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こんなもんなの~?

趣味の写真を添えて、日々の『戯言』を・・・

春うらら・・・ 

『 世の中に たえて桜の なかりせば 春の心は のどけからまし 』 
                                       在原業平(句)

桜の開花宣言が既に出始めた。

花見客が飲み歌い騒々しく騒ぐのなら、桜がなければ春はもっとのんびりしたものに・・・


暖かい好天に恵まれた今日、来客を迎えに東京駅まで車を走らせた。

時間に余裕があったので、久しぶりに丸の内を歩いてみた。

此処は、50年前の事、女房とよく歩いた想い出の場所だった。

今日一日で撮影した全カットを載せてみたい。(実は書く事が見当たらなかっただけの事)


2011-10-08 華1260

工事中の東京駅本館を見ながら、皇居方面に歩を進める。

皇居外苑を過ぎ、大手門までのんびりと歩いてみた。

昔は此の内堀には白鳥が浮かんでいたのだが、姿が見えないのが寂しさを呼ぶ。


2011-10-08 華1262

踵を返し、和田倉噴水公園に引き返した。

今日の暖かさには、噴水の水音が心地よく響く。


2011-10-08 華1261

テラスでは水煙立つのどけさの中、休憩をかね一服煙を吐き出す会社員の姿も・・・

今日の好天は、「春うらら」という言葉が似つかわしい。

本来、「麗」とは心の状態を表す言葉で、心に障りなく、爽やかな状態をいうのである。

心を開放し、麗らかな状態で日々を送りたいものだ。


2011-10-08 華1263

金子鷗亭の句碑が目に留まる。

『 いにしへの 人も守り来し日の本の 森の栄えを共に願はむ 』

鷗亭は、北海道松前町出身の書家。近代詩文書の提唱者であり、文化勲章受章だ。

いい言葉だね~。“森の栄えを共に願う”とは、

環境問題が騒がれている昨今、人は“森”をどう捉えようとしているのか?


2011-10-08 華1264

外苑の端に三本の椿の木が盛りを過ぎようとしていた。

『 古庭に 茶筅花さく 椿かな 』 与謝蕪村(句)

初めて見た、こんなにも大きな花びらを。

種類は知らないが、八重でもなく一重でもない、驚く程の大きさなのだ。


2011-10-08 華1265

こんなにも落花があるのに、花弁は殆ど傷んでいない。

此れから開く蕾もあり、今を盛りに咲いているのもあり、死に急いだのか?綺麗なままの落花もある。

人に一生も、また斯くの如しなのか?

見ていて思う事は、人も潔く散るのがベストと・・・

其れには、生きる意味・死ぬ意味“死ぬ大義”を常に心に置く事が大切なのでしょう。

椿も人も、死にいく事って、「こんなものなの~?」



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category: 雑感

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コメント

こんばんは。

こんばんは。
都内にも綺麗な花が咲いている場所もあるのですね。
綺麗、美しさは ひと時のうつろぎ。
あっという間に過ぎてしまいます。
それゆえ、綺麗さに心が引かれるのでしょうね。
人、花、自然も光陰ともに流れる。

おから #- | URL | 2012/03/28 21:20 - edit

空腹がイイ

“おから”さん、こんばんは

光陰矢の如しですか~、含蓄のある言葉ですね。
美しい物をはじめ、全てがいつまでも自分の物でない事がイイのかもね。
惜しい・惜しいと未練が残るのがイイのではないでしょうか?
「逃がした魚は大きい」ではないが、残念だな~って事は、実は良かったな~と云う事だったのでしょう。
美味しい物を食べて腹一杯になっても、いつまでも腹一杯では苦しくなる。
腹が空くからイイのと同じ事なのか、ね・・・

てんくら #- | URL | 2012/03/29 18:58 - edit

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