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こんなもんなの~?

趣味の写真を添えて、日々の『戯言』を・・・

そこのけ、そこのけ・・・ 

『 そこのけ、そこのけ、神様が通る 』

2011-10-08 華3277

先日、香取神宮、十二年に一度の式年遷宮があり、佐原の町並みを行列が練り歩いた。

神様のお通りを先導して、神官たちがお馬に乗って露払い?

『 さながら時代絵巻? 』

2011-10-08 華3285

そよ風に靡く柳の下、300mにも及ぶ一大絵巻?

京都の祭りに模した行事は全国いたる所で見られるが、ここ佐原でもご多分に漏れず。

一見すれば担がれているのは神輿なのか? と思ったのだが、どうも違うようでもある。

御神体が載っているのでなければ、いったいあの小さな赤い箱は何なのか?

『 神輿に乗った神様のお通りか? 』

2011-10-08 華3281

黄木蘭の衣装に担がれた神輿のお通り。

このシーンが一番の見せどころなのか? ポスターにもこのカットが使われている。

最近のお祭りを見ていると、神輿や山車や山鉾の上に人が載り、囃したり飛び跳ねたりする写真を目にするが、

失礼千万な事である。神が載る処に汚れた人が乗るとは・・・

『 獅子身中の虫 』

2011-10-08 華3283

行列の中に、獅子頭と黒鬼のお通りが。

獅子は幸せを招くと共に、厄病退治や悪魔祓いをしてくれると古来より伝わる。

獅子舞は縁起を祝うお祭りとして、わが国では古い行事の一つであるが、

何故かその後に黒い面を付けた鬼が続く。

獅子で思い出すのは、『獅子身中の虫』 という格言であろうか。

味方を裏切り、恩を仇で返す者の事と言うが、実は本来の意味は・・・

獅子の身中で恩を受けている虫が、かえって獅子の肉を食って害をなす事なのだ。

何事も、時間と共に本来の意味も変わると言う事だろう。

そう云えば、人間も移り気なもんで、恋心も時間と共に変わるもんだ。

『 日本精神の基点 』

2011-10-08 華3286

漆黒の鬼の面を被り、行列を先導する。

此の光景を見ながら思った事は、

縄文時代の日本人は、死者を心込めて埋葬していた。

この時代の長老の死に、人々は ”死の尊厳” を感じ取った事だろう。

死霊(霊魂・タマ)が、オニとカミの未分化の存在だった。

日本精神史の基点は、死霊からオニやカミが生まれ来たのである。

『 鬼さん、鬼さん、手の鳴る方へ・・・』

童が囃しつつ遊ぶ ”鬼ごっこ” は、社寺の鬼祓いの行事(追儺)を子供向けにした遊びの一種。

『宇治拾遺物語』 や、狂言の 『せつぶん』、西行の 『山家集』 にと、鬼を語るには事欠かない。

鬼も相貌は、恐ろしくもあり神に似た威厳すら感じ、親しみにも満ちている。

悪鬼ではなく、我々に幸せをもたらす鬼へと変貌している。

さきの狂言 『せつぶん』 では、女に惚れこんだ鬼は、宝の隠れ蓑・隠れ笠・打出の小槌を、

女に騙し取られ、豆を投げ打たれて飛んで逃げる・・・

鬼は強面でも、どこかしら愛嬌があり憎めない存在なのである。

式年遷宮を祝う祭りの行列に、たまたま足を運んだ佐原の街で遭遇。

人混みを避けながらの撮影だったが、写しながら思った事は、

神聖な祭りも、観光目的と化した現実にその本義を振り返ってみた。

”獅子舞” は、しょうしょう場違いの様にも思えた事を・・・

何でも有りのお祭りって、「こんなもんなの~?」




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category: 雑感

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