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こんなもんなの~?

趣味の写真を添えて、日々の『戯言』を・・・

桜の下で・・・ 

『 さまざまの ことおもいだす 桜かな 』  

俳句を詠んだ人は? 昨日の朝日新聞、”しつもん! ドラエもん” さくら編での出題である。

答えは、「奥の細道」 で知られる江戸時代の俳人だよ。数え45歳で故郷の伊賀上野に帰った際、

かつての主君の跡継ぎに花見の招かれ、詠んだ句というよ・・・とある。

”さまざまの事を桜が想い出させる” と芭蕉は詠んだが、果たしてこの時、何を想い出したのでしょうかね?


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京都伏見 「勧修寺」 満開の枝垂れ桜


『 願わくば 花の下にて春死なむ その如月の望月のころ 』  西行法師(詩)

”花の詩人” といえば、西行法師をおいて他にはないと思われる。

2300首を超える詩のなかで、”花” に関しては130首を超えるのではないか?

生命が尽きる日を前もって告知、告知命終を果遂した花の詩人・西行の名句である。

如月の望月の頃・・・旧暦2月25日、釈迦の寂滅日、満月に照らされた花の下で亡くなりたい・・・

西行法師は実際、73歳 2月16日 、弘川寺にて冥土へと旅立った。西行はほぼ其の所願を成就したと言えるだろう。

西行終焉の地 南河内 やや高台に位置する ”弘川寺” では春の南風をうけて、

庵の周辺では臨終の時には、満月の下では桜が見事に咲き誇っていたであろう。

西行は、如月の満月を瞼に収め、咲き誇っている桜の花に見守れながらの生涯を終える。


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西行法師画像 「MOA美術館」 所蔵

『 人の世は 哀しく儚く夢の中 悟れ悟れと散る桜 』 

桜の花弁は四方八方を向いて咲く事から、”八方美人の花” とも言われる。

春爛漫、酒と嬌声の宴会で人々は花見に浮かれるが・・・

散り行く桜の花弁は、我々に何かを問いかけているのではないでしょうか?

親鸞の詩に「ありありと 思う心のあだ桜 夜半に嵐の吹書ぬものかは」 と・・・

”散る桜” は、いつ何時、何が起こるか? 見えぬ先だから・・・”生きる幸せ” ”死ぬ幸せ” を

”潔さ” だけではなく、後悔の残らぬ人生を歩めと、”散る桜” は問いかけているのであろうか?


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京都 「東寺」 ライトアップされた五重塔と夜桜

『 花見は、梅から桜へと・・・』

奈良時代には花見といえば ”梅の花見” だった。

平安時代になり、嵯峨天皇が 「神泉苑」 に咲いている桜の美しさに感心!!”桜の花見” の始まりとなる。

この寺には法成就池があり龍神が棲みついていると言われ、龍神の悪さからか、

大干ばつが起き、雨乞いをする事となった。

弘法大師空海が雨乞いの祈願をすると、たちまちに雨が降り始めたと。 これ以後寺は真言宗となった。

また、こんな話もある。 源 義経は此の地で静御前に出逢った。

雨乞いの神事の時に、静御前は舞を踊り、その直後に大雨が降り続いたと言う。

美しく舞う静御前に恋心を抱いた源 義経は、たちまちに恋に落ちたともいう。

花の詩人ならぬ、月の詩人でも有名な上人がいる。その後の名は 明恵上人だ。

「花を詠めども 実に花と思うことなく 月を吟ずれども 実に月と思わず 

 ・・・此の詠む、即ち是如来の真の形体なり」
 と。

月に ”悟り” を、花に ”生者必滅 会者定離” を感得。 凡人には出来ない事だね~。

満開の桜に、西行や明恵を想うって「こんなもんなの~?」



category: 雑感

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つばき公園 

『 想像力が、”虚” を ”実” にする・・・』

今年の春先は異常と言える程の暖かさ続きだった。

梅は咲いたか 櫻は未だかいな~ なんてのんびりとしたことは言えない。

”つばき祭り” 開催中と言うのに、椿が無いとはね~。

色とりどりの満開の椿を観るのもイイが・・・散り去った椿の侘しさに、

”虚”(無)の中に ”実”(在)を想像するのも、また一興である。 (これって、負け惜しみ?)


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「東京都立椿大島公園」  右は ”椿資料館”  他に動物園 植物園もあるでよ~


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”椿まつり” も明日が最終日  観光客もまばらだった


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往年の ”アンコ椿” 達が燃える恋心を歌に託して?


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淋しい椿と満開の大島サクラの小道を散歩


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満開の大島サクラ  散り去った椿は残念だったが・・・

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旅の記念という訳ではないが・・・椿油とハンドクリームを

『 ちはやぶる 伊豆のお山の玉椿 八百万代も 色はかはらじ 』  源 実朝(金槐和歌集)

と、詠めば・・・小林一茶は『 とりとめた 盛りももたぬ 椿かな 』

梅や桜に比べれば・・・椿の詩は少ないね~。

椿は花を愛でるというよりは、椿油を摂るという実利の方が重んじられ、遣隋使の頃より貴重な輸出品だった。

薬に化粧品に、また食用油として珍重された椿だった。

大断層に波浮の港、そして椿園と、大忙しの日帰り旅行だったが・・・

泊りがけで行けない旅行でも・・・楽しみ方は有るって、「こんなもんなの~?」



category: 雑感

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旧 港旅館 

『 「旧 港屋旅館」 は、 踊子 ”薫” が舞を舞った、古のお座敷 』

眼とぢたり 瞼ひらけば火となりて 涙吾れば 焼く憶いなり  林芙美子

港屋旅館の入り口右側に、林芙美子の碑が立っている。

”波浮の港” は文人に愛された港町であったようだ。

与謝野鉄幹・晶子をはじめ、林芙美子や幸田露伴など、多く尋ねて来ている。

記念碑 「波浮の港」 をはじめ多くの記念碑を街のいたる所に見る事ができる。


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旧 港屋旅館 文豪墨客が多く逗留した


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懐かしい公衆電話ボックス


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小説「伊豆の踊子」 ヒロイン:薫 (14歳) の舞なのか?


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疲れた体を一杯の酒で、旅の夫婦が仲睦まじく

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一句詠んでる、与謝野晶子なのか?

実生活における貴重な失恋体験を代償として書き上げられた作品 「伊豆の踊子」 の書き出しは・・・

「道がつづら折りになって、いよいよ天城峠に近づいたと思う頃・・・」 と続くが、

モデルとなった大島の旅芸人一座が芸を披露した 「港屋旅館」 の前から、”踊子坂” が始まる。

”踊子坂” も港屋旅館から急なつづら折りの細い坂道で、登り切った所に 「旧・甚の丸旅館」 があった。

踊子一座は、港屋旅館で舞を舞い、甚の丸旅館に呼ばれ座敷は賑わったことであろう。

日帰りの船旅であったが、大断層では勘違いし、踊子の坂での港屋旅館で古を偲び、

残るは椿公園へとバスが案内してくれる。 アンコ椿ももう遅い事であろうが・・・

旅は色々な事が感じられ、日頃の垢を落とすにはモッテコイ!!なんて「こんなもんなの~?」



category: 雑感

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波浮の港 

『 往時を偲ぶにも、寂しすぎる 』

詩情豊かな湖のような穏やかで静かな美しい ”波浮の港” だが・・・

9世紀のマグマ水蒸気爆発によって出来た火口湖で、当時は ”波浮の池” と呼ばれ真水をたたえて居た。

1703年の元禄地震と大津波によって海と繋がり、崖を切り崩し港口を広げ ”港” とした。

穏やかな港は、廻船が風待ち出来るようになり、松前船や漁船が非難した。

大正・昭和の初期にかけては、漁港として遠洋漁業の中継地としても活躍した。


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波浮の港 全景  右の古い町並みがメインストリート


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波浮港歌碑   野口雨情(詩) 中山晋平(曲)

 磯の鵜の鳥や 日暮れにやかえる 波浮の港にゃ夕やけ小やけ

   明日の日和は ヤレホンニサ なぎるやら 



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物音ひとつしない静まり返ったメインストリート


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その昔、漁師たちで賑わった通りだったのに・・・”おしるこ” の赤が目に残る


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漁師町の裏路地、猫一ついない寂しさ


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此の路地にも、昔は遊郭が繁盛したという

昔の波浮の港には漁船の乗組員や観客が全国から集まり、小さな港町にはお茶屋・カフェ・映画館・芝居小屋が

軒を連ね、与謝野鉄幹・晶子をはじめ、林芙美子・幸田露伴・土田耕平等々文人墨客も多く訪れ、作品を残している。

川端康成の作品 「伊豆の踊子」 のモデルは、此の波浮港に棲んでいた芸者であった。

”波浮の港”・・・ぜひ一度は尋ねたかったところだが・・・

想像に難くないとは言うけれど、見ると想像とはこんなにも違うのか!!と。

とは言え、来なければ判らない事って「こんなもんなの~?」



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大断層 

『 運転手の見事な話術に引かれて・・・大島観光 』

大島観光バスの運転手さんは運転しながら島の案内。 これが又見事な話術の持ち主であった。

岡田港から大断層までの約40分の所要時間の間、留まることなく面白い話で乗客を楽しませてくれた。

途中、青々とした海の向こうに、”利島” ”新島” ”三原山” が望める絶好の場所に一時停車。

「間伏地層切断面」 は、100層にも重なる巨大なバームクーヘンの様だと親しまれているようで、

100~150年程度に一回と言う大噴火によって、約二万年間の降下堆積物が幾重にも層を重ねたものである。

高さ30m 長さ800mにわたる巨大な地層は起伏に富み、一見すれば褶曲のようにも思えるが、

実は火山体傾斜の尾根と谷の繰り返し、地形を覆って降り積もった堆積物が斜面勾配と直角に切られた断面である。


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豪華なツアーバス。 運転手の観光案内の良さにビックリ


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右・△形の島 ”利島” 左・”新島” その左には ”三宅島” があるのだが・・・


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巨大な間伏地層切断面  島中、いたる所に断層面が観られる


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伊豆大島はフィリピン海プレート、それも伊豆ー小笠原原弧上にあり、ユーラシアプレートとの境界に位置する。

太平洋プレートの沈み込みによってできた若い島弧である。

大正関東地震震央より西へ少しばかり離れた処に大島は位置し、今でも北西に年間5cmの速度で運動。

関東地震の際には、右横ずれ成分6m 垂直成分3mと推定されている。

一万四千年前の富士山の大噴火もあり、大きな断層が形成されていても不思議ではないと思われる。

伊豆諸島は玄武岩質の溶岩や火砕岩から構成され、変質あるいわ弱い変成作用を受けていると言われる。

大断層を見た時、”褶曲” と思っていたが、それにしては異常にダイナミック過ぎるのか?

三原山の噴火時、流れた溶岩が元々の地形上に堆積したので、一見褶曲に様に見えると言われる。

地層見学が好きなだけの私が勝手な想像をしてもね~。的外れになる訳よ。

勘違いをしても、想像する楽しみって「こんなもんなの~?」



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伊豆大島へ 

『 椿~咲く・・・伊豆大島へ 』

先日、日帰り観光ツアーで伊豆大島へ散り行く椿を観に行った。 未だ観光に間に合うかと思ったが、やはり・・・

私の本音は椿公園観光ではなく、伊豆大島の大断層が目的であった。

東京から遠くもなく近くもない伊豆大島。 何度か行きたいと思っていたが、

千葉港から高速ジェット船のツアーがあると知り、娘を誘い妻と三人で参加する事とした次第である。


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高速ジェット船 セブンアイランド”愛” 号

東海汽船 高速ジェット船は、ジェットエンジンで海水を吹き出し、水中翼が全て沈む全没型水中翼船で、

時速80㎞/h のハイスピードと高い安定性を得て飛ぶ、海のジェット機である。


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千葉港客船乗り場全景 海外旅行へでも旅立つような豪華な建物が目を引く


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待合広場には売店も完備。 その他多くの飲食店が用意されている


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伊豆大島 岡田港では、東海汽船の船が停泊。 一番手前の”愛”号に乗船


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帰路、船中の窓から東京湾 ”海ほたる” を眺めながら


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千葉港入港まえ、夕日を浴びたポートタワーがお出迎え

日帰りツアーの観光予定では、”地層切断面” ”波浮の港” ”大島公園” であった。

椿は既に満開をとっくに過ぎ寂しく木に僅かに残り、地上に堕ちた花も掃き清められ少々寂しくもあったが、

”大断層” は期待を裏切るものでなく、600mも続く断層には、唯々驚くばかりであった。

”波浮の港” では古い漁師町の風情が味わえると思っていたが、余りにも・・・

高速ジェット船は初体験だったので、今回の日帰りツアーには満足している。

色々なツアーで満足もし、期待を裏切られガッカリもする事があるが・・・

日帰りツアーなんて「こんなもんなの~?」

次回から、”大断層” ”波浮の港” ”椿公園” をUP予定



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山口名産 

『 お口汚しとは思いますが・・・』

山口から大好物の三点が届いた。 ”お口汚し” なんてとんでもない。

昼時の食事には ”瓦そば”・・・瓦で焼いた抹茶ソバに、海苔と牛肉に卵をトッピング。レモンに紅葉下ろしを添えて。

午后のティータイムには外郎が最適。 わらび粉を使った外郎の滑らかな舌触りがとても素敵な逸品。

少々お疲れで胃がもたれ気味な時には…軽く雑炊で、何と言っても ”ふく雑炊” はしつこくなくて好ましい。


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山口県名産三品 ”ふく雑炊” ”外郎” ”瓦そば”
 


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櫻の花弁片が春の装いを?



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大内人形の絵柄も可愛く ”あずき” ”抹茶” ”栗” 三種外郎

『 頂き物は・・・まずお仏壇に 』

我が家のお仏壇には、私と妻のご先祖位牌と、私の父の位牌、そして妻の父(五歳の時他界)と母の位牌が。

両親をはじめご先祖あっての自分である。

妻は毎朝お仏壇に向かい、無事を感謝し、その日の平穏安泰をお願いしているようだ。

子供たちにも訪問したお宅に着いたならば、先ずその家のお仏壇に手を合わせるようにと教えて来た。

『 お八つは、お仏壇のお菓子を・・・』

子供の頃、遊び疲れて家に帰ると、”お八つは、お仏壇から頂きなさい” と言われたものだ。

今となっては聞きなれない言葉だが、昔は仏壇の ”お八つ” が唯一の楽しみだった。

現在では子供は十分すぎるお小遣いを持っているので、好きな物をなに不自由なく買っているようだ。

”頂く” という感謝の気持ちが薄れゆくのも当然であろう。

時代が変われば、何事も変わるという事って「こんなもんなの~?」



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想い出の・・・ 

『 想いでのデートコース・・・』

先日、私用あって有楽町へ行く事となった。

メトロ・有楽町駅に着いたのが早く、時間の余裕があったので、少しばかり運動をと思い皇居前広場へ足を延ばした。

銀座から皇居前広場、そして日比谷公園は、学生時代にデートコースの一つとしてしばしば来たものである。

12時を少しばかり過ぎていたので昼食をと思い、「松本楼」 へ。

学生時代に一度、妻と珈琲を飲みに立ち寄ったことがあったので、久し振りに懐かしい想いが味わえた。


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観光客で賑わう皇居前広場



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日比谷公園内 「松本楼」 のサイン



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一階レストランで昼食を・・・昼時なのでウエイトが出ていた



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春の日差しを楽しみながら、テラスでお食事



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和風ハンバーグを注文 果たしてお味の方は?

七十四年の長き人生において色々な想い出も多いが、過去を振り返らず将来ばかり考えていたが・・・

今になれば辛かったことより、楽しかったことの方が多かった。

想像すら出来ない程多くの職業を経験したが、その全てが現在の人生の糧となっている。

人生の中に於いて、失敗という事は決してあり得ない。失敗が人生を豊かにしてくれた。

楽しい思い出と言えば、学生時代の妻との出会いも其の一つである。

妻には色々と苦労も掛けたが、そのおかげで ”濡れ落ち葉” とならずに今を過ごしている。

失敗でも成功でも、全てが人生を豊かにしてくれる証拠となる。

子供も孫たちも、多くの失敗を経験し、其れを糧に豊かな人生を全うして欲しいと思っている。

「松本楼」 の想い出に、ふとそんな事を思った。

失敗が人生を豊かにしてくれるって「こんなもんなの~?」



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値は値程・・・ 

『 ”値は値ほど・・・” と言うけれど・・・』

アロマオイルが無くなったので、違う物をと思い買ってみた。

人工香料200mlのアロマオイル、揮発する香は拙くはない。 値段は¥4,000+TAX。

方や、天然無農薬栽培のモロッコ産ダマスクローズ、エッセンシャルオイル3㎎、値段は此方も¥4,000+TAX。

当然の事であるが、天然のバラの香りの方が素敵で、優しく甘い香りを部屋中に漂わせてくれる。

以前から使っていたアロマオイルは、電熱で温め揮発する香を楽しむのであるが手間がかかる。

ボンメゾン フレグランスブーケは、自然揮発なので手間も掛からず、香りも程よい。

今回買った二種類の香りだが・・・3mlと200ml、容量は大違いだが値段は両方とも¥4,000+TAX。

手軽に楽しむには、安くて多い方がイイよね!!

”値は値ほど・・・” と言うが、果たしてこの値段の差をどう捉えるのかね~?


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ボンメゾン フレグランスブーケ  200ml 



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エッセンシャルオイル モロッコ産 ダマスクローズ 3ml

『 道の辺の 草にも花は咲くものを 我のみあだに 生まれやはする 』

健康維持にペットの ”らら” を伴に、公園を散歩するのが楽しみでもある。

梅や桃の木が可憐な花を付けて、清らかな香りを漂わせている。

道端の草でさえ花を咲かせ、微かな香りが鼻を擽る。

折角この世に生を享けながら、一花も咲かせないで一生を終わらせて良いものか。

豪華でなくてもせめて可憐な花ぐらいは咲かせ、微香を放ちたいと思う事がある。

人生で一花咲かせるって、本当に難しい事と思うが、路傍の名も知れぬ花の如くにヒッソリととも思う。

アロマフレグランスを買って思う事って、「こんなもんなの~?」



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似て非なるもの 

『 想像と暗示を観る者へ訴える、ミレイの最高傑作!!』

ラファエル前派の精密性を追求したミレイがシェイクスピアの戯曲 「ハムレット」 を題材に描いた代表作品。

死の運命を、オフィーリアだけでなく、流れる水辺に夫々意味を持たせた草花で、そして美しく囀るコマドリ?を、

右上には、死を連想させる髑髏まで、原本に忠実に自然写実如くに ”死への旅たち” を高らかに・・・

うつろな眼と微かに微笑んでいるかのような開いた口元が、死の受容を表現し、裏切られた女性の悲哀をも。

モデルは、何時間も風呂に浸かり風を引いたと言われている。

風景描写も人物描写も、現実を忠実に描写したところなどは、精密描写の絵画であろう


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ジョン・エヴァレット・ミレイ画 最高傑作 「オーフィリア」  「大塚国際美術館」陶板画


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夭折の画家:三橋節子 「花折峠」


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三橋節子 絶筆画 「余呉の天女」

『 胡粉の美しさが、”生” と ”死” を高らかに!!』

癌で右腕を失い、左手一本で尚且つ ”生” と ”死” の表現を追い求めた悲愴感が観る者を引き付ける。

三橋節子・・・これ程までに胡粉を上手く使った画伯は珍しいと思っている。

利き腕の右手切断手術前の作品 「湖の伝説」 で世に名を馳せたのであるが・・・

その後の ”死” までの二年間は、左手一本で母と子の心情を見事に描き続けた。

「三井の晩鐘」 「鷺の恩返し」、そして 「花折峠」 は、感動を呼ぶ名作である。

絶筆は 「余呉の天女」 であるが、私は 「花折峠」 が一番好きである。

余命を宣告され、死への恐怖を乗り越え、母と子の愛情を高らかに謳い上げた名画であろう。

左上に描かれた少女は愛娘の ”なずな” であろう。

余命短きを知った節子は、特に子供に対する悲愴な愛情をキャンパス上に謳い上げる。

”白” 色・・・純粋。清々しさを感じさせる。

日本人は古き時代より色彩感覚は豊であった。

平安の貴族たちが愛して止まなかった ”襲” もそうであるが、三原色を重ねると ”白” になる。

”白” は最高に気品ある色に違いない。

「オフィーリア」 で使われる ”白” は、自然を映した ”白” だが、節子 ”白” は心象の ”白” である。

「花折峠」にしても「余呉の天女」でも、見事に胡粉の ”白” が、彼女の心情を表している。

「オフィーリア」 と 「花折峠」 「余呉の天女」・・・共通するのもは ”流れ” であるが、

方や物語りにある現実の ”流れ”、一方、節子の画面の中の流れは、精神世界心象の ”流れ” なのである。

”似て非なるもの” とは「こんなもんなの~?」




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