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こんなもんなの~?

趣味の写真を添えて、日々の『戯言』を・・・

歴史の重み 

『 たはむれに母を背負ひて そのあまり

         軽きに泣きて 三歩あゆまず 』
  石川啄木


昨日は「母の日」であった。

思わず啄木の此の詩を想い出した。 そして先日、盛岡を訪ねた事を・・・


2011-10-08 華1515

盛岡市内には、今でも三本の美しい川と、四方を美しい山々に囲まれている。

街の所々には、江戸・明治・大正・昭和と随所に趣のある景観を視る事ができる。

「美しい追憶の都」なのである。

『 不来方の お城の草に寝ころびて 空に吸われし十五の心 』 啄木

「一握の砂」の中の短歌で、“不来方”の古名は全国へ知られるようになった。

啄木が眺めた、あの城跡には今、「もりおか歴史文化館」が建っている。

“歴史と文化の回廊”を巡ってみた。


2011-10-08 華1512

先ず驚いたのは、“二羽”の紋が描かれた幕を背に、此の豪華な鎧兜だった。

盛岡城・藩主が代々使用したのか、豪華な飾り兜鎧で、実践に使用した物では無いらしい。


2011-10-08 華1511

此れは珍しい“舟橋”。 新山河岸と仙北町を結ぶ舟の橋。

川に舟を並べて繋ぎ、その上を板を敷き人や馬が渡川できるようにした“浮橋”である。

北上川・舟運の起点で、諸国の人々の往来、物資の運搬流通が盛んな場所であった。

盛岡を象徴する情景として、多くの絵画にも描かれている、舟橋の模型だ。


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何も言う事なし!!“シャンシャン馬っこ”

只々、黙して観て欲しい。此の豪華さと馬に対する感謝の気持ち・・・


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盛岡山車だ。 再現された明治期の山車。高さは9mにも及ぶ。


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雪国できつい野良仕事に従事した人々が、祭りを盛り上げる為に、精一杯の力作なのか?

“しゃんしゃん馬っこ”にしても“盛岡山車”の飾りにしても、想像を絶する造作である。

観ていて、盛岡人の心意気を感ぜずにはおれない。


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南部家ゆかりの品々が展示されていた。

この地方には南部鉄器が有名だが、此れは南部鉄器ではない。

お嫁に嫁いだお姫さまの持参品の一つだろうか。


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沈金蒔絵の器も何点か展示されている。

庶民感覚とはかけ離れているが、歴史や伝統文化を後世に伝える意義、

必ずや将来を担う若者達へと、その技は受け継がれて行く事であろう。


昨日、5月13日は「母の日」だった事を想い出し、石川啄木のあの「母を背負いて・・・」を、

盛岡と私が育った故郷とは、余りにも歴史的価値はかけ離れている。

私の故郷は石炭が海の底から採れる、所謂「海底炭田」で、村からいきなり市になった所だ。

今は過疎化も進み、歴史的遺産などが無い街だった。

そんな片田舎の家で、私は手厚く育てられたようだ。誰に、母に・・・


盛岡の記憶を写真に求め、此のブログを書いているのだが、

盛岡と私の故郷・・・歴史の違いって、 「こんなものなの~?」


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category: 雑感

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コメント

母の面影。
私が学生時代に心を病んで精神分析を受けていたとき、医者に言われたこと。
私の中に母親の存在が異常に希薄だとのことでした。
確かに早くに亡くしたので、あまり記憶に母の姿は刻まれなかったのかもしれません。
元々病弱だった母親に代わって、母の姉、伯母が私を育ててくれました。
そんなことも母親の影が希薄な理由などかもしれないです。
雪国の人間は粘り強く、我慢強いと言います。
父方の祖先は秋田県出身。
すごい豪雪地帯だったそうですが、まだ一度も訪れたことがありません。
父とは、亡くなるまで和解することは無かったように思います。
酔うと茶碗が飛んでくるような父とは、私にとって受け入れられない存在でした。
その姿が私の子育てにおいて反面教師になったことは事実です。
姉との関係も希薄ですねえ、お互いに死んでいてもなんとも思わないかも。
姉も大病をしてから、いつ死ぬか分からない体でヤケクソになったのか、世界中旅行して歩いています。
そんな体で登山をしてくれるので、はたは良い迷惑。途中で失神して倒れたりは当たり前の人。親子って、兄弟って、何なんでしょうね。

青竹 #- | URL | 2012/05/15 09:21 - edit

岩手って平泉ばかりじゃないんですね~。
盛岡も楽しめそうだ!
ところで、盛岡冷麺は?

ちくわ #- | URL | 2012/05/15 11:07 - edit

こんにちは。

背負う母が欲しいと思う母の日でした。

musselwhite #HfMzn2gY | URL | 2012/05/15 13:49 - edit

ブログのコメントありがとうございます♪
母の日か~。照れてしまい心では「ありがとう」と思えても口に出して言えない・・・(汗)
もどかしく思う母の日でした。
いつか言えなくなる日が来るのはわかっているのですが、やっぱり・・・(´・ω・`;)
よし!!来年こそは!!

涼 #HXdBF8lk | URL | 2012/05/15 15:01 - edit

陽は必ず曻る

“青竹”さん、こんにちは

母親の早死、父親は厳父、姉との仲が希薄、身につまされる思いです。
でも何も言えない我が身の悲しさ。
「孝行したい時には、親は無し」 「親思う心に勝る、親心・・・」
『母の日』でした。一人しみじみと親心に感謝して下さい、ね。

「上を見ても限が無い、下を視ても限が無い」、よく云われますが、人間誰しも上を見たいのが人情です。
可も無く、不可も無く子供の頃を送り、社会人になっても好き勝手な事をしてきた私には、“青竹”さんには言葉を失います。

『侏儒』は、「社会的因習を軽蔑しながらも、其の因習と矛盾せぬように生きる事」と言ってますが、因習に従い生きる事は、自己を押し曲げる必要が有ると云う事にもなります。
自己が曲げられる許容範囲は人それぞれでしょうから、何とも言えませんが、私も自己が強すぎたのか?傍目に見ればアウトローだったかも知れません。

血の繋がった親子の関係でさえ、始末の悪い事は多くあるようですね。
「血は水より濃い」とも言われ、解釈次第では良い意味でも使われますが、「血は汚い」と言えば、良い意味には受け止められないでしょう。
一生を可もなく・不可も無く終える事の難しさも、其処の所に一因があるのでしょうか、ね。

肝心な事は、現状を受け入れる事なのでしょうね。
そして其れを如何に乗り切り克服出来るのか?に尽きるのでしょうが、気丈に活き活きと生きる事の難しさも、イヤと言う程思い知らされます。
私以上に複雑な人生を送られた“青竹”さんに、私から言える事の無さに無常感すら覚えます。
でも、厭世的になっても、何も解決はしないでしょうから、お互いに前を向いて生きるとしましょうよ!!
「陽の昇らない、朝は無い」と言うのですから・・・

てんくら #- | URL | 2012/05/15 16:26 - edit

旅は“だらだら”が一番

“ちくわ”さん、こんにちは

岩手県は平泉には一度行った事がありましたが、秋田県は初めての旅でした。
角館のサクラが余りにも有名だったので、楽しみにしてましたが残念な結果に終わりました。
盛岡では歴史館を見ながら感じた事は、私の育った田舎と、余りにも歴史の違いがあるのに驚きを隠せませんでした。

歴史では“萩藩”の事は知っていますが、一つだけ気になる事があります。
それは、長州藩と会津藩の仲違いです。
過去を忘れ、明日に向かって手と手を取り合えばと思うのですが、憎悪を拭い去る事の難しさを感じております。

「盛岡冷麺」は、今初めて知りました。
あの時は、「盛岡らーめん」を楽しみました。美味しかったですよ~。
その店に、何故か?鹿児島焼酎の壺が置いてありました。
盛岡と鹿児島、どんな関係があるのか?は知りませんが・・・

カヌーも“だらだらと漕ぐ”のがイイのかも知れませんが、旅は“だらだらと歩く”のが一番です。
カヌーも旅も、これからも“だらだら”と行きましょうね、“ちくわ”さん!!

てんくら #- | URL | 2012/05/15 16:40 - edit

母の日に・・・

“白熊”さん、こんにちは

お母さんは、もう逝去されたのですか?
私の父は26年前・70歳で他界しましたが、母は今90歳で健在です。
笹川良一氏の銅像に、「母を背負う」像がありますが、「母の日」に母が背負える人は幸せな人でしょうね。

失って背負えない人も有れば、何かの原因で背負えない人もあるでしょう。
啄木は、「軽ろきに過ぎて・・・」と言ってますが、やせ細った母への慕情がしみじみと伝わってきます。

“有難う”と言う事がは、仏教語ですが、
父と母が無ければ、今の自分はこの世に存在しません。
「有る事、難し」とは良く言ったものです。そんな父と母への感謝の言葉が、“アリガトウ”ですね。
よくぞ人間に生まれた事への感謝の気持ちを、何時までも持ち続ける事の大切さを改めて噛み締めている次第です。

来月には「父の日」があるそうですが、子供にとっては何と言っても“母”なのでしょう。
カーネーション騒ぎほどには無いでしょうが、商魂たくましい商売人には感心させられます。
そう云えば、葬儀や法要に着る、あの真っ黒な“喪服”、明治最後期に日本橋の呉服屋の発想という事です。
全国に普及したのだから、大儲け間違いナシだった事でしょう。

私は成人式にも出席しませんでした。理由は只一つ、
業者が設けるだけだから・・・
そんなへそ曲がりだから、「母の日」も縁がありません。
でも、親を慕い感謝する気持ちは大切にして貰いたいものです。

てんくら #- | URL | 2012/05/15 17:12 - edit

心、優しい君へ

“涼”くん、こんにちは

「口に出して言えないもどかしさ」・・・何と気持ちの良い青年だろうか、君は!!
「有難う!!」の言葉が出なくなった年頃なんだね~。
そんな君を親は嬉しく思っている事でしょう。

私はもう70歳に手が届くのですが、思い起こせば私も君と同じだった様な気がする。
まだ私の母親は健在なのですが、大阪在住と離れているので、“アリガトウ”は言いませんが、やはり目の前に母が居ても、云えるか?どうか?

せめて心の中にでも、思い留めていて欲しいものです。
遠い日の何時か?、君も父親になる事でしょう。
「母の日」の次には「父の日」も来る。
今の様な優しい気持ちで、父親にも感謝の念を抱いて欲しいと思う。

両親に感謝し、勉強に勤しみ、立派な青年に成ってくれる事を願っていますよ!! “涼”くん・・・

てんくら #- | URL | 2012/05/15 17:23 - edit

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