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こんなもんなの~?

趣味の写真を添えて、日々の『戯言』を・・・

億の細道・・・ 

『 月日は百代の隅客にして 行くかふ年もまた旅人なり 』 「奥の細道」

2011-10-08 華3120

古文の多くは、『徒然草』にしても、『平家物語』にしても、『方丈記』にしてもだが、

日本文学は「諸行無常」を説いたものが多い。

幻想性と宗教性を基に詠まれた和歌とは少々違う。

芭蕉も、人間世界の煩雑さからの脱出を計り、”奥の細道”へと出立したのであろうか?

『 旅立つ時には・・・』

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深川の庵を旅立つ時には、多くの見送りを受けながらだったのか?

この長閑な出立の風景に、一抹の寂しさを感じるのは私だけなのだろうか?

『 梅が香に のっと日の出る 山路かな 』 芭蕉(句)

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爪先上がりの野径の傍らの、梅の香に胸が膨らみ、

山路に漂う梅の香と、朝日の取り合わせが余寒を引き立たせている。

『 億 の 細 道 ? 』

2011-10-08 華3121

”当たって、なんぼの話” は、この世に溢れている。

一等賞金、¥500,000,000 前後賞合わせて十億円?

バブルがはじけ不景気なのは良く判るが、アベノミクスのお蔭(?)で円安・株高。

地道に働けば、喰えない日本では無い。

江戸の ”富くじ” とは少々意味合いが違うと思うのだが。

「濡れ手に粟」 との格言も有るが、人間は楽して儲ける事が好きな生き物に違いない。

『 当たりたければ・・・』

2011-10-08 華3129

世に当たらないものに、天気予報。

よく当たるのが、下関の ”フグ”。

中でも確率が高いのは、”てっちり”。 弓矢は当たらないが、鉄砲はよく当たる。

鉄砲を略して、”てっ”に”ちり”。つまりは ”てっちり” なんだよね。

銀座は宝くじの当選では、もっとも人気のある場所らしい。

ギャンブルは競馬・競輪・オートレースと色々ある。

主催者側のピンハネは25%らしい。端数は切り捨てだから、26・7%にも成ると言う。

その上、公営ギャンブルとして、ラスベガスを日本にもと言う。

ギャンブルで身を崩し、自己破産や一家離散なんて話もよく耳にする。

当たる事に夢見て ”宝くじ” を買うのだろうが、

¥300 で、三億円とは欲が深すぎはしませんか?

『億の細道』ですよ~!!と、売り場の女性は腹で思っているのかな?

お金が貯まる金言に、

『たまたま富を得ると、一番始末が悪い人間になる』  と言うではないか。

とは言うものの、貧乏は恥ではないが、不便である事も現実社会では事実だよね。

消費税も近く8%になる。

欲しいと思う物は買うな!! 必要な物だけ買え!!

貧乏人が生きるための智慧って、「こんなもんなの~?」 





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category: 雑感

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ひな祭り 

『 関西式飾り方 』

2011-10-08 華3130

先日、八千代市 「文化伝承館」 に、お雛様を観に行った。

多くの吊るし雛が垂れ下がっている其の奥に、七段飾りの雛壇があった。

内裏雛段の右側に、”男びな” が、 左側に ”女びな” が。

此の飾り方は関西式と言われ、日本古来の文化では、この様に右・男びな、左・女びなが飾られた。

『 午年だからなのか? 』

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吊るし雛飾りは、上の方に白馬が数頭結ばれていた。

色とりどりの装飾で綺麗に飾られていて、風に揺れれば可愛い鈴が澄んだ音色を楽しませる。

”吊るし雛” は、貴族や武家などのように豊かな生活では無かった庶民の智慧である。

庶民は、女の子の成長を祝い楽しませる為に、残り布などを用い手作りの ”ひな祭り” を楽しんだ。

『 関東式飾り方 』

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帰路の途中で、「ふるさと農園」に立ち寄った。

復元された古民家の客間に、雛壇が設えてあった。

よく見れば、右に ”女びな”、左に ”男びな” が据えてある。

此の飾り方は、関東式ひな壇で、昭和になり東京を中心に広まった飾り方だが、

謂われについては諸々説が有り、此れと言った決まりはナイという。

『 シンプル イズ ベスト? 』

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客間の棚には、古式豊かな内裏様が飾られていた。

お雛・め雛だけの一対で、何とも簡素に思えるが、シンプルなだけに好感がもてる。

経済的に豊かになり、雛壇も徐々に段数が増えた事であろう。

『 ひ な 祭 り 』

旧暦三月三日の 「ひな祭り」。

古代中国では、三月最初の巳の日に、川に入り穢れを流し落す上巳節という行事がった。

日本に伝来し室町時代の貴族の女の子たちの人形遊びである 「ひない祭り」 が合わさり、今の原型が出来る。

安土・桃山時代になると、貴族から武家社会に広まり、江戸時代に入り庶民にも取り入れられる。

この時代になると、ひな人形を置くと共に ”桃の花” を飾るようになった。

「ひな祭り」 は女の子のお祭りで、

桃の木は悪魔を打ち払う神聖な木と考えられていた為に、「ひな祭り」に ”桃の花” が添えられる。

三月三日には、雛壇にも飾られるように、白酒・ひし餅・ハマグリの吸い物で祝うのが一般的。

『 大内塗り、ひな人形 』
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24代大内弘世は、京の都より美しい姫を迎えたが、

姫があまりにも都を恋しがるので、慰めようと都より多くの人形師を呼び寄せ、

漆の人形を飾って喜ばせる事に始まる。

優しい心遣いで微笑ましい話だ。

大内人形は「夫婦円満」 「家庭平和」 のお守りとして、今日まで愛され続けている。

『 曲水の宴 』

旧暦三月になれば桃の花が咲き乱れ、華やかで可愛らしい雰囲気が漂う。

今年の関東は異常気象のお蔭で、日陰には掃き清められた道端には残雪が。

旧暦の 「ひな祭り」 の頃には、桃の香りに誘われて春爛漫なのだが・・・

中国では 「曲水」 といい、水辺で禊をする行事があったが、

日本では、「曲水の宴」 といい、宮廷や平安貴族の間では詩歌を詠み楽しんだ。

何とも雅な儀式へと変貌を遂げたものだ。

庭園を流れる曲水に、お神酒を注いだ盃を浮かべ、詩歌を楽しむなんて・・・

「巳の日の祓い」 といい、人形を川に流して穢れや厄難を祓う ”流し雛” をした。

中国で行われる儀式も、日本では楽しみへと変貌する。

楽天的な日本人の考え方って、「こんなもんなの~?」



category: 雑感

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2℃ 

 かもめが翔んだ かもめが翔んだ

    あなたは一人で 生きられるのね 
  渡辺真知子(唄)

2011-10-08 華3108

昨夜はベッドに横たわるも、少しばかり考え事をしたのでなかなか寝つかれなかった。

朝 6:30に目が覚めたので、カメラを担いで近くの漁港まで行ってみた。

気温が摂氏2度というのに、数人の人と行き交った。

ベンチに腰を下ろし、波穏やかな水面を眺めていると、カモメが手すりに止まり・・・

何となく口ずさむ詩は、「かもめが翔んだ日」 だった。

人はどうして哀しくなると 海をみつめに来るのでしょうか

2011-10-08 華3109

無常感に促されたのでしょうか?

社会状況に絶望したからと言うのでしょうか?

それとも、家庭不和が原因なのでしょうか?

外気温2℃という寒さの中、一人でベンチに腰を下ろして、何を思うのか?

人は其々、何がしかの不幸を背負っているものだ。

思い起こせば、我が身にもこんな事を願った事があった。 

「どこか遠くへ外国航路の貨物船で、失望のなか血を吐いて死にたい」 と。

啼いて血を吐く、ホトトギス だよね~。

『 そらになる 心は春のかすみにて

          世にあらじとも 思い立つかな 』
  西行(句)

春霞のように 空の彼方に消えて行きたいと・・・

遥か西を眺めるこの人は、西方彼方に阿弥陀如来の極楽浄土でも在ると思うのか?

他人事ながら、立ち去るには忍びない光景だった。

北風吹きぬく 寒い朝も

        心ひとつで 暖かくなる
  吉永小百合(唄)

2011-10-08 華3110

ジョギングを楽しむ夫婦が、黒ずくめのコートに身を包んだ世捨て人(?)を、

横目に見ながら駆け抜ける光景に、人の ”幸” ”不幸” を見る思いがした。

そして、早朝から写真が写せる我が身の ”幸”・贅沢さに気付かされる。

『 やっぱり、LEICA だよね~ 』

2011-10-08 華3119

久し振りに、モノクロ撮影を楽しんだのであるが、想い出すのは LEICA の想い出。

小学四年生の時、初めて手にしたのが、ライカⅢCだった。

此のカメラでの想い出は、今は休刊(廃刊)になっているが、

「カメラ毎日」 大型の部で、特選一席。

中学生になり、ライカⅢF を手にした。

中一・中二と、「読売写真コンテスト」に応募。二年連続 ”金賞” を、新聞紙上で取材紹介される。

以後、多くのコンテストに応募したが、一回だけ入賞を逸した事があった。

そんな懐かしい想い出が ”LEICA” にはある。

『 買うべきか、買わざるべきか 』 LEICA M を・・・

バカも休み休みにしろ!!って、「こんなもんなの~」

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サイゼリアで朝食を・・・ 

『 ティファニーで朝食を 』

なんて、映画があった。

清楚で美しいオードリー・ヘップパーン主演の映画だった。

先日、『 御一人あたり、¥670 で昼食を 』

2011-10-08 華3116
                       エビと柔らかイカのドリア

少しばかり若い女性と、見栄えが若い女性と、三人で昼食を楽しんだ。

エビと柔らかいイカのドリア・ムール貝のガーリック焼き・マルゲリータピザ・コーンスープ

ハンバーグ&チキンピカタ(スープ付)・ドリンクバー

三人でのお食事代 合計¥2,000 一人分 ¥670 

「ティファニー」 と、「サイゼリア」 とでは斯くもお食事代が違うもんだね~!!

『 本場イタリアでの、お味? 』

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                ムール貝のガーリック焼き

「サイゼリア」 が出来た時、社長との対談に撮影しに行った事があった。

社長曰く、”若い時、イタリアに行っていた。その時のイタリア料理の味と価格が忘れられなくて、

     日本の皆に食べて欲しいと思い、低価格で美味しい店・「サイゼリア」を起こした・・・” と。

私はイタリアは行った事が無いので、本場の味も価格もしらないが・・・

『 天井画を楽しみながら 』

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アールの付いた天井壁面には、名画を複製した絵が描かれていた。

『 ヴィーナス誕生 』

ボッティチェリの代表作で、現在はウフィツィ美術館所蔵である。

『春』との対で有名で15世紀末の作品と言われている。

ギリシャ・ローマ以来の初めての等身大のヌード画で、ルネッサンスの幕開けとなり、

以来、ヴィーナスであるとの口実で、裸体画が描かれるようになった。

『 名画には、毒があるね~!!』

”ヴィーナス” は、貝から生まれるの~? 素直な疑問である。

実は、”ヴィーナス” は父であるギリシャ神話の天空神 ”ウラノス” より直に生まれた娘なのだ。

神話によれば、カオスより生まれた最初の大地女神 ”ガイア” は、息子である ”ウラノス” と結婚。

”ウラノス” は、生まれた子供達を片っ端から穴に陥れ殺してしまう。

しかし、末っ子の ”クロノス” だけが勇気を出して ”ウラノス” が母 ”ガイア” を襲った時に、

父 ”ウラノス” のシンボルを切り取って追い払う。

海に堕ちた ”ウラノス” の男性性器に、白い泡 ”アプロス” が集まり、乙女 ”ヴィーナス” が誕生する。

男神と女神との葛藤の末に ”ヴィーナス” は生を享ける。

それにしても、男神の男根から ”ヴィーナス” 誕生とはね~!!

『 関東では、”久寿餅” 』

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O氏から手土産として頂いた、”久寿餅”

成田市で有名な「はたや」さんの ”久寿餅”

原材料は、小麦粉を一年半もの長期にわたり貯蔵醗酵させ蒸し上げて作る。

特有の香りと酸味がり、糖蜜と黄な粉を振り掛けて食すのが、関東風 ”久寿餅”。

『 関西では、”葛餅”』

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                   「はたや」の関東風 ”久寿餅”

関西では、あの「葛根湯」で有名な ”葛” の根を使用する。吉野葛が有名である。

水で晒し、葛粉を作り砂糖を加え、加熱すると透明感がでる、

バットに移し形を整え、水で冷やし長方形に切る。

プルンとした食感があり、関東風のような粘りがないのが特徴。

『 梅一輪 一輪ほどの暖かさ 』

「青葉の森公園」では、観梅を楽しんだ。

白梅・紅梅と一輪ごとに春を運んでくれる梅花。

観梅に心を憩い、葛餅に舌味を楽しんだ。

春になれば、”憩う” という言葉が忙しを忘れ、憩の一時の大切さを教えてくれる。

暖かな春を待つ心の憩って、「こんなもんなの~」




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心、悠々・・・ 

『 モミジバフウ 』

2011-10-08 華3115

漢字で書けば、「紅葉楓」。

北アメリカ中南部の原産。 現地では樹高25mを超える大木になる。

晩秋には、橙・赤・赤紫に美しく紅葉する。

「青葉の森公園」 を散策していて、フト足元を見れば此の木の種が落ちていた。

プラタナスの実? かと思いきや、モミジバフウの種だった。

『 この~木、なんの木? 気になる木 』

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彫刻の広場を抜けると、芝生の広場へと道は続く。

日立のコマーシャルで一躍有名になったハワイの大木如き大樹が目に入るが、樹名は知らない。

夫婦らしき二人連れが、バトミントンに興じていた。

鬱蒼とした大樹のもとでの旦那の真紅の上着、芝生では若い奥さん二人が子供とお食事?

何となくシャッターを押してしまった。

『 闊歩する・・・』

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氏素性が悪いのか? それとも性格の悪さなのか?

此処で数匹の野良猫に出会ったが、皆そっぽを向いて可愛げがない。

「 汚れ猫 それでも妻は 持ちにけり 」 小林一茶(句)

人間は倫理観とか何とか屁難しい事をいう。

野良猫の世界には此のややこしい問題な介在しない。

好きな相手を見つけ、好きな時に仲良くなれば、自然と跡継ぎは出来てくる。

せめて、性格の良い子猫たちが・・・と願うが、氏素性には逆らえない。

『 狸も出るでよ~ 』

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この公園には、美術館・博物館も併設された広大な広さが自慢で、桜の園・梅林が四季折々が楽しめる。

何と云っても心を洗ってくれるのが、鬱蒼とした大自然が残っている事だろうか。

「狸が出ます。餌を与えないで下さい」 との立て看板が。

バッタ・カエル・ネズミ・コオロギ・柿の実と、餌には困らない大自然が・・・

餌を与えると、指を食い千切られる危険性があると言う。

『 吸うなら、此処で・・・』

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公園の端は運動広場となっていて、トラックをはじめ野球場・テニスコートが併設なのか?

公園敷地内は ”禁煙” だが、何故か? 陸上競技場の階段下だけは喫煙場となっている。

無機質なコンクリートの階段に、”喫煙マーク” が。

目に付いたままに、一枚パチリと・・・

散歩道には所々に春泥が残っていた。

コンクリートジャングルを生活の場をしている我々には、

大地も息づき、命が脈うっている事が実感できる。

母なる大地に、何故か土の匂いが愛おしく思えた散策だった。

寒く、湿り気を帯びた自然に、心・悠々と・・・

散策の楽しみって、「こんなもんなの~」



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寒い朝 


『 駅前広場で・・・』

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今朝は、久しぶりに寝覚めが良かった。

駅前まで早朝散歩と洒落込んでみた。

キリスト教系の新興宗教団体(?)が、プラカードを掲げ黙々と勧誘していた。

『 おっと とっと オブナイヨ~ 』

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先日の雪が氷となり滑り易い。

何となくギコチな歩みに思わず一枚・パチリ。

『 誰も、見向きもしない 』

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思わず、”ご苦労さん!!” と声を掛けたくなる。

寒いからか? 興味ないからなのか? 歩を止めてプラカードを見る人は一人もいない。

『 広大な更地が・・・』

2011-10-08 華3105

南船橋駅前は、広大な更地が広がっている。

以前、地方から上京し此の駅を降りた人が曰く。

「な~んだ、田舎じゃ~ない」 なんてノタモウた。

そうでしょう・そうでしょう、原因は土地整備企画庁の責任なんですね。

何も手付かずのまま放置するなんて、民間では考えられない事。

何事につけ、お役人がする事は、ね~!!

「ららぽーと」があり、「イケア」があり、そして「船橋競馬場」「船橋オート」がある。

駅から徒歩5・6分の所には、2000軒になろうとする巨大マンション。

公団住宅は賃貸も含めれば、1000軒はあるだろうか?

そんな環境にある「南船橋」駅前なのだ。

民間に売却しないのであれば、公園にするか?運動場にでもして欲しい。

何を無責任に取り組んでも、自分の腹が痛む訳でもない、それがお役人仕事と言うものなのか?

田舎モンが訪ねて来て、「な~んだ、田舎じゃ~ない」 なんて言われたくない。

何とかしてよ~!、お役人さん・・・

お役所仕事って、「こんなもんなの~?」


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雨水に思う 

『 雨 水 に 思 う 』

今日は、旧暦では ”雨水” だ。

降り積もった雪も氷も水になり、降る雪も雨に変わる頃となる。

この時期には、関東では冬型の気圧配置が崩れ、大雪に見舞われる事もしばしばと言う。

旧暦 ”雨水” 前後になれば、”名残雪” と趣もあるのだが、今年は ”どか雪” で、大きな被害が出た。

『 名も知らぬ花に・・・』

一週間前の 「建国記念日」 の日に、雪かきが終わり道は泥水の溜り場となっていたが、知人を訪問した。

質素ではあるが、室内は丁寧に掃除もいきとどき、笑顔で迎えられた事に寒さも忘れる。

6畳ほどの和室には、何故か?夏用の畳表の座布が用意されていた。

部屋の隅では電気ストーブの仄かな明かりが目に入る程度の暖の取り方だ。

フト座卓の上に、名も知らぬ(私が知らないだけの事だが)野の花が一輪さしてあった。

堅く焼しめた備前焼の一輪挿しの花瓶と、この野の花がいたく目に染みた。

寒々とした部屋に、何気なく生けられた一輪挿しだが、この時ふと利休の事を想い出した。

『 利休に学ぶ 』

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千利休が武野紹鴎の許で下働きをしていた時の事、

庭を綺麗に掃き清めた其の後、木をゆすり三、四枚ばかりの落ち葉を掃き清めた庭に落しておいた。

其れを見た紹鴎は、「利休よ、お前は ”お茶” が解かったな」 と。

茶の美学とでも言うのか、「お・も・て・な・し」 の美学なのだ。

何気なく生けられた備前の花瓶の一輪挿し、此れも「お・も・て・な・し」であろう。

『 心 遣 い ・・・』

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話は変わり先日の事、O氏宅にお邪魔をした時の事だが、

暫く話し込んだ後、お茶でもという事で、座卓に腰を下ろした。

奥さんを若くして亡くし、可愛がっていたペットも世を去り、今は一人住まいなのだ。

壁のあちこちに奥さんの写真や、寝床をも一緒にしたと言うペットの写真が飾られ、

心の優しが偲ばれる。

此のチョコレートは糖分も無くカロリーも少ないから、お一つどうぞ!!

私が糖尿病である事を知って、態々用意してくれた糖尿病患者用のチョコレートだった。

『 やまとうたは、人の心を種として、よるずの言の葉とぞなれりける 』

言葉は心を伝えるために、人と繋がり生きていく為に・・・

「此のチョコレートは・・・」、此の一言に暖かく優しい人柄が偲ばれる。

「お・も・て・な・し」 は、大袈裟な事では決してナイ。

言葉の端々に、少しばかり緩んだ笑顔に、そして嫋やかな身振りに・・・

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『 お土産に・・・』

和やかな二時間のお喋りを楽しみ、帰り際に 「此れを・・・」 とお土産まで持たされた。

此の日は雪上りとは云え、道端には未だ掻き集めた雪が残っていた。

出向いて行く筈だったが、我が家まで車でお迎えに来て頂いた。ハイオク1ℓで4㎞の大型高級車で・・・

ノンシュガー・チョコレートと、四国・愛媛の高級ミカン ”せとか” を一箱も。

「雨水」を迎えた今日であるが、

今年は関東も異常気候で大雪に見舞われている。

春を待つ心に水を差す寒さが身に染みるが、

何気ない 「お・も・て・な・し」 に心温まる思いがするこの頃だった。

”心遣い” に温まる思いって、「こんなもんなの~?」



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水の文明 

『 水の惑星、地球 』

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地球は ”水の惑星” である。

あらゆる生命を育んできたのは、何を言おう ”水” である。

地球に存在する水は凡そ98%が海水である。

太陽の熱で以て温められ、蒸発し、上空で冷やされ、大地に降り注いだ水が淡水である。

海水から生まれた、此の珠玉の如き宝石が淡水なのだ。

『 美しい水、”淡水” 』

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地球上で、日本ほど豊かで美しい淡水に恵まれた国は、他に例を見ない。

日本人は古来、この清らかな淡水を、物質的基礎とした審美観を培ってきた。

森を育て、美しい水を育ててきた伝統は、世界に向けて誇るべきものである。

実際、水が汚れているか?どうか?で、先進国と発展途上国との区別さえ出来る。

人類の歴史は、森と水との関わり、その繰り返しとも云えようか。

我が国は、山が急峻で降る雨は奔流となって河川を下り海に注ぐ。

緑の山からそそぐ水を利用し水田稲作を生業とし、森と水に感謝し文化をも育んだ。

『 地球の宝、”水” 』

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「冬雨」・「夏雨」 と大きく分けて、冬に大雨、夏に大雨と地球上は二つに分かれる。

冬に豪雨を迎える、メソポタミア文明、インダス文明などでは、春先に雪解け水となり麦を育む。

雨が降らないエジプト文明は、ナイル川の上流で降った雨を利用し、大麦や小麦を育てた。

日本は夏雨型なので、稲の工作に適した環境であった。

この様に雨の降り方一つで、作物の採れ方にも大きな違いを見ることが出来る。

『 男の文明・女の文明 』

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『旧約聖書』 では、神は男を創りたもうた。 ところが人(男)には助け手がいなかった。

そこで神は、男を眠らせあばら骨と一つ取り出し肉で塞ぎ、一人の女を創った。

アダムとイヴ、「エデンの園」 の物語である。

日本の神話 『古事記』 では、『旧約聖書』 とは異なり、男女の地位が入れ替わる。

イザナギとイザナミの結婚にして、後の我々の歴史が始まるのであるが、

女イザナミが先ず 「我が身は成り成りて成り合わざるところ一所あり」 といい、

男イザナギが、「我が身は成り成りて成り余れるところ一所あり」 と。

女イザナミが最初に 「あら!、いいオトコね」 と声をかけるが、

男イザナギは 「女が先に言ってはダメ」 と抗議するが、そのまま結婚する。

女イザナミが主導権を握っていたのである。

女が主導権を取った神話なんて、日本神話をおいてはどこの国にも見当たらない。

国家の運営に、女性の進出なんて今更の事であろう。

力の男性では問題解決にならない事も、女の智慧で解決を!!出来るかもよ~。

『 ほんとうに幸せか? 』

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都市ならずとも全国地方に跨り犯罪が増加し、理想の暮らしが遠のいているようにも思える。

幸せを追い求めて、世界第二の経済大国にもなった。

衣食も足り、住環境も整ったが、果たして 「衣食たりて、礼節を知る」ところまでに成ったのか?

経済が発達し、物心両面で充実感を味わっているのか?と思えば、

近年、野鳥の囀りに耳を貸し、田舎暮らしに理想郷を見出し、農業を振り返るまでになった。

豊かな森と美しい水が流れる田園風景の素晴らしさに目覚めたかのように思える。

ブータン国では、GDPではなく、DGH(国内総幸福)を大切にしていると言う。

物の豊かさだけではなく、心の豊かさが重要なのである。

『 森と水の国、日本 』

国土の凡そ70%を森林で覆われ、豊かで清らかな水に溢れる国、ニッポンである。

北海道では、水の源流が中国人に買い占められているとの報道が流れる。

必要最低限の安全な水の確保。 健全な水源あってこそが食糧で危機を避ける唯一の道であろう。

稲作漁労民族の桃源郷は、森と水に恵まれた国土であり、命が最も輝く理想郷なのだ。

今現在、日本人が最も守るべき問題の一つ、

豊かな森と水源を再考する必要性って、「こんなもんなの~?」




category: 雑感

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始まりは・・・ 

『 フリー・マーケットに・・・』

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フリー・マーケットは、俗に 『ぼろ市』 『蚤の市』 等とも言われる。

近くの船橋競馬場で、日曜日には月二回ぐらいで「フリー・マーケット」が開かれる。

午前中は雨だったので、午後からどんなものかと出かけてみた。

『 渋い顔が、あちこちで・・・』

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雨上がりの午後だからか?

出店者もまばらで、客足も殆ど無く何とも活気のない 「フリー・マーケット」 だった。

「ぼろ市」と言うだけあって、古着の出展者が多く、

中には、古道具屋・靴屋・オモチャ・フィギュアー等などの顔もちらほらと。

『 帰り支度の嘆き!!』

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ミニ・クーパーでの出店者の嘆き。

「あぁ~、此れ絶対売れると思ったのに~」 と奥さんが。

「もう二度と、こんな所へは来ないぞ~」 と主人の嘆きが耳に飛び込んでくる。

売れる時もあり、売れない時もある。 今日はたまたま売れなかったのか?

『 始まりは、京都の東寺 』

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         東寺の五重塔 (コンデジで撮影)

高野山真言宗の修行道場である 「東寺」。

東寺の境内が、フリー・マーケットの元祖ですよ。昔は、『ぼろ市』 と呼ばれた。

平安時代には、一般庶民は着る物にも不便を感じていた時代。

僧侶も、托鉢で頂く食べ物だけでは何かと不便を感じていた事だろう。

そこで、思いついた。 ”そうだ!、古着を売ろう!” と・・・

僧侶は法衣には事欠かなかった。

道服・直綴・素絹・如法衣・袈裟・・・と、色々な着衣を持っていた。

素材は木綿・麻・絹などを草木染・泥染め・高級な紅花染め等であった。

大衆の手の届かない程の高級品で、縫い直しも容易く喜ばれたようだ。

使い古したこれ等の衣類を、金に換える方法として考え出したのが、『ぼろ市』 だった。

金色堂の前あたりで、僧侶たちが古着を売っていた事だろう。

「リサイクル」の本家は東寺からであろうか?

此の光景を、弘法大師が見たら何と思った事だろうか?

「全ての物は、無駄にするな!!」 とでも?

『 ばかでかい食道だね~ 』

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            東寺の食堂

二人連れのご夫婦の会話が聞こえてくる。

「おとうさん!、あそこに食道(しょくどう)がありますよ」 と、

ご主人は、「腹も空いたし、昼ごはんでも・・・」 と・・・

寺で食堂と書いてあれば、僧侶たちが頂く建屋で、『じきどう』 と呼ばれる場所。

そうだよね、誰でも 『しょくどう』 って読むよね。

何とも微笑ましい会話に、思わず笑みがこぼれた。

『 なんとも厄介な、”齋食儀” 』

僧侶は基本的には、毎日の食事は二食。

食事を頂くには、其れはそれは厳しい作法が待っている。

『 道心の中に衣食あり、衣食の中に道心なし 』 と言われる程だ。

これ程厳しい作法は、歴縁対境の止観、諸事適格、機敏なるべし。

言語は勿論の事、一切の音声は禁止。

これだけ聞いても嫌になるよね~。

齋食の折には、

「先呪願」に続き、「唱念三宝」・「誦経(般若心経)」・「展鉢偈」・「受食偈」・「供養偈」、

まだまだあるよ~、「粥偈」・「五観」・「出生偈」・「正食偈」・「誓願」・「食訖」と・・・

全てが終わるに10分以上は掛る。

あぁ~、其れまでしてやっと食事かよ~!!と言いたくなりませんか?

『 生飯(サバ)をよむ 』

僧侶は食事を頂く前に、盛られたご飯より、5~10粒の飯を別皿に取る。

僧侶の数が多いので、結構な量のご飯が集まる。

此れを室外に作られた90cmの高さの小さな棚に載せる。

すると、小鳥や虫が食べに来る。そうですね此れが 「施餓鬼」。

別皿に取る飯の数を数える事を 「生飯(サバ)をよむ」 と言う。

「生食(サバ)をよむ」・・・一般的には ”数を誤魔化す” 事を言うが、

此の説の出所は、

魚屋が、小魚などを数えるのに早口で数え誤魔化す。

寿司屋が、客が食べた数を誤魔化すのを防ぐ為に、寿司を握る度に生食を置いて数えた。

こんな事から、「生食(サバ)をよむ」と言われるが、

本来は僧侶が生食(サバ)の数えたことに端を発する。

日常使われる日本語の奥深さって、「こんなもんなの~?」




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これでイイ~? 

『 これで、充分? 』

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一昨日の大雪も降りやみ、昨日早朝出勤風景を撮影に、一万円のコンデジ・カメラをぶら下げて・・・

『これで、充分?』 いや、いや 『これで、十分』 って事なのか?

雪が降り止んだ早朝、バス停で待つ人々を写してみた。

普段はEOS5DⅢを使っているが、”デジカメでイイじゃ~な~い”、とも思った。

望遠にすると液晶での撮影はきついものがあるが・・・

雰囲気はドンヨリとして、寒く冬の雰囲気はEOSより面白い。

『 サルも人間も、団子になるよね~ 』

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テレビでしばしば報道される風景に、温泉に浸かるサルの集団がある。

寒い日には、サルも温泉で温まりたい気持ちはよく判る。

出勤途中にバスを待つ人々も一つの集団を形成し、あたかもサルの一団に思える。

『 何処へ?・・・』

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古い昔の写真を見ているような、おぼろげな雰囲気が漂う ”コンデジの写真” だよね~。

カメラが何だとか、解像力が何だとか、露出が何だとか、いっぱしの解かったような事を言うが、

写っていれば ”それだけでイイ”って事なのか?

所詮、ブログにUPする程度の写真なんだから・・・。

危ないから足許に気を付けるのよ~!!っと、母親の声が聴こえそうだった。

『 陰気だね~!!』

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それにしても、何とも陰気な写り具合だね~。

コンデジのこの程度の写り具合も、見方によっては ”雰囲気がアル!!” と思えるから不思議。

雪上がりの早朝の新聞配達。 団地を歩き回り新聞の配達。

思わず ”ご苦労様” って、声を掛けた。

バックの景色が悪い!!って? そうなんですね。

何処をどのように配達するのか判らないので、何処で待ち構えればイイのか?

おまけに、シャッターのタイム・ラグが・・・言い訳するな!!って声が聴こえそうだが。

『 春を待つのは・・・』

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コンデジの焦点が中心に・・・蕾は右上に在るのに~!!

ピントが外れている上に、画面の1/4にカット。こんな事するかね~???

カメラ振れに、ピンボケ!! 此れこそ素人写真の見本だよね~。

だって、私は 「ど素人」 なんだもん。

でもね、寒さに震える遅咲きの山茶花の蕾。 春(暖かさ)を待つ気持ちは誰でも同じ事。

咲き遅れた山茶花の蕾に ”可哀そうだね~” と気遣い、シャッターを・・・。

『 これで、十分だよね~!!』

せいぜいブログに使う写真なんて、『これで、十分だよね~』 と云えば、怒られるかも?

やれニコンが良いとか、キヤノンが良いとか、ライカが良いとか・・・言うが、

カメラはコンデジに限る!!

愛すべきコンデジの力って、「こんなもんなの~?」



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娘島田は・・・ 

『 富士の白雪ゃ ノーエ・・・』

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今朝から、久し振りに関東にも本格的な積雪があった。

寒い中、思い切ってカメラを(と言っても、コンデジだが)ポケットに3分離れた駅前まで。

純白の雪が降りしきる中、肩を寄り添い歩く二人の真紅のジャケットに思わずレンズを向けた。

私は下戸なので今では、お酒を飲む事は先ずないのだが、

余りの寒さに、思わず一杯熱燗でも・・・と頭を過る。

若い頃には、ブランデーをストレートか、ロックで。ビールは苦くて苦手だった。

日本酒が一番好きで、兵庫県・伊丹市の小西酒造の、『白雪』 が大好きだった。

早々と帰宅する道すがら、口を突いて出たのが、「ノーエ節」。

『 白雪ゃ~朝日でとける 』

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                        公園の斜面で雪遊び

『 とけて流れてノーエ、(とけてサイサイ)、流れて三島にそそぐ

  三島女郎衆はノーエ、 女郎衆はお化粧がながい、 お化粧ながけりゃノーエ、ながけりゃお客がおこる

  お客おこればノーエ、 お客おこれば石の地蔵さん、 石の地蔵さんはノーエ、地蔵さんは頭が丸い 』

『 富士の白雪 朝日で溶ける。娘島田は寝て解ける 』

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                何処へ行くのか?親子連れ

『 頭丸けりゃからすが止まる、からす止まればノーエ、止まれば娘島田

  娘島田はノーエ、島田は情けでとける 』

”娘島田は 情けで解ける ”・・・”娘島田は 寝て解ける” と言わない所が心憎いね~!!

歌っているうちに何となく気分は暖かくなる。 不思議なもんだね~。

『 お酒のむ人 芯からかわいい のんで管巻きゃ なおかわいい 』

管巻かれて、おぉ~可愛い。なんて事あるのかな~? 迷惑千万と思われるのがオチ。

愛し愛される、可愛い人が管巻くから可愛いのかね~。

一・二枚撮影出来、1℃の外気にも気持ちは暖かくなった事だし、

家で熱燗の一杯でもと思ったが、悲しいかな下戸だった。

喩え飲んで管巻きゃ~、女房は何と云うのか?

”可愛い!!”とは云わず、”飲めもしないのに、飲むからよ~!!” と?

『 ブーツを買ったぞ~ 』

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長靴なんて無縁な私だったが、今朝の雪景色に思わず長靴が欲しくなった。

時代は確実に進んでいるんだよね。

靴底には、雪道で滑らない様に、”滑り止め” の金具が付いている。

此処まで進化したブーツだが、何と価格は¥2,580。

今晩中、雪が降りしきると天気予報が、

明日またブーツを履いて出かけて見ようか?

雪の撮影の楽しみって、「こんなもんなの~?」



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江戸の暮らしに学ぶ 

『 棲めば ”みやこ” 』

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               宝島社の 『田舎暮らしの本』 に掲載したカット写真

山口県と広島県の県境の山間部に、ある老夫婦が棲んで居た。

俗に云われるインフラとは全く関係の無い、山間を開拓し自然と共に共生する老夫婦である。

電気・ガス・水道、全てナイ!! 此処こそ楽園と老夫婦は言う辺境の地である。

二泊三日の泊まり込みで、取材・撮影した記憶が走馬灯の如く頭を駆け巡る。

完全自給自足の生活に不便さを感じない此の老夫婦の敷地は、山三つもある広大さである。

家屋は板切れを集めた手作りで、明かりはランプで暖は手作りストーブ。

風呂場は真っ暗な中、ランプの明かりで微かに何処に何があるのか判断は付く。

山間部なので、夜になれば猪や鹿が親子連れで、散歩がてらに出てくる。時にはツキノワグマも・・・

作物が植えてある畑は、”猪に食べてもらう為に耕作” と言い、

自分たちは、猪が食べ残した作物で十分と・・・

『 江戸の暮らしに学ぶ 』

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江戸時代を再現した家並みに、色々な商家が立ち並ぶ。

休日の為、多くの親子連れが遊びに来ていた。

この時代になると、電気・ガス・水道ナシとまでいかないが、

現在の生活様式からすれば、思いもよらい程の不便さであった事だろうが、

だからと言って、利便性のみを追い求めてきた事に反省心をも覚える。

『 手作りの良さ 』

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多くの商家が立ち並ぶその中に、一軒の鍛冶屋さんが再現されていた。

日常品の刃物は当然、農機具や各種耕作器具も全て手作り品である。

先日、我が家の数本の包丁が切れが悪くなったので、研ぎやさんに出した。

研ぎ師が言うには、玉鋼を使った昔ながらの手打ち包丁だから、磨けばよく切れると。

ステンレスの現代包丁なんて、使い物にならない。プロは決して使わないよ・・・と。

『 和紙で遊ぶ 』

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和紙を使い切り絵を描いたり、小物を作ったり、子供達は何時もと違い活き活きとした表情で。

スマホでゲームを楽しむ現代っ子であろうが、試行錯誤しながら手を使い何かを作る、

その歓びに目を輝かせ、夢中に取り組む姿に微笑ましさすら感じる。

『 やはり畳だよね~!!』

2011-10-08 華3065

イグサを使い、畳表を編む体験教室が開かれていた。

小さな子供というより、大人が懐かしくなって体験する其の姿に、思う事があった。

居間はリビングと名を変え、フローリングが流行りと言うので、全てをフローリングに、

思えば、畳の部屋でごろ寝が懐かしい。

四畳半、襖の奥の・・・なんて色気は、フローリングではね~味わえない。

『 ”古い” とは、相対的なもの 』

よく耳にする言葉に ”古臭い” と・・・

では、新しい物が全て ”良い” と言うのだろうか?

「昔の人は、貧しいながらにも智慧があったんだね~」 としばしば耳にもする。

全ての事、人々の暮らしの営みをも、現代人の物差しで推し量る事が正当な考え方なのか?

人として正しい事なのか? 美しい事なのか? 醜い事なのか? よくよく考える必要がありそうだ。

全国どこに行くにも、車は快適になり道路は全て舗装路となった。

50年前に、友人と車で九州一周のドライブをした事があった。

箱根の山を越すにも道は土埃が舞い上がり、綺麗な景色を堪能するには程遠い時代だった。

日常生活では、台所は ”キッチン” と呼び名を替え、オール電化となった。

電気・ガス・水道ナシとは無関係な便利この上ない快適な生活である。

戦前は、台所は三和土で、ご飯を炊くにも久土で火を起こし、お釜での炊飯だった。

現代の様に、北海道の〇〇〇〇米・新潟の〇〇〇〇米と言うようなブランド米などとは無縁の時代。

それでも、電気釜とは違い、焚き上がったご飯は、思わず ”美味い” と・・・

冷蔵庫は、あっても木製で氷を入れたものだった。大方の家では井戸水で野菜などを冷やしていた。

一見、不便に思えるが、夏には野菜やスイカ・ウリなどを冷やしていたが、

其の不便さ故に、子供達の口からは ”おいしい!” との言葉が・・・

ラジオ・テレビとは無縁であっても、家族の会話は途切れなく続いた。

スマホに夢中になり、お互いの意思疎通なんて事も無かった良き時代なのである。

『 江戸時代の暮らしに学ぶ 』

江戸時代から明治・大正・昭和と生活様式はガラリと変わり、人々は利便性のみを追い求めてきた。

一見すれば、時代の変遷と共に、経済的にも物質面でも想像を遥かに越えた豊かさであろうが、

人間性・心の豊かさ・気遣い・優しさ、など等は果たして如何程であろうか?

”あれば便利” ”なければ不便” だけで物事の価値判断をする習慣は反省の余地があろうか。

近年、ハウツー物の本が氾濫するが、

どれを見ても、売れれば其れでイイ的なものばかりだ。

「断・捨・離」なんて、人が生きる上での事を考えない証拠であろう。

江戸時代の生活様式や習慣・風習には、現代人が学ばなければならない事が山ほどある。

金銭欲・物欲・名誉欲には限りがナイ。有れば有るほど欲が湧く。

「無い者の強み」 ではないが、人の幸せは手にする物が少ない程良いのかも?ね。

江戸時代の再現された家並みや人の営みを見て、そう思った。

古き良き時代とは、「こんなもんなの~?」



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春は・・・ 

『 旧暦から新暦へ 』

体調不良と怠慢から、ブログのUPから遠ざかっていた。

1月31日が旧暦で新年の始まりと知り、旧暦の意味を振り帰ってみた。

農耕漁労民族のわが国では、新暦による各種仕来り(行事)に大変な不便さと無意味さを感じざるを得ない。

桃の花が咲かない時に”ひな祭り”、雨が降らない時期に鯉の滝登り”端午の節句”・・・

全ての行事を旧暦でなく新暦で執り行うからだ。

そもそも新暦を取り入れた明治政府の無責任さに起因する。

明治5年11月9日に急遽新暦を発布する。 其の原因の大半は・・・

12月2日の翌日を、新暦・明治6年1月1日と変更とした。

旧暦では13月という月があり、一年は12ヶ月だけでは無かった。

明治5年12月の役人の給料と、翌年は13月があり新暦にすれば給料の支払いが一か月分助かる。

明治政府の財政難が根本原因で新暦を急遽取り入れたという事である。

この新暦採用の最大のデメリットは、日常行事が狂い出し不便になった事である。

『 干支とは・・・』

”干” とは「幹」、”支” とは 「枝」 の事で、生命の発生から変遷し、終末・含蓄に至るまでの過程で、

干は十段階、支は十二段階に解説。此れを組み合わせれば、六十番目に一周し元に戻る。

還暦が60歳で元に戻るという事である。

巷間、間違った意味(あたかも占いぐらいに)に解釈される干支だが、干支は占いではナイ。

周代に始まり、漢代に完成された干支は、暦学・天文学など知識・技術の問題と奥深い哲学を備えている。

人間の世の出来事、変化・推移を干支六十の範疇に納めて、経験的に帰納して結論を出したものなのだ。

現代人が干支を馬鹿にし、迷信的・非科学的なものとして遠ざけたことは実に惜しい事である。

「幹」 と 「枝」 が無くて、どうして枝葉花実があると言うのだろうか?

旧暦を捨て去り、干支を無視し、以来日本人はどれほどの損をして来たのか?・・・

『 春 は 曙 』

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広島県三次市 朝霧に・・・

テレビでは連日多くのコマーシャルが流れるが、心に響き残るコピーは数少ない。

『春は曙』・・・なんと素敵なコピーではないか!!

清少納言は、素晴らしいコピーライターであり、知的なエッセイストなのだ。

今を遡る事一千年、清少納言 『枕草子』 の冒頭句.

「春は曙」、この瞬間がいいの? 悪いの?、どちらなのでしょうか?ね。彼女は黙秘。

「夏は夜」 「秋は夕暮れ」「冬は早朝」 良いとも悪いとも何とも言わない納言さん。

御嬢さん曰く・・・

「正月一日は格別よ~!!空の気色だってウララ・ウララで、なんとファンタスチックに霞がたなびくの・・・」と。

「春って、曙なのよ~!素敵なものは。だんだん白くなってく山の上の空が少し明るくなって、

 紫っぽい雲が細くたなびくなんて、なんて素敵なの~!!」

『 京都に巣食う、二人の妖怪? 』

千年前の京都に二人の才女がいた。紫式部と清少納言。

紫は納言女史を、「清少納言という知ったかぶりな女がいる。のさばっているようだがね~!」と、

国文学に長けた紫式部と、キャリヤーウーマンのオールドミス ”納言”。

色恋に塗れた「源氏物語」より、清々しい文体の「枕草子」の方が、私は好きだ。

コピーライターであり、エッセイストの清少納言を初春に想い出した。

以前、撮影した広島県・三次市の日の出前の雲海

『春は曙』 って、「こんなもんなの~?」



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