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こんなもんなの~?

趣味の写真を添えて、日々の『戯言』を・・・

アンデルセン公園 

『 アミューズメント・テーマパーク 人気投票 第3位 』

世界最大級の旅行口コミサイト 「トリップアドバイザー」 の ”日本の人気テーマパーク” で、

船橋市にある 「ふなばしアンデルセン公園」 は、一位 「ディズニーランド」・二位 「デズニーシー」 に継ぐ第三位で、

大阪 「USJ」 長崎 「ハウステンボス」 をも抜いている。船橋市に住んでいながら灯台下暗しとは此の事なのであろう。

大きく別けて、”メルヘンの丘ゾーン” ”子ども美術館ゾーン” ”ワンパク王国ゾーン” ”自然体験ゾーン”

そして、”花の城ゾーン” と五つのゾーンがあり、子供から大人まで一日中遊べるテーマ・パークである。

チューリップが満開と聞き、正月気分も一段落し体調もイイようなので出かけてみた。

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アンデルセン立像(2,8m) デンマーク国内外で初めての複製


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イベント広場への南ゲート(インフォメーション)


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コミュニティー・センター オーデンセ市フュン野外博物館を再現


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噴水越しに風車を。デンマーク式粉ひき風車


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チューリップ畑に立つ ”人魚姫” 像


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午睡にどんな夢を見ているのか?

昭和62年、市制50周年記念事業として 「ワンパク公園」 が誕生。

その後、「メルヘンの丘ゾーン」 「子ども美術館ゾーン」 が新設され、平成8年に 「アンデルセン公園」 としてオープンした。

世界的な童話作家:H,C アンデルセンの生誕地であり、船橋市と姉妹都市で結ばれたデンマーク王国・オーデセン市の

全面的な協力を受けており、様々な交流事業を行っている。

1800年代のデンマークの牧歌的風景、風車や農家を始め、自然の起伏や雑木林を生かした公園は

四季折々の花で彩られ、緑豊かな憩いの場である。

「子ども美術館」 や 「ワンパク王国」 で童心に帰り、心の疲れを払拭する機会はめったにはナイ。

日常生活で疲れ果てた身と心を解き放つには、”童心に帰る” 事が一番の特効薬であろう。

公園に遊ぶメリットって、「こんなもんなの~?」



category: 雑感

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一休み 

『 コ ーヒーブレークは 疲れた心の日曜日 』

寝正月も能がないと思い 「房総の村」 に遊び、6日~10日迄、やんごとなき私用により家に居る事が少なかった。

14日・15日も外出、疲れも少々残っており、ブログの更新も気後れがしていた。 

久しぶりにのんびりした時があり、コーヒー・タイムと洒落込もうと思い、頂き物のお菓子を楽しんだ。


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grandir Japonais 製 いたばし讃菓 ”シュッケ”


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カッテージ チーズとバターの絶妙なバランスのチーズケーキ


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chocolate coated COFFEE BEANS

板橋賛菓 ”ジャポネ” の 「シュッケ」 を頂くのは初めてであるが、果たして珈琲との相性は如何なものか?

「シュッケ」 とは、ドイツ語で ”まだら” という意味で、表面の焼き色から由来していると言う。

濃厚なチーズとバターの香り、堅くも無く柔らかでも無く、軽めの歯応えが好ましい。

珈琲は ”異人館 ドリップ・コーヒー” 、少々苦みが強いが、コクと香りは好みなコーヒー。

”シュッケ” を一欠けら頂き、後は珈琲豆をチョコで包んだ ”コーヒー・ビーンズ” を口に入れた。

近年、珈琲豆の生産不良なのか?価格が高騰していると聞くが・・・珈琲豆全てが、珈琲用豆になるとは思わない。

品質に合格しない小さな豆は、どのように活用されているのか?

インスタントコーヒーの原料に使われるのでしょうが、その他の利用方法が気になるところである。

頂いたオーストラリアの珈琲ビーンズには、そんな不良品?の小さな欠片すらある豆を使っている。

チョコレートを舐め終わると、中には小さな小さなコヒー豆が出て来る。 カリカリ噛むと芳ばしい。

丹精込めたコーヒー豆でも、珈琲として製品にならなに豆を、こんな使い方をするとは感心した。

不良品だからとして廃棄するのは忍びない物である。

珈琲で ”シュッケ” を楽しみ、オマケとして珈琲ビーンズの利用方法に感心したものである。

正月はお節に舌鼓を打ち、疲れた心身をコーヒーブレークで楽しむって、「こんなもんなの~?」




category: 雑感

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庶民の信仰 

『 日本家屋の住生活と神仏 』

遠い懐かしさを想い出させてくれる ”三和土”。 現代の日本家屋が失ったもので、

石灰・赤土・砂利に苦汁を混ぜ叩き固めたものであり、其処には永遠の生命感すら感じる。

上がり框へと続き、久土が設えられ水ガメなど生活用品が置かれている ”三和土”。

天照大神の掛け軸があり、右にはお仏壇が設えられた ”押板”、床の間の原型である。

充分な空間と美意識があれば、誰しも畳の部屋に床の間が望まれると思うが・・・

住空間において広さは大きな価値を持つものだが、現代住宅では其れも望めなくなった。

自然の精霊信仰である ”明” の神棚と、自己救済の為の ”暗” の仏壇。

神棚に手を合わせ家内安全を祈り、仏壇に厭離穢土・欣求浄土を願う、古来からの日本人の宗教感。

「房総の村」 の古民家に形と心の ”日本人の美” を改めて感じるのだが、失われたものの大きさに驚く。

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神棚に飾られた、多種多様な供物にビックリ


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三和土にも、お正月飾りが 素朴な信仰心が伺える


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「かしま人形」

新しい藁が手に入る秋の彼岸の入り直前に、地区の各戸一名ずつ集まり、

藁で等身大の武者人形・男女一対を作る。

五穀豊穣・悪病退散・村内安全を願って、春日大社の鳥居の左右に取り付ける藁人形である。

男人形は袖絡み、女人形は薙刀を手に持ち腰に篠竹の刀を差して仁王立ちしている。

理由は定かでないが、両手両足の指は四本と決まっている。

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松の枝には、魔除けの大蛇が絡みつく。 村内に邪気が入らないようにと


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冬の日差しを浴びて、木蘭色の染糸干し 色の多様性に関心しきり

『 乞食(こつじき)こそ、仏教僧の生活起点 』

釈迦、天界の四天王から石鉢を貰い、初めて施食を受ける。 乞食生活の象徴となる。

仏教出家者には四種類の生活方針があり、”四依” が定められている。

① 衣生活・・・”糞掃衣” 捨ててあるボロ布を繋ぎ合わせて作った衣で、

         多くの場合、死体が捨てられてある墓場の死者が身に着けていた衣を剥ぎ取って作る。

         小片に切断した後、再度つなぎ合わせて、泥水で染めた物、汚い色 ”土色” で ”木蘭色” である。

② 食生活・・・”乞食” が基本中の基本、自主的に好意を持ってくれる食べ物だけで生活。

③ 住生活・・・”樹下住” 出家者の住まいは樹下である。 

         毎朝托鉢に出掛ける為、民家からそう遠くない場所で樹下となると、其処は ”墓場” だった。

④ 薬・・・・・・”陳棄薬” といい、牛の小便の事で、此れだけは薬として使用できた。

『 僧侶の衣は、”木蘭色” が、基本中の基本 』

明るい黄色の ”黄木蘭”、中程色の ”木蘭”、そして濃い目の ”茶木蘭” と、三種類の濃淡がある。

僧侶が纏う衣は ”木蘭” が基本だが、後の世になり日本では、”緑” ”紫” と僧階による使い分けが生まれる。

”緋の衣” ”紫衣” と高僧(僧正)は着用するが、僧侶としての大変厳しい四つの生活条件とはかけ離れ過ぎでは?

染上げられ干されていた ”木蘭”色の糸を見ながら、僧侶の法衣を想い出した。

「房総の村」 に見る素朴な民衆信仰、それに反し豪華絢爛を好む僧侶の生活、

初春に思う事って、「こんなもんなの~?」


category: 雑感

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虚無僧に逢っちゃた~ 

『 正月行事の ”シキタリ” を偲ぶ 』

”晴れ着” ”晴れ姿” ”晴れ舞台”・・・「ハレ」 が付く言葉は沢山ある。

日常生活を普段通りに過ごす事を 「ケ」 と言い、正月や節句などの年中行事を行う日を 「ハレ」 と言った。

「ハレ」 の日には、日常から離れ特別な日を過ごし、生活に変化とケジメをつけた。

一年中で最も 「ハレ」 の日が、お正月行事であることは間違いないであろう。

門松を立て、注連縄を飾り、鏡餅を設え、除夜の鐘とともに初詣に初日の出へと足を運び、

新年の挨拶をし、お節料理にお屠蘇に雑煮、子供にはお年玉、そして二日の夜には初夢。

生活習慣が急激に変化をし、「ケ」 も 「ヘレ」 も境が無くなった現在であるが、日本人には ”シキタリ” があった。

家にいて、折角の ”ハレの日” をダラダラと過ごすのも能がないとばかりに、「房総の村」 に出掛けた訳だが、

子供たちが昔ながらの玩具で遊び、ご婦人が和服姿でそぞろ歩き、暫し江戸時代にタイムスリップを経験。


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伝統工芸 ”江戸つまみ簪”  一つ買っちゃおうかね~



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茶店で一服、疲れた足を一休み



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お不動さんの銅像が?・・・お賽銭を入れるといきなり握手を、あぁ~驚いた



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虚無僧って、 尺八で ”もう幾つ寝るとお正月~” なんて吹くの~?

戦後間もない時代には、正月といえば路地裏で子供たちが ”独楽回し” を楽しみ、女の子は ”羽付き” に興じ、

広場では凧揚げを楽しみ、家に在っては ”カルタ取り” に時を楽しんだ。

何処からやって来るのか”獅子舞”が。 偶には尺八を吹きながら虚無僧も通っていく姿を見た。

 『 偽虚無僧、まかり通る・・・』

この日の虚無僧が首に掛けた”偈箱” には、「印旛沼派・古墳流」 と書かれていた。 良心的な虚無僧である。

「虚無僧」・・・元々は、禅宗の流れをくむ 「普化宗 明暗寺」 の僧侶で 、

尺八を吹きながら托鉢行脚の禅的生活者(一種の遊行僧)で、天蓋と偈箱と尺八が三種の神器である。

偈箱(明暗箱)には吹禅行化証 ”明暗” と書かれているが、

江戸時代にはどの浮世絵を見ても ”偈箱” をかけた姿は見当たらない。昭和になり出現した不思議な箱である。

幕府より公認された虚無僧(武士にだけ許されていた)だが、明治になり政府より認可されず廃止に追い込まれた。

現在、街のあちこちをうろつき尺八を吹きながら、喜捨(お情け銭だが)を集める ”偽・虚無僧” が横行しているようだ。

真偽に関係なく、若い娘さんには虚無僧に出逢った事は初めてらしく、お賽銭を入れていた。

虚無僧が吹く、「もう幾つ寝ると お正月・・・」 の曲には、思わず笑みがこぼれる。

そんなお正月の目出度さって、「こんなもんなの~?」



category: 雑感

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タイムスリップ? 

『 江戸の風情を楽しみながら・・・』

”小江戸” とか ”小京都” とか、全国いたる所に有るようだが・・・

「房総の村」 も御多分に漏れず江戸時代が偲ばれて、子供連れには格好の場所である。

江戸時代の商家の町並みが再現され、タイムスリップを感じ取ることが出来る。

ご婦人は是非和風でそぞろ歩きを楽しんでみられては如何でしょうか?ね。


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木製の太鼓橋も風情を味わえ、どんなお店があるのやら楽しみである



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懐かしいね~”奴凧” モダンなカイトでは味が無いよね~



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色々な下駄が取り揃えてある。 ”どの鼻緒が好き?” 会話も弾む



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正月飾りも豪華な長屋門を潜り・・・



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帰りに、お土産でも買って行こうかね~と

『 江戸の遊びと装い 』

幕末期の江戸は、一年中が祭りと宴であった。

祭りでは、飲食店や玩具の屋台、ほおずき市に朝顔市が、お囃子に踊りの出し物にも事欠かず、

長屋の住人は仮装行列に現を抜かし、夏には隅田川の花火大会も欠かせない大イベントだった。

浮世絵 「江戸名所図」 に見るように、園芸好きは庶民の長屋まで花・木が賑わしていた。

素朴な信仰心か?と思えば、そうでもなく神社仏閣参りは物見遊山であった。

湘南で人気の江の島弁財天は、名所旧跡のある一大観光地で、

門前の歓楽街では、精進落としとの名目で、どんちゃん騒ぎに興じた。

井原西鶴の 「好色一代女」 では、”女は髪かしら姿のうはもりといえり” との一節があり、

女性の複雑に結い上げられた髪型は、最大の魅力の一つだった。

島田・桃割れ・丸髷など多種多様な髪型が流行り、年齢に応じた髪型を女性は楽しんだ。

近年、女性の装いも変化し、スラックスにセーター姿。 小股の切れた粋な姿なのであろうが、

和服に簡単な髪型で装い、しなやかに上品な姿も好感が持てる。

「房総の村」 に和服姿で遊ぶ女性の姿をあちこちで見受けた。

日本女性の美しさを、和服に見るって、「こんなもんなの~?」


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初春に・・・ 

『 嬉しくもあり、嬉しくも無し・・・』

寝正月という手もあるかな~? とは思ったが、いくら何でも日がな一日中家の中ではね~。

初詣にも行かないので、正月気分を味わおうと 「房総の村 」へ車を走らせた。

江戸風情満点の商店街?を抜けると餅つき大会があり、搗きたての餅を販売していた。

一通り腹ごしらえも出来たので、子供たちの声が聞こえる広場の方へ・・・

”独楽回し” ”羽つき” ”竹とんぼ” ”カルタとり” ”けん玉” 等々、色々な遊び道具を手に、子供たちが。

少しばかり風はあったものの日差しは暖かく。 少しばかりの正月気分に浸れ楽しい一時であった。


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もち米の、蒸される香りも・・・美味しそう


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里山・餅つき大会 美味しく搗き上がりました


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”からみ餅” ”あん餅” ”磯辺巻餅” を購入。どれが美味しいかな?


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子供より、ご婦人が本気?


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”撃つわよ~” っと、なかなか思うようには・・・


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意外と難しい ”竹とんぼ”


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陽だまりで ”カルタ取り” を楽しむ母と子


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”太鼓” に興じる子供たち

『 七歳までは、神の内 』

ネパールの ”クマリ” ・・・三歳ほどで ”生き神さま・クマリ” になり、初潮を迎える前までの8・9年。

国と国民の安泰を一身に受け、門外不出の生活をする。 国民の願いを一身に受けながら。

一方、日本では古来、「七歳までは、神の内」 と言い、穢れの無い無邪気な期間と言う。

正月の一日を 「房総の村」 に遊んだのであるが・・・

子供たちが無邪気に遊ぶ姿を見ながら、ふと考えた。大人たちは、”何故、平和を壊すのか?” と。

国対国の地政学と言うよりは、権力欲・財力・物欲・占有欲等々、数えきれないほどの ”欲の塊” と化している。

子供の心を取り戻す事を忘れているのである。 純真無垢で清浄な心を・・・ね。

正月早々、戯れる子供たちを見ながら、大人の不純さを思い知らされる。

此の歳になると、”神の内” には成れないけれど、せめて ”小欲知足” ぐらいはと。

世界中でキナ臭い匂いが漂い、差別ははびこり、各種格差も蔓延。

年の始めに穏やかな ”平和” を祈るって、「こんなもんなの~?」


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正月を寿ぐ 

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『 嬉しくも 真心とどく 年の暮れ 』

昨年は、何事も無く無事に一年を過ごす事が出来、感謝の一年であった。

暮にはご丁寧な品々を頂き、改めて友の有難さを噛みしめている。

新年を寿ぎ、元旦の朝に頂く事にした。


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京都・祇園 御皇室御嘉納 「十六五」 お正月和菓子



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赤坂 「松葉屋」 絶妙な味のハーモーニー 佃煮詰め合わせ



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宮城・蔵王 「たまご専門店」謹製、”黄金のたまごカステラ”



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黄金色に輝く、卵たっぷりの素直な味の高級カステラ

『 福 聚 』

世の中、波乱万丈の一年だったが、今年こそは平安な一年であって欲しいものですね。

「新しき 年の始めに かくしこそ 千歳をかねて 楽しきをつめ」

「平安を 祈る心に 初茜」 新年に思う心って、「こんなもんなの~?」



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圧巻の天井画 

『 キリスト教哲学と、仏教哲学 』

「大塚国際美術館」 には、聖マルタン聖堂、聖ニコラス・オルファノス聖堂、聖テオドール聖堂、などの

大聖堂の天井や壁には目を見張るほどの素晴らしい宗教画(陶板による模写だが)が描かれている。

イエス・キリストの受胎告知から降誕、布教活動、そして十字架に磔刑、などイエスの生涯が。

キリスト教哲学 (スコラ哲学)は、神の存在と信仰の哲学であり、真理は ”神は存在そのものである” と言い、

全ての創造物は、本質と存在の働きによって現実存在している。

仏教哲学は、真理の追究であり、神や佛の存在を云ってはいない。

”佛” とは、真理に悟りを開いた現実の人間の事を云っている。

”十二縁起の法則” の法則に真理を見抜いたマガタ國の王子、実在の人間の教えであり仏教哲学である。

”無明” から ”悟り” への道程を説くのが ”仏教哲学” である。

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『 信(仰)は、荘厳より生じる 』

世界三大宗教は、キリスト教、イスラム教、そして仏教とは誰でも承知の宗教である。

いずれの宗教にも共通して言える事は・・・建物や室内装飾が桁外れな事であろう。

宗教である以上は、多くの信者獲得が第一である。

それには、哲学を説いていたのでは現実性に欠け、そこで、いきおい荘厳性が必要となって来る。

哲学に心酔し信者になる事は少ないであろうが、「信(仰)は、荘厳より生じる」 と相成るのである。

キリスト教の天井や壁画にしても、寺院の伽藍の豪華絢爛な荘厳にしても然りである。

「大塚国際美術館」 の大天井画や壁画を眺めなら、やはり思う事は・・・哲学より荘厳に一般人は惹かれ信者へと。

信者心理って、「こんなもんなの~?」



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イエス,磔刑の顔は・・・ 

『 先ず、顔を見る…」

ギリシャの哲学者の顔、ローマの武将の顔、多くの有名な彫像があるが、何はさて置き顔を見る。

古代ギリシャの哲学者、アリストテレス・プラトン・ソクラテスなど、

近代哲学者の、デカルト・カント・ヘーゲルなどにしても、表現されている彼らの顔は・・・

知性と理性に満ち満ちている。

ローマ人の顔と言えば、アウグストスにしてもカエサルにしても、大帝に相応しい顔つきである。

「大塚国際美術館」 には、膨大な中世キリスト絵画が網羅されているが・・・

キリストの降誕から布教活動へ、そして磔刑に至るまで見ていて飽きないのは、イエスの顔である。

画家は顔を描く時、その人の生き様に最大の注意と敬意を込めるのである。

降誕時のイエスの顔、布教活動中のイエスの顔、そして磔刑時の苦しみと無念さに歪む顔を。


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イエスって、馬小屋で生れたのではないの~?


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マリアは、受胎告知の時より優しく可愛いく描かれて


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キリストの磔刑  右の男性、指差し何を云ってるのか? 


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十字架降下  威厳の指揮者と、悲嘆にくれる群衆

『 男の顔は履歴書 女の顔は請求書 』

言い得て妙ですね~。 大宅壮一も粋な事を云ったものです。

人生の終盤を迎えた今、果たして私はどんな ”顔” をしているのか?

イエスの様に苦悩と無念さに見舞われてはいないが・・・理性と知性に溢れているとは言い難い。

中世絵画を、中でもイエスの生涯に渡る顔つきを眺めながら思う事って・・・「こんなもんなの~?」


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腹が減っては・・・ 

『 腹が減っては、戦が出来ぬ・・・』

B3 B2 B1 一階本館 二階本館 と、膨大な展示室を誇る 「大塚国際美術館」 である。

食事抜きでの鑑賞は出来ない程の膨大な絵画展示。

小腹が?いやいや大腹が空いたので、先ずはお食事を・・・レストランへ飛び込んだ。

今となっては、食事の品書きと料金は忘れたが、確か美味しかった記憶がある。


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「海鮮どんぶり」 ? セルフ・サービスだが、入館者が少なく直ぐ出来上がり



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妻が注文の 「海鮮カレー」  お味はとってもグー!! 見た目も豪華だった



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疲れた足と心を、珈琲とケーキで・・・

『 いざ出陣!!』

腹ごしらえも出来た事だし、残りの展示作品を見て回りましょうかね。

中世の展示作品は吹き抜け天井一杯に描かれたものも多く、宗教画は其の歴史を学んでないと鑑賞も難しい。

撮影に夢中になっていたので、誰の作品なのか? 帰宅後には覚えていなかったが・・・

取り敢えず、引き続いてUpしましょうか。

昼食を挟んでの美術作品鑑賞なんて、「こんなもんなの~?」


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