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こんなもんなの~?

趣味の写真を添えて、日々の『戯言』を・・・

樹木医さ~ん 

『 江戸川は、此処から始まる 』

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利根川から、此処・関宿で二手に分かれ、枝分かれした方が、江戸川流れとなる。

関宿は、千葉県の最西端。 一見、利根川と江戸川の三角州のようだが、江戸川は人工の川である。

その昔、江戸川も決壊し氾濫した事があったが、此処の流れの穏やかさを見ていると、その記憶も薄らぐ。

『 哀しいかな、哀しい哉 』

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江戸川の源流を見に来たのではない。

関宿には、その昔 ”関宿城” があったが、今の城はきんねんに新築したもので、”関宿博物館” を併設している。

橋を渡った所は ”中の島公園” で桜の木は少ないが、関東一の 「辛夷の木」 が有名。

何年か前に一度、関宿城に来た時、この辛夷の木の大きさに感動した覚えがあり、再度見に来たが・・・

満開のシーズンというのに、見るも情けない姿を晒していた。

枝の大木は切られたのか?折られたのか?北向きの枝は枯れ果てて蕾すら付いていない。

以前見た満開の辛夷は見る影もない姿を・・・”哀れ” とは、この事を言うのであろうか?

樹木医さんに依頼して、元通りの元気な辛夷の木にして欲しいと思うのは、私だけではないと思うのだが。

『 水閘門の功罪・・・』

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江戸時代になり一番困った事は、江戸の町が水不足になる事だった。

そこで利根川から水を引くために江戸川は引かれた。

当初は、川の両岸から丸太棒を数千本打って川幅を狭め、江戸川への流れを調整するもので、

洪水を江戸川へ入り難くする役目を果たすものであるが、

棒出しが造られた事によって、江戸川沿いは洪水から守られる反面、

関宿周辺や下流の利根川沿いの村々では、水害を被る事となった。

『 棒出しに使われた、”棒出しの石” 』

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棒出しは、当初の木材から玉石積みの改築されたが、洪水で破壊されたため、明治になり角石積みに改良された。

この関宿水閘門は、昭和2年に建設され、棒出しは以後撤去される事となった。

火成岩の角石は、栃木県の岩船山で切り出され、渡良瀬川を船で下って運んで来たという。

満開の辛夷のを見に来たのだが、あまりにもの姿に哀れを感じたが、

江戸川の始まり地点と、水閘門を知り得た事が、せめてもの慰みなのか?

何事も、思うように行かないって、「こんなもんなの~?」



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category: 雑感

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