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こんなもんなの~?

趣味の写真を添えて、日々の『戯言』を・・・

虫の声に・・・ 

『 芭蕉になれなかった、小林一茶 』  小林一茶(句)

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          一茶双樹記念館 (小林一茶 奇遇の地)

一茶を生み、一茶を育てたのは、痩せた火山灰地で水田も無く寒冷の地で、

粟・稗・蕎麦ぐらいしか作物は生育しない地。

貧しい農家に育った一茶は、口減らしもかねて江戸へと故郷を捨てる羽目になる。

俳壇進出の機を窺いはするが願いも叶わず、一茶は物心両面にわたり江戸での行き難さを肌身に感じる。

そんな時、下総の流山の双樹の屋敷で面倒を見てもらうようになる。

漂泊30年余念して郷里の地に安住し、農村の ”羽織貴族” の一員になり、

52歳で28歳の年若い女性と結婚し、俳諧寺社中に指導に本腰を入れ出す。

一茶の望みは、松尾芭蕉のような高名な俳諧人となることが夢だったが、其れも夢のまた夢で終わる。

『 涼風や 力一っぱい きりぎりす 』  小林一茶(句)

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奇遇先の双樹邸で読んだ句で、一茶直筆の画賛。

一茶は、小動物の句を沢山残しているが、キリギリスもその中の一つで、

「きりぎりす なくも一つ 聞くもひとりかな」

「きりぎりす 声をからすも 翌も秋」
 など等。

『 夕月や 流れ残りの きりぎりす 』

文化元年、流山では家も立ち樹も押し流されんとばかり、荒れ狂った洪水が発生。

夕方には漸く治まり、空には淡い夕月がかかっている。

どこかの物陰でで、生き残りのキリギリスが鳴き始めた。

その時流山の双樹宅で読んだ一句である。

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         ウイキペディアより借用

『 蛼の なくやころころ 若い同士 』  小林一茶(句)

我が家の直ぐ前はスウェーデン家具で有名な ”イケア” がある。

夕食後、腹減らしで一時の散歩するコースでもある。

昨晩も茂みの中でコオロギが、夏の終わりを惜しむかのように、しきりに鳴いていた。

鳴き声に聴き入っていて、小林一茶のキリギリスの句を想い出した。

一茶の特色

文化・文政期といえば、華美な時代で俳諧は大衆の娯楽と化していた。

風雅趣味や季題趣味を蔓延させたのもこの時代である。

そのような似非風雅観や風流趣味に反発し、俳諧の世界に強烈な自我を投入した。

一茶が最後の精魂を傾け、最愛の長女 ”さと” の生と死を主題とした句文集に 「おらが春」 がある。

三度目の妻を迎えなければならない不幸、家は類焼に遇い焼け残った土蔵を仮住まいとし、

持病の中風発作で急逝、享年六十五歳。 妻を失い、子を失い、宿運の拙さを思い知らされる。

一茶の心境は・・・

「そこのけ そこのけ お馬が通る」  「やれ打つな ハエが手をする 足をする」

小動物に我が身を映した心優しき俳諧人であったのでは、なかろうか?

コオロギの鳴き声に思う事って、「こんなもんなの~?」




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category: 雑感

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