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こんなもんなの~?

趣味の写真を添えて、日々の『戯言』を・・・

巣鴨寸景 

『 都内三大心霊スポット 』

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人気の漬物屋さん、多くのご婦人が買い物に・・・

”巣鴨” と聞けば、直ぐに想い出すのが 「巣鴨プリズン」 だろうか。

巣鴨とは言え、今の池袋東公園でサンシャイン60が聳え立っている場所である。

巣鴨拘置所は戦時中ならば、スパイのゾルゲや尾崎秀実らが、

戦後になり、A級戦犯の東条英機など七人を含むおよそ60名の処刑が行われた。

彼らの浮かばれない霊のせいなのか?今では東京三大心霊スポットとして人気を博してる。

サンシャイン60では、飛び降り自殺が後を絶たず、続発する通り魔事件やテーマパークでの事故死、

首なしライダーの伝説等など、ダークイメージが漂うために心霊スポットとなったのであろう。

『 花 よ り 団 子 』

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”塩大福” ”花びら餅” の元祖? 買い求める人が列をなし

犬の散歩道沿いに、早くも春の兆しを感じることが出来る。

ヒガンサクラが3~5輪、薄桃色の可憐な花びらを付けている。

春まだ浅く、寒い日が続く昨今。 花を愛でるには未だ早い。

そこで、”花びら餅” でも買って、春を味わうとするのでしょうか?

花見もイイが、毎年見受けられる光景は、「花より団子」 だよね~。

風流より実益、見栄より実質という意味で、”江戸いろはカルタ” にあるが・・・

年老いた方々には、「色気より食い気」 であろう。

お若い方々には、「花の下より鼻の下」 と言うところかな?

『 元祖が一番なのか? 』

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”塩大福” の販売なら此処が一番? 運が開ける ”塩大福” らしい

菓子舗でも、三大名店とか言われるが、果たして誰がどのような評価で決めるのでしょうか、ね?

”塩大福” の元祖は、巣鴨の「元祖・みずの」 らしいが、店舗は 「すがも園」 の方が大きく立派。

味は、人それぞれ好みがあるので、元祖が一番とは限らないと思うのだが。

”大福” でも、東京三大名店といえば、音羽の 「群林堂」、神宮前の 「瑞穂」、高輪の 「松島屋」とか。

これとて誰が云い始めたのやら・・・

”大福” は嫌いではないが、関西育ちなので ”塩大福” はどうもね~。

関東人には塩味がお好きなのか? 私の口には合わないが。

伝統的な菓子より、最近は奇をてらった菓子が持て囃される傾向がある? ”いちご大福” のように.

『 ”占い” が、お好きなようで・・・ 』

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”占い” は、相も変わらず女性に人気

巣鴨の ”お・も・て・な・し” の心なるものがあるそうだ。

お寺があり、露店があり、小さなお店が軒を並べる地蔵通りは、

古き良き日本の風景と文化だけではなく、人の優しさもまた昔ながらの商人の心を大切にしている。

心癒され、のんびりと気分も体も張れやかになれる下町。

「歴史と文化を大切にした、人に優しい街作り」 を、心掛けていると言う。

見所としては、”とげぬき地蔵” ”江戸六地蔵” ”眞性寺” ”巣鴨庚申塚” と色々ある。

『 道は甘くないね~ 』

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新人歌手がレコード店の店頭でデモンストレーション。新人歌手とはいえ、御年63歳とか

地蔵通りを一通り歩き、巣鴨駅にと足を運べば、 駅手前のレコード店前でなにやら人だかりが。

年配の歌手らしき人が、マイク片手に演歌を・・・

本城みのる氏が 「兄妹峠」 という歌を唄っていた。 観客は20人ばかりのお年寄りばかり。

歌手デビューで各地を回り、宣伝しているのだろうが、果たしてお年寄りがCDを買うのかね~?

曲の合間の話では、身の上話まじりで、63歳になった今では親の事もしみじみ想い出され、

兄と妹が峠を越えて知らぬ土地へと旅立つ心境も身に染みると・・・

”おばあちゃんの原宿” 巣鴨、歩けば歩く程面白い所だった。

お年寄りを惹きつける魅力って、「こんなもんなの~?」


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category: 雑感

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鶴舞駅に想う 


『 ある晴れた日に・・・』

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小湊鉄道・いすみ鉄道と云えば、鉄道マニアには垂涎の路線でしょう。

線路は整備が行き渡らないのか気動車はガタゴト・ガタゴトと、のろのろ運転だが、それがまた楽しい。

この路線沿いにはさほど大きな町は無く、無人駅が残されている。

其の中でも、上総鶴舞駅は風情タップリで、映画やテレビの撮影にもよく使われるそうだ。

そうは言っても、此の駅舎は小湊鉄道の中でも立派な駅舎で、無人駅とは思えない程だ。

『 待てど、暮らせど・・・』

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ホームのベンチで長閑な日差しを楽しんでいると、つい先日の高倉 健の訃報を想い出す。

そう云えば、「鉄道員」 ”ぽっぽや” は、此の駅舎で撮影されたのか? と勘違いする程だ。

私も、17歳の女子高校生が現れはしないか?と待っていたが、待てど暮らせどそう美味い話は無いものだ。

『 死に目に遭えないのは、幸か? 不幸か?』

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映画 「鉄道員」 は、強く記憶に残っている。

生後2ヶ月の一人娘を亡くした日も、愛する妻を亡くした日も、息を引き取る場には会えず、

駅に立ち続けた鉄道マン。

定年退職を目の前の鉄道員 ”ぽっぽや” と、鉄道ファンの少女との、優しくも哀しい物語。

映画の記憶をベンチで振り返り、気が付けばもう直ぐ登りの気動車が入線する時間。

『 ホームに流れる”鎮魂歌” 』

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「 ”テネシー・ワルツ” が聴こえてくると、未だにドキッとする」 高高倉 健の言葉。

江利チエミが亡くなって以後、再婚もせずずっとお墓参りを欠かさない高倉 健。

人柄と亡き人への想いが伝わってくる。

映画では電車が入線するたびに、必ず聞えてくる ”テネシー・ワルツ”。

バック・ミュージックを決める時、健さんの口から思わず飛び出した此の言葉。

江利チエミさんへの鎮魂歌なのか? 追悼の心なのか?

『 ”男の生き方” を見る 』

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セーラー服の少女、実は17年前に冥途に旅立った娘であった。

死に目に遭えずにいた娘への後悔の念が、雪のように溶けるのを心の中に感じ取った ”ぽっぽや”。

翌日、冷たくなった亡骸が 「幌舞駅」 のホームで発見される。

「鶴舞駅」 と 「幌舞駅」 、駅名も何となく同じ響きを放つ。

”ぽっぽや” の生き方。 素朴で実直、儚くも哀しい一生。

男が草食系男子といわれて久しくなるが、

ニッポン男児の面影すら失われ、ふにゃふにゃ男子が目立つ昨今だ。

”ぽっぽや” に、生き方を再考する必要を教えられる思いがした。

無人駅で想いに耽るって、「こんなもんなの~?」

category: 雑感

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巣鴨 ”とげ抜き地蔵” 寸景 

『 参詣人の絶えることの無い ”高岩寺” 』

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”とげ抜き地蔵” で親しまれる 「高岩寺」 山門。

巣鴨の 「地蔵通り」 は、”ジジ・ババの原宿” などと呼ばれ、平日でもジジ・ババで賑わっている。

此の通りは旧・中山道で、道の両側にはお土産やをはじめ、衣料店・甘味処などが立ち並んでいる。

高岩寺は、”とげ抜き地蔵” でその名を馳せ、関東一円から体の痛い部位を治癒しに参拝客が。

また安産祈願の効果も高いと、小さな紙の祈願札を頂き、其れを飲めば楽にお産が出来ると・・・

『 豪華さも、程ほどが良いのか? 』

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参詣は、先ず手を浄め、献香で身を浄め・・・

中山道を挟んで反対側には ”染井霊園” がある。

巣鴨・染井は、花卉で知られた所。 ことに巣鴨は菊見の里として 「遊歴雑記」 でも触れられており、

中山道に沿って、二十軒以上も軒を連ねていて、”巣鴨づくり” と呼ばれる菊が並べられていたと言う。

これは富士山や舟の形などに似せて見せるもので、大型のものは高さ4~5mもあり、

下からは葉裏しか見えないから、わざわざ二階を設えて見せていたほどだ。

豪華さも余りにも懲りすぎたせいか? 文化文政期には廃れ、菊づくりは団子坂へと継がれるようになった。

『 最初は、一本の木だった 』

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患部の平癒を願い、聖観世音菩薩立像にお参りの行列風景

江戸時代、巣鴨・駒込は染井と呼ばれ、花卉・植木の一大生産地であり、

”ソメイヨシノ” は、此の地で発祥した桜である。

江戸時代以後、数多くの優れた園芸品種が誕生するが、中でも ”ソメイヨシノ” は、

世界を代表する桜の品種となった。

一斉に咲き誇り、一斉に散りゆくその様は、潔し良しとする日本人気質にも似て、好まれるようになる。

この桜 ”ソメイヨシノ” は、種子を作る能力がなく、自力での繁殖は出来ないのである。

全ての ”ソメイヨシノ” は、一本の木からの接ぎ木などによって増やされたものである。

『 色で導き情けで教え、恋を菩提の橋となし 』

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濡れタオルで拭くとご利益があると言われる、”聖観世音菩薩立像”

観世音菩薩の功徳を、近松門左衛門は斯く詠う、

「三十三に御身を変え、色で導き情けで教え、恋を菩提の橋となし

                    渡して救う観世音、誓いは妙に有り難し」


人々の悲しみと苦しみから出てくる祈りの心に、観世音菩薩は次第に全て消滅さす。

観世音菩薩の力を思い起こせば、願いは必ず届き成就する事間違いなし、と。

巣鴨 ”とげ抜き地蔵” で有名なお寺なので、お地蔵さんに水を懸け浄めて上げる、と思いきや

何と列をなし待っているその先には、観世音菩薩だったとは初めて知る次第であった。

香を焚き身を浄める事も無く、水で濡らしたタオルでゴシゴシと。

この寒空の下、水で洗われ、さぞかし寒かろう観世音菩薩。

多くの人々の願いを聴き叶えるって、大変なお役目ですね~。

誰の願いも叶えてくれる? 私も 「血糖値が下がりますように」 と頼んでみたら良かったが・・・

観世音菩薩の功力って、「こんなもんなの~?」



category: 雑感

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ご注意あれ!! 

『 托鉢は、無言が基本 』

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世間話に忙しい ”托鉢” 僧

「托鉢」・・・鉢を託出して僧尼が、鉢の中に米や金銭を乞い歩く事とある。

人の欲望は、衣・食・住から起こると釈迦は言う。

この三つの執着から洗い・浄め・掃き捨て、貪欲を打ち消す為の修行の一つに托鉢がある。

僧侶は墓場や樹下などで日を送り、他人に食を乞うために托鉢をするのが本義。

量を知り、足るを知り、邪心を正す為の方法の一つが托鉢なのだ。

持ち物は、仏像・経典・鉢・楊枝など18種が許されていて、これ等を入れる袋を頭陀袋と言う。

『 功徳を念じて、品の多少をえらばじ 』

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数珠は持てど、『鑑札』 は持たない連れの尼僧

”遺鉢を継ぐ” とは、師の鉢を継ぐことで、転じて故人の遺志・跡目を相続する意味となり、

此の鉢を無用な物として、投げ捨てる事から転じて、自暴自棄になることを、”捨鉢” と言う。

頭蓋骨の事を ”お鉢” とも言い、そこに巻くのを鉢巻と言う。

良寛の句に、「鉢の子に 菫タンポポこき交ぜて 三世の仏に たてまつりてむ」 がある。

『 鑑札は、お持ちかな? 』

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何を話しているのか? しゃがみ込んでブツブツと。怪訝な顔の通行人。

最近は物乞いは少なくなっているが、その分ダンボールやブルーシート暮らしの浮浪者紛いの者が増えている。

人の賑わう駅等でよく見受けるのが、托鉢の姿で金銭の喜捨である。

”托鉢” では、金銭を頂く事とは、功徳を積ませて上げる事であり、頂きものにお礼は言わない。

ところで、こんな話を聞いた事を思い出した。

お母さんに連れられた幼子が、鉢に喜捨したいと言うので、十円を子供に手渡したところ、

托鉢僧侶は、「チェ! 十円か」 と、親に聞こえる声で呟いたという。

又こんな話も耳にした事がある、「有難うございます」 とお礼を言われたとか・・・

今回、私が見た光景は、男性の托鉢僧が尼僧に話していた言葉に呆れた。

「此処はダメだ、ケチばかりだから他所に行こう!」 と。

”托鉢” を行うには、本山からの許可証 『鑑札』 を携帯しなければならない。

網代笠を被り、如法衣を巻き、手には鉢を持っているが、『鑑札』 は何処にも見当たらない。

通行人と世間話をしたり、金銭が少ないと不平不満を言ったり、肝心の 『鑑札』 は持ってはいない。

街頭で托鉢姿を見かけた折には、先ず100%偽僧侶と思って間違いはない。

本山の 『鑑札』 を見せて下さいと、念を押し喜捨をする必要があるのかも。

偽僧侶の ”托鉢” って、「こんなもんなの~?」



category: 雑感

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赤パンツの効用 


『 小説 ”坊ちゃん” の赤シャツ 』

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夏目漱石の 「坊ちゃん」 に出てくる教頭は、

着物・袴であるが、胸元や腕には、赤いフランネルのシャツが見える。

赤いシャツは薬になると、年がら年中着ている。

”赤” い色は、烈しく燃え盛る太陽であり、体内にたぎる血の色でもある。

赤い色に人々は興奮し易く、情熱の色とも言われている。

先日、巣鴨に遊んだ時、商店街沿いに三店舗の赤パンツ専門店を見つけた。

寒い時期なので、”赤” がもつ暖かさ・熱さを感じ、少しばかり寒さを忘れる事が出来たような気がした。

『 ”赤” に限らない、口紅 』

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「 江戸カルタ 」 には、”亭主の好きな赤烏帽子” とある。

広辞苑で調べれば、”笑われるような異様な物事” と解説されている。

旦那が好めば、女房も異としないと言う皮肉を込めた言葉なのである。

一昔前までは、女性は爪を真っ赤に塗り、口紅は赤と決まっていたようだが、

最近では、爪はつけ爪に何とも言い難い絵柄まで描いてあり、

口紅は紅ではなくなり、白色から黒色まで、多彩な色で差されるようだ。

『 ”赤パンツ” で、若返り? 』

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生活の中には、”赤” が氾濫している。 ”赤” は、明るく活動的な色だから・・・

先日、東京駅の大改修も終わり、昔の侭の赤レンガ駅舎が完成した。

銀座も、赤レンガの建物も無くなり、「煉瓦通り」も姿を消したようだ。

時代も変わり、懐かしい風景を見る事は叶わないが、一抹の哀惜と後悔が残る思いである。

「お婆ちゃんの原宿・巣鴨」 で見かけた赤パンツ・赤シャツ専門店を見ていて、

往年の元気が失せたお年寄りが、元気を取り戻すべく ”赤パンツ” を買い求めるのも合点がいく。

赤色の効用って、「こんなもんなの~?」



category: 雑感

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”月のまつ” って? 


『 花の雲 鐘は上野か 浅草か 』

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歌川広重(画) 名所江戸百景 ”上野清水堂不忍池 ”

有名な芭蕉の句である。

上野のお山は江戸時代から桜の花見で名を馳せていた。

広重の絵にも、舞台造りの立派な観音堂にも満開の桜が、そして左側には ”月のまつ” が描かれている。

喜多川歌麿の狂歌絵本にも、上野のお山の花見を描いたものがあり、

花見を楽しむ男連中が、向こうからやって来る揚げ帽子の女性たちに気を取られている様子が伺える。

『 住職の 夢を叶える ”月のまつ” 』

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観音堂 ”月のまつ” から弁天堂を望む

江戸時代から庶民に親しまれていた此の松の枝振りは、自然の成し得たものではなく、

植木職人が不忍池を臨む此の松に、遊び心を加えたものだった。

実はぐるりと輪を描いた現在の ”月のまつ” の枝振りは、寛永寺の住職が再現を思い立ち、

造園家に依頼し、三年がかりで丸く仕立てたものである。

江戸時代の様に、此の ”月のまつ” が知れ渡り、観音堂に参詣者が増える事を願っているとの事だ。

”月のまつ” だけが ”まつ” じゃない。住職の願いも ”まつ(待つ)” の内・・・と言う事なのか?

望月のような見事な輪の向こうに見えるのは、不忍池の弁天堂である。

『見ること 聞くことに、迷う心なるべし。 面白や 』

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歌川広重(画) 名所江戸百景 ”上野山内月のまつ ”

広重は上野のお山の景色が殊の外お好きだったようで、二枚も描いている。

此の絵では、右下に見えるのが弁天堂。輪の中には当時の家並みが描かれている。

”月のまつ” は、輪のように丸めた松の枝を満月に見立てたもので、

そこから見える不忍池の風情を楽しむのが、江戸っ子の粋と言うものであった。

舞台造りの観音堂は、何度も訪ねているが、今回初めて ”月のまつ” の存在を知った。

歩けば見つかる江戸っ子の粋なんて、「こんなもんなの~?」



category: 雑感

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浅草、大道芸人 


『 泣いて生きよか 笑って生こう

  死んでしまえば それまでよ。 生きてるうちが 花なのね 』


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歌の文句じゃないけれど、死んで花実の咲く物か。

所詮此の世は ”四苦八苦” 、心一つで楽しくもなる。

浅草・大道芸をしばし楽しんで下さい!!

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世知辛い世の中を、笑いで楽しませる大道芸人って、

「こんなもんなの~?」



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”房総の村” 寸景 


『 ”房総の村” 寸景 』

正月二日の日は、”房総の村” で、子供達が楽しく遊ぶのを見て、久しぶりの正月を楽しんだ。

今日は文は書かずにおきます。

適当に見て、”房総の村” の素晴らしいところを見て下さい!!

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”房総の村” って、「こんなもんなの~?」






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”手” は、使うもの 

『 長男に 紅の引き方 教えられ 』

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最近のテレビの番組で、男性なのか? 女性なのか? いやいや女性より綺麗な男の子。

髪は金髪、アイラインに紅を差し、ハイヒールを履いてスケスケルック。

手先を見れば、色とりどり・模様とりどりの付け爪が・・・

女性が美の追求で、美しく擬装する事に精進(?)するのは、未だ解かりもするが。

人の手は、ある年齢に成れば、その人の人生を物語る。

書物をする人であれば、その人の指には ”ペンだこ” が出来、ビックリするほど堅くなる。

油まみれで工具を持つ職人さんお手は、風呂上りでも未だ黒々と・・・

手は、飾り立て弄ぶものではなく、

太古の昔より、道具を持ち畑を耕し、朝から晩まで働いて汚れて、ゴツゴツしてヒンヤリとしてた。

『 ”手” は使うもの。 頭同様に・・・』

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冬には、水が冷たくて、”あかぎれ” に滲みる。赤チンだらけの手は、働き者の辛い辛い勲章なのだ。

働き者で心の優しい御爺ちゃん・お婆ちゃん・・・その生き方は皆のお手本である筈だが。

伝統工芸士と名誉ある(?)称号を持つ人々が全国各地にいて、其々の工芸品を作っている。

創作には、大小さまざまな道具や工具を用いるが、其れを使うのは職人の ”手” である。

時代が進み、手その物を使わなくなって久しくなる。手は飾り立てるものへと変化したのであろうか?

『 指輪を見せてちょうだい 』

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45年も前の事となったが、一人のご婦人に会った。

歳の頃は70歳か? 一見して農家のご婦人と判る。だって指先を見れば・・・

真っ黒で皺くちゃでカサカサで太かった。

ご婦人は、「指輪を見せて下さい」 と。 次の言葉が素敵だった。

「 長年、農家だったので手もゴツゴツして醜いものになったが、

 やっと仕事から解放されるようになった。 長い事、よく働いてくれた ”手” です。
 
 感謝を込めて、せめて指輪でもはめてやりたい 」 と・・・

働き・汚れて、其れが生き甲斐の婦人だったのあろう。

その時の、ご婦人の ”手” は、45年も昔の事だが、今でも鮮明に想い出す事ができる。

「房総の村」 では、子供達の工作教室があちこちで開かれていた。

普段は勉強にスマホにと手を使う事であろうが、物作りとなると思うように ”手” が動かない。

でも、どの子の顔も真剣そのもので、側から見ていて微笑ましく思える。

現代っ子の母親は、子供が何をするにも、”危ないよ!危ないよ!” と・・・

子供は、怪我をして初めて痛さを知りる。此の経験こそが子供を成長させるのだが。

昔は、肥後の神で竹トンボを作った男の子は多い筈である。小刀で指の先は傷だらけ。

”手”は、飾り立てるものではなく、使うものである。 子供達に再確認させられたお正月の行事。

子供の遊びに ”手”を 再確認するって、「こんなもんなの~?」




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子供の世界 


『 七歳までは、神の内 』

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お母さん!玄関にお婆ちゃんが来てるよ~。 とか、夜トイレに行ったら、御爺ちゃんが居たよ~。 とか、

大人には見えない事を子供はしばしば口にする。

小さな幼子には、七歳に成るまでは大人にない感性(霊感)があるからだ、とも言われるが、

大人に成れば、神との関わりは一段と薄れるが、七歳までは神の守護が必要であり望まれると言う事である。

”七ツ子詣り” と言う風習は、七歳に成った子供に精進潔斎させ、氏神さまに参拝させ、

今日まで無事に来られた事を感謝するのであった。

今では僅かに残る風習に、”十三詣り” がある。

此れは十三歳の子供がお参りすれば、開運出世出来るご利益を神に願うものである。

七歳の ”七ツ子詣り” や ”十三詣り” の信仰は、其の基底に成人する時期に当たり、

神のご加護を得んとする願いが心の奥底にあるからだ。

『 夕暮れの遊びは、”神隠し” に・・・』

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子供の目と耳には、大人の真似の出来ない不思議な能力が宿っていると言う、

眼で見、耳で聴き、言葉や行為の背後に潜むものを感じ取る能力は、大人には既に失われた能力なのだ。

”童言葉” と言われ、子供には夕方の事象を題材にしたものが多いと言われる。

「夕焼け、小焼け、あした天気にな~れ」 とか、「カエルが鳴くから、か~えろ」 とか・・・

夕暮れは、母親が忙しく子供は遊ぶ相手がおらず、夕暮れになっても外で遊ぶようになる。

薄暗くなった外では、一瞬姿を消す事が起きる。俗世間に神秘的時間の到来である。

是を、”神隠し” に遭ったと言ったものだ。

やがては ”神隠し” という事象が、”かくれんぼ~” 遊びへと受け継がれるのだが、

親にとっては、此の遊びは ”神隠し” に遭うのではないかと、禁じられた遊びでもあった。

『 子供には、”神の加護” が必要 』

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子供には、大人へと成長する過程で、絶えず ”神による守護” が必要と考えた事は、儀礼で見る事ができる。

受胎・・・・・・・霊魂が飛び込んでくる。

五か月目・・・うぶ祝い (犬の帯)。

誕生・・・・・・・産小屋・納戸。 産神と産婆は産婦の守護霊。

三日目・・・・・手抜き祝い (手通しの祝い)。

七日目・・・・・お七夜 (命名式・産神の祭り)。

三十三日・・・宮参り (姑と赤ん坊だけ)。

百か日・・・・・お食い初め (産神の祭り) で霊魂が宿る丸い小石が必要

二、三歳・・・・紐通しの祝い (男女)。

五歳・・・・・・・袴着の祝い (男子)。

七歳・・・・・・・紐通しの祝い (男女) 此の時、氏神様に宮参り。七五三の祝いは七歳の時だけ。

産神と産婆は、女の子が結婚するまでの護り神である。

かように、神の加護で七歳までの幼子を護って欲しいと願ったものである。

日本の儀礼は、初めから最後まで ”霊魂” の祭りなのだ。

『 子どもの世界 』

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”綾とり” ”おはじき” ”お手玉” 等などが女の子の遊び。

”石蹴り” ”独楽回し” ”ぱっちん” 等などが男の子の遊び。

「房総の村」 のお正月の催事で見かけた子供達の遊び。

”子供の世界って、本当にいいな~” とつくづく思ったものである。

室内では姉弟が将棋盤を広げていた。 その横にはカルタの箱らしきものがあったが。

”面白そうだから、一枚写させてね” と一言お断りを・・・

将棋を差すのか?と思って見ていると、一駒ずつ山が崩れないように駒を取る ”山崩し” だった。

私も小学高学年までは将棋が差せず、”山崩し” や ”歩まわり” をして遊んだ記憶が蘇った。

ベイゴマを楽しみ、竹馬でよちよち歩き、元気よくチャンバラごっこ。

子供の遊びの世界と、歳老いた懐かしむ楽しみ。 いずれも楽しみの世界である。

想い出に幸せを感じるって、「こんなもんなの~?」




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房総の初春 ③ 


『 春の海 終日のたり のたりかな 』  与謝蕪村(句)

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” 房総の村 ”では、萱葺く古民家で筝の演奏が開かれ、正月定番の 「春の海」 が聴けた。

生田流宗家・宮城道雄の代表的筝曲で崢と尺八の二重奏だが、今回は筝のみであった。

この曲は、1930年の歌会始の勅題 「海辺の巌」 にちなみ、其の前年末に作曲・初演奏された。

大検校であり、日本芸術院会員でもあった宮城道雄が、

父親の故郷であり、幼い頃に育てられた福山市鞆の浦の印象を創作した曲である。

宮城道雄は、夜行列車のデッキから転落死を遂げるが、其の原因は判らず、自殺とも言われている。

筝曲 「春の海」 は、ヨーロッパにてフランス人ヴァイオリニスト・ルネ・シュメーとの共演で世界的評価を得る。

長閑でマッタリとした曲には、思わず蕪村の句を思い出す。

演奏者の女性は、東京芸術大学・大学院卒業であり、宮城道雄・筝曲コンクールで銀賞を受賞。

美しい容姿で爪弾く崢の音に、「春の海」 をうっとりと聴き入った。

『 一碗の 茶にとけこむや 和の世界 』

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霜の降りた路地を通り、花の飾も無い茶室に入れば、釜から聞える微かな音の他、何も無いのだが、

其処に温もりを感じた。 ”いかに心の 嬉しかるらん” の思いがした。


初春に、ちんどん屋・獅子舞・筝の音・茶釜の音に、心豊かになれた清々しい気分を味わった。

お正月の良さって、「こんなもんなの~?」





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房総の初春 ② 

『 追 儺 と 獅 子 舞 』

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” 追儺 ” と云えば、節分の代名詞のようになっていて、多くの神社仏閣で節分追儺祭が行われ、

一般家庭でも、節分の日の ” 豆まき ” が、追儺だと思っているようだ。

「 鬼は外~、福は内~ 」 と叫びながら豆を撒き、歳の数ほど豆を拾い食べれば一年中健康と思っている。

『 権記 』 に見られるように、追儺は大晦日の行事だった。後に、追儺に鬼を追うという節分行事に変化した。

大晦日に追儺で鬼を追い出し、元旦に獅子舞で福を呼び込む。

日本人は古来、鬼は邪悪であると言うよりは、慈愛心を持ち迎えられたものだ。

節分祭に、” 鬼迎え ” をする風習が今でも各地に残っているのは、其の所為である。

『 獅子舞に 頭かじられ 逃げる子ら 』

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初詣で、獅子に頭を噛まれると魔除けになる。

お正月などの縁起が良い目出度い時に行う獅子舞。

疫病や悪魔を祓い、一年をより良く過ごす為に頭を噛んでもらうは、広く大衆に信じられてきた。

真っ赤な顔をして、総金歯でカチカチ鳴らしながらやって来る獅子舞に、

子供の頃に逃げ回った記憶が頭を過る。

『 ” なまはげ ” は、祖霊の来訪 』

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獅子にも勝るとも劣らぬ姿に ” なまはげ ” がある。

” なまはげ ” が、現在も健在なのは、男鹿の山伏集団がいたからである。

鬼面を付け、蓑で体を覆い、家々を訪ねる ” なまはげ ” は、山伏が大晦日の宗教行事とした。

『 徒然草 』 は言う、「 なき人の来る夜とて魂祭るわざ 」 と大晦日の夜の事を述べている。

日本の ”しきたり” を振り返って見ると、行われる行事の不思議さに気付く。

理由は、旧暦を新暦へと無責任に変更した事によるものであろう。

今でも農耕作業には、旧暦を用いている。 新暦では季節感が伴わないから。

房総の村で見た ” ちんどん屋 ” と ” 獅子舞 ” に、祖霊信仰を基とした追儺と祈願を再考した。

歴史と共に変わる信仰の形態とは、「こんなもんなの~?」






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房総の初春 ① 

『 ”房総の村” の、お正月 』

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 春は桜の あや衣 秋はモミジの 唐錦

    夏は涼しき 月の絹 冬は真白き 雪の布
 

毎年の初め二日と三日は、”房総の村” では、子供達と一緒にお正月を楽しもう!!と、お祭り騒ぎ。

ちんどん屋が、鉦や太鼓で囃したて、獅子舞が今年一年の健康や安全を祈る。

遥か記憶の彼方へと消え去りそうな、お正月の雰囲気を味わいに出掛けてみた。

『 ちんどん屋 春かきまわし かきまわし 』

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 年の初めの 例とて 終き世の めでたさを

    松竹たてて 門ごとに 祝う今日こそ 楽しけれ
 

鉦や太鼓が囃し立てるなか、サックスが旋律を奏でる。

” 天然の美 ” ” 一月一日 ” ” お祭りマンボ” 皆、耳に懐かしい曲を奏で、軽妙な演奏に心も浮かれるが、

今の子供達には、どの曲も知らないものばかりだろう。

『 鉦・太鼓 踊りと音で 春を呼ぶ 』

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 私のとなりの おじさんは 神田の生まれで チャキチャキ江戸っ子

    お祭りさわぎが 大好きで ねじりはちまき そろいのゆかた
 

私が幼少の頃、家の前は泥土の道だった。

遥か彼方から聞える、”チンチン、ドンドン カン、ドンドン” の音に誘われ、家から飛び出したものだった。

派手な着物に賑やかな化粧を施し、家の前を賑やかな音で奏でながら、通ろ姿に目を奪われた記憶がある。

子供ながらに、哀愁を帯びた音曲に幻想的な面白さに気をとられもした。

”ちんどん屋” の起源を辿れば、紀元前1800年のバビロニア時代に ”ひろめ屋” として存在したという。

我が国では、「ライオン歯磨」 が最初とも言われるが・・・江戸時代からあったのでは?

社長自ら先頭に立ち、6人編成の ”ちんどん屋” を引き連れて、全国を43日かけて練り歩いたらしい。

「ライオン歯磨」 こそ、日本最初の広告活動であったのだろう。 いや、”ちんどん屋” の始まりだったの~?

鉦と太鼓に誘われ、初春を楽しむって、「こんなもんなの~?」



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吉原は、昔の話・・・ 


『 秘すれば花、暴かれて泥 』

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歌川広重(画) 「江戸名所100選」 ”新吉原・仲町 春の景” 

元旦に、家に居てもダラダラするばかり、という事で・・・昔懐かし吉原へ足を運んだ。

浅草寺の参詣者が多過ぎて、駐車場がない事態。

”大門” 目指して歩を進めるが、何処が入り口か判らない。

途中で、老婦人が犬を連れての散歩の途中。

「スミマセン!吉原は何処ですか?」 と聞けば、ご婦人が曰く

「今は、吉原はやっていませんよ」 と。 そんな事は知っているとも云えないが、

よもや私が女郎買に行くとでも思ったのかね~。 内心一人で苦笑い。

『 栄枯盛衰、無情の風に彼方へと 』

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「吉原神社」 浅草七福神ノ内、弁財天を祀る

”吉原大門” の看板は直ぐに見つけられたが、エッ、この先があの吉原?

見事に面影すら見当たらない。 おまけに元旦、辺りは閑散として寂しい限り。

交差点の立て看板を案内に・・・少しばかり迷いはしたが 「吉原神社」 に辿り着く。

”弁財天” を祀る、浅草七福神に指定された寺で、小さいながらも多くの人出があり、

参拝の後は甘酒の接待があり、凍えた体を温める人がちらほらと。

『 闇の夜は、吉原ばかりが 月夜哉 』

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浅草名所・七福神 「吉原神社」 近く、無慚な死を遂げた遊女の慰霊場所

新吉原、花園池(弁天池)跡

江戸時代初期まで、この付近は湿地帯で多くの池が点在していたが、

明暦の大火(1657年)後、幕府の命により、湿地の一部を埋立、日本橋の吉原遊郭が此の地に移された。

以来、昭和33年迄の300年間に及ぶ、遊郭街 ”新吉原” の歴史が始まった。

江戸時代には、様々な江戸風俗・文化の源泉となった。

当時は夜ともなれば、町街から明かりが消え、闇夜と化したが、

吉原遊郭だけは、繁昌し夜を徹して明かりが消える事は無かったと言う。

遊郭造成の際、池の一部は残り、いつしか池畔に弁天祠が祀られ

遊郭楼主たちの信仰を集めたが、現在は浅草七福神社の一社として、

お正月には、多くの参拝者が訪ねて来るようになった。

『 冬日影 苦界浄土の 夢の跡 』

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関東大震災、溺死者の霊供養 観音菩薩の建立

池は、花園池・弁天池の名で呼ばれたが、大正12年の関東大震災では、

多くの人々が此の池に逃れ飛び込び、490人の人が溺死したと言われる悲劇が起こった。

弁天祠付近の築山に建つ大きな観音菩薩像は、溺死した人々の供養の為に大正15年に造立。

廻りに池が見当たらないのは、昭和34年吉原電話局の建設に伴う埋立工事で姿を消した。

池は現存することなく、わずかに其の名残を残すのみとなった。

『 遊びをせんとや生れけむ 』

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”遊女” と云えば、真っ先に想い出すのが、「梁塵秘抄」 で、「我が身さへこそゆるがれる」 と続く。

平生罪業深い生活を送っている遊女が、自らの沈倫に対しての身を揺るがす悔恨をうたったものであろうか?

「さて空しく此の世を去りて、来世は如何。是も前世の遊女にて有るべき宿業の侍りけるやらん」 と

法然は、遊女に救いの道を教えたと言うが、果たしてどんな方法を伝授したのか? 気にはなる。

好むと好まざるに拘らず、多くの遊女は女衒の手に罹り吉原へと。

10数年のお勤めの後に、自由の身になったとしても、その先へどんな道があると言うのか?

今は露と消えた吉原廓、日本の穢れの文化を ”遊女” に見出すのは、余りにも切なさすぎる。

『 この廓や 月雪花も 三菩薩 』

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「女郎の務めの事なれば、嫌と思う客にても、惚れた顔はせねばならず、是をひとえに真と思うは、愚かな事か、

 此方は一人を相手、女郎は昨日西国の客に会へば、今日は奥州の人に会う、昼武家に会えば、夜は町人に会う。

 この割で見れば一年中には七百二十人、そのうち暇な日もあれど、

 少なくも三四百人は変わるべし」 と。    『吉原大全』


「金で女を買う。そこには、女に対する人格も認めず、ただ男の享楽の為に、金銭で一時の女を慰み者とした。

 男の傲慢さが顔をのぞかせる。女に対する哀れみも無く、手前勝手な自己本位の男の姿。

 何と無礼な男ども。女の肉体を時間ぎれの金で支払い、男は愛欲を満たす。

 男とは、そう言う者だと、自己弁護する」 と。    『昭和遊女考』


井原西鶴、永井荷風 が考えている如く、

男は、あとくされなく一時を楽しみたい。其の為には金をも工面する。

はるばる遠くからも吉原へ。 「ふらない」 散茶が一層の拍車をかける。

廓・吉原での一時の享楽を味わう男心って、「こんなもんなの~?」





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元旦に思う 

            
         福 聚

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新しき 年の初めの 初春の

     今日降る雪の いや重け吉事


” 正月は、冥途の旅の 一里塚 ” と言われ、歳老いると余り嬉しくない年の節目。

まぁ、お堅い事は云わないで、今年も一年が無事に過ごせるようにと、思うばかりですね。


『 賢しみと 物言ふよりは 酒のみて 

            酔ひ泣きするし まさるたるらし』


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       上野の ”お山”の、小さな神社

賢ぶって、正月を物言うよりは、おせち料理を頂き、お屠蘇を楽しみ、

タラフク飲んで愚痴でも吐くのが、人間らしくてイイね~!!と、大伴旅人さんは言っている。

又、こうも言っているよ。「 賢ぶって酒を飲まない人は、猿に見える 」 ともね。

今日はお目出度い ”お正月”。「今が楽しくあれば、あの世では虫にも成ろう、鳥にも成ろう 」 と。

人混みの中、初詣で叶いもしない願い事をするより、家で一杯引っかける方がイイに決まっている。

『 物見櫓の必要性 』

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何年か前、青森県の三内丸山遺跡を訪ねた事があった。

直径1mもあろうかと思う巨柱に支えられた、穀物倉庫(?)があった。

恒久的な高層建造物であって、他にも多くの立派な住居などが建っている。

一番高い構造物は、壁も無く吹き抜けの足場だけであることから、物見櫓と思われる。

遠くを見るための実利的な役目を果たすものであろうが、物見櫓を見て感じる事は・・・

足許ばかりみて、”今をどうを生きるか?” に思案はするが、現代人は・・・

遠くの将来を眺める事を忘れ気味に、今を齷齪迷い道を歩んでいるような気がしてならない。

心の中に物見櫓を建て、行くべき道を模索する必要性を感じた次第である。

世界中を眺めれば、巨大構造物は他国にも多くあるが、巨大墳墓は日本の古墳が最大であろう。

偉大な死者の霊を祀るという祭祀は、”死者は神になる” という思想でしかない。

死者の霊への信仰であり、これこそ 「神道」 発想の基本であろか。

理由は、全ての墳墓には鳥居が建てられ、神社としての役目を持たせているから。

『 神道が、日本仏教を産む 』

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      五條天神社

「 和を以て、貴しとなす 」 ・・・聖徳太子、十七条憲法の第一章で有名な言葉であるが、

第三条では、「天皇の詔に従う事 」を明確に記している。

また、「冠位十二階」 などで解かるように、儒教・仏教・道教・景教など研究し、政治に取り込んだ。

神道と仏教の融合を、五重塔の心柱に見ることが出来る。

推古天皇元年に、百済より招来の仏舎利が心柱の礎石の中に安置された。

ここに仏教受容の基礎が固まったようである。

神道では、心御柱といい重要な神聖は柱である。 

「日本書紀」 では、釈迦像を ”佛神” と呼び、佛神の祟りありとも記されている。

仏像その物が力を発揮すると考えており、佛の力と神の霊力が混合された。

神仏混合を迎える事となり、インド仏教は我が国独特な日本仏教を産む事となった。

『 中国が嫌う、靖国神社の意味 』

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     花園稲荷神社

靖国神社は 「神道 」の神社で御霊信仰であるのだが、中国はA級戦犯を祀る神社と解釈している。

中国には基本的に 「御霊信仰」 は存在しない。儒教にも、”死んで神になる” という思想は無い。

孔子の 『論語』 には、” 怪力乱神を語らず ” と言い、人知を超える神秘的・非合理的な力は語らない。

靖国のA級戦犯の罪は許さないという態度は、生前の罪は死んでも許さないという事で、

事実、中国には復讐行為は未だ健在していると言う事だ。

『華厳教』 が言う・・・

「事事無礙法界」 「重重無尽縁起の法」 の教えを、中国人は遥か彼方へと置き忘れて来たのであろう。

初春に思う事って、「こんなもんなの~?」


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