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こんなもんなの~?

趣味の写真を添えて、日々の『戯言』を・・・

近代医学の礎 

『 近 代 医 術 の 礎 』

2011-10-08 華1856

真夏の猛暑の中、千葉県佐倉市にある「佐倉順天堂医院」を訪ねた。

『順天堂』 と言う堂号の謂れは、「天道に従う(順天)、乃ち自然の理に従う」を意味している。


2011-10-08 華1857

現在残されている黒門が、昔の面影を漂わせている。

門の横には駐車場があり、普通車なら三台分のスペースが空けられている。


2011-10-08 華1858

芝生の中庭には、順天堂の創始者:佐藤泰然先生の銅像が建立されている。

泰然が佐倉の地に移住してきた背景には、藩主・堀田正睦が蘭学に理解を示し、

西洋医学を進んで藩に取り入れようとしていた。

その頃、江戸では長崎遊学後に蘭医学の塾を開きながら、

外科を専門に開業していた泰然が評判を集めていた。

評判を聞いた藩主が泰然を佐倉に招き、藩内の学問向上につなげようと招聘した。

『 泰 然 の 業 績 』

目新し好きで進歩的で行動力に富んだ人物だった。

泰然は、順天堂の塾生がオランダ語の習得と書物だけの勉強に偏る事なく、

実際の診察に役立つ知識・技術を習得させる事を目指した教育を行った。

一番の業績と云えば、天然痘の予防に努めた事が挙げられる。

ウイルス感染によって起こる天然痘は、当時の人々にとっては恐怖の病だった。

一般的には中国から日本に伝わった人痘接種ではなく、より進んだ西洋式の人痘接種を取り入れ、

その後、更に安全で効果の高い牛痘法が長崎に伝わると同時に、順天堂でも採用された。


2011-10-08 華1859

当時の面影が残る病室内の鴨居に掲げられた「療治定」には、手術の内容と手術代が書かれている。

1854年と記された此の「療治定」を手掛かりに、当時の医療水準の高さが伺える。

“白内障”、“乳癌手術”、“帝王切開手術” 等が記されている。

現在の外科・眼科・産婦人科に相当する極めて多岐にわたる治療を施していた。

「金創一寸に付、金百疋」

と、傷の長さで料金が変わること、また往診の場合は治療代の他に、一泊一両で別料金が掛るようだった。


2011-10-08 華1860

「手術道具」

江戸時代の外科道具で、手術用ノコギリや異物摘出器などを見ることができる。

現在の手術道具を見慣れている我々には、恐ろしく荒っぽい手術だったのか?


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弟子の医師が書き残した手術現場の様子図。

“卵巣水腫開腹術” 金十両

布団に横たわる女性が、両手・両足を助手に押さえられ、懸けられた布は下腹部のみ開いている。

帝王切開手術なのか?、卵巣癌摘出手術なのか?


2011-10-08 華1863


手術台の上の男性は、両手・両足を押さえられ、右足大腿部の切断手術を受ける図。

麻酔薬が現在ほど進歩していなかった当時は、麻酔ナシの手術も行われたようだ。

苦痛に歪む患者の顔が、それを良く表している。


『 順 天 堂 の 医 術 』

泰然の高弟・関 寛斎の著書「順天堂外科実験」によると、順天堂では泰然を中心に、

膀胱穿刺、帝王切開、卵巣水腫開腹、乳癌摘出、など当時としては最高水準の外科手術が実施されていた。

泰然は、麻酔の安全性に疑問を持ち、患者の命が失われる危険があると判断し、あえて無麻酔で手術した。


先日、天皇陛下の手術が東大病院にて、順天堂の医師のもと執り行われた。

泰然の婿養子・佐藤尚中は長崎でおらんだ軍医・ポンペに学び、系統的な医学教育を取り入れ、

後に、明治政府の要請を受け、大学東校(東大医学部)の最高責任者・病院長)として招かれ、

後に、御茶ノ水に順天堂医院を開業する。


この度、佐倉順天堂医院記念館を訪れたのは、

実は私が9年前、胃癌の手術を受けたのが、お茶の水順天堂医院だったから。

懐かしさもあり、開業当時の佐倉順天堂を見に車を走らせた。

今回の文は、記念館パンフレットに負うところが殆どでした。

江戸時代末期の外科手術なんて、「こんなもんなの~?」


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category: 雑感

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コメント

医術

こんばんは!親父様。

昔の手術道具は、大工道具?

麻酔無しで手術は考えられない。
自分ならと思うと、手術に踏み切れるか?
無理です・・・

術後現在、親父様は大丈夫なのですか?

まれすけ #- | URL | 2012/07/27 22:48 - edit

麻酔が導入されるまでは、切断手術などは地獄だったでしょう。
その後、クロロホルムやエーテルが用いられるようになり
人は眠っている間に痛みを感じることなく手術を受けることが出来る
ようになりました。
さらに副作用の少ない亜酸化窒素ガスが使用されるようになっていきます。
今の手術器具からは想像も出来ないくらい、荒っぽい器具ですね。
メスひとつとっても、出血の少ない電気メスが開発され脳外科や
心臓外科も患者の負担が軽くなりました。
医学の進歩も、最初は原始的で粗野なところから始まったのでしょうね。

青竹 #- | URL | 2012/07/28 00:20 - edit

手術室

こんにちは。

職業柄何度か手術室に入った事が有りますが、最初に「臭い」で気分が悪くなりました。
胸部外科の手術室はまるで大工の下小屋の思わせる様な工具類が並んで居ました。

でも、無麻酔で手術とは乱暴ですね…

musselwhite #HfMzn2gY | URL | 2012/07/28 11:46 - edit

漢方のお蔭か?

“まれすけ”さん、今晩は

そうなんです!大工道具より出来が悪いかも?ね。
確かに錆だらけなので、エッ、こんな道具で?と疑いました。
最先端の医療用具だったのでしょうが、時代の変遷を感じますね。

それにしても、当時から手術が行われていた事に驚きを隠せません。
患者も、恐らく歯を食いしばって頑張った事でしょう。
アァ、恐ろしや・恐ろしやです・・・

今日の戸外は36℃もあり、体が馴れていないので少々きついものがありますよ。
それでも、今年は漢方のお蔭と思うが、意外に体は楽です。
無理しないで此の暑さを乗り切るようにしましょうね、お互いに!!

“てんくら” #- | URL | 2012/07/28 18:55 - edit

10年先には・・・

“青竹”さん、今晩は

順天堂記念館を訪ねて驚きました。
この120年間に医療用具が如何に発達したか?それこそ科学者に感謝・感謝です。
がん検診も発達し、早期発見が出来るようになり本当に楽に成りました。
器具の発達と共に、医者の技量も格段に進歩し、何と云っても有難いのは麻酔でしょう。

大工道具の様な器具で、麻酔も無く切られた当時の患者の気持ちは、想像に難くないです。
医療が発達した現在では、女性は憧れの美の追求にまっしぐらと言う事でしょうか。

この100年に医療をはじめ、如何程世の中が変わってきたのか、驚きです。
此れからの100年先の世の中なんて想像も出来ない程、変遷するのでしょうね。
嬉しい事やら、恐ろしい事やら・・・とは云っても、私はせいぜい10年先までかな?その後は冥途から娑婆世界を見下ろし楽しむとしましょうか。

“てんくら” #- | URL | 2012/07/28 19:06 - edit

貴い命だから・・・

“白熊”さん、今晩は

“白熊”さんも、私もですが、100年前に手術を受けなくて良かったですね~。
あんな道具で、麻酔も無く、腹を胸をぐさりと開かれるなんて想像すら付かない事です。
我慢をすればそれで済むなんて事ではないですからね・・・

医学生でも女性は血を見ても平気な顔をしているが、男性は気を失う学生がいると云いますね。
「弱き者、汝の名は“オノコ”」という事かな。

此れからも体のあちこちに不具合が生じるでしょうが、
現代医学のお蔭で、麻酔もあるし技術の進歩もあるので、安心して手術でも受けるとしましょうよ!!ね。

“てんくら” #- | URL | 2012/07/28 19:19 - edit

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