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こんなもんなの~?

趣味の写真を添えて、日々の『戯言』を・・・

埋葬考 

『 霊魂は、里山に眠る 』

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        霊園内に増設された 「庭園葬」  4000柱が埋葬される

古来、山や森は生活に必要な環境や、食用の動植物を与えてくれた、貴重な場所であった。

神霊や祖霊の住処であると、人々は信じて疑わなかった。

日本の宗教心は、縄文時代の山の神信仰、弥生時代の水分神への信仰を母体としていた。

現代でも、木樵は山に入ると、先ず山奥にある山の神の依代とされる神木に酒と塩を供えて、許しを請う。

そんな山へ、人が亡くなれば霊魂は、山懐に帰って行くと信じていて、

亡骸が棲む山懐に、亡骸を運び丁寧に埋め、程よい大きさの丸い石を置いて墓標とした。

幼い頃に親から聞いたことがあったが、山道を歩いていても、丸い石は踏んではいけないと。

其処には、亡き人の骨と魂が眠っているのだからと。

『 遺棄葬こそ、本来の埋葬方法 』

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  一区画、40×40㎝程の広さ。 石庭風に枝垂れ梅が20本植えてある

京都の化野・山野辺・鴨川・・・観光地として名高い処だが、昔は死体捨て場であった。

捨てられ積み重なった死体は、死骸へと変化する間は異臭を放ち、見苦しい事はなはだしい。

山で修業した遊行僧が全国を教えを説きながら行脚している時、

遺棄された死体があれば、せめて読経でもと亡骸を供養したものである。

山裾や河原などへの遺棄葬から、時代と共に身近な場所へと埋葬方法は変わり、

村々に一定の場所を墓所と決め、村人の遺体を(後には焼骨を)埋めたものである。

誰が眠っているか判るように、墓標として角塔婆を建立したが、やがてはお墓へと変遷をする。

日本のお墓は和式墓といい、長方形の仏石を四段の石が支えているのが本義。

其れは、心柱・ア(空)から下へ、バ(風)・ラ(火)・カ(水)・キャ(地)、の梵字(五大)を表したもの。

バ・ラ・カ・キャを四大といい、この四大がバランスを崩すと病気にもなり、死へと向かうと考えていた。

昔は、葬儀の案内状に、「四大不全につき薬石効なく逝去しました」 としたものである。

和式の墓が五段組みで構成されているのには、重要な意味がある。

ところが近年になり、墓石は大きな変化を見るようになり、終いには芝生墓地とか壁墓地まで・・・

今では樹木葬や海洋葬をはじめ、宇宙葬なるものが出現した。

考えてみれば、古代人が行った遺棄葬へと回帰し始めた様相を呈している。

先日、知人の回忌法要に立ち会う機会があり、霊園へと伺ったが、

樹木葬と呼ばれる共同埋葬のお墓(?)に、時代の変化を見る思いがした。

時代は、本来の埋葬方法・遺棄葬へと向かうのか?と。

時代が流れるって、「こんなもんなの~?」


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category: 雑感

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