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こんなもんなの~?

趣味の写真を添えて、日々の『戯言』を・・・

鐘は煩悩祓い? 

『 三 井 の 晩 鐘 』

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        歌川広重(画) 「近江百景」内 ”三井の晩鐘”

毎年、大晦日の夜、全国各地の寺院では ”除夜の鐘” が撞かれる。

「天下の三銘鐘」 、姿の宇治平等院の鐘。由緒ある神護寺の鐘。音色の美しい三井の鐘 である。

数ある梵鐘の中でも、三井の鐘が日本一の美しい音色で響くと言われ、TVなどでもしばしば報道される。

此の鐘には面白い伝説が残されている。

「竜宮の王女・龍女を娶った漁師があり、暫くして二人は子供をもうける事となったが、

 竜女であることを知られた妻は、琵琶湖底に呼び戻される事となり、

 子供にと玉を二つ残して、湖底へと沈んでいった。

 残された子供は、毎日毎晩泣き叫ぶが、玉を舐めると不思議と泣き止んだ。

 舐め尽くされた玉は小さくなり、残った玉も舐め尽くされた。

 実は、玉は竜女の目玉であったので、二つとも舐め尽くされ、竜女は盲目の身となる。

 三井寺の鐘を撞いて、漁師と子供が元気で達者にくらしている事を知らせて欲しいと頼んだ。

 鐘の美しい音が琵琶湖に響き、竜女は心から安らぎを感じていたと・・・」

『 美しい響きは、竜女の嘆きの溜息か? 』

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       日本の音100選・選出 ”三井の晩鐘”

”弁慶の引き摺りの鐘” は、奈良時代の作で、

田原藤太秀郷が、三上山のムカデ退治のお礼に、琵琶湖の竜神より頂いた鐘を三井寺に寄進した。

その後、天台宗比叡山の山門と寺門との抗争の折、弁慶が奪って比叡山に引き摺り上げたが、

撞いてみると、”イノ~・イノ~” と響いたので、弁慶は ”そんなに三井寺に帰りたいのか” と怒って、

鐘を谷底へ投げ捨てた。 鐘には、今でもその時の傷跡や破目がある。

『 何とも恐ろしい強力、弁慶 』

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      弁慶 ”引き摺りの鐘”

「 除夜の鐘と、借金取り 」

除夜の鐘は大晦日の夜、十二時に百八回撞く鐘で、百八つの煩悩を消す為に付くと言うが、

其の根本は、「貪り・怒り・愚かさ」 の三毒である。

江戸の昔は、除夜の鐘で借金取りも退散したと言う。

一夜明ければ元旦、春が来るので、そこまで負債者を追い詰めなかった。

サラ金業者にも、此の大らかさを見習って欲しいものだ。

「百八つの煩悩とは」

人間の煩悩には百八種もあると言うが、数え方には二説ある。

六根(目・耳・鼻・舌・身・意)が六塵あり、36.

此れに、三世(過去・現在・未来)を配して、36×3=108になると、『楞伽経』は説く。

『大智度論』によれば、三界の見惑88と、三界の修悪10、さらに無慚など10を加えて108と説く。

最も解かり易い話、

庶民の暮らしはいつも火の車。四苦36 八苦72 合計で108。 此れなら解かるよね~!!

107点は、旧年に。 1点は、新年に。 間違わないようにご用心・ご用心。

鐘を撞く意味って、「こんなもんなの~?」



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伝統と革新 

『 時世の外の旅なれや 』

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ドイツ語「ein Stein 」 は「 一個の石 」 と言う意味で、

物理学者:アインシュタイン博士を一石仙人と捩ったもので、その新作能がある。

舞台の最後には、宇宙の彼方、ブラックホールに吸い込まれ、現在から未来の時空に消え去るものである。

アインシュタインの一般相対性理論をテーマに、時間や空間の歪とか、

光が重力によって捻じ曲げられるとか、更にはビッグバンを題材としている。

仏教理論の輪廻や無常の思想と結びついたもので、” 空海とアインシュタイン ” を演じたものとも言える。

” 地を走る獣、空を飛ぶ鳥、花木虫魚に至るまで、此の法を免れるる事なし。

  まして人間、もろともに宇宙の微塵となりて、無方に散乱すべし ” ・・・空海の思想か?

” いで量子らを解き放ち、核の力を見せ申さん、量子らよ来たれかし。

  戦、争い、破壊には、原子の力よも使うまじ。 忘るなよ、人間!! ” ・・・アインシュタインか?

『 木曽路はすべて山の中である 』

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島崎藤村の大作 「夜明け前」 の書き出しである。

歴史にこれ程深く切り込んだ小説は、「夜明け前」 を置いて他にはない!!

”王政復古” が叫ばれはしたものの、維新の後には歪みヒビが入っていった。

安易な西欧主義が齎した結果である。

福沢諭吉が主張した ”脱亜入欧” 新生日本の悲願でもあったが、

歪の産物である、”大政奉還” と ”文明開化” の歴史なのか。

『 伝 統 と 革 新 』

神田駅と秋葉原:万世橋の間に、煉瓦造りの高架橋がある。

赤レンガ造りの建築物や構造物を眺めていると、いつも思う事があり、

「伝統と革新」 ・・・此の相対する二極の解釈である。

伝統芸能や伝統工芸、そして伝統技術等など、”誇れるもの” と思われているようだ。

能や歌舞伎が伝統でロックやホップが果たして前衛なのか?

無形文化財が伝統で、IT技術が果たして革新なのか?

伝統も革新も、時間軸の上では歴史の途中でしかない筈だ。

「風の盆」 と言う祭りだが、元禄時代に富山の八尾で行われていた古い祭りだった。

しばらくして、盆踊りが流行するや町おこしでも祭りでするか・・・と、振り付けをし、胡弓まで入れる始末だ。

胡弓の音の、侘び・寂びを感じ、物悲しい風情を演出している。

元来の 「風の盆」 が伝統で新民謡となった「風の盆」 が、果たして革新なのか?

伝統の中に革新あり、革新の中に伝統ありの筈だが・・・

曾ての赤レンガ建築物も今では、伝統建造物と化し、

その建造物と現在の店舗が混在している其の風景は、伝統と革新の混在である。

伝統は古臭くて、革新はモダンとは言えない。

混在の中に ”新しさ” があり、やがては時間軸の上で消えゆく運命を辿る。

赤レンガ造りの構造物を見るたびに感じる事って、「こんなもんなの~?」



category: 雑感

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名店の味を楽しむ 

『 江戸っ子だい!!つゆは辛くがいい 』

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             新装開店になった、神田 ”やぶ蕎麦”

130年を超す歴史ある老舗、神田 ”藪蕎麦” だったが、昨年二月の不慮の火災により焼失した。

東京都選定歴史的建造物指定の旧店舗は、関東大震災により再建された物であったが、

新建築された店舗も、和風建築で町並みに溶け込む大変趣のある店舗である。

今年10月にリニューアル・オープンされた店には、連日の行列が出来るほどの賑わいをみせている。

代表的な ”もりそば” は、そば粉10に対し小麦粉1の割合で、

そばつゆは、昆布・鰹節だしで、辛口のコクのあるものである。 ”せいろうそば” は、¥670 。

神田 「やぶそば」 は、幕末の蕎麦の名店として名を馳せた 「団子坂蔦屋」 を譲り受け、

「藪蕎麦本店」 として現在の神田に看板を掲げた。 「江戸三大蕎麦」 の一つでもある。

”やぶ” の語源は、「団子坂蔦屋」 の回りが藪に覆われていたので、皆が ”やぶ蕎麦” と呼んだ事による。

立川談志と 「かんだやぶそば」 とが交えた一戦は有名な話で、

談志曰く、「つゆが辛いから、何とかしろ!!」 と。

店主曰く、「うちは、これでやってますから」 と一歩も引かなかった。

その後は、落語でも、「江戸っ子は、つゆをチョットだけつける」 と。そんな謂れがある。

江戸子気質を垣間見る話だね~!!

『 ”藪” より庶民的な ”まつや” 』

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         下町風情たっぷりの、神田 「まつや」 の店先

江戸三大蕎麦と云えば、”藪” ”砂場” ”更級” で、

神田 「まつや」 は、関西 ”砂場” 系の蕎麦で、明治17年創業当時の面影を残した、

下町風情溢れる蕎麦の名店である。

”昔ながらの味は守りつつ、老舗という看板に胡坐をかく事なく” が店主の信条。

そばの品質や石臼で挽いた 「挽きぐるみ」 にまで拘り、”外2割そば” を提供している。

外2割そば ”もり・かけ” 共、¥650 であるが、一度は食したいお勧めは、

大ぶりの車エビ 2本を載せた ”天ぷらそば” だ。 お品代は ¥2000。

「鬼平犯科帳」 等の戦国・江戸時代を舞台に時代小説を次々に書き下ろした

小説家・池波正太郎がこよなく愛した ”そば” 店である。

池波氏は言う、「藪より庶民的と云ってよかろう。建物も此処も古いもの」 と一言。

『 ”あんこう”、元の名は ”暗愚魚” 』

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          冬の名物料理 ”あんこう鍋” に舌鼓。 風情ある 「いせ源」 の店先

都内唯一軒の ”あんこう料理” 専門店、「いせ源」 は、1830年創業で当初は、種々雑多な鍋料理を提供。

「いせ庄」 の看板は、大正時代になり当時一番人気だった ”あんこう鍋” にだけ提供するようになり、

「いせ源」 と看板名を変える。入り口の看板は再建築当時からの物であるが、

店舗は関東大震災で焼失、昭和5年に再建築されたものだが、東京都歴史的建造物に指定されている。

頼 山陽の本からヒントを得、西が ”ふぐ” なら、東は ”あんこう” だ!!と決意。専門店となる。

戦後は砂糖や ”たれ” の材料が思うように手に入らない時期があったが、

ヤミには絶対に手を出さないと、生真面目な職人気質だった。統制が解けるまでの間は、店は閉店。

タレは独特なもので、一般的には味噌味なのだが、

味噌に逃げちゃ~いかん。あんこうの淡泊な味わいを殺しちゃうと、伝統のタレの味を作り上げた。

時代と共に人の味への好みも変わるものであるが、

「この味が嫌いなら、どうぞ他へ」 と、気概も人並みでは無い。

『 お土産は、”揚げまんじゅう” で決まり 』

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       甘味処でちょっと一休み、汁粉屋 「竹邑」 の店先

昭和5年創業の老舗甘味処で、東京都歴史建造物指定にされている。

創業当時は、本格的な汁粉屋が無かった事から、汁粉屋らしい汁粉屋を目指して開業。

「仮面ライダー響鬼」 やアニメ 「ラブライブ!」 等にも登場する有名店だ。

昭和の雰囲気漂う店内も落ち着いたもので、味も昔のままを伝承していて、

かつては池波正太郎氏 御用達の甘味処である。

夏は、白玉トッピングの氷宇治金時。 冬は、”あんみつ” か ”わぜんざい” がお勧め。

お土産には、”揚げまんじゅう” などは如何でしょうか?

竹邑と云えば、”揚げまんじゅう” と言われる程の名品。

奥さんも子供さん達にも喜ばれる事、間違いなし!!

寒い日には、”あんこう鍋” で体を温め、年越しには ”やぶそば” か ”まつや” のお蕎麦で一家団欒。

最後は、甘味処 「竹邑」 でデザートを・・・100m四方にこんな素敵なお店が立ち並ぶ神田界隈。

何時になれば、こんなチャンスが私にも来るのかな~?

街歩きでお食事の楽しみって、「こんなもんなの~?」




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本当かな~? 


『 全ての人が、神様による救いに招かれています 』

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                 聖橋側から見た、「ニコライ堂」 外観

御茶ノ水界隈を散策すると、聖橋から緑色のドームが目に入る。「御茶ノ水・ニコライ聖堂」である。

「ニコライ堂」は、世界各国にある正教会の一つで、「東方正教会」 若しくは 「ギリシャ正教会」 とも言われる。

「日本正教会」 の中心となる教会(首座主教会大聖堂)であり、

ネーミングの印象から受ける 「ロシア正教会」 ではないが、

ロシア正教会の主教であった亜使徒ニコライによって日本に伝来。

大正堂の外観は、ロシア正教会に似た建物の形式や聖歌などを受け継いでいる。

『 ユダヤ人の ”命の救世主” 杉原千畝 』

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                     「ニコライ堂」 大聖堂の正面入り口

その昔、正教会の敷地内には、「ニコライ学院」 という名前のロシア語専門学校があった。

”六千人の命のビザ” で有名な杉原千畝さんも、曾ては此処でロシア語の先生をされていた。

神様ではないが、大使・杉原千畝が多くのユダヤ人の命を救った。地獄に仏であった事は有名な話。

『 死体置き場と化した ”ニコライ堂” 』

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               中庭に建てられた、変わった十字架

イザヤペンタン著書 「日本人とユダヤ人」 の中で、こう書かれている。

「第二次太平洋戦争中に、アメリカの正教会が、”日本のニコラ堂を爆撃しないで欲しい” と、

米軍に要請した」 との逸話が書かれている。

事実、戦時下のアメリカによる爆撃で、直接爆弾投下の被害を免れたものの、

辺り一面は空爆によって焼け野原と化し、消失を免れたニコライ堂には、多くの焼死体が運び込まれた。

其の所為なのか?ニコライ堂では、夜になると堂内の遺体からは、リンが燃える青白い光が立ち込めた。

窓が白く輝いていたとも言われるが、本当だろうか?

『 ”ニコライ堂” が、”ラブ・ホテル” ? 』

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2013年のこと、「はしまつり」 の際に、紫・ピンク・オレンジ・青・緑と、

様々な色の電飾でライトアップされたニコライ堂の姿が、恰もラブ・ホテルにしか見えないとの評判が立った。

キリスト教では、我が国でも神学的には、”神は愛” である。

”ラブ・ホテル” とは、”神の宿る場所” と言う言葉である。

神聖なこの言葉も、時代が変われば ”ラブ・ホテル” も少々如何わしい言葉へと変化する。

「聖堂」 である筈の ”ラブ・ホテル” も、「性堂」 へと受け取り方が変わってしまったのか?

時代と共に変わる言葉の面白さって、「こんなもんなの~?」


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他力より自力 


『 江戸幕府を指南した、怪僧・天海 』

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          旧・寛永寺五重塔

上野の ”お山” には、東京芸術大学や博物館・美術館をはじめ、多くの建物があり、

中でも、上野動物園は日本一の動物園で有名である。

上野恩賜公園内には、徳川家康・吉宗・慶喜公を祀る 「東照宮」 があり、すぐ横に 「五重塔」 が見える。

重要文化財指定の五重塔は、江戸時代に天台宗の怪僧・天海が比叡山を江戸にと発願して建立。

『 神も佛も、安請け合いはしない 』

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         東照宮本殿と絵馬掛

何処の神社仏閣でも見られる絵馬掛が、「東照宮」 でも見ることが出来る。

神社や寺院に参詣し願い事を祈願する時、あるいは祈願した願いが成就した時、

謝礼の念を込めて奉納する絵馬であるが、

現在では、寺社の縁起物として、又はお守りとして用いられるように変化した。

個人で奉納する絵馬は、絵馬掛に掛ける小型で馬などが描かれた物で、

別に絵馬堂なるものがあり、こちらは奉納された大きな四角の絵馬を掛ける場所で、

多くは白馬が描かれている物が多く、神馬である白馬を表わし描かれたのであろう。

『 他力本願では、願いは叶わない 』

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       手書き絵馬の見本

一般的な絵馬は五角形をしており、此れは板の上に屋根を載せた物で、家の形を模した名残である。

寺社で販売される絵馬が一般的だが、自分で描いたり画家に描いてもらった絵馬もある。

絵馬掛に掛ける絵馬でも、本来は自分で描いた物を奉納するのが本義である。

神社・仏閣で販売されている絵馬に願い事を書いて奉納するって・・・

此れでは、余りにも他力本願すぎる。 願い事は自力によってのみ成就する事を、忘れないように!!

『 平和は、自力で勝ち取る 』

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          平和祈願の千羽鶴と、能舞台

「東照宮」 の境内に建立された記念碑には、

” 二十一世紀からの傳言 ”・・・” 百年後の人びとへの手紙 ” 2000年8月15日建立と。

” ともに平和と人生を語りたい。百年後の人よ、ここに私たちの手紙を埋蔵します ” と。

折鶴の掛る台座には、” 核兵器をなくし、永遠に平和を誓う ・ 広島・長崎の日 ” と刻まれている。

此処のところ、世界中で心を傷める事件や災害が多発している。

平和の希求は世界中を見渡しても、憲法第九条を掲げるような國は何処にも無いであろう。

原爆被害を受けた日本国民は、何を置いてでも平和こそ一番大切な事を実感した。

あぁ~、其れなのに、それなのに・・・原発再稼働とは。

平和は他力本願では絶対にやって来ない。 国民一人一人の自力に依る以外に方法は無い。

「東照宮」 で、絵馬を見、記念碑を眺めていると、ふと思う事は、

我々は何事に於いても、他力本願過ぎはしないのだろうか? と。

物事の解決は、自力本願にだけ叶うって、「こんなもんなの~?」


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閑 日 


『 終日、のたりのたりかな 』

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一日に一回は、道具を置いて一休み。

一週間に一回は、土日と仕事を休み心の垢落し。

一か月に一回は、連休でノンビリと旅にて心の洗濯。

一年に一回は、感謝の念を込めて家族旅行。

上野のお山のカフェテリア ”スターバックス” でコーヒーで疲れた足と心をのびのびと。

異常気象による激寒も、何度も有る訳では無い。穏やかな日には、少しばかり足を延ばしてお散歩でも。

仕事に疲れた体と心。 何の為に生きるのか? そうです、のんびり過ごす為ですよ~!!

『 雀の子、其処のけ そこのけ・・・』

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” 其処のけ、其処のけ ” では無い。” 我と来て、遊べや遊べ、親の無い雀 ” と言うところであろう。

中之島 ”弁天堂” の片隅で、チッチッチと騒々しい声が耳に飛び込んで来る。

広げた手の平の餌を雀たちが、しきりに啄んでいる。 それも数えきれない程の雀たちが。

地面に、空中に、そして腕にと・・・毎日餌をやりに来るとオジサンは言っていた。

オジサンにとっては、雀は友達だったのだろう。 いやいや、雀は自分の分身とでも思っているのか?

『 孫は、来て嬉し 帰って嬉し 』

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疲れた足と、乾いた喉を潤す為に、小さな茶店にと急いだ。

私が入る前に、向こうからお孫さんを連れた男性が・・・

パンダのカタカタを押しながら遊ぶ女の子は、一旦店の中へと入るや否や、直ぐに出て来た。

思わずシャッターを押した一枚だった。

「孫は、眼に入れても居たくない」 と言う程、可愛い存在である。

遠くに離れた孫に、会いたい・会いたいと思うのは爺さん婆さんの偽らざる気持ちであろうが、

念願かない孫と会えば、この上なく可愛く嬉しいものである。

其の楽しみも長くは続かない。 

面倒見に疲れ、もういい帰ってくれないかな~!!と。 人間、身勝手なものである。

「来て、嬉し。 帰って、嬉し」 も 孫を持った身には、”いや~、本当に、そうだよね~” と実感だろう。

そんな事を考えながらいたので、飲み物を買うのを忘れてしまった。

思いを巡らす楽しみって、「こんなもんなの~」

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憂国の獅子 


『 世を憂う奇人なのか?』

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             憂国の獅子二人

少しばかり肌寒いが晴天に恵まれた或る日、上野公園に足を運んだ。

高村光雲作の西郷隆盛銅像が有名で、しばしば待合場所として親しまれている。

西郷隆盛と云えば、明治維新の立役者で、大久保利通・木戸孝允と並び ”維新の三傑” と呼ばれた。

銅像を見上げながら、そんな事を考えていると、何処から来たのか一人の変わった格好の男性に遭った。

此の風変わりなオッサンは、”世を憂い世直しをするんだ!!” といきなり話しかけてきた。

自民党が横暴な政治をするから民は困っているのだと。

私の他に誰も居ないので、しばらく話を聞いていたが、あまりにも大きな声で話すので、

何処からともなく二人の警備員が駆け付けて来た。

西郷隆盛の有名な言葉に、「正論では革命は起こせない。革命を起こすものは、僻論である」 を思い出した。

此のオッサン、そう云えば ”将来 、俺は参議院選挙に出馬、政治を変える” と豪語していた。

維新の三傑の銅像の下、演説するのは平成の革命児なのか? それとも、只の変人なのか?

『 独り芝居は淋しい 』

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大道芸人がしきりに演じてはいるが、一向に人の集まる気配がみえない。

ヨーロッパではストリートパフォーマンスは有名で、見物客も多いと言う。

日本でも、室町時代には既に大道芸人はいて、江戸時代にはかなりの人気を博したようだ。

見物客が一人もいないので、やる気が失せてはいけないと、私ただ一人がポツンと眺め、

芸も面白くなく、仕方なく一枚記念にと思い撮影だけはして立ち去った次第だ。

『 これでも、私は画家なのです 』

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上野駅から公園までには短い階段があり、その上に西郷隆盛の銅像が建っている。

昔から此の階段の途中では、何人かの似顔絵描きが客待ちをする光景が見られた。

昔は多かったが、今日はたったの二人だった。

それでも二人の似顔絵描きには客が居て、繁盛しているようだった。

この公園には東京芸術大学があり、絵描きが多くても何ら不思議では無いが・・・

”〇〇崩れ” と言う言葉があるが、似顔絵描きの人々は、”画家崩れ” なのか?

それとも将来は、画家としての成功を夢見て、今はしがない似顔絵描き家業なのか?

昔より、”上野のお山” は面白い処だったが、いまも其の面白さは健在だった。

”お山” の面白さって、「こんなもんなの~?」



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お歳暮は・・・ 


『 真心を 有難く頂く 年の暮れ 』

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”お歳暮” とは、正月に先祖の霊を迎える御魂祭りの御供え物を、

暮れの内に本家に届ける風習に始まり、現在ではお世話になった人への暮れの贈答品へと変化したもの。

もともとは、米・餅・魚などの供物を家族で持ち寄ったものであり、

主として塩サケや塩ブリなどの魚が多く贈られていて、こうした魚は 「年取り肴 」と言われ、

年越しの食前には必ず出された。塩引き処理された魚は長期保存が出来る事から重宝された。

真心込めた暮れの贈り物 ”お歳暮” は、”贈って感謝・貰って嬉し” という暮れの楽しみなのか。

『 スカイツリーに、最も近い ”お城” 』

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「お菓子司 お城森八本舗」 は、スカイツリーが目の前に見える墨田区業平に店舗を構えている。

真っ白な漆喰が塗られた白亜の城で、誰が見ても此処がお菓子やとは思えない造りである。

店内は可憐な花を描いた格天井造り、真ん中には大きく豪華な火鉢がデンと据えられ、

コの字型に並ばれたショーレースの中には、色とりどりの最中やカステラが客の目を楽しませている。

大粒栗入練羊かん、大粒栗入栗饅頭、大粒栗入最中、三食最中、栗むし洋かん、をはじめ

八味どらやき、長崎カステラ、浅草観音御影最中、八まもりカステラ、などを陳列。

創業80年に亘る菓子作りの磨き抜かれた伝統の技、”お城森八” の自慢の味である。

”ただひたすらに菓子一筋” をモットーに菓子作りに励んでいる。

”お歳暮は、心通わす贈り物” って、「こんなもんなの~?」



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孔子に学ぶ 

『 教育の大切さを・・・』

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孔子廟の一隅に 「有教無類」 と書かれた銘板が建っている。

論語に中に出てくる有名な言葉である。

人間とは、能力・資質全て無差別平等という意味ではなく、

” 人は、教育によって善とも悪ともなるものであって、

人によって善悪・貴賤があるものではない ” と言う教えである。

此の孔子の教えは、ひろく徳川時代になって一般人にも深く浸透した。

” 草木は、芽を出しても花が咲かず、花が咲いても実を結ばないものだ ” と同義語か。

日々手入れをしてやり、水を与え肥料を与える事によって、花も咲き実も成るものである。

近年しばしば書店で目にする本に、「男性の品格」 「女性の品格」 「日本の品格」 なんて、

”品格” を冠した題名の本が出版されている。

”品格ある” 著者が書いたものなら良いのだが、売れればイイとばかりに出版されるのは迷惑千万だ。

『 世界一大きな ” 孔子像 ” 』

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全国各地に孔子を祀った ”孔子廟” があり、孔子の銅像も沢山あるが、

此処 「湯島聖堂」 に建立されている高さ8mを超す銅像は、世界一の大きさである。

『 美し過ぎる、回廊の漆黒 』

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本殿である ”大成殿” は、此の中庭の左にあるが、平日だったので扉は閉ざされていた。

”大成殿” を取り巻く回廊は、漆黒に塗られ黒光りする荘厳なものであり、

参詣者が出ようとする先が ”杏壇門” である。

『 箒を見て、悟りを拓く 』

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回廊の外側に小さな庭があるが、少しばかりの草が茂っている。

掃除が終わったのか? 竹箒が立て掛けられていた。何となく気になったので一枚・・・

”掃除” が大切な事なのか・・・

ある宗派の祖師は、中国の寺で高僧が黙々として庭を掃いていた。

「どうして貴方の様な高僧が掃除を・・・」 と思った時に、ハタと思い当り解語したという。

僧侶の世界では、東司(トイレ) をはじめ掃除が一番大切な修行と言われる。

経を読んだり、坐禅に励むのは二の次という事である。

そんな事を思い出し、竹箒をカメラに収めた。

『 水鉢に映る、絵馬の美しさ 』

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「止水明鏡」 と言う言葉は誰でも耳にし、良く知っている言葉であるが

”杏壇門” の前、左右に置かれた水鉢の奥に、絵馬札が掛けられている。

学問の師と思われている孔子なので、「大願成就」 「合格祈願」 の絵馬を奉納するのか?

努力なしで絵馬に頼っても、成就も合格も有る筈はないのに・・・なんて哀しく浅ましいのか、人間なんて。

「止水明鏡」 の水鉢に映る絵馬の美しさに見とれていて、ふと思った。

『 柳は緑 花は紅 』 と言う蘇 東坡の言葉を。

柳は青く、花は紅く、春の美しい眺め。 自然そのままに、真理が語られている事に。

あたりまえの事を、有るに難しと言う事実を実感できるのは、厳しい修行があっての事なのだ。

絵馬に「大願成就」 「合格祈願」 をしても、努力ナシには何事も成就はしない事を・・・

閑静な 「孔子廟」 で、思いに耽り心に浮かぶ言葉って、「こんなもんなの~?」


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”論語” と ”武士道”  

『 ”論語” は、人生の指針 』

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築地塀に囲まれた孔子廟の ”入徳門 ”

ある日の午後、「孔子廟」 を訪ねた。

御茶ノ水駅を降り、聖橋を渡ると一角だけが静謐は杜に囲まれた場所があり、重厚な築地塀が目に入る。

静かな一時を孔子を偲び、思索の時間を楽しんだ。

『 近代教育発祥の地、” 孔子廟 ” 』

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孔子廟の入り口、” 仰高門 ”。 右端に見える建物は ” 斯文会館 ” で講堂がある

「湯島聖堂と孔子」

孔子の教え 「儒教」は、東洋人に大きな影響を与えた。

儒学に傾倒した徳川綱吉公は、元禄三年この地に ”湯島聖堂” を創建。

孔子を祀る ”大成殿” や学舎を建て、自ら 「論語」 の講釈を行うなど学問を奨励した。

「近代教育発祥の地」

明治維新により聖堂は新政府の所管となり、明治四年に文部省が置かれたほか、

国立博物館、師範学校(現・筑波大学)、女子師範学校(現・お茶の水女子大学)や、

初の図書館などが置かれた。 此処 ”湯島聖堂 ” は近代教育発祥の地となる。

『 君子と成るも、小人と成るな 』

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建設当時から残る唯一の門 ”入徳門 ”、緑青が大変美しい

”論語” の教え

「 君子は周して比せず、小人比して周せず 」

   君子は利を計る事はしない。 小人はとかく利益の為に徒党を作りたがる。

   政治家・資本家を見るがよい、此れ以上の小人は此の世に存在はしない!!

「 和して同ぜず 」

   不和雷同はするな、真実をもって和合せよ。 誠の友とは和合するが雷同はしない!!

「 道に志す 」

   志を立て、道を修める事を目標にして励め。

「 朝に道を聞けば、夕べに死すとも可なり 」

   人生の意味を知り、いかに長生きしても酔生夢死と悟れ。

「 義を見て為さざるは、勇なきなり 」

   人間として正しい道だと知りながら、利益の為・保身の為に、敢えてしないのは勇気が無い者なり。

『 四 書 五 経 』

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” 大成殿 ” への入り口、” 杏壇門 ”

儒教の経典で重要な書物として、”四書五経” があり、

四書・・・大学・中庸・論語・孟子  五経・・・詩経・書経・礼記・易経 を言う。

日本の三大宗教といえば、”神道” ”儒教” ”日本仏教” がある。

中でも孔子が説いた教えとは、「理想の世界」 であろう。

天を敬い、祖先を崇拝し、道徳的秩序を保つには ”仁” を説いた。

自己中心的にならず、”忠” と ”恕” を持って接する、「人を愛す」 事であろう。

「五倫・五常」 の精神が薄れた昨今の日本を憂うのは、ただただ私だけだろうか?

対人関係の基本と、五つの德 (仁・義・礼・智・信) の喪失を憂う。

『 ”葉隠” と ”論語” 』

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武士道といえば、想い出すのが 「葉隠」 である。

” 武士といふは、死ぬことと見つけたり ” あまりにも有名なフレーズの 「葉隠」 を・・・

” 今をどのように生きれば良いのか?” を長々と説いている。

武士道の精神的深淵は、仏教・神道・儒教の混在とした処に見出すことが出来る。

”義”、”勇”、”仁”、礼”、”誠”、そして、”名誉” と ”忠義”。

「孔子廟」 の本殿は、平日だったため扉は閉まっていたが、回廊に一休みし、思う事は、

武士道精神 ”葉隠” の深淵には、”論語” が隠れている。

”論語” の言わんとするところは、「こんなもんなの~?」



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土門拳と木村伊兵衛 

『 ”土門賞” と、”直木賞” 』

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銀杏並木に心地よい秋風が吹く日、今な亡き写真家:土門 拳 の墓を訪ねた。

昭和五十七年の事であった。毎日新聞社が 「土門賞」 を創設したのは。

昭和五十四年の脳血栓で病の床に臥した土門は、意識不明だったから、此の賞の創設は知らなかった。

此の 「土門賞」 は、「写真界の直木賞」 と呼ばれている。その理由は、此の賞が創設された時には既に、

「木村伊兵写真賞」 が存在していて、「木村賞」 は 「写真界の芥川賞」 と呼ばれていた。

そんな事から、「土門賞」 は 「写真界の直木賞」 だと言い出した経緯がある。

「土門賞」 は、ポット出の新人写真家に贈られるものでは無く、

         長い写真家活動を送った、中堅写真家かベテラン写真家に贈られる。

         受賞は、大賞作品だけではなく、活動全般を視野に入れる。

「直木賞」 の特徴と云えば、”大衆性” に尽きる。

よく似た特徴からして、「土門賞」 を 「写真界の直木賞」 とでも呼ぶのであろう。

『 君よ、草葉の陰で嘆いてはいないか? 』

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朝日新聞の社賞として創設された「木村伊兵賞」は、全国紙が初めて本格的に本腰を入れたもので、

当時の 「アサヒカメラ」 編集長が、「木村伊兵衛賞」 を 「写真界の芥川賞」 だと、発想提案した。

対抗する毎日新聞は、此の事を心底から苦々しく思っていた事であろう。

「サンデー毎日」 を大衆文芸の生みの親・育ての親と自負する毎日新聞社は、

「木村伊兵衛賞」 に対抗し、「土門拳賞」 を創設、「写真界の直木賞」と。対抗意識剥き出しだよね~!!

二社は、其々 「アサヒカメラ」 「カメラ毎日」 と写真誌を発行していたが、

発行部数が減少の一途を辿った 「カメラ毎日」 は、破れかぶれな編集をすれど、

遂には、休刊の憂き目を見るようになった。

「芥川賞」 と 「木村伊兵衛賞」 の陰に隠れた、「直木賞」 と 「土門 拳賞」 とでも言えようか。

昭和の時代を、リアリズム写真を追い求めた、木村伊兵衛と土門 拳。

”智・聡” の木村伊兵衛に対して、”動・激” の土門 拳 とでも言えようか。

「土門 拳 賞」 が、”大衆性” の代表 「直木賞」 を捩り 「写真界の直木賞」 と呼ばれる事に、

草場の陰で、俺の知らない所で勝手に 「写真界の直木賞」 なんて・・・と苦笑している事であろう。

格上の「木村伊兵衛賞」 に対し、格下の 「土門拳 賞」 、なんで俺が格下なのか・・・と。

だって、木村伊兵衛とは、リアリズムの解釈を異にしライバル的存在だったのだから。

『 色の違いに、人の対比を見る 』

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たわわに実を付けた夏蜜柑の木と、今を盛りに紅葉したモミジの木の、色の対比が面白い。

黄色から受ける心理的イメージとしては、明るい・快活・希望を託す色などであろう。

高倉 健 主演の 「幸せの黄色いハンカチ」 は、夫の出所を心待ちに待つ妻が、黄色のハンカチを

庭一杯になびかせて待つラストシーンが、大変に感動的であった。

黄色は、未来への希望を託す色なのである。

赤色から受ける心理的印象は、太陽や火や血のイメージと重なり、命のエネルギー源、強い生命力を感じる。

そしてエネルギッシュな自己主張を感じさせる色とでも言えようか。

木村伊兵衛 が黄色であれば、土門 拳 は赤色である。

夏蜜柑の木の黄色と、紅葉の木の赤色の対比の面白さに、二人の性格の対比を感じた。

偉大な写真家の二人の性格を、色に喩えれば、「こんなもんなの~?」



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穏やかな日には・・・ 


『 穏 や か な 日 に は・・・』

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三寒四温ならぬ、目まぐるしく変わる天候続きだが、盛秋の好天の元、「八柱霊園」 を楽しんだ。

霊園で紅葉を愛でるなんて、そう多くは無いであろう。

犬の散歩も毎回同じ公園では飽きが来る。そこで思いついたのが 「八柱霊園」 である。

『 ほろほろと 酔っているのか 冬紅葉 』

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枯れ落葉が深まる景色の中で、枝に残る冬紅葉は大変美しく、鮮やかな彩を見せてくれる。

燃えるモミジの中、過ぎゆく秋を惜しみ、寂しさを味わうのもまた一興である。

『 日向ぼっこは 小さな幸せ 』

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広い霊園の散策は、意外にも疲れるものである。

広場のベンチで一休みをしていれば、”日向ぼっこ” の有難さをしみじみ思う。

”日向ぼっこ” の ”ぼっこ” とは、「ふくふくと暖かい」 と言う意味らしい。

陽射しが日増しに弱まりを感じるこの頃は、太陽の暖かさが貴重なものに思え、

”日向ぼっこ” の有難さに、小さな幸せを覚える。

体が温まれば、心の底から暖かさが広まっていくような気がする。

秋の楽しみ方の一つって、「こんなもんなの~?」




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