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こんなもんなの~?

趣味の写真を添えて、日々の『戯言』を・・・

無念を胸に・・・ 

『 吉田松陰、脱藩の道 』

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『 身いたとひ 武蔵の野辺に朽ちぬとも 畄置まし大和魂 』

嘉永4年12月14日 松陰22歳 本福寺の記念碑に彫刻。

『東北遊日記』 松陰語録 では、15日、晴れ、村童の為に学而の首章を講ず。朝五ッ時寺を出ず。

「我が家には 誇るべき美風がある。先祖を尊び 神明を崇め 親族は睦まじくし

 学問を好み 仏法に迷わず 田畑の仕事を皆でする。と言った事である

 この美風は家族で守っていきたい」 と・・・

『 長阿含経に学ぶ・・・』

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松陰、一宿一飯の寺、時宗・本福寺の石碑に・・・千葉県松戸市本郷

「人々よ 泣いてはいけない 憂い悲しみを抱いてはいけない

 天地人物生があって 終わらないものはない

 恩愛は無常であい 会者は離別する

 体はわがもののようでいて 実際はそうではない

 真理は永遠であるが 生命は永遠ではない」 (長阿含経)

『 一遍上人像と、本福寺晩鐘 』

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「あはれ幾世を ふる寺の 鐘やむかしの 音に響くらん」

一遍上人像の台座に刻まれた句。

『 本郷七不思議の一つ 』

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「人しれず いつしかおつる涙川 わたるとなしに袖むらすらん」

”切られ地蔵” の石柱に刻まれた句で、新千載和歌集より。

此の地蔵さんは、本郷七不思議の一つとあるが・・・謂われは全く不明だった。

NHK 「花燃ゆ」 のヒロイン・文 の兄・吉田松陰が江戸を追われ脱藩し、北へ北へと。

弟子の高杉晋作は ”東行” と名乗り、東行庵の記念碑には

「面白きこともなき世に 面白く」 と。

此の句に対して、小倉の平尾山荘に棲む野村望東尼が言うには

「すみなすものは 心なりけり」 と・・・

『華厳経』 の教えその物だね~。

「願わくば 花の元にて春死なむ その如月の望月の頃」 と西行は詠んだ。

西行が西に行くなら、俺は東へと、晋作は言う。

ならば、さしむき松陰は ”北行” とでも言えるのか?

西は阿弥陀の浄土。 東は薬師如来の瑠璃光浄土。

松陰の北の浄土は、釈迦如来の浄土であるが・・・

東は人が生まれる時、西は人が死ぬ時。 そして北はこの世の浄土。

松陰は、今を精一杯生きて行く覚悟であったのであろうか?

萩市の松陰神社には、

「親思う 心にまさる親心 今日の訪れなんと聞くらん」

有名な松陰の言葉である。

松陰に学ぶ事って、「こんなもんなの~?」




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category: 雑感

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コメント

こんにちは。(^-^)

松陰さん・・・信仰心溢れる、凄い情熱の方ですね!(◎_◎;)
人生になかなか厳しい方みたいで、触ればスパッと切れる名刀のようですが、心に優しさも兼ね備えた方だったんですね・・・(*^。^*)

妖精ボージー #- | URL | 2015/03/16 14:19 - edit

偉人に学ぶ・・・

”妖精ポージー”さん、おはよう!!コメント返事が遅れてごめん。

松陰・・・維新の立役者と世間では言われているが、時代が招いた事でしょうね。
穿った見方をすれば、褒め称えるばかり能じゃないのかも?と、ふと思う事がある。

高杉晋作にしても、農民を武士にすると、或る意味いい加減な事を言い、騎兵隊を作る。
良い事なのか? 悪い事なのか? は、歴史が判断すると言うけれど・・・

直木賞を受賞した下関市の作家に、古川 薫氏の見かたは又角度を変えて見ているようだ。
歴史が判断するというより、一人一人が勝手に判断する見かたにも、面白さがあって私は好きです。

西洋哲学と儒教精神を兼ね備えていたのが吉田松陰だったのでしょうか?ね。
学ぶべき点は、信念を以て努力する事が大切と言う事でしょうか。
私に、一番欠けている点かも???

夢旅人 #- | URL | 2015/03/18 08:39 - edit

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