で。

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                    田原 陶兵衛窯のHPより拝借

萩焼・深川窯 田原 陶兵衛。

萩焼は「一・楽 二・萩 三・唐津」と言われる程有名な焼き物で、特に茶席では珍重される。

朝鮮の陶工・李 勺光と李 敬 が、17世紀初頭、李朝前期の陶技をもって開窯したのが始まり。

陶兵衛窯、田原家の始祖・赤川助左衛門が17世紀初頭、李 勺光と共に、安芸の国より萩に移住し、

萩藩のお抱え陶工・御雇細工人として召し抱えられる。

写真の煎茶器は、十二代・陶兵衛作で、無形文化財保持者に認定され、日本工芸会理事も務めた。

現在の陶兵衛は、十三代目として萩焼芸術作品制作に精進を重ねている。

『 渋かろか 知らねど柿の 初ちぎり 』 加賀 千代(句)

初めて柿をもぐ時は、甘いのか?渋いのか?疑心暗鬼になるものだ。

気立てが良さそうで、見栄えも素敵。

だが、結婚して先行き大丈夫なのか? そんな意味をも含んだ名句。

美味しいか?そうでないか? 食べて見なければ判らない事。

”美味しそう” から ”美味しかった、ご馳走さま ”へと果たしてなるのか。

和菓子の楽しみ方って、「こんなもんなの~?」



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忘却の彼方へ 

『 忘却とは、忘れ去る事なり 』

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      朝日新聞より、金子拓未氏撮影

先日、埼玉県越谷方面・千葉県野田方面にスーパーセルなる竜巻が起り、多くの家屋被害や怪我人が出た。

一昨年3月11日には、東日本大震災・福島原発の爆発事故があり、汚染水漏れでオリンピック誘致にも影響が。

一昨日は、宮崎 駿 監督の突然の引退報道が世界中を駆け巡った。

古くは、広島・長崎の原子爆弾投下による莫大の死者と被害。

世界の歴史を振り返れば、どんな大きな事件が起こっても、時間と共に人間は忘れ去ってきた。

『忘却とは、忘れ去る事なり』

忘れ去る事から、嫌な事を記憶の彼方へ押しやろうとするのか?

災難と死は、何時かは必ず起こる。

『災難に遭う時は遭うがよかろう。死が来たときは死ねばよい』

「それしか、我々には抗う方法はナイ」と良寛は言うが、果たして我々はその時の心積りは持っているのだろうか?

忘却の怖さを今一度確認し、災難に遭遇した折にも、慌てず・騒がず冷静な行動が大切な事を・・・


『 凍み豆腐 寒山寒夜の 美味しさかな 』

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先日、和歌山県・高野山詣りに行かれた友人から頂いた「高野豆腐」を食した。

「高野豆腐」・・・高野山で製造される凍み豆腐が、精進料理の一つとして全国に広まった。

江戸時代になると、高野山詣でのお土産にと珍重されるようになる。

絹ごし豆腐を凍らせて製造する「高野豆腐」は、薄味の味付けが良く似合い、上品な美味さがタマラナイ!!

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弘法大師が中国から帰国の折、船上から投げた五鈷杵が松の大木に引っかかった。

其の縁起により、高野山に真言宗が開山されたという。

「高野豆腐」は縁起によれば、小僧が極寒の中、豆腐を買いに使いに出された。

帰り道、余りの寒さに身もかじかんだ事だろう。

折角買った豆腐を何処か山道に落してしまった。

あくる朝、落した豆腐を探しに、険しい山道を下っていると、昨夜落した豆腐は見つかったが、

余りの寒さから、豆腐は凍りついていた。

恐る恐る凍りついた豆腐を料理してみれば、なんとも不思議な美味さだった。

それ以後、高野山では、わざわざ豆腐を凍らし「凍み豆腐=高野豆腐」として精進料理の一つとした。

高野山は、全国の死者の霊が集まる処として、あまりにも有名な霊山である。

それ故、宗派を問わず亡き人の遺骨が分骨され、高野山で静かに眠りについている。

『 空 海 の 夢 』

華厳から密教に出た、母なる空海。父なる真言密教。

 色は匂えど散りぬるを (諸行無常)

 わが世誰ぞ常ならむ  (是生滅法)

 有為の奥山今日越えて (生滅滅己)

 浅き夢見し酔ひもせず (寂滅為楽)

有名なイロハ詩で、弘法大師・空海の作と言われている。

良寛禅師は、仮名の「いろは」を書に書き認めている。

ふところ端正で、情景をはらんだ潤沢の三文字「いろは」。余りにも有名な書だ。

「 生まれ生まれ生まれて 生の始めに暗く

 死に死に死に 死んで死の終わりに冥し 」


何度生まれ、幾度死んでも、悟りが開けない。苦悩する空海が偲ばれる名言だ。

人は誰でも夢を抱いている。

空海は、「悟り」という夢を持ち続けた事だろう。

そして苦悩する衆生を助けることに一生を捧げた。

生きて悟りが未だ開けなかったので、入定してからも衆生救済を夢見た。

後の世では、弥勒菩薩の下生と共に、此の世に再来し衆生を救いたいと・・・

「イロハ詩」ではないが、我々煩悩塗れの衆生は、儚く淡い夢に希望を託し過ぎではないか?

叶わぬ夢を見るのも良いが、「忘却」の恐ろしさを今一度確認する必要がありはせぬか?

忘却の危険性って、「こんなもんなの~?」



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夏の想い出 


『 秋立つや 猛暑の夕べに 鈴風ふく 』

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暑い暑い夏も一段落し、ホッとする暇も無く、戻り夏の暑さに気が滅入る昨日・今日。

夕日が沈むとそこには秋の気配が感じられ、夜の散歩にでも・・・と誘われる。

『 昔の記憶が・・・』

いつの日だったのか? 遠い記憶の彼方に想い出がよぎる。

ある高名な方の執筆になる、随筆集の口絵写真のカットを依頼され、山口県角島に撮影に行った。

小さなな小さな角島。夏の終わりの浜辺にはハマユウの花が咲き誇っていた。

純白の灯台が今も現役で活躍しているそうな。

黒い岩場の浜辺には、昔は使っていたのだろう漁師小屋(と言っても、4,5か?6畳ほどの)が、

10軒ばかり軒を並べていた。日本海の厳しい風を防ぐために、小屋の回りは石垣で囲われている。

島の幼い男の子と女の子に出演を頼んでの撮影だったが・・・

この子たちが大きくなった後の想い出を表現する為に、イエローのCCフィルターを架けた。

遊び疲れた後のシーンだが、

男の子に苛められているシーンなのか? 小さな花か?蟲でも見つけて話しているのか?

そんな雰囲気でも感じられればと、思いつつ・・・

『 吹くからに 晩夏の花木の萎るべば むべ浜辺の嵐というらむ 』

遠い日の記憶は、曖昧さが心を温めるのだが、

白き波頭で吹きつける北からの風に、今を盛りにと咲く草木にも、肩を寄せ合い激寒を乗り切る島民の辛さも、

海水浴で有名なこの島を、訪れる観光客の想い出には残らない事であろう。

都会に出てきて、長い年月を過ごした身には、島での記憶は淡く通り過ぎるものである。

協力してくれた男の子も女の子も、今では立派な成人になっている事だろう。

彼らも私と同じく、浜で遊んだ夏の終わりの記憶を、懐かしんでくれているのだろうか?

ふと、そんな昔日の一コマを想い出し、想い出のカット写真をUPした。

古い想い出に心遊ばすって、「こんなもんなの~?」




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