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こんなもんなの~?

趣味の写真を添えて、日々の『戯言』を・・・

空間の美 

『 明暗を強く押し出した、”光の魔術師”』

レンブラント、17世紀を代表するオランダの画家。

生涯を通じて肖像画家として、人物の内面までも表現する技術は、他に類を見ない。

「夜警」は、彼の代表作であるが、此の度は1635年作『広つば帽を被った男』を観に行った。

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対象人物の心情の瞬間を、感応性と生命力とを捉えたハイライトとの光源効果との重なり合いは見事。

『 現実性と、精神性の比類なき融合 』

絵画教室の先生は、生徒に ”片眼をつむって平面を視認するように” と指導するが、

レンブラントは視覚の焦点を正確に結べない ”立体盲” であったと言われる。

脳が自動的に片眼だけで多くの視覚機能を果たし、この障害こそが平面を視認する感覚を獲得し、

二次元的なキャンパスを作り出していたと言う。

立体世界を自動的に平面的映像として捉えていたのである。

難と云えば、レンブラントは工房を構えていて、

この工房体制こそが、世に贋作を送り出していたのである。

レンブラントの絵画形式は、難しいものではなく、弟子たちが描く模写画にレンブラントが加筆し、

真作として世に出していた。体制こそが真贋を困難にしていたのである。

『 DIC川村記念美術館 』

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レンブラントの絵画、「広つば帽を被った男」 が観たくて先日訪れた。

パンフレットによれば庭園と散策路が大変美しく思えたが、立ち入り禁止があり、季節的にも意外だった。

収蔵作品には、レンブラントをはじめ、ルノアール・モネ・シャガール、日本画家の長谷川等伯も・・・

そして抽象的なマーク・ロスコやフランク・ステラなどが、壁面一杯に展示されていた。

『 フランク・ステラ作 ”リュネヴィル” 』

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美術館エントランス右手に、理解できない金属製の大きな像が据えられている。

モダン芸術は私には難解なので、彫刻などであれば、

ロダン・ブールデル・マイヨールなどの彫刻の方が理解し易く馴染みやすい。

『 空 白(空間) の 美 』

レンブラントの絵画にも ”有る” ように、日本画には日本画の ”空白の美” がある。

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『 日本画家・奥村土牛 』

私の最も好きな日本画家の一人、奥村土牛画伯の作品。

猫と背景の金との組み合わせが、大変気高く・品性良く仕上げられている。

日本画壇の最高峰に位置した日本画家・奥村土牛

1947年 芸術院会員

1962年 文化勲章受章

1990年 享年101歳で逝去

残された遺作群に巨額の相続税が掛けられ、ご子息がスケッチ等を焼却処分し話題となった。

土牛の言葉に、「私たちは、どうも写実に惹かれ過ぎているのではないか?」と・・・

写実を突き詰めた結果の言葉で、土牛の表現が次第に写実を離れ、簡略されてきた事を物語っている。

「土牛100篇」 と言う諺がある。

刷毛で胡粉などを100篇も200篇も塗り重ね、非常に微妙な色合いに仕上げる技術が特徴の一つ。

画商仲間で、「土牛100篇」といえば、

作品を制作依頼しても100篇ぐらい訪問催促しないと無理。それだけ制作に時間が必要という事である。

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『 日本画家・加山又造 』

気高き猫の画である。

青く澄んだキリッとした眼。何処を見据え何を思うのか?

下地に金箔を貼り無彩色のバックに、白き猫。手足と尻尾、顔と耳の僅かながらの黒色。

程よい緊張感を漂わせ、見る者を魅了して止まない。

1997年 京都・天竜寺法堂の ”雲龍図” 完成。文化功労者として顕彰される。

2003年 文化勲章受章。

2004年 享年76歳にて逝去。

又造は言う。「私は文字を覚える以前から、絵や紋様に親しんだ。

       馬という名称を知るより先に、馬の絵を描く事が出来たように思う」

「栴檀は、双葉より芳し」とは。此の事なのか?

加山又造はレースをバックに二人の裸婦。黒と白との迫力ある絵であるが、

又造の裸婦シリーズは、あまり評判は良くない。

ルノアールの如きふくよかな女らしさ、優しさ、美しさが無いからであろうか?

又造の言葉に、「いつしか、自分らしい新しい裸を発見したい」と。

筋肉質で逞しい健康美人の裸婦は、他に見られない珍しいものである。

質量感が無く、霊的なエロチシズムこそ、又造の裸婦の真骨頂であろう。

『 余韻こそ、絵画の ”美” 』

レンブラントの肖像画。バックを黒く落し、僅かな光の誇張こそ余黒(余韻)作品を際立たせる。

日本画家たちが描く余白(余韻)の美。何も描かないバックが主題の精神性を表現する。

芸術は決して ”足し算” ではなく、”引き算” こそが魔術的技巧なのである。

足すのは容易く、引くのは難し。

何事も、要らない・もぅ結構と言う生き方が、大切という事なのか?

あれも欲しい、これも欲しいという ”足し算式” 生き方は凡人の生き方?

そして私の生き方なんて、「こんなもんなの~?」


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category: 雑感

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コメント

余白 ?

こんにちは。

中学の時に、短期間ですが水彩画を習って居た時、空白の使い方が上手だと先生に褒められましたが、何が良いのか、未だに解りません。

>何事も、要らない・もぅ結構~
私には有り得ません…浮き世の垢に塗れ、欲だらけの人生には考えられない言葉です。

musselwhite #HfMzn2gY | URL | 2013/10/03 10:39 - edit

余白が欲しい

”白熊”さん、

絵心があるのですね。 
水彩画は道具が手軽に持ち運べ、散歩の途中や旅行などで、記念に画けるのでイイです。
私は描くことは出来ないが、見るのは大好きです。
絵画をはじめ、陶器・染色・書など等の美術品は、心落ち着かせてくれるので・・・

洋画の余白(余黒と言った方が適切か?)も日本画の空白も、
想像する楽しみや、絵画の雄大さが味わえ、他の美術品には無い独特なものでしょうか。

心も一杯になれば苦しくなる。
絵画も画面全体を塗りつぶせば余裕も無くなり、余った余白に自分の思いを馳せる楽しみが無くなりますね。
全てにおいて、余白は大切な事でしょう。
但し、お財布にあまり余白があるのは、考えものですが・・・

夢旅人 #- | URL | 2013/10/03 15:40 - edit

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