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こんなもんなの~?

趣味の写真を添えて、日々の『戯言』を・・・

古きを訪ね・・・ 

『 古くて、重厚な建物も・・・』

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廃屋問題が騒がれているが・・・

桐生の街区には、昭和初期以前に建築された木造や土蔵造りの古い建物が、約400棟保存されている。

中には、タイル貼り造りや大谷石造りのノコギリ屋根の織物工場を観る事ができる。

散策して目に付いた何軒かの建物をUP.

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昔懐かし酒屋さん 喫茶ルームを併設



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店先に並ぶプランターで、花屋さんと判るが・・・



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子どもの頃に通った、懐かしい銭湯も・・・

世代交代が進み、立派な家も廃屋と化し、相続問題が持ち上がっている現在。

解体費用と、固定資産税が、その問題を複雑にしていると言われる。

古い建物に郷愁を覚えるのイイのだが、維持する大変さを他人事ながら心配する。

古きを訪ね、心配ごとに頭を悩ますって、「こんなもんなの~?」





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category: 雑感

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小さな山村に・・・ 

『 メイン通りには、モダンな喫茶店も・・・』

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今もノコギリ屋根が220棟余り残る桐生の街。

そんな工場建築物を探しながら街中を歩けば、アーチストの工房やベーカリー・カフェ、洋菓子店、喫茶店も・・・

古民家を改造した一軒のコーヒーショップを発見、歩き初めて間もないので素通りをする。

『 ちょっと覗いて、見たくなる 』

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珍しい名前の明神様だね~根精とは

しばらく歩いていると、珍しい ”明神さま” に出会った。

「根精大明神」 と石碑に彫刻され、根精とはどんな明神さまなんだ? と、覗いて見れば・・・

根精(こんせい)大明神さまは、いわゆる陽石と呼ばれる男性自身を模したもので、

私達人間の根底にある子孫繁栄願望が、石神信仰と給合したもので、

ご利益祈願は子授け子育てから始まり、安産・長生き・精力旺盛・病気平癒・農作物豊穣・商売繁盛、

何とも幅広く、人間の欲望の節度無さをみる思いがする。


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見よ!!デンとチン座したご神体を・・・

160年前に建てられたもので、お年寄りの話によれば、

昔は、”根精さま” には花柳界の女性が多く参詣し大変な賑わいを見せたと言う。


『 リューマチ治療は、俵山温泉で 』

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俵山温泉街風景 (借り物のカット)

山口県の錆びれた山村に、リュ-マチ治療では日本一の湯治場がある。 俵山温泉がそれ。

湯治場・俵山温泉郷には、23件の湯治旅館が立ち並ぶが、昔ながらの湯治場スタイルで、

ほとんどの宿は内湯を持たず、その為湯治客は外湯で入浴をする。

外湯へは、浴衣と下駄ばきという風流な光景が楽しい。

此処の泉質は強アルカリ単純泉で、特にリューマチ治療に効果が高いと言われている。

極めて還元力が強く、抗酸化作用があり、高濃度水素の泉質である。

昔の家庭医学本 「赤本」 には、リューマチ治療には俵山温泉での湯治が一番と書いてあった。

『 もう一つの、日本一が 』

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俵山温泉・麻羅観音 本堂前にも、堂々としたものが立ち並ぶ (借り物のカット)

此処、俵山温泉郷には、もう一つの日本一がある。 俵山 「麻羅観音」 である。

湯治場から少しばかり足を運べば、”俵山麻羅観音” の看板と本堂が目に飛び込む。

此処は、何と云っても 「日本一」 らしい。 大きさなのか? それとも数なのか?

本堂の中には、巨大な男根が。 そして数えきれないほどの大小様々な男根が・・・

看板の由来を読めば、「大内義隆が湯本温泉の大寧寺で自刃したのは有名な話。

長子の義尊も、二日後にあえなく捕えられ惨殺の憂き目に遭う。

末っ子の観寿丸は女装して山中に身を潜めていたが、捕えられ殺害され、

男児である証拠にと男根を切り取られ持ち去られる。

憐れんだ里人たちは、社を建立し男根を祀り、観寿丸の霊を慰めた」 、と。

今では、子宝に恵まれない人や、健康増強への願いを託す参詣者が後を絶たず賑わいをみせる。

リューマチ治療には、俵山温泉で湯治が一番。

子宝に、健康には、俵山・麻羅観音が一番。

ヒッソリとした片田舎に、「日本一」 が二か所も。 是非一度は訪ねてみたい処のようですね。

”根性大明神” を拝んで、ふと俵山の事を思い出した。

旅の楽しみって、「こんなもんなの~?」






category: 雑感

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”お召” は・・・ 

『 騒音? いや~轟音だった 』

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糸の美しさに魅せられて・・・

数百台の自動織機が出す音は、騒音を超えて轟音だった。

戦後のテキスタイルの需要は、想像を超える利益をもたらす機織り事業の経営者は笑いが止まらなかった。

製品を渡す時には、受注金額を越えた金額になる良き時代と、伯父は言っていた。

そんな織り元を伯父は経営していたが、後々に倒産の憂き目に遭う事となったが・・・「盛者必衰の理」だね~。

小学生の頃は、春・夏・冬と学校が休みになる度に伯父の家に遊びに行ったものだ。

羽振りが良く、当時では豪邸だったのであろうが、私にとっては極楽に来たような思いだった。

百人を超す女工さんたちが自動織機で働いていて、機械の出す音は耳を塞いでも煩いものだった。

そんな昔の事を思い出しながら桐生の散歩を楽しんだ。

『 何事も、プログラミングが大切 』

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織り機 or ピアノマシン(紋彫機)?

桐生を代表する織物に ”お召” がある。

ピアノマシンと言われる紋彫機は、”紋紙” に案を開ける為の機械で、

”お召” に不可欠な強撚糸を作る為の八丁撚糸機や、

各種織機、柄を織る時の動きを指するプログラムの役を果たすものである。

『 七つの製織技法とは・・・』

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八丁撚織機 ”お召” には不可欠な織り機

伝統的工芸品に指定される桐生織物では、七つの織技法が指定を受けている。

”お召織り” ”緯錦織” ”経錦織” ”風通織” ”浮経織” ”経絣紋織” ”綟り織” である。

織物資料館展示室では、七つの技法で織られた現物と解説を見る事ができる。

『 ”お召” も、”軍旗” も・・・』

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飛び杼(緯糸に糸を巻く機械)かな?

宮中に仕えた白滝姫が嫁ぎ、養蚕や機織りを伝えたのが始まりとする伝説が伝わり、

714年(和銅7年)には ”あしぎぬ”(古代の絹織物) を朝廷に献上した記録が残されている。

元弘3年、新田義貞による鎌倉討幕の軍旗。 慶長5年、関ケ原の戦いで徳川の旗絹は桐生で織った物。

高級品の生産がされ、「御吉例之地」 として徳川幕府の手厚い保護を受ける。

現在では、時代に柔軟に応じ、和装・洋装にと総合産地として確固たる地位を築いている。

”お召” 用反物や帯をはじめ、高い品質とファッション性を武器に、海外のブランドにも提供している。

戦後の織物産業の隆盛を思い出しながら、桐生の街を散策した。

回想の楽しみって、「こんなもんなの~?」



category: 雑感

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目の保養に・・・ 

『 織物の街、”桐生” 』

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国の登録有形文化財指定 「桐生織物記念館」

群馬県桐生市は、1300年余りの古い伝統を誇る織物の産地である。

昭和9年建造の「桐生織物同業組合」として建造される。

この時期は、昭和恐慌からもいち早く立ち上がり、織物産業も最盛期を迎える。

建築当時は、建物の屋根は三角屋根で青緑色の洋瓦で葺かれ、

当時の流行の最先端のスクラッチタイル貼りのモダンなものだった。

現在は、地場産業の繊維を貴重な資源と位置づけ、織物展示室を設け観光振興を図っている。

二階の旧講堂部分には、ステンドグラスが入ったモダンな建物は、

レトロな雰囲気が漂い、映画やドラマのロケにも頻繁に活用されている。

『 つい欲しくなる、伝統的工芸品 ”桐生織物” 』

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繊維製品が並ぶ、「桐生織物展示販売場」


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反物・帯・袋物・小物と、自分用にお土産にと・・つい手が出る。価格も良心的


『 西の ”西陣”、東の ”桐生” 』

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映画「利休で使用された着物や反物を展示

野上弥生子原作 「秀吉と利休」 の映画化で、 三國連太郎主演で ”りき” 役は三田佳子だった。

戦国時代にあって、茶道の美と知を追い求め続けた利休と、

絶大な権力を持ちながら、粗野で利休とは相反する性格の秀吉との確執を表現した映画。

映画に用いられた品々には、美術館などが所蔵する国宝級の本物が・・・

主役の三國連太郎でさえ、手が震え何度となくNGが出たほどと言われる。

此処に展示されている着物は、”りき” 役の三田佳子が纏った物であろうか?

販売所でお土産を買うも良し、高級織物で目の保養をするも良し。

何と言っても、”西の西陣” ”東の桐生” と、繁栄を極めた織街だった。

旅の楽しみって、「こんなもんなの~?」



category: 雑感

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古代人の智慧 

『 ”埴 輪 ”に、思いを馳せる 』

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千葉県は古墳がとても多く、12,000基にも及ぶと言われ、多くの古代の遺跡が発掘されている。

埴輪を作る風習は、文字が殆ど残されていない当時の歴史や背景や生活を知る大きな手掛かりとなる。

『 ” 壊す埴輪 ” に、” 残す埴輪 ” 』

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考古学では、土偶と呼ばれる素焼きの不思議な人形は、目的も使用方法も謎が深いとされているようだ。

良く判らない事は、妊娠した女性の土偶が殆どで、母神像とも呪術に用いられたと考えられている。

離れた場所からばらばらに出土する土偶は、初めから壊す為に作られたようで、

食物の女神を切り離し、ばらばらになった体の部分から、新しい芽が生えるとのハイヌウェレ型神話と思われ、

呪術的祭祀の証拠だとも言われている。

造形的に最も美しい土偶は、”縄文のヴィーナス” と言われ国宝に指定されている。

豊穣の女神 ”ヴィーナス” を始め、我が国では山の神・海の神もそうだが・・・

何故、壊される土偶と残される土偶があるのか? よく判らない古代の儀式には興味をそそられる。

『 祭祀は、畏敬の念から 』

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古代人にとっても、現代人にとっても、気候風土・文化の固有の流行があるように、

祭祀には、特別な化粧と衣装、そして特別な楽器などがあったように思う。

土偶と、想像される祭祀の時の化粧や衣装には特別に興味が湧いてくる。

祭祀は、神への畏敬の念を込めたものであり、現代の祭りとはかけ離れたものである。

古代人の祭祀では、「祭りだ、祭りだ、ワッショイ・ワッショイ」 なんて不謹慎な事はなかった。

『 ”囲炉裏” は、古代人の智慧だった?』

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古民家ではしばしば ”囲炉裏” を見受けることがある。

家族の団欒の場であり、食事を摂り、明かりや暖を取る場所だった。

初期の立穴住居には ”囲炉裏” は無かったと言う。

定住生活が始まると、地面を少しばかり掘り下げて地床炉が考案される。

次第に高度な ”囲炉裏” が作られるようになるのだが・・・

火を興すのが困難だった古代人は、火を消さずに保存する為に屋根の付いた竪穴住居を考案し、

火を絶やさない為に、”囲炉裏” を囲む努力をしたと言われる。

火事や落雷でしばしば住居は消失したようでもある。 発掘した住戸に其の跡を見る事が出来る。

「火は、神からの賜物」 との思いから、古代人は火種を守る事に心血を注いだのであろうか?

僅かに地面を掘り下げ、茅で屋根を葺き、囲炉裏で火を熾した竪穴住居は、

通気性が良く湿気も少ない快適な生活が送れる家屋であったに違いない。

現代の日本家屋も、古代人の智慧を脈々と受け継いだものである。

歴史の重みとは、そんなものなのであろう、か?

古墳や埴輪に学ぶって、「こんなもんなの~?」


category: 雑感

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混 在 

『 古さと、新しさの混在 』

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古民家の窓に・・・通行人に見せる為?

古い町並みを散策すれば必ずと言ってよい程、古い物と新しい物との混在を観る。

時の流れの発見と探索に心は満たされる。

何の変哲もないキャラクター人形が、無造作に窓辺に置かれている。

錆びだらけの鉄格子に、カラフルな人形が人目を惹く。

『 ”対比” の面白さ 』

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古い町並みにモダンなレストランが、赤いバイクが目を引く

古い家屋が立ち並ぶ其の中に在って、モダンなレストランが・・・

街並は町並みで其の古さを、そしてモダンなレストランはモダンで、お互いが対比によって輝いている。

あたかも画家が、キャンバスに色調に変化を付け、対比的にメリハリをつけ光り輝かすかの如くに。

『 ”赤いポスト” は、文化の遺物なのか?』

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街並には、やはりこの手のポストが・・・

文化を作るとは、感覚を芸術化する事に他ならない。

機能主義が叫ばれて久しくなる、でかくて不格好な ”赤いポスト” と、今では思われそうだが・・・

懐かしく思う感覚も、程度こそあれ精神的であり、文化的教養の一つであろう。

例え其れが、美品と呼べるほど美しい物でなくても・・・

美を探すのであれば、知的教養を磨く必要がありそうだ。

『 表現の自由?』

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う~ん、柱にハイヒールとはね~?

観る人に興味を興させようとの企みなのか? 意図と怪しさが面白い。

誇張や大袈裟な手段を使うでもなく、ただ柱にハイヒールをぶら下げるだけで。

作者が抱いている興味を、観る人は素直に取り込もうと想像を働かせる。

想像の楽しみが増幅されるのは、柱にハイヒール。意表が惹きつける興味であろう。

『 街燈に、大祭のモチーフを・・・』

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街燈に、佐原の大祭をモチーフに・・・

佐原には八坂神社・諏訪神社とがある。

夏祭りには10台の山車が、そして秋祭りには14台の山車が小野川添いを練り歩くという。

関東三大山車祭りであり、「佐原の大祭」 と呼ばれる。

「生活をデザインする」 とは、しばしば耳にする言葉である。

快適に美しく日々の生活が送れるようにと、芸術家が目指すデザインであろうか。

デザインされた其の物は、配置に気を使うものであろう。

街燈に祭りのモチーフを・・・

街燈だけでは寂し過ぎる。こんな発想からの造作であろうか。

物は増えれば増える程、空間をむちゃくちゃにするのだが、美しく見せる工夫を感じる。

古い街の街燈は、如何にもガス灯を思わせる風に、思考を働かせ。

街歩きの中で、古きものと新しきものとの ”混在” を探す楽しみって、「こんなもんなの~?」



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ロケ地に最適 

『 立ち寄るなら、此処 ”こばやし” 』

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是非立ち寄りたい、袋物の店 ”こばやし” 

小江戸・佐原の街は、映画やテレビのロケ地としてしばしば利用される。

伊能忠敬・旧宅より少しばかり歩を進めると、袋物・帽子の店 ”こばやし” がある。

ご主人の話もとても面白いが、是非お会いしたいのが作品を作られる母親(と言ってもお歳よりだが)。

丁寧な作りの作品は見事の一言!!

自分のお気に入りの布地を持参し、バックやお財布の制作を依頼する人が多いそうだ。

ご主人はとても気さくな人で、何処ではこんな番組のロケが・・・あそこでは映画のロケが・・・

親切丁寧な説明と、話し振りとがとても印象的だった。

『 出会いの楽しみ、下町 』

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味噌・醤油の工場なのか? 古びた漆喰造りがお気に入り

庶民的で気さくな人が多く、変化に富んだ路地裏通り・・・

思いがけない出会いが、下町の小旅行を楽しませてくれる。

地元の人たちの大切な生活空間、”こんにちは” の声掛けが旅の心を軽くさせてくれる。

店先で外を眺める店員さんと、道で遊ぶ子供達と、散歩する地元の女性に・・・

会話が街の様子を解からせてくれ、気ままに歩き回る事の術であろうか。

人に尋ね立ち話を楽しむのも、触れ合いの一つであろう。

『 街の香りが、郷愁を呼ぶ 』

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木造住宅には、南天が良く似合う

此の街には、私好みの風景が色濃く残っている。

街並に個性が残され、歴史と物語の世界が旅の心を癒してもくれる。

震災で屋根は剥がされ壁も落剝した跡形は、今では修復され美観を取り戻している。

古い屋根瓦や板塀、独特な窓枠が歴史の深さを味わいさせ、

曾ては、地元の人々はどんな人生を送っていたのか? 街の香りにそんな思いを起こさせる。

『 小さな幸せ・・・』

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銘酒 ”佐原ばやし” の一斗樽が置かれた 「東薫酒造」 の店先

小野川を横切る忠敬橋を渡り、西へと未知の道を歩き出すと、もちろん道はありふれた道なのだが、

茶房や呉服店や蕎麦屋が立ち並び、その先には大きな藏が姿を見せる。造り酒屋が二軒ある。

散歩者の小さな体験だが、古い街並には郷愁をそそられる。

あたかも心に暖かな灯がともるのを感じながら・・・

枯れた酒林と一斗樽に誘われ一歩中へと進むと、四年前の大震災を想い出させる。

あの時、破壊された家屋の屋根瓦を集め、子供達が復興への願いを込めて書いた瓦が横一列に。

弘法大師は、「浅き夢みし 酔いもせず」 と。

子供達の小さな幸せを祈る願文に、改めて”幸せって、何だろう?” と考えずにはいられない。

カメラをぶらさげての街歩きって、小さな幸せ探しなのでもあろうか。

散策の良さって、「こんなもんなの~?」



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建築様式・・・ 

『 石の文化・・・』

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古書店の店先で、”昔のたい焼き” ?

文学・美術・工芸・音楽・演劇と、文化のジャンルは沢山あるが、建築文化も其の一つであろう。

ヨーロッパは ”石の文化”、日本は ”木の文化” とも云えそうだ。

構造物の規模の大きさ、隅々までおびただしい彫刻で加飾された外観や室内。あたかも美の饗宴である。

ファーガソンは、「人間の理性よりも、感覚に訴えた建築」 であると。

『 ”快楽” と、”禁欲” の建築様式 』

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仏蘭西料理店 「夢時庵」 の店先で・・・

宮廷建築の豪華さとは別に、寺院建築の美・特にヒンズー教や仏教寺院に見られる、

壁面を埋め尽くす程の、”男女交合像” には驚かされる。”快楽主義の建築” とでも呼びたくなる。

一方で、ヨーロッパの教会では ”禁欲主義の建築” とでも言えそうな様式も伺える。

『 ”統一” の空間感覚 』

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暖簾の架かった ”旅籠” が懐かしい

ヨーロッパの紀行番組を観ていて、何時も思う事がある。

紺碧の空と海、真っ白な壁にオレンジ色の屋根並。 何と美しい光景なのだろうか。

建築様式に見られる 「多様性と統一」 は、素晴らしい空間感覚なのであろう。

『 ”木と紙” の建築文化 』

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”お蕎麦でも、食べて行こう~” と声が聞えそう

”木と紙の建築文化” が日本建築の基本であるが、その上に ”光と空間の美” を尊んだ建築様式であろう。

四季が明確で、湿度の高い日本、そして山々に囲まれ樹木を大切にし、利用価値を知り尽くした日本。

建築物に何を用いれば、快適な生活が送れるのか? 答えは ”木と紙” であった事は的を得ている。

日本住宅の特徴に、風通しと明かりの取り方がある。そして木造建築物の寿命は千年にも及ぶ。

デカルトは、「合理的な事、論理的的な事」 と言うが、大切な事は、”風土的” な事であろう。

日本建築の特徴は、自然の気候を考えれば 「人工を自然に従わせる」 事であろう。

佐原の街並み、100年にもなろうとする家々を観ながらフト思った事であるが、

建築様式の違いが、西洋と日本とでは余りにも違いが大きいと。

そして、どうして古い街並に心惹かれるのであろうか? と・・・

日本建築では、畳と障子と廊下で温度と湿度を調節。 障子から差し込む穏やかな陽射し。

昔の我が家もそうであったが・・・

日本建築の良さを改めて佐原の街に観る事って、「こんなもんなの~?」


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記憶に残る街 

『 ”いしい、いしい” が、聞きたくて・・・ 』

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”いしい” の敬語が、”おいしい” であり、元々は女性語であった。

「源平盛衰記」 で、清盛の前で仏御前が艶やかに舞った時、清盛は ”いしい、いしい” と褒め称えた。

「太平記」 では、”いしかりし時は、夢窓にくらはれて” と・・

”いしい” とは、美事美事であり美味美味と言う訳である。

佐原の街を散策していると、若い女性が真剣に ”あぶり餅” を焼く練習をしていた。

手馴れていないのか? あまり上手くは無いようだったが・・・

観光客から舌鼓を打ち、” いしい・いしい (美味しいよ) ” と言われたくて練習に励んでいた。

『 ”ソフト クリーム” は、上菓子なのか? 』

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街中で、ソフトクリームの蝋造りの見本が目に飛び込んだ。

”ソフトクリーム” には、今でも想い出す程の印象が心の奥に・・・

60年前の事だった、下関市・大丸百貨店に立ち寄った時の事、

当時は、百貨店の食堂で何かを食べるなんて、”ハレ” の日ぐらいのものだった。

メニューに、”スウェーデン・クリーム” なる大そう美味しそうな看板が・・・

父が注文をしてくれ、後生大事に食べた事は、”ソフトクリーム” を見るたびに想いだす。

江戸には幕末になるまで、駄菓子と上菓子という二種類があったという。

京都から下って来た茶道と菓子が上菓子で、

後に上菓子も民間に普及し製法が素人に向けられ伝授され、駄菓子と言われるようになった。

菓子文化の話の一つに・・・

アメリカ総領事・ハリスに、幕府から四段重ねの真田打ち紐付の檜のお重に入れられた豪華な菓子が届いた。

その菓子の形・色合い・飾り付けの美しさに目を奪われたハリスは、

「アメリカに送れないのが残念だ」 と日記に記されているようだ。

百貨店で食べたスウェーデン・クリーム(ソフトクリーム) は、当時の私には上菓子その物であった。

一年中、何時でも好きな時に食べる事が出来る、ソフトクリーム・・・

果たして、上菓子なのか? それとも駄菓子なのか?

『 職人の技に、しばし見惚れて・・・』

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黒檀・紫檀など唐木で、”耳かき” を制作中



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”みたらし団子” を、炭火で素早く焼き上げる手際の良さ


『 退屈そうに・・・』

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乾物店の御主人が、店番していても客が来る訳でもなく、手持無沙汰そうに・・・

店主の少しばかり背を丸め、何を見るでもない眼差しに、

江戸の昔より乾物で栄えた店だろうが、観光客にとっては乾物を買う客はいず、

時代を経た藏の店舗が、時の経つ重みを感じさせる。

ご主人の姿に一抹の寂しさを覚えながら、一枚カメラに収めた。

小江戸・佐原での楽しみって、「こんなもんなの~」


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小江戸:佐原 

『 水の郷:佐原を散策 』

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水郷隨一の名勝として人気があり、女船頭の操るサッパ舟で揺られながらの十二橋巡りは、

水郷・佐原ならではの風情を味わい楽しむ事が出来る。

『 町並み舟めぐり 』

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ゆったりとサッパ舟に乗り、柳越しに重要伝統的建造物を見上げれば、

街を歩いた時とはまた一味違った風情を感じる。

佐原の街は、小野川の舟運を軸として発展した小江戸の街。

川から船上で見る佐原の街こそ、本物の商都・交易都市の佐原の姿なのである。

『 生きている、町並み 』

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江戸時代、小野川両岸とその周辺は、河岸問屋や醸造などの商工業者が軒を並べていた。

現在も隆盛を極めた当時を彷彿とさせる古い商家が建ち並らび、商都としての歴史的景観を楽しめる。

昔から家業を引き続き、今も営業を続けている商家が多く、”生きている町並み” と評される。

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『 そよ風に誘われ・・・』

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そよ風が小野川の河畔を心地よく吹く午後の一時、絵を描く楽しみを街の画家が・・・

川面をサッパ舟が行き交い、薄緑色に染まった柳も気持ちよく、古い街並が風情を見せる。

小江戸・佐原を散策すれば、日常の雑踏から救われ江戸情緒がたっぷりと楽しめる。

古に心を馳せれば、”古きを訪ねる楽しみ” って、「こんなもんなの~?」






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喜ばしい事 

『 時代には、抗らう事できず・・・』

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「船橋オートレース」 は、日本最古のオートレース発祥の地であった。

”あった” とは、今年いっぱいでレース場は廃止になる憂き目に遭うからである。

道路一本を挟んで、1900世帯にも及ぶ高層マンションが立ってる。

騒音問題に悩まされた住民からは、拍手喝采が聞えてきそうだ。

レース場に来るギャンブラーは、その風采も悪くマナーも悪い。

全て良い事だらけで、マンションの価格も値上がりする事であろう。

6年前に建設された当時より、レース場があるにも拘らず値上がりしている。

騒音から解放されるのは良いが、跡地は何に使われるのか? 気になるところだが・・・

『 最後のサービス? それとも悪あがき?』

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発券売り場前広場では、ファン・サービスを兼ねて、プロレス・ショーが開催された。


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”船橋音頭” や、”よさこい踊り” が繰り広げられるが、

観客はまばらで少々寂しい限りだ。


余りにもの騒音に、住民は二重窓の上に、更に二重窓を重ねたが・・・

マフラーの無いレース車からの爆音には、それ程の効果は期待出来なかった。

市が運営したレース場が赤字続きだったのを、よみうりランドが経営を引き継いだが、

時代の流れには抗する手立ても無く、あえなく廃止の憂き目を迎える事となったようだ。

喜ぶのは、マンションの住民!!

廃業に拍手を送るって、「こんなもんなの~?」




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平和の希求? 

『 想いを馳せ・・・』

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”戦跡の壁” 記念碑

”霊は、丸い物に宿る” と言われる。

南方の各戦地から運ばれた石にも、無念の死を遂げた戦士たちの霊が宿っているのか?

果たして、記念なのか? 鎮魂なのか? 

『 TRANS AM で、一休み?』

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キャンピング・カー で一服

靖国神社に、こんな広場があるとは知らなかった。

戦争を後悔し、反省し、懺悔をする大切さを説いているのかね。

敷地内は全面禁煙となっているが、此処だけは例外なのか。

オール・アルミ製のキャンピング・カー。 広いアメリカの大地を走る TRANS AM トレーラーが、

喫煙所に・・・遥拝し、散歩の後には煙草も欲しくなると言うものだ。

『 平和の希求 』

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平和に、願いを込めて

「母の像」 と、ラダ・ピノード・パール博士の記念碑、そして其の向こうには、「護国海防艦」 の模型が・・・

博士の言葉に・・

「 時が熱狂と偏見とを やわらげた時には、また理性が虚偽から その仮面を剥ぎとった暁には

 その時こそ正義の女神は その秤を平衡に保ちながら 過去の賞罰の多くに

 そのところを変えることを 要求するであろう 」 と。

靖国神社は過去の現実を真摯に見つめ直し、後悔し、懺悔しようとしているのだろう。

近年、中国は過去の二本の軍国主義を真似しているように思えてならない。

その中国が、靖国参拝問題に未だに注文を付けるとはね~!!

「 我昔所造諸悪業 皆由無始貧瞋癡 従身口意之所生 一切我今皆懺悔 」

” 言うは易く、行うは難し ” とでも言うのか?

靖国に ”懺悔” の大切さを思い知らされた日となった。

参拝の有難さとは、「こんなもんなの~?」



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祀る目的は? 

『 ”御旗” に ”菊の御紋” 』

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巨大なケヤキの柱に、分厚いケヤキの扉。 靖国神社で、一番印象に残ったもの・・・

”菊の御紋”・・・以前聞いた事があるが。

皇室に菊の御紋を献上したのは、比叡山の天台宗と。 

天台宗の紋章は、菊の門に三諦星(空・仮・中、を表わしている)が織り込まれている。

そう聞けば、何となく天台宗が皇室に献上したのも判るが・・・ひょっとして、此れ反対なのか?

そして以前は、天台宗の輪袈裟を掛けていれば、皇居にも入れたと。 本当かね~???

『 無頓着だから、心は自由に・・・』

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「何事にも、縛られるな!! 心は自由に遊ばせ!!」

此れって、釈迦の教えだったかな~?

陽射しを浴びて、お昼寝? 果たして、日本人に出来るのか? 無心って、素晴らしいね~!!

 勝ってくるぞと 勇ましく~

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 誓って故郷を出たからは 手柄たてずに 死なれよか

   朱に染まって にっこりと 笑って死んだ戦友が 天皇陛下 万歳と

   のこした聲が 忘られよか


敵弾をまともに受け、穴が開いたヘルメットが・・・

歌は誠に勇ましいが、死の瞬間に叫んだ声は、「おか~さ~ん!!」 だったとか。

戦争の悲劇を、靖国で改めて考える。

靖国で思う事って、「こんなもんなの~?」



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叶わぬ願い? 

 母は来ました 今日も来た とどかぬ願いと知りながら

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靖国神社

悲願十年 この祈り 神様だけが 知っている 流れる雲よりも風よりも

 つらいさだめの つらいさだめの 杖ひとつ
   作詞・藤田まさと

『 ”英霊” と、”氏神” そして ”鎮守” 』

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靖国神社

「苦しい時の神頼み」 という諺がある。

困った時や追い詰められた時などに、人は神や仏にすがる事があるのは、今も昔も変わらないようだ。

氏神や鎮守、そして菩提寺の仏に、身近の土地の神仏に願いを託した。

氏神は地域の豪族の祖先を祀った守護神であり、

鎮守は荘園を鎮護して貰う為に土地の守護神を祀った事が始まりだ。

そこへいくと、「靖国神社」 は、太平洋戦争で命を落とした戦士を英雄として祀ったものであり、

色々と物議を醸すのは、A級戦犯者をも祀っている事であろう。

氏神でもなく鎮守でもない靖国に詣り、賽銭を投じ何を祈るのか? 

戦没者の御霊の供養の為なのか? それとも、身勝手な願いなのか?

『 ”賽銭” の、”賽” とは・・・』

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明治神宮

明治神宮の本殿左前には、二本の大木が立ち注連縄が結ばれ、賽銭箱が置かれている。

”賽” とは、報い祀るという意味で、神仏に対し其の恩恵利益を想ってお金を捧げ祀る事で、香銭・散銭ともいう。

神というのは目には見えないものである・・・

古来人々は、樹木、巨岩、山岳などの自然その物に霊性を認め、神を祀る場としてきた。

神そのものではないが、神が宿る ”依代” と考えた。

巨木に神が宿るので注連縄を渡し、その前に賽銭箱。

英霊鎮魂と氏神と鎮守が、ごちゃまぜになっているのであろうか?

そであれば、人々は何を目的に賽銭を投じているのであろうか?

『 ”吉” と出るか? ”凶” と出るか?』

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明治神宮

ご多分に漏れず、明治神宮にも ”おみくじ” 売り場がある。

吉凶禍福を神に占ってもらうのが ”おみくじ” である.

大吉・中吉・小吉・凶 とあるが、出来るだけ凶禍を取り払った良い ”おみくじ” をと ”凶” は殆ど無いという。

随分と粋な計らいで洒落た事ですね~!!

『 能楽堂の前で、疲れを癒す 』

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靖国神社

俗界と神域とを分ける境界(結界)の鳥居を潜り、社殿にお詣り。

鳥居から社殿に続く参道には、多くの約束事がある。手と口を浄める手水舎もその一つだが。

神への供物として賽銭を投じ、鈴を鳴らしお参りの許可を頂き、

「二拝・二拍手・一拝」 なる儀式の上で頼み事を・・・

さらに続いて、神前を立ち去る時、もう一度拝礼をして・・・此れで完了となる。

ゴールデンウイークの間、少々忙しくしていたが、「子どもの日」 には明治神宮と靖国神社に遊んだ。

外国人の多さには少々驚いたが、二人の老婦人の其の姿に、「岸壁の母」 を思い出した。

理由は何であれ、神社・仏閣にお参りすれば、日常の煩わしさを忘れて気持ちは清々しく。

お賽銭を投じ、神妙に 「二拝・二拍手・一拝」 、御帰りに ”おみくじ” を・・・

参拝の良さと面白さって、「こんなもんなの~?」



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佳 日 

『 ”お宮参り” は、おばぁちゃんと一緒に 』

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明治神宮へ、”お宮参り” をするご一行

生まれて初めて外へ連れ出し、氏神を祀っている神社に、”新しい氏子です、何卒宜しく・・・” と。

昔は、お宮参りは、生まれた子供と祖母との二人で参るのが本当で、ママとパパは、家でお留守番が常識だった。

平安時代には貴族の間で、「歩行初め」 なる儀式があった。

生後、20~50日の子供を、恵方に住む知人宅を訪ねると言うものであった。

一般的に広まったのは、室町時代、足利義満が生まれた時、

幕府の威光を見せ付ける為に、大掛かりな宮参りを敢行した事に始まると言う。

『 ”ハレ” と ”ケ” 』

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結婚式は、明治神宮で。 参詣者も祝福を・・・

普段通りの日常生活を送る日を、”ケ” の日といい、

祭礼や法会、正月や節句、盂蘭盆などの行事や冠婚葬祭を行う日を ”ハレ” と呼んだ。

”ハレ” の日は日常から離れ、一張羅の着物を着、赤飯や餅を食し、お酒を飲んで祝う特別な日とし、

地味で単調な日々にメリハリとケジメと付けていた。

”ケガレ” とは、”ケ” の生活が順調にいかなくなる事で、病気や死、出産などを ”ケガレ” の日とした。

”ケガレ” の日には、禊をし身を浄め、お祓いをしたものである。

晴れ着・晴れ姿などは、”ハレ” の日に着る着物や姿の事であった。

『 ”ハレ” の日には、ロイヤルホストで・・・』

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神官と巫女さんに先導され・・・

”ハレ” の日は拡大解釈され、非日常的な事といい、特別な料理などを用意した。

今日は特別な日だから、外食でもしようか!!と・・・

福岡に本拠地がある洋菓子の店 「ロイヤル」 が福岡空港に出店したのが 「ロイヤルホスト」。

日本でのファミリーレストラン発祥となる。以後続々と同形態のファミレスが全国へ広まる事となる。

家族で外食出来る場・・・ファミリーレストラン 「ロイヤルホスト」 は、活況を浴びる事と成った。

『 三三九度は、なぜ三と九?』

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先導を終え、神官と巫女さんは・・・

結婚式は今や一番多いのはキリスト教会で、しかもハワイとか海外で・・・

神前結婚式はもやは衰退したのか? いやいや、そうでもない結構多く見受けられるようだ。

神道と仏教、儒教の国 ”ニッポン” ではあるが、

神道は古くから日常生活に深く結び付いているが、実は現在の様な神前結婚式は、明治時代に入ってからの事という。 

三三九度が取り入れられるのは、婚礼が儀式化しはじめた室町時代かららしく、

大正天皇ご成婚の儀式が現在の婚礼のお手本ととか・・・

三三九度は、三重の大・中・小の三重ねの盃でもって、

先ず新郎が、続いて新婦が、三度に分けてお神酒を飲む。

三度三度に分けて九回繰り返す事から三三九度といい、

何回も新郎新婦が盃を重ねる事で、固い絆を結ぶと言う。

明治神宮で見かけた何組かの新郎新婦の結婚式。

三三九度で、固い堅い契りを結んだ事でしょう。

結婚三組に、離婚一組、と言われる昨今である。 この先、幸多かれと祈らずには・・・

厳かな儀式を見ながら思う事って、「こんなもんなの~?」



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一歩が大事 

『 ”思い立ったが吉日” 先ずは第一歩から 』

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上総の国・山辺郡小関村に生を享けた伊能忠敬。

17歳の時、佐原村の伊能家に婿入り。 妻のミチは22歳であった。

学問が好きな忠敬は、家業の合間に天文歴学の勉学に励み、49歳で隠居。 その後、江戸へ出て本格的に勉強。

55歳から10回に分けて全国測量を行う。歩いた距離は何と35,000㎞にも及ぶと言う。

思い立ち、志を立てたからには、勉学に励み、先ずは第一歩を踏み出す事の大切さを思い知らされる。

測量の成果は、大日本沿海輿地全図として結実。 享年73歳で他界した三年後の事だった。

『 さすがは、豪商の家・・・』

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婿入りした伊能家は、米の売買や酒造りなどを営む大きな豪商で、

家柄も、佐原村本宿組の名主を務める程であった。

「伊能忠敬旧宅」 は、佐原の中心を流れる小野川添い、樋橋・俗に ”ジャージャー橋” の前に残っている。

忠敬が30年余りを過ごした江戸時代の店舗の一部と、表門、土蔵が保存されている。

当時は酒造業を営み、店舗は藏を改築したものと言われる。

屋根上に見られるのは、排煙窓なのか? 明かり取り窓なのか? さすがは豪商の家の豪華さ。

『 昔日の名残・・・三態 』

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豪商の当主として商才を発揮した全半生と、隠居して日本地図の作成に後半生を捧げた忠敬。

何不自由なく送った日々の生活を、上り口の豪華さに垣間見る事が出来そうだ。


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褐色の板戸に、緑青が映える手水鉢


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曲がり廊下が美しい

四年前の東日本大震災では、佐原市も多大な被害を受けた。

歴史価値も高い古民家は、屋根瓦は剥がれ落ち、歴史を刻んだ家屋の壁も痛ましい光景を晒していた。

久々に訪れて見れば、目覚ましい復興を遂げ、観光客も町中に溢れ活況を呈していた。

この度、初めて伊能忠敬・旧宅内をゆっくりと観た。

近年、田舎暮らしがブームなのか?古民家に移り住みたいという人が増えているようだ。

なに不自由ない豪商生活を送った忠敬だが、一年奮起、全国行脚をし地図の作成に尽力。

その目的と努力とには頭が下がるが、何と云っても感心し学ぶべき点・・・

目的が決れば、第一歩を踏み出す勇気である。

小さな第一歩が、全国詳細地図の完成をみる事と成る。

一歩を踏み出す事の意味って、「こんなもんなの~?」


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佇む 

『 立ちしなふ 君が姿を 忘れずば 』

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夏も近づく八十八夜・・・あかね襷に、菅の笠

暖かく長閑な陽に、仕事の手も進む八十八夜が今年もやって来た。

先日、東日本大震災の日に、大きな被害を受けた佐原を訪ねてみた。

観光船着場に佇む一人の女性の姿が記憶の奥深く・・・残った。

帰り舟を手持ち不沙汰に腰を掛けているのか? 一抹の寂しさを覚える。

”姿” に関しては色々な言葉がある。

人の身体の格好、衣服を纏った其の格好、外見から見た印象、態度や風采、など等。

「竹取物語」 では、かぐや姫の容姿を、”麗しき姿” と表現している。

”姿” には、様相、有り様、趣、や、恰好が良いとか悪いとか、珍しいとか・・・

心が晴れ晴れと楽しい時、嬉しい時には、心境は姿にも現れ、其の姿も美しいものであろう。

私は、妻からよく言われる言葉に・・・姿勢を正して!!猫背になっているよ~!!と。

茜色の腰紐に群青のモンペ、豪華な菅の笠が見る者の気を引く。

少しばかりの姿勢の悪さが寂しさを誘う。

「人の振り見て、我が振り直せ」 ではないが、思わず己の ”姿” の悪さを反省させられた。

”他に学ぶ” ”他から教えられる” 事の大切さって、「こんなもんなの~?」




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出来上がりが、楽しみ・・・ 

『 全ては、心が造り出す 』

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一般的に写経と云えば、”般若心経” が有名であるが、

奈良・東大寺のご本尊・毘盧遮那仏(奈良の大仏)の懐に納められている写経は、”華厳唯心偈” である。

「心如工画師・・・若人欲了知・・・心造諸如来」 と、『華厳経』 の神髄とも言える偈である。

十人の画家が同じ景色や物を見、絵を描けば、十通りの絵が描き上げられる。

そのように、人の心は其々に、勝手な思いを描き出す、と言う事である。

佃の街を散策していると、二人の絵描きさんが筆を進めていた。

果たして、どんな絵が描き上がるのであろうか? 

そんな思いでシャッターを切った次第である。

故・遠藤周作氏は、

「ガンジス川が死んだ動物や死者を含め、一切のものを抱きつつ、滔々と流れていく様子に、

深い共感を覚えた」 と・・・

又、ノーベル賞受賞者・利根川進氏は、

「人間の脳の在り方が異なれば、異なった在り方の世界を見るであろう」 と・・・

二人の含蓄深い言葉を思い出したのも、此の時であった。

写真を写す行為とは、一体何であろうか?

撮影行為そのものも好きであるが、其処から感じられる思いに、其れ以上の興味を持っている。

写す行為の最大の楽しみって、「こんなもんなの~?」






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