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こんなもんなの~?

趣味の写真を添えて、日々の『戯言』を・・・

戒名って・・・ 

『 天が下 古き例はしら浪の 身にぞ鼠と現れけり 』  「ねずみ小僧」 辞世の句


2011-10-08 華2211

此処は、江戸時代には「本所松坂町」と呼ばれた所。

国技館通りが、国道14号線(京葉道路)に突き当たる所に、『回向院』 が在る。


2011-10-08 華2212

明暦三年(1657年)、江戸の大火 「振袖火事」 に依る死者十万四千人を弔うために建立された。

嫁ぐ日をまじかに控えた娘さんの為に、豪華な振袖を用意したのであるが、

その娘さんが婚礼前に突然死した。親御さんは、不要になった振袖を売りに出した。

古着屋から、また別の婚礼まじかの娘さんのために、その振袖を買った人がいたが、

不幸は重なるもので、又もや娘さんが婚礼前に突然死する。

其れを聞いた寺の僧侶が、「不吉な振袖は燃してしまえ」とばかりに、境内で火をつけた。

その時、突風が吹いて、火は瞬く間に江戸中に燃え広がった。『振袖火事』である。


2011-10-08 華2213

『回向院』の奥に、義賊 “ねずみ小僧” の供養墓が建立されている。

「甲子夜話」によるば、武家屋敷のみ押し入ったために、庶民からは義賊扱いされているとの記述がある。

後に、幕末の戯作家・河竹 黙阿弥が、権力者である大名家に自在に侵入し、被権力者である庶民に

盗んだ金を配るという、虚構の鼠小僧を主人公とした作品を世に送り出した事から、

人気に火が付き演劇界においては、現在まで続く当たり狂言の一つとなった。


2011-10-08 華2214

供養墓の前にある小さな供養碑は、「欠き石」と呼ばれる物である。

鼠小僧の墓石を欠き、財布や袂に入れておけば、金回りが良く成る、或いは持病が治ると言われ、

願いが成就した人々により奉納された「欠き石」は、擦り減る度に数年ごとに建て替えられる。

現在までに、その数は数百基にも及んでいるという。

見事な辞世の句もさることながら、“ねずみ小僧” の戒名も又立派なものである。

天保二年八月十八日
教 覚 速 善 居 士
俗名 中村 次良吉

天保三年八月十九日 浅草にて処刑される。 処刑日と寂滅日とに、一年のずれがあるが?

義賊故、戒名を授与されたのであろう。


戒名とは本来、得度・受戒・灌頂などの儀礼を受け、仏門に帰依した者に与えられる法号である。

現在では多くの場合、通夜葬儀の際に受戒・読経して引導により与えられる事が殆どである。

所謂、亡者の冥途での名前のように化しているが、本来ならば生前に法の世界に生きる事への誓いなのだ。


「 戒 名 閑 話 」

「忠臣蔵」で有名な浅野内匠頭の戒名は、

『 冷光院殿前小府朝散大夫吹毛玄利大居士 』

因みに、辞世の句は、

「風さそふ 花よりもなほ我はまた 春のなごりをいかにとやせん」 と詠んでいる。

大石蔵ノ助の戒名は、『 忠誠院刃空淨釼居士 』

四十六人の志士の戒名にも全員、“刃” と “釼” の文字が用いられている。

ユーモラスな戒名には、山田風太郎氏がある。

『 風風院風風居士 』

「板垣死すとも、自由は死せず」で有名な板垣退助らが主宰した立志社の『高知新聞』は、

明治政府より発言の自由を剥奪され出版の停止の憂き目に遭った。

新聞の死亡広告を出し、新聞のお葬式を営み政府に抵抗した。その時の新聞の戒名は・・・

『 無常高知新聞 』之霊位

『高知新聞』を廃刊し新たに、『高知自由新聞』を発刊するが、

またも発刊停止に遭い、同じく死亡広告を出し、

『 殺身成仁 視死如帰 』と、幡に戒名を書く。

その後引き続き『土陽新聞』を再発刊、大団扇にかの有名な文句を書き、政府に抵抗し続け、

最後には自由なる発言権を獲得するに至った。

『 いうまじと 思えど今日の 暑さかな 』


調べてみれば、戒名にも悲哀を窺わせるものや、ユーモア豊かなものや、似つかわぬものや、色々あり、

人と成りとが伺われ面白いですね~。

ところで、自分の戒名は生前、自分で考えとくとしましょうか・・・

『古事記』研究の第一人者・本居信長も、その奥さんも、自分と妻の戒名は決めていたという。

自分で決めても、僧侶から頂いても、どちらでも差支えないの?

戒名って、「こんなもんなの~?」



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category: 雑感

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