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こんなもんなの~?

趣味の写真を添えて、日々の『戯言』を・・・

夏過ぎて・・・ 

『 涼しさに誘われ・・・』

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    管球式アンプの放熱には・・・

「夏過ぎて 秋来にけらし・・・」 なんて有名な和歌がある。

今年の日本の夏は記録づくめの暑さだったが、やっと秋の気配が直ぐ其処までやって来たようだ。

真夏の暑さでは、アンプのスィッチを入れる気にもなれない。 だって、5分間の暖機で部屋の温度が・・・

久し振りに、秋の涼しさが少しでも感じられる曲を思い、マイルスの 「スケッチ・オブ・スペイン」 を。

『 ”出しゃばらない” が、肝心 要 』

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     JBLの透明感あふれる中高音

”アランフェス協奏曲” ”ウィル・オ・ザ・ウィプス” ”ザ・バン・パイパー” ”サエタ” ”ソレア” の五曲構成。

スペイン内戦で被害を受けた古都・アランフエスを偲び作曲されたこの曲を、

ロドリーゴの心情に共鳴し、ジャズ化したマイルスの名曲。

ミュートの効いたトランペットの哀しくも切ない音色。 チンパニから始まる囁きにも似たメロディーに引き込まれる。

管球式アンプとJBLのマッチングが、暖かくも秋の爽やかさを奏でてくれる。

この曲の好きな点は、マイルスのトランペットが出しゃばらない処がイイ!!

何事に於いても、”出しゃばる” のが好きな御仁が多い世の中だけれど・・・ね。

『 ”心を読む” には、感情の共鳴こそが・・・』

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 管球式アンプには、管球式プレイヤーがいい

原曲にしても、ジャズ化された曲でも、曲の色合いと演奏者の心情が一致した時に、歓びを感じる。

「スケッチ・オブ・スペイン」 は一曲目がイントロで、残りの四曲が ”起・承・転・結” とも思えるようである。

民族音楽のメロディー、宗教音楽の重々しさ、フラメンコの歌やブルースの叫び、普遍的な感情や緊張感、

アランフェスへの想いが切々と伝わる好演奏な一枚である。

初秋の夜に聴く一枚って、「こんなもんなの~?」




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心肺停止? 

『 ようこそ!!我が家へ 』

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 平成24年10月20日 我が家へお引越し

古希の祝いにと・・・娘たちが買ってくれた盆栽 ”真柏”

高山の断崖絶壁に自生し、深山幽谷の聖者と言われる気品と風格に惹かれる。

生まれて初めての盆栽であるが、上手く育てられるか? 心配であったが、

素人は5・6年は失敗しないと一人前(半人前か?)にはなれないと・・・盆栽屋の御主人は。

『 人は、罪を作る生き物?』

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  平成27年8月26日 哀れな姿の ”真柏”

昨年、一昨年と植え替えをしたのであるが・・・

今年の昨年末頃から徐々に元気が無くなり、今では心肺停止状態となった。

根切りが悪かったのか? 水の遣り過ぎだったのか? こんなにも哀れな姿に・・・

”なった” と言うより、”してしまった” と言うべきであろうが。

”もう、生き返らないよ” と皆は言うが、今日再度植え替えをしてみたが、

根切りが間違っていたようでもあるし、水はけも芳しくないようだ。

「草木国土 悉皆成仏」 と言われる。

我が家の ”真柏” も、成仏へと儚い命を落とすと言うのか?

「不殺生」 と言われる戒があるが、むやみやたらに生き物を殺すな!!とでも言う事だろうが、

好き好んで、”真柏” を浄土へと思った訳ではないが・・・

素人の悲しさと言うべきか? 哀れ ”真柏” は心肺停止状態に陥った。

南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏 と成らなければいいがと願っている。

「生き死にの 境をはなれすむ身にも 去らぬ別れのあるぞ哀しき」  貞心尼(句)

生きる、死ぬも自然の成り行き。

生きているからと云ってぬか歓びするのも、死ぬからと云って嘆き悲しむのも 無駄な事である。

とは言っても、この世から別れというものが去る訳でもない。 何と哀しい事なのか。

”真柏” は自然死ではない。 素人の私の下で殺された様なものである。

今日の別れを何と表現すればよいのか、答えに詰まる。

素人の哀しさって、「こんなもんなの~?」


category: 雑感

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罪づくりだよね~ 

『 七不思議の一つなの~? 』

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             通用門から、お買い物へ?

旅の最後に訪ねた修道院だったが、 運良く? 悪く? タクシーがパンクしたので修理を終え迎えに来るまでに、

通用門から一人の歳老いた修道女が・・・お買い物なのか? ただの外出なのか?

キリスト教信者ではないが、旧約聖書 ”創世記” の件が頭をよぎった。

アダムとイブの物語では、エホバの神との約束を破り、誘惑に負け ”禁断の実” を食べた罪として、

イブは妊娠し子供を産まなければならない運命となり、カインと弟アベルを生んだ。

カインは地の産物を、アベルは肥えた羊を、それぞれエホバに献上するが、

カインの貢物には見向きもしないエホバ、 そんな事が原因と成り、カインは弟のアベルを殺してしまう。

カインはエホバの前を去り、エデンの東 ノドの地に住んだ。 其処で妻を娶り、エノクを生んだ。

此処で一つの疑問が生まれる。

エホバの神は最初にアダムを造り、更にそのあばら骨からイブを造った。 二人は結ばれカインとアベルが誕生。

と言う事は、地球上に四人の人間が存在した計算となる。

カインがアベルを殺したので、差し引き此の世の人間は三人となった筈である。

ところがである、放浪者となったカインはエホバから殺される心配は要らないと言われているにも拘らず、

カインは、出会う人に殺されるかも知れないと心配するが、ノドの地で妻を娶っている。

地球上には三人しか居ない筈なのに、何処に妻となる女性が居たのであろうか? 

此の世の 「七不思議」 の一つとでも言うのか?

『 神って、罪をつくるの~? 』

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          寂しそうな姿に、感じた事は・・・

イスラエルの諺に・・・男の頭から造らなかったのは、男が支配されないため。

           男の足から造らなかったのは、男の奴隷にならないため。

           男のアバラから造ったのは、男の脇に居てもらうため。

脇に女に居てもらいたいとは、男には女が必要と言う事なのであろう。

また、人には相応しい助け手が見つからなかった。そこで主は人から取ったアバラ骨で一人の女を創り、

人の処に連れて行った・・・と。 人とは男で、女は人として見られてはいないのか?

「女の、歓びって・・・」

綺麗なオべべを着て、お化粧をして・・・こんなもんかな~?

修道院では、神に仕える為(?)当然の事ながら結婚なんて出来ないし、

恐らくお化粧して好きなお洋服を着る事なんてないのだろう。

そんな修道院生活に憧れて修道女になる人がいるなんて、凡人である私には考えられない。

神に仕えるとは、一体何なのであろうか?

アニミズム信仰では、洋の東西を問わず生け贄が神に捧げられた。

人間として当然の生き方を犠牲にしてまで、神に仕えるとは形を変えた生け贄なのか?

若し ”そう” であれば、神は重大な過ちを犯していると言う事なのか?

仏教では、”出家” として全てを捨て、悟りへの道を只々歩むと言う。

いずれにしても、神も仏も、在るべき人間の生き方を尊厳を無視している様にも思えるが。

一人の修道女の姿を観ながら、ある種の思い ”可哀そうに・・・” との感情を禁じ得なかった。

恐らく其の思いは的外れなのであろうが・・・神は何と非情と言うか? 罪作りなのか?と。

修道院で考える事って、「こんなもんなの~?」



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旅の歓び 

『 アーチの門も、美しく・・・』

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             聖母・トラピスチヌ修道院 正面門

正式名は、「厳律シトー会 天使の聖母・トラピスチヌ修道院」 である。

明治31年、フランスのウプシーにある修道院から8名の修道女が派遣されたのが始まり。

キリスト教伝道の為には、修道院の精神的援助が必要であると、函館教区長ベルリオーズ司教が要請。

草創期の修道女たちの生活は困難を極め、其れを見かねたフランスからは、引き揚げが勧告される程であった。

現在の建物は大部分が対象4年の火災で焼失。 昭和2年に再建されたものである。

『 悪魔と戦った、聖ミカエル 』

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            入り口を進むと、”聖・ミカエル” の銅像が

聖ミカエルは大天使で、悪魔が神に反逆した時、

「ミカエル!!」 (ヘブライ語で ”神のように振る舞う者は誰か”) と叫びながら此れを破り、神に忠誠を尽くした。

日本にキリスト教を伝えた聖フランシスコ・ザビエルは、聖ミカエルを日本の保護者と定めた。

私たちも悪魔の誘いに負けることなく、日々正しく生きよう。

そして、聖ミカエルの保護を求めて祈りましょう・・・と、説明文が。

『 お祈りをして、見学をどうぞ!! 』

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      二千年の大聖年を記念して建てられた、”旅人の聖堂”

”旅人の聖堂” は、修道院の庭を訪ねて来られ、お祈りをなさりたい方々の為に、記念に建立されたものです。

門戸は開かれています。 さぁ、貴方もお祈りを済ませて、お庭の散策をお楽しみください。

『 両手を広げ迎える ”聖母像” 』

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           中庭に立つ、純白の ”聖母像”

函館一美しく保たれている修道女の為の修道院、”トラピスチヌ修道院”。

函館の旅、最後に訪れた修道院だったが、目を疑う程よく手入れされた庭と建物群に、”来てよかった~!!” と。

火災で焼失し再建された、山口市のザビエル記念聖堂 (此の聖堂に、ザビエルの右腕が眠っていると言う) も、

聖ミカエルに守られているとは・・・知らなかった。

「知らない事の、ありがたさ」 って、あるんだよね~。 初めて知る感動って事かな?

「聞くは一時の恥、聞かざるは末代の恥」 とも言われるが、この度、聖ミカエルの事を知った歓び?

旅の歓びって、「こんなもんなの~?」

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”戒” と ”律” 

『 ”祈り” と、”読書” と、”労働” の修道院 』

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             ”聖母 トラピスチヌ修道院” 中庭

修道院の生活は、「厳律シトー会」 と言われるだけあって、想像を超える厳しいものである。

自給自足が原則で、早朝から夜まで ”祈り” を捧げ、庭の掃除に作物の手入れ、空いた時間は聖書の勉強、

俗人が欲しがる ”自由な時間” なんて何処にもない。

垣間見る事の出来ない聖女たちの日常生活だが、どれ程厳しいものなのか?見てみたいと思うのは私だけ?

『 聖母・マリアの声を聴く、少女・ベルナデッタ 』

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               巡礼の聖地 ”ルルドの洞窟”

”ルルド”・・・フランスのピレネー山脈の麓にある洞窟。

1858年、この近くに住んでいた14歳の少女・ベルナデッタ・スビルーの前に、聖母マリアが現れる。

聖母は、少女に祈りと犠牲を捧げるように勧められた。

少女が聖母の言われたとおり、地面を手で掘ると其処から泉が湧き出し、その水で、多くの病人が癒された。

ベルナデッタは後に修道女となり、1879年 35歳で帰天したが、

ローマ法王・ピオ11世は、1935年 ベルナデッタを聖人の位に昇格させた。

今日 ”ルルド”は、世界中から多くの人々が集まる巡礼地となっているが、

此処にある ”ルルドの洞窟” は、それを模して築かれたものである。

『 ”汝の敵を、愛せよ”!!』

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         城を思わせる ”聖母トラピスチヌ修道院” 主建造物

新約聖書・マタイによる福音書の有名な言葉。

”自分にとって、悪意を抱いている者や、危害・迫害をしてきそうな敵こそ、

慈愛の心をもって接しよ” との戒めの言葉と言われる。

仏教の教えでは、「愛すな!!」 と教える。

仏教でいう 「愛」 とは、LIKE でも LOVE でも無い!!

「愛すな」 とは、何事にも 「固執するな」 という意味である。

煩悩は愛(固執)から生じるからと、十二縁起の法で説いている。

「敵を愛す」 事も、何事にも 「固執(愛)しない」 事も・・・う~ん、どちらも私には難しい。

『 ”敵を裁くな、許してやれ”!!』

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             純白の聖人像が、目にも眩しい

今朝の朝日新聞 ”折々のことば” 欄に、二十歳の若者の言葉が掲載されている。

「正しいと思うことは、一人ひとり違うんですね」 と・・・

善悪の判断は、時代の変遷に伴い変わるものなのであろうか?

”戒” と ”律” は大昔より言われてきている事だが、

”戒” とは、してはイケナイ事で、 ”律” とは、罪に対する ”罰” とでも言える。

”法律” とは仏教語でもあり、”法” は釈迦の教えで、”律” は破戒に対する罰であろう。

「敵を裁くな!!許してやれ!!」・・・思わず唸る言葉だね~。

全ての人に此の意味が備われば、この言葉は必要もなくなるのだが、そうはいかないのが現実だろう。

此の世の身の回りは ”敵だらけ” こんな現実では、裁くなと言われてもね~。

昔の智慧ある人が言った事なので、大切な言葉なんだと思いはするが・・・

”戒” と ”律” の事を考えざるを得ない、修道院の中庭での一時であった。

「正しい事は・・・」 、人其々違うとは言うが、

倫理とは一体全体何であろうか? 一考するとは、「こんなもんなの~?」





category: 雑感

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失いたくない ”もの” 

『 ”保存する行為” の大切さ・・・』

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               旧・箱館郵便所

明治5年に道内最初の郵便局として設立。

郵便制度の創始者:前島 密は、幕末期に此の地で学を修め、

箱館戦争の幕軍総裁:榎本武揚が、後に初代逓信大臣となる等、

函館は、郵政先覚者ゆかりの地であった。

時を経た今日でも、立派に保存されている事は喜ばしいことである。

『 古きが故の、”新しさ” 』

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米穀商が営む ”TACHIKAWA CAFE”

米穀商であった此の建物は漆喰と木造の建造物で、二階には木の格子戸にベランダが設けられている。

一階の入り口を改装してレストランに・・・

ギリシャ神殿の柱を想い出され、古き時代の中にもモダンな設えが調和している。

願わくば、ホール・スタッフの意匠が現代風なのが惜しまれるが、

古き時代の面影とモダンなカフェとが、気持ち良いコントラストを演出していた。

『函館とくれば、”五稜郭” なのか 』

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     マンホールの蓋は、”五稜郭”

全国どこの街でも、マンホールの蓋には意匠を凝らした物が見受けられる。

路面電車が走る此の街 ”函館” には、やはり ”五稜郭” が相応しいのであろう。

『 ”火の国日本”、北海道の火山 』

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     アイヌ民族の記憶を偲ぶ

北から南まで、全国いたる所で火山の爆発が懸念されている。

北海道もご多分に漏れず、多くの火山を抱えている。

千島列島より連続するもの、後方羊蹄山彙に属するもの、渡島三系の東派の火山帯と、色々ある。

近年の有珠岳の噴火は記憶に新しい。 登別も火山のお蔭で温泉が有名になっている。

まだまだ北海道の火山は数々あり、恵庭岳・樽前山・マクカリヌブリ・硫黄山・駒ヶ岳・恵山と・・・

数え上げれば、雄絶壮絶の感がある。 函館は ”噴火湾” とも言うべきか。

征帆、復た過ぐ ”火山湾”。 煙はれ羊蹄 山また山。 有珠山上 月弓の如し。

『 素敵なデザイン 』

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     自然に畏敬の念をデザイン化?

「北方民族資料館」 を訪ね、失われいくアイヌ民族の悲哀を感じた。

コレクションの中に、アイヌの衣装が展示されている。

東南アジアの民族衣装とも共通する模様に暫し見惚れていた。 

と言うのも・・・私はジャワなどのアジアの更紗模様が昔から好きだったから。

日本民族とはどの人種を指して言うのか?

北はアイヌ、南はクマソ・琉球民族まで多種多様な人種がいる倭の国・日本。

十把一絡げで大和民族と言っても差し支えないのか?

”失われ行くもの”・・・この中には ”失われてはイケナイもの” が在りはしないのだろうか?

そんな事を思うと、心も沈む想いがした。

旅で想う事って、「こんなもんなの~?」




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一足お先に・・・ 

『 大滝を 過ぎて夏 身に近くして

           清き川瀬を 見るが清けさ 』
    (万葉集)

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盂蘭盆の中日(15日)に、知人宅を訪問させていただいた。

若くして此の世を旅立った奥さんに、逢いたくて、そしてお線香を手向けたくて。

二時間ばかり話し込み、近くの喫茶店(コメダ珈琲店)に車で。

帰り際に、手土産を頂いた。 彼は会うたびに手土産を持たせてくれ、恐縮するばかりだ。

宗家 「源 吉兆庵 」 の和菓子と超高級中国茶とを。

『 涼を誘う、宝石のような一粒 』

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”陸の宝珠” と命名された和菓子・求肥で、岡山産のマスカット オブ アレキサンドリアが丸々一粒。

上品なお砂糖の舌ざわりに柔らかな求肥。果実の皮がはじける食感と爽やかな味わいが、

一足早く秋の爽やかさを運んでくれる。

我が家のお仏壇から下げ、さっそく頂きました。

「マスカット 香にふるさとの 香りをしのぶ」

もらって嬉しい手土産って、「こんなもんなの~?」





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小さな気遣い 

『 こんな小さな帆船で・・・?』

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         函館埠頭に係留される、復元船 ”函館丸”

係留されている西洋式帆船・・・この小舟で新島 襄は海外逃亡? かと思いきや・・・

同志社大学の創設者・新島 襄は、江戸時代後期、当時禁止されていた海外渡航を企て、アメリカに渡るため函館へ。

10年間に亘るアメリカで学んだ豊富な知識を基に京都に同志社を設立する。

1864年の渡航の際に乗船した船は、アメリカ船 ”ベルリン号” であった。

『 妻は、美人でない方が・・・?』

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  「新島 襄 海外渡航・乗船之處」 記念碑 (1864年7月17日)

近くに新島 襄ブロンズ像が有る筈だが見てはいない。

一隻の小舟に乗って、アメリカへ向かう姿を再現していると言う事だが。

その記念碑には、「記念撮影 未来への始まり ---海原ーーー」 と刻まれているそうだ。

此処に建立されている記念碑には、

「男児、志を決して千里を馳す 自ら辛酸を舐めてあに家を思わんや

却って笑う 春風雨を吹く夜 枕頭なお夢む故園の花」 と漢詩で刻まれている。

新島 襄は妻を表してこんな言葉を・・・

”八重は見た目には美しくありません 生き方がハンサムなのです。 私はそれで十分です” と。

そうだよね~!!美人が良妻賢母とは限らないもんね~。

でも、ハンサムな生き方って、どんな生き方?

女は ”白雉で、身持ちが悪い” 方がイイとも言うが・・・えっ、そんな~!!

『 ” 気が効く ” って、この事~?』

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       舵輪に錨のベンチの脚

埠頭に置かれた此のベンチ。 よくよく見れば、舵輪に錨が・・・

錨は使い古した物で、太いロープが雰囲気を盛り上げる。

函館の人は気が効くのか? 小さな気遣いなのか?

此のアイディアには学ぶべき点がありそうだね~、お役人さんよ~。

何事も四角四面に考える ”お役人仕事” であるが、チョットばかり御茶目な知恵に感心する。

旅人の心を癒すには、ほんの少しばかりの智慧さえあれば・・・

腰を掛けてふと思う事って、「こんなもんなの~?」



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崇高な憲法第九条 

『 函館へは、此の桟橋から・・・』

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            北海道への第一歩は、”東浜桟橋” から

明治維新後、函館は名実共に北海道の門戸となった。

そして北海道の地を踏む者が、その第一歩を印したのは、此の ”東浜桟橋” であった。

国道4号線が認定されるや、北海道の道路基点として此処に道路元標が建てられた。

桟橋の先端に立つ二つの街燈が、僅かに日本の国際都市発祥の面影を残しているようだ。

『 ”ようこそ!!” 北海道函館へ・・・』

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      ヒグマが開拓民を迎えたのか

明治100年を迎えるに当たり、此の地に記念碑を建立し、

開拓の為に北海道の此の地、に遥か海を渡って来た先人の足跡を偲ぶ事とした。

記念碑に置かれた錨は、海上自衛隊函館基地がある為であろうが・・・

ペンキで白く塗られた所為で、迎えるヒグマは北極シロクマになっている。

『 ”北の警護”、海上自衛隊・函館基地隊 』

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               海ゆかば,錨をあげて・・・

「北海道第一歩の地」 記念碑のすぐ側には、海上自衛隊・函館基地隊がある。

日本国憲法・第九条では、「戦争放棄」 を高らかに謳い上げているが・・・

旧日本軍が奨励した軍歌は多くあるが、

「海ゆかば」 では、” 海行かば 水清く屍  山行かば 草生す屍 ” と。

” 大君の辺にこそ死なめ ” とは、若者には想像すら付かないであろう。

また、東京ヤクルトの応援歌で旋律はよく知られる 軍歌 「錨を上げて」 は、アメリカ海軍の行進曲だが、

” 勝利への海路を行かん 奴等の骨を海神に捧げよ ” なんて和訳されている。

美辞麗句の元、闘争心を鼓舞する軍歌であるが・・・

其の裏側に隠れた悲惨さの、辛酸を舐めさせられるのは、何時も弱者(善良な大衆)なのである。

闘争心は人間の本能とか言うが、平和を希求する心も人間の本能ではなかろうか?

海上自衛隊の基地の前で、複雑な気持ちになるのは・・・

戦争放棄への願いなんて、「こんなもんなの~?」


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旅先での妄想 

『 オベリスク じゃ~ないよ。電柱だよ~!!』

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現存するコンクリート製電柱では、日本最古の電柱

大正12年に函館水電会社(現・北海道電力)が建てたもので、高さ10メートルの四角錐の珍しい物である。

火災が頻繁に発生した当時の函館では、耐火建築が増え始め、此の電柱もその一つである。

電柱は建物を挟んで建てられた為、”夫婦電柱” と呼ばれ市民の話題となった。

耐用年数を超えて尚健在の電柱は、現役として街の移り変わりを見守っている。

『 只々、お寂しい限りだね~!!』

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   ひび割れた外壁が、哀れを誘う ”Beige”

何処の街を訪ねても、昔の繁栄した姿が失われている。

此の店の名は ”Beige” と、ハイカラな名前だがレストランだったのか? ワインバーだったのか?

ガラス越しに小さな灯りが見えるが、今でも営業中なのであろうか?

ひび割れを修復しペンキを新しく塗れば、そしてメニューでも出してあれば、ドアーを開けて見たくもなるのにね~。

『 ”姫だるま” は、何の意味?』

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            小間物屋 ”いろは” の店先

赤レンガ造りの家々が立ち並ぶ函館の街だが、そんな中に日本風古民家の小間物屋が目に飛び込んだ。

鉄瓶があり、乳母車には笊が入れてある。 それとなく竹細工の品々を扱う店だが・・・

暖簾の先には、赤い ”姫だるま” が置かれていた。

色と形が竹細工店には不釣り合いに思え、一枚パチリと記念に。

『 目を引く、ステンドグラスの裁ち鋏 』

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       花屋 ”こてら” の店先

 花を召しませ ランララン 召しませ紅ばら 恋の花 

昭和の初め頃、美空ひばりが歌い大ヒットした歌である。

花屋の前を通り過ぎる時、店先のステンドグラスで出来た鋏のサインが印象的だった。

花には誰でも色々な思いがある事だろう。

私は学生の頃、妻とよく行った日比谷公園の ”日比谷花壇” の上品な店舗が好きだった。

ブーケでもプレゼントをすれば良かったのであろうが、何分学生なのでそんな気の利いた事は出来なかった。

函館の街で歩き疲れた時、店先に飾られた花々が足取りを軽くしてくれた。

歌手・小畑 実 は、”薔薇をめしませ” の中で・・・ 歓びの街に ロマンスの甘い花  と。

自然の中で、店先で、また我が家の庭先で、色とりどりに咲き乱れる花々には心も温まる。

一輪のバラでも買って、妻にプレゼントでもと考えはしなかったが・・・もし、そうすれば妻は、

「どうしたの?何だか気持ちが悪いわね~」 とでも言うかしら? それとも・・・?

旅先の妄想って、「こんなもんなの~?」 



category: 雑感

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細やかなプライド? 

『 古文書は、歴史の生き証人 』

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           重厚な赤レンガ造り 旧・開拓使書籍庫

開拓使書籍庫だから、古文書が収められている訳ではないが、貴重な資料には違いないだろう。

封建的な江戸時代が終わりを告げそうな時から、外国文化がもたらした新しい時代への変遷を・・・

語り継ぐのは記録として残される書籍に頼るほかはない。

伝統的な日本の藏が、貴重な品々を保存するには適していたように、

此の赤レンガの書籍庫も、温度や湿度が適当に保たれ西洋式蔵造と言えはしないだろうか?

『 職人の ”プライド” を発見!!』

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          赤レンガに刻まれた、珍しい刻印

日本で最初に赤レンガが焼かれたのは、北海道函館と聞いた事がある。明治4年の時と言うが・・・

赤レンガ造りの書籍庫の煉瓦を一つ一つよく見れば、所々の煉瓦に刻印が押されているのが判る。

” 明治七年・明治八年 函館製造 ” と読み取れる。

素焼きの煉瓦から耐火性があり耐水性にも優れた赤レンガ、

全国に先駆けて、函館の煉瓦職人たちには、「俺たちが焼いたのだ!!」 と言うプライドがあったのだろう。

中に入っての書籍の見学は出来なかったが、赤レンガに刻まれた刻印には驚かされた。

『 黒船来航は、文明開化への使者なのか?』

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  元町公園に立つ、ペリー提督 ”来航記念碑”

安政五年(1854年)、函館が開港する契機となる、アメリカのペリー提督率いる黒船五隻が来航。

150周年を記念して建てられたのが、”ペリー提督 来航記念碑” である。

函館山を背に、函館港を見渡すかのように悠然と聳えている。

ペリー提督は、函館港を見て 「ジブラルタル海峡に匹敵する良い港」 と称賛している。

函館を国際都市への夜明けへと導いたのは、ペリー提督だったのか? その姿は毅然としている。

『 チョット此処で、お茶で一服 』

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      ティールームが併設されている、旧・イギリス領事館

アップダウンの坂道を半日も散策すれば、お年寄は息も上がり足もふらつき気味になる。

イギリス領事館にはティールームが併設されているので、此処で本格的はイギリス・ティーを楽しむのも一興か?

一息つけば疲れも吹っ飛び、さぁ~これから港へと足も軽くなる。 だって、これからは下り坂なんだから。

本当に函館は、赤レンガ造りの建物が多い街である。

その赤レンガの刻印に職人たちのプライドを感じた事だったが・・・

では、どれだけ私たちはプライドを持って生きているのか?

考えさせられる旅って、「こんなもんなの~?」



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貴方と二人で・・・ 

 貴方と二人で 来た丘~ 

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なんて歌が、昭和に流行った事があった。 

横浜の ”港が見える丘” ではないが、此処は函館の ”港が見える丘” 「元町公園」 である。

貴方と二人で・・・とはいかなかった。8人でのツアー観光だから。

夏の暑い日であったが、晴れたり曇ったりで過ごし易い日ではあった。

丘に登り、公園から眺める港は、あぁ~、来て良かったと言う印象だろうか。

『 ホテルではないよ~、公会堂だよ~ 』

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             国指定重要文化財 ”旧 函館区公会堂”

明治43年に建てられた左右対称の、コロニアルスタイルにブルーグレー色とイエロー色の塗装が特徴的。

この美しく華麗な姿から、市民からは元町のランドマークと呼ばれている。

屋根窓と棟飾り柵、二階ベランダバルコニー、二階柱頭飾装飾など優れた建築意匠二は見るべきものがある。

館内は見学しなかったが、ルネッサンス風の面影を持っているとの事だった。

明治44年には、大正天皇が皇太子殿下として行幸の折には、宿舎として利用された事もある。

『 見習うべきは・・・』

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             市民精神の源流  ”函館四天王” 銅像

明治の函館は、旧藩の遺産も恩恵もなく、従って其の束縛も受けずに済んだ。

市民は自主的に市民精神を養い、経済の発展を計り進んだ都市造りをした。

造船所、器械制作などの重要産業をはじめ、新聞の刊行・学校・病院・水道・公園や、

恵まれない人々の為の教育機関、医療施設に至るまで力を尽くした。

”函館 四天王” とは・・・

今井 市右衛門  新聞社の創設 鶴岡学校設立

平田 文右衛門  諸々の設立を主唱し、その計画・実行力は素晴らしかった

渡邉 熊四朗   海外の品々を輸入、書店を開業・文化に尽力 また海運業・貿易に励む

平塚 時蔵    公共事業に尽くし、私財を投じて慈善事業に貢献

銭金は稼ぐだけが能ではない!! 使い道を間違わない事に意味が在る。

見習うべきは、四天王に・・・と言う事でしょうね。 

『 何だっけ? 此の建物は・・・』

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すぐ近くに在った事だけは確かなんだが・・・

ギリシャ、パルテノン神殿の石柱、イオニア式とコリント式の混合のような柱に、若草色の壁面に興味を惹かれた。

緑の樹木と囲まれた薄緑の建物が、此の地の静けさを更なるものにしていた。

『 真紅のポストが、目に焼き付く 』

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人は、何に興味が湧き? 何に心惹かれるのでしょうか?

所々、ペンキが剥げ堕ちた建物の裏手に回った時、真紅の真新しいポストが目に飛び込んできた。

色の対比も面白いが、古びた赤レンガの土台にミスボラシイ階段、新旧の対比にも心惹かれるものがある。

立派な建造物や手入れされた庭園なども、心の残るものであろうが、

意表を突くようなシーンが目に入った時ほどの驚きや感動はないであろう。

私は、そんな何の変哲も無き、アリキタリの風景や光景の方が好きである。

旅で見つける楽しみの一つって、「こんなもんなの~?」



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崇高な、寄付の精神 

『 ピカソも、藤田嗣治も、岡本太郎も・・・』

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               路上画家の絵に見入る観光客

”カトリック元町教会” に隣接して、” 函館ハリストス正教会 ” が佇んでいる。

なだらかな坂道になっている教会の入り口に、二人の画家が自作の絵を売っている様だった。

生活の所為なのか? 路上で画いたパン画で生計を立てているのか? ただ趣味だけなのか?

想い出すのは、モンパルナスの丘。 行った事はないのだけれど・・・

文芸の女神たちが棲み遊んだ、パルナッソス山から名付けられた場所と言う。

世界の芸術家の集う地として其の名を馳せた郊外の地。

20世紀初頭から、パリの知識人や芸術家たちの生活の中心地となり、

ピカソやマネ、ドガ、シャガールをはじめ、藤田嗣治や岡本太郎なども此の地で画業に励んだ。

モンパルナスの画家たちのように、この二人にも明るい将来が果たして開けるのでしょうか?

『 わたしを、お使いください・・・』

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       外からは判らないが、改装中

鉄製の扉を備えた石柱に、少々違和感を覚えた。 だって、何となく日本的に思えたから。

「わたしを、お使いください~」・・・現在、山口市にあるサビエル記念堂のスローガンである。

フランシスコ ザビエルの来日400年記念として建設されたカトリック伝統様式の教会だったが、

平成3年の放火(?)により焼失し、新しく建てられた教会の福音宣教のスローガンである。

大きな三角形の屋根に高さ53mの塔をが聳える、大変モダンな教会であるが、

従前の聖堂の姿に慣れ親しんできた市民には大変不評であったが、

今では、市民の憩いの場として多くの市民や観光客が休息を楽しんでいる。

『 日本最初の教会、サビエル記念聖堂 』

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       お化粧直し中の ”ハリストス聖教会”

”函館ハリストス正教会” は、只今修復化粧直し中であった。

純白の壁面に、大小5本(?)の十字架。 様式は何となくロシア正教の塔を思わせる。

山口市の ”サビエル記念聖堂 ”は、ザビエルが来日し正式に布教活動が許可された地だ。

布教活動に許可を出したのは大内義隆で、信仰の自由を認められたサビエルは、

当時既に廃寺だった大道寺を拠点に活動を始め、此処が日本最初の常設の教会堂となった。

『 この人が、サンタクロースさん?』

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             サンタクロースさんって、こんな顔?

”ハリストス教会” の傍に、聖ニコライの肖像が描かれた記念碑に出会った。 教会名は不明だが・・・

聖ニコライがサンタクロース其の人との逸話があるようだ。

無実の罪に問われた死刑囚を救った聖伝をもつニコライには、こんな逸話も・・・

貧しさのあまり、三人の娘を嫁がせる事となった家の存在を知ったニコライは、

真夜中に其の家を訪ね、金貨を煙突から投げ入れる。

此の時、暖炉には靴下が下げられていた為、金貨は靴下の中に入っていたという。

おかげで娘の身売りは避けられたと言う逸話が、これが後のサンタクロースの行事となったと言う。

『 崇高な、キリスト教精神 』

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                 おとぎの国の幼稚園?

ピンクの可愛らしい構造建築が目に入る。 此処は ”遺愛幼稚園” である。

明治28年、遺愛女子高付属幼稚園として開園されるが、

明治40年の大火で類焼したが、大正2年にアメリカ人の篤志家の寄付により再建され今に至る。

保育目標は、キリスト教プロテスタントに基づく教育をし、

        ① 個の確率  ② 他者の容認  ③ 共存体験の育成  を謳っている。

常日頃の見聞きによれば、キリスト教信者は多額の資金を援助し、寄付も仏教徒のそれと比較にならない程だ。

此処に、信仰と哲学の違いを見る様な気がする。

寄付や援助に関しては、日本人は関心が薄すぎるようだ。

贅沢三昧はするが、ユニセフなどへ寄付をし、貧困層に手を差し伸べる事は少ないと嘆く。

聞けば、盲導犬育成所なども資金不足で困っていると・・・

爪に灯を点す必要はないが、せめて少額でも良いから援助や寄付を。

いやいや寄付も援助もしているよ!!とは、金持ちよりは貧乏人の方が・・・

金持ちは、「金が心を貧しくさせる」 って事を知らないのかね~?

教会を訪ね、つい思う事って、「こんなもんなの~?」




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坂の上の教会 

『 鐘の音が 心に響く しあわせ坂 』

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なだらかな石畳の坂を歩けば、その先に見えるは教会が・・・門柱には ”カトリック元町教会” と。

函館の丘の上には美しい教会が沢山ありますよ、とは聞いてはいたが、其の堂々とした様には、心がときめく。

曇りの合間の晴天で、暑く喉も乾いたので、手前の店でソフトクリームで体を冷やす。

『 雲と木と・・・ガラス細工?』

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坂の途中に粗末(?)なギャラリーが・・・”雲と木と” との看板に目が止まる。

お土産やさんかと思ったが、どう見ても観光客が入る様な作品が並んでいる訳でもなかった。

小さなガラス細工の置物なのか? 使い道に一瞬頭をひねる。

 蔦のからまるチャペルで 祈りを捧げた日~ 

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教会を見れば、想い出すのは一世を風靡した歌 「学生時代」 である。

青山学院の教会のように蔦がからまる教会ではないが、

そう云えば、私が二年間通った幼稚園は、カトリック教会の付属幼稚園であった。

そんな事から、教会を見れば70年になろうかとする幼少の想い出が・・・

『 風薫る チャペルの空に 風見鶏 』

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高く聳える尖った屋根の大鐘楼が特徴であり、風見鶏が記憶に残る。

ゴシック様式の煉瓦造りのローマカトリック教会は、明治10年の当初は木造だったが、

明治40年の大火災で焼失し、現在の建物は大正13年に再建されたという。

出窓を備えた大鐘楼の緑の屋根と、緑青が葺いた風見鶏は、元町の代表的風景でもある。

『 ローマ法王からの 贈り物 』

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建物にもまして豪華なのが内部である。

祭壇や十字架道行の壁像などには、イタリア南チロル地方の木彫りを使用、その造りの壮麗さは素晴らしい。

大聖堂内の豪華な祭壇はローマ法王から贈られたものである。

教会を訪ねて何時も思う事がある。

どんな有名な教会でも、聖堂内を拝観しても拝観料なんて払った事が無い。

それにしては、仏教寺院ではちょっとした名のある寺では、必ずと言ってよいほど拝観料を払う。

神父さんは始末な生活をしていると聞くが、寺の僧侶は結構派手に振る舞うと聞く。

拝観料が要るのと、要らないのとの違いは、「こんなもんなの~?」



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