Admin New entry Up load All archives

こんなもんなの~?

趣味の写真を添えて、日々の『戯言』を・・・

清里は、今・・・ 

『 栄枯盛衰・生者必滅 って、こんな事なの~?』

バスの旅も ”食べ放題ブドウ狩り” を済ませ、”明野ひまわり畑” を散策し、昼食は ”サンメドウ清里” で・・・

お次は一度は行って見たかった ”清里” へと。  此処から先は終着点 ”野辺山” へとご案内の予定。

”清里” 何と響きのいい地名であろうか。 名前に釣られて一度は訪ねたいと思うのは私だけだろうか?

”清里” は、あの軽井沢の清々しい清涼感と、少しばかりハイカラな町並みを想像させるではないか?

「清里駅」 でバスを降り少しばかりの散策時間があったが・・・

何処を見ても人気は無く、活気を感じさせる物は一つもない。

目に付き記憶に残るものと言えば・・・駅前の潰れたカフェテラスが売りに出されている事ぐらいか?

バブルの頃は多くの観光客で賑わった ”清里” であろうが、”寂れる” って事はこんな事だろうね。


L1010759-2.jpg
             清里を、象徴するかのような・・・


L1010760.jpg
             ”清里駅” 前広場は、人影も無く・・・          

L1010761.jpg
          右を見ても、左を見ても・・・寂しい限りだね~

王朝の ”雅” から、万葉の ”風流” へ、”風流” から ”雅俗” へと変遷する中、

”粋” と ”数寄” が生まれ、”侘び” ” 寂” の文化が花開く。

”寂しい” と言えば、繁栄から衰退へと陥落する意味を含んでいるが・・・

”清里” も御多分に漏れず、”繁栄” から没落 ”寂しい” 町へとなったようだ。

私の故郷は、炭鉱の町として一時期は目を見張るほどの繁栄を謳歌していたが、

現在では、商店街はシャッター街と化し、人口も衰退の一途を辿っている。

「石を持て 追われるる如く・・・」 故郷を離れた訳ではなく、「故郷は 蠅さえ我を 刺しに来る」 訳でもないが、

今は船橋で残りの人生を満足に楽しんでいる。

寂れた ”清里” の姿に感傷の思いを抱き、帰らぬ故郷に想いを巡らすって、「こんなもんなの~?」




スポンサーサイト

category: 雑感

CM: 3 TB: --   

標高 1900 mの涼? 

『 標高 1900m の高原。曇天の清里に遊ぶ? 』

”遊ぶ” とは言うものの、バスツアーでもあるし、晴天どころか曇りがちな天気ではね~・・・

立ち寄った時間は昼食・バイキングの為の一時間。 観光どころではないよね。

1200台の駐車場を備えていると言う事は、冬にはスキー客が、夏は涼を求めて、秋は紅葉をと、

多くの観光客が押し寄せるのであろうが、今回はまばらな観光客であった。

近くには、「美の森」 「萌木の村」 「東沢大橋」 「まきば公園」 が.

残念ながら時間制限があり、足を延ばすことは出来なかった。

L1010757.jpg
  サンメドウズ清里 センターハウス入口 エスカレーターで二階へ


L1010753.jpg
    パノラマ・リフト 空中散歩が楽しめる 冬はスキー場?


L1010754.jpg
     フラワー・リフト わんわん広場からアスレチックパークへ


L1010755.jpg
お食事はバイキングで・・・高原グルメを満喫? 期待しない事です


L1010756.jpg
     売店 清里マルシェ。 買いたい物は、無いけれど


L1010758.jpg
      使用済みゴンドラが寂しく・・・

八ヶ岳山麓は、過去に2・3度車で通過はしたが、観光はしなかったので、今回のバスツアーと相成った。

青天に恵まれれば、澄み渡る青空の下、清里も楽しめたのでしょうが・・・

生憎の天気の上、バイキング料理も口に合わず、散策を楽しめる状況ではなかったのが残念。

食べ放題のブドウ狩り、曇天の清里と、いい思い出は残らなかったバス旅行、

格安バス旅行なんて、「こんなもんなの~?」



category: 雑感

CM: 0 TB: --   

ひまわり 

『 向日葵の 迷路に弾む 子らの声 』

ブドウ狩りに失望した後、”明野のひまわり畑” へと貸し切りバスは進んだ。

予期していたのは、なだらかな丘陵地帯一面に咲き誇るヒマワリを期待していたが・・・

意に反して、ひまわり畑は多くの区画に分かれ、咲く時期をずらしているとの事だった。

咲いているのは、まばらで一区画 1~2反ばかりの小さな面積の畑で、20区画ばかりあるようだ。

観光地なので売店や休憩所には困らない。 暑さのせいでブルーベリー・ソフトクリームで体を冷やした。

広域農道を挟んで反対側に、「山梨県立フラワーセンター ”ハイジの村” 」 があった。

メインとなる広場すぐ傍には、ハイジの村 「クララ館」 があり、宿泊や日帰り入浴も出来る。


L1010772.jpg
             メイン会場 No11 ヒマワリ畑に遊ぶ


sunflower_fieldmap_2017_final-561x1024[1]
       明野 ひまわり観光図


明野ハイジの村_-_panoramio[1]
             山梨県立フラワーセンター 「ハイジの村」 (借用)


1ef3ddeff6b0d1d2f8bdb1fb58087827[1]
           ハイジの村 「クララ館」  宿泊施設、日帰り入浴可能 (借用)

『 ヒマワリは、”悲恋の花” なのか、ね~?』

多くの花には、花言葉がある。 御多分に漏れずヒマワリにも・・・

原産地は北アメリカのインディアンが住んでいた地域と言われる。

ギリシャ神話では、眩いばかりの金髪に逞しき肉体、その美貌と竪琴に名手であったアポロン、

恋多きアポロンは、ある時、水の精:クリュティエと恋に落ちる。

叶わぬ恋は、片想いの恋に終わってしまい、

水の精:クリュティエは、足は地面に根付き、顔は花に変わってしまった。

クリュティエは、”ヒマワリ” に化身したと言う悲恋の伝説である。

明野のひまわり畑は、映画 「いま、会いにゆきます」 のロケ地でその名を馳せた。

黄色一色染まる此の地で、恋を実らせようとサマー・ウエディングを上げるカップルが多いとも言われる。

何となく、ギリシャ神話を思わせるね~。

そんな事をふと思わせるバスの旅なんて、「こんなもんなの~?」



category: 雑感

CM: 1 TB: --   

もう、こりごり!! 

『 後悔、先に立たずって、此の事なのか?』

先日、孫を連れて 「日帰りバスの旅」 に出掛けた。

大渋滞な中、やっとの思いで勝沼に到着した。

気温35℃ 湿度75% ?程もあろうかと思われる中、ブドウ食べ放題があったが・・・

ブドウは何ともみすぼらしいデラだったが、暑くてデラでは食べる気もしなくて、4粒食べて直ぐバスへ引き返した。

聞けば、何となんと4房も食べたと言う猛者がいたそうだ。 只なら腹一杯食べようと言う事らしい。

食べ放題バスの旅なんて、「安かろう、悪かろう」 って事なのかね~。


L1010738.jpg
        ツアー参加者 42名 勝沼まで3時間半(大渋滞)


L1010743.jpg
        食べ放題は、”デラウエァー” のみ(安いっぽいね~)


L1010747.jpg
          ワイン販売の売店は・・・


L1010775.jpg
     取り敢えず買ってはみたものの・・・

『 商売人は、嘘でも平気で言うの~?』

まぁ~、折角来たのだからと思い、売店に行って見た。

店員曰く 「うちでもワインを作っています。甘口でおいしいですよ」 なんて・・・

こんな店でワインを醸造するなんて可笑しいね~と思ったが、まぁ2・3本買って帰ろうかと。

帰って調べれば、案の定、他のワイナリー醸造のワインを売っているだけなのだ。 

ツアー客だから、二度と来ないだろうと? 商売人は平気で嘘をつくんだよね~。

それはまぁ~イイとしても、酷いのは土産用の葡萄だ。

「こちらの方が安いですよ~!!お客さん」 と、

ワインの写真の前に置かれた葡萄だが・・・

1房 ¥800 と結構な値段だが・・・鮮度が余りにも古く、スーパーの売れ残りの方がまだマシ。

平気で嘘をつくし、古い売れ残りの葡萄を売りつけるなんて、信用ならないのは商売人て事か?

「正直者が、バカをみる」 なんても言うが、真っ当な商品を適正価格で売る正直な商売人が気の毒だよね~。

ネットで調べれば、ワインの醸造所は真面らしいが・・・

価格操作をしていなければいいがね~。 飲んでみないと判らない。

食べ放題バス旅行なんて、「こんなもんなの~?」



category: 雑感

CM: 4 TB: --   

火事と喧嘩は・・・ 

『 火事と喧嘩は、江戸の華 』

清親が描いた図は、両国橋の両岸を描いたもので、明治時代最大の東京の火事であった。

火元である神田松江町の火勢は墨田川を超え本所・深川へ、回向院(右派)へと飛び火が迫っているようだ。

荷物を担ぎ右往左往する人々、半纏に大工と掛かれた人が火の方へと駆けていく姿、

子供の手を引く女性など、大変緊迫した情景が伺える。

忍び返しがある料亭には、提灯やモダンなランプが吊下がるが、火の手は無情にも料亭を灰と化す。

「武蔵・下総、両国へ掛りたる橋なるゆえに、両国橋と名付けるなり」 と言われた名橋も、

度重なる災害により、幾度も架け替えられる運命を辿った。

明治30年の川開きの人出の多さに耐えきれず、無残にも落下。

「火事と喧嘩は、江戸の華」 なんて言われるが、世の無常さを感じるね~。


L1010732.jpg
          「浜町より写両国大火」 小林清親 「東京名所図」



L1010586.jpg
         江戸の大工宅・・・長屋の仕事場風景  江戸博物館展示

『 火事と喧嘩・・・大工冥利に尽きるね~』

火消は、」江戸町人の憧れの職業だった。

人口の50%が武士だった江戸の町。 明暦の大火など、度々重なる江戸の大火。

「大名火消」 「定火消」 をはじめ、江戸では 「町火消」 が組織設置されていた。

「町火消」 は、”いろは四八組2” と称され墨田川より西域を担当し、東は 「十六組」 が編成されていた。

「町火消」 は、普段は職業を持ち、火事になれば火消に変身 ”鳶” と呼ばれた。

当時の火災は、延焼を食い止めるために家屋をぶち壊すので、鳶職人がうってつけであった。

火事が発生すると、鳶職人が組の印を描いた纏を立て駆け付けた。

我が組が火消をする!!と、組同士が対抗意識をむき出しにし、争い事も多発した。

こんな事から、「火事と喧嘩は、江戸の華」 なんて言葉が生まれたのである。

江戸では火事がしばしば発生し、大工だった火消たちは考えた・・・

次の仕事へと鳶口で家屋を次々と壊したようだ。 つまり ”景気浮揚” の観念があったのであろうか?

江戸で食い扶持を稼げるのは、大工をおいて他にはなかったようだ。

屋根の上で纏を振り、鳶口で家屋を勇ましく引き倒す鳶職人は、”心意気(粋)” の代表格だった。

大工は人気第一の職業だったのかね~?

江戸の大火と大工を思う事って、「こんなもんなの~?」



category: 雑感

CM: 0 TB: --   

花火で追悼 

『 両国の花火は・・・死者への追悼供養 』

先日、孫娘が墨田川花火大会を観に行った。 一昨日には我が家の近く、船橋港でも花火大会が。

夜の散歩で、「イケア」 を一周し若松団地を歩くのであるが、船橋花火大会では、

「イケア」 のエントランス広場は、ブルーシートを敷き始まるのを待つ人が一杯だった。

ペットの ”らら” は、雷が大嫌いでハウスに飛び込みブルブル震えるが、

花火の音では驚かない ”らら” も間近な大きな音の花火は苦手の様だった。


de1f6645055e8eb56a92276cc3bb7ed7_l[1]
            全国、花火大会たけなわ  (画像は借り物)


L1010734.jpg
     「江戸自慢三十六興」 両こく花火 豊国・広重

ホオズキ市や朝顔市、そして江戸の夏に欠かせないものに ”隅田川の花火” がある。

享保十八年(1773年)に始まった墨田の花火大会は・・・

前年の記録的凶作で多数の餓死者が出た事から、将軍・吉宗が犠牲者を弔う為に花火を打ち上げた。

以来、雨さえ降らなければ、川開きから八月中を目安に毎晩花火が打ち上げられた。

飢餓者を弔い供養する花火大会だったが、両国の花火大会は江戸っ子にとって欠かせないイベントなった。

「鍵屋~」 「玉屋~」 と掛け声は、両家が打ち上げる花火への掛け声で、納涼の風物詩となった。

屋形船を繰り出し、芸者衆と若旦那は、酒を酌み交わし打ち上げられる花火を楽しんだ。

向こうに小さく見える橋は両国橋であろう。 多くの屋形船ではお大尽遊びに興じている。

振袖火事の時、橋の掛かっていない墨田川で、道を失った大勢の人々が犠牲になった。

此の事が一因となって、隅田川を挟む武蔵國と下総國の間に ”両国橋” が懸けられた。

当初は渡るのに一人二文の橋賃を取っていたが後には廃止されたと言う。

お盆の時期に花火大会・・・死者への追悼供養としては実に的を得ているね~!!

船橋の花火大会の音を聞きながら思う事って、「こんなもんなの~?」



category: 雑感

CM: 0 TB: --   

岡山から・・・ 

『 岡山県の、名産品と言えば・・・』

畳表の ”藺草”、”マスカット” に ”桃”。そして ”キビ団子” 等々。

先日、岡山の方から ”清水白桃” 14個入りが届いた。 暑い夏を乗り切ってくださいとお言葉を添えて。

日本は果物の多さでは世界的にも珍しいほどの種類があるようだ。

柿・栗も好みだが、桃・梨・メロンは三大好物である。


L1010727.jpg
  岡山産 ”清水白桃”  お味は、エクセレント!!

”桃” は不老長寿の代表格である。

中国の仙女(西王母)が漢の武帝に、三千年に一度実る不老長寿の仙桃を贈ったという故事もある。

「古事記」 では、桃には不思議な霊力があるとみられる記述が。

”桃” という字は、”木” 偏に ”兆” と書かれる如く、多産の木であり、

其の形からは、〇〇〇を象徴していて、生殖のシンボルでもある。 と言うけれど・・・

産毛の生えた淡黄色、赤ちゃんのお尻を思わせるが、

熟れて赤みを帯びれば、年頃のお嬢さんのお尻かもね~。


C3kB1QxUkAAiifH[1]
花も恥じらう娘さん、桃割れが可愛い (写真は拝借)

「まだ上げ初めし前髪の・・・」 島崎藤村 『初恋』 の書き出しであるが・・・

藤村家に奉公に来ていた娘さん、洗いざらしの着物に帯締めて、藁草履を履いた素朴な娘の ”桃割れ” に、

淡い恋心を抱いたのであろう。

黑繻子の半襟に、黄八丈の前掛け姿、明治から昭和にかけて下町娘のスタイルで、

髪型は、髷を二つに分け割った桃のように丸く輪に結ったので ”桃割れ” と呼ばれた。


illust1095[1]
        怖い話だね~、桃から生まれるなんて (写真は拝借)

「桃から生まれた、桃太郎」 と、桃太郎は桃から生まれたと誰でも疑わないが、

江戸時代の頃は、桃を食べた老婆が若返り、桃太郎を生んだとしている。 所謂 ”回春” の効果だ。

桃太郎の遠征構想の源流は、「保元物語」 の源 為朝に、また 「御伽草子」 の義経に見られるように、

鬼ケ島に渡り、宝取り伝説が其の源流となっているようだ。

岡山駅で買うお土産の一つに ”キビ団子” がある。

キビは雑穀であるが、五穀の中では最上位の穀物なのであり、

「西遊記」 にも、霊力を持った者が動物を従えて、怪物退治する時はキビ団子。

江戸時代の赤本 「桃太郎」 では、キビ団子をやるから家来に成れと交換条件をだしている。

本来の武士の主従関係を反映したもので・・・

「桃太郎」 でも、猿・キジ・犬にキビ団子半分を与えたのは、三従者の労働搾取だった。

人里に住む犬は 「仁」 を、野外に住む雉は 「勇」 を、そして深山に住む猿は 「知」 を表している。

頂いた ”清水白桃” に岡山の人を偲び思う事って、「こんなもんなの~?」



category: 雑感

CM: 0 TB: --