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こんなもんなの~?

趣味の写真を添えて、日々の『戯言』を・・・

作務は悟りへの第一歩 

『 天然の美と、人工の美 』

2011-10-08 華3371

見浜園の一角に 「松籟亭」 と言う茶室がある。

手入れの良く届いた回遊式庭園を漫ろ散策し、疲れた頃に一服の茶を嗜むのも一興だ。

桜も散り、椿も姿を消した庭園は、少しばかり寂しいが是もまた一興なのか。

『 数寄屋作りの簡素な美 』

2011-10-08 華3372

数寄屋作りの茶室は、曲がった素材は曲がったまま用い、其の美しさを味わうものである。

茶室の玄関までは、素朴な柱に聚楽の壁が心を落ち着かせる。

通路の陰影が妙に美しく感じられる瞬間だ。

『 鯉は(こい)恋でも・・・』

2011-10-08 華3368

松籟亭の傍には小さな池が設えてあり、良く見れば奥には小さな滝を眺める。

何処の池を訪ねても、その殆どには沢山の鯉が遊泳する仕掛けになっているが、

どうして何処も彼処も、”池には鯉” とお決まりなのであろうか?

何時の日か聞いた事があった。鯉は非常に長生きな生き物と。

人生は長生きよりも、生きた意味の深さと内容が大切なのであろう。

ふと式子内親王の詩を思い出した。

「 玉の緒よ 絶えなば絶えね ながらへば 忍ぶることの 弱りもぞする 」

恋心の激情に、秘めきれなくなりそうで・・・不安に苛まれる心情だが、余りにも哀切すぎる。

哀しい恋心なら短い人生でも構わないとでも言うのであろう。

そうであれば、恋に心痛めるより、鯉でも見ながら心落ち着かせる方がイイかもね。

『 庭師に弟子入りしたく候 』

2011-10-08 華3369

見事な庭師の作業を暫し見入っていた。

以前、ふと思った事があった。庭師に弟子入りしようかと・・・

思う以上の労働だし、此の歳になると立っても座っても ”めまい” が起こる。

どう考えても、私には不向きなようで、馬鹿な考えを興す事は諦めた。

『 庭の掃除より、心の掃除を 』

2011-10-08 華3370

炎天下のなか、落葉を掃き清めているお年寄りの姿に目がとまる。

庭園に茶室・・・見苦しさが禁物の静寂の世界。

”掃き清める” 、此の言葉の大切さを忘れていたことに改めて気づいた。

四苦八苦の世の中で、あれも欲しい・これも欲しいと欲ばかり。

ゴミやチリまでも現代人は欲しがるようになったのであろうか?

”掃き、清める” 事を一考しないでは居れない。

煩悩を掃き清め、心に清々しさを取り戻せば、この世は極楽となる事であろう。

黙々と ”掃き清める” 作業に精を出す姿を見ながら、僅かばかりの反省心が、。

作務は解悟への第一歩とは、「こんなもんなの~?」



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category: 雑感

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緑雨の季節 


『 旅 立 ち 』

2011-10-08 華3364

Mr、Chldren の 「旅立ちの詩」 に、こんな一言が・・・

 さぁ どこかへ行こう? また どこかで出会えるね とりあえず  ”さようなら” 

毎年の事、この時期になればタンポポの旅立ちにお目に掛る事が出来る。

いつも思う事だが、動物にしても植物にしても、時期が来れば親は子別れする。

どうしたものか? 子別れ出来ない生き物がいるようだ。

何時まで経っても乳離れ出来ない、出来の悪い子供(いやいや、大人だがね~)。

方向の間違った愛情を何時までも抱える、子離れできない気持ちの悪いママ。

人間の感情って、複雑怪奇なもんだね~!!

”獅子千尋の谷に・・・” って、事など他人事と思っているのかね~?

『 雨 上 が り に 』

2011-10-08 華3359

一雨振った後の清々しい空気を吸いに、幕張海浜公園に散歩に出かけた。

一時間ばかりペット同伴の散歩で、出会った人は僅か二組。

広大な緑地公園なのに、なんて人影が無いのだろうか?

答えは、恐らく駐車料金がネックにあるのだろうか? ¥600 は高いと思いませんか?

『 枯れた花のアーチ 』

2011-10-08 華3360

花の名前は知らないが、枯れた花のアーチではね~、何とも色気不足だね。

この近くには、動物を形取った花のオブジェがあるが、どれも寂しい。

『 ”ハトさんが、いるよ~!!” の声に 』

2011-10-08 華3362

叢に潜む虫でも探しているのか? ハトが戯れている。

”ハトさんが、いるよ~” の声に、チワワが全速力で追いかけるが・・・ハトにからかわれているのか? 

”ここまで、おいで~!!” と、ハトの声が聞えそうだ。

『 緑 雨 』

2011-10-08 華3337

雨上がりの青梅の実が涼を誘う。

降る小糠雨は緑雨とでも言えば良いのか?

”フグ” で有名な下関には、「南風泊」 というフグ専門の魚市場がある。

梅雨の初めに降る風を ”黒南風” と言うが、西日本に伝わる言い方だそうだ。

緑風と云えば、青葉の上を吹き渡っていく、爽やかな風。

青葉の頃に降る雨は、果たして ”緑雨” とでも言えばよいのか?

風にも、雨にも、見えはしないが確かに色があるように思える。

『 な思ひと 君は言へども 逢はむ時

        何時と知りてか わが恋ひずあらむ 』
 
 依羅娘子(句)

タンポポの旅立ちを見て、ふと思った。

飛び立つ胞子は、”心配するな” とでも言いたいのか?

次に君に逢えるのは何時なのか?

また来年には会えるのだが、それまでが寂しさと不安が心を占める。

タンポポの旅立ちに思う心って、「こんなもんなの~?」


category: 雑感

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疲れた時には・・・ 

『 紅梅に 琴の音きほふ 根岸かな 』  正岡子規(句)

2011-10-08 華3181
                   包装紙に描かれた、古き良き時代の根岸の風景

台東区根岸に古くからの銘菓がある。

竹隆庵 「岡埜」 の、根岸の里 ”こゞめ大福” である。

ある人よりの頂き物だが、以前から名前だけは知っていた。

『 開けてビックリ、竹皮の菓子箱 』

2011-10-08 華3179

さすがに銘菓となれば、容器も違うね~。 こんなお菓子は買っては食べない代物だ。

いつも買っている大福は、スーパーで三個入り ¥200。

「最高のものを知らなければ、何事も程度は判らない」 と言うが、余りにも高級すぎる。

『 古き良き時代を想い出す 』

2011-10-08 華3180

根岸という街は、寛永の頃から音無川の清き流れに惠を受けてきた庶民の街だった。

ことに根岸の里は、御行の松の雄大な枝振りの姿と共に、文人墨客、豪商の別荘地でもあった。

清流は農業用水として引き込まれ、上質米が収穫された。

庶民に大変好まれた ”こゞめ餅” に、川のほとりの茶屋が餡を包み込んだ大福を ”こゞめ大福” として販売。

名前の由来は、上野輪王寺宮・公弁法親王に献上。親王が命名されたと言われる。

『 疲労回復には、甘いお菓子が一番 』

2011-10-08 華3367

歳の所為なのか? 最近気温も高くなり疲れも出やすくなったようだ。

今朝は、以前から気になっていた盆栽(真柏)や小さな鉢植え(紅葉・紫式部・枝垂れ桜など)の植え替え。

真柏は二年前に子供達からの贈り物だったが、ずぶの素人の私が全く手を付けなかったので、変な形に!!

植え替えたものの、はたして真柏の先行きが危ぶまれそうだ。

朝からの馴れない作業に、疲れが出た。

こんな時には、”甘いお菓子が一番” 。

『 しばらくは、仏様に・・・』

2011-10-08 華3178

同時に 「春ごよみ」 という干菓子も頂いた。

日持ちが良いので、暫くの間、ご仏前のお備えに・・・

『 何 事 に も ・・・』

何事に於いても、良い・悪い、美味い・不味い、面白い・面白くない・・・

等など、必ず言葉は対になっている事が多い。

馴れない作業での疲れにも、面白くも無く気持ちが晴れない事もあるが、

今朝の心地よい疲れって、「こんなもんなの~?」



category: 雑感

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干潟に憩う 

『 ラムサール条約 』

2011-10-08 華3355
        カット写真、干潟の向こうには「野鳥観察館」が見える。

習志野市には、ラムサール条約に加盟している湿地帯 「谷津干潟」 がある。

自宅から徒歩10分の近場で、天気の良い日は時折散歩がてらに出掛ける処だ。

『ラムサール条約』  特に水鳥の生息地として国際的に重要な湿地で、

其処に生息・生育する動植物の保全と、適正な利用を目的とした条約。

湿地は、干拓や埋め立て開発の対象と成り易いが、破壊をくい止める必要性が広く認識されている。

『 自然観察のための木道 』

2011-10-08 華3358

最近の水族館でしばしばお目に掛るものに、”ビオトープ” がある。

人工的に水辺を再現した物で、魚や昆虫が観察出来るものだ。

此処 「谷津干潟」 では、自然環境の中で、有機的に結びついた生物群に恵まれ、

生物社会の生息空間が楽しめるようになっている。

水鳥の生息地には、餌となる生物や環境が大切で、繁殖地として適正でなくてはならない。

自然生態系を維持する必要があり、此処に設えられた木道では、

子供達の環境教育として、水草や水生植物をはじめ、小さな魚やカエル・トンボなどの昆虫観測も出来る。

『 湿地に設えられた観測場所 』

2011-10-08 華3356

一周3㎞程の散策小路の所々には、水鳥の観測所があり、土日の良く晴れた日には、

観察用スコープを構える人が多く、カメラ (500mm前後のレンズを装着した) を担いで歩く人も多い。

谷津干潟には、各種の鷺・カルガモ・千鳥・シギをはじめ、多くの水鳥が羽を休める。

「 モノレールじゃ~ないよ 」

湿地には所々に杭が立っている。

ユリカモメ (と言っても、電車じゃないよ) の群れが飛んで来るが、

やがて我先にと杭取り合戦が始まる。まるで椅子取りゲームの様相は見ものである。

江戸時代に大流行した女性の髪形に、”鷗髱(かもめづと)” があり、

翼を広げ悠々と飛ぶユリカモメの姿に似ていると名付けられた髪型だ。

『 芸術なのか?悪戯なのか? 』

2011-10-08 華3354

観察館から遠く離れた湿地帯の一角に、石を積み上げ杭を立て、ガラクタが帽子のように。

此れって、一体芸術なの? それとも監視人も見過ごしている悪戯なのであろうか?

純粋に自然観測を楽しむ子供達がいると思えば、

一方では道徳心なき不届き者の悪戯芸術作品が・・・

『 バラ園も、あるでよ~ 』

2011-10-08 華3357

谷津干潟の北側の一角に、「谷津バラ園」 がある。

そして此処は、読売巨人軍発祥の地でもある。

薔薇が咲く時期では無かったが、広々とした芝生公園があり、犬の散歩には ”モッテコイ” の場所だ。

桐の木には暑苦しい深紅色の花がこれ見よがしに・・・

『 桐の木の花 紫に咲きたるは なほをかしきに 』

清少納言は、「枕草子」で、

桐の花が紫に咲いているのは、情趣があるもので、少々葉の大きさが気になるが、

中国では、名高い鳥 ”鳳凰” が選らんでこの木にだけ棲むと言のは、格別な気持ちがする・・・と。

昔、琴の名手・宮城音弥氏が、最高のお琴と褒めた玉目の琴の撮影をし、音色を楽しんだ事があった。

紫色に垂れさがる桐の木の花を見ながら、昔日の想いに少しばかり耽っていた。

花を見ながらの想い出って、「こんなもんなの~?」




category: 雑感

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地図を楽しむ・・・ 

『 伊能忠敬測量、日本地図 』

2011-10-08 華3363
                                       東京国立博物館所蔵

伊能忠敬記念館にある、忠敬作成の日本地図の復刻図。

如何にしてこの様な正確無比な日本地図は作成されたのか?

伊能忠敬が測量に使用した道具は、鉄鎖・間縄・杖先磁石・量程車、

そして高度を測量する為の、中象限儀・半円方位盤 などであった。

正確な地図の測量方法は、主に正確な ”1歩” の歩幅を積み重ねるものであった。

「三角測量」で正確な地図の作製は可能だが、近年は航空機を使用した空中測量が主となったようだ。

『 世界最古 プトレマイオスの世界地図 』

putore_08[1]

プトレマイオスの天文書 ”アルマゲドン” が世界最古の世界地図と言われるが、日本国は何処に?

よくよく観れば、何となく其れらしき世界地図である。

プトレマイオスはローマ帝国の天文・地理学者で、世界最初のアトラスと言われる。

『 仏教が説く、南瞻部洲之図 』

nansen1L[1]

仏教では、この世は須弥山を天上とし、この世は南瞻部洲と呼ばれる空間で構成されている。

『具舎論』では、南瞻部洲は逆三角形(インドの形状からなのか)の形状をしたもので。

玄奘三蔵の辿った道程や、阿耨達池などが描かれている。

南瞻部洲大八洲日本国は、武蔵野國・・・東京都〇〇区 なんて言うが、

地図の右端に日本国が描かれている。

『 航海時代の古地図 』

2011-10-08 華3275

世界が航海時代に入ると、地図も徐々に正確なものとなるが、現在では考えられない程の曖昧さである。

正確な海図と舵輪が無ければ安全な航海は出来ないだろうが、当時では其れも空しく

座礁や難破の連続だったのであろうか。そして着いた処は何と云う国だろうか?

コロンブスの船が沈没したのも、正確な海図が無かった所為かしら・・・

『 国宝、忠敬の測量器具 』

2011-10-08 華3273

伊能忠敬が地図製作の為に歩いた距離と年数は、想像を絶するものであった。

55歳から測量を始め、72歳までの17年間に及び、1821年に 「大日本沿海輿地全国図」 が完成。

伊能忠敬が後世に残したものは、200点を超す器具・機材等の国宝である。

貴重な遺留品を眺めながら、人々が地図作成にどれだけの努力と時間を割いた事であろうか?

伊能忠敬記念館では古人の熱意に思いを馳せた一時間であった。

地図を楽しむって、「こんなもんなの~?」



category: 雑感

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美しい ”姿” って・・・ 

夏が来れば 思い出す はるかな尾瀬 遠い空

2011-10-08 華3350

トンボ捕りをしているのか? メダカを探しているのか?

初夏の日差しを浴びて、小さな男の子が木道を歩いていた。

この季節になると、大学生の頃、尾瀬を散策した事が想い出される。

一昨年前から、家族で ”尾瀬に行きたいね~” と言いつつ今日まで叶わないでいる。

『 目には青葉・・・』

2011-10-08 華3348

「 目には青葉 山ホトトギス 初鰹 」 山口素堂(句)

誰でもが知っている有名な句がある。

新緑に色を染めながら伸びゆく、変化に富んだ森をそぞろ歩く夫婦の姿。

初夏の日差しを浴びてそよぐ若葉の下、若い夫婦は子供の事を話しているのか?

『 忍び音に、心も解き放たれて・・・』

2011-10-08 華3346

卯の花の 匂う垣根に ホトトギス早も来 啼きて 忍び音もらす 夏は来ぬ

幹の中が空洞になっている事から、”空木” という名が付いた ”卯の花”。

ホトトギスの初音に、心の中が空っぽになり、午睡を楽しんでいるのであろうか?

こぼれるばかりに白く咲く卯の花は、見ることはなかったが、

万葉以前から親しまれ、夏の到来を告げる卯の花。

『 新茶を楽しむ・・・』

2011-10-08 華3347

茶をたてる和服姿の女性に、そして其れを運ぶ男性に、”姿” の大切さを見る。

「 立ちしなふ 君が須我多(姿)を 忘れずば 

         世の限りにや 恋ひわたりなむ 」
  万葉集

美しき ”姿” を見て思い出すのは、『竹取物語』 の "かぐや姫"。

作者は、かぐや姫の姿を 「麗しき姿」 と表現している。

「 刀は武士の魂。鏡は女の魂 」 とも言われる。

風采や態度で、美しい ”姿” にもなり、また印象悪くもなる。

思わず我が身を振り返る始末であった。

『 原始の森を歩く 』

2011-10-08 華3351

鬱蒼とした森に、幹回りが十メートルもあろうか? 蒼古な巨木が建ち並ぶ ”原始の森”?

思わず ”そう” 思いたくなるほどの巨木が・・・

そよ風に吹かれながら、緑深い木々の間を散策すれば、心も洗われる。

春、百花繚乱あり

夏、涼風に吹かれて

秋、望月に遊び

冬、雪あり

春夏秋冬、四季折々が楽しめる日本であるが、

自然の恵みという事を忘れてはならない。

寒い・暑いとあれこれ言ったり、不平不満を嘆いたりせず、

「いつも人間の好都合」 と感謝の心こそ、人が生きる上で大切な事なのだろう。

大自然の惠の中、そして茶を嗜む姿に思う事って、「こんなもんなの~?」




category: 雑感

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縄文のフォークロア 


『 龍角寺古墳群 』

2011-10-08 華3341

印旛沼を見下ろす小高い丘陵に、”龍角寺古墳群” がある。

印旛沼に龍が棲んでいると言う龍神伝説は、古くから印旛沼周辺には沢山ある。

空より蛇三つに切りて落ちたところ、腹は龍腹寺に頭は龍角寺に、そして尾が龍尾寺にと、

夫々落ちた部分の名を付けた寺を建立したと言う。

森林浴を兼ねて、疎水百選に選ばれている印旛沼近くの古墳群を訪ね歩いてみた。

『 埴輪で飾られた101号古墳 』

2011-10-08 華3340

龍角寺には、龍が女に化けてここに来たと言う、”龍女化来” 伝説が言い伝えられているが、

足を延ばす時間が無く、古墳群の一帯を散策した。

一番大きく感じられた、101号古墳では沢山の埴輪が安置され、往時が偲ばれる。

『 近代木造建築の礎、竪穴住居 』

2011-10-08 華3343

地面に縦穴を掘り、土台となる木の柱を立て、柱と柱の間に横木を渡し、

上から、藁や茅で屋根を葺いただけの簡単な円錐形の建物だが・・・

通気性は高く、湿気も少なく、夏涼しく冬暖かい、理想の建築方法であった。

床には樹皮や動物の毛皮などが敷かれていたと考えられている。

当初は親族などで構成され数軒であった住居も、やがては集落化が進み、

住居の中央には広場が設けられ、祭りや獲物の解体場所であったらしい。

『 貫頭衣を纏い、粥を食す 』

2011-10-08 華3344

植物繊維の編布(アンギン)は、染織され刺繍も施していたようだ。

縦長の日本の国土では、地方地方によっては様々な民族衣装もあった事だろうか?

採集漁労民であった縄文人の食生活は、思った以上に豊かであった。意外にもワインをも飲んでいたようだ。

四季折々に又地方によっても、想像以上な魚介類や肉を常食としたらしい。

塩は殆ど使わず、砂糖も無く、味は薄味で、味覚は未発達と言われる。

とは言え、純自然食品の豊かな味わいを楽しみ、現代人よりは遥かに鋭敏な味覚の持ち主か。

土器も発達し、粥やクッキーも作っていたのか?

化学調味料に慣れ親しみ、ジャンクフードで微妙な感覚は無くなった現代人とは大違い。

『 石棺と土偶 』

2011-10-08 華3342

石棺の中や周りにで、土偶が見られる。

制作目的も使用方法も、良くは判らないとも言われるが、

土偶の殆どは妊娠した女性像で地母神像だと言われている。

土偶の一部では、バラバラに壊す目的と思われる節がある。離れた場所からの出土が多い。

食物の女神をバラバラに切り殺すと、その各部分から、

また新たな作物が芽を出すと言う作物起源神話だろうとも言われる。

以前、”縄文のヴィーナス” と言われる土偶を博物館で観たことがあった。

造形的にも大変美しく、女神は山の神・海の神にも例えられる。

古墳はその地方の首長などの墓であろうが、

亡き人を大切に葬る事に意味を感じていたのであろう。

そして大人だけでなく、子どもも小さな甕を創り、丁寧に葬っていたようだ。

動物を家畜化し、犬も飼っていたようだ。犬や家畜の墓さえ見る事がある。

『 縄文人に学べ 』

少年時代の夢を追って、縄文人になった人がいる。山崎三四造氏だ。

たった一人で住居作りの材料を集め造営。

石器を作り火を起こし、自然の中での生活を楽しんでいる人だ。

自然破壊や環境汚染が進んだ現在、文明は何時の日か破滅の憂き目を見る事となるのか。

コンクリート・ジャングルを離れ、自然回帰し縄文人として暮らしてみようか。

そんな気持ちにもなりそうな、縄文のフォークロアである。

縄文人に学ぶ事って、「こんなもんなの~?」




category: 雑感

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近づく夏の日 

 夏も近づく 八十八夜 野にも山にも若葉が茂る 

2011-10-08 華3329

あれに見えるは 水遊びじゃ~ないか

今日五月五日は立夏である。そして八十八夜の新茶摘みのシーズンを迎えた。

爽やかな太陽の下、近くの香澄公園に散歩に出かければ、遠くで子供達の騒ぐ黄色い声が耳に飛び込んだ。

急ぎ足で近づいてみれば、先日までは張ってなかった池の水が子供達の遊び相手。

行儀よく一か所に揃えた履物が目に止まり、一枚パチリと・・・

『 ザ リ ガ ニ 捕 り 』

2011-10-08 華3331

七人の女の子が、水溜りに何やら差し込んでは引き上げていた。

公園には大小の石で囲んだ疎水路が設えてある。

其の一か所に水溜りがあり、話を聞けば此処にはザリガニが棲んでいるらしい。

糸の先に餌のスルメイカが括り付けられ、ザリガニが引き上げられるが、思うように手に取れないでいた。

『 ターザン・スロープに興じる 』

2011-10-08 華3332

さほど長くないターザン・スロープでは小学生高学年の男の子と女の子が戯れている。

最近の子供達は親の躾が良いのか? 仲良く順番を守っていた。

『 童心に還り・・・』

2011-10-08 華3330

公園の一角にキャンプ場があり、晴れた休みの日にはバーベキューを楽しむ若者で賑わいをみせる。

子どもの頃を想い出してか、男性二人がシャボン玉遊びに耽っている。

光の加減でシャボン玉が良く見えないが、大きな球が2・30球ばかり・・・

『 暑さにもめげず・・・』

2011-10-08 華3338

二面あるテニスコートでは、この暑さにもめげずに汗を拭き拭きテニスを楽しむ。

昔、と云っても40年以上前の事だが、私もテニスを楽しんだものだった。

真夏の暑さの中、若かったせいか何時間もテニスを続ける事が出来た。

今振り返れば、若いって本当にイイもので遊びも仕事も若さの成せる業って事か。

汗だくだくになり、飲めない私でも缶ビールを1・2缶で喉を潤した記憶がある。

『 金色に輝いて・・・』

春の陽気にはパステルカラーの服装が良く似合った。

昔から夏の到来を人々は、真白いシャツに感じたことであろう。

春の淡い彩に比べて、眩しい夏の日差しに木々も緑を深くする。

夏程何もかもが、活き活きとして鮮やかな季節は無いだろう。

田圃に水が張られていないが、この時期なれば農作業が忙しくなり、

一方では四月に入社した若者が罹る病に ”五月病”なるものがある。

急な温度上昇に気分も憂鬱になる季節だが、

光あふれ爽やかな風を感じ、輝く日々を送りたいと思う昨今だ。

『 旧暦 五月五日は・・・』

五月最初の午の日、端は初めを表わし端午は五月五日となる。

”五” が重なるから、「重五」 と云い、「端午の節句」「菖蒲の節句」 とも言われる。

香澄公園にも菖蒲の池があるが、未だ水も張られていない。菖蒲は蕾すら見せてはイナイ!!

明治になり新暦を採用した為に、季節が一か月ずれ込んだ所為だ。

旧暦五月五日になれば菖蒲も咲く。当然 「菖蒲湯」 も楽しめる。

平安時代には天皇に菖蒲を献上し、家臣は薬玉を賜り邪気を祓った。

時代が下り、男の子の武運長久を祈願する行事へと移り変わり、武家の節句となった。

鯉のぼりや武者人形を飾り、菖蒲湯に入ったりチマキや柏餅を食べ祝うようになった。

北海道では、ようやく桜が楽しめるようになったと報道があった。

夏の到来は程遠いが、待ち行く人々の服装も明るくなった事だろう。

今冬では好天が続き気温も上がり、アウトドアーを楽しみ季節となった。

子供達の立てる水音に夏を感じながらの午後の一時を楽しんだ。

一か月先の旧暦五月に心馳せるって、「こんなもんなの~?」



category: 雑感

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昔日に想いを馳せる 

移築された  『 学習院初等科講堂 』

2011-10-08 華3324

久し振りに成田市 ”房総のむら” にペットの ”らら” を連れて散歩した。

広々とした芝生の公園に、移築された 「学習院初等科講堂」 を訪ねてみれば、

二年前は、塗られたペンキも剥げ堕ち、木製の手すりはいたる所が壊れていたが、

再塗装され修復を終えた講堂は、其の堂々とした姿を誇らしげに見せつける。

『 ”青色”は、時の流れなのか 』

2011-10-08 華3328

周り廊下の柱も手すりも、青空を思わせる色に彩色され、木々の緑と美しいコントラストをみせる。

日本の青の染色は、露草の花の汁を布に擦り付けたものが原点らしい。

万葉の森を偲ばせる此の森には、”青” がとても良く似合う。

欄干の色、”鴨頭草(つきくさ)” は、「移ろう」・「消えぬ」 の枕詞。

昔、威風堂々とした此の講堂も、移り行く時の流れには抗ぜず、今となっては遺構となるのか。

”青” 色が、其の事を物語っているかのように・・・

『 色 彩 の 妙 』

2011-10-08 華3325

先の東日本大震災では、多くのスポーツセンターの天井が抜け落ちた。

経済最優先で、吊り天井にしてある事が原因と言う。

昔の構造物は木造で各部材は大きく太く、重厚で頑丈なので天井が抜け落ちる事はない。

黒漆の様な光沢を放つ装飾柱と漆喰の白とが織りなす色彩の妙を楽しむ事ができ、

其の向こうに見える萌黄色の木々は目に眩しい。

『 さすがに学習院!!』

2011-10-08 華3327

70年前、私が通った小学校にも講堂はあったが、舞台を備えた広々とした安普請の建物であった。

舞台には学校の紋を刺繍した垂れ幕と真紅の引幕が袖にくくってあり、

床も木製で設えが悪いのか少々波打っていて、当然の事、天井も単調な作りで、豪華な建物ではなかった。

『 印象的な臙脂のカーテン 』

2011-10-08 華3326

差し込む光に透ける臙脂のカーテンが、とても印象的だ。

子供達が学ぶ勉強机も豪華な物である。さながら教会のテーブルの如し。

光を受け、鈍く光る机が過去へと誘っているかのように。

講堂の内部の落ち着いた色調と、外周りの青と漆喰の白とが、モダンさを醸し出している。

近くには桜の木々が並木を構成するが、今は満開を楽しむには遅すぎる。

花吹雪を見せる薄桃色の花弁とは違い、濃い紅色の桜蕊があだっぽい色香を感じさせるも、

満開のサクラも花吹雪となり、花筏を楽しませるが、やがては葉桜となり夏の到来を感じる事となる。

春から夏へと移り行く長閑な公園の一時を楽しみ、

慌ただしい世の中の騒音からも離れ、六根清浄な気持ちになれる散歩で気分転換。

「学習院初等科講堂」 で、暫く子供の頃の記憶を辿ってみた。

昔日に思いを馳せ、古きを訪ねる楽しみって、「こんなもんなの~?」



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自然に学ぶ・・・ 

『 緑に心癒されて・・・』

2011-10-08 華3315

桜が散り、野山の木々が一斉に萌黄色に染まる季節となった。

様々な緑のグラデーションが装う姿には、美しいとだけの賛辞では物足りない程だ。

緑が与えるイメージは、生命力だけではなく、何故か母親の深い愛情すら感じ安堵感を覚える。

公園を散歩すれば、力強い常緑の松をはじめ、黄緑色の竹林を楽しむ事が出来る。

ストレス社会に翻弄される日々を忘れ、休息や慰安を求めて木々の間をそぞろ歩く楽しみは格別である。

『 天高い紺碧のブルーの印象 』

2011-10-08 華3317

公園の一角に、ステンレスで創られたモニュメントが爽やかな空へと伸びていた。

”ブルー” な気持ちと云えば、気持ちがふさぎ込むと言う意味だが、

”晴天 ”とか ”青春” と云えば、孤独感なんて何処にも感じられない。

寂しさや孤独感から心は解き放たれ、清々しい気持ちにさせてくれる ”青色”。

紺色や青色や白色は、清潔感とか潔白をイメージさせる。

紺色のセーラー服に数本の白線が入った、女子高生の姿は今では遠い過去への追憶となったが・・・

『 色名の多さは、文化度のバロメーター 』

2011-10-08 華3318

昨夜から雨が降り続いていたが、小糠雨・霧雨・菜種雨と多くに呼び名があるのは、雨が多い日本の特徴か。

日本人の自然に対する感性の豊かさで、四季折々の豊かな彩に心の機微を表現する言葉も多い。

高貴な色、雅な色、そして侘び寂びの色、色一つを見ても究極の文化さえ感じる。

『 自然に気づき、学ぶ 』

2011-10-08 華3322

色彩の世界は驚く程様々な顔を持っている。自然が作り出す色彩の多さには驚かされる。

春になれば、梅や桜の可憐な色に、野山を歩けば樹木の萌黄色が。

夏の緑色から秋にかけては、紅葉と果実の色の多さに、そして冬になれば落葉樹の枯葉色が。

素晴らしい色彩環境の中で暮らせる日々に、感謝すると同時に、

此の自然が織りなす豊かな色彩に先ずは気付く事が大切なのだ。

『 水の循環は海から 』

2011-10-08 華3316

地球は、水・土そして多くの植物を衣を付けた大地なのだ。

昔の人は考えた、万物は 「地・水・火・風」 この四大から成り立っていると。

植物は食糧の提供者の筈であるが、人間は勝手極まる考えをする。

散歩しながら大地を見れば、痛めつけたり引っこ抜いたりした形跡を目にするのもしばしば。

森林破壊を繰り返し、自然動物の生息地を人間は我が物顔で伐採してきた。

地球温暖化を叫び、動物が田畑を荒らすと身勝手な殺戮を繰り返す。

自然からの惠がどれ程大切な物かを熟慮し、反省と後悔の念を持つ事の重要性を・・・

科学の進歩が豊かさを享受させている事は否めないが、

”本当の豊かさ” って何だろう?と今一度考え直す必要があると思う。

宮沢賢治は、『銀河鉄道の夜』 で訴求する。

「ほんとうの幸せって、何だろう」 と。

『草枕』 の一言を借りれば、「散歩道で考えた、豊かさと幸せの事を・・・」

自然に学ぶ事って、「こんなもんなの~?」


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