Admin New entry Up load All archives

こんなもんなの~?

趣味の写真を添えて、日々の『戯言』を・・・

美しき波紋 


『 美しき波紋に魅せられて 』

2011-10-08 華3173

港湾の水は、それほど綺麗なものでは無いが、船体の色を移し込む波紋は目を止めるに価値ある美しさだ。

『 どうして、こんな処に? 』

2011-10-08 華3172

普段は建築資材や鋼管が積み上げられている港に、どうして観光船が係留されているのか?

船尾には、「Anniversary Cruise Tokyo」 と。

装飾には、海賊や人魚などのお伽噺に出てくるキャラクターが飾られている。

そして、「VILLAGGIO ITALIA」 と描かれた観光船である。

『 船橋港から・・・』

2011-10-08 華3174

船橋港は、昭和40年に千葉港に編入された。千葉港の最西端の港である。

先日、日本最南端の島 「沖ノ鳥島」 での海難事故が起り、

海難救助船が、船橋港から出航したと言う。

曳航された桟橋が転覆したとの報道を聞き、改めて船橋港(千葉港)に行った。

船橋港は、一部は漁港となっているが、埠頭には普段は沢山の鋼管が積み上げられている。

何時も、浚渫船や消防船が停泊しているが、何隻かの大型クレーン船も繋がれている。

どの船が救助に就航したのか? は判らないが・・・

『 姿に思う事 』

観光船の銀朱に塗られた船体が、波間に描く綺麗な模様を眺めていて、ふと考えた。

仏教説話に、こんな話がある。

万人周知の器量よしの ”演若達多” は毎日鏡で自分の顔を映してほくそ笑んでいた。

ある日、間違って鏡の裏で顔を見たら美しい顔は映らなかった。

「あっ、顔が無い!!」 と早とちりし、盗まれたと思い大騒ぎした・・・との説話。

教えは、「外に向いて求めるばかりの心を、自己の内に向けよ」 との教え。

裏も表も有りはしない。心が晴れ晴れとし楽しい時には、姿も美しいものである。

体の格好、衣服の着こなし、立ち振る舞いなどで、人の印象は変わるものである。

身も心も、姿を鏡に映して見る必要はありそうだ。

『 刀は武士の魂。鏡は女の魂 』 と昔より言われる。

紀貫之は 「土佐日記」 の中で、

「たまくしげは この浦波立たぬ日は 海を鏡と誰か見ざらん」 と。

清く美しい物の喩えとして、古来より ”鏡” 転じて清く澄み、貴く美しいと喩えられてきた。

美しく波紋を描く静かな水面を見ていて、”鏡” という文字が浮かんできた。

”鏡” の効用って、「こんなもんなの~?」

そう云えば、他人の ”鑑” になれって、よく言われたな~。

 

スポンサーサイト

category: 雑感

CM: 4 TB: --   

奥ノ院? 

『 阿 闍 梨 餅 』

2011-10-08 華3166

高野山真言宗本山・金剛峰寺に二十数回も登ったという、友人O氏が

この度、京都・東寺と高野山・金剛峰寺を訪ねたと連絡が有り、お土産を頂いた。

京土産で有名な此の銘菓 「阿闍梨餅」 は、天台宗本山・比叡山の高僧が12年籠山修行を終え、

許可を貰って千日回峰行をする、その時に被る網代笠を模したものである。

『 蓮を形取った、網代笠 』

2011-10-08 華3164

菓子箱の絵にあるように、網代笠は蓮の葉が開く前の姿を模した物で、「阿闍梨餅」のように丸くは無い。

千日回峰行者は、想像を絶する厳しい修行中に餅を食べ、空腹の飢えを凌ぐのである。

「阿闍梨餅」は、少しコクのある味付けの黒餡を、ふんわりと焼き包んだものである。

山野に櫛風沐雨九会曼荼羅の柿の篠懸を掛け、胎蔵白色の脚絆をつけ八葉の蓮華を踏む心地して、

八つ目の草鞋を履き参間跋渉し、肢股の疲労を助ける為に、餅を喰い渓川の水を飲み、暫らく飢渇を免る。

『 気の利いた ”お土産” 賽銭箱 』

2011-10-08 華3165

「日本書紀」には、罪を素戔鳴尊に負わせ、贖罪の品々を科して差し出させた。

自分の罪を、金銭(実際は米や雑穀)に託して祓う (浄罪) であろうか?

賽銭箱の ”賽” とは、神から福を受けた事に感謝して祭るという意味である。

現在では賽銭箱は、祈願成就のお礼として神や仏に奉納する金銭を投げ入れる箱を意味するが、

元々は金銭では無く、米や雑穀を神前に供えた。

後になって、賽銭箱なる物が出来るのであるが、一体賽銭はどのように使われているのか?

賽銭箱から取り出したお賽銭は、神社や仏閣の修理代に、また神主や僧侶の生活費に使われるのである。

賽銭箱の下にある丸い桧の ”こうやくん”。

裏には 「希望」 と焼刻がある。精進して希望を持てという事か?

手に平を堅く結んでは開き、握力増進にせよ!!と・・・

『 悠久の佛都に継がれる、賢者の食 』

2011-10-08 華3167

”高野とうふ” と ”ごまとうふ” は、高野山の二大名物。

今から遡る事1200年前の事、弘法大師が高野山に御入山の途中に、立ち寄られた農家で供された

”ごまとうふ” に大師はいたくお喜びになられた。

「この珍しい味と良き香りを、後々まで伝えるように」と、お褒めの言葉を掛けられた。

以後、世界の霊地・高野山では、参詣者の食膳に供されるようになった。

『 生 身 供 』

syoujingu_02[1]

弘法大師は寂滅されたのではなく、入定されているのである。

現在も生身の侭、高野山の奥ノ院御廟にて深い禅定に入られている為、朝・昼二回の食事をされる。

この御膳の事を ”生身供” とよび、一般人へのオモテナシと何ら変わらぬ料理を設えている。

そしてこの御膳には、食材の一つとして 「ごまとうふ」 が使われている。

『 奥 ノ 院 』

彼氏と彼女、高野山・奥ノ院に立ち寄った二人。そこで彼氏に聞いた話。

「いい思いをしたな~、で、どうだった?」と聞いてみれば、

「神々しい、穏やかな御姿だったよ」

「よく見えたな~、あんな暗い所で」

「ローソクの明かりがあるから大丈夫だよ~」

「変わった奴だな~、彼女がローソクで火傷しなかったのかい?」

「何で火傷なんかするんだよ~」

『 奥 ノ 院 』 は本堂の一番奥にある秘仏堂だが、

別の意味では、女性の秘部として使われる。

ローソクを近づけしげしげ見れば、火傷もするよね~!!

弘法大師が瞑想している奥ノ院、「生身供」 に使われる ”ごまとうふ” の土産を頂き、

ふと思い出したこんな話。

凡人が想い出す事って、「こんなもんなの~?」



category: 雑感

CM: 3 TB: --   

兵どもが・・・ 

『 川明かり およぶ木群の寂けさを

        安らぎとして ここぞふるさと 』
  千代二(詩)

2011-10-08 華3162
                「矢切の渡し」 はこの近く、都心を遠望できる江戸川添の国府台

江戸川を遠望する 「国府台城跡」 で憩を求める人々が賑わう 「里見公園」 は、

下総台地の西端、江戸川に面した台地上にあり、この辺りは国府台と呼ばれ、下総国府が置かれた処。

下総国の政治や文化の中心地であった。

里見軍と北条軍との熾烈な合戦場としても有名な所である。

『 羅 漢 の 井 』

2011-10-08 華3157

江戸川添に設けられた駐車場に車を停め、坂道をしばらく歩けば、道沿いに ”羅漢の井” を見る。

里見一族が布陣の際に、飲用水として使用したものか?

高台にあって水源が乏しいにも係らず、一年中清水が湧き出ている。

一説によれば、弘法大師が巡錫の折に此の湧水を発見し、里人たちに飲用水として勧めたとも言われている。

『 華やかに さびしき秋や 千町田の

        ほなみがすゑを 群雀立つ 』
  北原白秋(詩)

2011-10-08 華3161

国府台城跡の僅かに残る石垣跡。

さほど広くない ”里見公園” に残る石垣跡が寂しさと哀れを誘う。

此の地で合戦が繰り広げられ、多くの犠牲者が出たと言う。

「兵どもが夢の跡」 なのであろうか.

『 里見将士慰霊の墓 』

2011-10-08 華3160

永禄7(1564)年、里見義弘は8千の軍勢を率いて此の地に陣を構え、約2万の軍勢の北条軍を迎え撃つ。

数日は里見軍側に有利だったが、4日後の払暁、北条軍に寝込みを急襲され、狼狽し士気を失せた里見軍は、

此の合戦で大敗をきし里見広次らをはじめ約5千名が討死したと伝えられる。

文正12(1829)年になって、やっと里見諸士群亡塚、里見諸将群霊墓、里見広次公廟を建立。

以後、戦死者の亡霊を弔った。

『 夜 泣 き 石 』

2011-10-08 華3159

里見広次には、12・3歳になるとても美しい姫がいた。

父の霊を弔うため、遥々遠い安房の国から国府台を訪ねて来る。

姫は身も心も疲れ果て、傍にあった石に身を持たれ掛け、弱々しい微かな声で、

父の名を呼びながら、幾日か泣き続けとうとう息絶えてしまった。

以来、此の石から、夜になると悲しい泣き声が聞えてくるという、

伝説を秘めた ”夜泣き石” と言われるようになった。

『 来歴のやう 一本冬の川 』  北原 白秋(詩) 

2011-10-08 華3158

「からたちの花」 「砂山」 などで知られる詩人・北原白秋は、

約一年間、この離れにおいて優れた作品を創作した。

草庵 『紫烟草舎』 は、白秋自身で命名した小さな庵である。

対岸の江戸川堤から眺める此の里見の風景や、万葉の昔より所縁の深い葛飾の野を、

白秋はこよなく愛したと言われている。

『羅漢の井』 『城跡の石垣』 『慰霊の墓』 『夜泣き石』 『白秋の庵』

松尾芭蕉の句ではないが、「兵どもが夢の跡」を思わず思い出す。

昔日の哀しみに思うって、「こんなもんなの~?」



category: 雑感

CM: 5 TB: --   

昔日の名残り 

『 海老川は この浦に天惠を運び続けた 』

古来より 「生命の母」 と言われた海は、漁師にとって ”生命” そのものであった。

東京湾に注ぐ海老川は、豊かな栄養を運び豊富な魚貝類を育てた。

徳川家康は、上総東金へ遊猟の際、船橋御殿に宿泊したが、船橋浦の漁師は、生魚貝類を献上した。

家康公は此れを殊の外歓び、以後も続けて献上する事となった。

江戸前随一と言われた船橋浦は、魚貝類の豊富さから漁師垂涎の的であった。

『 倭の宇陀の 真赤土のさ丹 着かばそこもか人の 吾を言なさむ 』  万葉集

2011-10-08 華3152

真赭色と言うのか? 土器色とでも言うべきか? 最古の酸化鉄顔料として用いられた塗料であるが、

錆び塗れのボラード(係留柱)がそんな古さを感じさせる。

色彩に生の歓びや悲しみを感じるとすれば、動かぬ漁船を繋ぐボラードの錆び色は、

男性的リアリズムに相応しい、枯淡な侘び寂びの境地色であろうか?

『 牡蠣殻のうつせ貝もさびたり 』

2011-10-08 華3153

漁港の空き地の片隅に、僅かながらに遺された牡蠣殻が捨ててあった。

豊穣の海 ”船橋浦” とは言え、カキの養殖が営まれていたとは知らなかった。

江戸前と云えば、浅草海苔や寿司ネタのアナゴやコハダは良く知られているが・・・

人の気配も無き漁港の片隅に、捨てられた牡蠣殻を眺めていて、思う事は、

「淋しい」感情ではなく、「風雅の閑寂としたサビ」を感じる。

『 ”色即是空” の無常感 』

2011-10-08 華3154

お役目を終えた軍手が、無造作に捨てられていた。

「儚い」 とも 「空しい」 とも言う感情が惹起しないのな何故だろうか?

死から生が始まり、また元の死に戻った、ただそれだけの事だから。

ネガティブな意味を含む 「儚い」 であるが、

打ち捨てられた軍手を眺めていて、こんな気持ちになった。

「儚い」 と言う事を、其れを其れとして自覚すれば、何かを取り戻せる気がして来た。

軍手が今、ここに在る事自体が、計る事の出来ない何かを取り戻してくれると。

『 レンズを通した、ミクロの世界 』

2011-10-08 華3155

曾ては浅利貝の採取に使われた ”マンガン” が、一か所に置き捨てられていた。

中の一つの ”マンガン” には、未だ赤色のペンキの後も生々しさが伺えた。

写欲をそそられたのか?思わず一枚パチリとシャッターを切るが、この時ふと思った事がある。

ファインダーの中に、全体が見える様な気がしているが、それは錯覚でしかなく、

前も後ろも回りも見ていないで、見ているのは世界の一部分だけと気が付くのである。

”マンガン” の赤く塗られた其の色に、心惹かれ一生懸命に見て撮影するが、

結局は只それだけと云えば、其れだけなのである。

レンズを通さなければ、頸さえ回せばぐるっと一周、世界は開けるのだが・・・

「一期一会」 という言葉があるが、今見ている ”マンガン” も、今この状態は見納めかも知れない。

ミクロの世界をフィルムに記憶させるよりも、深く心に刻む方が良いのかも?

『 廃屋に かくれんぼする 浜の猫 』

2011-10-08 華3156

船具置き場の小屋の隙間で、此の猫に出会った。

「それ以上近づくと逃げるぞ~!!」 とでも言いたげな顔つきであった。

早朝の漁港は、活気があるのでは?と思い出掛けてみたが、

漁師にも使役者にも、只一人も出会う事はなかった。

静まり返った漁港が、結果的に良き思いに耽らせてくれた。

何も無い早朝の漁港に思う事って、「こんなもんなの~?」



category: 雑感

CM: 6 TB: --   

陽気に誘われ・・・ 

『 花盛り その色となく 眺むれば 

      むなしき空に 春一番吹く 』


2011-10-08 華3147
                  『里見公園』 バラ園に咲く河津桜の並木

春の長閑な陽気に誘われ、千葉県市川市の 『里見公園』 まで散策に出かけた。

富士山などの山々が遠望できる、江戸川沿いの高台に公園はある。

此の地に、太田道灌が仮陣を置き、後に国府台城が築かれるが、

里見氏は、北条氏との合戦に大敗し、後の江戸幕府によって廃城となる。

国府台は江戸俯瞰の地であるという単純な理由から・・・

由緒ある古戦場を記念し、此の地は一般の人々の憩いの場として公園化された。

『 花のもと 隠れんぼする 童かな 』

2011-10-08 華3148

梅林の元で、隠れんぼ遊びに興じる子供達の姿が微笑ましい。

「もう、いいか~い ?」 「ま~だだよ~」 との声も元気よく・・・

『 相伴に 鴨も並ぶや 菜ヶ池 』

2011-10-08 華3149

此の地は、古くから深く入り込んだ沼があり、沼には ”じゅん菜” が沢山生えていたことから、

「じゅん菜池」 と呼ばれるようになった。今でも、じゅん菜の栽培には力を入れているという。

池の畔は遊歩道が完備され、一周するにはノンビリあるいて一時間か?

途中には中之島があり、遊歩道には憩う為のベンチが完備されている。

鴨をはじめ多くの種類の水鳥たちが餌付けされているのか? 手元まで遊びに来る。

しょ~(松)、ちく(竹)、ばい(梅)

2011-10-08 華3151

『じゅん菜池緑地』 には、一般人に開放されている茶室、「登龍庵」 が鄙びた姿で佇んでいる。

紅梅の古木と力強い松の緑は、竹垣で分けられ 「松・竹・梅」 と・・・

思わず清酒のコマーシャル、「しょう~・ちく・ばい」 と口を突いて出る。

『 140本の紅梅・白梅が・・・』

2011-10-08 華3150

「じゅん菜池緑地」公園では、梅の香りに包まれて、近所の女子学院の生徒による ”野点” も開催される。

微かに甘い香りに包まれての散策は、春の長閑さとともに心の解放感が楽しめる。

満開の梅の花を愛で楽しむって、「こんなもんなの~」



category: 雑感

CM: 5 TB: --   

諸行無常 

『 嗚呼、秋に紅葉 且つ散る山の姿も

      春に鶯の 枝に囀るは 諸行無常の初音なのか 』


2011-10-08 華3146

時の経過を感じさせる赤レンガの構造物に、

夏の日差しを浴びて、瑞々しく生きて躍動する生命は最早其処にはない。

其処に在るのは死の世界、ただ ”本質 ” のみ、概念的 ”本質” のみである。

このような世界は、ひとえに ”あわれ” を誘うのみなのか? 深く心に感じる ”あわれ” なのか?

”あわれ”と言う言葉は、『源氏物語』 では頻繁に見ることが出来る。

四季折々の景色に、人物の有様・衣服などにも、”あわれ”は事物の良さを表わしている。

『 ”あわれ” は、心の美学 』

”あわれ” とは、「憐れに思う」 「不憫に思う」「心を傷むる思い」 と言う意味をも内包している。

”あわれ” と思う感情は、美的意味における 「愛の感情」 を産み出す心構えである。

主観である感動に、諦感と言うべき知的客観意味が融合統一した処に美的意味が生じるのである。

主観的感情は己の心の中だけのものと誤解をするが、

事実は明快そのもので、ただ「其処に在る」だけの事なのだ。それ以上でも以下でもない。

西洋哲学の根底として、デカルト以来この意識が世界と人の直接の交流を遮断していると・・・

東洋哲学の 『唯識』 に一脈通じる事であろうか。

”美” を ”あわれ” とする其の奥底に横たわるものとして、

感情体験の中に、「哀愁・憐憫」 という特定の感情が含まれていて、

多少とも形而上学的・神秘主義的な見方の体験なのか?

『 悲しい哉 生者必滅の掟 痛ましい哉 会者定離の理 』

桜の蕾も一段と膨らみを増したが、つい先日までは、

寒風林の枯葉を舞い踊らせ、空よりの使者、雪となって地に積り我が心凍らせるも 「有為転変」 の姿。

少しばかり感傷的に眺めた、赤レンガに枯れた蔦の枝だった。

江戸時代の国学者・本居宣長は以下の様に述べている。

「 嬉しかるべき事は嬉しく、可笑しかるべき事は可笑しく、悲しかるべき事は悲しく、

  恋しかるべき事は恋しく、其々に情の動くが、物の ”あわれ” を知るなり 」


「事の心」 「物の心」 を知る。 ”あわれ” を知るって、「こんなもんなの~?」



category: 雑感

CM: 0 TB: --   

ウメは咲いたか・・・ 

梅は咲いたか 桜はまだかいな~

2011-10-08 華3143

季節の風景や、恋愛模様を旋律も単純な端唄は、民衆に愛好される。

三味線小歌曲として幕末に流行するが、小唄の出現によって端唄は徐々に衰退の道を辿るようになった。

柳なよなよ 風しだい。山吹ゃ浮気で 色ばっかり

    浅利とれたか 蛤ゃまだかいな~

    鮑くよくよ片想い さざえは悋気で角ばっかり


「 しょんがいな~ 」 と、合いの手が入る ”しょんがいな節” 『 ウメは咲いたか サクラはまだかいな~ 』。

三寒四温のこの時期、散歩すれば梅は盛りを過ぎるが、サクラは堅い蕾で春の日差しを待ち望んでいる。

寒さに身もちじむが、端唄でも口ずさみ桜の咲くのを待つとしましょうか。

2011-10-08 華3142

諸外国にも種々雑多な唄が多くあるが、日本の民衆歌程色気に富んだ歌は存在しないだろう。

四季折々の変化を愛で楽しむ日本人の心の繊細さは、

色気の表現でも如何なく発揮され、仄々とした男女の人情を偲ばせる。

『 桃から生まれた 桃太郎~? 』

2011-10-08 華3144

昔話 『桃の子太郎』 は良く知られた話で、幼子に話して聞かせた物語だが、

何故、桃から生まれた、でなくてはいけなかったのか? 林檎や蜜柑ではダメなの~?

「古事記」に見られように、桃の実には霊力が有ると信じられていた。

桃は沢山の実を付ける多産の木という意味からして、”木” 偏に ”兆” という漢字が出来た。

桃の実はその形状から、女性器を象徴しているとも言われる。桃は生殖のシンボルなのだ。

『桃太郎』は、室町末期から安土桃山時代に出来たものだが、

源流は、『保元物語』の源 為朝や、御伽草子の 『御曹司島渡』 の義経に見る事ができる。

鬼が島遠征憚は宝や夢を得たいという、庶民の願望でもあったのだ。

江戸時代の滝沢馬琴の説では・・・

鬼は「陰」の方角 ”艮・北東 ” に住んで居る。

反対側の「晹」の方角は、”坤” で、西から南へ、” 酉・申・未・馬 ” が並ぶ。

羊はひ弱だというので ”犬” が登場したと言う。

犬は ”仁”、雉は ”勇”、猿は ”知” を表わすと。

「桃太郎」 にしても 「一寸法師」 にしても、正常な子供ではなかった。

運命に負けず、鬼退治をして英雄になった。

どんな運命や宿命を背負うといえど、夢を持ち、勇気をだし、頑張れば、何事も叶う!!

運命に負けない事を、子供達に教えた武勇伝であったのか?

それとも、戦時中の事、国家を上げての戦争を殺人と言うならば、

子ども達を戦争に繰り出してはならないと、大人たちの反省と後悔なのか?

『 ウメも嫌だわ サクラも嫌よ。モモとモモの間が良い 』

20131212104404a1a[1]
      ブログ「大好き グラビアアイドル」さんより拝借

都都逸も面白いね~!!

ウメ・サクラに引っかけて ”モモ” ときたよ~。 春を代表する花だもんね~。

”モモ(腿)” と ”モモ(腿)” の間が良いなんて、上手い(美味い)大人の洒落だよね~。

「桃から生まれた、桃太郎」なんて、モモとモモの間から生まれたから ”桃太郎” って云うんだって。

昔話って、面白いの? 怖いの? それとも人生訓なの?

いやいや、大人への入り口に違いない。

端唄にしても、都都逸にしても、昔話にしても・・・

大人の戯言って、「こんなもんなの~?」


category: 雑感

CM: 4 TB: --   

哲学する猫 


『 三日して 忘れられぬか 野良の猫 』

先日、公園散歩途中に出逢った野良の猫である。

泰然自若とし、何事にも我関せずと瞑想中。 見よ!!此の哲学する野良猫を。

2011-10-08 華3141

古代に体系的な論理学を確立させた民族は、インド人とギリシャ人だけである。

そう云えば此の野良猫は、ギリシャとインドの血を引いているのか?

自然の理を達観し、仙人にも似た風貌がそう連想させるのか?

『 この世から、無くならないものは、”哲学” と ”売春 ”』

世界最古の学問は ”哲学” である。

知りたいと思う以外に動機なく、純粋に知る事を切望する営みである。

片や ”売春” は、性的衝動を起こしてメスを求める男の自然行為を手玉に取る商売だ。

人間以外の動物では決して伺えない行為で、売春は人間の本性に深く根差している。

世界最古の商売 ”売春” と、”哲学” は決して此の世から失せる事は無い。

長閑な昼下がりに出会った野良猫であるが、

カメラを向けても我関せず・・・

公理体系重視のインド哲学者なのか? 弁証法的発想のギリシャ哲学者なのか?

何とも気難しいそうな野良の顔を見ていると、そう思わざるを得なかった。

哲学者の顔って、「こんなもんなの~?」



category: 雑感

CM: 8 TB: --   

神も佛も・・・ 

『 アニミズム、・・・そして仏教へ 』

2011-10-08 華3127

経済的不安・社会的混迷の中、自らの力だけではどうにもならない時代となり、

心の拠り所を、神仏に求める傾向が強くなった。

「苦しい時の神頼み」 と言われるが、そのルーツを辿れば、

日本人の信仰心の始まりは、極めて原始的なアニミズムであった。

万物に霊魂や精霊が宿ると畏敬し、崇め奉った事に始まる。

その後、アニミズムはシャーマニズムへと変貌し、巫女などが予言や吉凶の託宣を行う宗教形態を整える。

邪馬台国の卑弥呼が神の託宣をし、女として国を治めた事は周知である。

”神” に酒食を捧げ、機嫌よく楽しんでもらえば、作物の実りも豊かで願いも受け入れてくれる。

「お神酒あがらぬ神はなし」と言われるように、神に出逢うには清浄と礼が不可欠。

神社は八百万の神と出会う場所であり、願望を叶えてもらい、ご利益を頂く処である。

『 理論武装した仏教が・・・』

畏怖・畏敬の宗教 ”神道” と、”仏教” の大きいな違いは、

”神” は、人間を超越した威力を持ち、畏れ敬う事だが、

”仏教” は、「悟りを得る」 「真理の体得」 という事だ。

日本に仏教が根を下ろすのは、聖徳太子という天才がいたからである。

飛鳥時代に始まった仏教は、やがては政治と結びつき、現世利益や呪術的効験を求めるようになる。

後になり、仏教は「仏を崇め、死者を弔わなければ地獄に堕ちる」と、半ば脅迫的になった。

”神” は、豊作を願い天災を嫌い、畏敬の念を込めて祈願する処。

”仏” は、ご利益を願うを通り越して、死後の事を願う場所へと変貌を遂げる。

『 飯 綱 神 社 』

2011-10-08 華3126

千葉県八千代市、権現山砦の陣屋跡に建立されている。

高低差14m、58段の急な石段を登ると、其処は太田道灌が此処を攻めた時、陣を張った場所だった。

四国八十八ケ所の第三十番より招来し、坂東三十番札所になっていて。

「人多くたち集まれる、昔も今も栄えぬるかな」 との札が立っている。

『 神 馬 の 絵 馬 』

2011-10-08 華3125

『続日本紀』 によれば、古来 ”生馬” を神社に献上して祈願をしていたとある。

後に、”生馬” の代わりに、板に絵を描き奉納するようになった。

観光客に嬉しい若草山の鹿であるが、

実は、鹿はその昔は春日大社に生け贄として捧げられたものである。

その中で生き延びた鹿が繁殖し、今の様に大群をなすようになった。

『 雨乞い祈祷の絵馬 』

2011-10-08 華3124

護摩壇で龍王に向かって祈願する僧侶と、廻りには祈願者の公家たちが描かれている。

「今昔物語」 の中に、弘法大師・空海が雨乞いのために「請雨教」の法を行っているうちに、

空が晴れ渡り、雨が降ったきたという話に、由来したものである。

『 孝行話の彫刻が・・・』

2011-10-08 華3128

本殿周囲の欄間にある玉垣彫刻は、中国故事 「二十四孝」 を彫刻したものだ。

『 切 れ る 』・・・本来の意味は、頭が良く利発で、決断が速く処理能力が優れている人の事!!

今様ではプッツンと糸が切れて、チョーむかつく・・・逆切れ・マジギレと同義語なのか。

最近の社会現象なので、誰でも知っている言葉だが、何故若者は ”キレル” のか?

「 推量する ”ゆとり” 」 の欠如ではないか?

推し量る、思いやる、他人の胸中を察するなんて微塵も感じられない。

日本人特有の ”曖昧さ” の欠如である。

優柔不断は時として大切な事である。

『孝行』と聞けば、親への ”それ” と思いがちだが・・・

「俺に似よ 俺に似るなと児を思い」と諭す人がいた。

曖昧模糊とした中に、「孝行」 はあるのか?

ゆとりを持って、人に接する大切さとは、「こんなもんなの~?」



category: 雑感

CM: 4 TB: --   

想い出の・・・ 

『 木々の間の ”桜花” に 』

2011-10-08 華3136
イメージ・野田市の公園にて一昨年撮影

一昨日、三芳野の小庵に招かれた。

武蔵野の雑木林に静かに佇む姿は、何故か一安心を覚える。

遠くに一本の桜が、今か今かと来る春を待っていた。蕾は二分咲きか?

桜はもとより美にして佳。咲けば忽ちに爛漫、忽ちに散落。

風に抗うにあたわず、雨に耐えず、春泥に委する。恰も、この世の人生を垣間見るだけなのか?

『 花より明るく三芳野の 春の曙みわたせば

        もろこし人も高麗人も 大和心になりぬべし 』
  頼 山陽

未央の桜花に、日本人として此の世に生を享けた事に感謝あるのみだった。

頼 山陽の心境がこの時ほど素直に心に響いた事はなかった。

『 中国電力から・・・』

2011-10-08 華3137

『碧い風』 青い海と緑の山々に恵まれた中国地域に、地域づくりの風が吹き始めています。

自分たちの大好きなこの街を少しでも良くし、子どもたちにしっかりと手渡したい。

こんな気持ちで頑張っている人たちがいっぱいいます。

『碧い風』は、そんなまちづくり人を結びながら、自分たちのまわりにある魅力を高め、

きらめくような中国地域にしていく媒体にしていきたいと思っています。

強くはないが、美しい風。

そんな風を、みなさんと一緒に巻き起こしたいと考えています。 『碧い風』発刊趣旨より

『 想い出の広報誌 』

2011-10-08 華3139

今回のトップ記事は、「マツダ自動車」のデザイン。

この情報誌は、「中国電力・エネルギア総合研究所」から、年三回刊行される。

まだ現役だった頃に、『碧い風』は毎号撮影担当をしていた。

引退して十年にもなるが、いまだに毎号を送付して頂いている。

『 懐かしの小野田線 』

2011-10-08 華3138

「クモハ42」型という車両が旧・国鉄時代にあった。

人気の電車であったが、最後の運航を此の小野田線で終え、現役を引退した。

長閑な田園風景の中をゆっくり・のんびり走るその姿を今は見る事は出来ないが、

その昔、この電車の終着駅「長門本山」に、撮影に行った事が想い出される。

『碧い風』に興味をお持ちの方は、

中国電力 エネルギア総合研究所 082-544-8150

にお問い合わせ下さい。 送付依頼が出来ると思います。

三芳野で人生を語り、自宅に帰って見れば、『碧い風』が届いていた。

昔の想い出に心を馳せ遊ぶ楽しみって、「こんなもんなの~?」



category: 雑感

CM: 6 TB: --