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こんなもんなの~?

趣味の写真を添えて、日々の『戯言』を・・・

猿と人間の違いは・・・ 

『 死は事実では無い、概念である・・・』

かつて、そう云った霊長類学者がいた。

霊長類の中でも、葬儀をし墓をも造るのは人間と言う霊長類だけである。

死を理解し概念化しているのは、人間以外の霊長類には見る事ができない。

どんな哺乳類でも爬虫類でも、死と言う概念が無いからである。

では、人間はいつ頃から ”死” を発見したのであろうか?

『 謎めいた男女の死 』

2011-10-08 華2734

船橋市、「飛ノ台史跡博物館」で、縄文時代の人体や犬が埋葬された復元をみた。

2011-10-08 華2733
発掘された二体の遺骨からの想像図

男女二体の埋葬された人骨が発見された。

二人は、夫婦なのか? 兄妹なのか? それとも恋人同士だったのであろうか?

どうして二人が同時に埋葬されたのか?

秘められた男女の物語を想像する楽しみを残してくれた事に、感謝・感謝。

二体の屈葬人骨が抱き合うような形で発見された事は、縄文時代早期の墓としては大変珍しく注目された。

専門家の間では、壮年期の男性と思春期の女性との事だが・・・

『 母子、合葬墓 』

2011-10-08 華2740

多くの埋葬された人骨が出土し、その一つに大人の女性と子供が抱き合うようにした珍しい例。

母親とその子供の遺骨なのでしょうか?

2011-10-08 華2736
         上の遺骨の想像図

「親思う 心に勝る親心・・・」 吉田松陰の言葉だが、

古代から現代に至るまで、母親が子供を思う気持ちには変わりはないだろう。

物欲・名誉欲・金銭欲に塗れた、現在の若い夫婦(同棲もあるが)と子供。

親が子を殺し、子が親を殺す。なんとも寒々しい時代と変わり果てたが、

抱き合う人骨を眺めていて、哀れを感じざるを得ない。

『 埋葬された、一頭の犬 』

2011-10-08 華2739

およそ4000~3000年前の犬の骨。

発掘調査から、きちんと墓穴を掘って埋められた事が判明した。

墓の上に貝殻が混じった土がかけられていた為に、犬の骨は残ったらしい。

人間と同じように埋葬されていた事から、

愛犬の死を悼んだ縄文人の気持ちが、切実と伝わってくる。

2011-10-08 華2737
愛犬の死を悲しむ家族の、想像図

野生のオオカミを人間の便利が良いようにと飼いならし、やがてはペット化する。

死を悼み埋葬した縄文人。現代では愛犬家と呼ばれる人たちが、火葬・読経・埋葬と・・・

人間と自然界の動物、家畜化された動物、ペット化された動物、

生き物たちとの付き合い方は、はたして今の侭で良いのだろうか?疑問を感じている。

『 墳墓にみる、死後の世界 』

縄文時代・弥生時代には、死者を山に葬るという観念の成立は見受けられない。

農業が盛んとなり、山の神・田の神が交代するという思いから、山に葬るという習慣が成立か。

死者の霊を恐れると共に、死者の霊を大切にし、子孫を守って欲しいと言う願いを込めたのだろう。

『 ふるさとの 山に向かひて 言ふことなし・・・』   有名な石川啄木の詩。

”ふるさと” とは、”ふりいにし” の ”里” であって、

「かりそめに住んで居た土地」 という意味で、

今は亡きご先祖も、かっては住んでいた土地で時間の経過も含んでもいる。

祖霊は山にある・・・現代人は、”ふるさと” を概念として持つ事を失ったのであろうか?

「死を悼む心」 の原点を縄文人に見る思いであった。

仏教の堕落とともに、葬儀も変貌を遂げた。

社交上の一種とする習慣でもある ”香奠”、

人間の ”死を悼む” 事とは、あまりにもかけ離れている。

家族の死を見るにつけ、古代人の素直に ”死を悼む心” に学ぶ事は多いのではないか?

三穴三様の埋葬に教えられる事って、「こんなもんなの~?」



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category: 雑感

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コメント

こんにちは。
最近ブログの更新全く興味が無くなってしまったmusselwhiteです。

我が家の曾祖父は香川県から一族を率いて北海道へ移住してきたそうです。
その折り、言い含めて墓守の一家を残して来たのだそうで、祖父は一度その地へ行ってみたいと言いつつ亡くなって仕舞いました。
父は曾祖父が設けた墓を始末して、いまの納骨堂へ移りましたが、納骨堂の我が家の収納部分には曾祖父夫婦、祖父母、両親、姉、叔母が納められていますので、私の入るスペースがありません。
当然、嫁や娘の分も…
最近は墓地の分譲も高額で手が出ませんのでどうしようか迷って居ます。

このままでは迂闊に死ぬ事も出来ない様です(笑)

長男の家庭は面倒な事が多くて嫌ですね。

musselwhite #HfMzn2gY | URL | 2013/06/17 16:03 - edit

ブログは自分の為に・・・

”白熊”さん、こんばんは

ブログって、どんな思いで皆さんは書いているのでしょうか、ね?
私は日記の代わりでもあるが、自分の為に書いています。
と言うのも、ブログを書けば何かしら調べる事も発生します。
自分の為の勉強の一環にもなるかと思いながら・・・

”NICE” 集めや、コメントをそれほど期待している訳でも有りませんね。
”NICE” ”コメント” 欄を消そうかとも思っているぐらいです。
ブロ友は、「お気に入り」に入れとけばすみますからね。

お墓のお問題をはじめ、葬儀の在り方も考え直す必要があるかと思っています。現在では葬儀はしないで、釜前で済ます人も3割になりました。
今は ”手元供養” なるものが徐々に浸透してきました。
墓は建立しないで、遺骨を粉砕したり焼き固めてペンダントにしたり、色々と面白い物が出回っているようですよ。散骨も徐々に普及しています。
日本人の元来の風習では、遺体は山の麓に捨てる「遺棄葬」でした。
遺骨崇拝に対する考え方を元に戻せば、ややこしい事も無くなるのでしょうが・・・

ブログは何の為に、誰の為に、書くのでしょうか?
他でもない!!自分の為にだけ、私は書いていくつもりでいます。
自分の勉強の為に・・・

夢旅人 #- | URL | 2013/06/17 20:53 - edit

想いと埋葬


いつも気にかけている人が、亡くなるのは心痛むことです。
この世を去ってゆく人の想いもありますが、残された人も同じように故人の事を
想うものです。
子どもの頃は、人が亡くなるのはとても悲しく嫌な事でした。
大人になると、もちろん哀しい事は、哀しいのですが、順番なんだなって思えるようになりました。
嫌と言っても亡くなるのは間違いない事実ですし、いずれ自分にもめぐってくる順番ですので、これが当たり前のことかと理解しています。
そんなこんなで、生きているうちに自分の身に起こる事は何事も勉強なんですね。
人生、自分が埋葬される前に、楽しまなければと思っています。

一ノ瀬 #- | URL | 2013/06/18 21:27 - edit

狂う程に・・・

”一ノ瀬”さん、こんばんは

江戸時代の事ですが、越後の国で大地震が有り多くの被害者が出たそうです。
その折に、良寛禅師は現地の人々に、激励の手紙を送っています。
手紙の内容は要約すれば、
「災難に遭う時には、遭うがよろしい!!四ぬ時には、四ぬが宜しい!!」と。

災難と死は、必ずやってくるものだ。
その時には、遭えばよい、四ねばよいという事らしいです。
それ以外に避ける方法は無いのだから・・・
だからこそ、今を一生懸命に生きろ!!と、励ましている。

死は厭うものでもない! 元気だからと喜ぶ事もナイ! と悟る事なのでしょうが、
狂う程一心不乱に生きる事なんて、凡人には出来ないのが悲劇というものでしょうか?



夢旅人 #- | URL | 2013/06/21 20:07 - edit

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