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こんなもんなの~?

趣味の写真を添えて、日々の『戯言』を・・・

三味の音に誘われて 

『 この膝は あなたに貸す膝 あなたの膝は

            わたしが泣くとき 借りる膝 』


2011-10-08 華3032

路地裏から聞こえてくる粋な都都逸。

あれは過ぎた日の想い出か? 四畳半襖の奥の物語的で何とも色っぽく、大人の詩だね~。

男の都合に振り回された、”よわ~い女” の哀しい詩なのか?

『 三味線の 三の糸ほど 苦労をさせて

          いまさら切るとは バチあたり 』


2011-10-08 華3031

琴・三味線は、日本情緒たっぷりの兎にも角にも美しい楽器。

絹で出来ている糸は、三の糸が一番細くて切れやすい。

象牙のバチで弾かれ実に苦労をさせられる糸。

昔より、男は空威張り。お蔭で女は苦労の連続。

少しは心優しい男性ならば、小唄のように爪弾きし、少しは苦労も少なくなるのか・・・

『 三味線枕に あなたとふたり

    バチのあたるまで 寝てみたい 』


2011-10-08 華3033

あなたと二人で寝てみたい・・・その気持ちはよ~く解かるが、

三味線を枕に寝られるものかね~? だって棹が固すぎて。

都都逸は文字では面白くない。

だからと言って、声を出し調子を付けて謳うのは、こりゃ~無理だよね。

せめてお風呂で鼻歌交じり。粋な都都逸に気分晴らし。

だって、部屋で唄えば女房の目はつり上がる。男心は女には解からないのかね~?

昔より、オスはメスのお尻に惹かれる動物なのだ。

一度は尻に惹かれ女房ではあるが、

『 お尻に惹かれて 女房にしたが

        今じゃお尻に しかれてる 』


好きなお尻に敷かれっぱなし。本当は弱い動物なのよ、男って!!

偶にはお尻に敷いてもみたい。

今年の正月は、せめて七福神でも尻に (いやいや尻では申し訳ない、せめて頭の下に) 敷き、

良い夢でも見るとしましょうか、ね。

都都逸の面白さ、艶っぽさ、粋さって、「こんなもんなの~?」



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category: 雑感

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処女作・・・ 

『 メールに驚き!!』

一昨日の夜、一通のメールがPCに届いていた。送信者は長女で、四枚の添付写真が付いていた。

”開けてビックリ、玉手箱” とは此の事か。

数日前にオリンパス・ペンを手にし、最初の撮影:処女作だった。

聞いてみれば、焼き芋屋さんと野菜屋さんと刃物研ぎ屋さんが出店していたので、

先ずは人物撮影からと思い、PENを持って話し込んだと言う。

『 ほめられて、写真は上手くなる 』

PC220077-2.jpg

処女作に人物を選んだ事に先ず驚いたが、何に驚いたと言っても、”この近さ” にだ。

人物を近距離で撮影するって、私も最近は経験が無い。

そして焼き芋屋さんのオジサンの ”この笑顔”。カメラ目線の笑顔が親しみを覚える。

言葉も話し声も聞こえはしないが、二人の間に在る楽しい時間と空気を感じるには十分だ。

『 被写体には一歩前進、更に前進 』

PC220079.jpg

焼き芋の壺には、沢山の芋が入っていたと言う。

オジサンに頼み、「中のお芋を写させて~」と頼み写した一枚との事。

良い点は、全体を広く撮影し、間が抜けた写真にしなかった事でしょう。

往々にして被写体と距離を取り、ズームで誤魔化した写真が多いが、

広角で被写体に一歩前進、さらに進んで接近、そして一枚をパチリが基本だろう。

此れと言って、取り得は無いが、見たい物を見たいように撮れた一枚だが、

右側の大きな安納芋を二つに割って、ほかほか湯気の出ている黄金色でも見せれば・・・

更に面白いが、其処まですると ”やり過ぎ” は拭えなくなるのか?

『 写すより、先ずは話し込む 』

PC220080.jpg

スナップ写真と云えば、恰も盗み撮りの如くに聞こえるが、それでは肖像権の問題も発生しかねない。

時間を掛けて話をし、お互い気持ちの共有が出来た上での写真は、見る人をして心和ませる。

最近の若者は、メールにスマホと、会話が無いのが特徴と言われる。

意思の疎通が無いからの事件も多発している。

盗み撮りより、安心しきった笑顔の方が、見る者の心を打つ。

野菜屋さんの此のオジサンの笑顔の素敵な事。

そう云えば、最近私はこんな素敵な笑顔をした事がない。此れでは心が荒むのも当然だと反省しきり。

娘の人物写真。私には処女作とは思えない程の出来栄えだが、

これ等の写真が与える効果は、”笑顔” という事に他ならない。

『 笑う笑顔に、福来たる 』

三枚の写真を見ていて、ふとこんな諺を思い出した。

年末も迫り、元旦を迎えるに当たり、

”笑顔”の大切さを知らされた、娘からの写真添付の一通のメールだった。

上手い・下手より、写真の面白さって、「こんなもんなの~?」


category: 雑感

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桃源郷はどこに? 

『 智に働けば角が立つ 情に棹させば流される

       意地を通せば窮屈だ とかくに人の世は住みにくい 』

                           夏目漱石 『草枕』 の冒頭の言葉。

四苦八苦の世の中とは誰もが知っているし、経験もしている。

アベノミクス・安倍のミクスと世間は騒ぎ、マスコミは購買意欲を掻き立てるが、一方では

零細企業での労働者や、年々増える生活保護者も増えている。好景気に無縁の人々の多い事に心が痛む。

現役を退き余生を送る者にとって或る人は現実(浮世)を離れ、桃源郷に心動かされる人も多いのでは?

『 昭和の生活の中に・・・』

2011-10-08 華3034

今日は ”クリスマス・イヴ” と、ケーキ屋さんの店頭には人だかりがする事だろう。

普段はコンビニのケーキですませる人も、今日ばかりは高価なクリスマスケーキを我が家へ・・・か。

今年は全てにおいて高額品が飛ぶように売れると、連日放映されているが、

庶民の心の中に、どのような変化が見受けられるのか? 私にとっては無縁の現象でしかないのだが。

先日、昔の駄菓子屋さんの店頭を再現し、昭和初期の子供達が喜び手にした駄菓子がスラリと。

高級な舶来品菓子や、体に悪そうな高カロリーな高級菓子を日々食している子供達より、

駄菓子を口に頬張る昭和の子供達の歓びは、嬉しさは遥かに大きかった。

『 過激なアニメより、紙芝居 』

2011-10-08 華3035

より高級に、より過激に、より豊かに。

人の欲望は行き着く所を知らないが如くに、昭和の終わりから平成にかけて、急激な変化を見せた。

その反面、人々の心の中にも大きな変化が生じた事も見逃せない。

紙芝居の ”黄金バット” や、漫画の ”鉄腕アトム” では、現代の子供達は心動かさないであろう。

ドラマを初め、アニメでも漫画でも、強烈な衝動を与えないと心ときめく事はないのであろう。

そんな世の中の変化を反映してか? 昔は思いもよらなかった様な事件が日常茶飯事起こっている。

『 桃源郷って、どんな処? 』
 
2011-10-08 華3036
                      写真とは無関係

楽園の代名詞のように言われる 「桃源郷 」は、中国では 「桃花源」 と呼ばれる処。

典型的な楽園形式を代表する 「桃花源」 が言う ”桃源郷”とは、心安らぐ静かな田園風景である。

暮らしの苦労も無く、老人・幼児は不幸を強いられる事も無く、平等で和やかに暮らしている。

浄化された長閑な風景の中で、皆がにこやかに暮らしていられる生活が出現している。

何の変哲もない暮らしの中に、幸福が実現される。其処こそ ”桃源郷” なのである。

『 「河童」 に見る ”桃源郷” 』

芥川龍之介 『河童』 では、穴に落ち河童の世界に入り込んだと言う設定だが、

現在でも、全国各地の寺院などで見受けられる、”胎内くぐり” がそうであろう。

佛の胎内(暗い穴や洞窟)を通る事によって、生まれ変わると言うものである。

洞窟を遡上すれば、生命の根源に行ける。生まれ変わる事により、

この世と隔絶した自由な暮らしの村に行き着く。

娑婆世界を離れ、桃源郷に暮らす願望の希求なのであろうか?

『 無可有の郷 ”楽園” 』

2011-10-08 華3037
                     写真とは無関係

現在の日本は乱世の世の中。

戦後の復旧を果たし、経済発展に邁進し、バブル経済を乗り越え、豊かになったにも関わらず。

更なる豊かさを求めて試行錯誤を繰り返している。

人々は、肉体的苦痛、精神的懊悩を繰り返し続けているのが現状ではなかろうか。

心の底に不安が常に起こり、この先が読めない事に、楽園を夢想しても何不思議ではない。

楽園を夢見る事は、決して現実からの逃避ではないであろう。

都会生活に疲れ、田舎暮らしに楽園を夢見る人々も、近年増加現象にある。

田舎暮らしで直面する事は、生活そのものが不自由である事だ。

豊かであれば、何でも手に入る都会生活とは打って変わって、不自由が待ち受ける。

但し、日々の生活に汲々とする事だけは避けられそうだ。

人間本来のふくらみと心の豊かさを兼ね備えた、”生” を取り戻す事は出来そうだ。

『 現受無比楽 後生清浄土 』

2011-10-08 華3038
                     写真とは無関係

”桃源郷” なんて、此の世に実在しない事は、誰でも判っている事。

経済的に豊かになり、住まいはモダンな一戸建てやマンションとなり、

電化器具は便利さで主婦をして楽ならしめている。

”稼ぎ” にあくせくし、疲れ果てた心を癒す方法を模索しているが、答えは見つからない。

現実社会からの逃避として、田舎暮らしを求め長閑な田園風景の中で中で暮らしてみても、

雑踏の中で泥まみれになった心は、「水清くして、魚棲まず」 を地で行く結果となる。

敢え無く都会へと逆戻りになるのがオチであろう。

”桃源郷” は何処にも在りはしない。

此の世の娑婆世界こそ、”無常の楽” と言う。

本当の ”楽園” は、死して行けるだろう極楽浄土にある・・・と、釈迦は教える。

娑婆世界の憂さが、此の世でしか晴らせないのであれば、

何はさて置き、ひと先ず一杯飲んで夢の中にでも ”楽園” を探すとしましょうか?

心の平安を探す難しさって、「こんなもんなの~?」




category: 雑感

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写真って、なんだろう 

『 個性って、な~に? 』

撮りたいものを、撮りたいように撮る。

当たり前で、解かりきった事だが、コンセプトの構築には個性がある。

撮影の行為の内にあるものは、”誰かに見せたい、見て欲しい” と言う気持ちが働いている。

日常の空間の中に、自分だけの被写体を探すのは面白いが、決して容易い事ではないだろう。

2011-10-08 華3029

先日、長女が ”自分用カメラ” を手に入れた。

写真好きな私を見ていて、自分も写してみたいと思ったのであろう。

カタログを検討し、ヨドバシ・カメラに行ったり、色々調べながら、

最終的に此のカメラ・オリンパス ペンに決めたらしい。

コンデジでは少々物足りない。一眼レフでは重過ぎる。

ペンは女性が使うには最適なカメラと私も思った。

17ミリ標準と標準ズーム、そしてアイレベル・ファインダーを揃えて。

『 上手くなくても、先ずは撮る、ともかく撮る 』

2011-10-08 華3030

他人の写真は観るな!! 写真展・写真集は観ないに限る!!

豊かな感性は、その人の生き様により培われる。 ”上手く撮りたい” とは決して思わぬ事。

空間の瞬間を切り取るのが写真の基本。それを二次元で表現すれば、”ハイ、オシマイ”。

芸術・美術で大切な事は、空間処理だ。二次元でも三次元でも同じ事が云える。

表現の感性を豊かに培って欲しいと思っている。

『 被写体には、愛情と思いを込めて 』

2011-10-08 華3028

名前は ”ポテト”。 血統書付きの雑種で野良。

19歳2ヶ月になる。人間でいえば100歳を越したお爺ちゃん。

元気に昼寝でもしている様に見えるが、死期を迎えて元気なく・・・

毛布の上で、尻尾も丸め寝ている姿もいつまで見られる事やら。

大阪に住していた時の或る雨の日に、

マンションの階段下で、ニャ~・ニャ~とか細い声で泣いていた。

可哀そうだと飼う事となったが、野良の自分を助けてくれたと思っているのか、

日頃の行動には、遠慮がちな仕種が良く見受けられた。

元気だった頃と比べ今は衰弱もし、哀しい哉 「有為転変」 に涙する時なのか?

『 記念・記録写真 』

写真の一時的目的は、歴史上から見ても 「記録・記念」 であろう。

長女の家には、もう一匹のペット・フェレットの ”ルイ” がいる。

”ポテト” が老衰で弱ったのと同時に、”ルイ” も体調を壊した。

二匹とも余生を残すところがないのか?

其の為にもカメラで記録の、そして記念の写真(遺影となるかも?)をと思い

カメラが欲しくなったのか?

形は違っても撮影者は、どの様な被写体に向かっても深い愛情をもって、

一瞬を記録して欲しいものだ。

『 カメラ・万歳! 写真・万歳! 』

カメラを肩に、外歩き。 カメラを手に、屋内でブツ撮り。

上手く撮る必要はナイ! 好きに撮れば、それが一番。

理屈は抜きに、写真は記録であり記念なのだから・・・

写真を撮るって、「こんなもんなの~?」




category: 雑感

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”美” と ”心” 

『 ”みかけ” と ”なかみ” 』

2011-10-08 華3021
                                写真はイメージ

先日、160㎞離れた所の方からのお誘いに出掛けた。

昔は田園風景が広がり長閑であったであろうが、此の地もご多分に漏れず都会化している。

とはいえ、昔ながらの旧家の作りは重厚で、庭も良く手入れが届いている。

広々とした庭の一隅に車を停め、少しばかり路地を歩めば、”どうぞ、こちらから” と来客用玄関から座敷へと。

本間続きに設えられた控えの間に通された。

旧家の屋敷は決して豪華ではないが、心が落ち着く様相をしている。

思うに最近の住宅は、マンションにしろ一戸建てにしても、”みかけ” の豪華さを謳うものばかり。

”なかみ” が、どうかといえば、大そう判りづらい。

旧家の造りと客を迎える心づくしに、”なかみ” を見たような気がした。

『 ”お・も・て・な・し” の茶の心 』

2011-10-08 華3023
                        イメージ写真

控えの間の座布団に休んでいると、一服のお茶が運ばれてきた。

わが国には「茶道」という独特な嗜み方がある。

「わび茶」といい、村田珠光から武野紹鷗へ、そして千利休から古田織部へと受け継がれてきた。

7世紀の初め、聖徳太子による遣隋使が日本に伝えた茶は、薬から始まり茶道へと変遷する。

暫くすると、「茶礼」と呼ばれる作法が完成し、来客や貴賓が来られた折に差し上げるようになった。

茶道は、行為の中に精神的なもの、哲学的・文学的・社交的なものが加わるようになる。

茶の心、”お・も・て・な・し” は、献茶の中に見られる独特なもので、”わび” ”さび” とも言われる。

『 風情は、自然の中に 』

2011-10-08 華3022
                      写真はイメージ

広縁から庭を眺めていると、枯れた桜の大木が寒々しく。

山茶花は、今を盛りとばかり咲き誇っていた。その一輪が床の花器に清々しく生けられていた。

どのような技巧を凝らしたものより、自然のなかにこそ風情はある。

こんな話を聞いた事があった。

床の花器に一輪の椿。際立たせる為に庭の椿の花を全て切り捨てたと。

極めつけは、床には花は要らない!! 降り積もる雪を被り顔をみせる椿が一番、ではないか?

『 茶道の ”まごころ” は・・・』

2011-10-08 華3025
                                  写真はイメージ

春は霞みの中で、夏は青葉隠れに、秋は紅葉とともに、冬は雪の暁に。

季節を問わず茶会を楽しむ事は出来る。

500年の歴史をもつ茶道に、何を見つけ・何を身につけるのか?

茶道が普及しお茶人口は増え続けているようだ。

茶道の文化は武家社会に生まれ、信長や秀吉や家康などの権力者に愛好されてきた。

華美に成り過ぎた茶道に、クレームを付けたのが千利休であった。

日本の茶道の精神性や文化の本質は、昔より男性により受け継がれてきたものである。

ところが現在では、茶道と云えば女性ばかりで、男性の姿が見受けられないのが現実。

女性はダメと言うのではないが、女性の場合は所作とか作法、そして華美なまでの衣装に・・・

もう少し奥深いところに入り込み、”茶の道、茶の心” を身に着けて欲しいと思う事がある。

『 美の美より、用の美を 』

2011-10-08 華3024
                      写真はイメージ

日本には、茶道・華道・香道・書道など ”道” の字がつく文化がある。

”道” を分解すれば、”首” と ”辶” になる。

言い変えれば、首(命)を掛けて、進む(辶)事が、”道” なのである。

金を持て余し、時間を持て余し、自由気ままにするのは ”道 ”ではない。

千利休は首を賭けて茶道に進んだ、唯一の茶人だった。

茶席で用いられる茶道具には、”用の美” が問われる。

用いてこそ美しいのであり、けっして美の美(芸術品)ではない。

奥底に侘び・寂びが汲み取れる品でなければならないのだ。

『 雪の日には、花はいらない 』 千利休

雪も花である。露地に雪が降り積もり、木々に積もった雪も全てが花である。

茶席には、もう花を生ける必要はないとの教えだ。

雪の路地を通り過ぎ、花の彩も無い薄暗い茶席に座った時、其処に、

「温もりと、豊かな彩り」 の世界が感じられれば、一人前の茶人と言えるだろうが、

寒々しさだけが身に染みるようでは、茶の道は諦めるが正解だろう。

茶の道に厳しさって、「こんなもんなの~」


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番茶も出花? 

咲くが花かよ 咲かぬが花か

            咲かぬつぼみの うちが花


2011-10-08 華3019

色のない季節の色に対する思いは、実に繊細微妙である。

真っ白な雪の下から、微かに見える松の緑。

艶のある白と、鈍く渋い艶の無い白。”白瑩” に風情を感じるのも日本人の感性か。

関東では未だ雪景色を見るには早すぎるが、

今を盛りと咲き誇る山茶花にも、多くの未央の蕾が見受けられる。

真っ赤に盛り上がる山茶花の植え込みだが、恥じらいながら開花を待つ蕾が微笑ましい。

お酒のむ人 花ならつぼみ

           今日もさけさけ 明日もさけ


2011-10-08 華3015

蕾の産毛の可愛い事。 もじゃもじゃの親爺の脛毛の憎い事。

四季を通して多くの花々が目を楽しませてくれるが、

今か今かと、蕾が開くのを待つのは楽しい物である。

『 十四になる ぼこじゃと仰る 裏木戸を

         開けてまた待つが ぼこじゃかの 』
  (宗安小歌集)

2011-10-08 華3018

十四歳になる私を、まだ子供とおしゃるの?

毎晩、裏木戸を開けて貴方を待っている。この私が子供かしら?

女を主張し、愁いに沈む開花よりも、いやいや大人になるのは嫌な事。

未央のつぼみに男心は誘われるのか?

『 おまえ十九で わしゃ二十歳 』 『 鬼も十八 番茶も出花 』

娘十八・十九で、花ならつぼみというところ。

女性が最も美しくなるのが此の年頃だ。

番茶は、お茶の葉っぱの中でも質の劣った葉を使うが、それでも湯を注いだ時にはいい香りがするものだ。

鬼のような器量でも、十八になれば見所はあると言う意味だ。決して褒めた言葉ではない。

「娘さん、この頃綺麗になったね~、番茶も出花だね~」 等とは決して言わない事!!

山茶花の蕾も、今か今かと咲く日を待っている。

見てる私も、今日なのか? 明日なのか? と、首を長くして待ちわびる。

番茶も出花で結構ではないか。娘十八 花なら蕾だろうに。

寒空に山茶花の蕾を見ながら思う事って、「こんなもんなの~?」



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松の字は・・・ 

こぼれ松葉を あれ見やしゃんせ 

            枯れて落ちても ふたり連れ
   

2011-10-08 華3013

最近の奥様方の言い草に・・・

「子供が社会人に成るまでは、我慢・我慢」 その後 ”どうなるの?”

「定年で離婚・離婚」  濡れ落ち葉と余生は暮らせない!!とでも?

「主人と一緒の墓には入りたくない」  其れは俺のセリフ!!ではないのか?

老齢化社会になり、男も女も、爺ちゃん・婆ちゃん。

枯れたくても、枯れない歳の重ね。

松ぼっくりに、火が付かなければ、イイがね~

 松という字は、木偏に公(君)よ 

            公(君)が離れりゃ~ 木(気)が残る 


2011-10-08 華3014

男の嘆きか? 女の未練か? 男女の仲では至って当たり前の事。

ありふれた感情なのだが、都都逸で唄われると、また一つ乙な味が出る。

この一週間は散歩も出来ず、カメラとも縁が無かったが、

久し振りに近くの公園にチワワの ”らら” を連れて、アッ女房とも連れだってだがね。

以前から松の落ち葉を見ながら感じていた事があった。

枯れて落ちても、松葉は ”二人連れ”。

世の中、3分に一組が結ばれ、5分に一組の別れがある、とか何とか。

マァ、我が家では、何とか隠棲暮らしだが、未だ別れずくっ付いている。

時代遅れの人生を歩んでいるのかな~。

アインシュタインは、「死はいずれやってくる。それがいつなんて、そんな事はどうでもいいじゃないか」と。

朗々たる秋の月も、暗雲来りて闇夜と化し、紅葉且つ散る山の姿も有為転変の姿を伝う。

寒風林の枯葉を舞い踊らせ、空よりの使者、雪となって地に降り積もり、我が心凍らせるも、有為転変の姿。

娑婆世界なんて、所詮はそんなところ。

松の字が離れ離れになるよりも、何時までも寄り添って行く方が、”幸せ” と思うのだがね。

噛み締める 「都都逸」 の味って、「こんなもんなの~?」


category: 雑感

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