Admin New entry Up load All archives

こんなもんなの~?

趣味の写真を添えて、日々の『戯言』を・・・

古思ほゆ 

 『 近江の湖 夕波千鳥汝が鳴けば 心もしぬに古思ほゆ 』


2011-10-08 華1115

何とも変哲ない写真ですが、此処は「真岡城跡」なのだ。

1189年、源 頼朝に従い奥州に出陣した折に、大変な手柄を立て、此処“五行川”沿いに築城された。

中央・上部に小さく見える建物は、真岡小学校だ。

大きな石がゴロゴロ転がっていて、少し変わった公園である。


2011-10-08 華1114

五行川は未だ肌寒く、川面に遊ぶカモも寒そうだった。

桜の木にある蕾は、固く閉じていた。

この川の左側が「真岡城跡」だが、余りにも公園化が進み、往時を訪ねる訳にもいかない。

柿本人麻呂ではないが、心の奥底に思う真の極まりは、表からでは判り難いものだ。

「真岡城主」の末裔たちの心の奥底は、いかばかりか?

城址を見ては、古を偲んでいるのだろうか?


2011-10-08 華1111

栃木県・真岡市を訪ねた。

先ず目に入って来るのが駅舎だ。 お見事だね~、此の駅舎。

真岡鉄道では、今は観光の為、C11 C12 の蒸気機関車を運転しているという事だ。

pm3:20に汽車が入線すると駅員は言うが、私も忙しい身(?)待つ時間が無い。


2011-10-08 華1113

駅舎の中に、昔の真岡鉄道の模型が飾ってある。何とも風情ある模型だ。

故意に作ってあるのか? 古思ほゆ・・・そのものだ!!


2011-10-08 華1112

駅前広場の一角に、「守鐡社」が祀ってある。

地方の活気は日に日に寂びれていく昨今だ。

社を建立し、「真岡鉄道」の繁栄発展を祈願しているのであろう。

増々寂びれていく事だけは、何としても避けたいものだ。


2011-10-08 華1116

少し五行川沿いを散策すれば、10分もすれば『海潮寺』にたどり着く。

曹洞宗の古刹で500年余り前に建立された建物だ。

一時は豊臣秀吉により所領が没収されるが、後に徳川家光により20石の寺領を頂く事になる。

此の寺のご本尊は、「十一面観音」だ。

観音菩薩は日本では昔より最も親しまれ信仰された仏さんの一つであろう。

「般若心経」の冒頭に出てくる仏で、あまりにも有名で身近だ。

ところで、観音様って、男なの? それとも女なの? 気になりませんか?・・・

仏教では、女性は罪深く其のままでは成仏出来ないと説く。

女人が成仏するには、一旦男性に性転換する必要が有るとノタマウ。

え~!!、2500年も前から、性転換ってあったの~?

観音は“マーラティー”という別名があり、「蕾・花・処女」を意味する。

とすれば、女性なのかね~。

「日本霊異記」にも度々顔を出す観音菩薩。一つ面白い話がある。

色々な所で、色々な人が、観音菩薩を抱いているのだ。

夢で観音を抱いたあくる朝、衣の裾に、白濁したネバネバが付いていたとか・・・

どうしても煩悩が災いして、男女の交わりから脱却できない僧侶に、

観音が“私を抱いてもいいよ”と言い、抱いた後、悟りを開いたとか?、開かなかったとか?

僧侶は剃髪・妻帯はしない・・・が基本なのだが、

いつの世も男って、女とは縁が切れないのだね~。

“お稚児さん”ってご存知でしょうが、是とて僧侶の手慰みだったのですよ~!!


2011-10-08 華1117

更に10分ほどで、「長蓮寺」という天台宗の名刹に出会う事ができる。

此の寺のご本尊は、「弁財天」だ。

此の天部に所属する仏「弁財天」は、実は既婚者なのだ。夫は「宇賀の神」なのだ。

江の島の「弁財天」は有名だが、若夫婦や恋人同士や同伴でお参りすると、

嫉妬するので、その折にはよそよそしく振る舞うのが良いとされる。

「弁財天」は、西洋の「ヴィーナス」とも繋がりがある奥深く面白い佛さんなのだ。


寺や僧侶は、昔は知識者として誰からも慕われていたが。

最近は寺と僧侶離れが一層加速しているのが現状のようだ。

だって、頭は髪を伸ばし、女房を持ち、挙句の果て“妾"までとくれば仕方ないよね。

最近の僧侶って、「こんなものなの~?」


スポンサーサイト

category: 雑感

CM: 2 TB: --   

コメント

一休さん

てんくらさん、こんばんは!

好きなものを食べ、酒も飲む。
一休宗純もそうだったようですね。

最近のお坊さんたちは修行をしているのでしょうか?

まれすけ #- | URL | 2012/03/11 23:36 - edit

僧侶なんて・・・

“まれすけ”さん、こんにちは

そうですね~、一休さんに限らず、僧侶は皆、よく飲みますよ~。
僧侶の修業は、断食行・滝行・トソウ行(山岳を走り回る)の三つが主な修行でしょかね。
今、個人が自主的に修行するなんて考えられない。
「お布施集め」をビジネスと考え、檀信徒の事なんか考える暇が無いと思っているのでしょうね。
僧侶は菜食主義で肉は口にしないと思われていますが、お釈迦様の時代より、一般人よりは僧侶の方が、肉を口にしていました。
『三聚』といって、信者さんか頂く物は全て僧侶が平等に分け口にしていた。
信者は僧侶は粗食と思い込み、自分の所に僧侶が来た時には、肉や魚などを競って与えたのです。
当然、沢山の肉や魚を貰う事になり、それらを持ち帰り食したのです。
酒は飲みませんでした。(今の僧侶とは違いますね)。

僧侶なんて、「そんなものなのよ~」

てんくら #- | URL | 2012/03/12 17:04 - edit

コメントの投稿

Secret