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こんなもんなの~?

趣味の写真を添えて、日々の『戯言』を・・・

花火で追悼 

『 両国の花火は・・・死者への追悼供養 』

先日、孫娘が墨田川花火大会を観に行った。 一昨日には我が家の近く、船橋港でも花火大会が。

夜の散歩で、「イケア」 を一周し若松団地を歩くのであるが、船橋花火大会では、

「イケア」 のエントランス広場は、ブルーシートを敷き始まるのを待つ人が一杯だった。

ペットの ”らら” は、雷が大嫌いでハウスに飛び込みブルブル震えるが、

花火の音では驚かない ”らら” も間近な大きな音の花火は苦手の様だった。


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            全国、花火大会たけなわ  (画像は借り物)


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     「江戸自慢三十六興」 両こく花火 豊国・広重

ホオズキ市や朝顔市、そして江戸の夏に欠かせないものに ”隅田川の花火” がある。

享保十八年(1773年)に始まった墨田の花火大会は・・・

前年の記録的凶作で多数の餓死者が出た事から、将軍・吉宗が犠牲者を弔う為に花火を打ち上げた。

以来、雨さえ降らなければ、川開きから八月中を目安に毎晩花火が打ち上げられた。

飢餓者を弔い供養する花火大会だったが、両国の花火大会は江戸っ子にとって欠かせないイベントなった。

「鍵屋~」 「玉屋~」 と掛け声は、両家が打ち上げる花火への掛け声で、納涼の風物詩となった。

屋形船を繰り出し、芸者衆と若旦那は、酒を酌み交わし打ち上げられる花火を楽しんだ。

向こうに小さく見える橋は両国橋であろう。 多くの屋形船ではお大尽遊びに興じている。

振袖火事の時、橋の掛かっていない墨田川で、道を失った大勢の人々が犠牲になった。

此の事が一因となって、隅田川を挟む武蔵國と下総國の間に ”両国橋” が懸けられた。

当初は渡るのに一人二文の橋賃を取っていたが後には廃止されたと言う。

お盆の時期に花火大会・・・死者への追悼供養としては実に的を得ているね~!!

船橋の花火大会の音を聞きながら思う事って、「こんなもんなの~?」



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category: 雑感

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