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こんなもんなの~?

趣味の写真を添えて、日々の『戯言』を・・・

故郷は・・・ 

『 故郷は 遠きにありて 想うもの 』

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ある時、古民家の三和土でお釜でご飯を炊いていた。

如何にも美味しそうに湯気が立ち、ご飯が出来上がっていた。

「 初めチョロチョロ 中パッパ 赤子泣いても 蓋とるな 」

未だ幼稚園児だった頃、”腹が減った~、未だか~” と母親を困らせた経験を想い出した。

記憶が正しければ、此の「初めチョロチョロ・・・」はこの時、聞かされ覚えたのだろう。

『 五右衛門風呂が懐かしい 』

2011-10-08 華2943

「江戸東京たてもの園」に時代を経た農家がある。目にしたのは、桧の樽型風呂。

我が家では、中学生までは、今ではお目に掛れないようになった ”五右衛門風呂” だった。

鉄製の風呂で、焚きあがると釜の底は熱くなり、底板を敷いて入る事となる。

追焚きをすれば底から熱せられた湯が、釜と底板の隙間から湧き出て、

”アッチッチ、アッチッチ” と、思わず尻を持ち上げて腰を浮かす羽目になる代物だった。

『 銭湯の入浴料は・・・』

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五右衛門風呂は小学5年生からで、其れまでは近くの銭湯に行っていた。

現在の入浴料は、大人1人 ¥380 ぐらいか?

60年前の入浴料は、¥30 ぐらいだったのかな?

洗面器にタオルと石鹸を入れ、替えの下着を持ち銭湯へ・・・

今となっては懐かしい竹で編んだ脱衣籠。

番台からは男性用脱衣場と女性用脱衣場が丸見え。

お金を払う時には、背伸びをして女性用脱衣場を覗き込んだものだった。見えもしないのにね~。

ぬるま湯が好きな私は、42℃の湯船に浸かるのが苦手だった。

左官業を営む冗談好きの面白いオジサンと、しばしば出逢う事があった。

熱くて湯船に入れない子供の私を見て言うには、

「 男の子だろう! 〇玉をひん握って入れ、熱くないから 」 なんてからかわれたものだった。

銭湯には多くの想い出がある。

家庭の内風呂なんて、何て味気ない事だろうか・・・

『 十円玉を握りしめ、駄菓子屋へ・・・』

2011-10-08 華2939

駄菓子・・・何とも素敵な響きを持っている事か。

遊び疲れて家に帰り、”かあちゃん、十円くれ~” と小遣いをもらい駄菓子屋へまっしぐら。

今は、川越市へ行けば「お菓子通り」なるものがあり、昔の様相を再現し、

子供達、いや大人たちも楽しそうに駄菓子を買い求める光景が見受けられる。

小学三年生の時だったか? 駄菓子屋の店先に悪戯をしに行った事がある。

編み棒をもって、駄菓子の包装紙をプツ・プツ、プツ・プツ 穴を開けて楽しんだ。

何処のクソ餓鬼かは知っているのだろうが、子供のする事だからと大目に見て、親にも告げず。

今思えば、その時、其の事を親が知れば、何と言った事だろうか?

今でも駄菓子屋を見るたびに、そんなケガレ無き悪戯が頭をよぎる。

『 故郷は ハエすら我を 刺しに来る 』

『 故郷は 寄ると触ると 茨の道 』


人は誰でも長いこと故郷を離れていると、望郷の念は募る事だろう。

小林一茶も、恋しくなった故郷を訪ね、江戸から一週間もかけやっとの思いで辿りついた故郷。

村八分に逢った如くに、蜂は愚かハエすら自分を刺しに来る。

出逢う村人は、怪訝な眼差しを向けるだけ、まるで全てが茨の道なのか・・・

故郷は、やはり ”遠きにありて思うもの” なのだろうか?

望郷の念に駆られるのは解かるが、思い出すだけが無難と言う事なのか。

「 先生とお巡りさんには、なるな!!」

先生とお巡りさん・・・聖職の人と見做されていたのだろう。

勉強もせず、出来も悪く、餓鬼大将だった事は村人なら誰でも知っている。仁徳なんて更々ない。

”あんな奴が、先生に?” ”あんな奴が、お巡りさんに?” と言われるのが関の山と言う事。

『 古民家が欲しい 』

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故郷は遠きにありて想うもの。

想いだし、久しぶりに故郷へ帰っても、期待外れが関の山。

そうなら、いっそうの事、古民家でも買いましょうか?

観光客向けに囲炉裏に火が入れてあった。

何とも暖かそうな雰囲気に、望郷の念を呼び起こす人も多かろう。

実は、私も3・4年間、房総で古民家をと思い探していたが、

歳を重ねたので、駅まで歩いて何分? スーパーは近くに? 病院は近くに? 銀行は?

色々考えれば、結論として田舎暮らしは出来ないと諦める事となる。

まして一軒家の古民家で少しばかりとは言え、庭があれば草むしりも・・・と。

世の中、思うようにならない事ばかりとは、此の事なのか?

年寄りの儚い思いって、「こんなもんなの~?」  



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category: 雑感

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貴公子 

『 烏 骨 鶏 』

2011-10-08 華2936

『 貴 公 子 』 とは、広辞苑によれば、身分の高い家の年若い男子。貴族の子弟。

                 容貌・風采がすぐれ、気品の高い男子。 とある。

一目見た時に、普通の鶏とはチト違うな~、と思った。

調べてみれば、「烏骨鶏」 という種類との事。 耳にはしていた名前だが、見るのは初めて。

『 烏 骨 鶏 』

皮膚・内臓・骨に至るまで黒色。

外観の特徴としては、足の指は前向きに3本、後ろ向きに2本、計5本あるのが特徴的だ。

絹毛と呼ばれる白くて細い羽毛と黒い肌を持つ。

中国では霊鳥として扱われ、不老不死の食材として珍重された歴史がある。

『 天 然 記 念 物 』

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マルコ・ポーロの 『東方見聞録 』にも記されている烏骨鶏だが、

日本では、昭和18年に天然記念物に指定されている。

『 貴公子然として・・・』

毅然とした姿をよくよく見れば、

頭、嘴の上に桑の実を半分にしたように紫黒色の冠を被り、その後ろにオール・バックの羽毛を、

そして耳たぶは、ブルー色をしたとても美しい姿を誇る。

雌が産む卵の数は、一年に40~50個という。

天然記念物でもあり、卵の希少性からして、一般商品としてに売られている物は「偽物」なのか?

『 登り窯の傍で 』

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益子の通りには多くの窯元や土産店が建ち並んでいる。

道路を横切りながら、右・左のショーウインドウを眺めながらの散策は、時の経つのも忘れる。

登り窯を構えた一軒の窯元があった。窯前は立ち入り禁止となっていたが、

突然一羽の鶏が近寄って来た。 その鳥が ”烏骨鶏” だった。

シャッターは一度しか切れなかったが、歩く姿も悠然と、立ち姿は貴公子然と。

眺めていて、ふと思い出した言葉がある。

それは、かねがね私の姿勢が悪い、もっと背を真っ直ぐに!!と、妻が言う。

背中を丸め、うつむき加減に歩く人を良く見かけるが、みっともないものである。

そう言う自分もご多分に漏れず、貧相な歩き方をしているのだろう。

貴公子に生まれた訳でもないのだからと思いつつも、やはり姿勢は真っ直ぐに堂々と・・・

『 足は地に着け、どっしりと 』

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ショーウインドウ内に飾られた一輪差しか?

荒々しい表情は、可憐な一輪の花を引き立たせてくれる事だろう。物事に動じない安定感を感じさせる。

孔子の『論語』に、

「子いわく、われ十有五にして学に志し、三十にして立ち、四十にして惑わず。五十にして天命を知る、

 六十にして耳をうたがう、七十にして心の欲するところに従って矩をこえず」 と。

七十にもなれば、心の赴くままに振る舞っても、人の道を外れない自在な境地になる。とは言うが、

私も既に七十を過ぎて久しくなる。

「人の道を外れない」、振り返れば道を外れっぱなしの人生だったのか?

せめて烏骨鶏を見習って、姿勢だけでも背筋を伸ばし、毅然と前を向くとしましょうか。

姿勢を正し、どうどうと歩めば、少しは貴公子の真似事ぐらいは?

七十にして思う事って、「こんなもんなの~?」



category: 雑感

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LLADRO が、やって来た 

『 LLADRO の静寂美 』

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「或時、昼寝していると、神女が天下って来た。夢とも現ともなく、襄王に契りを伝えた。

 襄王、名残を惜しみ慕ったが、天女が言うには 『私は天界の天女です。前世の契りがあって此処に

 来たのですが、此処に何時までも居る訳にはいかないのです』 と飛び去らんとする。

 襄王あまりにも慕いかねて、『さらばせめて形見でも残して欲しい』 と・・・

 天女が言うには、『形見は巫山ですが、宮中に近き山にあります。

           朝にたなびく雲に、夕に降る雨を眺めてください』・・・と。

襄王ならずとも、一度見た物が頭から離れない事って、誰にもあるよね。

現に見た、忘られぬ LLADRO の置物 「若草色の少女」も、まさに其の一つだった。

『 鏡の前で、<若草色の少女> 』

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”白い黄金” と呼ばれ珍重されたクラシック・ポーセリン。

クラシック・スタイルと柔らかな色合いで、少しばかりオシャマな仕種が微笑みを誘う。

鏡の前で清ましたポーズをとる若草色のワンピース姿の少女。

LLADRO は、1953年スペインの古都バレンシア近郊に小さな窯を開く。

「優しさ溢れる世界、人生の歓びを創造したい」 をモットーに。

熟練の手、色の魔法、炎の試練、そして完成へと。

「美の哲学」 「芸術への愛」 、此の精神は今でも脈々と受け継がれている。

『 模 倣 と 擬 装 』

昨今、TV報道や新聞紙上で阪急・阪神ホテルグループの問題が話題を起こしている。

模造とは、本物に似せて作る事で、オリジナルの複製品など、レプリカとは一線を画す。

擬装とは、他人の目を誤魔化す為の装いうや行動をいう。カムフラージュとは少々違いが有る。

今回の阪急・阪神の偽物を使用した事件は、模造でもなく模倣でもない事は、火を見るより明らか。

100%安い価格の偽物材料を使い、使った原料より高価な材料は0%。

現場の料理人、仕入れ担当者に罪を脱擦りつけ。現場の方々はプライドをズタズタにされた。

経営者って、東電の事件でも同じことだが、何時でも責任放棄!!

「お詫び」の看板、記者会見で頭を下げる。それで済む問題ではありえない。

今回は、詐欺罪の適用を検討して欲しいと思うのは、はたして私だけだろうか?

『 Royal Leo 』 エレガント・スタイル

2011-10-08 華2931

「似て非なる物」という諺がある。

予てより見ていた、「LLADRO」の、”若草の少女” が脳裏にこびり付いていた。

或る日、小田原に私用があり行った折に、小田原城に立ち寄った。

売店で見かけた、写真の少女像。

姿と言い、色使いと言い、一見すればLLADROではないか?と

手の込んだ造りだが、顔の表情はLLADROより、少しばかりシャープだ。

あどけない少女の姿に、そして何より価格に・・・テレビの前に置けば、結構楽しめると。

LLADRO人気が高いので、安価な模造品でも客に歓迎されるだろう、とメーカーさんは。

此れはあくまで、真似事としての模造品。決して阪急・阪神のような詐欺的行為ではない。

数日前、店頭の飾りケースに置いてある 「若草色の少女」 が目に入った。

純白のポーセリンに淡い色彩は、やはり模造品とは違う。

色彩や、あどけなく上品な顔の創りは、静寂美を讃えていた。

今は、テレビの左横前で、その美しさを楽しませてくれている。

「Royal Leo」の御嬢さんも、それなりに美しく今ではテーブル脇の棚に鎮座している。

似て非なる物って、「こんなもんなの~?」



 

category: 雑感

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無何有の夢想 

『 無何有の夢想 』

何処にも無い、夢心地の想い。ユートピアや桃源郷がこれに当てはまる。

『荘子』の中に、藐姑射の神女の件が登場する。

藐(はる)かな姑射(こや)の山には神女が棲んで居る。

肌は冰雪のように白く、処女の如くにしなやかな体をし、

五穀は口にせず、風を吸い露を飲んで、雲に乗り龍を操り、

此の世の外の世界を遊行している・・・と、

不老長寿の希求は、仙界の夢想だに過ぎない。

此の世に在りもしない世界を願う「無何有の夢想」だ。

『 い き (粋) 』

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江戸時代には吉原という遊郭があったが、「いき」 という風習は、深川の遊女が発祥のようだ。

気風の洗い漁師、其処の芸者たちは男勝りのキップの良さが売りだった。

このキップの良さを 「いき」 とよんだ。

男女関係が合一する事なく、ぎりぎりの所で緊張関係を楽しむ、この心境を 「いき」 と言った。

「いき」 を詠った歌に、『 大川の水面に粋な投げ島田 うつりて暮るる柳橋かな 』

遊里を舞台とした男女関係の美意識こそ 「いき」 なのであった。

サルトルは 「存在と無」 のなかで、同一性の世界を問うている。

白壁に立て掛けられた白い自転車。

色の世界では完全なる同一性が見てとれる。

此の白昼夢のような光景に、「いき」 を感じた事だった。

『 さ び (寂び) 』

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古ぼけた家の裏庭に放置された赤いリヤカー。

松尾芭蕉は、「さびの美学」 を謳っている。

「さび」は、さぶ・さびる・さび、と言い ”荒ぶ” と意味をも含むようだ。

寒々しく少々荒ぶれた数寄屋風木造家に、錆の浮かんだ使い古されたリヤカー。

此の光景は、まさしく ”さびし” と寂寥觀が漂う。

年を経て殺風景になった様子は、荒ぶにも似た風情だ。

感覚的美意識が積極的に働けば、「さび」 は美的性質をも持ち合わせる。

『 あ は れ (哀れ) 』

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「あわれ」は、愛しむ・あっぱれ・憐れむ・心痛む、など等の意味を持っている。

民家の台所のある庭に立て掛けられた、一台の使い込まれた自転車。

一見、哀れに痛ましささえ覚えそうな光景だが、其処には確かな存在の根拠がある。

此の光景に私は、一種の美的満足感を覚える。寂寥とした快感とでも云えるのか。

『 常はゆかぬ心地も あはれにうれしう覚ゆること 限りなし 』 「蜻蛉物語」

此処に住む住人と、使い古された自転車という、「存在の根拠」を考える時、

哀感の感情が思わず湧いてくる。「ものの、あわれを知る」って、こんな事なのか。

『 ゆ う げ ん (幽玄) 』

2011-10-08 華2930

「諸法幽玄之妙」と最澄の言葉が有るが、これは仏教用語であり、美的概念で言う幽玄とは違にする。

止まった時の風情とでも云えるのか、赤レンガに真白き自転車。

此の風情は、我々の側の感情にあるのではなく、景色の側に属するものである。

心を澄まして一境に入れば、仏教の「摩訶止観」の境地にも似たり。

そんな幽玄をも堪能できる寂びれた光景だ。

「幽玄」 とは、奥深く微妙で味わい深い事とある。

何の変哲もないレンガ造りの建物の前に、一台の自転車だが、

”常に移り行く光景” の時間を止めると共に、幽玄すら感じさせ、

心に寸分の隙も与えない ”釣り合いと纏まり” を感じさせる。

止まった時間と空間を楽しんでいると、「無何有の夢想」にも似たものを感じる。

非現実の世界を願う 「無何有の夢想」って、「こんなもんなの~?」



category: 雑感

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青に魅せられ・・・ 

『 美的な感動を・・・』

2011-10-08 華2919

『 空いろの 紙のくもらはしきに 書い給へり・・・』  紫式部 「源氏物語」

何処までも澄み渡る青空、南海の海の引き込まれそうな紺碧。

『青』色、一口に青色と云っても、『みどり』色までも青と言う。

青緑色のトタン屋根。

空しさに淀んだ気持ちを抱えながらのそぞろ歩きで、清澄な心を取り戻してくれる色に、「青」がある。

青は、私の感心を呼び起こす色だ。 美的ですらある感動の「青」!!。

『 清潔感を呼ぶ、”青”色 』

2011-10-08 華2920

冬の寒い早朝に、牛乳配達の自転車が、カチャ・カチャ・カチャと音を立てながら、

勝手口の前の木箱に一本の牛乳瓶を置いて行ってくれる。

今は木箱では無く、プラスチックの牛乳箱だが、過ごした故郷の早朝を思い出す。

『 青色のホーロー容器が印象的 』

2011-10-08 華2923

使い込まれたホーロー容器は、昔日には誰が何を保存していたのか?

最も古い色を表す日本語は、「白・黒・赤・青」である。

古来より、日本人は色が織りなす世界に、特有なイメージを持ってきた。

色には思いが有り、物語すら感じ取る事ができる。

渋みを帯びたホーロー容器には、過日の主婦の手垢と想い出が擦り込まれている。

今改めて、見る者の想像すら掻き立てる。

『 心の作用は、感覚の論理なのか? 』

2011-10-08 華2921

人間が文字を持つようになってから、まだ数千年しか経ていない。

五感により感覚作用は起こる。

その結果、心の作用つまり具体的な素材を元に展開される心の動きだが、感覚の論理と言うべきか?

「青」の印象も、其の一つにすぎないが、他の色より以上に心に作用するようだ。

『 高貴な ”青” 』

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『阿弥陀経』に、金・銀・瑠璃・玻璃・硨磲・赤珠・瑪瑙、と極楽を表す色たちが名を連ねる。

”青の宝石” と云えば、アフガニスタンに多く産出するラピスラジュリの ”青”。

”瑠璃” 色は、宝石のような深い青色。

古くは正倉院に伝わるアルカリ石灰のガラス・コップ。

平安時代に入ると、瑠璃の青い色は染色やガラス器などによく用いられる。

『 青 の 印 象 』

片田舎に育った私には、幼い頃からの印象的な色と云えば、其れは ”青”。

見上げれば、眩いばかりの紺碧の空。

近くの海岸に行けば、小魚が泳ぐ姿が透かし見える、青く波打つ海岸。

現代に生きる私たちには、残念ながら記憶に残る色は少なくなったのか?

色は、言語が無い時代から、道具も無い時代から・・・

しかし、古い物に憧れを感じる人は少なくない。

わが国には、古来より独特な色の名前が沢山あるが、

複雑な色の名に対する抵抗感を感じる必要は全くない。

古き物を探し求めるのも良いが、関わり記憶に残る色を訪ねるのも、また一興ではないか?

色に誘われ旅する面白さって、「こんなもんなの~」



category: 雑感

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女の価値は? 

『 雛げしは 夢の中にて身を散らす われは夢をば失ひて散る 』
                             与謝野晶子 歌集「瑠璃光」より

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『 フツカ ニバン ニテマイル サシツカエ ナキヤ ヘンジ マツ 』

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明治34年5月30日、慶喜公が弟・昭武氏に送った電報文。

戸定邸に居る昭武氏に「二日後に遊びに行きたいと思っているが、君は居るのかな? 返事が欲しい」。

最後の将軍:徳川慶喜公が愛した松戸の館であるが、後に弟・徳川昭武氏の邸宅となる。

戸定邸は、現在は「戸定が丘歴史公園」となって、千葉大学園芸学部の一角に位置している。

『 明治時代の ”坂川”添い情景 』

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戸定邸のすぐ側を流れる ”坂川” の風景。

昭和の時代でも、結構長閑な景色だったが、明治時代のこの風景は想像すら付かない程、のんびりと・・・

将軍責を引退、大政奉還を迎え隠棲し、写真や絵画などに趣味多く、

此の写真も、慶喜公が撮影したものである。

『 雛げしの小徑 』

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現在の戸定邸は整備され静かで長閑な空間を見せているが、

当時は、”坂川” 沿いを始め、戸定邸の庭にも、雛げしの花が咲いていた事であろう。

与謝野晶子は、戸定邸で多くの句を残している。

『 夏の花 漫りに咲くと なげくなり いつより心変りはてなん 』

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あぁ、”雛げし” よ、どうしてお前はいたずらに咲き誇るのか、私の心はとっくに冷めているのに・・・

あれ程恋い焦がれたのに、心移りの悲しさよと言った処なのか?

『 くれなゐの 形の外の 目に見えぬ 愛欲の火の昇る雛げし 』

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”雛げし” の花言葉は、恋の予感・いたわり・思い遣り・忍耐・妄想・豊穣・忘却と、色々多く。

「心変わりはてなん」・・・忘却とは忘れ去る事なりで、

「愛欲の火の昇る雛げし」・・・妄想とでも云えば良いのか?

真紅の雛げしに誘われて、晶子の心には愛欲の炎がメラメラと・・・

『 花園は 女のあそぶ ところとて われをまねばぬ一草もなし 』

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秦の武将:項羽に大変美しいお妃がいた。名を ”虞” と言う。

劉邦との戦に敗れ、死を覚悟した時に詠った歌に、『 虞や 虞や、汝を如何せん 』 と。

嘆き悲しんだ ”虞” は自害する。埋葬された墓の回りに翌年、真紅の花が咲いたと言う。

”虞”が余りにも美しく、其の名に因んで、雛げしを 「虞美人草 」と云う様になったと・・・

『 女の価値は、恋の遍歴の多さなのか? 』

恋多き女性とでも云えば良いのか? 晶子の恋心は雛げしの紅より、なお赤く。

「諸悪莫作 諸善奉行 自清其意」という七佛通戒偈があり、過去の全ての佛の御教えで、

諸々の悪は為すな、諸々の善をすすんでせよ、そして身も心も常に清浄に保てと・・・

我々は、したくても出来ないのが ”善” で、考えも無く出来るのが ”悪” であろう。

人を愛し恋する事は、”煩悩” の成せる業ではない.

人は出会い、素晴らしい・綺麗と思うのは、当然の心の成す事なのだ。

何とか話でも出来ないものか、 其のうちにどうかして触れてもみたい、

そして自分の ”もの” としたい・・・心の移り変わりは当然の成り行き。

愛し恋するのが、”悪” ではない。 心が不浄に働くのが ”悪” なのである。

えてして、男女の愛情は汚濁に塗れ易いのが世の常。

晶子だけが愛欲に溺れるのではない。

天台宗の看板娘(?)瀬戸内寂聴尼も法話の中で、「愛せよ!恋せよ!」としきりに。

ご本人も、出家するまでは、自由奔放な女性で、愛欲に溺れる事は、枚挙にいとまがない。

自由奔放に、情欲のおもむく侭に、それとも耽美な生き方?

男性遍歴が多いという事は、モテるって事? 

女性の価値は、”モテる。モテない”で決まるの?

どんな女性がお好みですか? の問いに、

「気立てが良くて、身持ちが悪い女性」 と。確かにね~!!

自由奔放でお遊びが大好きな女性、男にとっては便利な女でしょうが、

女性の価値って、「こんなもんなの~」


category: 雑感

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ギャグ漫画・・・ 

『 ギャグ漫画の巨星 』

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赤塚不二夫。

手塚治虫の「ロスワールド」に影響を受け、漫画家を志す。

「おそ松くん」、「ひみちのアッコちゃん」、「天才バガボン」など数多くのヒット作品を発表。

ギャグの連続で、一躍有名漫画家となり、昭和を代表するギャグ漫画の帝王と呼ばれる。

『 赤塚ワールドを垣間見る 』

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展示室の一部屋に、ギャグ漫画の主人公や名わき役たちが飾られ、古き良き時代の写真が華を添える。

童心に還り館内をぐるっと一巡りすれば、娑婆の憂さも一時忘れ、

いつの間にか元気に成れる不思議な空間で、面白く楽しい ”赤塚ワールド” を垣間見る事ができる。

『 落書きは、子供の遊び? 』

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落書きは体も無い子供の遊び心なのか?

古い街を訪ね歩いていても、街中の塀、鉄道の跨線橋など、いたる所で落書きを見受ける。

罪も無い範囲で描かれるからこそ、皆を楽しませてくれるのであって、

悪餓鬼たちが、ペンキで描く訳も判らぬ文字や絵。

不愉快を通り越して、迷惑千万な軽犯罪行為だ。

此の板塀に描かれたコミックな落書きこそ、笑いを誘う楽しい落書きだ。

作者は赤塚不二夫なのであろうか?

『 ノラウマが、やぁ~今日はと・・・』

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角を曲がると、ノラウマが突然現れ、”やぁ~いらっしゃい" と・・・

原画を拡大コピー(?)された漫画が、暗褐色の板塀に乱雑に貼り付けられている。

乱雑・・・ノラウマとの見せ方がコミっぽく面白い。

『 驚きの名セリフ、”シェー!!”』

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これって、悪乗り?

「おそ松くん」に登場するイヤミのとるポーズで驚きを表しているらしい。

”シェー!!”は、後々に一発ギャグの代名詞となる。

『 これでいいのだ~!!』

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「トキワ荘」の一室が復元。赤塚不二夫が出世前の一時を此処で過ごす。

手塚治虫の「ロスワールド」に惹かれ、手塚が居る「トキワ荘」に住み込む事となった。

此処には、石ノ森章太郎や水野英子(女性・少女漫画の草分け的存在)らが同居住していた。

天才バガボンの名セリフに、「これでいいのだ~!!」がある。

ギャグ漫画とは言え、此のセリフの心は、「わしは、皆の幸せを願っているのだ」らしい。

『 漫 画 と 戯 画 』

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「青梅赤塚不二夫会館」 元は病院の建物で、渋く重厚な雰囲気が・・・

『 戯 画 』

滑稽な内容で、戯れに描いたものや、誇張や風刺を含んだ絵。

葛飾北斎の ”北斎漫画” も戯画の一種と言えるが、

鳥羽僧正伝と言われる、”鳥獣(人物)戯画” の右に出る物は無いであろう。

平安時代の世相を反映して描かれた戯画で、

カエル・サル・ウサギなど等多くの動物や、架空の動物までもが登場する戯画で、

日本最古の漫画と言われている。

『 漫 画 』

遊びの精神と風刺の精神をもって描かれた絵で、笑いを誘う画とも云える。

”こま漫画” は、その代表的なもので、”ギャグ漫画” は、其の亜流とも云えるのか。

時代と共に戯画から漫画へと、そして挙句の果ては”ギャグ漫画”なのか。

〇〇チックと言う言葉がある。

古来より現代に至るまでに、我々の精神も戯画チックから漫画チックへと、

そして下品と云えば怒られそうだが、ギャグ・チックに変遷したのか。

辛く、面白くも無い娑婆世界に、否応なしに生きなければならない宿命を背負って、

せめてギャグでも飛ばして・・・ギャグの効用って、「こんなもんなの~?」


category: 雑感

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只今、0匹 

『 名水百選 生きた水 久留里 』

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              JR久留里駅前 水汲み広場

好天に恵まれた或る日、予てより来たかった久留里に・・・

駅前の水汲み広場で出会った、一人のご婦人。

車でお越しで、何時まで待っても何度も何度も汲んでは車に運び、

聞いてみれば、「2ℓのペットボトルを50本ばかり持参している」との事。

これではいつまで待っても、此方が待ちくたびれるばかり。

2011-10-08 華2894

「井戸」に纏わる話は全国いたる所に遺されているようだ。

「井戸と入水自殺」は枚挙にいとまがない。

井戸の水鏡に映された業平の顔を見て、女官は我を忘れて、井戸に飛び込み死んでしまった、とか・・・

2011-10-08 華2893

『 千早振る 神代も聞かず 竜田川 からくれないに 水くくるとは 』

古典落語の演目の一つで、良く知られた「竜田川」

吉原に足を運んだ関取・竜田川、

花魁・千早の振られ、妹遊女・神代にも振られる。

ガッカリし自信を無くした竜田川は、力士を廃業、故郷へ帰り豆腐屋を継ぐ。

後になり、店の前に一人の女乞食がやって来て、”オカラを下さい” と懇願。

訪れた女乞食をよくよく見れば、昔自分を振った吉原遊郭の千早ではないか。

零落した女乞食は、千早の成れの果てだった。

それに気づいた竜田川は、”オカラはやらない!!” とっとと帰れとばかりに、女乞食を突き飛ばす。

千早は井戸の傍に倒れ込み、”こうなったのも、自分が全て悪いのだ” と、

井戸に飛込み入水自殺を果たす。

2011-10-08 華2892

『 みもや立つ 雲も煙も なか空に さそいし風の 末ものこさず 』

山口県長門市深川湯本に「大寧寺」がある。

本州西部の有力守護大名・大内義隆氏は、家臣・陶 晴賢の謀反によって、大寧寺に攻め滅ぼされる。

大寧寺に逃げ込んだ義隆氏は、古井戸に目をやっると、恐ろしい程疲れ切った己の顔に驚愕する。

行く末を案じ、此処に義隆氏は自害を果たし、今でも此処で静かに永遠の眠りについている。享年39歳。

上の句は、大内義隆氏の辞世の句である。

「末も残さず」と詠んだのは、己の一族だけならず、陶一族の後の繁栄も無い事を願っての事だろう。

2011-10-08 華2897

『 ただいま、0匹 』

アッ、ご免・ご免、「ただいま、0匹」では無くて、「ただいま、0人」でした。

好天に恵まれた日だと言うのに、観光客には一人も出会えなかった。

日本有数の名水に恵まれた久留里だというのに。

火野葦平が、小説化してる「ただいま0匹」があるが、あまり知られていないようだ。

先日、ボス猿・ベンツが二週間ばかり居なくなった事で新聞・テレビを騒がしていた、「サル公園」。

大分県高崎山の「サル公園」は、

昭和27年 法螺貝を吹いて山中のサルを呼び出す奇妙な ”餌付作戦” によって始められた。

1年経ってもサルは現れなかったが、数年後には数匹のサルが姿を現しはじめ、

その後、100匹ほどが餌場に集まるうようになり、全国的に知られるようになった。

高崎山「サル公園」の入り口に、大きな看板があり、

今、集まっているサルの数を観光客に知らせている。

「ただいま、0匹」なる、葦平の題名も、ここからきている。

2011-10-08 華2891

街中の井戸を訪ねながら、その先 「久留里城」 へと行く途中、

駐車場を兼ねた、名水の飲み場がある。

少々疲れたので、此処でしばらく休憩と洒落込んだ。

10分ばかり経過した頃か、一人の小学生が通り過ぎた。

挨拶もそこそこに足早に帰路を急いでいるのか・・・

それにしても寂しい街だった。

観光客が、「ただいま、0匹」とは。

季節も良くなり、どこの観光地も人だかりと言うのに、

片田舎の観光地って、「こんなもんなの~?」



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益子の印象 

『 裏を見せ 表を見せて 散るもみじ 』

2011-10-08 華2886

良寛禅師、辞世の句と言われているが・・・

今を盛りに咲く紅葉も、やがては裏を見せ、表を見せて、はらはらと・・・

何事も包み隠さず来た身だから、紅葉が潔く散るように、もうここらで私も・・・

40歳も若い良寛の弟子、尼の貞心が詠んだ句は

『 生き死にの 境を離れ棲む身にも 去らぬ別れの有るぞ哀しき 』

「盛者必滅 会者定離」はこの世の常とは云え、

やはり別れが此の世から無くならない事は、悲しい事よ・・・

益子焼の荒土に無彩色の紅葉の葉。 其の中にあって赤い紅葉が一葉。

思わず良寛と貞心尼の句を思い出した。

『 傘一つ 片方は濡れる 時雨かな 』

2011-10-08 華2887

笠間焼の笠立てに、番傘が二本。

傘が一本では、二人で使えばどうしても片方は濡れる。

そこで、傘をどう差すかが問題となる。

傘が一本だから、どちらかが濡れるのだ! もう一本持って来い!

こんな発想は、老いを無くせ・死を無くせ・一年を春だけにしろ・・・

という事と同じで、理不尽このうえない事だ。

傘は一本だけと諦めなければならない。

四苦八苦の娑婆世界、耐え忍び諦める事こそ、満足感が得られるという事か。

それとも、一本の傘を仲良く二人で相合傘という事なのか?

『 派手さは、要らない 』

2011-10-08 華2889

風雨に晒された鄙びたベンチ。

その上に、小さな小窓。 此処から店内には益子焼の道具が飾られている事が見え隠れ。

街を散策すれば、モダンに装った店舗や,派手に見せかけた店舗が目に付くが、

地味で上品さを感じるのは、こんな一見殺風景な店構えだ。

『 焼け茶けた赤レンガに・・・』

2011-10-08 華2888

お役目を果たし、焼けただれた耐熱赤レンガが、無造作に積み上げられていた。

登り窯に使われた赤レンガであろう。

陶磁器は、1200~1300℃の釜で、焼成される。

この熱さを耐え忍ぶ其の先に、見事な陶磁器は完成する。

「地獄の熱さには、比べるも無く」と言われる程、地獄は灼熱なのであろう。

生ぬるい一生を終わったのでは、それは悲しい寂しい人生と言わざるを得ないのか?

地獄とはいかないまでも、四苦八苦の此の世を苦しみモガキ長い長い人生を全うするから、良き一生なのか?

赤レンガは、役目を果たし野ざらしになっているが、今なお美しさを感じさせる。

『 お・も・て・な・し 』

2011-10-08 華2890

店内の益子焼のテーブルに、可憐な野の花が・・・

益子焼の特徴の一つに、自由奔放なダイナミックさがある。

漆黒の生地に紅殻色の太い線。

二酸化鉄を成分とする天然の赤土は、日本最古の赤色顔料。

京都の有名な茶屋「一力亭」の壁も、この赤が印象的。

国宝に指定されている浦上玉堂の日本画でも、墨に代赭で彩りを添えている。

『 べにがらいろの あかきいとのいりたる たてじまのぬのこに 』

十返舎一九は、東海道膝栗毛の中で、粋を醸し出す紅殻色を褒め称えている。

益子を訪ね、

地味で素朴でダイナミックな其の焼きと絵付けに、今日まで来た己の人生を振り返った。

目立ちがり、物欲名誉欲を追い求め、質素で粗末さの大切さを何処かに起き忘れて来はしなかったか?

「名も無く・貧しく・美しく」と己の人生を歩む難しさをしみじみと反省・反省・・・

煩悩塗れの私の人生なんて、「こんなもんなの~?」




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今は昔 

『 物語の出で来はじめの祖 』

「今は昔、竹取の翁といふもの有りけり・・・」

今となっては、昔の事だけれど・・・「竹取物語」の出始めの言葉。

作者不詳だが、”日本で初めての物語” と、源氏物語で紫式部は言う。

新京成電鉄に乗車したのは、今となっては昔の事、50年前の事だった。

『 試運転中の、モハ39形41号 』

2011-10-08 華2884

「新京成電鉄」は、昭和30年、千葉県松戸市と習志野市・津田沼とを結ぶ単線運転で始まった。

台地の分水嶺に沿ったルートで、周囲が山だったのを切り崩して工事が進められ、トンネルは一つも無い。

開通時の試運転は、住民の方を無料で乗車させていた時期があった。

それにしても、線路脇で手を上げ、”乗りま~す” と言えば、電車は止まってくれたのか?

『 新京成・松戸新田駅 』

2011-10-08 華2882

上野駅から常磐線で松戸駅まで、

其処から、木造の跨線橋を渡り、新京成・松戸駅のホームへ乗り換える。

二つ先の駅が、「松戸新田駅」だ。

私は大学生の時、中野坂上の或る有名な方の家に間借りをしていた。

その時に巡り合った女性(実は女房である)が、松戸新田に住んで居た。

都会でのデートを楽しみ、遅くなって家まで送り届ける時に利用したのが新京成線だった。

田舎で生まれ育ったので、古い駅舎や電車には馴れていた筈なのに、

電車と木造駅舎には少々戸惑いと驚きを感じたものだった。

『 古き良き時代の電車 』

2011-10-08 華2876

当時では最新式の電車だった。

松戸駅を出発すると直ぐに車窓は開け、右を見ても左を眺めても、畑また畑とのんびりとした田園風景。

新京成では只々殺風景さを感じるだけだが、驚いた事は常磐線の電車内での出来事だった。

早朝は担ぎ屋さん達の専用電車か?と思い、夕方からは、博打好き専用電車なのか?と・・・

当時は車内ではタバコも吸え、飲酒OKだった。

通路にはジベタリアン如き博打好き達が座し、トランプに花札に・・・おまけに煙草の煙で見通しは悪い。

『 最近の、松戸新田駅 』

2011-10-08 華2881

先日、女房の実家の墓参りに車を走らせた。ついでに懐かしい松戸新田駅を見に行った。

駅舎は立派になり、公衆電話ボックス・飲み物の自販機も設置されている。

50年の歳月の隔たりを実感する一時だった。

実は、私は大学を卒業し、暫くの間だが・・・

此の駅から左へ徒歩30秒の所に、「松德鮨」という女房の兄が経営する家の二階に転がり込んで居た。

『 今では、最新式の電車が 』

2011-10-08 華2879

「今は昔」となったが、50年目の電車と駅舎が懐かしく郷愁すら覚える。

『 青いバラ 』

”青いバラ” を作るべく試行錯誤が重ねられ、遂に完成したという記事が過日あった。

色素合成メカニズムの作業を根気よく繰り返し、とうとう赤いバラから青いバラの完成を見みた。

青く可憐なバラの花を咲かせる事が出来たと言うが・・・

技術者は気付かなかった。青いバラの花だった筈の其の花は、

実は何処から見ても ”ツユクサ” その物だった。と福岡伸一博士が「動的平衡」の中で述べている。

『 構造より、効果が大切 』

古い電車から最新式の電車へ。

其の流れがもたらすものは、先進的技術でもなく、革新的構造でもなく、”効果” こそが重要。

技術革新は常に ”より効果的” を追求する技術を言うのであろう。

遺伝子組み換え技術は、未だ期待された程に、農作物の増収には繋がっていない。

臓器移植も未だ決定的な延命治療には至っていない。

最近話題に上る、リニアモーターカーは、果たしてどれ程の ”効果” をもたらすのか?

リスク奇遇は果たして無視しても差し支えないのか?

技術革新に於ける 「動的平衡」 って、「こんなもんなの~?」




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光と影 

『 君が手も まじるなるべし 花芒 』 向井去来(詩)

涼風が心地よい晴れた日に、「戸定邸」の庭を散歩した。

野山では秋風に揺れる花芒が、陽の光に美しい情景を見せている。

「戸定邸」の庭でも光と影が美しく見事な光景を見せてくれた。

『 茶室の壁に影落とし 』

2011-10-08 華2862

俳諧の名句に、「 万物は虚に居て 実に働く。実に居て虚に働くべからず 」 とある。

一定の距離を置いて世界を眺むれば、実が見えてくると言う事。

”侘び・寂び” は、美的理想概念である。

”寂しさ” を表現する、”風雅” な光と影.

『 光る竹林 』

2011-10-08 華2863

日本庭園は、”時と共に移り変わる” と言う点で、他の美術・芸術とは著しく一線を画す。

光と影が織りなす竹林は、より純粋に自然の美しさを堪能させてくれる。

彫刻でも絵画でも、作者が与える形は決まったものだが、

庭の竹林が見せる光景は、季節季節によって様々な姿を見せる。

『 古瓦の畳徑 』

2011-10-08 華2864

日本庭園では、石畳の道や飛び石は良く見かける事ができる。

古く割れた瓦の再利用。この小徑に古人は、”貧弱・窮乏” などの消極的意味ではなく,

”侘び・寂び” の美意識を覚えたのであろう。

松尾芭蕉は、「 痩せ松の しぐれも寂びしく 蝸牛の空せ貝も寂びたり 」 と・・・

『 茶室の簾 』

2011-10-08 華2865

茶道具などの工芸美術、建築物・露地・床の間の書画、生花などは総合芸術と言っても過言ではない。

簾に差し込む夕日の美しさは、時空の一瞬がもたらす美しさだ。

消極的な枯淡静寂の美しさとでも云えば良いのだろう。

マンジュシャーカ 恋する女は マンジュシャーカ 罪作り・・・

2011-10-08 華2861

「戸定邸」の庭では曼珠沙華があちこちで観る事ができる。

此の庭には「ひなげしの小徑」が設けられ、散策の楽しみを盛り上げてくれる。

十何種類にも及ぶ、与謝野晶子の句碑が建てられている。

自由奔放な愛に生きた晶子の往年を偲びながら・・・

光と影が織りなす侘び・寂びの光景を楽しみながら、愛と憎しみ、歓びと悲しみ、希望と失意をも・・・

与謝野晶子の代表作に・・・

『 柔肌の 熱き血潮に触れもみで 寂しからずや道を説く君 』

あんたが人の道を説いても、あたしの寂しさは紛れないんだよ~。

その前に、あんた!する事があるでしょうに。 私の身はこんなに燃えてるのに。

道を説くんだったら、ね~あんた、私の帯を解いてよ~!!

燃える思いの光と、冷静な気持ちの影、男女の恋って、侭ならぬのだね~。

虚実の空間に遊ぶって、「こんなもんなの~?」


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山里歩けば・・・ 

『 はらはらと 落つる木の葉に混じりきて 栗の実ひとり 土に声あり 』 連月(詩)

2011-10-08 華2870

先日、旧友(とは言え、二人は私より24歳若い)三人と栃木県茂木の山里を、秋を求めて散策を楽しんだ。

地図にも車のナビにも載っていない民家への道すがら、彼岸花が咲き誇り、道端には栗の実が落ちていた。

”実りの秋” とは良く言ったもので、栗は沢山実を付け柿はたわわに実り、秋たけなわと言ったところだ。

『 稲刈りて 鈍くなりたる イナゴかな 』 正岡子規(詩)

2011-10-08 華2867

たわわに実を付けた稲穂だが、先日の強風で倒れたのか? それとも実り過ぎて重く成り過ぎ?

倒れた稲を丁寧に立て直し、束ねて畔に刈り取るご婦人の姿の傍で、真紅の曼珠沙華が華やかに・・・

秋風が立ち始め、稲の刈り入れが始まる頃になれば、イナゴも虫たちも弱りこそこそと逃げる。

そんな自然の厳しさを優しい眼で見つめた正岡子規であろう。

『 刈れる田に 生ふるひつち(新芽)の 穂に出でぬ

  世を今更に 飽き(秋)果てぬかと 』
 
古今和歌集

2011-10-08 華2866

山里の散歩を楽しむ観光客(これが、マナーが無い人たちで、農家には敬遠される)にとっては、

彼岸花が咲き誇り、コスモスが秋の気配を満喫させてくれるが、

農家の日々の暮らしは、日の出から日没まで農作業に追われ、夜は夜で草履を編んだり夜なべに精を出す。

風水害・冷害などの自然災害に苦しめられ、キツサの割には収入は少なく、

”あぁ~、もう農業は疲れ果てたな~” と、心底思う事であろうか?

『 柿食えば 鐘が鳴るなり 法隆寺 』

2011-10-08 華2869

正岡子規は、法隆寺の茶店に憩いて・・・と前書きしている。

旅の疲れを法隆寺の前の茶店で一服。気が付けば、寺の鐘が厳かな響きを。そんな光景が目に浮かぶ。

子規はこんな詩も残している。

『 柿の実の 甘きもありぬ 柿の実の 渋きもありぬ ふきそうさま 』 と。

果たして此の柿の実は、甘いのだろうか? 渋いのだろうか?

子供の頃には、お八つと云ってもロクな物は無かった。

そこで家でお八つが貰えないのなら、外で柿でも捥ごうかと・・・

甘ガキなら良いが、渋柿を一口ガブリと、此の渋さがたまらない。

子供の頃を想い出させてくれる、柿や栗。

昔は色々な花が四季折々に咲き乱れ、果物が農家の庭先に。

街の子は、”いいな~、農家って” と思ったものだった。

『 古き世の 火色ぞ動く 野焼きかな 』  飯田蛇笏(詩)

2011-10-08 華2868

刈り入れが終わった稲田の野焼き。通り掛かり車の中よりパチリと一枚。

古くより田舎ではしばしば見受けられる光景だが、都会では、煙が困るとクレームが尽きそうだ。

PM2.5 問題で中国政府は苦慮しているが、依然として改善の兆候は見られない。

露店の焼き鳥屋の煙まで、取り締まりの対象と聞く。

野焼きの煙の、独特な匂い!!農家にとっては一年の惠に対する感謝の煙。

TPP交渉も大詰めを迎えている。

農家にとっては死活問題と、農協団体は騒いでいるが、果たして日本の農業がそんなに弱いのか?

今でも、日本人は価格より味を大切にお米を買っている。

中国米・タイ米・カリフォルニア米など色々とあるが、価格より味で勝負であろう。

多くの関係者がTPPの行方を見守っているが、大丈夫、心配は要らない。

何十年振りかの野焼きを眺めながら、ふとTPPの行く末を考えた。

農家にとって大問題のTPPって、「こんなもんなの~?」



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空間の美 

『 明暗を強く押し出した、”光の魔術師”』

レンブラント、17世紀を代表するオランダの画家。

生涯を通じて肖像画家として、人物の内面までも表現する技術は、他に類を見ない。

「夜警」は、彼の代表作であるが、此の度は1635年作『広つば帽を被った男』を観に行った。

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対象人物の心情の瞬間を、感応性と生命力とを捉えたハイライトとの光源効果との重なり合いは見事。

『 現実性と、精神性の比類なき融合 』

絵画教室の先生は、生徒に ”片眼をつむって平面を視認するように” と指導するが、

レンブラントは視覚の焦点を正確に結べない ”立体盲” であったと言われる。

脳が自動的に片眼だけで多くの視覚機能を果たし、この障害こそが平面を視認する感覚を獲得し、

二次元的なキャンパスを作り出していたと言う。

立体世界を自動的に平面的映像として捉えていたのである。

難と云えば、レンブラントは工房を構えていて、

この工房体制こそが、世に贋作を送り出していたのである。

レンブラントの絵画形式は、難しいものではなく、弟子たちが描く模写画にレンブラントが加筆し、

真作として世に出していた。体制こそが真贋を困難にしていたのである。

『 DIC川村記念美術館 』

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レンブラントの絵画、「広つば帽を被った男」 が観たくて先日訪れた。

パンフレットによれば庭園と散策路が大変美しく思えたが、立ち入り禁止があり、季節的にも意外だった。

収蔵作品には、レンブラントをはじめ、ルノアール・モネ・シャガール、日本画家の長谷川等伯も・・・

そして抽象的なマーク・ロスコやフランク・ステラなどが、壁面一杯に展示されていた。

『 フランク・ステラ作 ”リュネヴィル” 』

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美術館エントランス右手に、理解できない金属製の大きな像が据えられている。

モダン芸術は私には難解なので、彫刻などであれば、

ロダン・ブールデル・マイヨールなどの彫刻の方が理解し易く馴染みやすい。

『 空 白(空間) の 美 』

レンブラントの絵画にも ”有る” ように、日本画には日本画の ”空白の美” がある。

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『 日本画家・奥村土牛 』

私の最も好きな日本画家の一人、奥村土牛画伯の作品。

猫と背景の金との組み合わせが、大変気高く・品性良く仕上げられている。

日本画壇の最高峰に位置した日本画家・奥村土牛

1947年 芸術院会員

1962年 文化勲章受章

1990年 享年101歳で逝去

残された遺作群に巨額の相続税が掛けられ、ご子息がスケッチ等を焼却処分し話題となった。

土牛の言葉に、「私たちは、どうも写実に惹かれ過ぎているのではないか?」と・・・

写実を突き詰めた結果の言葉で、土牛の表現が次第に写実を離れ、簡略されてきた事を物語っている。

「土牛100篇」 と言う諺がある。

刷毛で胡粉などを100篇も200篇も塗り重ね、非常に微妙な色合いに仕上げる技術が特徴の一つ。

画商仲間で、「土牛100篇」といえば、

作品を制作依頼しても100篇ぐらい訪問催促しないと無理。それだけ制作に時間が必要という事である。

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『 日本画家・加山又造 』

気高き猫の画である。

青く澄んだキリッとした眼。何処を見据え何を思うのか?

下地に金箔を貼り無彩色のバックに、白き猫。手足と尻尾、顔と耳の僅かながらの黒色。

程よい緊張感を漂わせ、見る者を魅了して止まない。

1997年 京都・天竜寺法堂の ”雲龍図” 完成。文化功労者として顕彰される。

2003年 文化勲章受章。

2004年 享年76歳にて逝去。

又造は言う。「私は文字を覚える以前から、絵や紋様に親しんだ。

       馬という名称を知るより先に、馬の絵を描く事が出来たように思う」

「栴檀は、双葉より芳し」とは。此の事なのか?

加山又造はレースをバックに二人の裸婦。黒と白との迫力ある絵であるが、

又造の裸婦シリーズは、あまり評判は良くない。

ルノアールの如きふくよかな女らしさ、優しさ、美しさが無いからであろうか?

又造の言葉に、「いつしか、自分らしい新しい裸を発見したい」と。

筋肉質で逞しい健康美人の裸婦は、他に見られない珍しいものである。

質量感が無く、霊的なエロチシズムこそ、又造の裸婦の真骨頂であろう。

『 余韻こそ、絵画の ”美” 』

レンブラントの肖像画。バックを黒く落し、僅かな光の誇張こそ余黒(余韻)作品を際立たせる。

日本画家たちが描く余白(余韻)の美。何も描かないバックが主題の精神性を表現する。

芸術は決して ”足し算” ではなく、”引き算” こそが魔術的技巧なのである。

足すのは容易く、引くのは難し。

何事も、要らない・もぅ結構と言う生き方が、大切という事なのか?

あれも欲しい、これも欲しいという ”足し算式” 生き方は凡人の生き方?

そして私の生き方なんて、「こんなもんなの~?」


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