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こんなもんなの~?

趣味の写真を添えて、日々の『戯言』を・・・

人形の家 


 顔もみたくないほど あなたに嫌われるなんて

      とてもしんじられない
     弘田三枝子(歌)

2011-10-08 華3532

随分昔に流行した人形に 「ダッコちゃん」 があった。

ゴム製で口から息を吹き込み膨らませ、腕や足に抱き着かせ街を闊歩する女の子がいた。

大きな眼に紅色の口、とても可愛く愛嬌たっぷりの人形だった。

此のころには、フラフープなるものも大流行した。腰をくねくねさせ回すあのプラ製の輪が。

価格も安く誰でも手に出来た 「ダッコちゃん」 だが、

さぁ~、どうでしょうか? 人種差別に当たるのか?

『 子育ては母さん、ちょっと昔は子沢山 』

2011-10-08 華3535

創作人形師:福田朝子さんの作品 「昔の”家族”」 にしばし足を止めた。

女性は子供を産めば、誰しもが母になります。

老いた母、若い母、厳しくも優しかった母。

いかなる状況であれ、子供を守り育てる強さは何ものにも替えがたい ”力” です。

彼女の創作人形は、そうした母の持つ内面に秘められた力強さを如何なく表現している。

親子の絆が希薄になった現在だからこそ、観る人に感動を与え、

時には故人に涙を流し、時には親孝行の念を強くしてくれる。

そんな説明文にしみじみと感じ入って眺めていた。

碧い眼をしたお人形は・・・

2011-10-08 華3531

”French Bisque Doll” のであろうか?

ヨーロッパにおける人形の歴史を遡ると、14~15世紀にかけて、

時のフランス王妃から、イギリスやスペインの王妃にフランス宮廷衣装を着せた

等身大の人形が贈呈され記録がある。 親善大使のような目的だったのか?

ファッション・ドールからべべ・ドールへの誕生に大きく影響を及ぼしたのは、

1855年 パリ万博に出展された、日本の 「市松人形」 だった。

アンティーク・ドールの中でも、特に人気が高いのが、

頭や手足の素材が、二度焼きされた素焼きの磁気製の、ビスク・ドールである。

ビスクとは、フランス語の ”ビスキュイ biscuit” を語源とし、

お菓子のビスケットの ”二度焼き” を意味する。

『 スリー・フェイスは、阿修羅像? 』

2011-10-08 華3534

オッパイを飲み満足顔で居眠りしているのか?

しかし、この幼子の顔には隠された一面が秘められている。

正面の顔以外はフードで隠され見えはしないが、フードの下にはもう二つの顔が隠れている。

首を動かす事で、其の表情を見ることが出来るが、かの有名な阿修羅像の恐ろしい顔なのか?

いやいや、笑っている顔と泣いている顔が・・・

あれはかりそめの恋 心のたわむれだなんて

     なぜか思いたくない
     弘田三枝子(歌)

2011-10-08 華3533

『ピエロ』・・・広辞苑には、「人をおかしがらせるように振る舞う人。物笑いになる人」 とある。

涙は流さないでおくれ 悲しいけど美しいのが LIFE 暗い未来はもう描かない

上木彩矢 (歌) ではないが、

仲の良い恋人の関係であれば、”君が笑ってくれるから、楽しいの”

仲違い、行き違いがあれば、”あなたの嘘が悲しいの”

嘘に嘘を重ね、”嘘なんか一つもつかないよ”

別れた彼女への最後の手紙なのか?

騙した貴女が悪いのか? 騙された私がバカなのか? どうせ私は、おどけ者!!

人形を見る楽しみって、「こんなもんなの~」





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category: 雑感

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散る花びらに・・・ 

『 花びらは散る。花は散らない 』

2011-10-08 華3542

いつも散歩する公園に、大きな二本のアメリカ・デイゴの木が立っている。

数日前から真紅の花が今を盛りに咲いていた。

今は沢山の花びらが其の役目を終え、地上へと落花している。

落花を眺めて、此れも ”諸行無常” なのかと。

来年の今頃には、真っ赤な花びらがまた目を楽しませてくれる事だろう。

せめて落花を記念に一枚ぐらいはと・・・

散る花びらに、可哀そうに・不憫にと少なからずの同情を覚え、

いつも飲んでるコーヒー・コップに入れて。

花びらは散っても、花は死なないのだから、来年もまた写そうかと思いながら。

別れの ”かなし” って、「こんなもんなの~?」



category: 雑感

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明日に向かって 

『 明るい未来は、貴方の胸の内に 』

2011-10-08 華3527

暗い所から、明るい所へ・・・何となく人生の歩みを感じた。

悲しく辛い人生を歩むのも、明るく楽しい人生を歩むのも、其れは胸の内に秘めた思いからか?

人は身の丈を超す希望や夢を持つようだ。

身の回りにある、小さな幸せに感動する事が大切なのだ。

雨の中を歩いて来たのか? それとも暑い日差しを避けて歩いているのか?

何はともあれ、明るい未来へと歩を進めて欲しいものだ。

明暗のある世界に、ふとこんな事を考えた。

『 父 親 の 忠 告 』

2011-10-08 華3529

私の父親は、29年前に他界した。

その父親が常に口にした言葉が、頭を過る。

「貧乏をするのも、病気になるのも、其れはお前の趣味だから」 と。

32歳の時、莫大な借金を抱え途方に暮れた日々、

不摂生が祟り糖尿病を患い、今では薬が手放せない状態に、

そして13年前には、極端なストレスを抱え胃癌を誘発、摘出手術。

振り返れば、どれも此れも自ら蒔いた種で、思えば、私の趣味だったのか?

『 人は、働く為に生かされている 』

2011-10-08 華3528

混沌とした現代世情なのか?

フリーターやアルバイトで人生を無駄に生きている人が多過ぎる。

それは良いとしても、善良なる市民や行政の迷惑をも顧みず、

生活保護や失業保険に甘んじながら、人生を無駄に生きている人を目にもする。

何事をも人の所為、社会の所為にし、ぐうたらな日々を送る程悲しいものはナイ。

百丈禅師は、「一日作さざれば、一日喰わず」 と言う。

幸福な人々は、何かを生産している。

退屈な人々は、やたらと消費して何も生産しない。

仕事に貴賤なしとは、昔より言われている。

好き嫌いを言わず、先ずは出来る事から手を付けるのが、懸命な人の生き方であろう。

『 時の流れは、老いへの道程 』

2011-10-08 華3526

「歳月、人を待たず」 とも、「光陰矢のごとし」 とも言われる。

無駄に過ごす人生なんて、何処にも無い筈だ。

明かりの先には、必ず夢も希望も叶えてくれる未来がある。

豊かになり明るく楽しい人生を送るのも、其れは自分次第で、ある種の趣味なのか?

恥かしい事は、人間が人間らしく生きなかった事だ。

歳にはかかわらず、”ボーイズ ビー アンビシャス” だ!!

働く歓びって、「こんなもんなの~?」



category: 雑感

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賑わう街 

『 さてさて、どちらが美味しいのか? 』

2011-10-08 華3522

夏至を前にしての暑い日の横浜。

山下公園を歩けば、カメラを向けたくなる光景によく出会う。

パラソルを差し、日焼け防止の為か白装束で、アイスクリームを売るご婦人を視た。

小性が幼少の頃は、鉄道と云えば蒸気機関車が黙々と煤煙を散らし疾走した時代だった。

暑くて窓を開ければ、目には煤煙が遠慮なく入り涙にむせぶ。

大きな駅に列車が滑り込むと、”アイスクリ~ン、アイスクリ~ン” の掛け声に心がときめいた。

今ではアイスクリームも高級になったが、何時でも食べられる時代で、心はときめかない。

そんな昔の事を想い出しながら、一枚パチリと・・・さて、美味しく感じるのは今か昔なのか?

『 涼を呼ぶ、大噴水 』

2011-10-08 華3523

年々暑くなる日本列島。

涼を求めて街頭では ”ミスト” が大繁盛している。

小さな子供達が、水遊びがしたくて水面を叩いているが、ミストでは遊べないよね。

スイカを食べ、アイスクリームに舌鼓を打ちながらの水遊びが、夏の風情にはピッタリか?

『 港でのロケ風景が 』

2011-10-08 華3524

指を差しながら、しきりに大声で何か?説明している様子だが、遠くて話の内容は判らない。

俳優なのか?タレントなのか? 聞けば、”声優” との事らしい。

取材用のビデオカメラも、小さくなったものだ。

30年前の事だが、私が企業のコマーシャル・ビデオを創る時は其れはそれは大きなカメラだった。

技術の進歩には、目を疑うばかりの日進月歩がある。 

『 ガス灯が、懐かしい 』

2011-10-08 華3525

銀座の柳とガス灯は、誰でもが知るほど有名だが、

横浜で見るガス灯は、また一味違った趣を感じる。

石造りのホテルにガス灯。 思わずシャッターを押すよね~。

『 灯 点 し 頃 』

LEDの普及のお蔭で、明かり文化も大きく変わった。

夕闇に灯を点すガス灯の習慣は、すっかり忘れ去られた現在だが、「灯点す」という言葉は残っている。

暖かい色調のガス灯の炎に照らされるホテルの石壁は、さぞかし美しいであろう。

都会では明るすぎる程の夜景で、星空も見えなくなった。

ガス灯の元、一組の親子連れが通る。

見ず知らずの人だが、暮らしの中に幸せの明かりを点して欲しいと、思わずにはおられない。

ガス灯に、”愛おしさ” を覚えるって、「こんなもんなの~?」




category: 雑感

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ハートに、ロック・オン 

『 願いは、叶うのか? 』

2011-10-08 華3517

此処は横浜・大さん橋。

その一角に、金網のフェンスに沢山の鍵がぶら下がっている。

女子高校生が、ワイワイ・ガヤガヤ騒いでいた。

想像するに、どうやら ”貴方と私が離れない様に・・・” との願いでも賭けているように見える。

それとも、”私の心は貴方にロック・オン” とでも言っているのか?

恋人岬とか、愛を誓う鐘とか、色々と愛情表現の仕方があるうようで、微笑ましい光景だ。 

昔は其れとは反対に 「丑の刻参り」 といい、

藁人形に釘を打ちつけ、相手を呪い殺すと言う、何とも物騒な呪術もあった。

何かにつけ、人間は祈り願う事の好きな生き物のようだ。

『 大さん橋、ウッド・デッキの想いで 』

2011-10-08 華3518


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2011-10-08 華3520


2011-10-08 華3521

『 自然の、声なき声を聴く 』

アメリカ・シカゴでは、「パーク・システム」 計画で、多くの公園を結ぶルート作り、

ボストンでは、「エメラルド・ネックレス」 という美しいキャッチフレーズの緑の回廊、

都市に緑の自然を取り戻そう!!という景観づくりである。

何処に行ってもコンクリート造りの道ばかり。

横浜・大さん橋はコンクリートで土台は出来ているが、歩道は全て木道である。

歩けば耳の心地よい足音が聞え、夏の陽射しも柔らかく気持ちが良い。

MIT教授のアン・スパーン女史は、「土地は無言ながら表現を求めて詩を謳う。

                其れを聴いて欲しい」 と。

木道の響きは、恰も木の囁きなのであろうか。

耳に心地よい音など、都会のコンクリート・ジャングルでは決して聞こえない。

心地よさを求めてトレッキングを楽しみ、人は緑の公園を散策するのであろう。

自然の恩恵って、「こんなもんなの~?」



category: 雑感

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絵筆は、タクト? 

『 カンディンスキーが、やって来た 』

2011-10-08 華3453

ロシア出身の画家で美術理論家。 意外な事に彼は音楽家でもあったのだ。

”音楽を聴いていると、色が見えてくる” と語り、音色・音程・音量をも、色と筆で表現出来ると信じていた。

バウハウス時代には、幾何学的作風の作品を数多く残している。

モンドリアンやクレーと共に、抽象絵画の創始者とされる。

「音楽と絵画の共鳴」、カンディンスキーの作品が我が家にやって来た。

と云っても、DIC美術館が所蔵している作品の、複製だが・・・

『 余 韻 を 楽 し む 』

2011-10-08 華3514

具体的対象物を感じるままに二次元のキャンバスに表現することが抽象画だろう。

”コンポジション” シリーズに見られるように、不規則な形態の表現の中に、

ある種の旋律を感じ取る事ができ、自由な形や色の組み合わせは、音楽的絵画と云えるのか。

変化と統一の中に、恰も楽譜を想像するのは、果たして私だけなのか?

カンディンスキーの絵に惹かれ、足を停めた其の余韻をテラスで楽しみながら・・・

『 オーケストラなのか? 室内管弦楽なのか? 』

2011-10-08 華3515

暫くの余韻から解放され、喉の渇きと燃えた心を冷ますためにレストランへ。

画面を斜めに遮る直線は、指揮者のタクトであろうか。

右下には五線譜と思われる多重に重なる曲線が。

色と直線・曲線が織りなす画面が、恰もシンフォニーを奏でるように・・・

無彩色で音の無い室内が、余韻を楽しむには格好の場所であった。

『 目を閉じれば・・・』

2011-10-08 華3516

コーヒーと一皿のケーキを注文。

料理は目で楽しみ、味に舌鼓!!

綺麗な盛り付けに、カンディンスキーならずともある種の旋律を感じる。

絵筆が持てない自分には、写真で記憶の底に仕舞うとしますか。

『 お会計は、お任せします 』

2011-10-08 華3513

今日の美術館散策は、久し振りに家族四人で。

毎度の事だが、お会計は妻に任せている。

私は余韻を楽しみながら、一足先に庭へ・・・

絵画と音楽と食事を楽しむって、「こんなもんなの~?」


category: 雑感

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待つ 


別れたくないのに なぜか 

     しあわせ捨ててゆく 俺がわからない
   石橋正次(歌)

2011-10-08 華3454



過ちつぐなう その前に 別れが来たのね 

 どうぞ顔をのぞかないで 後の事を気にしないで
 平 浩二(歌)

2011-10-08 華3456



あなただけには わかってほしかった 

        私、待つは いつまでも待つは
 あみん(歌)

2011-10-08 華3457



『 待てど暮らせど 来ぬ客に 手持無沙汰に 爪を切る 』

2011-10-08 華3455

歌の文句じゃ、ないけれど・・・

 だました男が悪いのか? だまされた女がバカなのか? 

男と女の関係なんて、「こんなもんなの~?」


category: 雑感

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緑の風に誘われて 


みどりの風も さわやかに はずむ足どり 心もかるく

2011-10-08 華3442

小坂一也の 「青春サイクリング」 を口ずさみ (こんな歌を歌うなんて歳だね~)、車を後に公園に入れば、

測量士たちが炎天下で何やら測量をしていた。

”お疲れ様!!” と一声かけ、木陰を求めて足早に、急ぐのはペットの犬の方であるが・・・

『 浅緑 染めかけたりと 見るまでに・・・ 』 

2011-10-08 華3436

『 ・・・春の楊は もえにけるかも 』  と、万葉集では続く 瑞々しさの表現だ。

日本には古来、”緑” という色彩語彙は無かった。 ”青” という語彙に ”緑色” も内包されていた。

その名残に、交差点の信号機の ”緑” を、”青” と呼ぶ。

”緑” は古来では、”みどり” であって、誕生間もない子供を 「みどり児」 と呼び、

黒々とした瑞々しい髪を 「みどりの黒髪」 と言う。

和歌の ”浅緑” は、現代で言う「若草色」ではなく、「若く瑞々しい」 なのだ。

”土と緑” の無くなるまで ”緑と人間の関係” を無視し続け、今慌てて ”緑化計画” を叫び、

「人類存続は、”緑” にあり」 と言わんばかりに、都市と国土の緑化計画を叫ぶ。

中国では古い歴史書に、秦の始皇帝時代には街路樹の並木路が整備されており、

欧米では、広大な緑豊かな公園が街中に設けられている。

なのに日本の公園といえば、恰も遊園地かと見間違うようなものばかりである。

「人間は森に生きた」・・・この事実を忘れてはいないだろうか?

緑豊かな森がなければ、諸々の動物は生息はしない。

地球上で砂漠化が猛烈なスピードで進んでいる。 其れを防げるのは ”緑” だけである。

沙漠化が最も進んでいるアフリカの国々の国旗を見れば、”緑” ばかりである。

”緑の希求” は、文明先進国ではなく、沙漠に生きる人々が、

「緑が人間を人間らしく」・・・この事を一番良く知っているからなのか?

『 八橋に 色を競える 花菖蒲 』

2011-10-08 華3437

瑞々しい樹間を抜けると、やがて菖蒲園に出る。

コンクリート作りの八橋は、夏の日差しを浴びて燃えるよう。

小さなチワワには熱すぎて歩けない。 仕方なく抱きかかえて菖蒲の鑑賞と。

『 口笛に 青きを蹴って 春の犬 』

2011-10-08 華3435

チワワ ”らら” 、六歳。  生粋の雑種 ”レン” 生後半年。 二匹共、御嬢さんです。

”レン” は、捨てられ息も絶え絶えの所を助けられたらしい。「チバ・ワン」で斡旋書して貰った捨て犬だ。

”レン” は、娘が飼っている。 ”らら” と 仲良く遊びたいのだが、”らら” が焼きもちを焼き邪慳にする。

公園散歩は一緒にする事が殆ど。 口笛を吹き呼ぶと、”らら” が走り、”レン” が後を追う。

『 緑 と 共 棲 』

2011-10-08 華3447

地球の誕生以来、水から酸素が生まれ生物の誕生を見た。

やがて陸地に生息する植物や動物が生まれた。

酸素と一酸化炭素の関係は複雑を極めるが、必要不可欠な要素である。

森に生きる緑の植物が動物の生息を可能にしている。

地球温暖化現象に苦しみ現在、”緑の森” の大切さを実感し始めている。

地球の将来を救済するのは、科学の知識では無く、自然環境を守る人間の英知に懸っている。

「緑の風に誘われて」 散策するのも結構だが、森の重要性を考え直す必要がある。

ペットが水と戯れ、人は森に息抜きをするのも結構。

”緑と森” の大切さに気付く散策の良さって、「こんなもんなの~?」


category: 雑感

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野イチゴに想う 


『 古城を訪ねて?・・・』

2011-10-08 華3448

昨年に続き、知人から美術館への招待状を頂き、先日訪ねた。

「DIC 川村記念美術館」は、佐倉市のDIC総合研究所敷地内に設立されている。

ヨーロッパの古城なのか? ワインセラーなのか? そんな風情の佇まいである。

尾形光琳・長谷川等伯などの日本画家の作品をはじめ、レンブラントなどの具象派絵画、

ルノアール・モネなどの印象派絵画や、現在美術作品までを収集。

日本でも有数の規模をもつ美術館である。

『 自然散策路を楽しむ 』

2011-10-08 華3449

千葉県北総台地の自然に恵まれ、緑豊かな9万坪の散策路には、

200種の樹木に500種を超える草花が目を楽しませてくれ、野鳥や昆虫も数多く生息する。

今を盛りに咲き誇る紫陽花は1200本にも及び、散策添いにヤマユリの蕾を見ることが出来る。

庭園奥の池では、今月末には見頃を迎えるオオガハスが沢山の蕾を付け、

一年中を通し、四季折々の移ろいが楽しめる散策路である。

『 緑のそよ風に誘われて・・・』

2011-10-08 華3451

一昨年も招待状を頂いたので、此の美術館を訪ねた事があった。

夏前の暑い日差しに、館内だけの鑑賞を楽しみ、散策路は歩いていなかったが、

今年は薄日が差す程の気温だった。 そよ風も肌に気持ち良いので散策する事に。

散歩道には白やピンクや紺色と様々な色模様の紫陽花が咲き、目を楽しませる。

そんな中、一際目に付くのが新緑の若葉の紅葉であった。

心地よい緑のそよ風に心も軽く、そぞろ歩きを楽しんだ一時だった。

『 馥郁たる、バラの香りに誘われて 』

2011-10-08 華3450

散策路の池の傍にはこじんまりとしたバラ園が設えてある。

馥郁たるバラの香りを・・・と思えど、時期が少々ずれてバラの花は可哀そうにも・・・

今年も梅雨を迎え、鬱々とした気分になる日が続きそうだ。

束の間の曇り (晴れでは無いのが寂しいが) 陽に、紫陽花とバラが目を楽しませる。

”あら、美味しそうなこと” と、思うのか?

ウッドチップの散策路で、カマキリとトカケを見つけた。

我が家の女性たちが最も嫌うものに、ヘビ・トカケがある。

後ろ足で体を支え、前足で拝むような姿のカマキリ。

ギリシャ語の Mantis 「予言者」 という意味らしいカマキリ。

肉食性が強く、虫など多く食するので益虫と言われ、その所為で交尾中に牡をも食べると。

雌カマキリに聞いてみたい、「美味しそうですか?」 と。

そう云えば、人間世界にも ”カマキリ婦人” なんて恐ろしそうな女がいると。

『 野イチゴの 赤に初恋の 人偲ぶ 』

2011-10-08 華3452

草叢の隅で、ひっそりと真っ赤な実を付けた野イチゴを発見。

子どもの頃よく遊んだ所に、メダカが泳ぎイモリが棲む小川が流れ、傍の石垣には野イチゴが・・・

”ヘビ・イチゴ” と云っていたのは、野イチゴの事だったのか。

真紅の可愛い実を付けた野イチゴに、昔日の想いを辿った。

そして野イチゴの赤い実に、思い出すのは初恋の人の想い出か?

初恋は甘酸っぱいと言われるが、残念ながら初恋の想い出がない。 初恋そのものが無かったのか?

初恋の想い出は無いが、あの甘酸っぱい味の ”初恋の味・カルピス” は大好物だった。

野イチゴに想いを馳せるって、「こんなもんなの~?」



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想いで訪ねて・・・ 

『  赤い靴~ は~いてた~、女の子~  』 

2011-10-08 華3431

先日、妻の古稀を祝って、長女がランチ・クルージングに招待してくれた。

ピアノの生演奏を聴きながら、テーブルマジックを見ながら、そしてバルーンアートの妙技を楽しみながらの、

横浜港を船上から楽しんだ一時だった。

船内のお土産売り場の一角に、「赤い靴」 の女の子のグッズが並んでいた。

思い起こせば十数年前の事、港の見える丘公園で童謡 「赤い靴」 の女の子の銅像を見た記憶が・・・

コース料理に舌鼓を打ち、船上からの横浜の豪華な町並みを楽しみ、そして公園へと車を走らせた。

『  異~人さんに 連~れられて、行っちゃった~  』

2011-10-08 華3432

記憶を辿り、港の見える丘公園に行ってみれば、銅像が何処にも見当たらない。

”異人さんに、連れられて” 何処へ行ったの~???

聞けば山下公園にお引越しの様だった。 確か?丘公園に在ったと思うのだが・・・

生まれた日本が恋しくば 青い海眺めて いるんだろう

2011-10-08 華3428

赤い靴を履いた女の子は、アメリカ人宣教師夫妻の養女となり、アメリカへ渡る筈だったが、

その後、肺結核に罹り、孤児院に預けられその後一人寂しく死んでいく運命を辿る。

産みの母親は其の事を知らず、自分が死ぬまで娘はアメリカですくすくと育っていると思っていた。

作詞家の野口雨情は、「 詩は故郷の自然の中から生まれ、童謡の精神は子供の心の中にある。

世の人々に永く愛され唄われるなら、それで本望だ 」 と。

”大人になっても、純粋な子供の気持ちを忘れない” が、雨情が理想としたところ。

爪に火を灯す極貧の生活を送った雨情だが、後に芸者の明村まちとの浮気に走る。

母親が大好きだった子供達は、毎日泣いて暮らし、時には母親の元を訪ねもした。

童謡に隠された悲哀の物語なのか?

『  異人さんに たのんで 帰って来  』

2011-10-08 華3430

慣れ親しんだ童謡に、「通りやんせ」・「花いちもんめ」・「かごめかごめ」・「ずいずいずっころばし」 等などある。

童謡は、その昔、子供達が集団で遊ぶために生み出されたものであろう。

”あの娘がほしい” ”あの娘じゃわからん” 目を細めたくなる光景である。

野口雨情の有名な童謡に、『しゃぼん玉』 がある。

「屋根までとんで こわれて消えた」 「うまれてすぐに こわれて消えた」 と、

そして、願わくば 「風風吹くな しゃぼん玉とばそ」 と。

雨情が酒を飲んで寝ていると、枕元に女の子が立ち無言で悲しそうな顔をして・・・

どんなに考えても誰だか判らない。

雨情にも似たその女の子の顔が、「小樽で死んだ娘に違いない」 と。

此の詩の底には、生まれてすぐに死んだ赤ちゃんだが、夢枕に立った女の子は、天国ですくすくと。

死んだ我が子を悲しみ憐み、お願いだからもう一度顔をみせてという、雨情の願いが・・・

悲しみの底から、また恐ろしい経験から生まれた童謡は数々ある。

人間は常に現状と反対を希求する生き物なのであろう。 ”無い物ねだり” も其の一端か?

「赤い靴」 の想い出に、ついついそんな事を考えてもいた。

想い出を訪ねる楽しみって、「こんなもんなの~?」



category: 雑感

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”面白い” 考 

『 この~木、なんの木?・・・』

2011-10-08 華3403

 気になる、木~ 

ある晴れた日に、木陰を求めて行田公園に散策を楽しんだ。

以前、日立のコマーシャルでしばしば耳にした気になる詩である。

名前も知らない大木の下、幼稚園児たちが黄色い声を上げ遊んでいた。

無邪気に遊ぶこの子たちも、やがては社会の荒波に揉まれ、汚辱に染まりながらの成長だろうが、

 名前も知らない、花を咲かせるでしょう 

どの子も将来には大輪の花を咲かせて欲しいものである。

『 縁の下の力持ち? 』

2011-10-08 華3401

公園が楽しく散歩し楽しめるのは、常に綺麗に掃き清められているからだ。

船橋市の公園は、何処を訪ねてみても清掃が行き届いている。

東京湾の最も奥にある船橋港付近は、冷凍倉庫や工場などが林立する倉庫街でもある。

24時間駐車禁止の路上は、何時も大型自動車が駐車している。

警察は違反者を無視し、道端にはゴミが山の如くに捨てられている。

公園を綺麗に保つのは嬉しいが、トラックが捨てるゴミと駐車違反には閉口する。

何事に於いても、「縁の下の、力持ち」 が必要なのが、世の常だ。

落葉を掃き清める作業員に、マナーの欠如したトラック運転手の出来の悪さを想い出す。

『 他人の振り見て、我が振り・・・』

2011-10-08 華3402

高齢化社会になり、政府も個人も慌てふためいているのが現状だ。

私達夫婦も古希を過ぎ、”お年寄り” の域に入った。

「自分だけは・・・」 と思うのが人の常だが、いつどんな状態になるかは誰にも判らない。

家族にも迷惑は掛けたくないと、常々考えるが、どうにもならない事である。

考えてみれば、この世で一番大切な事は、”健康” である事だろう。

「お元気ですか?」 と人に言うが、果たして ”元気” とは何だろうか?

”元の気” だから、母親のお腹の中にいた時に頂いた ”気力” であろう。

病気になったり、怪我をしたりすれば、母親の心配は想像に越えるものがある。

”親孝行” とは、その点から云えば、「無病息災」 こそ親孝行な事であろうか。

車椅子で介護される風景を眺めながら、”親孝行” や ”幸せ” って、何だろう? とふと考えた。

『 ”面白し” 考 』

2011-10-08 華3407

『 面白しと見るは 花なるべし 』  風姿花伝

能で観客に与える感動の事を ”花” と言う。

また辞典によれば、「心が晴れ晴れする」 「快く楽しい」 「心惹かれ感興がわく」 とある。

ツバナが一面を白く染め、真っ赤なポピーが咲き誇る広場を歩けば、心は晴れ晴れする。

面白く楽しいと言う心境は、自らの心の中のやり繰りだけでは成立しない。

視覚の中に、明るく輝くものが先ずあり、其れを見て喜ぶ事を ”面白い” とでも言うべきであろう。

「見る事、聞く事に、迷う心なるべし。”面白や” 」 と言うではないか。

『 他人のせぬ事、するじゃ~なし 』

2011-10-08 華3408

散策を楽しみ、パーゴラのベンチで一休み。 白く塗装された柱に落書きが・・・

『 色の恋のと さてやかましい。 人のせぬ事 するじゃなし 』

落書きを楽しんだのは恐らく若者であろう。

いたる所に落書きがあり、悪戯を楽しむのは若者の特権とばかりに。

彼らは言う、「人がしている事を、しただけさ!!」 と。

他人がするからと云って落書きとはね~。

色恋物語であれば、誰がしようと罪はないのかも? 貴方がしても誰も咎めはしないよ~。

倫理の教科書では、「人間一人一人は理性を持つ存在。かけがえのない尊い存在」 と。

落書きした貴方よ!! 貴方も理性を持った尊い存在なのだ。

理性を持ち、自らを自律できる能力がある人を、人格と言うのだ。

落書き如き遊びに現を抜かす程の時間があれば、他に何をすれば良いのか? 考えろ!!

とは云うものの、落書きに何が書いてあるのか興味を抱く自分がいた事に・・・

理性なき私の楽しみって、「こんなもんなの~?」





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魂の詩なのか? 


『 日本の古、縄文挽歌か? 』

2011-10-08 華3395

青葉公園を散策していてふと目に付いた看板は、”縄文挽歌” なのか?

近づいてよくよくいれば、ペンキが剥げ堕ちた説明文だった。

いにしえ大和歌は、日本口語の原点で古代文字以前なのか?

文字の無い時代の、縄文人の心の詠が聞えて来そうな雰囲気の立て看板だった。

『 縄文に馳せる思いは・・・』

2011-10-08 華3396

 かわらぬものは 古代文字 わたしゃ涙で 夢を見る 

北原ミレイの石狩挽歌が思わず口を突いて出てきた。

小さな小さな古墳であるが、古に馳せる思いは尽きる事はない。

2011-10-08 華3397

古墳に想いを馳せながら、ふと後ろを振り返れば可愛いバラ園が設えてあった。

色とりどりのバラが見事に咲き誇る園ではあるが、

散らした花弁が入り口の煉瓦と枕木の上に、暖かな日差しの下、寂しそうな表情を見せる。

今を盛りと咲くバラよりも、私は散りゆく花びらに興をそそられる。

『 16年前からバラを育てる人と・・・』

2011-10-08 華3398

バラ園の片隅に休憩室があり、展示場を兼ねた資料館が立っている。

バラの写真を撮り6年になるが、手塩にかけたバラたちを思うように撮影するのは難しいと。

20枚ばかりのバラの写真が展示されていたが、なるほどバラの図鑑的な写真に見える。

鑑賞者をカットグラスに生けたバラが、温かく迎えてくれる。

初めて知った事だが、バラが楽しめるのは二年に一度とは知らなかった。

『 涼を求めて・・・』

2011-10-08 華3399

古墳に縄文挽歌を楽しみ、咲き誇るバラ園に心を休め、バラの愛好者に話を聞き、

歩き疲れて喉もカラカラ。

レストランで飲んだクリームソーダに、元気も回復。

若葉をバックに緑色の飲み物、夏は此れに限るのか? 満足の一時だった。

古墳はその土地と風土の中に、そして時間性の中で現在まで脈々と生き続けている。

一方では、バラ園は ”美の進化” ともいえる華やかさを秘めている。

いずれにしても、天地有情の世界を同時に楽しんだ一時であった。

咲けば散る、夜の間の花の夢のうちの・・・バラ園で束の間の幽玄と哀れをも楽しんだ。

楽しい一時を過ごす散歩って、「こんなもんなの~?」


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”枯れる” 思いに 

『 泡沫の夢か? 』

2011-10-08 華3400

二年前の事、大宮市の盆栽園に行った折に、紫色の可愛い実を付けた ”ムラサキシキブ” の鉢植えを買った。

その年の秋には目を楽しませてくれた ”ムラサキシキブ” も、昨年は全く花も咲かず実も付けなかった。

ところが今年になり、先日なんととても可愛い花を咲かせていた。

初めて見る花に記念の一枚をと思いパチリと。嬉しくなり小さくなった鉢を少し大きな鉢へと植え替えた。

ところが残念な事に、あの可愛い花が全部枯れてしまった。何という事なのか?

植え替えた事が悪かったのか? だから素人は困るよね~と言った始末だった。

『 想い出の地を訪ねて 』

2011-10-08 華3394

何時の日の事だったのか、茶室の前を流れる疎水の片隅に紫色の実を付けた木があり、

名前は ”ムラサキシキブ” という事を初めて知った。

樹の名前は知らないが、路考茶色の聚楽の壁に溶け込む風情が、茶室の落ち着きを見せる。

綺麗寂びの空間への第一歩としては、格別に美しく思える。

「天もし吹きはらさば、青山を看るべし」、この心境への誘いなのか?

『 色彩の濃淡空間 』

2011-10-08 華3393

日本人の美の感性に、”引き算の美” がある。

時代を感じる潜り戸に、錆を浮かせた取っ手とその陰。

見ていて、思わず引き算の美を感じ、胸中の山水を ”枯” の中に、見ずにはおれない。

『 出会いこそ、人生の好日 』

2011-10-08 華3391

踏み台の前に揃えられた真っ白な草履。

日本人女性の美意識と真心を見るようである。思わず流行語 「お・も・て・な・し」 を思い出す。

一服の茶を運ぶ女性の姿が偲ばれる。履物の白さは女性の清楚さを見るようでもあった。

『 飾り立ては、無用!!』

2011-10-08 華3390

『論語』 の中に出てくる言葉に、「文質彬々として後君子」 とある。

飾る事は質素でなくてはならぬ・・・とでも言えば良いのか?

内容と形が一致しなければ、なんにもならぬとの教えだろう。

茶室の彬々とした美と感性に、思わず振り返る事は、果たして ”自分はどうだろうか?” と。

”ムラサキシキブ” を思い出す、小さな紫色の一輪の花が、「洗心」の軸と良く似合う。

可憐な花を付けた我が家の ”ムラサキシキブ” も、鉢を植え替えたばかりに、枯れだした。

枯れた風情に心の安らぎを求めてきた事も確かにあったが、

花が枯れたのでは、心も枯れる。

”枯れる” に、色々な思いを興すって、「こんなもんなの~?」




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