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こんなもんなの~?

趣味の写真を添えて、日々の『戯言』を・・・

嵐の前の・・・ 

『 嵐の前の静けさに、お散歩 』

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          茜浜緑地公園に建つ石碑には・・・

今年の台風10号は異常な動きを見せた。 発生から南西に下ったかと思えば、また北東に上りはじめた。

嵐の前の曇天の日は、犬の散歩には好都合であった。 気温27度と汗をかくこともなく快適であった。

我が家の近くに茜浜緑地が堤防伝いに約1㎞にわたり続いている。

石碑には、「この通過標は、東経140度に位置し、同じ子午線上に位置する他の国々との

                          恒久の親和を願い建立したものである」 と。

千葉県を遥かに下れば、ニューギニア島があり、オーストラリアのアデレードへと子午線は伸びている。

実際に、千葉県とこれ等の国々との交流が有るのか? 無いのか? は、不明であるが、

嵐の前の静けさに、一時の清涼感を求めて、凪の海を見ながらの散歩も、また一つ乙なものである。

『 天気予報の、精度は上がったが・・・』

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          向こう岸は、先日 ”エアレース” 会場となった幕張海岸

Uターンした台風10号が勢力を増しながら関東にとの情報があった。

ネットで雨雲情報が何時でも手に取るように判り、大変便利な時代となった。

気象庁は、火山噴火や大規模地震・津波の観測・監視。 台風や集中豪雨に対する防災強化。

静止気象衛星・”ひまわり” の運行管理。 異常気象の監視や予測情報の強化・・・等々。

科学技術は目覚ましい発展をし、年間予算580億円を費やしても、自然被害は減少しないのが現状か。

異常気象などが与える人類への被害は甚大なものがある。

太古の昔より、人類は天候の変化に苦しめられてきたのも事実。

『 巫女~大王(皇帝)~天皇の、お仕事とは 』

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          登ってるんじゃないよう~、降りてるんだよ~

「三経義疏」 を講釈し、「十七条憲法」 で知られた聖徳太子だが、

”君をば天とす。臣をば地とす” とか ”国に二人の君あらず” とか、後の天武天皇の時に言われる。

”天皇絶対主義” が言われ始めた起源である。

ところが、聖徳太子が遣隋使に派遣した使者は中国の皇帝・文帝に、

「倭の大王は天をもって兄とし、太陽をもって弟とす。未だ夜が明けない内は座して政を聞き、陽が昇れば休む」と。

文帝答えて曰く、「日本の大王は理屈ばかりで、政をサボっている」 のではないか?

夜明けは重要な時間であるが、陽が昇れば以後、天下の事には従事しないとはね~。 

皇帝でも大王でも天皇でも、其の一番大切な仕事は、暦の発令であった。

暦が確立する以前では、巫女が天の声を聞き、万事に指図を出していて、天気予報も其の一部分であった。

『 天皇の祖先は、”巫女(ミコ)” だった? 』

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            ジョギングに最適なコースが続く

天皇は、元旦の夜明けに ”四方拝” を行っている。

北斗七星をはじめ、太陽、周りを囲む山々などを遥拝する大切な行事であり、天地自然を拝み祈願する。

皇極天皇の雨乞い祈願は有名な話で、日照り続きに 「大雲経」 を僧侶に読ませると、

五日間も雨が降って百姓たちは大喜びだった。 ここで思う事なのだが・・・天皇が祈ったら、なぜ雨が降るのか?

巫女(ミコ)は感受性が強く、天の声の受け身なのである。 

権力の無い弱い女だからこそ、雨の予兆をも感受でき、雨乞いの祈願も功を奏すのであろう。

そう言えば、文帝が使者に苦言を付けた時の天皇は、推古天皇・炊屋姫であり、

四方拝の皇極天皇は重日足姫であり、二人は共にミコ・女性であった。

日本は天皇の国と言われ、男系が尊重継続するのだが、

天の声を聞く巫女の争奪戦が太古より行われ、やがては大王・天皇が此れを引き継ぐようになる。

と言う事であれば、天皇の祖先は巫女であり、女性であったのだ。

生前退位が話題になっているが、皇太子にだけ皇位継承権があり、皇女ではダメと言われるが、

可笑しな話ではなかろうか? 元々、天皇は巫女から始まり、女性であったのだから・・・

『 漁師と三毛猫 』

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          18㎞離れた、京葉コンビナートで浚渫作業?

夜明けの天候ドラマを眺めるのは、漁師の仕事であった。

「板子一枚、地獄への扉」。 漁師はその日の天候に命を左右される事を気遣った。

三毛猫が天候の変化を知らせてくれると、漁船には三毛猫を乗せた。

天気予報も正確でなく、現を抜かす易や卜占に関心を示す漁師など一人もいなかった。

己が長く築かってきたカンと経験、そして三毛猫の反応を頼りにしたのである。

漁に出るのはただひたすら夜明けの天候観察と、わずかな神仏の加護だけだったのか。

生死を掛ける出漁で信じられるのは自分だけなのであった。

思えば、危険な海と対峙してきた縄文人が一夫多妻だったのは、漁に出る男の死が多かったからであろうか?

『後漢書東夷伝』 に、「国には女子多く、大人は皆、四・五妻あり」 とある。

台風の前の平穏な海辺で散歩しながら思う事って、「こんなもんなの~?」



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category: 雑感

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コメダ珈琲 

『 豆・蒸・器・乳 が ”コメダ” のこだわり 』

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               思わず入ってみたくなるよね~

「珈琲所 ”コメダ珈琲店” 」は、文字通り独自の焙煎・抽出によるオリジナルブレンドの珈琲が、コメダの看板商品。

厚手のコーヒーカップは、口当たりの良さと、時間の経過による温度低下を避けるために、特別に設計されている。

くつろぎのお供に、コーヒーを楽しんで欲しいと・・・

”くつろぎの こだわり” ”美味しさへの こだわり” ”コーヒーへの こだわり” ”サービスへの こだわり”

「こだわり」 をテーマに ”コメダ” は日々精進する。

『 こだわりの珈琲を召し上がれ 』

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        カフェオーレ ¥440

深いコクのコーヒーとミルクのハーモニーを楽しむ。

『 一度は食べたい ”コメダ” のミックスサンドウィッチ 』

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            ミックスサンドウィッチ ¥580

”コメダ” 一番人気の定番商品、お勧めサンドウィッチ。

『 エビカツサンドウィッチ ¥820 もあるでよ~』

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          大皿 コロッケ ¥870

大皿コロッケは、二・三人前の多さ。 刻んだキャベツはてんこ盛り。

コロッケの一回り大きく、しかも三枚。 

そうなのか~、だから取り皿が四枚・フォークが四本付いてくるのだね~。

国産ポテトを使用し、オリジナル ホクホクコロッケはボリューム満点。

その上、”エビカツ・サンドウィッチ” ¥820 まで注文した。

ぎっしり詰まったプリプリのエビに、特製ソースが添えられたサンドだが、此方も、目を疑うほどのボリューム。 

食べきらない時には、お持ち帰り用のパックを用意して頂けるから安心して注文を。

『 大なら、どれだけあるの~? 』

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        いちご&練乳・ソフト氷(小) ¥580

子供から大人まで楽しめるのが、夏の人気商品 ”かき氷” であろう。

大と小とがあるが、小を頼んだ。 何と言っても食後のデザートだから。 満腹の腹に入るのかしらと。

小とは言え、一般的なかき氷と比べて小さい訳ではない。

大を注文した時には、体が冷えすぎて困るのでは? 

『 行きはよいよい、帰えりは苦しい? 』

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        レトロなサインが、雰囲気を醸す

”コメダ” には何度か行った事がある。 今なぜ ”コメダ” へ?

来客があり、軽い晩御飯の代わりにと ”コメダ” に行く事にした。

レトロな雰囲気を醸し出す建物、こだわりの商品構成と少しばかり他店との違いを求めて?

サインを横目に観ながら、さて腹ごしらえをとドアを潜ったのはイイが・・・

帰りには、美味しいコーヒーとスナックに、苦しくなるほど食べたせいか、ドアを押す手も重苦しい。

「こだわりの ”コメダ” 」 に何故人気が出るのだ?

都会ではファミリーレストランでは駐車場は有料が多くなったが、”コメダ” は余裕ある駐車場を完備。

出されるコーヒーやスナックは、さすが名古屋発祥言われるだけあって、少しばかり変わっている。

何が変わっているのか? それは少しばかり高そうに思われる価格と量の多さだ。

食べ終わって思う事は・・・これなら満足だよね~と。

このシステムは、客単価を上げる作用もあるが、コスト面でも効果は大きい。

ただ惜しむらくは、最近の傾向だがスタッフの少な過ぎだ。

満席でも無いのに、料理が提供されるまでに時間がかかり過ぎだ。

昔、スーパーバイザーとしてアンケートを取った事があるが・・・

客が料理を待たされる時間は、「七分なら納得できる」 との答えが出たが、最近では十分以上が常識か?

他の外食産業が ”コメダ” に学ぶべき点は多々あると再認識される。

さすが、名古屋が発祥と感心したものである。

満腹感に思う事って、「こんなもんなの~?」
                             一部、”コメダ” のメッセージを借用



category: 雑感

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仲がいいのね~? 

『 仲良しだね~ 』

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     肉食恐竜 ”ブラキオサウルス”? と、草食恐竜 ”丹波竜”?

我が家の近くには、50社にもなろうか? 倉庫街があり、その中の ”MURAQ” という会社の事務所の庇に、

二匹の恐竜がいて、いつも通り過ぎる時、気になっていた。

茶色の方は肉食恐竜 ”ブラキオサウルス”? で、白色は草食恐竜 ”丹波竜”? かと思われる。

肉食恐竜と草食恐竜とが仲良く同居?  

”ブラキオサウルス” は肉食恐竜とはいえ小柄で、”丹波竜” は50mもある巨大恐竜だから、

”ブラキオサウルス” が首に襲い掛かっても、振り落とされる。

周りをうろつけば、”丹波竜” の巨大な尻尾で叩かれ、下手すると殺されるかも?

お互いそんな事は承知の上だから、喧嘩するどころか仲良くしているのであろう。

それにしても屋根の上に、二匹の恐竜・・・高価な物なのであろうがね~。

『 恐竜は、絶滅していない!! 』

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      スーパー「VIVIT」に肉食恐竜 ”スピノサウルス”? 現る

鳥の祖先は恐竜である。世界の研究者の共通する認識となっているが・・・

”始祖鳥” と呼ばれる原始の鳥がいる。 この鳥こそ恐竜から派生した最初の鳥なのであろうか?

恐竜に羽毛が生えていた事は研究者の間では知られた事実であり、

此の ”羽毛” こそ、恐竜と鳥との関係の起源を知るうえで重要なカギを握っているようだ。

”始祖鳥” が鳥の起源であれば、巨大で重い ”始祖鳥” は空を飛ぶには難しく、

せめて枝から翼を広げ滑空するのが関の山で、普段は地上を駆け巡っていたのでは?

それではいっその事、翼を捨て小さな小さな恐竜へと進化したのでは?

恐竜が鳥へと進化するには体重を軽くし、羽毛を大きく丈夫にする必要があり、長い年月をかけ一人前の ”鳥” へと。

恐竜には、其の化石から羽毛をはじめ、鎖骨・気嚢・三本の指の形態等々、鳥との共通点を見る事が出来る。

”鳥” と ”恐竜” とには発生起源を前後するとは言え、共通する点が多々ある。

まぁ、そんな事はさて置き、恐竜から鳥へと進化の道を歩んだとすれば、

姿こそ変えたが、恐竜は決して過去の遺物ではなく、DNAを鳥へと進化させただけで、

恐竜は絶滅したのでは決してない!!

『 卵が先か? ニワトリが先か? 』

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     恐竜でも、赤ちゃんは可愛い!!

”恐竜” から ”鳥” へと進化したと言われるが、”鳥” から ”恐竜” へと進化したのではなかろうか?

恐竜は鳥も同然!! また、鳥は恐竜も同然!! と言えそうである。

恐竜は羽毛を進化させ立派な羽を持つようになり、身を軽くし鳥へと進化?

鳥は巨大さが不便で、身軽さを選択し羽を捨て去り地上での生活を選択、恐竜へと進化した?

恐竜の骨格と鳥の骨格とは非常に似ていて、どちらがどうだとは言えそうもない。

「卵が先か? ニワトリが先か?」 という問題と同じ事ではなかろうか?

恐竜を見ながら想像する楽しみって、「こんなもんなの~?」




category: 雑感

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初夏を楽しむ 

「春は萌え 夏は緑に 紅の 綵色に見ゆる 秋の山かも」  万葉集:作者不明

緑の芝生も、若芽が燃え出す春先は、少しばかり寂しさを感じたものだが、

初夏に訪れた時には、濃い緑の夏が眼を楽しませる。

庭の樹々も秋になれば、紅く色に染まり、また違った風情を見せてくれる事だろう。

此処 「宮崎邸」 は、四季折々に訪れたい処の一つである。

『 古民家:和風レストラン 「宮崎邸」 』

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『 玄関先の気遣いに・・・』

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『 重厚な室内で、緑の庭を楽しむ 』

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『 秋の風味を愛でる 』

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『 コーヒー・ブレイクを楽しむ 』

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O氏と連れだって来たのは三回目。 宮崎邸に秋を感じにやって来た。

緑の芝生を眩しく感じながら玄関へと。

其処には何気なく迎えてくれる草花が・・・秋の気配を楽しみながら奥へと。

心安らぐ古民家の室内で、緑の庭景色を楽しむの乙な物である。

出される料理は秋の気配が盛り沢山。 

食事を終え、コーヒー・ブレイクは室内でも庭でも楽しめるように気遣いがしてある。

しばし女将さんとの話に楽しい時間が過ぎ、コーヒー・カップを庭へ運ぶ。

穏やかな日差しを浴びながらO氏との会話を楽しんだ。

四季折々に 「宮崎邸」 を訪れるのは、古き良き時代への郷愁なのか?

秋の空気と美味しい料理、そして楽しい時間の流れ・・・

心安らぐ時間なんて、「こんなもんなの~?」





category: 雑感

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”赤” の魔力 

『 鬼灯の魔力に・・・』

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鬼灯(ほおずき)の魔力とは・・・

先人たちは、”鬼灯” には、何か解からないが不思議な力があるよね、と考えていた。

”鬼灯” に限らず、赤い物は不思議な力を秘めていて、

其の不思議な力によって、お盆に帰って来た先祖の霊魂や、

清浄にした場所を魔物から守って欲しいと考えた。

盂蘭盆会・施餓鬼供養の折に、盆棚の周りの東西南北と中央に笹を立て、

周りを縄で囲い、鬼灯をぶら下げるのは、せっかく清浄にし結界した棚に、

周りから魔が入り込まない様にとの願いから、鬼灯を吊るすものである。

昔の人は、赤いものには何か不思議な力があるよね・・・と考え、

お彼岸なんかには、赤い色の ”おはぎ” を供えるのだ。

回忌法要をはじめ、盂蘭盆・施餓鬼供養、お彼岸など、仏事は沢山あれど、

意味も考えず、ただただ 「なんだか、しないと落ち着かないよね」 と儀式化した寂しさを憂う。

寺も僧侶も、大衆に意味の説明もせず、ただ読経だけすれば ”それでいい” なんて・・・

釈迦の教えは、一体全体どこへ行ったのか? 

我を産みし父母も命の由来を知らず、命を享けし我が身も亦、死して去る処を知らず。

折角の盂蘭盆供養で亡きご先祖が返ってくるのだから、

せめて其の意味を大切にし、今ある命に思いを馳せるのは大切な事と思うのだが。

鬼灯に想いを馳せるって、「こんなもんなの~?」


category: 雑感

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”卵焼き” が好き 

『 卸売市場は、面白さ一杯 』

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          船橋市地方卸売市場 乾物地区

先日、初めて船場市卸売市場に行った。

鮮魚地区と青果地区、そして乾物地区と、広大な敷地に沢山の店舗が店を構えている。

お昼過ぎに行ったので、鮮魚も青果も店じまいが始まっていた。

乾物地区は、子供用にか? 大人用なのか?、お菓子類を買う女性が沢山いた。

価格は高いのか? 安いのか? 私には判らないが、見て歩くには面白い所であった。

卸売市場は、午前中の早い時間帯に来れば、客で賑わうのであろうが、昼過ぎではね~。

『 巨人、大鵬、” 卵 焼 き ” 』

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       卵焼きが有名な、”丸武”

一昔に流行った、巨人・大鵬・”卵焼き” だが・・・

子供でなくても、大人でも ”卵焼き”は人気のある商品なのであろう。

「丸武」 商店は、テリー伊藤氏の兄弟がやっている商店だと聞いた。

築地の店が有名だが、弟さんの此処の店も人気があり、売り切れも多いと聞く。

『 好みは、人それぞれ 』

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          グリーンピースご飯には、タイ刺と卵焼き

早速、夕ご飯のオカズにと ”卵焼き”を並べてみた。

グリーンピースご飯は私の大好物。 タイ刺も大好き。当然 ”卵焼き” も。

お味の方は、出汁が効いていて美味しいのだが、少しばかり甘いかな?

好みは人それぞれで、このぐらいの甘味でないと若い人には向かないのであろう。

種々雑多な店が並ぶ卸売市場、冷やかしながら見て歩くのが面白そうだった。

楽しみ方の一つって、「こんなもんなの~?」



category: 雑感

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日本人は、何処から来たの? 

『 猛烈な風と荒波を、乗り越えて 』

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     船橋港に現れた、復元古代船 ”スピリット・マジャパヒト号”

5月11日にインドネシア・ジャカルタを出発、復元古代船は黒潮に乗って航海の旅立ちをした。

琉球王朝との交流があった、マジャパヒト王朝時代の古代木造帆船を復元したものである。

古代船には、イラハム・アンディ船長ら七人の乗組員と、海洋冒険家・山本良行氏が乗り込んでいた。

フィリピン・台湾までは順調な船旅だったが、その先、沖縄への航海は猛烈な暴風雨と高波に困難を極めた。

チーク材で造った小さな木造船には、アウトリガーが転覆防止のため船体の左右に備え付けられているが、

荒波を超えての航海は厳しく、今回は二度目の挑戦で成功したものである。

三か月にわたる長旅の疲れを船橋港で癒した後、日本との文化交流の役目も無事果たし、

本日(8月10日)船橋港を離岸し、インドネシアへの長旅を再度挑戦する予定であるが、

台風の憂き目に遇う事なく、無事にインドネシア迄帰還できる事を祈るばかりである。

『 三か月の航海の疲れを、船橋港で癒す 』

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        全長20m 全幅4m の豪華木造船

日本への、三つのルート

約700万年前にアフリカで発生した人類は、後にホモ・サピエンスへと進化する。

ホモ・サピエンスは大陸を東へ東へと進出し、やがて我が国・日本へと辿り着いた。

信頼できる初期のホモ・サピエンスの遺構からして、

南アジア・東南アジア・オーストラリアの最古の年代は4万8500~4万5000年前と推測される。

インドからインドネシアへと辿り着いた原人は、海を超えての島々への進出であったのだろう。

大陸の遺構では、ヒマラヤの北側には4万6500年~4万400年前まで遡れる。

後に、中国を超え、海上を日本へとやって来たのか?

また、シベリアではヤナ地方で、3万3000前のホモ・サピエンスの遺構が発見されている。

日本にホモ・サピエンスが渡って来て、祖先となったルートは三つのルートが考えられるが・・・

ニアの遺構は4万8500年前であるから、インドからやって来た原人が、

インドネシアから海上をはるばる渡海して日本へと到来したのである!!と考えるのが一番面白い。

理由は、台湾でも3万6000年前には到達していて、日本へはそれよりも古く、3万8000年前の遺構がある。

『 友好親善と文化交流に夢を乗せて 』

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            宮殿の様な操舵室とインドネシア乗組員 三名

今回の、”スピット・マジャパヒト号” の来航を見るに・・・

我が日本への最初の渡来原人は、インドネシアから台湾・沖縄を経た海上ルートと想像するのが楽しい。

インドネシアからフィリピンへ。そして島々の間を航海し、はるばる数千キロの海上を北上、日本列島へと。

黒潮に乗った大航海であった筈だ。暴風雨もあり高波もあり、時には台風にも見舞われての大冒険の旅だ。

裏付けられる理由として、西表島・宮古島・沖縄島・徳之島・奄美大島・屋久島などで

3万6000年~3万年前の多くの原人たちの遺構発見されている。

原人たちと考えたのは、渡来人が男性ばかりだと、子孫の繁栄は見られない。

簡素で小さな木造船には、男性も女性も同船していた筈だ、オソラク!!

インドネシアから台湾方面には4万7000年前、更に日本ヘは3万8000年前と言われている。

氷河期にシベリアから北海道へ、中国大陸から沖縄へ、と原人が渡来したと考えるよりは、

インドネシアから荒波を超え、はるばる日本へと航海した原人たちは、果たして航海だったのか?漂流したのか?

黒潮に乗っての大航海を終えた ”スピリット・マジャパピト号” は、今日帰国の航海へと旅立つ。

日本人は、何処から来たのか?  原人は、インドネシアから船に乗って・・・ 

な~んて、想像する楽しみを与えてくれた事には間違いない。

日本原人・渡来人に想いを馳せる楽しみって、「こんなもんなの~?」



category: 雑感

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閉店は寂しすぎる 

『 低料金で、味よし・雰囲気よし だったが・・・』

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       お昼の定食 ”イカとエビと野菜炒め”  ¥850

先月末で閉店と聞き、友人のO氏と最後の食事に出かけた。

香港料理・手作り天心・・・「華福、~天空の風~」。

低料金で、味もよく、駐車場もあるのに廃業とはね~。 寂しい限りだ。

O氏に誘われ入店したのがきっかで、家族でもたまに行くようになったのに。

暑いので、さっぱりとした ”イカとエビの野菜炒め” を注文した。

爽やかな味の炒め物に、卵スープと変わりエビ・シューマイ。 漬物に、マンゴープリン。

『 宴会場で、二人で頂く香港料理 』

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~天空の風~ には大小二部屋の宴会場があり、今回は小宴会場で中華の味を楽しんだ。

閉店になった原因を尋ねてみれば、立地条件が悪いのが影響したとの事だ。

最近の外食産業は昔と違い、意外と長続きしないようだ。

日本人の特徴の一つに、”新しもの好き” という面があり、飽きるのも早い。

安くて美味しいだけでは、客を呼ぶのは難しい時代となった。

人通りの少ない立地のうえに、食材に ”乾燥ナマコ” ”フカヒレ” ”乾燥アワビ” と・・・

オーダーの無さそうな食材を揃えても無駄だと思うのだが、ね。

『 昼時の客の入りは盛況だったが・・・』

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昼時は此の広い客席もほぼ満員だったが、撮影は客の引いた時に。

午後2時から4時のアイドル・タイムは仕方ないとしても、少々寂しすぎる。

夜は食べ放題を企画していたが、これも思う程ではなかったようだ。

メニュー・アイテムも多く、材料費がかさみ食材の廃棄もバカにならなかったと思われる。

ファミリー・レストランでも、20年前頃からメニュー・アイテムを減らし始めた。

調理場が大変なのと、食事ロスを減らす為であった。

減らして欲しくないのはホール・スタッフだが、最近では何処でも手抜きで料理の待ち時間は長い。

客が料理を待てる時間は、7分とのデータがあるが、何処でも10~15分も待たせる傾向にある。

『 ”エビ・マヨとエビ・チリそしてエビ・シューマイ” のお弁当仕立て 』

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帰り際に、O氏から頂いた手土産である。 料理人に頼んで特別に作らせたものだった。

~天空の風~のエビ・マヨは格別に美味しい。 家で、妻と孫娘がご相伴に預かった。

馴染みの店が閉店とは寂しい限りであるが・・・本店が近くにあるので、次回は本店にでも行くとしましょうか。

時代の波には逆らえないとは、「こんなもんなの~?」



category: 雑感

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いざ ”鎌倉” へ 

『 ”いざ鎌倉” へ 』

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かねてより、パスタが食したいと思っていた。 念願かなって ”鎌倉パスタ” の店へ。

平日の午後一時だが、アイドル・タイムの前だったので店頭には客の姿が。

『 銭湯ではないんだよ~ 』

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土足禁止で、履物を脱ぎ下足入れへ。

何とも懐かしい下足入れが。 子供の頃、銭湯通いした事を想い出す。

『 広々と、ゆったりしたいもんだが・・・』

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室内は木の床で、所々に丸い浅い穴が彫ってある。

鎌倉彫をイメージしての事なのであろうか?

それとも、床掃除の手間が省けるようにと、木の床にしてあるのかね~?

それよりなにより、室内空間の狭い事!! 地価が高いので仕方ない事なのか?

『 メニュー・アイテムは豊富 』

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”鎌倉パスタ” の店名は? と、以前尋ねた事があった。

曰く、「鎌倉と言えば、何となく高級感があり、入ってみたいと思うでしょう!」 と。

確かに、店名から受けるイメージは、高級感があり美味しそうに思えるね。

味は個人個人の好みがあり、何とも言えないが、 メニュー・アイテムは多い。

『 店員教育は大切だよね~!!』

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”いざ鎌倉へ”・・・と言えば、思い出すのは謡曲 「鉢木」 だよね~。

落ちぶれた武士・常世が、家に泊めた旅の僧に・・・

”鎌倉に一大事があれば、何はさて置き一番乗りに馳せ参じる” と。

由来は、常世が語った此の一言から、と言われていて いるが、

私の場合は、”さぁ~、鎌倉パスタ” へであった。

店内はガラガラと言えずとも、数組の客しかいなかったが、

注文を請けに来るフロアー・スタッフのしゃべり方が良くない。早口過ぎるのである。

和風にイタリアンと言うのであろうが、パスタを箸で食べるの~? 何とも不便である。 

食べ難いので、”箸を” と言えば、奥からスプーンを持って来てくれた。

ちょっと高級感が欲しく、手ごろな価格でパスタを・・・そんな希望を抱き ”鎌倉パスタ” へと。

料理はともかく、フロアー・スタッフと、空間には少しばかりガッカリもした。

「当たるも八卦、当たらぬも八卦」 と言うが、今回は、どちらだったのでしょうね?

どちらも兼ね備えているのが ”鎌倉パスタ” だったのか?

外食で何時も思うのは、「こんなもんなの~?」




category: 雑感

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